モータ制御事件
投稿日: 2019/03/08 0:02:35
今日は、平成28年(ワ)第37782号 損害賠償請求事件について検討します。原告であるダイソン テクノロジー リミテッドは、判決文によると、イギリスに本社を置く株式会社であり、主として掃除機、扇風機等の家庭用電化製品の開発、製造、販売等を行っているそうです。一方、被告である東芝ライフスタイル株式会社はいわゆる白物家電の開発、製造及び販売を主たる事業とする株式会社だそうです。
1.検討結果
(1)本件訴訟に係る特許権は2件あります。いずれも英国出願を優先権の基礎出願として日本に出願されています。これらはモータ制御に関する発明で、1件は励起電圧の低下に応答して、先進角が増加し、フリーホイール角が減少するという制御をするものです。もう1件は60krpmよりも大きい最小値及び80krpmよりも大きい最大値を有する作動速度範囲で、最大電圧とこの最大電圧の80%未満である最小電圧の間に定められた励起電圧範囲にわたってモータを駆動し、励起電圧に応答して巻線が励起されるタイミング及び巻線がフリーホイールされる期間を変更するものです。
(2)いずれも特許請求の範囲内ではフリーホイール角(期間)についての定義はされておらず、明細書等を参酌して定義されることになりました。その結果、本件発明は半サイクル期間内でフリーホイールに関する制御するもの、と認定されましたが、判決文を読む限り、被告製品が半サイクル期間内でフリーホイールに関する制御をしているようには思えません。原告は半サイクル期間の動作をある程度長い期間の平均値で置き換えることで被告製品がフリーホイールに関する制御をしていることを立証しようとしたようですが、それは認められませんでした。
(3)おそらく、原告が被告製品を購入しても被告製品のインバータのスイッチングと電流の関係を明確にすることは困難だったのではないかと思います。そのためにある程度長い期間の平均値を使って本件発明の構成要件を充足するか否か検討したのだと思います。その結果、フリーホイール角(期間)の増減傾向が見られたので構成要件を充足すると判断したのでしょうが、実際には被告製品は特に制御していなかった可能性が高いように思います。
(4)こういった点が制御の発明の難しいところです。被告製品のように比較的安価で簡単に購入できる家電であっても発明に係る部分がインバータの制御に関するものであると、その詳細な動作を解析することは困難なケースが多いです。その理由は幾つかありますが、一つには非常に短時間で行われる動作に反映される内容であるため直接的に検出することが難しく、どうしてもある程度長い期間の挙動から推測するしかないためです。そのため、特許権者はその製品を製造した相手に確認する以外その製品の制御内容を正確に把握することはできません。しかし、相手にしても自らの製品の重要な制御の内容を同業他社に教えてことはできません(本件判決でも被告製品の制御内容については一部字が伏せられています)。その結果裁判で確認することになりますが、原告(特許権者)は勝てば訴訟費用を費やしても十分に得るものがあると思いますが、被告(非侵害者)は勝っても負けても失うものの方が多いように思います。
(5)一般にこのような制御の発明に関しては特許権者側の不利益(摘発の難しさ)が言われがちですが、このように発明を実施していない第三者にとっても決して有益なものではありません。
2.手続の時系列の整理
(1)特許第5189132号
(2)特許第5189133号
3.本件特許発明
(1)本件特許発明1
ア 本件特許発明1-1
1A 単相永久磁石モータを制御する方法であって、
1B 先進角だけ巻線の逆起電力のゼロ交差よりも前に励起電圧によって励起され、かつ整流前のフリーホイール角にわたってフリーホイールされる単相永久磁石モータの巻線を順次励起してフリーホイールさせる段階と、
1C 前記励起電圧の変化に応答して前記先進角及び前記フリーホイール角を変更する段階と、を含み、
1D 前記励起電圧の低下に応答して、前記先進角が増加し、前記フリーホイール角が減少する
1E ことを特徴とする方法。
イ 本件特許発明1-6
1F 前記単相永久磁石モータの速度の変化に応答して前記先進角及び前記フリーホイール角の少なくとも一方を変更する段階を含む
1G ことを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
ウ 本件特許発明1-8
1H 記速度の増大に応答して前記フリーホイール角が低減する段階を含む
1I ことを特徴とする請求項6又は7に記載の方法。
エ 本件特許発明1-9
1J 各電気半サイクルが、前記先進角から始まる単一駆動期間と、前記フリーホイール角に対応する単一フリーホイール期間とからなり、
1K 前記駆動期間中に前記巻線を励起する段階と、
1L 前記フリーホイール期間中に前記巻線をフリーホイールさせる段階と、
1M を含むことを特徴とする請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
オ 本件特許発明1-10
1N 単相永久磁石モータのための制御システムであって、
1O 請求項1~9のいずれか1項に記載の方法を実施する、ことを特徴とするシステム。
カ 本件特許発明1-11
1P 単相永久磁石モータと、請求項10に記載の制御システムと、
1Q を含むことを特徴とするバッテリ式製品。
キ 本件特許発明1-12
1P 単相永久磁石モータと、請求項10に記載の制御システムと、
1R を含むことを特徴とする真空掃除機。
(2)本件特許発明2
ア 本件特許発明2-1
2A 単相永久磁石電気機械と、60krpmを超える速度での負荷の下で前記電気機械を駆動するための制御システムと、を含み、
2B 前記制御システムは、励起電圧によって励起される前記電気機械の巻線を順次励起してフリーホイールさせ、
