ワンタイム電話番号表示事件

投稿日: 2020/01/14 23:49:07

今日は、平成28年(ワ)第16912号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社コムスクエアは、判決文によると、コンピュータのハードウェア、ソフトウェア等の設計・開発・製造・販売・運用・保守並びに輸出入等を業とする株式会社だそうです。一方、被告であるTIS株式会社はコンピューターハードウェア・ソフトウェアの開発等を業とする株式会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、ウェブページ上で提供された第1の架電先の電話器(例えば広告主の電話器)に接続するために必要な識別情報を、このウェブページを構築するウェブサーバに向けて送出してから一定期間経過後またはこのウェブサーバへアクセスされた回数が基準に達した後に送出不可能状態に変更する機能と、この識別情報に基づき電話を第2の架電先の電話器に接続可能な状態にする機能と、この第2の架電先の電話器(例えば他の広告主の電話器)に接続するために必要な識別情報を、このウェブサーバ又は他のウェブサーバに向けて送出可能状態にする機能とを備えるものです。

(2)侵害論では抵触性と有効性について争われました。抵触性に関して、被告の非抵触主張が幾つかありましたが、その中の一つに被告プログラムは架電番号と発信者番号とで架電先を識別するので、架電番号は、本件発明にいう「識別情報」に当たらないという主張がありました。これに対して、裁判所は原告の実験結果をもとに、少なくともユーザが架電する前には架電番号だけで架電先を識別していると推認できるので抵触と認定しました。

原告は被告プログラムの詳細を知りえないので、外形的な実験を行いその結果を提出しているのは当然ですが、本件の場合は、被告も被告プログラムのアルゴリズム等の詳細な説明をせずに、実験結果を提出しているだけのようです。そのため被告プログラムの全体像はわからないのですが、少なくとも被告プログラムは、判決に記載された原告と被告それぞれの実験結果を読む限り、ユーザが端末又は発信者番号を送信し得ないパソコンを用いて不動産サイトの特定の物件の連絡先画面を開くと架電番号が表示され、その架電番号を同一又は異なる端末に入力して架電すると当該不動産業者に繋がりますが、再度同じ架電番号先に架電する場合には先に使用した端末と同一(電話番号が同じ)であって非通知設定をしていない端末から架電しないと当該不動産業者には繋がらないようになっているようです。

もしも被告プログラムがこのような内容であった場合には、不利になりかねないので、被告プログラムのアルゴリズム等を提出しにくいと思われます。逆に提出しない場合には

(3)また、無効主張では、乙5(特開2007-148833号)に基づく新規性欠如を主張しましたが、本件発明と乙5発明との間には幾つか相違点が存在するとして、無効主張は認められませんでした。

なお、本件特許は被告が審判請求人となって特許無効審判が請求され、その審決は、請求項1及び7は無効、請求項4(訂正後)は維持というものでした。この特許無効審判で請求人(本件被告)が新規性欠如の証拠として提出した甲第1号証は米国特許出願公開第2005/0251445号に基づきは本件発明である請求項7は無効であると判断されています。

後述の表を見ると、本件訴訟が提起されたのが2016年5月で特許無効審判が請求されたのが2017年11月です。特許無効審判を請求する際に侵害訴訟で新たに無効主張の証拠を追加することはできなかったのでしょうか?それとも、何らかの戦略があったのでしょうか?侵害訴訟も特許無効審判も最近にしてはやたら長かったので気になりました。

本判決の直前に審決取消訴訟が提起されているので、おそらく、本件についても被告は控訴して知財高裁で争っていると思われます。そうなると知財高裁において侵害訴訟と審決取消訴訟についてまとめて審理されると思われますが、それぞれの無効理由の証拠が異なるというのは比較的珍しいケースと思います。

2.手続の時系列の整理(特許第5075201号)

① 本件特許は国際出願から移行されたものです。日本以外、欧米中に移行されています。

② 請求項4(訂正後)を維持とする審決及び請求項1を無効とする審決は確定しています。

3.本件発明(請求項7)

