スパッツ事件

投稿日: 2018/04/28 13:15:53

今日は、平成26年(ワ)第7604号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるトラタニ株式会社は、判決文によると、下着のパンツ、ショーツ、水着等の製造、販売等を目的とする株式会社だそうです。一方、被告である被告株式会社タカギは、女性用下着類の製造、販売等を目的とする株式会社、株式会社名古屋タカギは女性用下着類の販売等を目的とする株式会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理(特許第4213194号)

① 本件特許は国際出願から日本に移行されたものです。

② 本件特許は、株式会社ゴールドウインテクニカルセンターとトラタニ株式会社の共有に係る権利です。しかし、本件訴訟の原告はトラタニ株式会社のみです。

③ 訂正審判が請求されていましたが、特実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものである、と判断されて認められませんでした。

④ 特許無効審判は2回請求されていますが、いずれも本件の被告らによるものです。

2.本件発明

A 大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部(24)を備えた前身頃(12)と、

B この前身頃(12)に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃(12)の足刳り形成部(24)に連続する足刳り形成部(25)を有した後身頃(14)と、

C 前記前身頃(12)と前記後身頃(14)の各足刳り形成部(24、25)に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツ(18)とを有し、

D 前記前身頃(12)の足刳り形成部(24)の湾曲した頂点が腸骨棘点(a)付近に位置し、

E 前記後身頃(14)の足刳り形成部(25)の下端縁は臀部の下端付近に位置し、

F 前記大腿部パーツ(18)の山(40a)の高さ(h1)を前記足刳り形成部(24、25)の前側の湾曲深さ(h2)よりも低い形状とし、

G 前記足刳り形成部(24、25)の湾曲部分の幅(w2)よりも前記山(40a)の幅(w1)を広く形成し、

H 取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツ(18)が前記前身頃(12)に対して前方に突出する形状となることを特徴とする

I 下肢用衣料。


3.争点

(1)被告製品は、本件発明の構成要件を文言上充足するか。

ア 構成要件Dの充足性(争点1-ア)

イ 構成要件Eの充足性(争点1-イ)

ウ 構成要件F、Gの充足性(争点1-ウ)

エ 構成要件Hの充足性(争点1-エ)

(2)無効理由(明確性要件違反)の有無(争点2)

(3)無効理由(サポート要件違反)の有無(争点3)

(4)無効理由(新規性欠如)の有無(争点4)

(5)無効理由(進歩性欠如)の有無(争点5)

(6)特許法102条2項の適用の可否(争点6)

(7)原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲(争点7)

(8)被告らが得た利益額(102条2項)(争点8)

(9)推定覆滅事由の存否(争点9)

(10)原告に生じた損害額(争点10)

4.争点に関する当事者の主張

(1)争点1-ア(構成要件Dの充足性)

(原告の主張)

ア 「腸骨棘点」の解釈

(ア)腸骨棘とは,腸骨にある4つの棘のことであり,「上前腸骨棘」,「上後腸骨棘」,「下前腸骨棘」及び「下後腸骨棘」を包含する概念であるところ,このうち,人体の前側に位置する「上前腸骨棘」,「下前腸骨棘」は,いずれも本件発明の「腸骨棘」に該当する。(なお,人体の背側に位置する「上後腸骨棘」,「下後腸骨棘」は,構成要件Dの「腸骨棘点」とは無関係である。)

なぜなら,本件発明は,【特許請求の範囲】【請求項1】に記載のとおり,「大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する形状となる」ことを特徴とし,これにより,「大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状」(本件明細書【0011】)にして,股関節の屈伸運動を円滑にするものであるところ,「上前腸骨棘」と「下前腸骨棘」の位置は,足刳り部をどの程度まで抉って頂点にし上記姿勢に沿う立体形状にするかの製品化段階での選択的な事項にすぎないからである。大腿部の屈曲姿勢として,より深く屈曲した姿勢を基準にして製品化することを望むのであれば,足刳り部の頂点として「上前腸骨棘」が好ましく,より浅く屈曲した姿勢を基準にして製品化することを望むのであれば,足刳り部の頂点として「下前腸骨棘」が好ましい。しかし,いずれの場合も,「直立姿勢」を基準に作られた従来技術(本件明細書【0004】)よりは作用効果において優れている。したがって,当業者は,望む屈曲姿勢に応じて適宜選択することができる。この意味で,「上前腸骨棘」又は「下前腸骨棘」のいずれであっても本件発明の「腸骨棘」に該当するものである。

次に,「腸骨棘点」の「点」についてであるが,「点」とは,数学的には,位置だけあって大きさのない図形のことであるが,そのようなものは仮想上の存在でしかなく,現実的にはすべて一定の大きさを持っている。したがって,ここでは,「(一定の大きさを持った)位置」程度の意味である。

以上より,構成要件Dにおける「腸骨棘点」とは,「上前腸骨棘」又は「下前腸骨棘」によって示される位置ほどの意味であり,両者を含む趣旨で「腸骨棘点付近」と記載しているのである。

(イ)被告らの主張について

実施例における「腸骨棘点a」は「下前腸骨棘点」を意味するものである。

なぜなら,実施例における「腸骨棘点a」とは,何よりもまず「着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢」をとった際に足の付け根と認められる部位付近に位置する「腸骨棘点」と解されるところ,「上前腸骨棘点」は着用者が前屈みに軽く屈曲した程度では大腿部の付け根ないし足の付け根といい得る位置に来ないからである。

また,「下前腸骨棘」は大腿部の最前面にある大腿直筋の上側の始点であり,この大腿直筋は股関節の屈曲に関わるものであるから,その付け根に位置する「下前腸骨棘」は,大腿部の付け根というにふさわしい位置にあるものである。

したがって,「腸骨棘点」には少なくとも「下前腸骨棘点」が含まれるが,他方で,実施例はあくまでも「着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状」とした場合を指すものに過ぎないものであり,前屈みに深く屈曲した姿勢に沿う形状にした場合には,それに応じて構成要件Dの「腸骨棘点」を「上前腸骨棘点」と解するのが自然であることから,「腸骨棘点」には「下前腸骨棘点」及び「上前腸骨棘点」の両方が含まれるものであり,当業者は望む屈曲姿勢に応じて適宜選択することができるものである。

イ 被告製品の着用の仕方

被告製品は,その構成自体に照らし,脚口パーツ(本件発明の「大腿部パーツ」に相当する。なお,別紙1【平成27年3月17日付け訴え変更申立書の別紙】においては,同パーツを「大腿部パーツ」と表記している。)と足刳り形成部との縫合線を人体における大腿部と下胴部の屈曲部である「鼠径溝」に沿うように位置させることを予定しているというべきである。

すなわち,被告製品の着用の仕方を検討するには,被告製品のパーツが人体のどの部分に対応しているかを検討するのが合理的であるところ,被告製品は,脚口パーツと身頃側の足刳り形成部との縫合線を屈曲部として脚口パーツと身頃側の足刳り形成部とを接合させている。そして,人体において,屈曲部として表れる部位は,大腿部と下胴部との屈曲部である「鼠径溝」以外にない。また,仮に脚口パーツと足刳り形成部との縫合線が「鼠径溝」よりも下方に位置したとしても,その位置では形状が整合せず,不安定な状態に置かれることになり,いずれ脚口パーツと足刳り形成部との縫合線は「鼠径溝」の位置までずり上がり,そこで安定することとなることから,縫合線が「鼠径溝」に沿うように位置させることを予定しているというべきである。

ウ 構成要件Dの充足性

(ア)構成要件Dの充足性の判断に当たっては,ある着用状態において構成要件Dを充足しない場合でも,別の着用状態において構成要件Dを充足するのであれば,結論として構成要件Dを充足すると解するのが妥当である。

前記イの着用状態とした場合,別紙2【原告第3準備書面の別紙】のとおり,イ号製品の前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点は,下前腸骨棘点a付近に位置するものである。

よって,被告製品は構成要件Dを充足する。

(イ)他方,被告らの実験(乙12)における着用状態は,前身頃12の足刳り形成部24の縫合線が股関節よりも相当下方に位置し,ショーツが相当程度ずり下がったものとなっており,前記イの着用状態に沿うものではない。また,イ号製品は,「脚口部分が太ももの付け根に合うようにオリジナル立体パターンを採用し,動いてもずれ上がりにくいようになっています。」と説明されているところ,前記着用状態は,イ号製品が想定する着用状態とも異なるものとなっている。

したがって,仮に前記のような着用状態をとったとしても,被告製品の形状と人体の形状とが整合せず,縫合線がいずれ大腿部と下胴部との屈曲部にずり上がることになるから,そのような一時的,過渡的な着用状態をもって,本件発明との対比の対象とすることは妥当ではない。

ショーツのサイズはヒップを基準に選択すべきところ,乙12に掲載された被験者の着用状態をみると,いずれも小さ目のサイズのショーツを穿いていることからしても,当該実験は,構成要件Dの充足性を判断する上で不適当なものである。

なお,被告らは「腰部脇線22,30の下側が立体的に迫り出す」,「足刳り形成部24・25の前側の境界部分の近傍が立体的に迫り出す」と主張するが,被告製品における「迫り出し」はほとんど確認できない程度のものである。

(被告らの主張)

ア 「腸骨棘点」の解釈

(ア)「上後腸骨棘」及び「下後腸骨棘」が「腸骨棘点」とは無関係であることは認める。

「腸骨棘点」は,末尾に「点」という言葉が付加されているが故に,本技術分野では非常に限定して解釈されるべきものであり,原告主張のように「上前腸骨棘」及び「下前腸骨棘」の両方を指すと解されるものではなく,「上前腸骨棘」又は「下前腸骨棘」の何れか一つのみに関連すると解するのが自然である。

そして,「上前腸骨棘」は,人体の外側に突出しており,視覚的にも触覚的にもその位置を確認するのが容易である一方,「下前腸骨棘」は,人体の外側に突出しておらず,その位置を確認するのは容易ではないという不便性を有することからすれば,当技術分野において位置や場所を指し示す目安として用いられることは稀であり,目安として用いる特殊な場合には,「下前腸骨棘」であることを明記する必要があるところ,本件明細書には,それが明記されていない。

よって,「腸骨棘」とは,「上前腸骨棘」を指すというべきである。

また,「腸骨棘点付近」と「腸骨棘付近」という文言を単純に比べた場合,「点」という言葉が付いている前者の範囲を狭く解するのが自然であることから,「腸骨棘点付近」の範囲は上前腸骨棘内に限られ,上前腸骨棘の外側の位置まで含むと解することはできない。

したがって,構成要件Dの「腸骨棘点」は「上前腸骨棘」の1点を指すと解すべきである。

なお,本件明細書【0026】の「…腸骨棘点a付近を通過し,…転子点b付近の上方を通過して湾曲し,…」との記載からして,構成要件Dの「腸骨棘点付近」と「転子点付近」とは,峻別されるべき関係にあることは自明であることから,仮に,「腸骨棘点」が「上前腸骨棘」及び「下前腸骨棘」の両方を含む範囲を指していると解したとしても,「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点」が上前腸骨棘及び下前腸骨棘よりも転子点に近い位置にある場合には,構成要件Dの「腸骨棘点付近」を充たすということはできない。

また,仮に,原告が別紙2で特定するように,イ号製品の「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点」が「下前腸骨棘点付近」に位置しているとしても,当該頂点は「上前腸骨棘」から離れており,実質的に「上前腸骨棘」の範囲内に収まるところの構成要件Dの「腸骨棘点付近」には位置しないので,イ号製品は構成要件Dを充足しないことになる。

(イ)原告の主張について

実施例の「腸骨棘点a」は「下前腸骨棘点」とは解されない。

原告は,「下前腸骨棘」は大腿部の最前面にある大腿直筋の上側の始点であり,

この大腿直筋は股関節の屈曲に関わるものであるとして,その付け根に位置する「下前腸骨棘」は,大腿部の付け根というにふさわしい位置にあるとするが,実際に股関節を屈曲させた際に,下胴部と大腿部との屈曲部は下前腸骨棘の位置には形成されない。なぜなら,まず,上前腸骨棘を起始とする縫工筋が存在するところ,この縫工筋は下前腸骨棘のやや脇の前方を経て脛骨粗面内側に停止し,縫工筋は収縮して股関節を屈曲させるように作用することから,股関節を屈曲させた際,収縮した状態の縫工筋は,下前腸骨棘よりも上方かつ前方に存在する上前腸骨棘からその前方かつ下方に向かい,必ず下前腸骨棘よりも前方の位置を通るのであり,このように延びる縫工筋が存在する以上,股関節を屈曲させた状態において,下前腸骨棘の位置に屈曲部が形成されないことは自明である。

また,股関節を屈曲させる他の筋肉である大腰筋及び大腿直筋は,いずれも股関節を屈曲させた際に下前腸骨棘の位置に屈曲部を形成するような状態に伸びないことは明らかであり,屈曲部は縫工筋が起こる上前腸骨棘の位置付近か,それより上側に形成されるものと考えられる。

以上より,上記屈曲部よりも下方に存在する下前腸骨棘の位置から前方に延びるように生地の立体的方向性を確保した下肢用衣料は,着用者が軽く前屈みになった姿勢に沿う立体形状に作られているとはいえない。一方,本件明細書の【0027】には,「この実施形態のスパッツ10によれば,…身体の腸骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため,着用時に股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく,疲れにくいものである。…特に,このスパッツ10は,着用者が軽く前屈みになった姿勢に沿う立体形状に作られ,この姿勢では生地にあまり張力が発生しないため身体が圧迫されず,またさらに深く屈む動作をするときの負荷も少なく抑えられるものである。また,大腿部パーツ18が前方に盛り上げられた立体形状になるため,図4,図5に示すように足を上げたりしゃがんだりする動作のとき,大腿部にかかる生地の抵抗が小さく,容易に運動することができる。さらに,生地が身体の動きに追従するため,衣服ズレも軽減することができる。」と記載されていることからすると,腸骨棘点aは,少なくとも下前腸骨棘の位置を指しておらず,下前腸骨棘の位置から前方に延びるように生地の立体的方向性を確保することは,本件発明の狙いから外れるものであることは明らかである。