2C 前記電気機械が、60krpmよりも大きい最小値及び80krpmよりも大きい最大値を有する作動速度範囲にわたって、且つ、最大電圧と前記最大電圧の80%未満である最小電圧の間に定められた励起電圧範囲にわたって駆動されるように、前記制御システムは、前記励起電圧に応答して、前記巻線が励起されるタイミング及び前記巻線がフリーホイールされる期間を変更する
2D ことを特徴とする電気システム。
イ 本件特許発明2-4
2E 前記巻線は、先進期間だけ逆起電力のゼロ交差よりも前に励起され、整流前のフリーホイール期間にわたってフリーホイールされ、
2F 前記制御システムは、励起電圧の減少に応答して、前記進み期間を増大させ、前記フリーホイール期間を減少させる
2G ことを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の電気システム。
ウ 本件特許発明2-5
2H 各電気半サイクルが、単一駆動期間と単一フリーホイール期間からなり、
2I 前記制御システムは、前記駆動期間中に前記電気機械の巻線を励起し、かつ前記フリーホイール期間中に前記巻線をフリーホイールさせる
2J ことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の電気システム。
エ 本件特許発明2-6
2K 前記電気機械は、10mm未満の直径を有する永久磁石回転子を有する
2L ことを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の電気システム。
オ 本件特許発明2-7
2M バッテリパックと、
2N 請求項1~6のいずれか1項に記載の電気システムと、を含み、
2O 前記巻線は、前記バッテリパックの電圧によって励起され、
2P 前記制御システムは、前記バッテリパックの電圧に応答して、前記巻線が励起されるタイミング及び前記巻線がフリーホイールされる期間を変更することを特徴とする製品。
4.争点
(1)被告製品又は被告製品のモータの制御方法が本件特許発明1の技術的範囲に属するか否か(争点1)
ア 構成要件1Bの充足性(争点1-1)
イ 構成要件1C及び1Dの充足性(争点1-2)
ウ 構成要件1F及び1Hの充足性(争点1-3)
エ 構成要件1J,1K及び1Lの充足性(争点1-4)
(2)被告製品が本件特許発明2の技術的範囲に属するか否か(争点2)
ア 構成要件2Bの充足性(争点2-1)
イ 構成要件2Cの充足性(争点2-2)
ウ 構成要件2E及び2Fの充足性(争点2-3)
エ 構成要件2H及び2Iの充足性(争点2-4)
オ 構成要件2Pの充足性(争点2-5)
(3)間接侵害(特許権侵害行為)の成否(争点3)
(4)本件特許1及び2が特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)
(5)損害発生の有無及びその額(争点5)
5.裁判所の判断
1 本件特許発明1及び2の意義
(1)本件特許1の明細書(以下「本件明細書1」という。)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(甲2)。
-省略-
(2)本件特許2の明細書(以下「本件明細書2」という。)の発明の詳細な説明には、以下の記載がある(甲4)。
-省略-
(3)前記(1)によれば、本件特許発明1は、先進角だけ巻線の逆起電力のゼロ交差よりも前に励起電圧により励起し、かつ整流前のフリーホイール角にわたってフリーホイールすることにより、高速回転時の逆起電力の増大にもかかわらず単相永久磁石モータ等の電気機械の駆動を可能にするとともに、励起電圧の低下に応答して、先進角を増加させ、フリーホイール角を減少させることにより、電気機械の効率及び電力の両方に対する良好な制御を達成することを目的とする発明であるといえる。
前記(2)によれば、本件特許発明2は、コスト面から単相永久磁石モータ(電気機械)を採用することを前提とし、所定の作動速度範囲及び所定の励起電圧範囲にわたって駆動されるように、励起電圧に応答して巻線が励起されるタイミング及び巻線がフリーホイールされる期間を変更することにより、高速な作動速度の範囲及び幅広い励起電圧範囲において、実質的に一定の出力電力及び良好な効率を達成することを目的とする発明であるといえる。
2 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。
(1)本件特許発明1及び2におけるモータの制御方法等(甲2、4)
ア 本件特許発明1におけるモータの制御方法等について、本件明細書1には以下のとおり記載されている。
-省略-
イ 本件特許発明2におけるモータの制御方法等について、本件明細書2には以下のとおり記載されている。
-省略-段落【0012】
(2)被告製品の構成等(甲5、6、9、弁論の全趣旨)
ア 被告製品は、高効率ブラシレスモータを採用し、リチウムイオン電池を搭載した真空掃除機である。
イ 被告製品の内部ではバッテリが電気配線を介してコネクタ、プリント回路基板①、モータへと順次接続されていた。プリント回路基板①からは、二本の電源ライン(赤、青)がモータに接続されていた。モータは、固定子と回転子及び回転子を支持する樹脂ケース、プリント回路基板②を有していた。固定子は、略C字形状の固定子鉄心と、固定子鉄心に取り付けられた樹脂部材と、樹脂部材に巻かれた二つの回転子巻線と、樹脂部材に取り付けられた二つの電源端子(青、赤)を有していた。固定子鉄心の両先端部には、回転子の永久磁石を略半周にわたって包囲して対向する二つの突極が設けられていた。回転子の永久磁石は回転軸に固定されていた。モータの電源端子(青)からは二つのワイヤが延び、左側に延びるワイヤは反時計方向に巻かれ、右側に延びるワイヤは時計方向に巻かれ、最後に左右のワイヤは両方とも電源端子(赤)に延びており、単相巻線を形成するように互いに接続されていた。