① ウェブページにおいて明示的又は黙示的に提供され、かつ架電先の電話器を識別する識別情報を管理するための情報管理プログラムであって、

② コンピュータ(1)に、

前記識別情報(11a)に基づく架電が第1の架電先の電話器(7)に接続される状態の該識別情報(11a)を、前記ウェブページを構築するウェブサーバであって前記コンピュータとは異なるウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる機能と

④ 前記送出不可能な状態とされた前記識別情報に基づく架電を第2の架電先の電話器接続される状態にする機能と、

前記識別情報に基づく架電が前記第2の架電先の電話器接続される状態となった場合の該識別情報を、前記ウェブサーバ又は他のウェブサーバに向けて送出可能な状態にする機能と、

前記識別情報を前記ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップを、前記ウェブサーバに向けて前記識別情報が送出されてから一定期間が満了した場合に、又は前記ウェブサーバへアクセスされた回数が基準に達した場合に実行する機能とを

実現させるための情報管理プログラム。


4.争点

(1)構成要件充足性

ア 被告プログラムにおける架電番号が、「架電先の電話器を識別する識別情報」に当たるか(争点1-1)。

イ 被告プログラムが、架電番号を「送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる機能」を有するか(争点1-2)。

(2)無効理由の有無(争点2)

(3)損害額(争点3)

5.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書等(甲2)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書等における上記記載によれば、本件発明は、①広告提供サイトのウェブページに連絡先の電話番号を掲載する場合における情報管理プログラムに係る発明であり、②利用者がいずれの広告提供サイトを見て電話を架けてきたかなどを把握するため、数多くの広告提供サイトや商材ごとに異なる電話番号を掲載しようとすると、電話番号資源が枯渇するという課題の解決のため、③電話番号を指標する識別情報を動的に割り当て、一定時間の経過又は一定回数のアクセスを基準として、その提供を終了することで、識別情報の再利用を可能とし、識別情報の資源の有効活用及び枯渇防止を図るものであるということができる。

2 争点1-1(被告プログラムにおける架電番号が「架電先の電話器を識別する識別情報」に当たるか)について

(1)証拠(甲6、7)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件不動産サイトにおける物件の連絡先への架電等の仕組みは、以下のとおりであると認められる。

ア 本件不動産サイトにおいて、ユーザが特定の不動産物件の詳細情報を選択すると、例えば、以下の画面のような、当該物件についてのウェブページが表示され、同ページの下段・右側に「電話」ボタンが表示される。

イ 上記「電話」ボタンをユーザが選択すると、例えば、次の画面に遷移する。同画面には、架電番号が表示されるとともに「このページを開いてから10分以内にお電話をお願いいたします。」「上記無料通話番号は、今回のお問合せ用に発行したワンタイムの電話番号です。」と表示される。

ウ ユーザが上記画面に表示された架電番号に架電すると、当該物件を管理する不動産業者に直接通話が繋がるが、一定時間を経過すると、当該架電番号に架電しても電話は繋がらず、接続先がない旨の自動音声案内が流れる。

エ 上記イの画像の表示から、架電することなく10分以上経過してから、同一携帯端末で、同一の不動産物件について架電番号を表示すると、例えば、以下のとおり、別の架電番号が表示される。

オ 上記ウにより繋がらなくなった架電番号は、別のユーザ端末や商品に対応した電話番号として再利用し得る。なお、ユーザが、同架電番号にいったん架電すると、その後も、同番号は端末上にリダイヤルのため再表示され、同時に、別の端末において異なる物件の連絡先として同一の架電番号が表示され得る。

(2)被告は、被告プログラムにおける架電番号が「架電先の電話先を識別する識別情報」(構成要件①)に該当しないので、被告プログラムは、構成要件①を充足しないと主張する