また,「深く屈曲した姿勢」をとると,生地に張力が発生し,身体が強く圧迫されて,本件明細書【0011】の作用効果が生じないことから,本件明細書には「深く屈曲した姿勢」について明記されていないのであり,「深く屈曲した姿勢」をとった場合でも【0011】の作用効果が生じるとの前提に立った上で,腸骨棘点に上前腸骨棘点が含まれるとする原告の主張は失当である。

イ 着用の仕方

被告製品は,着用者が比較的ゆったりと穿けるように設計したものであり,着用したときに腰部脇線22,30の下側が立体的に迫り出すように,各腰部脇線22,30を湾曲させ,縫合後,足刳り形成部24・25の前側の境界部分の近傍が立体的に迫り出すようにしている。具体的には,腰部脇線22,30の上下方向における中間位置あたりから下端にかけて,前方に徐々に立体的に迫り出すように構成されている。

また,これに伴い,脚口パーツと足刳り形成部との縫合線が「鼠径溝」よりも下方に位置することを想定している。これにより,着用者は,鼠径溝あたりが締め付けられることなく,ゆったりと被告製品を着用することができる。

したがって,被告製品は,脚口パーツと足刳り形成部との縫合線を,鼠径溝に位置させることを予定しているとの原告の主張は失当である。

一般に,ショーツは,足刳りラインが脚の付け根のラインとほぼ同一になっている「ノーマル」,それよりも深く,脚の付け根部分が露出する「ハイレグ」,逆に足刳りラインが浅く,太もも側に布地が多く取られ,肌の露出が抑えられる「ローレグ」に分類されている。このように,足刳り形成部の位置はショーツによって異なるものであり,必ずしも鼠径溝に沿うものではなく,被告製品も,足刳り形成部を鼠径溝に沿わせることを意図して作られたものではない。

仮に,脚口パーツと足刳り形成部との縫合線が鼠径溝に沿うように被告製品を引き上げて穿いた場合には,前身頃パーツ及び後身頃パーツが過度に上下に引き伸ばされ,この結果,腰部脇線の上下方向における中間位置あたりから下端にかけて,前方に徐々に立体的に迫り出すという作用が打ち消され,脚口パーツと足刳り形成部との縫合部が鼠径溝に食い込むことにより,鼠径溝あたりが締め付けられることになる。

ウ 構成要件Dの充足性

(ア)被告らは,乙12のとおり,実際に被験者を3名募り,レントゲン撮影により,イ号製品を着用したときにおける前身頃12の足刳り形成部24の湾曲した頂点の位置について確認したところ,被験者全員において,前身頃12の足刳り形成部24の湾曲した頂点は,転子点付近あるいは転子点よりも下方に位置した。転子点付近あるいは転子点よりも下方に位置する該頂点が,上前腸骨棘付近(つまり「腸骨棘点付近」)に存在していないのは明らかである。

また,仮に,原告が主張するように,構成要件Dの「腸骨棘点付近」が「下前腸骨棘」を含む範囲と解したとしても,前記のとおり,構成要件Dの「腸骨棘点付近」と「転子点付近」とは,峻別されるべき関係にあることからすれば,上前腸骨棘及び下前腸骨棘よりも転子点に明らかに近い位置にあるイ号製品の「前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点」が構成要件Dの腸骨棘点付近に位置するということはできない。

原告主張のとおり,ショーツのサイズはウエストではなくヒップのサイズを基準に選択すべきであるところ,被験者3名はいずれも,それぞれのヒップサイズに適応する又は大き目のヒップサイズのショーツを着用したものであるから,小さ目のサイズのショーツを穿いているという原告の主張は当たらない。

よって,被告製品は構成要件Dを充足しない。

(イ)原告主張のように,様々な着用状態を許容し,ある着用状態において構成要件Dが充足されれば足りると解すると,「腸骨棘点付近」の意義の不明確さも含め,構成要件Dが非常に不明確なものとなることから妥当でない。

別紙2は,レントゲン写真の歪みや被告製品の不適切な穿かせ方など,その正確性に問題があるものである。

すなわち,被告製品は,着用時に横から見た場合,後身頃側の上端が前身頃側の上端よりも高くなるように設計されているものであるから,そのような着用の仕方をすべきである。原告は,被告製品を原告トルソーに穿かせる際,被告製品の足刳り形成部を原告トルソーのVラインに沿わせ,被告製品全体を上方に引き上げており,かつ,本来後身頃側の上端が高くなるようにすべきところ,前身頃側上端と後身頃側上端を無理に合致させようと,前身頃を余分に上方に引き伸ばしている。このような穿かせ方は,股下にきつく食い込み,着用に耐えられなくなることからしても,被告製品にとって相応しくないのは明らかである。

(2)争点1-イ(構成要件Eの充足性)

(原告の主張)

構成要件Eにおける「後身頃の足刳り形成部の下端縁」とは,後身頃の足刳り形成部の(一部に含まれる)下端縁という程度の意味であり,「下端縁」とは読んで字のごとく下端の縁という意味である。

そして,別紙1の被告製品の後身頃14の足刳り形成部25の下端縁が,臀部の下端付近に位置していることは明らかであるから,被告製品は構成要件Eを充足する。

(被告らの主張)

構成要件Eの充足性は争う。そもそも原告は,「前記後身頃の足刳り形成部の下端縁」の意味及び「臀部の下端付近」が示す位置,並びに「後身頃14の足刳り形成部25の下端縁」の具体的な特定方法を明らかにしていない。

(3)争点1-ウ(構成要件F,Gの充足性)

(原告の主張)

ア 構成要件F「足刳り形成部の前側」

ここにいう「前側」とは,人体を前側(正面側)と後側(背面側)に分けた場合の前側を指すものであり,着用状態での正面視における左右の最外部を「最側部」とすると,合理的にみて,別紙3【原告第5準備書面の別紙2ないし7】のE点よりもF側に両脇の最側部がくることはない。なぜなら,E点よりもF側はギャザー部であるところ,ギャザーを設けることの技術的意義が,当該部分を臀部のふくらみに対応させることにあることからすれば,ギャザー部でカバーされる部分は明らかに人体の後側に位置するというべきであるからである。

そうすると,「前側」を最も広く見たとしても,E点よりは上側の部分である。

本件明細書及び図面のどこにも,湾曲部分が臀部ダーツ31まで延びているとは記載されていない。本件明細書の図3において,h1によって特定される「山」及びh2によって特定される「湾曲部分」を敢えて図示すれば,それぞれ下図の黄色の部分となる。

【参考図3】

なお,上図において,赤色で示した線は,h1又はh2によって特定される線と直交する線であり,「山」又は「湾曲部分」における最も下方の幅に対応している。「山」及び「湾曲部分」が決まればそれぞれの「高さ」ないし「深さ」は一義的に決まるが,「幅」については上から下までの各高さ(深さ)に対応した幅が考えられるため,図3に記載されたw1及びw2はその一例である。

上図に示すとおり,湾曲部分は臀部ダーツ31までは延びていないことから,それを前提とする被告らの主張は失当である。

イ 構成要件G「前記足刳り形成部の湾曲部分」

「前記足刳り形成部の湾曲部分」とは,構成要件Fの「前記足刳り形成部の前側の湾曲深さ」を受けて記載されているものであり,人体を前側(正面側)と後側(背面側)に分けた場合の前側に位置する部分を指しているものである。

ウ 被告製品のパターン図について

被告らのパターン図の合わせ方(別紙4【被告準備書面(4)の別紙】)は,前身頃と後身頃との間にオーバーラップ部分が設けられており,不合理である。なぜなら,これらの図に描かれた各パーツの境界線(実線)は縫い目を表しているのであるから,そもそもオーバーラップ部分を設けることは妥当ではない。

イ号製品の腰部前側縁22,30についてみると,これらは若干凹状に湾曲しているから,被告らの主張するようにそれらの下側を立体的に迫り出すように縫い合わせる場合(この場合,上側も立体的に迫り出すことになる),腰部前側縁22,30の凹状の湾曲部分の中間部を互いに詰めて縫い合わせることになる。したがって,これを展開図で表現すれば,上記中間部が互いに離間するように配置されることになる。これを図示したのが,別紙1の【パターン図(要部)】及び【寸法入りパターン図(要部)】である。

縫合後の形状は,互いに縫い合わされる「辺」の曲率や長さなどの具体的態様によって決まるものであるから,2次元平面にパターン(型紙)を配置したときにオーバーラップ部分を設けるか否か,どれだけの面積だけオーバーラップ部分を設けるかということと,縫合後の形状が立体的に迫り出すか否か,さらには,縫合後の形状がどの程度立体的に迫り出すかということとは関係がない。

したがって,オーバーラップ部分の面積が被告らの図示する大きさでなければならない理由はなく,また,腰部脇線22,30の上側にのみオーバーラップ部分が形成されるように前身頃12及び後身頃14のパターンを配置する理由も不明である。

エ 構成要件F,Gの充足性

別紙3のとおり,被告製品は,E点(被告製品におけるギャザー部の始点)よりも上側の全ての「幅」において,脚口パーツの山の高さが足刳り形成部の湾曲深さよりも低く,また,足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも山の幅が広くなっており,構成要件F及びGを充たしている。

また,別紙5【原告第7準備書面の別紙1ないし9】のとおり,仮に被告らのパターン図の合わせ方に従ったとしても,E点(被告製品におけるギャザー部の始点)よりも上側の全ての「幅」において,脚口パーツの山の高さが足刳り形成部の湾曲深さよりも低く,また,足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも山の幅が広くなっており,構成要件F及びGを充たしている。

なお,本件明細書及び図面のどこにも「全ての位置間において」とは記載されておらず,そもそも,大腿部パーツが前身頃に対して前方に突出する形状となるようにする手段として,前側に位置する「湾曲部分」において構成要件F及びGを充足すれば足りると解すべきものであるから,本件明細書【0020】の記載について,足付根部の山と足刳り前部とは,互いに縫い付けられる全ての位置間において,山の幅が湾曲部分の幅よりも広くなることを意味するものであるとする被告らの主張は失当である。

(被告らの主張)

ア 構成要件F「足刳り形成部の前側」

構成要件F「前記足刳り形成部の前側の湾曲深さ」を特定するための基準は不明確であり,イ号製品における「湾曲」の正確な特定は困難である。また,「前側」とはどこまでを含むのかにつき,本件明細書を参照しても明確に把握することはできない。

原告の主張のように,「前側」を人体の前側と解釈すると,明細書【0020】及び図3に記載された湾曲部分が後側にまで伸びていることと整合性がとれない。

すなわち,本件明細書【0020】の記載に照らせば,本件明細書の図3において,山40aの高さを示す符号h1が付された上下に延びる矢印の下端が接する破線は,山40aの下端を指すと考えられる。したがって,図3において,山40aは,大腿部パーツ18において破線より上側の部分全体を指すと捉えられる。そして,このように山40aを捉えた場合,図3において,湾曲部分は,足刳り形成部24,25と,これらの下端どうしを結んだ線とで囲まれる部分を指すと捉えられる。

そうすると,図3から把握されるように,湾曲部分は臀部ダーツ31まで延びていて,この臀部ダーツ31は,図2から考えても,また,臀部ダーツ31という名称自体から考えても,明らかに後ろ側に位置しているから,本件明細書【0020】及び図3に記載されている湾曲部分が,後ろ側にまで延びているのは明らかである。しかも,本件明細書【0020】には,山40aや足刳り前部24,25の湾曲部分が「前側」にあることを示唆するような記載は見当たらない。

そのため,この湾曲部分が構成要件F,Gの「湾曲(部分)」の一例であることからすると,構成要件Fの「前側」の意味は不明であり,この「前側」が,身体を前側(正面側)と後ろ側(背面側)とに分けた場合の前側を指すと解すると,本件明細書【0020】及び図3に記載された湾曲部分が後ろ側にまで延びていることとの整合がとれなくなる。

イ 構成要件G「前記足刳り形成部の湾曲部分」

構成要件G「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅」を特定するための基準は不明確であり,イ号製品における「山」の正確な特定は困難である。

構成要件Gにおける「足刳り形成部の湾曲部分」には「前側」の文言が入っていない。本件発明の特許請求の範囲の記載で,原告自身が,「足刳り形成部」と「足刳り形成部の前側」は異なる範囲を示す文言として明確に使い分けている以上,「足刳り形成部の湾曲部分」としか記載されていない構成要件Gの記載が「足刳り形成部の前側の湾曲部分」を意味すると解釈することができないことは明白である。また,仮に前側に限定して解釈する場合,その「前側」とはどこまでを含むのかという点につき,本件明細書を参照しても明確に把握することができず,構成要件Fと同様にその意味が不明となる。

そもそも,構成要件F,Gにおける「前記足刳り形成部」とは構成要件AないしEに記載されている「足刳り形成部」のいずれを指すのかも文言上明確ではない。

ウ 被告製品のパターン図

構成要件F,Gにおける「山」と「湾曲」との高さ(深さ)及び幅は,腰部前側縁22,30が直線であることを前提として比較されるものであるところ,イ号製品では,各腰部脇線22,30を直線としておらず,本件明細書の図3に倣い,腰部前側縁22,30が隙間無く合致するように各パーツを配置することもできないことから,イ号製品では,構成要件F,Gにおける正確な比較はそもそも困難である。

イ号製品では,前身頃12の腰部脇線22と後身頃14の腰部脇線30とを縫い合わせると腰部脇線22,30の下側が立体的に迫(せ)り出すように,各腰部脇線22,30は湾曲しており,縫製後においては,足刳り形成部24・25の前側の境界部分の近傍は立体的に迫(せ)り出すことになるのであり,別紙4のパターン図等に示すように各パーツを配置すれば,少なくとも足刳り形成部24・25の前側の境界部分に限ってみた場合,考え得る限り最も近づいた状態となる。