ウ 回転子の永久磁石の直径は、約7.4ミリメートルであった。
エ 被告製品の作動電圧範囲は、プリント回路基板の入力端子部分において測定した場合、モータへの電力供給開始直後の入力電圧が18.78V(約18.8V)、モータが自動停止する直前の入力電圧が14.64V(約14.6V)であった。
(3)被告製品におけるモータの制御方法等(乙17、19)
ア ●(省略)●
被告製品を「強モード」で作動させた場合、被告製品は、モータに対する制御として、モータ通電時間を制御の対象としていて、●(省略)●と呼ばれる方法で制御している。●(省略)●を意図している。被告製品におけるモータの●(省略)●に設定されている。
被告製品においてバッテリ電圧が低下した場合、駆動回路の駆動能力(駆動回路を構成するトランジスタの駆動能力)が低下することとなり、モータの●(省略)●の検出値が目標値に達しにくくなる。この観点からは、●(省略)●は出力値(モータ通電時間)を長くする方向で作用する。他方、バッテリ電圧が低下した場合には、モータの回転数が低下し、モータ周期(モータの一回転分の時間)は長くなり、モータ巻線に生じる逆起電力は小さくなるので、モータの●(省略)●の検出値が目標値に達しやすくなる。この観点からは、●(省略)●は出力値(モータ通電時間)を短くするようにも作用する。
イ ●(省略)●
被告製品においては、●(省略)●をしている。
ウ 被告製品における、入力電圧と前記の各制御方法の対応関係は以下のとおりである。
(ア)15.0Vから17.1Vの範囲
●(省略)●が行われており、●(省略)●は行われていない。
(イ)17.2V
●(省略)●が行われており、●(省略)●については、それを行っているサイクルと行っていないサイクルが混在している。
(ウ)17.3V
●(省略)●が行われており、●(省略)●は行われていない。
(エ)17.4Vから17.5Vの範囲
●(省略)●が行われており、●(省略)●については、それを行っているサイクルと行っていないサイクルが混在している。
(オ)17.6Vから18.1Vの範囲
●(省略)●を行っているサイクルと●(省略)●を行っているサイクルが混在しており、●(省略)●については、それを行っているサイクルと行っていないサイクルが混在している。
(カ)18.2Vから18.7Vの範囲
●(省略)●が行われており(●(省略)●は行われていない)、●(省略)●については、それを行っているサイクルと行っていないサイクルが混在している。
(4)被告製品における入力電圧とフリーホイール期間等の関係に関する実験
ア 原告が実施した実験(甲7、8、26、27)
(ア)甲7号証記載の実験(以下「原告甲7実験」という。)
① 実験に用いたシステム
被告製品のモータのプリント回路基板の正電圧ケーブルを、被告製品のバッテリから切り離し、その代わりに直流電源に接続した。被告製品のモータにつながっているダクトはエアワットボックスの側面に連結されており、オリフィスを有するキャップはエアワットボックスの他の側面に取り付けられていた。電力計により、被告製品のモータの入力電圧、入力電流及び入力電力を測定した。3つのプローブを有するオシロスコープにより、被告製品のモータの相電圧、相電流及びホール信号を測定した。
② 実験方法1
前記①のシステムを用いて被告製品のモータに電力を供給し、強力吸引モードにセットした。異なる入力電圧及びオリフィス寸法における入力電流、入力電力、相電圧、相電流及びホール信号を記録した。
入力電圧については直流電源を用いて調整した。オリフィスの寸法についてはダクトを覆うキャップを変えることによって調整した。
これらのデータについて、被告製品のモータが安定状態に到達した後に記録した。異なる入力電圧及びオリフィス寸法のそれぞれにつき相電圧、相電流及びホール信号を0.5秒の期間全体にわたって0.4μ秒ごとに記録した。これは、各信号につき、125万個のデータポイントに対応する。
相電圧及びホール信号に関するデータからHALL(Hall期間であり、ホール信号のパルスの長さに対応する。)、ADV(先進期間であり、モータの相巻線の励起の開始とHallパルスの立上りエッジとの時間差に対応する。)、COND(導通期間であり、相巻線が励起される間の時間に対応する。)、FW(フリーホイール期間であり、相巻線がフリーホイールされる間の時間に対応する。)、X1(ホール信号のパルスの立上りエッジと相巻線の励起の終了との間の時間差に対応する。)の各パラメータを抽出し、それらについて0.5秒の期間にわたって平均した。また、これらのパラメータを基に、モータの速度、先進角及びフリーホイール角を算出した。
③ 実験方法2
前記①のシステムを用いて、被告製品のモータに電力を供給し、強力吸引モードにセットした。速度を80krpm及び85krpmに一定にした上で、異なる入力電圧において入力電流、入力電力、相電圧、相電流及びホール信号を記録した。
入力電圧については直流電源を用いて調整した。被告製品のモータの速度については、寸法を変化させることができるオリフィスを有するキャップでダクトを覆うことによって制御した。入力電圧への各調整の後、オリフィスの寸法をモータの速度が80krpm及び85krpmのいずれかで維持されるように調整した。
異なる入力電圧及び速度のそれぞれにつき相電圧、相電流及びホール信号を0.5秒の期間全体にわたって0.4μ秒ごとに記録した。これは、各信号につき、125万個のデータポイントに対応する。そのうえで、相電圧及びホール信号に関するデータからHALL、ADV、COND、FW、X1の各パラメータを抽出し、それらについて0.5秒の期間にわたって平均した。そして、これらのパラメータを基に、モータの速度、先進角及びフリーホイール角を算出した。
④ 実験方法3
