美容器事件

投稿日: 2018/01/07 1:43:54

今日は、平成28年(ワ)第6400号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社MTGはこのブログで以前取り上げた美肌ローラ事件(平成28年(ワ)第4167号 損害賠償請求事件)の原告です。一方、被告である株式会社ファイブスターは、判決文によると、美容・健康用品等を企画販売等する株式会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理

(1)特許第5840320号

① 本件特許は特願2011-250916からの第一世代の分割出願です。なお、特願2011-250916からの第一世代の分割出願は本件特許出願のほかに4件あります。

② 本件訴訟の提起後に被告が請求人となって特許無効審判(無効2016-800100)が請求されましたが、こちらについてはまだ審決が出ていません。そのため現時点では特許無効審判における無効理由の具体的な内容についてネット上では把握できません。

(2)ファミリ

① 特許第5356625号について本件被告以外の会社が2回特許無効審判を請求しましたが、いずれも取り下げられていることもあるので、ここでは省略します。

② 特許第5702019号について本件被告以外の会社及び個人が特許異議申立をしましたが、訂正すらされていないので、ここでは省略します。

2.本件発明

A ハンドル(11)の先端部に一対のボール(17)を、相互間隔をおいてそれぞれ支持軸(15)の軸線を中心に回転可能に支持した美容器において、

B 前記ハンドル(11)は、側面視において山なりの湾曲形状をなし、前記ハンドル(11)の湾曲は、ハンドル(11)の基端側よりも先端側がきつく

前記ボール(17)は、非貫通状態で前記支持軸(15)に回転可能に支持されていることを特徴とする

D 美容器。

3.被告製品

3.1 被告製品目録

3.2 被告製品の構成

3.3 被告製品説明図

(1)被告製品説明図(原告)

1 被告製品1(品番:DR-350G)

2 被告製品2(品番:DR-350C)

3 被告製品3(品番:DR-350P)

(2)被告製品説明図(被告)

3 被告製品1乃至3 角度測定図

4.争点

(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか。

ア 構成要件Aの充足性(争点1)

イ 構成要件Bの充足性(争点2)

ウ 構成要件Cの充足性(争点3)

(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか。

ア 乙20を主引例とする進歩性欠如(争点4)

イ 乙21を主引例とする進歩性欠如(争点5)

ウ 乙22を主引例とする進歩性欠如(争点6)

エ 乙235 の1を主引例とする進歩性欠如(争点7)

オ 乙24を主引例とする進歩性欠如(争点8)

カ 乙25の1を主引例とする進歩性欠如(争点9)

キ 乙26の1を主引例とする進歩性欠如(争点10)

ク 明確性要件・実施可能要件・サポート要件違反(争点11)

ケ 分割要件違反に伴う新規性又は進歩性欠如(争点12)

(3)原告の損害額(争点13)

5.裁判所の判断

当裁判所は、争点2につき、被告製品が本件発明の構成要件Bを充足するとは認められないと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 本件発明の意義について

本件明細書によれば、本件発明は、美容器の発明であり、①従来構成の美肌ローラでは、柄の中心線と両ローラの回転軸が一平面上にあることから、美肌ローラの柄を手で把持して両ローラを肌に押し当てたとき、肘を上げ、手先が肌側に向くように手首を曲げて柄を肌に対して直立させなければならないために操作性が悪い等の問題があった(【0004】)ほか、各ローラは楕円筒状に形成されていることから、肌の広い部分が一様に押圧されたり、両ローラ間に位置する肌がローラの長さに相当する領域で引っ張られたりすることで、毛穴の開きや収縮が十分に行われない等の問題があった(【0005】)ことから、②ハンドルの先端部に一対のボールが相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持され、前記ハンドルは、側面視において山なりの湾曲形状をなし、前記ハンドルの湾曲は、ハンドルの基端側よりも先端側がきつくなっている構成とすることにより、ハンドルを把持して一対のボールを肌に当てるときに手首を曲げる必要がなく、手首を真直ぐにした状態で、美容器を往動させたときには肌を押圧することができるとともに、美容器を復動させたときには肌を摘み上げることができるとの効果を奏する(【0008】)とともに、③肌に接触する部分が筒状のローラではなく、真円状のボールで構成されていることから、ボールが肌に対して局部接触するため、ボールは肌の局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用することができるとともに、肌に対するボールの動きをスムーズにでき、移動方向の自由度も高いとの効果を奏する(【0009】)ものであると認められる。

