スプレー事件

投稿日: 2018/05/16 22:57:26

今日は、平成26年(ワ)第6361号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるエヌ・ケイ・ケイ株式会社は、判決文によると、エアゾール製品等の製造販売を目的とする株式会社だそうです。一方、被告である日本瓦斯株式会社はLPガス、高圧ガス、ガス機器、ガス空調機器等の製造販売等を目的とする株式会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5396136号)

① 出願当初は3社の共有だったようですが、登録後に他の2社から本件原告に対して持分が譲渡されたようです。

② 本件特許出願を基礎として優先権を主張して国際出願を行い国際公開されていますが、いずれの国へも移行していないようです。

③ 無効審判の請求人は本件被告です。

④ 事件番号からすると本件侵害訴訟は平成26年(2014年)に起こされたようです。

2.本件発明

(1)本件発明1(請求項1)

A 噴射口(11)を備えたスプレー缶(1)に、可燃性液化ガス(3)および保液用の吸収体(2)を充填したスプレー缶製品であって、

上記吸収体(2)が、灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、

上記スプレー缶(1)内に、上記噴出口(11)側に空間(12)を有して、スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体(2)を収容し、上記空間(12)と上記吸収体(2)の間には、上記吸収体(2)の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材(4)を配設し、

かつ、上記蓋状部材(4)は、上記スプレー缶(1)内に圧入されて上記吸収体(2)表面に密接する円板状多孔質体、または上記吸収体(2)表面に一体的に形成された多孔質保護層である

E ことを特徴とするスプレー缶製品

(2)本件発明2(請求項2)

記吸収体(2)が、灰分を1重量%以上12重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され

請求項1記載のスプレー缶製品。

(3)本件発明6(請求項6)

H 上記液化ガス(3)は、噴射剤または燃料として使用される可燃性液化ガスである

I 請求項1ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。

3.被告製品

被告製品は、それぞれ別紙「被告製品説明書」の写真のとおりの外観を有しているエアダスター(スプレー缶製品)であり、いずれも、少なくとも次の各構成を有する。被告製品の次の構成a、d及びeは、本件発明1の構成要件A、D及びEに相当し、各構成要件をそれぞれ充足し、また、被告製品の構成cの「蓋」は、本件発明1の構成要件Cの「通気性蓋状部材」に相当する。

a 噴出口を備えたスプレー缶に、ジメチルエーテル及び保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、

b 上記吸収体がセルロース繊維集合体から構成され、

c 上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して、上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する蓋を配設し、

d かつ、上記蓋は、上記スプレー缶内に圧入されて上記吸収体表面に密接する円板状多孔質体である

e ことを特徴とするエアダスター。


4.争点

(1)特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)(争点1)

ア 構成要件B及びFの充足性(争点1-1)

イ 構成要件Cの充足性(争点1-2)

ウ 構成要件G、H及びIの充足性(争点1-3)

(2)特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否)(争点2)

(3)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点3)

ア 実施可能要件違反(争点3-1)

イ 明確性要件違反(争点3-2)

(4)特定被告製品の製造、販売等の差止め及び特定被告製品等の廃棄の必要性(争点4)

(5)原告が受けた損害の額(争点5)

5.裁判所の判断

1 争点1-1(特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件B及びFの充足性)

(1)原告は、入手した被告製品の灰分量を測定し、その測定結果(甲7、甲14、甲15、甲22(枝番号を含む。以下同じ。))に基づき、被告製品のほぼ全量が灰分含有量を特定した特定被告製品であり、構成要件B及びFを充足する旨主張するところ、被告は、原告の用いた灰分量の測定方法そのものから争い、被告の測定方法及び測定結果(乙6)によれば、被告製品は構成要件B及びFを充足しないと主張する

(2)そこで、まず灰分量の測定方法について検討すると、本件明細書の段落【0087】には、実施例における測定方法の記載があり、本件明細書中に他の測定方法の記載はみられないことから、測定方法は、この段落【0087】の記載の方法によるべきである。そして、そこに記載がない事項については、工業製品である被告製品の性質上、紙、板紙及びパルプを525℃で燃焼した際の灰分を測定する方法についての規定である日本工業規格のJIS P8251及びこれが引用するJIS P8203(甲9、甲11、乙43の3)を参考にするのが相当であり、以上の限度においては、原告及び被告ともに、その測定方法の理解に相違があるわけではない。

(3)原告と被告が実施した測定方法の違いは、①原告は、試料となるセルロース繊維集合体をガス充填後のものを用い、被告は前のものを用いていること、②原告は、二つ以上の試料を用い、灰分量の計算の前提となる絶乾質量を2回の絶乾率測定の平均値を用いて算出しているが、被告はそうではないこと、③原告は、被告製品の内容物をそのまま試料としているが、被告は、これから不純物を除去しているという3点にある。

①の点については、本件発明の構成要件AとBの関係から、灰分の含有量は、ガス充填後の試料を対象として測定すべきことは明らかであるが、他方で、被告が自らした測定結果(乙5)によれば、ガスの充填の有無は灰分量に影響しないと認められるから、この点で原告と被告の測定方法の優劣が決せられるとはいえない。