前記①のシステムを用いて、被告製品のモータに電力を供給し、強力吸引モードにセットした。直流電源を、一定の入力電圧18.4Vを供給するように制御した。異なる速度において、入力電流、入力電圧、入力電力、相電圧、相電流及びホール信号を記録した。
モータの速度については、寸法を変化させることができるオリフィスを有するキャップでダクトを覆うことによって制御した。
異なる速度につき、相電圧、相電流及びホール信号を0.5秒の期間全体にわたって0.4μ秒ごとに記録した。これは、各信号につき、125万個のデータポイントに対応する。そのうえで、相電圧及びホール信号に関するデータからHALL、ADV、COND、FW、X1の各パラメータを抽出し、それらについて0.5秒の期間にわたって平均した。そして、これらのパラメータを基に、モータの速度、先進角及びフリーホイール角を算出した。
⑤ 実験方法1ないし3の結果
被告製品のモータの先進期間は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、先進期間は、入力電圧の低下に応じて増大する。
被告製品のモータのフリーホイール期間は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、モータの速度が80krpmの場合には入力電圧が約17V以上の範囲において、モータの速度が85krpmの場合には入力電圧が約18V以上の範囲において、入力電圧の低下に応じてフリーホイール期間が減少する。
被告製品のモータの速度は、入力電圧が19.0Vであるとき、約82.0krpm(19mmオリフィス)から約87.9krpm(10mmオリフィス)まで変化し、入力電圧が15.0Vであるとき、約75.4krpm(19mmオリフィス)から約83.0krpm(10mmオリフィス)まで変化する。
被告製品のモータの先進角は、入力電圧の低下に応答して増大する。
モータの速度が80krpmの場合には入力電圧が約17V以上の範囲において、モータの速度が85krpmの場合には入力電圧が約18V以上の範囲において、被告製品のモータのフリーホイール角は、入力電圧の低下に応答して減少する。
被告製品のモータのフリーホイール角は、モータの速度の変化に応答して変化する。具体的には、フリーホイール角は、モータの速度の増大に応答して減少する。
(イ)甲8号証記載の実験(以下「原告甲8実験」という。)
① 実験に用いたシステム
被告製品のモータのプリント回路基板の正電圧ケーブルを、被告製品のバッテリから切り離し、その代わりに直流電源に接続した。被告製品のモータにつながっているダクトはエアワットボックスの側面に連結されており、オリフィスを有するキャップはエアワットボックスの他の側面に取り付けられていた。電力計により、被告製品のモータの入力電圧、入力電流及び入力電力を測定した。3つのプローブを有するオシロスコープにより、被告製品のモータの相電圧、相電流及びホール信号を測定した。
② 実験方法
被告製品のモータに電力を供給し、強力吸引モードにセットした。異なる入力電圧及び固定したオリフィス寸法9mm、10mm、11mm及び12mmにおける入力電流、入力電力、相電圧、相電流及びホール信号を記録した。入力電圧については直流電源を用いて調整した。オリフィスの寸法についてはダクトを覆うキャップを変えることによって調整した。
これらのデータについて、被告製品のモータが安定状態に到達した後に記録した。異なる入力電圧及びオリフィス寸法のそれぞれにつき相電圧、相電流及びホール信号を0.5秒の期間全体にわたって0.4μ秒ごとに記録した。これは、各信号につき、125万個のデータポイントに対応する。そのうえで、相電圧及びホール信号に関するデータからHALL、ADV、COND、FW、X1の各パラメータを抽出し、それらについて0.5秒の期間にわたって平均した。そして、これらのパラメータを基に、モータの速度、先進角及びフリーホイール角を算出した。
③ 実験結果
オリフィス寸法が固定されているとき、被告製品のモータの先進期間は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、先進期間は、入力電圧の低下に応じて増大する。
オリフィス寸法が固定されているとき、被告製品のモータの先進角は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、先進角は、入力電圧の低下に応じて増大する。オリフィス寸法が固定されているとき、入力電圧が約17V以上の範囲において、被告製品のモータのフリーホイール期間は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、フリーホイール期間は、入力電圧の低下に応じて減少する。
オリフィス寸法が固定されているとき、入力電圧が約17V以上の範囲において、被告製品のモータのフリーホイール角は入力電圧の変化に応じて変化する。具体的には、フリーホイール角は、入力電圧の低下に応じて減少する。
イ 被告が実施した実験(乙1、19)
(ア)乙1号証記載の実験(以下「被告乙1実験」という。)
① 実験に用いたシステム
被告製品のモータのプリント回路基板の正電圧ケーブルを、被告製品のバッテリから切り離し、その代わりに直流電源に接続した。被告製品のモータの入口間近に11mmのオリフィスを取り付け、ダクトを介して均圧容器に接続し、更に均圧容器の入口を乱流防止箱に接続した。電力計によりモータの入力電圧を測定し、オシロスコープにより、モータの相電圧、相電流及びホール信号等の波形を測定し、また、ホール信号から回転数計でモータの回転数を測定した。
② 実験方法
入力電圧とフリーホイール角及びフリーホイール期間の関係を確認するため、入力電圧を0.2V刻みで異ならせ、モータの相電圧、相電流及びホール信号のデータを収集し、各データからホール期間、フリーホイール期間を抽出し、フリーホイール角を算出した。オリフィス径は11mmで固定した。