しかし、「識別情報」の意義については、本件明細書等の段落【0019】には「識別情報とは、架電先に関連付けられることによりその架電先を識別する情報であ」ると記載されているところ、証拠(甲6、7、乙2)によれば、被告プログラムを使用してサービスを提供している本件不動産サイトにおいては、ユーザが希望する物件を選択すると、当該物件の詳細情報が表示された画面に問合せのための専用電話番号が表示され、当該番号が表示されるとその時点で架電番号がロックされた状態となり、その表示から一定期間、当該架電番号に架電するとその不動産業者に架電されるとの事実が認められる。そうすると、被告プログラムにおける架電番号は、「架電先に関連付けられることによりその架電先を識別する情報」であり、構成要件①にいう「識別情報」に該当するということができる

(3)また、原告が行った実験結果(甲8・実施結果1。なお、以下の実験結果はいずれも被告プログラムを使用している本件不動産サイトを利用したものである。)によれば、(ⅰ)本件不動産サイトのユーザが、端末を用い、特定の物件の連絡先画面を表示させると、特定の架電番号が表示された、(ⅱ)そのまま架電せずに前記連絡画面を閉じ、再び物件の連絡先画面を表示させると同じ架電番号が表示された、(ⅲ)ユーザが、異なる端末の電話機能を用い、同一の架電番号に架電しても、同一の連絡先である広告主に接続されたとの事実が認められる。

上記結果は、被告プログラムにおいて、ある端末に特定の物件の連絡先に繋がる架電番号を表示させると、それにより当該番号と架電先が関連付けられ、それ以降は当該架電番号に対応する連絡先の不動産業者が識別されるとの上記(1)の認定を裏付けるものであり、同結果に照らしても、被告プログラムにおける架電番号は、構成要件①にいう「識別情報」に該当するということができる。

(4)これに対し、被告は、架電番号と発信者番号とで架電先を識別するので、架電番号は、本件発明にいう「識別情報」に当たらないと主張し、端末に表示させた架電番号に発信者番号非通知の設定で架電した場合、架電先にも接続されないという実験結果(乙3)は被告主張を裏付けるものであると主張する

しかし、架電前においては、被告プログラムは当該ユーザの発信者番号を知らないはずであるから、架電前において、同プログラムが架電番号と発信者番号とで架電先を識別するとは考え難い。上記実験において端末に表示された架電番号に架電した場合に架電先に接続されなかったのは、後記のとおり、被告プログラムが当該架電番号に架電した時点以降、架電番号と発信者番号とで架電先が識別されていること(この点については当事者間に争いがない。)に起因するものと考えるのが相当であって、上記実験結果は、架電前において表示された架電番号と架電先が関連付けられることを否定するに足りるものではない

むしろ、原告の行った実験結果(甲9)によれば、発信者番号を送信し得ないパーソナルコンピュータに本件不動産サイトを表示した場合であっても、物件の連絡先に繋がる架電番号が表示され、携帯端末から当該番号に架電したところ、当該連絡先に接続したとの事実が認められ、これによれば、被告プログラムは、架電前の時点において、架電番号により架電先を識別していると推認することが相当である

(5)被告は、乙8の実験2の結果は、被告プログラムにおいて、1つの架電番号が、同時に複数のユーザが複数の架電先に接続するために利用されていることを示しているので、当該架電番号のみでは架電先を識別し得ないと主張する。

しかし、上記実験は、(ⅰ)本件不動産サイトのユーザが、端末①を用い、物件1の連絡先画面を表示させると架電番号が表示された、(ⅱ)端末①の電話機能で当該番号に架電した後、1990台分の仮想端末を用い、それぞれ物件2の連絡先画面を表示させた、(ⅲ)その後、上記(ⅰ)の時点から10分以内に、端末②で物件2の連絡先画面を表示すると、同一の架電番号が表示された、(ⅳ)上記(ⅲ)の後、前記(ⅰ)から10分以内に、端末①で再び物件1の連絡先画面を表示すると、同一の架電番号が表示されたというものであると認められる。

同実験の(ⅲ)において、端末②において物件2の連絡先画面が表示されたのは、上記(ⅱ)のとおり、端末①により架電をした後であるから、物件2の連絡先画面が表示された時点においては、物件1の連絡先は、架電番号のみではなく、架電番号と発信者番号とで識別されるようになっており、それゆえに、物件2の連絡先画面において同一の架電番号を表示することが可能になったものと考えられる。

