スロージューサー事件
投稿日: 2017/07/04 22:31:59
今日は少し古いですが平成27年(ワ)第6812号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるHUROM株式会社は韓国法人である株式会社ヒューロムの100%子会社であり、原告の韓国本社が製造するスロージューサーを日本に輸入し販売しています。一方、被告である株式会社イーバランスについては判決文には何も書いてありませんでした。
1.手続の時系列の整理(特許第4580408号)
① ワン・ポータル・ドシエ照会で検索したところ、韓国出願を基礎出願としてPCTを利用してかなりの数の国に出願しているようです。
2.本件発明の内容
【請求項1】
A 上部一側に投入口(110)が貫通形成され、内部中央に回転軸孔(120)が形成される蓋(100)と、
B 前記蓋(100)の下部に設けられ、底部には案内段(550)が形成され、外部下端部には滓排出口(570)と汁排出口(560)とが離隔して形成され、中央下端部に貫通孔(520)を持つ防水円筒(530)が形成され、前記防水円筒(530)の下部縁に前記汁排出口(560)と連通する圧力排出路(580)が形成されたハウジング(500)と、
C 上部には前記回転軸孔(120)に回転可能に挿入される上部回転軸(210)が形成され、外面にはスクリュー螺旋(220)が複数形成され、下端には上記圧力排出路(580)に挿入されて回転する複数のスクリューギヤ(280)が形成された内部リング(250)が下方に突出形成され、前記内部リング(250)内側に前記防水円筒(530)が挿入される下部空間(270)が設けられ、下部中心には角形軸孔(230)が形成された下部回転軸(240)を備えたスクリュー(200)と、
D 外壁は、前記汁排出口(560)へ汁を排出させるべく、網構造からなり、内部面には垂直方向に複数の壁面刃(310)が備えられ、前記案内段(550)に挿入されるように形成された網ドラム(300)、
E 前記ハウジング(500)と前記網ドラム(300)との間に装着されて回転しながら、前記網ドラム(300)と前記ハウジング(500)とを連続的に掃き出すブラシ付のブラシホルダー(430)を備えた回転ブラシ(400)と、
F 前記防水円筒(530)の貫通孔を介して前記角形軸孔(230)に挿入される角形軸(610)が備えられ、前記スクリュー(200)を低速に回転させる駆動部(600)とを含み、
G 前記スクリュー(200)を収容するハウジング(500)が前記駆動部(600)の上側に垂直に固定され、投入口(110)に挿入された材料を圧着及び粉砕すると共に搾汁しながら滓を排出する
ことを特徴とする搾汁ジューサー。
3.被告製品
【被告製品の構成(甲11)】
a 被告製品は、上部一側に投入口が貫通形成され、内部中央に回転軸孔が形成される蓋を有する。
b 被告製品は、前記蓋の下部に設けられ、底部に位置決め突起等が形成され、外部下端部には滓排出口と汁排出口とが離隔して形成され、中央下端部に貫通孔を持つ防水円筒が形成されたハウジングを有する。
c 被告製品は、上部には前記回転軸孔に回転可能に挿入される上部回転軸が形成され、外面にはスクリュー螺旋が複数形成され、下端には果汁案内路に挿入されて回転する複数のスクリューギヤが形成された内部リングが下方に突出形成され、前記内部リング内側に前記防水円筒が挿入される下部空間が設けられ、下部中心には角形軸孔が形成された下部回転軸を備えたスクリューを有する。
d 被告製品は、外壁は前記汁排出口へ汁を排出させるべく網構造からなり、内部面には垂直方向に3本の壁面刃が備えられ、位置決め突起等により位置決めされる網ドラムを有する。網ドラムの下部突端には凸状の果汁案内壁が形成され、網ドラムをハウジングに装着すると、ハウジング底面、前記防水円筒及び前記果汁案内壁により果汁案内路が形成される。
e 被告製品は、前記ハウジングと前記網ドラムとの間に装着されて回転しながら、前記網ドラムと前記ハウジングとを連続的に掃き出すブラシ付のブラシホルダーを備えた回転ブラシを有する。
f 被告製品は、前記防水円筒の貫通孔を介して前記角形軸孔に挿入される角形軸が備えられ、前記スクリューを低速に回転させる駆動部を有する。