フリーホイール期間の抽出及びフリーホイール角の算出に当たっては、各入力電圧で20点のフリーホイール期間の抽出及びフリーホイール角の算出を行って、その平均値を用いた。
③ 実験結果
被告製品のモータのフリーホイール期間及びフリーホイール角は、入力電圧に対して所定の幅で値がランダムに振れ、全体を通して入力電圧に対する一定の変化傾向を示さない。また、被告製品のモータは入力電圧が低下すると回転速度が低下する傾向があり、フリーホイール角は入力電圧に対してランダムに変動するため、モータの回転速度の変化とフリーホイール角の変動との間には関係性がない。
(イ)乙19号証記載の実験(以下「被告乙19実験」という。)
① 実験に用いたシステム
被告製品のモータのプリント回路基板の正電圧ケーブルを、被告製品のバッテリから切り離し、その代わりに直流電源に接続した。被告製品のモータの入口にラッパ管を取り付け、このラッパ管と均圧容器の出口の間(均圧容器のラッパ管取り付け口)に、入力電圧18.5Vにおいてモータの回転数が85krpmになるように10.4mmのオリフィスを取り付けた。その上で、均圧容器の入口を乱流防止箱に接続した。
電力計によりモータの入力電圧を測定し、オシロスコープによりモータの相電流及びホール信号の波形を測定し、ホール信号からモータの回転数を測定した。
また、被告モータの制御において●(省略)●が行われていることを示す信号を外部で測定できるようにするため、それらの制御の有無に対応して所定の制御ピンに出力するようモータ制御ソフトに命令文を追加した。
② 実験方法
入力電圧については、15.0Vから17.0Vの範囲では0.2V刻みで異ならせ、17.0Vから18.7Vの範囲では0.1V刻みで異ならせて測定した。
③ 実験結果
前記(3)ウ記載のとおりであり、被告製品のモータは、定常動作時における同一の入力電圧下において、モータの回転ごとに、モータの通電時間の制御が●(省略)●によるものになったり、●(省略)●によるものになったり、●(省略)●によるものになったりした。
(5)原告及び被告の実験結果におけるフリーホイール期間(甲7、乙19、弁論の全趣旨)
ア 原告甲7実験
一つの特定の入力電圧及びオリフィス径における、1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間は、約20μ秒ないし約45μ秒の範囲で変動していた。
イ 被告乙19実験
入力電圧18.5V、オリフィス径10.4mmにおける1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間は、●(省略)●の場合には約40μ秒ないし約55μ秒の範囲で、●(省略)●の場合には約35μ秒ないし約51μ秒の範囲で、それぞれ変動していた。
3 構成要件1C及び1Dの充足性(争点1-2)について
(1)構成要件1Cは、「前記励起電圧の変化に応答して前記先進角及び前記フリーホイール角を変更する段階と、を含み、」というものであり、1Dは、「前記励起電圧の低下に応答して、前記先進角が増加し、前記フリーホイール角が減少する」というものである。そして、本件明細書1の段落【0066】や【0067】の記載(前記2(1)ア(ク)、(ケ))に照らせば、フリーホイール角は、モータの制御回路によって決定されたフリーホイール期間の間にモータが回る角度を示すものと解されるから、構成要件1C及び1Dにおける励起電圧とフリーホイール角についての関係性は、励起電圧とフリーホイール期間のそれと基本的に同一であるといえる。
前記2(1)アのとおり、モータの制御に関する入力電圧と先進時間及びフリーホイール時間の関係について、本件明細書1の段落【0061】には、「励起電圧の低下に応答して、より多くの電流が、半サイクルにわたって巻線19内に駆動され、従って、一定の出力電力が維持される」との記載があり、これは半サイクル期間における電圧の低下や巻線内への駆動を前提とするものであることや、本件明細書1の段落【0060】には、「励起電圧(すなわち、電源2のリンク電圧)及びモータ8の速度の変化に応答して、先進角A_ADV及びフリーホイール角A_FREEの両方を変更する」との記載があり、前記の「先進角A_ADV」及び「フリーホイール角A_FREE」は本件明細書1の段落【0054】、【0055】及び【0057】などの記載に照らして半サイクル期間における先進角及びフリーホイール角を意味すると解されることなどの本件明細書1の記載を参酌すれば、構成要件1C及び1Dは、1回の半サイクル期間における励起電圧の変化及び低下やフリーホイール角の変更を定めたものであると解するのが相当である。
また、構成要件1Cの「前記励起電圧」、「前記先進角」及び「前記フリーホイール角」、構成要件1Dの「前記励起電圧」、「前記先進角」及び「前記フリーホイール角」という文言から明らかなように、構成要件1C及び1Dは構成要件1Bの表現を引用しているところ、構成要件1Bは「先進角だけ巻線の逆起電力のゼロ交差よりも前に励起電圧によって励起され、かつ整流前のフリーホイール角にわたってフリーホイールされる電気機械の巻線を順次励起してフリーホイールさせる段階と」というものである。そして、前記2(1)アのとおり、本件明細書1の段落【0060】には、「駆動コントローラ16は、順次巻線19を励起してフリーホイールさせる。各電気半サイクルは、従って、単一駆動期間とその後の単一フリーホイール期間とを継続して含む。更に、巻線19は、位置センサ信号のエッジよりも前に、従って、逆起電力のゼロ交差よりも前に励起される」と記載されていることに照らせば、構成要件1Bは半サイクル期間についての制御を特定するものであると解される。そして、構成要件1C及び1Dが構成要件1Bの表現を引用していることからしても、構成要件1C及び1Dは、半サイクル期間における制御を特定しているものと解するのが相当である。