他方,原告のパターン図の合わせ方により別紙1のように各パーツを配置すると,足刳り形成部の湾曲深さや幅を特定する上で重要となる,前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点付近(足刳り形成部24・25の前側の境界部分の近傍)の形状が非常に不正確に反映されることとなる。

エ 構成要件F,Gの充足性

本件明細書の【0020】には,「足付根部40の山の幅をw1とし,足刳り前部24,25の湾曲部分の幅をw2とすると,互いに縫い付けられる同じ位置間で,w1はw2よりも広い形状となっている。」と記載されている。この記載は,足付根部40の山40aと足刳り前部24,25とは,互いに縫い付けられる全ての位置間において,山40aの幅w1は湾曲部分の幅w2よりも広くなることを意味している。そのため,特定の位置で湾曲部分の幅w2よりも山40aの幅w1が広くなっているだけでは構成要件Gを充足することにはならない反面,いずれかの位置で山40aの幅w1が湾曲部分の幅w2と同一以下となれば,構成要件Gを充足しないと判断するのが妥当と考えられるところ,別紙4の寸法入りパターン図においてオレンジ色の線で示したとおり,被告製品の「足刳り形成部24・25の湾曲部分の幅」は「脚口パーツ18の山40aの幅」より広くなっている。

また,構成要件Fは,大腿部パーツの山及び足刳り形成部の湾曲部分との関係で,構成要件Gと一括して判断されるべきであるから,構成要件Gと同様に,いずれかの位置で「脚口パーツ18の山40aの高さ」が「足刳り形成部24・25の前側の湾曲深さ」と同一以下となれば,構成要件Fを充足しないと判断するのが妥当であるところ,別紙4の寸法入りパターン図において水色の線で示したとおり,被告製品の「脚口パーツ18の山40aの高さ」は「足刳り形成部24・25の前側の湾曲深さ」よりも低くなっている。

したがって,被告製品はいずれも,構成要件F,Gを充足しない。

(4)争点1-エ(構成要件Hの充足性)

(原告の主張)

本件発明は,股関節の屈伸運動の円滑化を目的とするものであり,股関節の屈伸運動に対する抵抗は主に大腿部の前側において生じるから,構成要件Hにおける「前方に突出する形状」が,筒状の大腿部パーツ全体が前身頃に対して前方に突出する形状のみを意味するものと解するのは妥当ではなく,大腿部パーツの上部が突出していれば足りると解するべきであるところ,被告製品の脚口パーツの上部が前身頃に対して前方に突出しているのは明らかである。

また,被告らのいうように,被告製品の脚口パーツの下部が臀部に沿うように傾斜しているのであれば,前身頃との関係では「前方に突出する」ことになるというべきである。

したがって,被告製品は,構成要件Hの「前方に突出する形状」を充足するものである。

(被告らの主張)

本件明細書の「縫い合わされたスパッツ10は,後身頃14の足刳り形成部32が丸く下方に回り込み,筒状に形成された大腿部パーツ18が前方の斜め下方に突出する立体形状となる。即ち,基本の立体形状が,着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状になっており,足の運動性に適した形状に形成される。」(【0025】),「特に,このスパッツ10は,着用者が軽く前屈みになった姿勢に沿う立体形状に作られ,この姿勢では生地にあまり張力が発生しないため身体が圧迫されず,またさらに深く屈む動作をするときの負荷も少なく抑えられるものである。

また,大腿部パーツ18が前方に盛り上げられた立体形状になるため,図4,図5に示すように足を上げたりしゃがんだりする動作のとき,大腿部にかかる生地の抵抗が小さく,容易に運動することができる。」(【0027】)といった記載を参酌すれば,構成要件Hにおける「前方に突出する形状」とは,筒状の大腿部パーツ全体が前身頃に対して前方に突出する形状を指すと解するべきであり,例えば大腿部パーツの上部のみが前方に突出する形状を指していないことは明らかである。また,構成要件Hにおける「取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する形状」とは,着用者が軽く前屈みになった姿勢に沿う立体形状に対応するものであり,単に臀部に沿うように傾斜しているといった程度では,構成要件Hにおける「前身頃に対して前方に突出する形状」に該当しないものであるところ,被告製品の脚口パーツの少なくとも下部は,臀部に沿うように傾斜しているに留まるものであるので,構成要件Hにおける「前方に突出する形状」を有していないことになる。

(5)争点2(無効理由(明確性要件違反)の有無)

(被告らの主張)

ア 構成要件Dの「腸骨棘点付近」の不明確性

まず,「腸骨棘点」の語は,明確に定義されている専門用語でなく,本件明細書全体を参照しても,「腸骨棘点」が具体的に如何なる位置を指すのか明らかでないところ,これに「付近」の語を付した「腸骨棘点付近」の位置及び範囲は著しく不明確である。

イ 構成要件Eの「前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し」の不明確性

本件明細書を参照しても,「前記後身頃の足刳り形成部の下端縁」がどの部分を指すのか明らかでなく,「臀部の下端」がどのように特定されるものかも不明である。

ウ 構成要件Fの「前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」及び構成要件Gの「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」の不明確性

まず,構成要件F,Gの「(前記大腿部パーツの)山」の意味が不明であり,構成要件F,Gにおける「前記足刳り形成部」が,前身頃の足刳り形成部を指すのか,後身頃の足刳り形成部を指すのかも明らかでない。

さらに,構成要件Fの「前記足刳り形成部の前側の湾曲」及び構成要件Gの「前記足刳り形成部の湾曲部分」がどのように特定されるのかも不明である。

原告が主張するように構成要件F及びGにおける「前記足刳り形成部」が,「前身頃の足刳り形成部」と「後身頃の足刳り形成部」の両方を意味する場合もあれば,「前身頃の足刳り形成部」のみを意味する場合もあるとすると,このように多義的に解される「前記足刳り形成部」はやはり不明確である。

エ よって,構成要件D,E,F,Gを含む本件発明は明確でなく,本件特許には,特許法36条6項2号違反の無効理由(同法123条1項4号)があることとなり,その権利行使は制限されるべきである(同法104条の3第1項)。

(原告の主張)

構成要件Dにおける「腸骨棘点」とは,「上前腸骨棘」又は「下前腸骨棘」によって示される位置ほどの意味であることを容易に理解することができる。

また,構成要件Eにおける「後身頃の足刳り形成部の下端縁」の用語の意義,「臀部の下端」の特定方法は,いずれも容易に理解可能なものである。

構成要件Fの「前記足刳り形成部の前側の湾曲」が足刳り形成部のうちの前側に位置する湾曲部分を意味すること,構成要件Gの「前記足刳り形成部の湾曲部分」は,その前に記載された構成要件Fの「前記足刳り形成部の前側の湾曲」を受けて記載されているものであり,前側に位置する部分を指しているものであることは明らかであり,何ら不明確な点はない。

なお,構成要件F,Gの「前記足刳り形成部」が前身頃の足刳り形成部を指すのか,後身頃の足刳り形成部を指すのか明らかではないとの被告らの主張は,ここで力点が置かれているのは「(前記足刳り形成部の)前側の湾曲」及び「(前記足刳り形成部の)湾曲部分」であり,「前記足刳り形成部」との記載はそれらの帰属先を意味するに過ぎないことに照らし,問題の立て方として失当である。構成要件F,Gにおける「前記足刳り形成部の」の「の」は所在や帰属先を表し,全体としては「前身頃の足刳り形成部及び後身頃の足刳り形成部のうちの」というほどの意味である。

以上のとおり,本件特許請求の範囲の記載は何ら不明確なものではない。

(6)争点3(無効理由(サポート要件違反)の有無)

(被告らの主張)

仮に,構成要件Eが文言の通常の意味に照らして解釈され,明確になることがあったとしても,その場合には,本件特許は,いわゆるサポート要件違反(特許法36条6項1号)による無効理由(同法123条1項4号)があることとなり,その権利行使は制限されるべきである(同法104条の3第1項)。

また,原告主張のように,構成要件Fの「前側」を,両脇の最側部より前側(正面側)を指すと解する前提にたって構成要件Fの「前側」の意味を解するとした場合には,この意味での前側の湾曲部分と山との関係が本件特許の発明の詳細な説明に記載されていないので,やはり,サポート要件違反(特許法36条6項1号)による無効理由(同法123条1項4号)があることとなり,その権利行使は制限されるべきである(同法104条の3第1項)。

(原告の主張)

争う。本件明細書及び図面に不整合な点はなく,本件発明は発明の詳細な説明に記載されている。

(7)争点4(無効理由(新規性欠如)の有無)

(被告らの主張)

ア 被告タカギは,本件特許出願前から,本件発明の構成要件AないしIを充足する先行製品1(被告タカギが株式会社ポーラと共同で開発した品番PO4227の製品),先行製品2(被告タカギが株式会社ポーラと共同で開発した品番D048POの製品)及び先行製品3(先行製品2と同一パターン,同一構成の品番D383の製品)(別紙6【被告準備書面(5)の別紙】。以下,これらをまとめて「先行製品」ということがある。)の製造及び販売をしていた。

したがって,本件発明は,本件特許出願より前に日本国内において公然実施された発明であり,特許法29条1項2号により特許を受けることができないものであるから,特許無効審判により無効にされるべきもの(同法123条1項2号)であり,原告の被告らに対する本件特許権に基づく権利行使は許されない(同法104条の3第1項)。

イ 構成要件Gに関し,「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅」と「前記山の幅」を,原告の主張に沿うように,足刳り形成部の湾曲のうちギャザー部よりも上側の部分の幅と,これに対応する山の部分の幅と解釈した場合,先行製品1のM,L,LLサイズの「足刳り形成部24・25の湾曲部分の幅」/「山40aの幅」の測定値は,それぞれ,150.7mm/211mm,175mm/231mm,192.9mm/251mm,先行製品2及び3のM,L,LLサイズの「足刳り形成部24・25の湾曲部分の幅」/「山40aの幅」の測定値は,それぞれ,150.7mm/211mm,175mm/231mm,192.9mm/251mmであるから,いずれも本件発明の構成要件Gを充足する。

ウ 構成要件Hに関し,原告が主張するように,大腿部パーツの上部が突出していれば足りると解釈した場合,先行製品の構成は,本件発明の構成要件Hを充足する。

構成要件Hでは,「取り付け状態」の構成が問題になっているだけで,パーツの縫合の方法を限定あるいは排除することは明細書を参酌しても読み取ることはできない。また前身頃より「前方」に突出する形状であればよく,「真正面」に限定されているわけではない。

そうであれば,先行製品の脚口パーツが,伸ばし付けという一般的に行われる縫合による取り付け状態において,前身頃より前方に突出する形状をとっていることは明らかである。よって,先行製品は,構成要件Hを充足する。

仮に,原告の主張を前提としても,脚口パーツにおいて人体の前側に位置することになる部分には,下図に示すように,少なくとも,d点から下に延びる直線と,b点及びe点を結ぶ直線との交点をd’点としたとき,b点,d点及びd’点を頂点とする三角形部分(下図「別紙3」の薄墨部分参照)が含まれる。そして,この三角形部分が前方に突出するか否かは,この三角形部分に如何なる力がかかるかによって決まるのであり,これには,b点からe点までの曲線部分に対応する山の幅及び高さと,これに対応するB点からE点までの湾曲部分の幅及び高さとの関係が影響すると考えられる。また,脚口パーツにおいてb点とe点とを結ぶ直線より上側の部分が前方に突出するか否かということについても,上記三角形部分にかかる力が影響を及ぼすのは明らかである。したがって,B点からD点までの曲線部分のみに基づいて,先行製品の脚口パーツが前方に突出する形状であるか否かを論じる原告の主張は失当である。

別紙3●(省略)●

エ 原告の主張について

(ア)原告は,先行製品において対比の対象とすべき湾曲部分の形状は,パターンでの形状ではなく,足刳り形成部全体にギャザー部が形成された状態を保ったまま平面に展開したときの形状であるとするが,そのようなことは特許請求の範囲には記載されていないし,発明の詳細な説明や図面を参酌しても読み取ることはできない。特許請求の範囲,発明の詳細な説明,及び図面を素直に読む限り,本件発明は,パターンの形状か,人が着用した際の形状を問題にしていることは明らかである。

そもそも,縫合後の各部の寸法関係を平面上の寸法関係に置き換ること自体不可能であるし,仮に置き換えが成功したとしても,本件特許請求の範囲が,かかる特殊な方法まで要求して発明の範囲を画しているとは到底解釈できない。

なお,脚口パーツが身頃側に伸ばし縫いされているか否かとは関係なく,脚口パーツの断面形状は,脚口パーツの山の幅が湾曲部分の幅よりも大きければ別紙7【原告第4準備書面の別紙4】の図1(B)に示す形状となり,脚口パーツの山の幅が湾曲部分の幅以下であれば同図2(B)に示す形状となる。先行製品1ないし3の脚口パーツの山の幅は湾曲部分の幅よりも大きいことから,先行製品がG,Hを充足することは明らかである。

(イ)構成要件Gの「湾曲部分」が「前側の湾曲部分」であるとの原告の解釈によるとしても,先行製品にかかる,原告の「湾曲部分」の特定は,そもそも,B点から「両脇の最側部」(正面視において左右の最外部)のD点をもって「前側の湾曲部分」とする根拠が不明である上,着用させるマネキンの大きさや,着用状態によって,両脇の最側部の位置が容易に変わり得るものであるから,信用できない。

(原告の主張)

ア 先行製品の公然性,及び,本件発明の構成要件のうち,構成要件G及びH以外の構成要件を先行製品が充足することは認める。

イ 先行製品において本件発明と対比の対象とすべき湾曲部分の形状は,パターンでの形状ではなく,足刳り形成部全体にギャザー部が形成された状態を保ったまま平面に展開したときの形状であり,その場合,先行製品は,構成要件G及びHを充足しない。

先行製品においては,脚口パーツが足刳り形成部全体にわたって伸ばし付けて縫い合わされており,その結果,縫合後の製品では,伸長した脚口パーツがもとの状態に戻ろうとするため,それに合わせて身頃側の生地が引っ張られて変形させられることになる。これを湾曲部分と山との関係についてみれば,別紙7の図2(A)に示すように,湾曲部分が引っ張られて変形して山の形状に倣うということであり,この結果,縫合後の負荷のかからない状態では,「湾曲部分の幅」が「山の幅」に一致するように変形させられるということであり,これは,先行製品が構成要件Gを充足しないことを意味する。