g 前記スクリューを収容するハウジングは前記駆動部の上面に垂直に固定され、投入口に挿入された材料を圧着及び粉砕すると共に搾汁しながら滓を排出する。
h 被告製品は、前記a~gの特徴を有する搾汁ジューサーである。
4.争点
(1)構成要件B及びC「圧力排出路」の充足性(文言侵害、均等侵害)
(2)構成要件B及びD「案内段」の充足性(文言侵害、均等侵害)
なお、被告は、被告製品が構成要件A、E~Hを充足することを認めている。
5.裁判所の判断
5.1 争点(1)(構成要件B及びC「圧力排出路」の充足性)について
(1)文言侵害の成否
本件発明の構成要件Bは、「中央下端部に・・・防水円筒が形成され、前記防水円筒の下部縁に前記汁排出口と連通する圧力排出路が形成されたハウジング」というものである。また、本件明細書には、「ハウジングに圧力排出路を構成し」との記載がある(発明の効果。段落【0032】)。以上の特許請求の範囲の文言及び本件明細書の記載からは、圧力排出路はハウジング自体に汁が流れる通路として形成されるものであることが明らかであるところ、被告製品のハウジング底面における防水円筒の下部縁付近は平坦であり、通路と評価できるものは何ら形成されていない(別紙図9、17、甲11)。したがって、被告製品は圧力排出路を有さず、構成要件B及びCを文言上充足しない。
この点につき、原告は、本件発明における圧力排出路とは、ハウジングにスクリューと網ドラムを組み合わせることによって形成される空間である旨主張するが、上記判示に照らし採用できない。
(2)均等侵害の成否
ア 特許請求の範囲に記載された構成中に特許権侵害訴訟の対象とされた製品と異なる部分が存する場合であっても、①上記部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②上記部分を当該製品におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③そのように置き換えることに特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が当該製品の製造時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④当該製品が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考することができたものではなく(第4要件)、かつ、⑤当該製品が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない(第5要件)ときは、当該製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解すべきである(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
本件発明における圧力排出路と被告製品における果汁案内路の構成は、前者がハウジングの中央下端部に形成された防水円筒の下部縁に汁が流れる通路として形成されているのに対し、後者がハウジングと網ドラムを組み合わせたときにハウジングの底面及び防水円筒の下部縁と網ドラムの下方に突設された果汁案内壁とで形成される点(別紙図17)で異なっている。原告は、被告製品の果汁案内路の構成が上記各要件を満たし圧力排出路と均等である旨主張するので、以下検討する(なお、被告は上記第4要件及び第5要件を争っていない。)。
イ 第1要件(発明の非本質的部分)について
(ア)本件明細書には要旨以下の記載がある。(甲2)
a 本件発明は、従来技術の問題点を解決し、食材の味を損わず、かつ、食材の種類にかかわらず排出口によく排出できるようにすること、搾汁を迅速に行い、ハウジング内部にとどまることなく下方によく流出させること、作業時の揺れや衝突をなくすこと、材料を押圧することなしに食材が進んで流入するようにし、機器の連続的な使用を可能とすることを目的とする。(発明が解決しようとする課題。段落【0009】~【0012】)
b ハウジングに圧力排出路を構成し、これを汁排出口と連通するように構成することによって、汁(水分)が駆動部に流入されることを防止しながら搾汁し得る。また、スクリューに外部リングを形成することによって滓の排出をより円滑に行い、かつ、網ドラムに円形突起を形成することによって滓が圧力排出路に流入されることを最小化する。(発明の効果。段落【0032】、【0033】)