この点について、原告は、本件明細書1において、構成要件1Dを1回の半サイクル期間における制御内容についてのものであるという限定をする趣旨の記載は存在しないと主張し、フリーホイール期間の傾向を知るために平均値を用いることが有効な方法であることなどを主張する。技術常識に照らし、モータの実際の挙動が、制御対象の構造上のアンバランスのような内的要因や作動環境のような外的要因によってばらつくこと自体はあり得ると認められ、この観点から、モータの動作として、特定のサイクルの挙動のみを取り出すのではなく、複数のサイクルにおける平均値を採用することが相当である場合があり得るとはいえる。もっとも、構成要件1C及び1Dは、上記のとおり、半サイクル期間における制御内容を特定していると解されるのであって、対象となる製品の制御内容を複数のサイクルにおける平均値を用いて特定する場合においては、当該平均値をもって前記のとおり特定された構成要件を充足するといえるような関係がある必要があるといえる。
(2)構成要件1Cは、「励起電圧の変化に応答して、フリーホイール角を変更する」というものであり、1Dは「励起電圧の低下に応答して、フリーホイール角が減少する」というものである。
前記の「応答」という文言の国語的な意味が「入力・刺激などに対する出力・反応」であるとされていること(甲28)などに照らせば、構成要件1C及び1Dは、励起電圧の変化に応じて、フリーホイール角が変更される関係であることを意味するといえる。そして、励起電圧の変化に応じて、上記の変更がされる関係であれば、その制御において、励起電圧そのものを測定し、それに従って制御をしておらず、例えば、●(省略)●等を測定して制御を行った結果、励起電圧の変化に応じてフリーホイール角が変更される関係があれば、「励起電圧の変化に応答して、フリーホイール角を変更する」、「励起電圧の低下に応答して、フリーホイール角が減少する」といえると解される。
もっとも、励起電圧の変化に応じてフリーホイール角が変化するといえるためには、モータの実際の挙動について、制御対象の構造上のアンバランスのような内的要因や作動環境のような外的要因によってばらつくことがあるという技術常識の範囲内での誤差は許容され得るとしても、励起電圧の変化に伴い、フリーホイール角が変化するという規則的ないし原則的な関係が必要であると解され、前記(1)に照らし、励起電圧の変化に応じて半サイクル期間におけるフリーサイクル角が変化するという規則的ないし原則的な関係が必要であると解される。
これに対し、被告は、被告製品のモータは、●(省略)●を行っており、モータ通電時間を制御の対象とし、また、●(省略)●を行うものであるから、フリーホイール期間をどのような状態にするかということにつき何ら制御をするものではないし、被告製品におけるモータの制御方法に入力電圧に応じた規則性は存在しないと主張する。このうち、原告は、●(省略)●がされている場合について、被告製品のモータの制御方法が、構成要件1C及び1Dを充足するとの主張はしていない。また、●(省略)●については、測定や制御の対象となるのは電圧やフリーホイール角ではなく、●(省略)●やモータ通電時間であるが、そのことのみをもって上記構成要件を充足しないとは解されず、被告製品のモータの制御方法が上記構成要件を充足するかは、●(省略)●において、励起電圧の変化に伴って、上記のような関係があるか否かによって定まるといえる。
(3)ア 前記解釈を前提に、被告製品におけるモータの制御方法が構成要件1C及び1Dを充足するか否かを検討する。
原告は、被告製品におけるモータの制御方法は、入力電圧が17V以上の範囲において入力電圧の変化に応答して先進角及びフリーホイール角を変更する段階を有し、入力電圧の低下に応答して、先進角が増加し、フリーホイール角が減少するから、構成要件1C及び1Dを充足すると主張し、原告甲7実験及び原告甲8実験の実験結果(前記2(4)ア)をその根拠とする。
原告甲7実験及び原告甲8実験の実験結果は、相電圧及びホール信号に関するデータからHALL、ADV、COND、FW、X1の各パラメータを抽出し、それらについて、0.5秒の期間にわたって、0.4μ秒ごとに記録したデータを平均したものである。そして、そのような測定方法においては、入力電圧が約17Vないし18V以上の範囲において、入力電圧が低下した場合にフリーホイール期間(角)が減少する関係にあるという結果となっている。
イ しかし、前記2(5)のとおり、被告製品におけるモータの制御方法では、一定の入力電圧及びオリフィス径を前提とした場合においても、1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間は、原告甲7実験では約20μ秒ないし約45μ秒の範囲で変動し、被告乙19実験では約35μ秒ないし約55μ秒の範囲で変動していた。被告乙1実験でも前記と同様に1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間には小さくない変動があることがうかがわれる(乙1・図3)。
そうすると、被告製品のモータでは、同一の入力電圧下においても、フリーホイール期間は、相当に変動し、1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間の長さと比較して、その変動の割合は相当に大きいものといえる。そして、その変動の大きさからすると、入力電圧が減少した場合、当該1回の半サイクル期間におけるフリーホイール期間(角)は、入力電圧が減少する直前のそれと比較して減少する可能性も、逆に増加することも想定されるといえる。このような1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間の変動の幅の大きさからすると、被告製品におけるモータの制御方法において、励起電圧の変化に伴いフリーホイール角が変化するという規則的ないし原則的な関係があると認めるに足りず、前記の平均値に関する実験結果をもって、入力電圧が低下した場合に基本的ないし原則的に1回の半サイクル期間のフリーホイール期間(角)が減少する関係があると認めるには足りない。