ウ 先行製品は,人体の前側に位置する部分で構成要件Gを充足しないため,少なくともこの部分において脚口パーツが「前方に突出する形状」になっているとはいえず,構成要件Hを充たさない。

先行製品において脚口パーツが突出しているのは,帯状の脚口パーツを閉じた曲線に沿って縫い付けた場合に,別紙7の図2(B)に示すように,内外の曲率の差に起因してあたかも帯状の脚口パーツが突出しているかのような状態になること,また,先行製品では,脚口パーツを伸ばし付けて身頃側の生地に縫い付けているため,縫合後の負荷のかからない状態では,脚口パーツがもとの状態に戻ろうとして巾着の口を縛ったように足刳り形成部の周辺が絞り込まれることによるものであり,本件発明とは別の作用によるものであるから,先行製品は構成要件Hを充足するとはいえない。

エ 仮にパターン図を対比の対象とした場合であっても,先行製品は構成要件Gを充足しない。

前記のように,構成要件Gにおける「湾曲部分」とは「前側の湾曲部分」の意味であり,「湾曲部分の幅」とは,「前側の湾曲部分」の下端開放部を閉塞するように引いた直線の長さ及びそれと平行な任意の直線により「前側の湾曲部分」を切ったときの切り口の長さをいうものと解される。

そうすると,先行製品1(PO4227)の着用状態における最側部に対応する点をD点とすると,「前側の湾曲部分」に相当する部分は,別紙8【原告第4準備書面の別紙1ないし3】における「B点からD点までの曲線部分」となり,先行製品における湾曲部分の幅は「B点とD点とを結ぶ直線の長さ」(以下,このような2点間の直線長を「直線長B-D」などという)及び直線BDに平行な任意の直線(直線X1ないしX3)により「前側の湾曲部分」を切ったときの切り口の長さとなる。

また,脚口パーツにおける「山」に相当するのは,脚口パーツにおいてB点,D点に相当する部分をそれぞれb点,d点とすると,「b点からd点までの曲線部分」となり,「山の幅」に相当するのは,「直線長b-d」及び直線X1ないしX3に対応する直線x1ないしx3の長さである。(直線x1ないしx3は,その両端の2点が「湾曲部分」における直線X1ないしX3の両端の2点にそれぞれ縫い付けられるという関係にある。)

以上を前提に,先行製品(M,L,LLサイズ)の「湾曲部分の幅」と「山の幅」を比較すると,対応する全ての位置で「湾曲部分の幅」>「山の幅」となるから,いずれも構成要件Gを充足しない。

仮に先行製品における両脇の最側部の位置が,別紙9【原告第6準備書面の別紙1ないし3】におけるD’及びd’の位置である場合,すなわち最側部が別紙8におけるD及びdよりもE及びe側にずれた場合でも,別紙9のとおり,赤線より上側において「湾曲部分の幅>山の幅」の関係は充たされるものであり,このことは,最側部が別紙8におけるD及びdよりもC及びc側にずれた場合も同様であるから,いずれにしても,先行製品は構成要件Gを充足しない。

なお,被告らが先行製品の「足刳り形成部の湾曲部分の幅」及び「山の幅」であるとして特定している部分は,明らかに人体の後ろ側にまで及んでいるから,構成要件Gの「湾曲部分の幅」及び「山の幅」に相当するものではなく,不適当である。

(8)争点5(無効理由(進歩性欠如)の有無)

(被告らの主張)

仮に本件発明の構成要件と先行製品の構成との間に相違点があるとしても,本件発明は,公然実施された先行製品に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり(特許法29条2項及び1項2号),特許を受けることができないものであるから,特許無効審判により無効にされるべきもの(同法123条1項2号)であり,原告の被告らに対する本件特許権に基づく権利の行使は許されない(同法104条の3第1項)。

ア 設計事項

伸ばし縫いの有無により本件発明と先行製品に係る発明とが構成要件G,Hにおいて相違するとしても,伸ばし縫いをするか否かや,いかなる生地を用いるかは,当業者が適宜選択し得る設計事項であり,先行製品において伸ばし縫いをしないようにして(例えば伸ばし縫いが不要となるようテンセルを他の生地に変更するなどして)本件発明の構成を得ることは,当業者が容易に想到し得たことである。したがって,本件発明には進歩性がない。

イ 先行製品及び乙18発明に基づく進歩性欠如

(ア)乙18の特許公報には,その記載事項及び図示内容からみて,少なくとも次の発明が記載されていると捉えることができる(以下,乙18の特許公報を「乙18公報」,乙18公報に記載の発明を「乙18発明」という。)。

「大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた腰部布6と,この腰部布6に接続され臀部を覆うとともに腰部布6の足刳り形成部に連続する足刳り形成部を有したヒツプ布8と,腰部布6とヒツプ布8の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する脚部布7とを有し,腰部布6と脚部布7において互いに縫合される後部接合点A1,A2からカーブ終点E1,E2までの間では,脚部布7の凸状の緩いカーブ14の高さが腰部布6の凹状の深いカーブ11の深さよりも低く,また,腰部布6の凹状の深いカーブ11の幅よりも脚部布7の凸状の緩いカーブ14の幅が広くなり,取り付け状態で筒状の脚部布7が腰部布6に対して前方に突出する形状となるパンテイガードル1。」

そして,乙18公報の「腰部布6」は,その構造及び機能からみて,本件発明の「前身頃」に相当し,乙18公報の「ヒツプ布8」は本件発明の「後身頃」に,乙18公報の「脚部布7」は本件発明の「大腿部パーツ」に,乙18公報の「パンテイガードル1」は本件発明の「下肢用衣料」に,それぞれ相当し,また,乙18公報の第1図に示されている脚部布7において後部接合点A2と終点E2とを結んだ線より上側の部分が,本件発明における「山」,乙18公報の第1図に示されている腰部布6の凹状カーブ11において後部接合点A1から終点E1までの部分が,本件発明における「湾曲(部分)」に相当する。

よって,本件発明と乙18発明は,次の一致点で一致し,相違点1,2で相違する。

(一致点)

「大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた前身頃と,この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と,前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有し,前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし,前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し,取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する形状となることを特徴とする下肢用衣料。」

(相違点1)

本件発明では,前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置するのに対して,乙18発明では,腰部布6の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置するか否か不明である。

(相違点2)

本件発明では,後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置するのに対して,乙18発明では,ヒツプ布8の足刳り形成部の下端縁が臀部の下端付近に位置するか否か不明である。

すなわち,本件発明と乙18発明は,本件発明の構成要件AないしIのうち,構成要件AないしC,FないしIで一致し,構成要件D,Eで相違するのであり,乙18公報に,構成要件G,Hが開示されているのは明らかである。

(イ)適用の動機付けについて

① 技術分野の関連性

本件発明は,大腿部を覆う形状のインナーやスポーツウエア等の下肢用衣料に関するものである(本件明細書【0001】)。

また,先行製品はショーツに関し,乙18発明は,パンテイガードルの他,パンテイストツキング,シヨーツ,パンテイ,ロングパンテイガードル等,要するにヒツプ2山部のような膨出部があるものの如くパンテイガードルの類似品にも応用できるものであるから,本件発明と,先行製品及び乙18発明とは,その技術分野が同一であるか,少なくとも近接したものである。

② 課題の共通性

本件発明は,運動に適した下肢用衣料を提供することを目的とする(本件明細書【0006】)のに対し,先行製品も,運動に適したショーツを提供することを目的としており,乙18発明も,運動に適したショーツを提供することを目的としている。したがって,本件発明と,先行製品及び乙18発明とは,解決しようとする課題が共通している。

③ 作用,機能の共通性

本件明細書の【0011】には,本件発明の作用,機能として,屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる点が挙げられている。

先行製品は,屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる,という作用,機能を発揮するものであり,乙18発明も,屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく,体にかかる負担が少なく円滑に運動することができる,という作用,機能を発揮するものである。

したがって,本件発明と,先行製品及び乙18発明とは,その作用,機能も共通している。

④ 適用について

上記のように,本件発明と,先行製品及び乙18発明とは,技術分野が関連し,課題及び作用,機能の面でも共通するから,先行製品を主引用発明とし,これに乙18発明を副引用発明として適用し,本件発明の構成を得ることは,当業者が容易に想到し得たことである。このことは,乙18発明を主引用発明にし,かつ,先行製品を副引用発明にした場合についても同様である。

ウ 原告の主張について

(ア)乙18公報の4頁8欄24ないし29行には,「なお,上記実施例では専らパンテイガードルに関して詳説しているけれども,本発明はその他パンテイストツキング,シヨーツ,パンテイ,ロングパンテイガードル等の如く,要するにヒツプ2山部のような膨出部があるものの如くパンテイガードルの類似品にも応用できるものである。」と記載されており,乙18発明が,「矯正」や「補正」を目的としたものではないショーツ等に応用可能であることが開示,示唆されている。

したがって,乙18発明が,ファンデーション製品以外を対象外としている旨の原告の主張は失当である。また,本件明細書【0001】,【0034】の記載からすれば,本件発明が「ファンデーション製品」を意図的に排除しているとは認められず,本件発明と乙18発明,乙29に記載された発明とは本来的な技術的思想が相違するとの原告の主張はやはり失当である。

(イ)「直線長A1E1<直線長A2E2」であることは乙18公報の第1図から明らかである。

乙18発明においてE1,E2は縫製時に相互に接合されるが,参考図1の引用元である乙18公報の第1図において,E1点は,二点鎖線で示された凸状カーブ14上にあるはずの図外のE2点とは重ならない位置にあるので,参考図1において,二本の緑色の直線の長さは本来同じであるはずという原告のとる前提は,そもそも誤りである。

また,参考図2に示された赤色の直線を,少なくとも「山の幅」を指すと解すべき根拠はないから,上記赤色の直線が「山の幅」であることを前提とし,乙18発明においては必ず「前身頃部分」において「湾曲部分の幅」と「山の幅」とが等しくなるとする原告の主張には理由がない。

さらに,湾曲部分の幅=山の幅とした場合,参考図2において黄色で示された空間の上側を占める曲線部分(腰部布6の下端縁10の一部)に対し,下側を占める曲線部分(脚部布7の上端縁13の一部)はカーブが緩い分だけ短くなるので,原告が主張するように両者を縫合するとした場合,上側の曲線部分に対して下側の曲線部分を伸ばし縫いすることになる。

しかし,乙18発明の出願経過を示すといえる乙29の2頁右下欄5行ないし下から5行には,「即ち,切替え線(1a)(2a)の後部接合点をそれぞれA1,A2とすると,このA1,A2点は第2図(Ⅱ)に示す臀溝線(B)の概ね中央に位置し,ここを出発点として,人体屈曲時に画かれる関節部の線(C)(第2図参照)に沿って,横方向に切替えられ,前身頃部分において,腰部布(1)の切替え線(1a)が深いカーブ(R)とされ,脚部布(2)の切替え線(2a)が緩いカーブ(R1)とされ,両者の部分に空間(D)が形成されて切替え線(2a)の長さに不足部分があるようにしてあり,これを,切替え線(1a)(2a)の前股部での接合部E1,E2点となるようにして補正している。」と記載されている。

そして,乙29の4頁の第1図に照らせば,この記載からは,A1点からE1点まで延びる腰部布(1)の切替え線(1a)を前身頃部分において深いカーブとするのに対して,A2点からE2点まで延びる脚部布(2)の切替え線(2a)を前身頃部分において緩いカーブとし,かつ,カーブの深浅(緩急)によって必然的に生じる切替え線(1a)(2a)の長さの違いを補正するために,E2点をE1点よりも左側に寄せ,「直線長A1E1<直線長A2E2」としてあることが読み取れる。また,この記載からは,上記のような伸ばし縫いをすることは意図していないことも窺える。そして,これらのことは,乙18発明においても当然に当て嵌まると考えられる。

したがって,「乙18発明は,人体の前側に位置する部分において,「湾曲部分の幅=山の幅」とするものであり,本件発明の構成要件Gを充足しない。」との原告の主張は失当である。

(原告の主張)

ア 乙18発明及び乙29に記載の発明は,「ファンデーション製品」(乙18の1頁2欄15行,乙29の1頁右下欄3行)を対象とするものであり,人体の「矯正」や「補正」といった点に主眼が置かれているのに対し,本件発明は,人体の「矯正」や「補正」を目的としたものではなく,先行製品も,人体の「矯正」や「補正」を目的としたものではない。

したがって,先行製品と乙18発明及び乙29とは技術的思想を異にするものであり,これらを組み合わせる動機付けはない。

また,もともと先行製品は,伸ばし縫いをして大腿部を締め付けることを目的としたものであり,伸ばし縫いを重要な構成要素としていることから,本件発明のように,伸ばし縫いを行わない設計に変更する動機付けはないものである。さらに,先行製品は,脚口パーツが大腿部を強く押さえ付けることになるため,屈伸運動の際に大腿部にかかる生地の抵抗が大きくなるものであり,また,身頃側の伸縮性を良くするために足刳り形成部全体にわたってギャザー部を設けるという発想に立ったものであり,「素材の伸びに頼っている」(本件明細書【0002】)点で従来技術の発想の域を出ないものである上,もともと身頃側の生地が脚口パーツに比べて足刳り形成部に沿う方向に伸びにくいという問題に対処しようとしたものであるという点で,目的ないし解決すべき課題という点において本件発明と相違するものである。

以上のとおり,先行製品は,本件発明の作用効果を奏さず,思想的に本件発明と相違するものであるから,これを本件発明のように構成しようとする動機付けはない。

イ 被告らが,乙18発明が本件発明の構成要件Gを充足する,つまり,「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」ていると主張する根拠となる特許図面は,そもそも設計図面ではないから,長さを実測して比較すること自体失当であり,実際に,二本の緑色の直線の長さは本来同じであるはずであるのに,実測すると,参考図1に示すとおり,「上側の緑色の直線の長さ(14.0cm)<下側の緑色の直線の長さ(14.7cm)」となっているように,図として不正確なものである。