そうすると、上記実験も、架電前において表示された架電番号と架電先が関連付けられることを否定するに足りるものではないというべきである。

(6)被告は、乙10の実験結果も、同一の架電番号が同時に複数のユーザによって未架電の異なる架電先に架電するための番号として用いられることを示していると主張する。

ア 乙10の実験は、(ⅰ)本件不動産サイトのユーザが、端末①を用い、物件1の連絡先画面を表示させると架電番号Xが表示され、同番号に架電した(午前2時10分)、(ⅱ)その後、端末①で物件2の連絡先画面を表示させると、架電番号Yが表示された(午前2時10分)、(ⅲ)その後、1994台分の仮想端末を用い、物件3の連絡先画面を表示させ、それぞれ架電番号を表示させた、(ⅳ)端末②を用い、前記(ⅱ)の表示から10分以内に、物件3の連絡先画面を表示させると、架電番号Yが表示され(午前2時14分)、続いて端末②から架電番号Yに架電した(午前2時15分)、(ⅴ)端末③を用い、前記(ⅱ)の表示から10分以内に、物件4の連絡先画面を表示させると、架電番号Yが表示された(午前2時15分)、(ⅵ)前記(ⅱ)の表示から10分以内に、端末①~③において、再度各物件について架電番号を表示させると、いずれの端末においても架電番号Yが表示されたというものであると認められる。

イ 上記実験結果のうち、(ⅳ)~(ⅵ)において端末①~③において架電番号Yが表示されたこと、取り分け、端末①において架電番号Yに架電をしていないにもかかわらず、端末①及び③に架電番号Yが表示されたことについては、ある端末(この場合は端末①)から架電すると、当該端末の発信者番号が被告プログラムに登録され(この点は争いがない。被告準備書面9の14頁参照)、架電済みの端末に払い出された未架電の架電番号についても、架電番号と発信者番号とで識別されることによるものであると考えられる。

このことは、原告が行った実験結果(甲15)からも裏付けられる。すなわち、同実験(甲15・実験A-1、2)は、(ⅰ)本件不動産サイトのユーザが、端末Aを用い、物件Aの連絡先画面を表示させると、架電番号Aが表示された、(ⅱ)端末Aの電話機能で架電番号Aに架電した後、端末Aで物件Bの連絡先画面を表示させると、架電番号Bが表示された、(ⅲ)前記(ⅱ)から10分以内に、端末Bの電話機能を用い架電番号Bに架電しても、物件Bの連絡先である広告主には接続されなかった、(ⅳ)他方、前記(ⅲ)の代わり、端末Aの電話機能を用いて架電すれば、物件Bの連絡先である広告主に接続されたというものであると認められる。同実験結果によれば、架電済みの端末に払い出された未架電の架電番号についても、架電番号と発信者番号とで識別されるものと認めるのが相当である。

そうすると、上記アの(ⅳ)~(ⅵ)において架電番号Yが表示されたのは、その時点において、端末①及び②については、架電番号Yと各端末の発信者番号により関連付けが行われていたからであり、同実験結果も、架電前において表示された架電番号と架電先が関連付けられることを否定するに足りるものではないというべきである。

(7)以上によれば、被告プログラムにおいて、未架電の端末にのみ架電番号が表示されている場合には、当該架電番号は、「架電先に関連付けられることによりその架電先を識別する情報」であり、構成要件①にいう「識別情報」に該当するということができる。そして、前記判示のとおり、被告プログラムが架電後においては架電番号と発信者番号とで架電先を識別しているとしても、このことは被告プログラムが構成要件①を充足するとの結論を左右するものではないというべきである。

したがって、被告プログラムは、構成要件①を充足する。

3 争点1-2(被告プログラムが、架電番号を「送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる機能」を有するか)について

(1)被告は、被告プログラムは、構成要件③及び⑥の「識別情報を…ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」との構成を備えていないと主張する