次いで②の点については、被告が主張するように、被告製品における灰分量の測定については、JIS P8251は参考にとどまるから、二つ以上の試料からの測定が必須とならないという考えもあり得るが、被告自身の測定結果からも明らかなように、被告製品は、製品ごとの灰分量にばらつきがあるから、このように均一さが明らかでない試料を対象とする場合には、測定誤差をなくすため、少なくとも二つ以上の試料を対象に測定を行う方が相当といえ、したがって、これをしたことが明らかではない、被告の測定結果の信頼性はやや劣るものということができるが、被告製品では、個々の製品ごとの灰分量のばらつきが相当あることから、この点をもって、当該測定結果を、直ちに排除すべきほどの瑕疵とはいえない。

最後の③の点については、被告のした測定結果(乙6)から明らかなように、灰分量の測定結果に直接影響を及ぼすものであるところ、以下に検討するとおり、本件発明にいう「セルロース繊維集合体」は、被告製品の内容物をいい、不純物が混入することも予め想定されているから、灰分量の測定は、被告製品の内容物をそのまま試料とすべきであり、これと異なり、これから不純物を除去したものを試料に用いた被告の測定結果(乙6)は採用できないということになる

すなわち、本件明細書の記載によれば、本件発明にいう「セルロース繊維集合体」は、古紙等の原料を粉砕、解繊し、微細化したものの集合体を指すものであって、セルロース繊維のみではなく、製紙工程で古紙原料に添加される炭酸カルシウムやタルク等の無機物質が含まれることが想定されているというのであり(本件明細書の段落【0027】、【0028】、【0039】、【0049】)、また原料が古紙等に由来するものも含むということに加え、構成要件A及びBからすると、「セルロース繊維集合体」は、スプレー缶の内容物を指すと解されるから、その収容に至るまでの一連の製造工程において塵や埃状の物質が混入することも避けられないと考えられるが、本件明細書に記載された灰分の測定方法(段落【0087】)には、混入物を除去することを示唆する記載は一切ない

また、実際問題として、被告が主張するように、被告製品に塵や埃状の物質、あるいは製造過程で意図せず混入した錆や塗料等に由来するものがあるとしても、除去すべきではないセルロース繊維は完全に残し、他方で、それ以外の不純物のみを完全に除去し切れるとはおよそ考えられないから、そのような作業は灰分量を測定する上で想定されているとは考えられない(被告の測定方法を説明した陳述書(2)(乙7)をみても、被告のいう不純物が、古紙由来の物質であるのか否かを的確に識別できるとは考えられない。)。

したがって、被告製品の灰分の測定方法としては、被告製品の内容物をそのまま試料として用いるべきであって、不純物が含まれるとして、その一部を除去した対象を試料として測定した被告の測定結果(乙6)は採用できない。

(4)被告製品の構成

上記(3)で検討したところによれば、被告製品の灰分量の測定は、原告がしたように、①被告製品のガス充填後であって、②スプレー缶の内容物から不純物を取り除かないそのままを試料として、③灰分量の計算の前提となる絶乾質量を2回の絶乾率測定の平均値を用いて算出するという方法によるべきであるところ、これによって原告のした測定結果(甲7、甲14、甲15、甲22)によれば、第2世代製品について1本(甲14の4)が、吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%未満であることが認められるが、それ以外は、すべて吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%以上12重量%未満の範囲に属するものと認められる

他方、被告においても、上記①ないし③の条件を満たす測定方法に従い、検査機関に被告製品の灰分量の測定検査を委託しているが、その結果(乙23)では、吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量が1重量%以上12重量%未満の範囲に属するものが、第1世代製品につき10本中5本、第2世代製品につき90本中56本であったことが認められており、不純物を除去しない測定方法によったとしても、なお原告と被告のそれぞれの測定結果に相当の乖離がある

このように測定方法を統一しても、被告製品の灰分量の測定結果についての原告と被告との対立は解消していないが、被告が上記条件を満たす測定方法を用いた測定の委託先は第三者機関であって、その測定結果の信頼性を疑わせる事情は認められないし、その測定は同一機会に同一条件下で100本の検体の測定を実施したものであることに照らせば、本件においては、被告製品の灰分量の測定結果について、上記被告が委託した検査機関の測定結果(乙23)によることが相当である。

そして、その測定結果では、第1世代製品と第2世代製品では、検体の数に差があり、また被告製品中、構成要件B及びFを充足する灰分量を有する製品の割合に差異があるが、その差異は50%と約62%にとどまっていて、灰分含有率の分布にもそれほど変わりはないことからすると、第1世代製品と第2世代製品を区別せずに、被告製品のうち本件発明1、2及び6の技術的範囲に属する特定被告製品の割合を認定するのが相当である。

そうすると、被告製品のうち特定被告製品に該当する割合は61%であると認められる

(5)以上より、被告製品のうち61%は、灰分含有量を特定した特定被告製品であるものと認められ、この特定被告製品は、構成要件B及びFを充足していると認められる。

2 争点1-2(特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件Cの充足性)