したがって、原告甲7実験及び原告甲8実験の実験結果は、被告製品におけるモータの制御方法が構成要件1C及び1Dを充足すると認めるには足りない。その他、本件記録を精査しても、構成要件1C及び1Dの充足性を認めるに足りる証拠は見当たらない。
ウ これに対し、原告は、①長い期間(0.5秒)のフリーホイール期間(角)の平均値は当該期間の入力電圧に対応するフリーホイール期間(角)をほぼ正しく代表していること、②ばらつきのあるデータを扱う場合には従来からデータの平均値が用いられており、本件においてもフリーホイール期間(角)の傾向を知るために平均値を用いることは有効な方法であることなどを主張する。
前記(1)のとおり、技術常識に照らしてモータの挙動においてばらつきが生ずること自体はあり得ることに照らせば、フリーホイール期間(角)の傾向を知るために平均値を用いること自体が否定されるものではない。また、前記(2)のとおり、励起電圧そのものを測定の対象としなくとも、構成要件1C及び1Dを充足する場合はあると考えられるが、それは、励起電圧の変化に伴い、フリーホイール角が変化するという規則的ないし原則的な関係が認められる場合であると解される。しかし、被告製品におけるモータの制御方法においては、前記2(4)及び(5)のとおり、1回の半サイクル期間ごとのフリーホイール期間(角)には相当程度大きな変動がある。そして、当該平均値の中には●(省略)●という性質の異なる制御方法による数値が混在していることなどの事情があるほかに、被告製品は、励起電圧そのものではなく、●(省略)●を測定の対象として、通電時間の制御をしているのであり、そのような制御方法も一因となって、励起電圧との関係で、同一の制御方法下でも、上記のようなフリーホイール期間(角)に相当に大きなばらつきが生じているといえる。このような事情を考えれば、構成要件1C及び1Dとの関係において、原告甲7実験及び原告甲8実験で示された平均値が1回の半サイクル期間におけるフリーホイール期間(角)をほぼ正しく代表しているとは認められず、本件においてフリーホイール期間(角)の傾向を知るために、原告甲7実験、原告甲8実験における平均値を用いることが有効な方法であるとも認められないから、原告の前記主張は採用できない。その他の原告の主張、立証によっても前記認定を覆すには足りない。
(4)以上の検討によれば、被告製品におけるモータの制御方法は、構成要件1C及び1Dを充足しないから、他の構成要件の充足性を判断するまでもなく、本件特許発明1-1の技術的範囲に属さない。
4 本件特許発明1-6、1-8、1-9、1-10、1-11及び1-12について
(1)本件特許発明1-6は本件特許権1の請求項1ないし5を前提としているところ(構成要件1G)、被告製品におけるモータの制御方法は前記のとおり本件特許権1の請求項1(本件特許発明1-1)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権1の請求項2ないし5の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品におけるモータの制御方法は、本件特許発明1-6の技術的範囲に属さない。
(2)本件特許発明1-8は本件特許権1の請求項6又は7を前提としているところ(構成要件1I)、被告製品におけるモータの制御方法は前記のとおり本件特許権1の請求項6(本件特許発明1-6)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権1の請求項7の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品におけるモータの制御方法は、本件特許発明1-8の技術的範囲に属さない。
(3)本件特許発明1-9は本件特許権1の請求項1ないし8を前提としているところ(構成要件1M)、被告製品におけるモータの制御方法は前記のとおり本件特許権1の請求項1、6及び8(本件特許発明1-1、1-6及び1-8)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権1の請求項2ないし5及び請求項7の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品におけるモータの制御方法は、本件特許発明1-9の技術的範囲に属さない。
(4)本件特許発明1-10は本件特許権1の請求項1ないし9を前提としているところ(構成要件1O)、被告製品におけるモータの制御方法は前記のとおり本件特許権1の請求項1、6、8及び9(本件特許発明1-1、1-6、1-8及び1-9)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権1の請求項2ないし5及び請求項7の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品は、本件特許発明1-10の技術的範囲に属さない。
(5)本件特許発明1-11、1-12は本件特許権1の請求項10を前提としているところ(構成要件1P)、被告製品は前記のとおり本件特許権1の請求項10(本件特許発明1-10)の技術的範囲に属さないから、被告製品は本件特許発明1-11、1-12の技術的範囲に属さない。
5 構成要件2Cの充足性(争点2-2)について