2 構成要件Bについて

(1)本件出願は、本件原出願の分割出願によるものであるが、証拠(乙8及び28)によれば、構成要件Bの「前記ハンドルは、側面視において山なりの湾曲形状をなし、前記ハンドルの湾曲は、ハンドルの基端側よりも先端側がきつく、」との構成は、本件原出願の当初の明細書の図3(本件明細書の図3と同一である。)の記載を根拠とするものであると認められる。

(2)そこで、本件明細書中、図3を説明した【0011】【0018】を見ると、次の記載がある。

① 【図3】 美容器の使用状態を示す側面図

② 図3に示すように、美容器10の往復動作中にボール支持軸15の軸線が肌20面に対して一定角度を維持できるように、ボール支持軸15の軸線がハンドル11の中心線xに対して前傾するように構成されている。

③ 具体的には、前記ハンドル11の中心線(ハンドル11の最も厚い部分の外周接線zの間の角度を二分する線と平行な線)xに対するボール17の軸線yすなわちボール支持軸15の軸線yの側方投影角度αは、ボール17がハンドル11の中心線xに対し前傾して操作性を良好にするために、90~110度であることが好ましい。

④ この側方投影角度αが90度より小さい場合及び110度より大きい場合には、ボール支持軸15の前傾角度が過小又は過大になり、ボール17を肌20に当てる際に肘を立てたり、下げたり、或いは手首を大きく曲げたりする必要があって、美容器10の操作性が悪くなるとともに、肌20面に対するボール支持軸15の角度の調節が難しくなる。

これらの記載からすると、本件明細書の図3の美容器は、操作性を向上させるために、側面視で、ボール支持軸15の軸線yがハンドル11の中心線xに対して「前傾」するようにしたものであり、その操作性の向上の程度は、ボール支持軸15の軸線yとハンドル11の中心線xとの角度の大小により変化するとの趣旨が記載されていると認められる。そして、本件発明もハンドルの形状を工夫することにより操作性を向上させたものであることからすると、本件発明の構成要件Bが定めるハンドルの形状は、上記の本件明細書に記載された「前傾」の内容を更に特定したものであると解するのが相当である。また、上記の「前傾」が、ボール支持軸15の軸線yとハンドル11の中心線xとの関係性として把握されていることからすると、本件発明の構成要件Bの「ハンドルの湾曲は、ハンドルの基端側よりも先端側がきつく」というのも、ボール支持軸15の軸線yとハンドル11の中心線xとの関係性に基づき、側面視で、ボール支持軸15の軸線yの傾斜角度がハンドル11の中心線xの傾斜角度よりも大きいことを意味すると解するのが相当であり、このように解することは、図3の記載とも適合し、当事者双方も主張するところである。

そして、ボール支持軸15の軸線yの傾斜角度とハンドル11の中心線xの傾斜角度を特定し、その大小を比較するには、共通する基準線が必要となるが、本件では、美容器を水平台に載置した場合の水平基準線を基準線とすることで当事者の主張が一致しているから、これによることとするのが相当である。

(3)そこで、被告製品の構成要件Bの充足性を判断するに当たり、被告製品における回転体支持軸の軸線y(被告製品の回転体が本件発明の「ボール」に該当するかについては争いがあるが、ここでは措く。)と、把持部(本件発明の「ハンドル」に相当する。)の中心線xについて検討する。

ア まず、被告製品における回転体支持軸の軸線yについては、原告が主張する別紙「被告製品説明図(原告)」と被告が主張する別紙「被告製品説明図(被告)」とが一致しているから、そのとおりに認められ、軸線yの傾斜角度は30度と認められる

イ 次に、被告製品における把持部の中心線xについては、本件明細書の【0018】において、「ハンドル11の最も厚い部分の外周接線zの間の角度を二分する線と平行な線」とされているから、これによるのが相当である

ところで、この点について被告は、争点11において、本件発明における「ハンドル11の最も厚い部分」を一義的に特定することができないと主張する。しかし、本件明細書の図3における、2本の外周接線zがハンドルの上面及び下面と接する各点の位置関係からすると、本件明細書においては、争点11に関する原告の主張のとおり、側面視でハンドルの上面上の1点と下面上の1点とを結ぶ無数の直線(立体的にいえば切り口)のうち、その両端となる各点にとって最短距離となる直線(切り口)をもって各ハンドル部分の厚みとする趣旨であると解することができ、「ハンドル11の最も厚い部分」とは、そうして設定される各最短直線(切り口)の長さ(厚さ)を比較して、最も長い直線の部分(最も厚い輪切りの部分)のことをいうと解することができるから、「ハンドル11の最も厚い部分」の意義が不特定であるとはいえない