(1)構成要件Cの解釈について

構成要件Cの「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」につき、原告は物の発明としてのスプレー缶製品の構成部材である吸収体の客観的な構成を特定するものでしかないと主張しているのに対し、被告はスプレー缶に収容される前の段階で予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し、次いで上記吸収体をスプレー缶に収容することを意味すると解すべきであると主張している

被告の主張は、構成要件中、「成形」、「収容」、「配設」という文言が工程を意味しており、その先後関係が問題となることから製造方法を特定しているというものであるが、構成要件中に明示的な形で吸収体のスプレー缶内への収容と吸収体の成形の時間的な先後関係が触れられているわけではないから、この部分は、スプレー缶製品が完成した段階で、吸収体が客観的な構成として、スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されているということを特定したと解することも可能である

イ そして、本件明細書の発明の詳細な説明には、「セルロース繊維集合体のスプレー缶1への充填方法は、任意に選択することができる。通常は、予め一定量を集積させ、スプレー缶の内径に応じた円柱ブロック状に圧縮した繊維集合体に形成し、スプレー缶1に直接充填する。」(段落【0054】)との記載、「図4(c)のモノブロック缶の場合は、…減容圧縮成形工程において圧縮容器5にて二軸圧縮される成形体の外径を、頭部15の開口内径と一致させて、加圧圧縮された円柱ブロック状圧縮成形体を、頭部15の開口から充填することを繰り返し、所定重量の吸収体2とすることができる。その後、図5(a)、(b)に示すように、吸収体2の表面を略平面状に整え、蓋状部材4を構成する発泡性樹脂の原料を充填して、吸収体2表面を均一に覆って、発泡させる。これにより、図5(c)に示すように、吸収体2の表面を保護する蓋状部材4を配置して、その上方に形成される空間12と区画することができる。図4(a)、(b)に示す缶構成において、この方法を採用して蓋状部材4を形成することもできる。」(段落【0080】)との記載があって、少なくとも被告の構成要件Cの解釈、すなわち予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し、次いで上記吸収体をスプレー缶に収容する製造方法とは明らかに異なる製造方法が記載されている。

ウ さらに本件発明には、従属項として請求項8があるが、請求項8は、「上記セルロース繊維集合体は、スプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形され、またはシート状に圧縮成形しスプレー缶形状に合わせて巻いた後、上記スプレー缶内に直接充填される請求項1ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶製品。」というものであって、吸収体を構成するセルロース繊維集合体がスプレー缶形状に対応するブロック状に圧縮成形されるなどした後、スプレー缶内に直接充填されるという経時的要素が構成要件として製造方法をもって技術的範囲を特定しているから、これとの対比において、請求項1に請求項8に特定された経時的要素を解釈で読み込んで製造方法が記載されていると解釈することは不合理である。

エ 以上のことを踏まえると、構成要件Cが、スプレー缶に収容される前の段階で予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し、次いで上記吸収体をスプレー缶に収容する構成に限られないことは明らかであり、構成要件Cの「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」という文言は、スプレー缶製品が完成した段階で、吸収体が客観的な構成として、スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されているということを記載したものと解するのが相当である(なお、「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体」の意義については、その文言からして、吸収体がスプレー缶形状に対応する形になっていることを意味すると解すべきである。)。

(2)被告の主張について

ア 被告は、請求項8の発明は、セルロース繊維集合体の予めの成形方法を二つに限定しているだけであり、本件発明1は成形方法を限定していないから、請求項8の存在により、本件発明1の構成要件Cが予めセルロース繊維集合体を成形するという経時的要素を含んで解することは妨げられないように主張するが、請求項8の発明をそのように解すべきとしても、そうだからといって、構成要件Cに経時的要素を読み込んで製造方法として特定されているように解釈されるわけではなく、被告の主張は失当である。

イ 被告は、原告が本件特許の出願経過において提出した意見書(甲8の8、乙41)で、予め、スプレー缶形状に対応する形状に成形した成形体を作り、それをスプレー缶に充填するという構成が説明され、その作用効果が強調されていたことから、構成要件Cは、被告主張のとおり解すべきと主張している。

ウ そこで本件特許の出願経過についてみると、後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(ア)本件特許の出願当初の願書に添付した特許請求の範囲は、次のとおりである(請求項3ないし5、7及び9の記載は省略)(甲1、甲2、甲8の1、3)。

【請求項1】 噴射口を備えたスプレー缶に液化ガスとともに充填されて、該液化ガスを吸収保持するスプレー缶用吸収体であって、セルロース繊維集合体から構成され、灰分を1~25重量%の範囲で含有することを特徴とするスプレー缶用吸収体。

【請求項2】 噴射口を備えたスプレー缶に、少なくとも液化ガスおよび保液用の吸収体を充填したスプレー缶製品であって、

上記吸収体が、灰分を1~25重量%の範囲で含有するセルロース繊維集合体から構成され、

上記スプレー缶内に、上記噴出口側に空間を有して上記吸収体を収容し、上記空間と上記吸収体の間には、上記吸収体の表面を通気可能に保護する通気性蓋状部材を配設したことを特徴とするスプレー缶製品。