そこで検討するに、構成要件③及び⑥の「識別情報を…ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」の意義については、特許請求の範囲の記載に加え、本件明細書等に「識別情報がウェブサーバに向けて送出可能な状態とは、例えば、利用者がウェブページにアクセスしたときに、広告情報に関連付けられた識別情報がウェブサーバへと送信されてそのウェブページ上に表示され得る状態をいう。」(段落【0020】)、「識別情報をウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップが、第1の所定条件の成立に基づき実行されてもよい。」(段落【0021】)、「第1の所定条件の成立は、例えば一定期間の満了、一定回数の満了を含む。例えば、一定期間満了に基づき、識別情報をウェブサーバに向けて送出不可能とすれば、一定期間のみ識別情報をウェブサーバにおいて提供可能とし、その後ウェブサーバにおいて提供不可能とすることができる。」(段落【0022】)などの記載を参酌すると、連絡先に関連付けられた識別情報をウェブページに表示可能な状態から、ウェブページに表示することができない状態に変化させることをいうものと解される

(2)被告は、識別情報が「送出不可能な状態」にあるとは、ユーザからのアクセスがあっても当該識別情報がウェブサーバに送出される可能性が存在しない状態を意味し、そのような可能性が存在するのであれば「送出可能な状態」に当たると解すべきであると主張する

しかし、被告の主張によれば、「送出不可能な状態」に変化するとは、結局のところ、架電番号が再利用される可能性がなくなる場合をいうと考えざるを得ないが、例えば、本件明細書等における「関連付け解除期間T4」の識別情報(段落【0098】~【0100】)は、新たな管理IDとの関連付けが行われるとウェブサーバへの送出が可能になる以上、送出される可能性は有することとなるが、同明細書等において、「関連付け解除期間T4」の識別情報が、ウェブページに表示することができない「送出不可能な状態」にあるとされていることは明らかである。

このように、被告の上記解釈は、本件明細書等の記載と整合しないものであり、採用し得ない

(3)被告は、本件明細書等の実施例において、送出不可能になった後であっても第1の架電先に接続可能な段階(非公開期間T2)が記載されていることなどを根拠に、構成要件③や⑥における「送出不可能な状態」とは、接続可能な状態のまま送出不可能な状態に変化することを意味すると主張する。

しかし、「送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップの実行から所定期間経過した後に、該識別情報に基づく架電を前記第1の架電先の電話器に接続されない状態にするステップを、有し、」との構成は本件特許の請求項2などの構成要件であるものの、本件特許の請求項1には「送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」と記載されているにすぎず、被告の主張するような限定は付されていない。

また、本件明細書等においても、非公開期間を含む構成は、「識別情報をウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップの実行から所定期間経過した後に、識別情報を第1の架電接続不可能な状態へと変化させるステップ、を更に有してもよい」と記載されているにすぎず(段落【0025】)、非公開期間を設けなかったとして、「識別情報の再利用を可能とすることにより、識別情報の資源の有効活用及び枯渇防止を図る」(段落【0015】)という本件発明の課題の解決が可能であることは明らかである。

したがって、構成要件③や⑥における「送出不可能な状態」は、接続可能な状態のまま送出不可能な状態に変化することを意味するとの被告主張は採用し得ない。

(4)以上を前提にして、被告プログラムが構成要件③及び⑥の「識別情報を…ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」との要件を充足するかどうかについて検討する。

前記(2(1))のとおり、本件不動産サイトにおいて、①ユーザが特定の不動産物件の詳細情報を選択すると「電話」ボタンが表示され、②ユーザが表示された架電番号に架電すると、当該物件を管理する不動産業者に直接通話が繋がるが、一定時間を経過すると、当該架電番号に架電しても電話は繋がらず、③上記表示から架電することなく10分以上経過してから、同一携帯端末で同一の不動産物件について架電番号を表示すると、別の架電番号が表示され、④上記②により繋がらなくなった架電番号は、別のユーザ端末や商品に対応した電話番号として再利用し得るものと認められる。これによれば、被告プログラムにおいて連絡先に関連付けられた識別情報は、ウェブページに表示可能な状態からウェブページに表示することができない状態に変化するものということができる。