そこで、以上を前提に被告製品の把持部の中心線xについて検討すると、別紙「被告製品説明図(原告)」及び別紙「被告製品説明図(被告)」によれば、被告製品の把持部は、先端から基端に向かって太くなっており、基端部手前で下面部が凸状になる部分の頂点部において上面との距離が最も長くなっているから、この頂点部を含む最短距離の直線(切り口)が「ハンドル11の最も厚い部分」に相当する部分であると認められる。そして、その最短距離の直線を厳密に特定して中心線xの傾斜角度を測定した証拠は存しないが、それに最も近似するのが別紙「被告製品説明図(被告)」の2であり、それによれば、中心線xの傾斜角度は32度であると認められる

これに対し、原告は、被告製品の測定結果は別紙「被告製品説明図(原告)」のとおりであり、中心線xの傾斜角度は20度であると主張するしかし、そこで「最も厚い部分」とされた各外周接線の上面側の接点は、下面部の前記頂点部からの最短距離部分であるとは認められない上、下面部の外周接線についても、前記頂点部と1点で接する線(接線)であるとは認められないから、別紙「被告製品説明図(原告)」の測定結果を採用することはできない。

ウ 以上からすると、被告製品では、回転体支持軸の軸線yの傾斜角度が把持部の中心線xの傾斜角度よりも大きいとは認められないから、「ハンドルの湾曲は、ハンドルの基端側よりも先端側がきつく」との構成要件Bを充足しない。

なお、原告は、外観上、被告製品を側面方向から視認すれば、先端側の傾斜が基端側に比較して急傾斜となっていることは明らかであると主張するが、先に検討したとおり、本件明細書の記載からすると、同構成要件の充足性は単なる外観上の視認のみによって判断すべきものとは解されない上、別紙「被告製品説明図(原告)」及び別紙「被告製品説明図(被告)」における被告製品の写真を視認しても、一見して原告が主張するようには認められない。

6.検討

(1)本件で争いとなったポイントは、被告製品の湾曲形状のハンドルの先端側の湾曲の度合いが基端側の湾曲の度合いよりも大きいか否かという点です。本件発明は先端側の湾曲の度合いの方が大きいというものですが、被告製品は基端側の湾曲の度合いの方が大きいと判断されて非侵害であると判断されました。

判決を読むと、被告製品のハンドル先端側の湾曲の度合いであるボールの軸線yが接地面との間でなす角は原告・被告ともに30度であるとして争いがありません。一方、ハンドル基端側の湾曲の度合い(ハンドルの中心線xが接地面との間でなす角)については主張が分かれます。原告は20度と主張していますが、被告は32度と主張し、裁判所も32度と認定しました。その結果基端側の湾曲の度合いの方が大きいとして非抵触という結論になりました。

(2)抵触性を判断しなければならないとすると、このような判断になると思います。しかし、本件発明の「前記ハンドルは、側面視において山なりの湾曲形状をなし、前記ハンドルの湾曲は、ハンドルの基端側よりも先端側がきつく」という構成要件を充足するか否か認定する上で、ハンドル先端側・基端側の湾曲度合いを軸線x、yと接地面とのなす角を比較することについて根拠がわかりませんでした。本件特許の明細書等にはその点についての記載がなかったので、当事者同士がそのような定義で比較することで同意したのだと思います。本来であれば記載要件違反ではないか?と思います。

(3)また、明細書ではハンドル11の中心線xについて「ハンドル11の最も厚い部分の外周接線zの間の角度を二分する線と平行な線」と定義されていますが、これも技術的な意義について明確な説明がありません。本発明の場合、使用時にハンドルのどの位置を保持するのか等を定義しなければ最も厚い部分の技術的意義が理解できないと思われます。

(4)こういう発明の特許請求の範囲を書くのは難しいです。発明の効果が感覚的なものであるので、効果を奏する領域は装置の形状に依存し、その装置とは少々形状が異なる装置の場合には同じ領域で同等の効果が得られるか不明です。したがって、本来的には本件発明ほど上位概念化した内容の特許請求の範囲で権利取得できたとしても、実質的な技術的範囲は狭い種類の発明といえます。