c 網ドラムの底部リングで粉砕済みの食材が最終的に圧縮されて脱水され、この過程で大部分の水分(汁)は網ドラムの外壁の網目を介して外部に流出され汁排出口に排出されるが、一部はスクリューの内部リングと網ドラムの内部リング挿入孔との間の隙間に押し込まれて、圧力排出路に流入され、これと連通する汁排出口に排出される。仮に圧力排出路が汁排出口に連通するように形成されていなければ、上記隙間に押し込まれた水分(汁)は防水円筒を超えて貫通孔と角形軸との間の隙間からハウジングの外に流出し、駆動部のモータや減速機を汚染したり外部表面に汁が漏出したりするおそれがある。(実施例。段落【0072】、【0073】)
d スクリューギヤは圧力排出路に挿入されて回転する。羽根状のスクリューギヤは、圧力排出路に流出される高粘度の汁を効率よく汁排出口に強制排出させる。(実施例。段落【0055】、【0075】、【図4】)
(イ)上記(ア)の本件明細書の記載によれば、圧力排出路の存在は本件発明が解決すべき課題と直接関係するものではない。もっとも、本件発明の効果等に関する上記(ア)b、cの記載をみると、圧力排出路は、食材が網ドラムの底部で最終的に圧縮され脱水される過程で生じる一部の汁が防水円筒を超えてハウジングの外に流出するのを防ぐことを目的とするものであり、汁を排出するための通路をハウジング底面において防水円筒の下部縁に形成することは発明の本質的部分であるとみる余地がある。しかし、上記の効果を奏するためには、上記通路が防水円筒の下部縁に存在すれば足り、これをどのような部材で構成するかにより異なるものではない。そうすると、上記の異なる部分は本件発明の本質的部分に当たらないと解するのが相当である。
ウ 第2要件(置換可能性)について
(ア)前記イ(イ)のとおり、本件発明における圧力排出路は、食材が網ドラムの底部で最終的に圧縮されて脱水される過程で生じる一部の汁が防水円筒を超えてハウジングの外に流出するのを防ぐものである。また、これにスクリューギヤが挿入されて回転することにより、高粘度の汁を効率的に排出することができる。
他方、前記前提事実(3)ウdの被告製品の構成及び別紙図17のとおり、被告製品のハウジングにスクリュー及び網ドラムを配置すると果汁案内路が形成され、これが汁排出口と連通して、搾汁された汁の一部を汁排出口へ案内する機能を果たすと認められる。また、被告製品のスクリュー下部に形成されたスクリューギアは、果汁案内路に挿入されて回転する(甲11)。そして、網ドラムはハウジングの上方から配置されるものであり、果汁案内壁とハウジング底面との間に隙間が生じることもあり得るところ、その場合には当該隙間から汁が果汁案内路の外側に流出するから、果汁案内路に流入した汁が内周側の防水円筒を超えてハウジング外部に流出することはないものと考えられる。したがって、被告製品の果汁案内路は本件発明の圧力排出路と同一の作用効果を奏するということができる。
以上のとおり、被告製品の果汁案内路は圧力排出路と同一の作用効果を奏するものとして、置換可能と評価するのが相当である。
(イ)これに対し、被告は、被告製品はハウジング底面を平坦化することにより清掃を容易にするという新たな効果が生じているから置換可能とはいえない旨主張する。しかし、仮にそのような効果が生じるとしても、ハウジング底面の清掃容易性は本件発明の前記課題とは無関係であり、これをもって第2要件の充足性を否定することはできない。
エ 第3要件(置換容易性)について
(ア)本件明細書には、本件発明の実施例として、ハウジングに形成された圧力排出路の外側のハウジング底面の上部に網ドラム底部に形成された底部リングを載置し、その内周面と圧力排出路の外周面が上下に一体となって、これと防水円筒の外周面により圧力排出路の上方に続く空間を形成し、そこにスクリュー下方に突出形成された内部リング及びその下端のスクリューギヤが挿入される例が記載されている(段落【0045】、【0052】、【0056】、【図3A】、【図3B】)。このとき、水分(汁)の一部が内部リングと網ドラムの内部リング挿入孔(底部リングの内側に当たる。)