被告は、被告プログラムにおける識別情報の管理について、「番号発行後所定時間以内の架電待ちの番号の状態」(状態①)、「発行したが、架電されなかった番号(発行後、架電がなく所定時間以上が経過した番号)」(状態②)、「架電後、所定時間冷却中の番号(架電後180分以内の状態)」(状態③)、「冷却済 架電後所定時間経過した番号(架電後180分経過後の状態)」(状態④)の4つの状態で管理しており、いずれの状態であっても新たにユーザからアクセスがあれば架電番号が発行され、ウェブサーバに送出されることになるのであるから、送出不可能な状態には変化しないと主張する。

しかし、「送出不可能な状態」の意義に関する被告の主張が採用し得ないことは前記判示のとおりであるところ、被告の主張する上記管理状況を前提としたとしても、少なくとも状態②における架電番号は、同番号が表示された端末の画面に表示することができない状態にあるので、これに送出され得ない状態、すなわち「送出不可能な状態」で管理されているというべきである。

したがって、被告プログラムは、有効期間の経過によって、架電番号を「送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる機能」を有するということができる。

なお、被告は、本件不動産サイトにおいて、端末に表示させた架電番号が、前記の有効期間が経過した74ミリ秒後、別の端末に表示されたこと(乙12・実験2)を根拠に、被告プログラムは送出不可能な状態になることはないと主張するが、当該架電番号は、状態②に遷移した後、再び端末に発行され、送出されたにすぎないと考えて何ら矛盾せず、前記の結論を左右しない。

(5)以上のとおり、被告プログラムは、構成要件③及び⑥の「識別情報を…ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」という要件を充足するということができる。

4 争点2(無効理由の有無)について

被告は、本件発明は、乙5発明と同一で新規性を欠くものであり、又は、同発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は無効にされるべきものであると主張する。

(1)そこで検討するに、乙5公報(特開2007-148833号)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)乙5公報の上記記載によれば、乙5発明は、ウェブページにおいて明示的に提供され、かつ架電先の電話器を識別する識別情報を管理するための情報管理プログラムであって、顧客がウェブページの電話リンクをクリックすると、端末の画面上に一時的に割り当てられた架電番号が表示されるが、その際に、LRUアルゴリズムに基づき、顧客が特定のウェブサイトにアクセスをした時点で未割り当ての電話番号を割り当て、未割り当ての電話番号が存在しない場合には、割り当てを行ってから一番長い間利用されていない電話番号の割り当てを解除し、アクセスのあったウェブサイトとそこに表示された広告主のセットに対して新たに割り当て作業を行うものであると認められる。

(3)被告は、乙5発明が、構成要件⑥の「前記識別情報を前記ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップを、前記ウェブサーバに向けて前記識別情報が送出されてから一定期間が満了した場合に、…実行する機能」を備えていると主張する。

しかし、本件発明における送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させるステップは、ウェブサーバに向けて前記識別情報が送出されてから「一定期間が満了した場合」に実施されるところ、ここにいう「一定期間」は、予め定められた期間を意味し、識別番号ごとに期間が異なるものではなく、また、上記ステップは特定の条件にかからしめることなく実施されるものであると解するのが相当である

これに対し、乙5発明における架電番号の割り当ての解除は、顧客からのアクセスがあったが未割り当ての番号が存在していない場合に限り実施されるものである点で本件発明と相違し、また、乙5発明において割り当ての解除が行われる場合には、割り当てをしてから最も長く利用されていない番号を対象とするので(LRUアルゴリズム)、識別情報が送出されてから解除がされるまでの期間は識別番号によって異なることになり、この点においても、本件発明とは相違する

したがって、乙5発明は、本件発明の構成要件⑥の「前記ウェブサーバに向けて前記識別情報が送出されてから一定期間が満了した場合に、…実行する機能」を備えているということはできない。また、乙5発明はLRUアルゴリズムにより上記の割り当てを行っているのに対し、本件発明は係る方式を採用していないのであるから、上記相違点に係る構成が単なる設計事項にすぎないということもできない。