【請求項6】 上記液化ガスは、可燃性液化ガスである請求項1ないし5のいずれか1項に記載のスプレー缶用吸収体またはスプレー缶製品。

【請求項8】 上記セルロース繊維集合体は、スプレー缶形状に対応する形状に圧縮成形されて、上記スプレー缶内に直接充填される請求項1ないし7のいずれか1項に記載のスプレー缶用吸収体またはスプレー缶製品。

(イ)特許庁審査官は、平成25年6月頃、次のとおり、上記(ア)の出願に係る発明について拒絶理由通知をした(甲8の7、乙38)。

a 出願時の請求項1について

古紙パルプを利用したセルロース繊維集合体において、その灰分の配合量として1ないし25重量%という数値範囲内の値は、公開特許公報(特開平10-314583。乙39)等に記載されているように一般的な値であり、公開特許公報(特開2008-180377。乙43の1。以下「乙43の1公報」という。)に記載されたスプレー缶用吸収体の灰分の配合量を1ないし25重量%とすることで、請求項1に係る発明とすることは、当業者にとって容易である。

b 出願時の請求項2について

乙43の1公報に記載されたスプレー缶製品における表面シートに代えて、周知の技術事項を適用し、通気性蓋状部材を備える構成とすることは、当業者にとって容易である。

c 出願時の請求項3について

蓋状部材の材料の種類は当業者が適宜選択し得た設計的事項であり、通気性材料として不織布や発泡体は一般によく知られているものである。

d 出願時の請求項4ないし9について

請求項4ないし9で特定する構成は、乙43の1公報に実質的に開示されている。また、セルロース繊維の原料や繊維長、液化ガスの種類やその充填方法等は、当業者が適宜選択し得た設計的事項である。

(ウ)原告及び訴外会社らは、同年8月30日、上記(ア)の出願時の請求項1を特許請求の範囲から削除するとともに、出願時の請求項2の内容を補正して新たな請求項1とするとともに、請求項2、6及び8等についても補正をした。補正後の請求項1、2、6及び8は上記第2の1(2)記載のとおりである。なお、補正後の請求項の記載に整合させるために、明細書の段落【0017】、【0055】等も併せて補正された(甲8の8、甲8の9、乙41、乙42)。

(エ)原告及び訴外会社らは、同日に提出した意見書において、補正後の請求項1は、出願時の請求項6の発明特定事項及び出願時の請求項8の発明特定事項の一部を追加限定して、出願時の請求項2の「液化ガス」が「可燃性」であり、「吸収体」が「スプレー缶形状に対応する形状に成形された」ものであることを特定するとともに、「灰分」含有量を「20重量%未満」の範囲に限定し、さらに「蓋状部材」の具体的構成を特定するもので、本件明細書の段落【0057】、【0060】、【0062】、【0067】、【0091】、表1等の記載に基づくものと説明した。

また、原告及び訴外会社らは、出願時の請求項2の補正については、「灰分」含有量をさらに「12重量%未満」の範囲に限定するもので、本件明細書の表1に記載されるサンプルB、E等の結果に基づくものと、出願時の請求項8の補正については、「吸収体」の形状をさらに具体的に特定したもので、本件明細書(ただし、補正前のもの)の段落【0054】、【0056】、図1、4、5等の記載に基づくものと説明した(甲8の8、乙41)。

(オ)上記(エ)の意見書には、上記記載のほか、次の記載がある(甲8の8、乙41)。

a 本願発明のスプレー缶製品は、液化ガス、特に液漏れによる引火等の危険性がある可燃性液化ガスを、安全に保液することを課題とし、そのために、灰分を所定範囲で含有するセルロース繊維集合体からなる吸収体を用いることを特徴とする。具体的には、灰分含有量が1重量%以上20重量%未満(請求項1)、好適には1重量%以上12重量%未満(請求項2)の範囲に調整された吸収体が、可燃性液化ガスの浸透性を高めて優れた保液性能を維持する。

ここで、吸収体に含有される灰分は、主に古紙原料に由来するものであるため、コスト低減に有効であるが、古紙原料が多くなると充填後に割れ等が生じて、保液性能を低下させるおそれがある。

そこで、本発明では、吸収体の性能を効果的に発揮するために、予めスプレー缶形状に対応する形状の成形体として充填し、その噴出口側の表面を保護する通気性蓋状部材を配設する(以下、第2段落の「ここで」からこの部分までの記載を「被告引用部分1」という。)。通気性蓋状部材は、吸収体表面に密接するように円板状多孔質体を圧入し、または多孔質保護層を一体的に形成したもので、吸収体の成形形状を維持してスプレー缶内に安定して保持することができる。

したがって、噴射剤または燃料である可燃性液化ガスが(請求項6)、倒立または傾斜状態で連続噴射されても、液漏れを防止する効果が高く、安全性が大きく向上する。

好適には、スプレー缶形状に対応させてブロック状に圧縮成形し、またはシート状に圧縮成形したものを巻いて、セルロース繊維集合体を構成し、スプレー缶に直接充填すると(請求項8)、簡易な構成で安定した性能を発揮できる。

b 本願発明は、安価な古紙原料のみでも液漏れを防止可能とするために、古紙に含まれる灰分と保液性能の関係に着目したものである。ただし、古紙原料を用いる場合には、繊維の傷みや品質のばらつきがあるために、セルロース繊維集合体が不均一になって保液力が安定しないおそれがある。そこで、スプレー缶内において、セルロース繊維集合体が安定した充填状態を保つように、予め成形して収容し、円板状多孔質体または多孔質保護層からなる蓋状部材で保護することで、保液性能とコスト低減を両立させている(以下、この部分を「被告引用部分2」という。)。