との間の隙間に押し込まれ、圧力排出路に流入する(段落【0072】)、すなわち、底部リング(網ドラム)内壁からそのまま圧力排出路の外周側の内壁を伝って圧力排出路に流入しており、上記実施例において網ドラムの一部は圧力排出路の外周側の壁の役割を果たしているといえる。また、本件発明と同じ技術分野に属する搾汁機において、搾汁ケース(本件発明のハウジングに相当する。)のブッシング(同防水円筒に相当する。)の下部縁に流路を形成せず、搾汁ケースの底部のこの部分を平坦にしたものは被告製品の製造販売時に公知であったと認められる(甲26(特開2012-183314号公報))。そうすると、本件明細書の前記記載に接した当業者にとって、上記実施例の網ドラムないし底部リングを下方に伸長して圧力排出路の外周側の壁に代えるとともに、この部分のハウジングの底面を平坦にすることによって、圧力排出路の外周側の壁全体を網ドラムで形成することに思い至るのは容易であるというべきである。
(イ)これに対し、被告は、ハウジングの底部を平坦にした被告製品は本件発明と根本的に相違する旨主張するが、以上の説示に照らしこれを採用することはできない。
オ 以上のとおり、被告製品の果汁案内路は本件発明の圧力排出路と均等であるということができる。
5.2 争点(2)(構成要件B及びD「案内段」の充足性)について
-省略-
6.検討
(1)本件発明と被告製品の圧力排出路に関する相違点を要約すると、本件明細書や図面には初めから圧力排出路が形成されたハウジングが記載されているのに対して、被告製品の場合は組み立てる前のハウジングには溝が形成されておらず平坦であり、網ドラムがハウジングに組み合わされることで初めて圧力排出路に相当する構成が形成されるようになっています。この相違点に対して裁判官は均等の範囲内であると判断していますが疑問があります。
(2)そもそも均等侵害として扱うような内容なのかという点です。特許請求の範囲に記載された発明は「搾汁ジューサー」であるので、便宜上パーツごとに分説して記載されていますが、請求項全体で一つの完成した装置の構成を定義していると読むべきです。そうであれば「前記防水円筒の下部縁に前記汁排出口と連通する圧力排出路が形成されたハウジング」という構成は、網ドラムに設けられた壁の下端がハウジング下部に当接することで圧力排出路が形成される構成も含むと言えると思います。したがって、文言侵害ではないかと思います。もちろん被告製品の網ドラムの壁とハウジング下部に圧力が抜けてしまうような隙間でもあれば別ですが、その場合は圧力排出路の機能を果たすと言えないので均等侵害も成立しないと思います。
(3)本事件では原告が均等侵害の主張を補強するために甲26文献(特開2012-183314)を提出しています。原告はこの証拠を基に「甲26文献に記載された発明は、スロージューサーという被告製品と同一の技術分野に属し、構造も極めて類似している。そして、甲26発明においては、底部が平坦に構成された搾汁ケース(ハウジングに相当)と排出ガイド部下面の下方に突出した部分とブッシング(防水円筒に相当)の下部縁により搾汁の二次的、補助的な流出経路となる通路が形成されているから、圧力排出路について被告製品の構成を採ることは容易である。」と主張し、裁判所も「本件発明と同じ技術分野に属する搾汁機において、搾汁ケース(本件発明のハウジングに相当する。)のブッシング(同防水円筒に相当する。)の下部縁に流路を形成せず、搾汁ケースの底部のこの部分を平坦にしたものは被告製品の製造販売時に公知であったと認められる(甲26)。そうすると、本件明細書の前記記載に接した当業者にとって、上記実施例の網ドラムないし底部リングを下方に伸長して圧力排出路の外周側の壁に代えるとともに、この部分のハウジングの底面を平坦にすることによって、圧力排出路の外周側の壁全体を網ドラムで形成することに思い至るのは容易であるというべきである。」と判断しています。
以前、被告が設計変更の内容を特許出願し、拒絶引例として挙げられた原告の特許に対して進歩性を有するという審査結果を得て特許査定となったことから均等侵害の第3要件の適用を否定した事件がありました(ケーブル表示用ラベル事件(平成28年(ワ)第7763号))。今回は原告側が均等侵害の第3要件の適用を肯定するために第三者の特許公報を利用しています。なかなか面白い主張だと思いました。