(4)また、被告は、乙5発明は、識別情報を「ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」との構成を備えていると主張する。

しかし、前記判示のとおり、乙5発明においては、割り当てを行ってから一番長い間利用されていない電話番号の割り当てを解除し、アクセスのあったウェブサイトとそこに表示された広告主のセットに対して新たに割り当て作業を行うものであるから、割り当て済みの電話番号の割り当てを解除して直ちに新たな広告主に割り当てるものということができる。そうすると、乙5発明は、本件発明における「ウェブサーバに向けて送出可能な状態から送出不可能な状態へと変化させる」との構成も有していないというべきである。

したがって、乙5発明は、構成要件③及び⑥の上記構成を有していない点においても本件発明と相違しているところ、同相違点に係る構成は、前記のとおり、乙5発明がLRUアルゴリズムにより上記の割り当てを行っていることに起因しているものであり、同方式を採用していない本件発明との上記相違点に係る構成が単なる設計事項であるということはできない。

(5)したがって、本件発明が、乙5発明に基づき、新規性又は進歩性を欠くとの被告主張は理由がない。

5 争点3(損害額)について

(1)特許法102条2項所定の利益の額について

ア 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである(知的財産高裁平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日判決参照)。

本件における計算鑑定の結果によれば、被告プログラムについては、平成25年6月分から平成30年9月分までの間、別紙2-3①欄記載の売上高があり、製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費の額は同②欄記載のとおりであるので、その限界利益の額は同③欄記載のとおりであると認めることができる。

イ これに対し、原告は、●(省略)●であることを指摘し、別紙2-3②欄記載の変動費に含まれる●(省略)●からの仕入費の額については、その利益相当額50%を控除した額とするべきであると主張する(なお、当裁判所は、この点に関する原告の主張のうち、●(省略)●が、被告サービスを実質的に運営する共同事業者であって、共同不法行為者に当たるなどとする主張については、時機に後れた攻撃防御方法を理由とする却下をした。)。しかし、●(省略)●されるべきものでないことは当然であり、また、その仕入価格が不当に高額に設定されていたといったような事情を認めるに足りる証拠もないのであるから、この点に関する原告の主張を採用することはできない。

ウ 他方、被告は、別紙2-3②欄記載の金額のほか、①通信回線及び通信機器設備の利用料、②派遣労働者の費用、③専用プログラムの開発費も、変動費又は個別固定費として控除すべきであると主張する。

しかし、証拠(乙30~32)によれば、上記①~③の費用は、被告プログラムにのみ費消されたものではなく、被告の提供する他のサービスについても費消されているものであると認められ、被告プログラムの作成や販売に直接関連して追加的に必要となった経費であるということはできない。

したがって、これを売上高から控除すべきであるとの被告主張は採用し得ない。

エ もっとも、本件において、原告の請求の対象となる限界利益は、平成25年5月26日から平成31年4月30日までの利用に対するものであるのに対し、前記計算鑑定は、平成25年6月分から平成30年9月分までの売上を対象とするところ、乙27及び弁論の全趣旨によれば、これら各月分の売上は、それぞれ前月分の利用に対応することが認められる。そこで、平成25年5月の利用については、同年6月分の限界利益の額を日割り計算し、平成30年9月から平成31年4月までの利用については、平成30年4月分から同年9月分までの限界利益の額の平均額を採用するのが相当である。そうすると、特許法102条2項所定の利益の額は、この計算によって得た別紙2-1②欄記載の額に、それぞれの時期における同2-3③欄記載の消費税率を加算した額と計算されることになる。

(2)推定覆滅事由について

被告は、被告サービスに対する本件発明の寄与率は0%と解すべきであるとして、特許法102条2項における推定覆滅事由があり、その割合は100%であると主張する。

ア 同条項における覆滅については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解され、同条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。(前掲知的財産高等裁判所判決参照)