【参考図1】

そして,乙18公報のどこにも「直線長A1E1<直線長A2E2」とすることは記載されていないことから,乙18発明が本件発明の構成要件Gを充足するとの被告らの主張は失当である。

むしろ,乙18発明において「上方に凹状の深いカーブ11」及び「上方へ緩い凸状のカーブ14」は互いに接合されるものであることから,この部分において,「湾曲部分の幅」と「山の幅」は等しくなるものである。そして,前記各カーブは,腰部布6の下端縁10及び脚部布7の上端縁13のうちの「前身頃部分」である。

ここで,乙18公報において,「前身頃部分」と「腰部布6」とが用語として使い分けられていることを踏まえると,この「前身頃部分」とは,「腰部布6」のうちの,人体の前側に位置する部分を指していると解される。

【参考図2】

したがって,乙18発明は,人体の前側に位置する部分において,「湾曲部分の幅=山の幅」とするものであり,本件発明の構成要件Gを充足しない。

なお,乙18公報には,「A1,A2点は第2図Ⅱで示す臀溝線Bの概ね中央に位置し」(第3頁第5欄第31ないし32行)と記載されており,これらは明らかに人体の後側に位置するものであるから,A1,A2点とE1,E2点とをそれぞれ結んだ線で区画される被告ら主張の各部分は,本件発明の構成要件F及びGにおける「湾曲(部分)」及び「山」に相当しない。

よって,乙18発明及び先行製品のいずれも本件発明の構成要件Gを有していないから,これらを組み合わせても本件発明の構成に到達しない。

また,人体の前側に位置する部分において「湾曲部分の幅=山の幅」とすることが乙18発明の中核的な技術的思想である以上,それを変更して本件発明のように構成することの動機付けは全くないから,本件発明は,先行製品及び乙18発明に基づいて容易に想到し得たものではない。

ウ 被告らの主張について

被告らが引用する乙29の2頁右下欄5行ないし下から5行の記載は,公告公報が発行されるまでの過程で削除された記載であり,乙18公報には,それに代えて,「腰部布6の下端縁10の凹状カーブ11と脚部布7の上端縁13の凸状カーブ14は展開されたとき三ケ月形の空間即ち第1図鎖線Dが形成され,この部分を互いに縫着等によって接合され,その接合線はそれぞれ人体屈折時の形態に沿っている。」(乙18の3頁5欄23行ないし28行。下線は原告が付加)と記載されている。

また,乙18公報の第1図と乙29の4頁左上欄の第1図とは,全く別個の構成について記載しているといえるほど相違していることからしても,乙29の記載を参酌して乙18発明を理解すべき理由はないものである。

なお,仮に乙29の記載を考慮したとしても,かかる記載だけでは,人体の前側に位置する部分において互いに縫合する箇所が明らかではなく,構成要件Gにいう「湾曲部分の幅」及び「山の幅」がすべての対応する関係においてどこに相当するのかを把握することができないことから,構成要件Gを充足するとはいえないものである。

(9)争点6(特許法102条2項の適用の可否)

(原告の主張)

ア 特許法102条2項の適用要件

特許法102条2項を適用するに当たって,「侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり(平成25年2月1日知財高裁大合議判決),特許発明を実施していることは要件とすべきではない。

イ 被告らによる本件特許権侵害行為がなければ利益が得られたであろうという事情の存在

(ア)原告製品と被告製品が代替関係ないし競合関係にあること

原告製品及び被告製品の特徴は,いずれも,①脚口の部分が前方に突出するように構成されているとともに,②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないようになっている,③女性用一分丈ショーツ,という点にあることから,代替関係ないし競合関係にある。

(イ)被告製品の購入動機

楽天市場における被告タカギの通販サイトに掲載されたユーザーレビューによれば,被告製品の購入動機として原告(トラタニ)の製品からの乗り替わりを挙げる需要者が数多く存在していることが分かる。これは,被告製品の販売によって原告の利益が直接奪われていることを示すものである。

(ウ)販売形態の同一性

原告及び被告らは,いずれも自社ウェブサイトだけでなく,楽天市場にもウェブサイトを開設し,それらを通じて販売している。

(エ)価格差

原告製品と被告製品との間には若干価格差があるが,甲26製品は,楽天ボックスショーツランキングにおいて166週1位(2013年5月15日ないし2016年8月21日)という販売記録を有しており,これは被告らによる楽天市場を通じた被告製品の販売がなされるなかで達成されたものであるから(上記のとおり,被告らはいずれも楽天市場において被告製品を販売している),両者の価格差は原告製品と被告製品とが市場において競合する上で妨げにならない。

(オ)原告製品の販売状況

原告は,平成21年5月には甲22製品,甲23製品の販売を開始し,平成25年5月頃には,甲26製品の販売を開始し,いずれについても,現在も継続して販売している。

甲22製品は平成26年4月3日から同年8月26日まで販売を中断し,甲23製品は平成26年5月3日から同年8月28日まで販売を中断した。

ただし,甲22製品,甲23製品の販売中断期間中も,甲26製品の販売は継続しており,原告に逸失利益が生じていることに変わりはない。

(カ)小括

以上のとおり,原告には,被告製品の販売がなかったならば利益が得られたであろうという事情が認められることから,特許法102条2項の適用がある。

(被告らの主張)

ア 特許法102条2項の適用要件

特許法102条2項は,侵害者の利益を特許権者の損害と推定するものであり,特許権者が当該特許発明を実施し,侵害品と競合する製品を販売していることが適用の前提である。

原告が本件発明を実施しておらず,被告製品と市場において競合する製品を販売していない以上,特許法102条2項に基づく損害主張は前提において失当である。

本件は,特許権者が日本に本拠を有する者であるという点で,平成25年2月1日知財高裁大合議判決とは事案を異にするものであるから,同判決の判断基準を適用すべき事案ではない。

イ 被告らによる本件特許権侵害行為がなければ利益が得られたであろうという事情がないこと

(ア)原告製品と被告製品は競合関係にはないこと

①ないし③が原告製品及び被告製品の特徴であるとする原告の主張は争う。

・①について

被告製品の脚口の部分が前方に突出するように構成されているのは,本件発明の構成によるのではなく,公知・周知技術によるものであるから,被告製品の特徴には当たらない。

・②について

原告は,甲22製品,甲23製品の説明において,「ゴムを使っていないので若干上がりますが」と記載し,甲22製品,甲23製品ではずり上がりが生じることを認めているのであるから,②を原告製品の特徴とするのは誤りである。

・③について

女性用一分丈ショーツはありふれた形態に過ぎず,商品の特徴になりうるものではなく,被告らは,被告製品が女性用一分丈ショーツであることを特に謳っていない。

(イ)被告製品の購入動機

原告のいうレビューは,被告製品の販売が原告の利益を直接奪っていることを示すものではなく,購入した原告製品に不満や失望を覚え,乗り換えようとする需要者が多いことを示すものにすぎない。

(ウ)販売形態が異なること

被告製品は,ネット販売及び通販に加え店頭販売が行われているのに対し,原告製品はネット販売及び通販のみで販売されており,店頭販売は行われていない。

(エ)価格差が大きいこと

甲22製品及び甲23製品の販売価格は2500円であり,ショーツとしては非常に高価格であるから,少なくともこれら製品と被告らの各製品とは対応関係にないのは明らかである。

(オ)原告製品の販売状況

甲22製品についてのレビュー数の状況からすると,遅くとも平成25年12月26日から平成27年5月25日の間,原告は甲22製品を販売しておらず,この間は甲22製品の販売により利益を得られる状況ではなかった。また,同日以降甲22製品を販売していたとしても,その数は極めて少なかったと考えられる。

また,甲23製品についてのレビュー数の状況からすると,遅くとも平成25年3月21日から平成27年4月19日の間,原告は甲23製品を販売しておらず,この間は甲23製品の販売により利益を得られる状況ではなかった。また,同日以降甲23製品を販売していたとしても,その数は極めて少なかったと考えられる。

また,甲26製品は,平成25年4月以前には販売されておらず,原告が同製品の販売により利益を得られる状況にはなかった。

(カ)他の競合品の存在

ショーツ自体,国内で大量に販売され,市場に流通する物品であって,原告製品と同じく「お尻がはみ出さない」「脚口部分が巻き上がらない」との効果を期待して消費者が購入しうる商品も大量に存在することから,本件においては,被告らが被告製品を販売していなくても,原告が甲22製品,甲23製品,甲26製品の販売により利益を得られない蓋然性は高く,「侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情」は認められない。

(キ)以上に加え,本件では,被告製品の販売により,甲22製品,甲23製品,甲26製品の販売が減少したことについて具体的な主張立証はなく,かえって,甲26製品については,平成25年から平成26年にかけて売上げが増加し,平成26年から平成27年にかけては,少なくとも売上げの減少はないものと推認されることから,特許法102条2項の適用は認められない。

(10)争点7(原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲)

(原告の主張)

ア(ア)平成22年4月28日知財高裁判決は,①特許権が共有に係る場合は,特許権侵害行為による損害額は実施割合に応じて算定されるべきであり,この理は特許法102条2項による場合も同様であること,②一方の共有特許権者が不実施で他方の共有特許権者のみが実施している場合には,不実施の共有特許権者は特許法102条3項の損害賠償請求権を有しているが,同人が同損害賠償請求権を他方の共有特許権者に譲渡し,その旨の対抗要件が具備されたときは,上記他方の共有特許権者が特許権侵害に基づき請求し得る損害額は,侵害者が侵害行為によって得た利益の全額となること,を判示している。

(イ)本件特許権は原告と株式会社ゴールドウインテクニカルセンター(以下,「ゴールドウインテクニカルセンター」という。)との共有に係るところ,ゴールドウインテクニカルセンターは,被告製品と競合する製品を製造販売しておらず,第三者に実施許諾を行ったこともない。被告製品と競合する製品を製造販売しているのは原告のみである。

ゴールドウインテクニカルセンターが被告らに対して有する損害賠償請求権は原告に債権譲渡され,その旨は内容証明郵便により被告らに通知された(甲24及び25)。これにより債権譲渡の対抗要件は具備された(民法467条)。

以上より,原告が特許法102条2項に基づき被告らに請求し得る損害額は,被告らが被告製品を製造販売したことによって得た利益の全額となる。

イ 本件で原告が行使するのは,原告固有の損害賠償請求権のみであり,ゴールドウインテクニカルセンターから譲り受けた損害賠償請求権を行使するものではない。

なお,原告は,警告書を被告タカギに送付した事実については,株式会社ゴールドウイン及びゴールドウインテクニカルセンターのいずれにも知らせていない。

(被告らの主張)

ア 共有に係る特許権の侵害者に対しては,各共有者は,持分割合によって按分した額についてのみ損害賠償請求権を行使できる。原告とゴールドウインテクニカルセンターの持分割合は2分の1と推定されることから,原告は,被告らが得た利益のうち,その持分である2分の1に当たる金額についてのみ損害賠償請求権を行使できるものというべきである。

本件においては,不実施の共有特許権者であるゴールドウインテクニカルセンターの被告らに対する平成25年6月30日以前に発生した損害賠償請求権が時効により消滅している点で平成22年4月28日知財高裁判決とは事案を異にするものであり,少なくとも平成25年6月30日以前に発生した被告らに対する損害賠償請求権との関係においては,知財高裁判決の判断が適用されるものではない。

イ 時効の援用

ゴールドウインテクニカルセンターは,平成23年6月には被告らがイ号製品及びロ号製品を販売していたことを認識し,その頃損害及び加害者を知ったものであって,平成28年7月1日付け訴えの変更申立てによる請求までに3年が経過している以上,平成25年6月30日以前に発生したイ号製品及びロ号製品に関するゴールドウインテクニカルセンターの被告らに対する損害賠償請求権は時効により消滅していることから,被告らは消滅時効を援用する。

仮に,平成23年6月頃に損害及び加害者を知ったものとはいえないとしても,ゴールドウインテクニカルセンターは,平成23年12月26日,原告とともに本件特許にかかる訂正審判請求を行っているところ,原告はゴールドウインテクニカルセンターに対し,遅くとも同日時点までに,被告らに警告書を送付した旨を報告したものと思われる。したがって,ゴールドウインテクニカルセンターは遅くとも同日までに被告らがイ号製品及びロ号製品を販売していたことを認識していたものである。

(11)争点8(被告らが得た利益額(102条2項))

-省略-

(12)争点9(推定覆滅事由の存否)

-省略-

(13)争点10(原告に生じた損害額)

-省略-

5.裁判所の判断

1 本件発明について

本件発明は、大腿部を覆う形状とするインナー等の下肢用衣料に関するものであり(本件明細書【0001】)、従来のスパッツ類は、基本が直立姿勢に合わせたパターンであるため、股関節の屈曲運動への追従は不十分であり、臀部には生地が伸びて張力が発生して圧力がかかり、大腿部にも押さえられる方向に力がかかり、運動を妨げる抵抗が身体に生じていたとの課題があった(同【0004】、【0005】)ことから、股関節の屈伸運動が円滑に行われ、運動に適した下肢用衣料を提供することを目的とするものである(同【0006】)。そして、本件発明は、大腿部が挿通する開口部の湾曲した足刳りとなる足刳り形成部を備えた前身頃と、この前身頃に接続され臀部を覆うとともに前記前身頃の足刳り形成部に連続する足刳り形成部を有した後身頃と、前記前身頃と前記後身頃の各足刳り形成部に接続され大腿部が挿通する大腿部パーツとを有する構成とした上で、前記「大腿部パーツの山」の高さが「前記足刳り形成部の前側の湾曲」深さよりも低い形状とされ、「前記足刳り形成部の湾曲部分」の幅よりも「前記山」の幅が広く形成されること、すなわち、特定の範囲において、足刳り形成部の湾曲部分の高さ及び幅と、山の高さ及び幅との関係が前記のとおりに保たれることによって、足刳り形成部に取り付けられた筒状の大腿部パーツが、前身頃に対して前方に突出する形状となり、それにより、本件発明の下肢用衣料は、大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状に作られ、股関節の屈伸運動に対して生地の伸張が少なく、生地にかかる張力が小さい状態で運動を行うことができ、屈伸運動等の際に生地による抵抗が少なく、体にかかる負担が少なく円滑に運動することができるというものである(同【0011】)。