エ 以上により検討するに、被告が指摘する意見書は特許庁審査官による拒絶理由通知を受けて提出されたものであるが、上記認定のとおり拒絶理由通知では、吸収体を構成するセルロース繊維集合体中の灰分含有量や、通気性蓋状部材に関して想到容易であるとの指摘がされていたにすぎず、吸収体の成形時期や、吸収体のスプレー缶内への収容と吸収体の成形の時間的な先後関係について指摘されていたわけではないことが指摘できる。

そして、意見書中の「好適には、スプレー缶形状に対応させてブロック状に圧縮成形し、またはシート状に圧縮成形したものを巻いて、セルロース繊維集合体を構成し、スプレー缶に直接充填すると(請求項8)」との明確な経時的工程を表現した記載との対比を踏まえて被告引用部分1及び2について検討すると、確かに、同部分は、外形上、いずれも「本発明」又は「本願発明」に関する説明として記載されているが、被告引用部分1は、吸収体の性能を効果的に発揮するために通気性蓋状部材を配設し、それによって吸収体の成形形状を維持してスプレー缶内に安定して保持することができることを記載し、被告引用部分2は、スプレー缶内において、セルロース繊維集合体が安定した充填状態を保つように、これを蓋状部材で保護することで、保液性能とコスト低減を両立させていることを記載したものであって、いずれも通気性蓋状部材を配設することの技術的意義や作用効果を記載したにすぎないと理解し得る。すなわち、その記載内容に照らすと、被告引用部分1及び2は、通気性蓋状部材を配設する時点で、吸収体がスプレー缶形状に対応する形状に成形されていれば足りることを意味しているにすぎず、スプレー缶への収容の時点でそのような形状に成形されていることを要件としていると読み取ることはできない。

また原告の上記意見書では、補正後の請求項1は、出願時の請求項2の「吸収体」を「スプレー缶形状に対応する形状に成形された」ものであることを特定したものと説明されているが、出願時の請求項2には吸収体の成形時期といった経時的要素に関する記載はなく、意見書でもその成形の時期には何ら触れられていない。出願時の請求項8の発明特定事項の一部を追加限定したとも説明されているが、本件明細書の段落【0036】や【0055】、図1等に基づく補正であるとは説明されておらず、補正によって請求項1に、出願時の請求項8にあった経時的要素が含まれることになったことはうかがえない。

したがって、本件特許の出願経過に基づく被告の主張を採用することはできず、また原告の本件訴訟での主張が包袋禁反言に反するとまではいえないから、上記(1)のとおり構成要件Cの 「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」という要件は、スプレー缶製品が完成した段階で、吸収体が客観的な構成として、スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されているという意義で解されることになる。

(3)特定被告製品の構成と構成要件Cとの対比について

証拠(甲3)及び弁論の全趣旨(別紙「被告製品説明書」の吸収体の写真)によれば、被告製品から取り出した吸収体はいずれも、スプレー缶製品が完成した段階で、吸収体が客観的な構成として、スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められる。

被告は、被告製品の製造方法では、スプレー缶に収容される前の段階で吸収体がスプレー缶形状に対応する形を維持する状態にはなっていない旨主張するところ、確かに証拠(乙2)によれば、被告製品1ないし3では、吸収体がスプレー缶内部に収容された時点で、缶上部から盛り上がってはみ出している状態であることが認められるが、それは天蓋を閉じていない未完成状態を指しているにすぎず、スプレー缶製品が完成した段階で、吸収体が客観的な構成として、スプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められることに変わりはない。

そうすると、被告製品の吸収体は、客観的な構成としてスプレー缶形状に対応する形状に成形された状態でスプレー缶内に収容されていると認められるから、特定被告製品は構成要件Cのうち「スプレー缶形状に対応する形状に成形された…吸収体を収容し」という部分を充足し、被告製品の構成cの「蓋」は「通気性蓋状部材」に相当し、その他の部分の充足性については当事者間に争いがないから、構成要件Cを充足するということができる

3 争点1-3(特定被告製品が本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否)-構成要件G、H及びIの充足性)

被告製品に充填されているジメチルエーテルが可燃性液化ガスであることは当事者間に争いがなく、また被告製品はエアダスターであり、この液化ガスは噴射剤として使用されるものと認められるから、本件発明6の構成要件Hを充足する。

そして、上記第2の1(4)イのとおり、被告製品は本件発明1の構成要件A、D及びEを充足し、上記1及び2によれば、特定被告製品は本件発明1の構成要件B及びCを充足し、本件発明2の構成要件Fも充足するから、被告製品の一部である特定被告製品は本件発明2の構成要件G及び本件発明6の構成要件Iも充足する。

4 小括

したがって、特定被告製品は、本件発明1、2及び6の技術的範囲に属するということができる。

5 争点3-1(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか-実施可能要件違反)