イ 被告は、被告プログラムの訴求ポイントは、PhoneCookieという独自技術を用い、ウェブと電話から得られるトランザクション情報を効果的に利用する点であるのに対し、本件発明の特徴点は、補正手続において付加された構成要件⑥であるから、被告プログラムと本件発明は訴求ポイントが異なると主張する。

しかし、本件発明は、その構成要件が一体となって所期の効果、すなわち、「架電先を識別するための識別情報を広告情報ごとに動的に割り当てて、識別情報の再利用を可能とすることにより、識別情報の資源の有効活用及び枯渇防止を図る」(段落【0049】)とともに、「ウェブページへの提供期間や提供回数に応じて動的に識別情報を変化させることにより、広告効果を時期や時間帯に基づき把握すること」(段落【0050】)を可能にするものであり、構成要件⑥が出願審査の過程において補正により付加されたとしても、同構成要件のみが本件発明の特徴点であると解することはできない。

他方、被告プログラムを使用している本件不動産サイト(甲6)においては、ユーザーによる架電の負担の軽減が課題として掲げられるとともに、「その時・その人にだけ有効な『即時電話番号』を発行」し、「静的に電話番号を割り振るのではなく、ユーザーのアクションに応じて動的に電話番号を割り振」るとの内容を有することが記載されていることが認められる。

上記本件不動産サイトに記載された「その時・その人にだけ有効な『即時電話番号』を発行」し、「動的に電話番号を割り振」ることは、「識別情報の資源の有効活用及び枯渇防止を図る」などの本件発明の効果を発揮する上で不可欠な要素であり、被告プログラムにおいてもこうした構成を備えた結果、その顧客は本件発明と同様の効果を享受しているものということができる。

被告は、被告サービスの訴求ポイントについて、PhoneCookieという独自技術を用い、ウェブと電話から得られるトランザクション情報を効果的に利用することができる点にあると主張するが、同技術が被告サービスの売上に貢献したことを具体的に示す証拠はない。

そうすると、被告プログラムがPhoneCookieという独自技術を用いているとしても、この点を覆滅事由として考慮することはできないというべきであり、被告がそのために被告を特許権者とする特許技術(特許第5411290号、特許第5719409号)を使用していることも、上記結論を左右しない。

ウ 被告は、本件発明のうち架電番号の再利用という部分の機能は、従来技術にすぎないと主張する。

しかし、原告が従来技術として挙げるLRU方式は、前記判示のとおり、使用されてから最も長い時間が経った架電番号から順に利用する方式であり、本件特許とはその採用している方式が異なるものであり、本件発明が従来技術として利用しているものではない上、市場において本件発明と同様の効果を奏する代替可能な技術として原告の提供するサービスと競合関係にあるということはできない。

また、被告は、被告を特許権者とする前記特許明細書に記載された方式によっても、本件発明を代替することが可能であると主張するが、同方式は、架電番号の在庫が尽きた場合に、これを初期化し、その初期化したことを通知するものであり(乙18・段落【0095】)、本件特許とはその採用している方式が異なるものであり、本件発明が従来技術として利用しているものではない上、市場において本件発明と同様の効果を奏する代替可能な技術として原告の提供するサービスと競合関係にあるということはできない。

以上のとおり、本件発明のうち架電番号の再利用という部分の機能が従来技術にすぎないとの被告主張は理由がなく、この点を推定覆滅事由として考慮することもできない。

エ したがって、本件においては、被告が得た利益の全部又は一部について推定を覆滅する事由があるということはできない。

(3)小括

前記のとおり、特許法102条2項の「利益」の額は、別紙2-1②欄記載の額に同③欄の消費税率を乗じた額であり、同項における推定覆滅事由があるとは認められないので、被告が賠償すべき額は、その10%に相当する弁護士費用相当額を加算し、一円単位に切り捨てた別紙2-1⑤欄のとおりと計算される。また、弁論の全趣旨によれば、これらの損害の発生日は、遅くとも、それぞれ同⑥記載の日であると認められるので、各同日から支払済みまでの遅延損害金の請求をすることができる。