2 争点1-ア(構成要件Dの充足性)について

(1)「腸骨棘点付近」の意義

ア 構成要件Dは、「前記前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置し」というものである。

まず、「腸骨棘」の意義について、原告は、上前腸骨棘と下前腸骨棘の両方を指すものであると主張し、被告らは、上前腸骨棘のみを指すものであると主張する

この点について、医学大辞典(甲5)では、「腸骨棘」とは「腸骨にある4つの棘」とされ、上前腸骨棘、上後腸骨棘、下前腸骨棘と下後腸骨棘があるとされている。また、JISZ8500(乙1)では、「腸きょく(棘)点」とは、「上前腸骨きょく(棘)…の最も下縁の点。」とされている。しかし、前者については、本件発明の「腸骨棘」に人体の後ろ側にある上後腸骨棘と下後腸骨棘が含まれないことは明らかであるものの、残る2つの棘のどれを意味するかは直ちに明らかでなく、後者については、「腸骨棘点」の意義を直ちに明らかにするものではない。

そこで、本件明細書の記載を踏まえて検討するに、本件明細書の実施例に関する記載には、「前身頃12の足刳り形成部24は、図1に示すように、股底点脇から上方に延出して足の付け根の腸骨棘点a付近を通過し、大腿部外側上方の転子点b付近の上方を通過して湾曲し、後側下向きに延出して、後身頃14の足刳り形成部32に連続する。」、「足刳り形成部24の一番高いところは腸骨棘点a付近である。」(【0026】)、「足刳りのパターンの形状の工夫により、身体の腸骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため、着用時に股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく、疲れにくいものである。」(【0027】)との記載がある。これからすると、前身頃の足刳り形成部の湾曲した頂点が腸骨棘点付近に位置する構成は、股関節の前方への屈曲に対して生地の抵抗を少なくすることに作用するものと認められるから、足刳り形成部の頂点が位置する「腸骨棘点付近」は、股関節の屈曲に伴う筋肉の動きに沿う位置、すなわち、屈曲した股関節の付け根部分の位置に位置づけられるべきものである。

ところで、証拠(甲6、甲7、甲13、乙13、乙14、乙30)によれば、人体においては、上前腸骨棘を起点として大腿筋膜張筋及び縫工筋が走行し、下前腸骨棘を起点として大腿直筋が走行しており、これらの筋肉が収縮することにより股関節が屈曲させられるという関係にあること、大腿直筋は、これらのうち最前面にある筋肉であること、縫工筋は、上前腸骨棘から大腿骨を回り込むように走行している筋肉であり、大腿筋膜張筋とともに股関節の屈曲に強く作用するものであること、上前腸骨棘は下前腸骨棘よりも、前方かつ上方に位置すること、以上の事実が認められる。

これらの事実からすると、大腿直筋は大腿部の最前面に位置する筋肉であるところ、股関節の屈曲の程度が浅い場合には、大腿直筋、大腿筋膜張筋及び縫工筋のいずれも収縮するが、屈曲の程度が浅いことから収縮の程度も小さく、大腿直筋よりも後方にある大腿筋膜張筋及び縫工筋が大腿直筋よりも前方まで隆起するには至らず、結果として、大腿直筋の起点である下前腸骨棘付近が、屈曲した股関節の付け根というべき位置にくるものと認められる。

他方、股関節の屈曲の程度が深い場合には、上前腸骨棘付近を起点とする大腿筋膜張筋及び縫工筋が大きく収縮することにより、もともと大腿部の最前面に位置していた大腿直筋よりも前方まで隆起することとなる結果、大腿筋膜張筋及び縫工筋の起点である上前腸骨棘付近が、屈曲した股関節の付け根というべき位置にくることが認められる。

なお、本件明細書では、「足を前に上げたりしゃがんだりして、股関節を大きく屈伸することが多いスポーツ種目では、より身体の動きに対応した形状が求められていた」(【0004】)と記載されているように、股関節を深く屈曲した場合に、身体の動きに対応した形状とすることも解決課題とされていることに加え、本件明細書中には、本件発明が浅い屈伸運動の場合のみを対象とするような記載もないことからすれば、本件発明は、想定する股関節の屈曲の程度を限定するものとは認められない。

そして、前記のような本件発明の作用効果は、足刳り形成部の頂点が屈曲した股関節の付け根部分付近に設定されることにより実現されるものであるところ、足刳り形成部の湾曲の頂点が、上前腸骨棘付近又は下前腸骨棘付近のいずれかに位置すれば、少なくとも、浅い屈曲姿勢をとった場合又は深い屈曲姿勢をとった場合のいずれかにおいて、股関節の屈曲に伴う筋肉の動きに沿うこととなり、それによって、股関節の屈伸運動に対する抵抗が少なくなり、屈曲姿勢に適合する形状が実現されるというべきである。

したがって、「腸骨棘点付近」とは、上前腸骨棘付近及び下前腸骨棘付近のいずれをも含むものと解すべきである

ただし、被告らが主張するとおり、本件明細書【0026】において、「腸骨棘点」は「転子点」と異なる概念として使用されていることからすれば、下前腸骨棘点よりも転子点寄りの位置は、「腸骨棘点付近」には当たらないと解すべきである

イ 被告らの主張について

(ア)被告らは、構成要件Dにおいては、単に「腸骨棘付近」とされるのではなく、「腸骨棘点付近」とされていることから、これが示す範囲は限定的に解すべきであり、いずれも含むと解することはできず、「腸骨棘点」は上前腸骨棘の一点を指すものであると主張する

しかし、被告らが主張するように、「点」という語が狭い範囲を示す際に使用されるのが一般的であるとしても、構成要件Dにおいては、「点付近」とされており、「付近」とは「近い辺り」(広辞苑第6版)を意味する用語であることを踏まえれば、「点付近」を一定の幅のある範囲を示すものと解するのが自然であるから、「腸骨棘点付近」を上前腸骨棘付近及び下前腸骨棘付近のいずれをも含む概念と解することは、何ら語意に反するものではない

(イ)また、被告らは、股関節を屈曲した場合には、上前腸骨棘を起点とする縫工筋が収縮し、必ずこれが下前腸骨棘よりも前面に出ることから、下前腸骨棘の位置に屈曲部が形成されることはないと主張する。

しかし、縫工筋と大腿直筋の位置関係からして、ごく浅い屈曲の場合に、縫工筋が収縮して、もともと最前面にある大腿直筋よりも前面にくるとは考え難いのであり、この場合には、もとの位置関係のとおり、大腿直筋が大腿部の最前面に位置し、その筋肉の起点である下前腸骨棘付近が大腿部の屈曲部の付け根となると解するのが合理的であるから、これに反する被告らの主張を採用することはできない。

(ウ)さらに被告らは、深く屈曲した場合には、本件明細書【0011】の作用効果は生じないことから、深く屈曲した場合を前提として構成要件Dの文言を解釈する原告の主張は失当であると主張する。

しかし、前記の本件明細書【0004】の記載等からして、本件発明が股関節の屈曲の程度を限定するものでないのは前記のとおりであるから、深い屈伸運動の際には本件発明の作用効果が生じないとする被告らの主張を採用することはできない。

(エ)また、被告らは、本件明細書【0027】の記載を引用し、実施例において、腸骨棘点aは少なくとも下前腸骨棘の位置を指しておらず、下前腸骨棘から前方に延びるように立体方向性を確保することは、本件発明の狙いから外れるものと主張する。

しかし、被告らが引用する【0027】には、「軽く前屈みになった姿勢」の場合と、「深く屈む動作をするとき」のいずれにも言及しているのであり、前記のとおり、軽く屈んだ場合には、下前腸骨棘付近が大腿部の屈曲の付け根となるのであるから、この点に関する被告らの主張を採用することはできない。

(2)被告製品の構成要件Dの充足性

ア 構成要件Dは、着用状態において本件発明の足刳り形成部の湾曲した頂点がくるべき位置を特定したものであるところ、もともと人体には個体差があり、それに応じて着用状態において当該頂点がくるべき位置にも差が生じ得るものであることからすれば、構成要件Dを充たさないケースが1件でも存在すれば、構成要件Dを充足しないとすることは相当ではない

したがって、構成要件Dの充足性については、着用者の身体的個体差を捨象し、被告製品の設計時に想定されたであろう着用状態を前提とした場合に、足刳り形成部の湾曲した頂点が、着用者の上前腸骨棘付近又は下前腸骨棘付近に位置する否かを検討すべきである。そして、この点については、人体における鼠径部ないし鼠径溝(以下「鼠径溝」という。)が、「お腹側の足の付け根」として、上前腸骨棘と下前腸骨棘の間付近を通る部分とされる(甲20)ことから、被告製品が、脚口パーツと足刳り形成部との縫合線(以下、単に「縫合線」ということがある。)が鼠径溝に沿うように着用することを想定したものか(原告)、鼠径溝よりも下方に位置するように着用することを想定したものか(被告ら)につき争いがある。

イ 被告製品の広告宣伝においては、「足の付け根まで超立体化」、「脚口らくらく」(甲3の1)、「脚口がこんなにも立つんです」(甲4の1)、「脚口部分が太ももの付け根に合うようにオリジナル立体パターンを採用し、動いてもずれ上がりにくいようになっています」(乙15)との宣伝文句が使用されている。

以上のとおり、被告製品は、それ自体、着用者の身体の線に沿う立体的な形状となるように設計され、それによって、ずれ上がりを防止するという効果を生じさせるものと宣伝されていることからすると、これを着用者の身体の線に合わせて着用することを前提としているものと解するのが合理的である。

そして、宣伝文句によれば、脚口部分が太ももの付け根に合うように設計されているというのであるから、被告製品は、脚口パーツの上端部分が鼠径溝に沿うように着用した状態が、着用者の身体の線に沿う着用状態であるというべきである。また、このことは、被告製品が本件明細書の【0011】に記載されている作用効果を有するものであること(前提事実(7))にも沿うものである。

したがって、被告製品は、縫合線を鼠径溝に沿うように着用することを想定したものと解するのが相当である

そして、証拠(甲21)及び弁論の全趣旨によれば、原告が、服作りの際に使用されるボディ・フォームと呼ばれるボディを用い、縫合線がその鼠径溝に沿うように被告製品を着用させた上で、足刳り形成部の湾曲の頂点の位置を測定する実験を実施した結果、被告製品の足刳り形成部の湾曲の頂点は、下前腸骨棘付近に位置するものであり、かつ、下前腸骨棘よりも転子点寄りではないことが認められる。

ウ 被告らの主張について

(ア)被告らは、被告製品では、腰部脇線が上下方向における中間位置辺りから下端にかけて、前方に徐々に立体的に迫り出すような構成となっているとし、そのことに伴い、縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように着用し、鼠径溝辺りが締め付けられることなくゆったりと着用することを想定したものであると主張する。

しかし、腰部脇線の下部が前方に徐々に迫り出すような構成となっているとしても、最も迫り出す腰部脇線の下端を鼠径溝に位置するようにする方が、鼠径溝の締め付けがより緩やかになるはずであるから、被告製品が上記のような構成になっていることは、縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように着用されるべき構成であるとの結論に直結するものではない。

そして、他に、例えば被告製品の説明書や開発資料において、縫合線を鼠径溝よりも下方にずらして穿くよう指示したり設計したりする記載があるなど、被告製品が、縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように着用されることを想定したものであることを認めるに足りる証拠はない。被告製品の開発担当者の陳述書(乙41)には、縫合線と鼠径溝との位置関係についての設計思想につき、被告ら主張に沿う内容の記載があるが、それを裏付ける的確な証拠はなく、これを採用することはできない。

(イ)また、被告らは、乙40を提出し、縫合線が鼠径溝付近に沿う形となる先行製品(PO4227)のパターンと被告製品のパターンを重ね合わせると、被告製品の足刳り形成部の頂点が先行製品よりも大きく下方に位置すると主張する。

しかし、後記のとおり、先行製品の足刳り形成部の形状は、脚口パーツが前身頃に対して伸ばし縫いされることにより、縫い合わせ後の形状がパターンの状態とは大きく変化するものであることから、パターンの比較結果をもとにした被告らの主張は採用できない。

(ウ)また、被告らは、縫合線が鼠径溝よりも下方に位置するように構成されたローレグタイプと呼ばれる下着が存在することを指摘するが、そもそも、被告製品がローレグタイプに属するものであると認めるに足りる証拠はないから、この点は前記認定を左右しない。

(エ)被告らは、3名の被験者に被告製品を着用させる実験を実施した結果(乙12)、いずれの被験者においても、足刳り形成部の湾曲した頂点は転子点付近又は転子点よりも下方に位置したことから、被告製品の構成は構成要件Dを充足しないと主張する。

しかし、前記説示のとおり、構成要件Dの充足性については、個別の実験結果によるのではなく、設計時に想定された標準的着用状態をもとに検討すべきである上、被告らにおいて行った3人のモニターの着用結果をもってそれが標準的な着用方法であるとも断定できないから、被告らによる実験の結果は、前記認定を左右しない。

(オ)また、被告らは、被告製品は、着用時に後身頃の上端が前身頃の上端よりも高くなるように設計されていると主張し、原告による実験においては、そのような着用方法が採られていないことを指摘する。

この点、被告らが主張するような着用方法によれば、被告製品の足刳り形成部の湾曲した頂点は、前身頃と後身頃の上端の高さに差が生じない態様で着用した場合に比して下方に位置することとなり、前記原告実験とは異なる結果となることが推認される。