(1)被告は、被告製品の灰分量の測定結果に大きなばらつきが生ずる原因は不明であり、測定結果を合わせるために必要な測定条件に関する事項が本件明細書に記載されていないとして、実施可能要件違反があると主張している

しかし、本件発明は、再生セルロース繊維を含むセルロース繊維集合体中の灰分量を調整することで、液化ガスの吸収性、保持力を良好に保つ発明である(本件明細書の段落【0028】)ところ、段落【0048】では、吸収体の原料について、「古紙原料を100%とすることが、コスト面や環境負荷を小さくするために望ましいが、古紙原料に限ら」れず、灰分含有量が調整されていれば足りると記載され、段落【0049】以下で原料の解繊、粉砕の方法が記載されているほか、「古紙原料を用いた場合には、古紙原料100%のもの以外に、差し支えない範囲で他の原料を一部添加したものを使用することもできる。使用可能なセルロース繊維としては、針葉樹、広葉樹の漂白または未漂白化学パルプ、溶解パルプ、さらにはコットン等、任意のセルロース繊維が挙げられる。複数のセルロース繊維原料を適宜組み合わせて使用することもできる。この場合も、吸収体2となるセルロース繊維集合体の灰分含有量が、上記所定範囲となるように、原料を適宜組み合わせて調整する。」(段落【0048】)と記載されている。

その上で、段落【0045】では、「古紙原料としては、新聞紙、広告紙、雑誌類をはじめ、段ボール、カタログ紙、コピー紙といった種々の古紙原料が、いずれも好適に使用できる。これら古紙原料の灰分含有量は、製紙工程にて添加される各種無機物質(炭酸カルシウム、タルクその他)によって決まり、通常、その種類によってほぼ一定している。例えば、新聞紙、雑誌類は、灰分含有量が比較的少なく、カラー印刷が増えると灰分含有量が多くなる傾向が見られるので、古紙原料を適宜組み合わせることで、所望の灰分含有量とすることができる。」と記載されており、実施例として、吸収体の原料を変えた場合の灰分含有量と液漏れ評価試験の結果が記載されている(段落【0088】の表1等)

以上のことに加え、新聞紙や広告紙等の古紙等の原料ごとに概ねの灰分含有量が定まっていること(甲16の1、2、乙39、乙40、乙43の3ないし9)を踏まえると、本件明細書には、当業者が原料を適宜組み合わせて灰分含有量を調整し、構成要件B及びFの条件に合致する吸収体を成形し、スプレー缶製品を生産して、使用することができる程度の記載がされていると認められる

(2)したがって、本件特許が実施可能要件違反を理由として特許無効審判により無効にされるべきとは認められない。

6 争点3-2(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか-明確性要件違反)

被告は、本件発明1、2及び6が、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に当たることを前提として、明確性要件違反があると主張している

しかし、上記2で認定説示のとおり、構成要件Cの「成形」や「収容」が製造方法に関する記載であるとは認められないから、被告の主張はその前提を欠き、採用することができない

したがって、本件特許が明確性要件違反を理由として特許無効審判により無効にされるべきとは認められない。

7 争点4(特定被告製品の製造、販売等の差止め及び特定被告製品等の廃棄の必要性)

(1)上記認定してきたところによれば、被告による特定被告製品の製造、販売行為は、本件特許権の侵害行為であるところ、被告は、エアゾール関連事業を第三者に譲渡して同事業から撤退したことから、差止請求は認められない旨争っている。

確かに、証拠(乙24の1ないし乙25、乙34、乙35、乙37)によれば、上記事実関係は認められるが、被告は本件特許権の侵害の成否を争い、裁判所が侵害心証を示して損害論の審理に入った後もなお平成28年7月まで特定被告製品を含む被告製品を製造し続けていたというのであるから、このような経緯に照らすと、被告には、なお本件特許権を侵害するおそれがあると認めるのが相当である。

(2)他方、特定被告製品、その半製品及び特定被告製品の金型の廃棄請求については、口頭弁論終結時において被告が、当該製品や金型を所持又は占有していることが要件となるところ、上記認定のとおり、被告はエアゾール関連事業を第三者に既に譲渡しており、被告が当該製品や金型を所持又は占有していることを認めるに足りる証拠はないから、原告による廃棄請求には理由がない。

8 争点5(原告が受けた損害の額)

(1)本件における損害額の算定方法について

原告は、平成27年12月14日までは本件特許権を不実施の訴外会社らと共有していたが、上記第2の1(5)のとおり、不実施の訴外会社らが有していた損害賠償請求権を本件特許権の持分とともに譲り受け、本件においてその損害賠償請求権も併せて行使している(なお、この期間であっても、原告が本来有する特許法102条2項に基づく損害の上限額が持分割合に応じて減じられるわけではない。)。そうすると、本件特許権が共有されていた期間であっても、原告の特許法102条2項に基づく損害額を認定するに当たって不実施の共有者が同条3項に基づく損害賠償請求権を有することは考慮する必要がなくなるから、以下においては、損害賠償請求対象の全期間を区別することなく特許法102条2項の適用を前提として損害額を認定していくこととする。

