貝係止具事件(その2)

投稿日: 2017/04/25 0:09:08

今日は貝係止具事件の続きを投稿します。

2.本件特許の内容

【請求項1】

1A ロープと貝にあけた孔に差し込みできる細長の基材(1)と、その軸方向両端側の夫々に突設された貝止め突起(2)と、夫々の貝止め突起(2)よりも内側に貝止め突起(2)と同方向にハ字状に突設された2本のロープ止め突起(3)を備えた貝係止具(11)が基材(1)の間隔をあけて平行に多数本連結されて樹脂成型された連続貝係止具において、

1B 前記多数本の貝係止具(11)がロープ止め突起(3)を同じ向きにして多数本配列され、

1C 配列方向に隣接する貝係止具(11)のロープ止め突起(3)の先端が、他方の貝係止具(11)の基材から離れて平行に配列され、

1D 隣接する基材(1)同士はロープ止め突起(3)の外側が可撓性連結材(13)で連結されず、ロープ止め突起(3)の内側が2本の可撓性連結材(13)と一体に樹脂成型されて連結され、

1E 可撓性連結材(13)はロープ止め突起(3)よりも細く且つロール状に巻き取り可能な可撓性を備えた細紐状であり、

1F 前記2本の可撓性連結材(13)による連結箇所は、2本のロープ止め突起(3)の夫々から内側に離れた箇所であり且つ前記2本のロープ止め突起(3)間の中心よりも夫々のロープ止め突起(3)寄りの箇所として、

1G 2本の可撓性連結材(13)を切断すると、その切り残し突起(16)が2本のロープ止め突起(3)の内側に残るようにした

1H ことを特徴とする連続貝係止具。

【請求項2】

2A 請求項1記載の連続貝係止具において、2本の可撓性連結材(13)の間隔が、貝係止具(11)が差し込まれる縦ロープ(C)の直径よりも広い

2B ことを特徴とする連続貝係止具。

【請求項3】

3A 請求項1又は請求項2記載の連続貝係止具(14)が、シート(15)を宛がって又は宛がわずに、ロール状に巻かれた

3B ことを特徴とするロール状連続貝係止具。


この発明は従来技術のように貝にあけた孔に先端を差し込み貝止め突起により貝の脱落を防ぐとともにロープからの抜けを防止するロープ止め突起を有する貝係止具を多数本配する連続貝係止具に関するものであり、ロープ止め突起の内側に隣接する貝係止具同士を連結する可撓性連結材を設けることで、この可撓性連結材を切断した切り残し突起がロープ止め突起の内側に位置するようにしている。このような構成とすることでロール状に巻いた連続貝係止具の可撓性連結材を切断して貝係止具を一つずつ分離してから貝の孔に差し込むために手で持っても切り残し突起が手に当たらないため手が怪我したり、手に嵌めた作業用手袋が破れたりしにくい。

3.被告製品の内容

判決文に掲載されている被告製品の写真を引用します。本件発明の可撓性連結材が直線的な構造であるのに対して被告製品の可撓性連結材は基材側がハの字状になっています。その他の部分は争われていないので一致しているものと解されます。

4.裁判所の判断

裁判官は被告製品が本件特許権に抵触していて、かつ、本件特許権は被告が主張する特許無効主張では無効にならないと判断し、特許権侵害を認めています。なお、被告は被告製品が前訴の和解において原告が認容した範囲内であると主張していますが、認められませんでした。

 

5.検討

(1)本事件の抵触性・有効性に関する被告の主張はあまり強いものではなかったので当事者の主張及び裁判所の判断についての説明は省略しました。

(2)唯一気になった被告の主張は前訴の和解条項に関するものです。被告は「原告と被告らとは、前訴和解において、連結材の形体に着目して、これが直線状のものについては製造等を停止し、ハ字状に屈曲したものについては、当時は出願段階にあった本件特許との関係においても、本件各発明の技術的範囲に属さないものとして、製造等を許容することを約したものと解すべきである。」と述べています。ここでいう連結材とは当然可撓性連結材のことです。この主張は結局のところ認められませんでしたが、ひょっとしたら本件事件は原告と被告との間の前訴の和解条項についての解釈の不一致が原因かもしれません。

(3)今回は貝係止具事件(その2)ですが、貝係止具事件(その1)との間にマキサカルシトール事件(続き)を挟みました。このマキサカルシトール事件(続き)を挟んだ理由は、最高裁判決に対処するために分割出願が増加する可能性があるので、分割出願の問題点を挙げておこうと考えたからでした。結果的には最高裁判決に対する検討から外れてしまうので止めましたが、本当は分割出願に係る発明が解決しようとする課題が、親出願のそれと異なる場合に権利解釈に影響を与えるか否か、という点を問題点として挙げるつもりでした。

(4)それというのも本件がまさにそのようなケースだったからです。本件の明細書の「発明が解決しようとする課題」には「海中に吊られた貝Bが波を受けて貝係止具Aを軸として回転したり揺れたりすると、貝係止具Aの貝止め突起Gが捩れて基材の寝床Iの上に倒伏し、貝Bが貝係止具Aの貝止め突起Gを乗り越えて矢印a方向に抜け落ちる(脱落する)ことがあり、場合によっては貝止め突起Gが切断して貝Bが脱落することがあり、養殖の歩留りが低下し、養殖業者の収益が減収する。」とあります。詳しく読んではいませんが親出願に係る発明はこの課題を解決するものだったと思います。

(5)これに対して、本件発明は可撓性連結材の配置がポイントになっており、この課題を解決するものではありません。これまで幾つも判例を検討してきましたが、その中に課題を幾つも書いてしまったために複数の課題を解決しなければならないとして限定的に解釈され非侵害とされた事件(平成28年(ネ)第10092号 特許権侵害差止等請求控訴事件)もありました。そうなると、課題とその解決手段であるべき発明とが不一致の場合どのように解釈されるか興味がありました。

(6)これに対して本件では権利解釈に課題は全く影響を与えませんでした(被告がこの点を争っていなかったようにも思えます。)。これは実に興味深いと思います。仮に裁判所がこの不一致を問題視するとかなりの数の分割出願が実質的に権利行使不能になりかねません。そうなると分割出願制度の意義が失われてしまいます。一度。この辺りを真正面から争う侵害訴訟の判決を読んでみたいと思います。