しかし、別の製品については、被告らが主張するようなショーツの着用形態が見られる(乙32、33)が、これらと比べると、被告製品の広告写真(甲3及び4、甲30ないし36、乙15)において、被告らが主張するように、後身頃の上端が前身頃の上端よりも高くなるような着用方法がとられているとは明確に認められず、他に、被告製品がそのような着用方法を想定したものであることを認めるに足りる証拠はない。よって、この点に係る被告らの主張を採用することはできない。

(カ)また、被告らは、原告の実験においては、被告製品全体が上方に引き上げられていると主張するが、前記のとおり、原告の実験においては、被告製品の縫合線が鼠径溝に沿うように着用させているものと認められ、そうであれば、被告製品全体を上方に引き上げているという指摘は当たらないものであるし、仮に、鼠径溝に沿わせる以外の点で被告製品の一部が上方に引き上げられていたとしても、足刳り形成部の湾曲の頂点の位置には影響しないというべきであるから、この点も、前記認定を左右するものではない。

(キ)また、被告らは乙17を提出し、原告らの実験結果の検討のために使用されているレントゲン写真(甲21)の歪みを指摘するものであるが、乙17によっても、レントゲン写真にそれほど大きな歪みは認められないことから、この点は、前記認定を左右するものではない。

エ 以上から、被告製品は、構成要件Dを充足するものと認められる

3 争点1-イ(構成要件Eの充足性)について

構成要件Eは、「前記後身頃の足刳り形成部の下端縁は臀部の下端付近に位置し」というものである。そして、本件明細書【0009】の、「前記足刳り形成部は、・・・臀部裾ラインを包み込み、且つ臀部裾部分に密着する形状である」との記載や、実施例に関する同【0026】の「後身頃14の足刳り形成部32は、臀部の下端部に沿って股底点付近に達している。」との記載及び同図2の記載からすると、構成要件Eの「後身頃の足刳り形成部の下端縁」とは、後身頃により形成される足刳り形成部の下端を縁取る線をいい、「臀部の下端付近」とは、臀部という一定の範囲を占める部位のうち下端を縁取る線付近をいうものと解するのが相当である。

被告製品の広告宣伝においては、「ヒップすっぽり動いてもハミ尻しない」、「若くてヒップにハリがあるからって安心できません。身体のラインに合わない、可愛さだけのショーツを穿いているのは、やめにしませんか」、「お尻から太腿の自然な動きに合わせ脚の付け根まで超立体化したストレスのなくしっかり包むパターンデザイン」(甲3)などの宣伝文句が使用されている。

これらのことからすれば、被告製品は、臀部を完全に包み込み、なおかつ、臀部と大腿部の境界線を境とする身体のラインの変化に沿った形状となるように設計されたものと認められ、被告製品においては、臀部と大腿部を覆う部分は、後身頃と脚口パーツの二つのパーツからなっていることからすれば、それらパーツの境目を臀部と大腿部の境目に対応させるように設計されたものとみるのが合理的である。

そうすると、被告製品においては、後身頃の足刳り形成部の下縁を縁取る線が、臀部の下端を縁取る線付近に沿うように設計されたものと認められ、被告製品の広告宣伝における被告製品の着用状態の写真においても、そのような形状となっていることが認められる(甲3)。

よって、被告製品は、構成要件Eを充足する。

4 争点1-ウ(構成要件F、Gの充足性)について

(1)構成要件F及びGの「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」と「山」の意義

ア 構成要件Fは「前記大腿部パーツの山の高さを前記足刳り形成部の前側の湾曲深さよりも低い形状とし」というものであり、構成要件Gは、「前記足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも前記山の幅を広く形成し」というものである。

本件明細書の実施例に関する【0020】には、図3とともに、「足付根部40の、足刳り形成部24、25に取り付ける山40aの高さをh1とし、足刳り形成部24、25の湾曲深さをh2とすると、h1はh2よりも低い形状である。また、足付根部40の山の幅をw1とし、足刳り前部24、25の湾曲部分の幅をw2とすると、互いに縫い付けられる同じ位置間で、w1はw2よりも広い形状となっている。」との記載がある。この記載に加え、本件明細書の図3の大腿部パーツに描かれた点線と「h1」、「w1」の記載からすると、大腿部パーツの「山」は、実施例では「山40a」がこれに当たり、それが取り付けられる足刳り形成部の部分が「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」に当たると記載されていると認められる。

イ そこで、山40aが取り付けられる足刳り形成部の部分について見ると、本件明細書の【0020】には、「足付根部40の山40aの縁部は、前身頃12の足刳り形成部24と等しい長さに形成され、足刳り形成部24に縫い合わされる部分である」との記載がある一方、「足付根部40の、足刳り形成部24、25に取り付ける山40aの高さをh1とし」との記載があり、足付根部40の山40aが取り付けられる対象につき、前者が足刳り形成部24のみであるとするのに対し、後者は、足刳り形成部24、25であるとしており、齟齬がある。しかし、本件明細書の図3における足刳り形成部24、25及び山40aの形状からすれば、山40aは、足刳り形成部24及び25に取り付けられるものと解するべきであり、上記の前者の記載は誤記であると認められる。したがって、実施例においては、「足刳り形成部24及び25」が足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」に相当していると認められる。そして、このことを踏まえて上記の前者の記載を見ると、実施例においては、足刳り形成部24、25全体(「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」)の湾曲線の長さと山40a(「山」)の稜線の長さとが一致するものとされていると認められる。また、「足刳りのパターンの形状の工夫により、身体の腸骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保される」(【0027】)とされていることからすると、上記のような足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」と大腿部パーツの「山」の幅及び高さ関係によって、大腿部パーツが前方に突出した立体形状になるとされていると認められる

他方、足刳り形成部25と同じく後身頃に設けられた足刳り形成部32は、「後身頃14の足刳り形成部32は、臀部の下端部に沿って股底点付近に達している。」(【0026】)との記載からすると、構成要件Eの「臀部の下端付近」に位置する「後身頃の足刳り形成部の下端縁」に相当していると認められる。そして、「縫い合わされたスパッツ10は、後身頃14の足刳り形成部32が丸く下方に回り込み、筒状に形成された大腿部パーツ18が前方の斜め下方に突出する立体形状となる。即ち、基本の立体形状が、着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状になっており、足の運動性に適した形状に形成される。」(【0025】)とされていることからすると、実施例において「前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状」とされているのは、人体の後ろ側については、各パーツを縫い合わせた場合に、後身頃14の足刳り形成部32が丸く下方に回り込む形状になることをもってそのように述べているものと認められる

ウ 以上からすると、本件明細書の図3の実施例においては、足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」は、前身頃の足刳り形成部24と後身頃の足刳り形成部25の部分とされていると解されるところ、本件明細書の【0018】、図2及び図3によれば、後身頃の足刳り形成部25と32の境界部分にはV字状に切除された臀部ダーツが設けられ、それにより臀部の隆起に対応させていると認められる。このことからすると、実施例においては、臀部の隆起に対応させる位置よりも前側をもって足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」としていると解するのが相当である。

そして、足刳り形成部のこの範囲の湾曲部分の湾曲線とそれに対応する大腿部パーツの山部分の稜線の長さが等しく、かつ、それらの幅及び高さ関係が構成要件F及びG所定の関係を満たすときには、取付け状態で筒状の大腿部パーツが前方に突出する形状となること、臀部が一般に人体の後ろ側に位置しており、それよりも前の部分を前側と捉えることは「前側の湾曲」との文言とも整合的であることからすると、構成要件F及びGにいう足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」とは、足刳り形成部のうち、股部パーツと前身頃との境界部分から、臀部の隆起に対応させる位置部分の手前までをいうものと解するのが相当であり、構成要件F及びGにおける「山」は、大腿部パーツにおいて、それらの「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」と等しい長さで縫い付けられる部分をいうと解するのが相当である

なお、本件明細書には、構成要件Gの足刳り形成部の「湾曲部分」が、構成要件Fの足刳り形成部の「前側の湾曲」以外の湾曲部分を含む部分であることを示唆する記載は見当たらず、また、構成要件F及び構成要件Gの記載からして、構成要件Gの「湾曲部分」は、その直前の構成要件Fの「前側の湾曲」を受けた記載であると解するのが合理的であることからすると、構成要件Gの「湾曲部分」と構成要件Fの「前側の湾曲部分」は同義であると解するのが相当である。

エ 以上に対し、原告は、構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」を、足刳り形成部のうち「人体の前側」部分と解すべきと主張するが、実施例における足刳り形成部25は人体の後ろ側まで届いており、それでも大腿部パーツが前方に突出する形状となるから、原告の主張は採用できない

他方、被告らは、構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」を、足刳り形成部が人体の側面から臀部を超えて股部に到達する付近までの範囲をいうと主張する趣旨と解され、その前提には、本件明細書において、本件発明に係る下肢用衣料が「大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状」(【0011】)となるとされていることから、人体の後ろ側においても大腿部パーツが前方に突出している必要があるとの考えがあるように思われる。しかし、実施例において構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」とされているのが、足刳り形成部のうちの24、25にとどまり、臀部の下端付近の位置にある足刳り形成部32が含まれていないことは前記のとおりであるから、構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」が臀部の隆起に対応させる位置を超えて及ぶことが必要であるとは解されない。また、大腿部を屈曲した姿勢に沿う立体形状というのも、人体の後ろ側については、各パーツを縫い合わせた場合に、後身頃14の足刳り形成部32が丸く下方に回り込む形状になることをもってそのように述べているものと認められることは前記のとおりであるから、本件発明においては、人体の後ろ側においても大腿部パーツが前方に突出している必要があるとは解されない。したがって、被告の上記主張は採用できない。

(2)被告製品の構成要件F及びGの充足性

以上に基づき、被告製品の構成要件F及びGの充足性につき検討する。

ア 構成要件Fについて

まず、被告製品における「足刳り形成部の前側の湾曲」及びこれに対応する「大腿部パーツの山」について検討する。

別紙3のとおり、被告製品の後身頃にはギャザー部が存在するところ、パターン図上、ギャザー部は足刳り形成部24、25の中間点よりやや前身頃寄りを起点としており、ギャザー部の収縮も考慮すると、当該起点部分は、身体の後ろ側に位置することとなるものである。

そして、ギャザー部の本来的な目的が、当該部分を身体の膨らみに対応することにあることを考慮すると、後身頃の足刳り形成部は、ギャザー部によって臀部の立体形状に沿う形状に合わせるように設けられているものと認められる。そうすると、被告製品において、臀部の隆起に対応させる位置部分はギャザー部と解するのが合理的であるから、被告製品において構成要件Fの「足刳り形成部の前側の湾曲部分」に対応するのは、股部パーツと前身頃の境界であるB点から、ギャザー部の起点であるE点までの曲線部分であると認められる

また、被告製品のうち、構成要件Fの「大腿部パーツの山」に対応するのは、足刳り形成部のうち、股部パーツと前身頃の境界であるB点から、ギャザー部の起点であるE点までの曲線部分に接合される脚口パーツの山の部分をいうことから、脚口パーツのb点からe点までの曲線部分である。

以上を前提に検討すると、別紙3及び別紙5のとおり、原告のパターン図を前提とした場合、被告らのパターン図を前提とした場合のいずれにおいても、B点からE点までの範囲の全ての幅において、脚口パーツの山の高さが、これに対応する範囲の足刳り形成部の湾曲の深さよりも低くなっていることが認められる。

よって、被告製品の構成は、構成要件Fを充足する

イ 構成要件Gについて

また、別紙3及び別紙5のとおり、原告のパターン図を前提とした場合、被告らのパターン図を前提とした場合のいずれにおいても、構成要件G「前記足刳り形成部の湾曲部分」に当たるB点からE点までの範囲と、「前記山」に当たるb点からe点までの範囲において、足刳り形成部の湾曲部分の幅よりも山の幅が広くなることが認められる。

よって、被告製品の構成は、構成要件Gを充足する

ウ パターン図について

被告製品は、腰部曲線を縫い合せ後、当該縫い合せ部分が前部に突出する形状となるものであることから、当該曲線を含む前身頃と後身頃のパターンを、平面上でどのように配置するかにつき、原告及び被告らに争いがある。

縫い合せ状態で立体形状となる腰部曲線部分を、パターン図において隙間なく配置することは不可能であり、被告らのパターン図のように、オーバーラップ部分を設ける方法、原告のパターン図のようにオーバーラップ部分を設けない方法のいずれが適切であるとも決しがたいものであるところ、前記のとおり、いずれのパターン図を採用した場合でも、被告製品の構成は構成要件F及びGの要件を充たすものであるから、パターン図に関する当事者の争いは、前記認定を左右しない。

5 争点1-エ(構成要件Hの充足性)について

構成要件Hは、「取り付け状態で筒状の前記大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する形状となる」というものである。

本件発明は、大腿部パーツの山の高さが足刳り形成部の前側の湾曲の深さよりも低い形状とされ、足刳り形成部の前側の湾曲部分の幅よりも山の幅が広く形成されること、すなわち、特定の範囲において一定に保たれた足刳り形成部の湾曲部分の高さ及び幅と、山の高さ及び幅との長さの関係に起因して、足刳り形成部に取り付けられた筒状の大腿部パーツが、前身頃に対して前方に突出するという形状が実現されるという点に技術的意義を有するものである。このような技術的意義に加え、構成要件Hが「前身頃に対して」前方に突出するとしていること、本件明細書【0027】において、「足刳りのパターンの形状の工夫により、身体の腸骨棘点a付近から前方の生地の立体的方向性が確保されるため、着用時に股関節の前方への屈伸抵抗が少なく運動しやすく、疲れにくいものである。」とされていることからすると、構成要件Hの「大腿部パーツが前記前身頃に対して前方に突出する」とは、上記のような足刳り形成部の前側の湾曲部分と大腿部パーツの山部分とで形成される前方の生地部分が前方に突出すれば足り、大腿部パーツの後方の部分までが前方に突出することは必要でないと解するのが相当である。

この点について、被告は、本件明細書において、「着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢」に沿う形状になると記載されていること(【0025】、【0027】)を指摘して、大腿部パーツの全体が前方に突出する必要があると主張するが、この主張が採用できないことは、先に述べたとおりである。