(2)被告が受けた利益の額について

計算鑑定の結果によれば、本件特許が登録された平成25年10月25日から平成28年2月29日までの期間の被告製品の売上額から被告製品の製造、販売のために要した追加経費を除いた利益の額は合計●(省略)●円であると認められる。

原告は、計算鑑定の結果は、利益額の算定に当たりパート従業員の労務費(人件費)を追加経費として控除しているが、これを控除せずに利益額を認定すべきである旨主張している。

しかし、被告は取手工場において被告製品を製造しており、パート従業員が、その製造に携わっているが、パート従業員は生産計画に応じてその勤務シフトが調整されていたと認められる(乙33、計算鑑定の結果、弁論の全趣旨)から、このパート従業員の労務費(人件費)は、被告製品の生産に伴う変動経費であると認めてよく、計算鑑定の結果のとおり、これを控除して利益額を算定するのが相当である。

以上より、被告が上記期間に特定被告製品を含む被告製品の製造、販売により受けた利益の額は●(省略)●円と認められる。

そして、特定被告製品が被告製品に占める割合は、上記1(4)で認定したとおり61%であるから、特許法102条2項の適用の前提となる被告が受けた利益の額は●(省略)●円であるということになる。

(3)被告の主張について

ア 被告は、本件発明の技術内容が製品の外観からは認識できないから購買動機に関係せず、他方、被告製品は、独自の技術で評価を得ているから、本件発明の寄与率は極めて小さいと主張している。

確かに、証拠(乙28)によれば、6社のエアダスター商品を比較した消費者向け雑誌の記事において、商品評価の項目として、風量、使い勝手、無臭性、捨てやすさが評価項目とされ、被告製品は、風量及び無臭性の項目で他社商品に比較して高い評価を得ていることが認められるが、その評価項目の内容は、本件発明の技術内容とは関係しないものである。

他方、本件発明の技術的意義は、吸収体について液化ガスの吸収性、保持力を良好に保ち、液漏れを防止するというものであるところ、これもエアダスター(スプレー缶製品)としての性能評価に結びつくものであるが、上記の雑誌記事で評価項目とされていないことからも明らかなように、消費者に対する商品の訴求力として弱いことは否めず、そうであるなら、上記事由は、特許法102条2項の推定覆滅事由として考慮すべき事情であるといえる。

イ また被告が、原告の製品の市場シェアは高めに見積もっても60%であることから、市場シェアに関する寄与率として60%を乗じるべきと主張しているところ、侵害製品が存在しなかった場合の需要が権利者の商品に向けられるのか否かを推定するという観点では、市場シェアは有力な手掛かりということができるから、この事情は推定覆滅事由足り得るといえる。

しかし、本件においては、原告が、上記シェアを有する年間500万本(乙26、乙27)の市場において、原告の製品と被告製品は同一価格帯で競合していたわけであるが、証拠(甲30)によれば、被告による事業譲渡の前後から原告の下に新規取引の引合いがあり、原告が70万本もの新規取引を開始したことが認められている。すなわち、原告の市場シェア率が上記のとおりであるにかかわらず、被告製品が不在になった後の商品需要が、相当数、原告の製品に向けられた可能性もあり得るから、これらの事情のもとでは、上記市場シェアに関する事情によって特許法102条2項に基づく推定が覆滅されるとまで認めることはできない。

ウ そのほか被告は、①構成要件の一部(通気性蓋状部材)については代替容易な技術が存すること、②被告製品は、本件明細書記載の灰分量を利用していないこと、③本件発明の技術内容・程度は高度なものではないことなどを特許法102条2項の推定覆滅事由として主張しているがいずれも採用できない。

すなわち、特許法102条2項の推定の覆滅が認められるためには、侵害者において、侵害者による侵害品の売上が特許権者の売上減少との間に因果関係を有しないこと、具体的には、侵害品には、特許発明の特徴とは異なる部分に特徴があり、これによって被告製品の購買者の需要が喚起されていたことが主張、立証される必要があるが、上記①の代替技術が存するとか、③の特許発明の技術内容が高度ではないとの事情は、仮にその事情が認められるとしても、それによって消費者の被告製品の購入動機にいかなる影響を及ぼしているかについて主張立証されているわけではない(なお本件発明の技術内容が高度か否かにかかわらず、それ自体、消費者への訴求力が弱く、他方、被告製品には別の消費者に訴求する特徴があることから推定覆滅事由となることは、上記アで説示したとおりである。)。

また、上記②の被告製品が本件明細書記載の灰分量を利用していないという点は、仮にそうであったとしても、特定被告製品が、本件発明の技術的範囲に属することに変わりはない以上、これをもって特許法102条2項の推定覆滅事由ということはできない。

エ 以上より、被告主張の推定覆滅事由は、上記アの認定説示の限度で認められ、覆滅率は40%とするのが相当である。

(4)以上の認定・判示を踏まえ、上記(2)で認定した●(省略)●円を上記(3)で認定した推定覆滅率40%の限度で減じると、認定損害額は●(省略)●円と認められ、原告の本件における請求額である738万円を上回っている。