(1)構成要件2Cは、「前記電気機械が、60krpmよりも大きい最小値及び80krpmよりも大きい最大値を有する作動速度範囲にわたって、且つ、最大電圧と前記最大電圧の80%未満である最小電圧の間に定められた励起電圧範囲にわたって駆動されるように、前記制御システムは、前記励起電圧に応答して、前記巻線が励起されるタイミング及び前記巻線がフリーホイールされる期間を変更する」というものである。
前記2(1)イのとおり、本件明細書2の段落【0008】には「制御システムは、更に、電気システムの出力電力が、巻線を励起するのに用いる電圧の範囲にわたって実質的に一定であるように、巻線が励起される時間及び巻線がフリーホイールされる時間を変更することができる。」、段落【0009】には「励起電圧の範囲は、最小電圧と最大電圧の間で延びることができ、最小電圧は、最大電圧レベルの80%未満である。こうして、これは、一定の出力電力及び/又は良好な効率を達成することができる電圧の比較的広い範囲を表している。」、段落【0098】には「励起電圧及び速度の両方の変化に応答して先進角及びフリーホイール角を制御することにより、制御システム9は、励起電圧及びモータ速度の範囲にわたって一定の出力電力でモータ8を駆動することができる。」、段落【0099】には「一定の出力電力及び/又は高効率が達成される励起電圧の範囲は、比較的広い。6セルバッテリパックに対して、励起電圧範囲は、16.8-23.0Vであるが、4セルバッテリパックに対しては、励起電圧範囲は、11.2-14.8である。両電圧範囲に対して、最小電圧は、最大電圧の80%未満である。これは、一定の出力電力及び/又は高効率が達成される比較的大きな範囲を表している。」との各記載がある。これらの記載を参酌すれば、構成要件2Cは、最大電圧と最小電圧を起点とする励起電圧範囲の全ての範囲において、励起電圧に応答して励起のタイミングやフリーホイール期間を変更するという制御を行うことを定めていると解するのが相当である。
これに対し、原告は、構成要件2Cは、最大電圧と最小電圧の範囲内で任意に定められる励起電圧範囲において、励起電圧に応答して励起のタイミングやフリーホイール期間を変更するという制御を行うことを定めたものであるなどと主張するが、前記説示に照らして前記原告の主張は採用することができない。
(2)前記解釈を前提に、被告製品が構成要件2Cを充足するか否かを検討する。
前記2(3)及び(4)イ(被告乙19実験)によれば、被告製品では15.0Vから17.1Vの入力電圧の範囲において●(省略)●のみが行われるところ、●(省略)●から、前記の電圧範囲ではフリーホイール期間にも変更は生じない。また、原告甲7実験の結果(甲7・図7、図11)や原告甲8実験の結果(甲8・図5)によっても、入力電圧が約17Vないし18V以下の範囲ではフリーホイール期間は変化していない。これらの実験結果に照らせば、被告製品において、少なくとも入力電圧が17V以下の範囲で、入力電圧の変化に応答してフリーホイール期間が変更される可能性は証拠上示されていないといえる。
したがって、被告製品は、前記2(2)のとおり認定した最大電圧(約18.8V)と、その最大電圧の80%(約15.0V)未満の数値で設定される最小電圧の全範囲において、励起電圧の変化に応答してフリーホイール期間を変更するものとはいえないから、その余の点を判断するまでもなく、構成要件2Cを充足しない。
(3)以上の検討によれば、被告製品は、構成要件2Cを充足しないから、他の構成要件の充足性を判断するまでもなく、本件特許発明2-1の技術的範囲に属さない。
6 本件特許発明2-4、2-5、2-6、2-7について
(1)本件特許発明2-4は、本件特許権2の請求項1ないし3を前提としているところ(構成要件2G)、被告製品におけるモータの制御方法(電気システム)は前記のとおり本件特許権2の請求項1(本件特許発明2-1)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権2の請求項2及び3の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品は、本件特許発明2-4の技術的範囲に属さない。
(2)本件特許発明2-5は本件特許権2の請求項1ないし4を前提としているところ(構成要件2J)、被告製品は前記のとおり本件特許権2の請求項1及び4(本件特許発明2-1及び2-4)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権2の請求項2及び3の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品は、本件特許発明2-5の技術的範囲に属さない。
(3)本件特許発明2-6は本件特許権2の請求項1ないし5を前提としているところ(構成要件2L)、被告製品は前記のとおり本件特許権2の請求項1、4及び5(本件特許発明2-1、2-4及び2-5)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権2の請求項及び3の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品は、本件特許発明2-6の技術的範囲に属さない。
(4)本件特許発明2-7は本件特許権2の請求項1ないし6を前提としているところ(構成要件2N)、被告製品は前記のとおり本件特許権2の請求項1、4、5及び6(本件特許発明2-1、2-4、2-5及び2-6)の技術的範囲に属さず、原告から本件特許権2の請求項2及び3の技術的範囲に属することについての主張はされていないから、被告製品は本件特許発明2-7の技術的範囲に属さない。
7 小括
以上によれば、被告製品及び被告製品におけるモータの制御方法について、いずれも本件特許発明1及び2の技術的範囲に属すると認めることはできない。