6.検討

(1)本件発明は、要は、スプレー缶内に液化ガスと、この液化ガスを保持する吸収体として働く、灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するセルロース繊維集合体を充填するとともに、このセルロース繊維集合体と噴出口との間に多孔質体からなる蓋状部材を設けた、というものです。発明の内容自体は非常にシンプルでわかりやすいものですが、判決を読むと面白い?点が幾つかあります。

(2)判決では被告製品の一部について侵害が認められました。この一部というのは、被告製品のうち本件特許を侵害する特定被告製品が61%というものです。これは、おおざっぱに言うと、測定した被告製品100本のうち61本が抵触していると認定したために、それに基づいて被告製品のうちの61%が侵害している(具体的には灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有している)、としたものです。しかし、逆に言えば、被告製品のうち約40%がこの範囲から外れていることになります。そうなると被告製品の性能評価において、この範囲であるか否かは影響を与えていない、と考えられます。

(3)抵触性の争点の一つが構成要件B及びFの充足性でした。これは被告製品において吸収体に相当するセルロース繊維集合体が、灰分を1重量%以上20重量%未満の範囲で含有するか否かでした。「灰分」とは「かいぶん」と読み、本件特許明細書中には「灰分は、製紙工程で古紙原料に添加される炭酸カルシウムやタルクといった無機物質に由来するもので、未使用木材パルプには含まれない。灰分を所定の範囲で含有することで保液性が改善する理由は、必ずしも明らかではないが、灰分の含有量が所定範囲より多いと、セルロース繊維集合体が硬く、脆くなる傾向があり、吸収体に割れが生じて液化ガスの浸透が途切れやすくなる。また、灰分として含有される無機物質そのものが液化ガスを吸収して吸収体内部への浸透に寄与し、再生セルロース繊維の保液力を補うものと推察されることから、これら灰分の含有量を適正範囲に保つことが重要と考えられる」とありました。つまり、はっきりとした理由は不明だが灰分として含有される無機物質がある一定量含まれる必要があるという考え方のようです。

(4)まず、被告製品の灰分量の測定方法自体が争いになりました。判決では原告と被告の測定方法の違いとして3点挙げていますが、特に問題となったのは原告が被告製品の内容物をそのまま試料としていたのに対して、被告は不純物を除去したものを試料としていた点でした。原告の測定方法で測定した場合の灰分量の具体的な数値が別紙の「被告製品目録」で挙げられたものだとすると、灰分は被告製品1で1.4重量%、被告製品2で2.2重量%、被告製品3、4、5で1.0重量%になります。裁判官は「不純物のみを完全に除去しきれるとはおよそ考えられない」と述べていますが、灰分含有量1重量%というのはひょっとしたらほぼ不純物である可能性もあります。

(5)構成要件Cの充足性についても争われました。構成要件Cには「スプレー缶形状に対応する形状に成形された上記吸収体を収容し」という記載があり、原告は物の発明としてのスプレー缶製品の構成部材である吸収体の客観的な構成を特定するものでしかないと主張し、被告はスプレー缶に収容される前の段階で予め吸収体を「スプレー缶形状に対応する形状に成形」し、次いで上記吸収体をスプレー缶に収容することを意味であると主張しています。この点の非抵触主張がよくわかりませんでした。被告製品がスプレー缶内に原料を入れて発泡させることで充填するものであるならば理解できますが、写真を見る限りセルロース繊維集合体を詰めたもののようです。そうなると、少なくともスプレー缶に入る大きさには成形しているわけなので、予め成形していることになります。これは原告に色々主張させて下記明確性要件違反に基づく無効主張を補強するために主張したのかもしれません。

(6)被告は特許法第104条の3第1項の規定に基づき、本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものなので権利を行使することができない、と主張しました。実施可能要件違反(特許法第36条第4項第1号)については、被告製品の灰分量の測定結果に大きなばらつきが生じているが、その原因は不明であり、測定結果を合わせるために必要な測定条件に関する事項が本件明細書に記載されていないというものです。また、明確性要件違反(特許法第36条第6項2号)は、構成要件Cの「成形」が製造方法に関する記載であるので物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に当たるというものです(いわゆるPBPクレームの問題)。いずれの主張も認められませんでした。

(7)一方、平成28年(2016年)に請求された特許無効審判において請求人(本件被告)はサポート要件違反(特許法第36条第6項第1号)、明確性要件違反(特許法第36条第6項2号)及び進歩性要件違反(特許法第29条第2項)を無効理由として主張しています。その結果、サポート要件違反及び進歩性要件違反が認められ、特許は無効との審決が出ました。

(8)侵害訴訟と特許無効審判で無効主張の内容が一部異なる理由はわかりません。侵害訴訟が起こされてから2年くらい経過してから特許無効審判が請求されているので、ひょっとしたら侵害訴訟でサポート要件違反や進歩性要件違反を主張するタイミングが遅いために時期に遅れた防御と判断されるために特許無効審判を請求したのかもしれません。おそらく被告は控訴するでしょうから、知財高裁で審決取消訴訟と合わせて審理されるものと思われます。

(9)本件は測定に関して気になる点がありました。また、特許無効審判のみで主張されたサポート要件違反についても気になりました。知財高裁でこれらについて両者がどのような主張をして裁判所がどのような判断をするのか気になります。