そして、構成要件F及びGの充足性において検討したとおり、被告製品は、股部パーツと前身頃の境界部分から、ギャザー部の起点までの全範囲において、前記のような幅及び高さ関係を充たすものであり、証拠(甲3、甲4、甲8、甲10、甲11、甲12)によれば、当該範囲において、被告製品の脚口パーツが前身頃に対して前方に突出していることが認められる。

よって、被告製品は、構成要件Hを充足する。

6 争点2(無効理由(明確性要件違反)の有無)について

-省略-

7 争点3(無効理由(サポート要件違反)の有無)について

-省略-

8 争点4(無効理由(新規性欠如)の有無)について

-省略-

-省略-

9 争点5(無効理由(進歩性欠如)の有無)について

-省略-

10 争点6(特許法102条2項の適用の可否)について

(1)特許法102条2項は、「特許権者・・・が故意又は過失により自己の特許権・・・を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者・・・が受けた損害の額と推定する。」と規定する。

特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らして、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。このように、特許法102条2項は、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であって、その効果も推定にすぎないことからすれば、同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとする合理的な理由はないというべきである。

そして、特許法102条2項には、特許権者が当該特許発明の実施をしていることを要する旨の文言は存在しないことも総合すれば、特許権者が当該特許発明を実施していることは、同項を適用するための要件とはいえない。

したがって、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解するべきであるが、同項によって推定される特許権者の損害は、推定の前提事実たる侵害者の利益との同質性の観点から、特許権者の販売利益の減少による逸失利益であると解されるから、上記の事情が認められるためには、特許権者が自社製品を販売する等して侵害者の製品と市場で競合していることが必要であると解するべきである。他方、特許権者が競合品を販売している場合には、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば何らかの追加的な販売利益が得られるのが通常であるから、それにもかかわらず特許権者が利益を得られなかったことを基礎付けるための事情は、特許法102条2項の推定の覆滅事由として考慮されるべきものと解するのが相当である。

(2)原告製品は被告製品と競合するものであるか

ア 被告製品

前記のとおり、被告製品は本件発明の技術的範囲に属するものであり、証拠(甲3、甲4)によれば、被告製品の販売サイトにおいては、「オリジナル立体設計で動いてもずれにくい」、「ウエスト脚口らくらく」、「ヒップすっぽり動いてもハミ尻しない」、「超立体」などの宣伝文句が、大きな文字で、ページ冒頭やハート形で縁取られた枠の中など目立つ位置又は態様で記載され、また、被告製品の写真とともに、「平らなところに超立体ショーツを置くと、脚口がこんなにも立つんです。これが人間の身体=立体‘超立体ショーツ’のはきやすさの理由です」、「食い込んだりズレる最大の原因であるゴムを脚口に使用しておりません」との記載もされていることが認められる。

以上からすれば、被告製品は、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴(以下、これを「特徴①②」などということがある。)を有するものであり、広告宣伝においてもその点が強調されているということができる。

イ 原告製品

原告製品が厳密に本件発明の実施品であることを認めるに足りる証拠はない。しかし、原告製品の販売サイトにおいては、「お尻がはみ出さない、ヒップに優しく快適なショーツです」、「ゴムを使っていないので若干上がりますが、お尻がはみ出すことはありません」、「通常の体型の場合、多少のヒップサイズの違い(ワンサイズ程度)ならずり上がり防止の効果に問題ありません」「前足繰りは動きやすい特許の立体裁断で巻き付いたり、痛くなることはありません」(甲22、甲23)、「激しく動いても巻き上がらない!トラタニの立体裁断!」、「足の付け根部分の立体裁断は特許だから、座っても巻き上がらず、立っても足にフィットします」、「巻き上がらないから、そけい部を圧迫することもなく、ラクラク快適です」、「裾線がお尻の形になっているので、しっかりフィットし、はみ出しません」(甲26)などと記載されている。

以上からすれば、原告製品は、厳密に本件発明の実施品であるか否かは不明であるものの、被告製品と同じく、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴を有するものであり、広告宣伝においてもその点が強調されているということができる

ウ 被告らは、脚口部分が前方に突出する被告製品の構成は、本件発明の効果ではなく公知・周知技術によるものであるから、被告製品の特徴には当たらないと主張するが、脚口部分が前方に突出するという構成は、本件発明の構成要件Hとして明記され、本件発明の特徴とされているものであり、被告製品が本件発明の技術的範囲に属し、これと同一の構成を有するものである以上、同構成は被告製品の特徴として捉えるべきである。

また、被告らは、甲22製品、甲23製品の販売サイトにおける「ゴムを使っていないので若干上がりますが」との記載をもって、これらの原告製品は上記②の特徴を有しないものと主張する。しかし、被告らが指摘する記載のすぐ後に、「お尻がはみ出すことはありません」と記載されていることに加え、上記認定のとおり、脚口部分やお尻の部分がずり上がらないことを強調する記載が多くみられることを総合すると、甲22製品、甲23製品は、脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないことを特徴とし、広告宣伝もその点を強調するものであるが、より正確に製品の特徴を伝える見地から、ゴムが入っていないために、着用直後のポジションから全くずれが生じないわけではないことを注記しているにすぎないというべきである。

エ 以上より、原告製品、被告製品ともに、本件発明の作用効果に係る、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴を備え、それを広告宣伝するものであることから、これらは市場において競合するものというべきである

(3)市場における競合が生じた期間

ア 販売開始時期

前記第2の2(8)のとおり、甲22製品の販売開始は平成21年5月、甲23製品の販売開始は平成21年5月、甲26製品の販売開始は平成25年5月頃であることが認められる。

イ 販売中断期間

計算鑑定の結果、証拠(甲39ないし甲42、甲44ないし甲46)及び弁論の全趣旨によれば、原告製品のうち、甲22製品は、平成26年4月3日から同年8月26日まで、甲23製品は、平成26年5月3日から同年8月28日まで、それぞれ販売を中断したことが認められる。

ウ 以上のとおり、原告は、平成21年5月以降、被告製品の競合品である原告製品の販売を開始し、その後、甲22製品、甲23製品の販売を4か月ないし5か月間中断したものであるが、同中断期間中も甲26製品の販売は継続していたものである。

したがって、平成21年5月以降、原告は被告製品の競合品を継続して販売していたということができる。

(4)以上のとおり、損害賠償請求期間である平成22年1月から平成28年6月までを通じて、原告は被告製品と競合する製品を継続して販売しており、被告らによる特許権侵害行為がなかったならば原告が利益を得られたであろうという事情が存在したというべきであるから、特許法102条2項の適用が認められると解するのが相当である。

被告らが主張する上記以外の要素(需要者の購入動機、販売形態の差異、両製品の価格差、他の競合品の存在)については、特許法102条2項の推定を覆滅する事由として考慮されるべきものであり、本件において特許法102条2項を適用すべきとする上記判断を左右するものではない。

また、被告らは、被告製品の販売にもかかわらず、実際の原告製品の売上げは減少しておらず、むしろ増加しているなどとして、特許法102条2項の適用を否定する主張をするが、そのような事情があっても、被告製品の販売がなかった場合に、より多くの原告製品の売上げが得られた可能性が否定されるものではない以上、被告らによる特許権侵害行為がなかったならば原告が利益を得られたであろうという事情の存在を否定することはできないし、そのような事情自体が推定覆滅事由を構成するともいえない。

11 争点7(原告が行使可能な損害賠償請求権の範囲)について

原告は、本件特許をゴールドウインテクニカルセンターと共有しているところ、ゴールドウインテクニカルセンターが本件発明の実施をしておらず、また、被告製品の競合品の販売もしていないことにつき当事者間に争いはない。

本件特許の共有特許権者である原告は、持分権に基づいて本件発明の全部を実施することができる(特許法73条2項)ところ、共有者の一部のみが実施品又は競合品の販売をしている場合には、侵害行為による販売利益の減少という損害は当該特許権者のみに生じるから、本件において原告に生じた損害の額についても特許法102条2項が適用されると解される。しかし、その原告も本件発明の価値全体を単独で支配し得るものではなく、被告らが本件特許権の侵害行為によって得た利益は、原告の持分権だけでなく、共有特許権者であるゴールドウインテクニカルセンターの持分権を侵害することによっても得られたものであり、ゴールドウインテクニカルセンターは、被告らに対して、特許法102条3項による損害の賠償をその持分割合の限度で請求することができるものである

そうすると、特許法102条2項による原告の損害額の推定は、ゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額(実施料相当額の逸失利益)の限度で一部覆滅されると解するのが相当であるから、原告の損害額は、特許法102条2項によって推定される損害額から、同条3項によりゴールドウインテクニカルセンターに生じたと認められる損害額を控除して算定することとするのが相当である。そして、本件において原告は、原告固有の損害賠償請求権のみを行使し、ゴールドウインテクニカルセンターから譲り受けた損害賠償請求権(甲24及び25)を行使するものではないから、原告が被告らに対して行使可能な損害賠償請求権の範囲も、特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額にとどまるというべきである。

この点について、原告は、ゴールドウインテクニカルセンターから、その有する被告に対する本件特許権侵害に基づく損害賠償請求権の譲渡を受けたことを理由に、原告が有する固有の損害賠償請求権に基づき、特許法102条2項の推定額の全額を請求することができると主張する。しかし、上記のとおり、そもそも原告の固有の損害賠償請求権は、特許法102条2項の推定額からゴールドウインテクニカルセンターに生じた損害額を控除して得られる額についてしか発生していないと解されるから、ゴールドウインテクニカルセンターからその固有の損害賠償請求権の譲渡を受けたからといって、自己固有の損害賠償請求権が拡張される理由にはならず、原告の上記主張は採用できない

12 争点8(被告らが得た利益額(102条2項))について

-省略-

13 争点9(推定覆滅事由の存否)について

-省略-

14 争点10(原告に生じた損害額)について

-省略-

15 差止め及び廃棄の必要性

-省略-

16 以上の次第で、原告の請求は、上記14(4)及び15の限度で理由があることからその限度で認容することとし、その余は理由がないことから棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法61条、64条本文、65条1項但書きを、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

6.検討

(1)本件発明は、要は、特定の形状に裁断された生地を縫製することで、基本の立体形状が、着用者が前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状になるスパッツ、というものです。

(2)被告の非抵触主張は4点ほどありますが、争点1-ウが興味を引きました。これは構成要件F、Gの充足性に関するものです。ここでは構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」の範囲について争いになりました。

(3)原告は、構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」を、足刳り形成部のうち「人体の前側」部分と解すべきと主張しました。これに対して裁判所は、「実施例における足刳り形成部25は人体の後ろ側まで届いており、それでも大腿部パーツが前方に突出する形状となるから、原告の主張は採用できない」として、原告の主張を採用しませんでした。

(4)一方、被告の主張はわかりにくいのですが、どうやら構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」を、足刳り形成部が人体の側面から臀部を超えて股部に到達する付近までの範囲をいうと主張したようです。これに対して裁判所は「実施例において構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」とされているのが、足刳り形成部のうちの24、25にとどまり、臀部の下端付近の位置にある足刳り形成部32が含まれていないことは前記のとおりであるから、構成要件Fの「前側の湾曲」及び構成要件Gの「湾曲部分」が臀部の隆起に対応させる位置を超えて及ぶことが必要であるとは解されない」として、被告の主張も採用しませんでした。

(5)このように裁判所は原告の主張も被告の主張も採用せず、独自に「構成要件F及びGにいう足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」とは、足刳り形成部のうち、股部パーツと前身頃との境界部分から、臀部の隆起に対応させる位置部分の手前までをいうものと解するのが相当」と認定した上で、被告製品が構成要件F及びGを充足すると判断しました。なんか裁判官の苦労が窺えるような気がします。

(6)もう一つ興味を引いたのは、損害論における102条2項に関する部分です。ここで裁判所は「同項によって推定される特許権者の損害は、推定の前提事実たる侵害者の利益との同質性の観点から、特許権者の販売利益の減少による逸失利益であると解される」とした上で、「上記の事情が認められるためには、特許権者が自社製品を販売する等して侵害者の製品と市場で競合していることが必要であると解するべきである」と述べています。

(7)このこと自体は普通の話ですが、その後で「原告製品は、厳密に本件発明の実施品であるか否かは不明であるものの、被告製品と同じく、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴を有するものであり、広告宣伝においてもその点が強調されているということができる」として「原告製品、被告製品ともに、本件発明の作用効果に係る、①脚口部分が前方に突出するように構成され、②脚口部分及びお尻の部分がずり上がらないという特徴を備え、それを広告宣伝するものであることから、これらは市場において競合するものというべきである」と認定し、同項の適用を認めました。

(8)このような発明を実施しているか否か立証されていない原告製品と被告製品が競合する場合に102条2項の適用を認めるか否かについては様々な意見があります(「リーガル・プログレッシブ・シリーズ 知的財産関係訴訟 221~223頁」 青林書院 2008年初版第1刷)。本件では製品の特徴の共通性を競合理由として挙げていますが、もしも被告製品と原告製品の広告宣伝上のポイントが異なっていた場合には2項の適用が否定されたのか、少し気になります。

(9)ここまで色々書きましたが、実は本件特許の特許請求の範囲の内容がイマイチ理解できていません。(1)に書いたように本発明は、前屈みに軽く屈曲した姿勢に沿う形状がポイントです。判決文に「足刳り形成部の「前側の湾曲」ないし「湾曲部分」と大腿部パーツの「山」の幅及び高さ関係によって、大腿部パーツが前方に突出した立体形状になるとされていると認められる」と書いてありますが、特許請求の範囲に記載された構成だけで必然的に大腿部パーツが前身頃に対して前方に突出する形状になるように思われないように思います(実施例レベルで見てもh1、h2、w1及びw2は定量的と言えません)。

(10)しかし、本件のように無効理由を構成する先行技術が存在しない場合には、特許請求の範囲を減宿することなく解釈によって範囲を特定することで済ませる傾向にあるように思います。考えてみれば、記載不備というほど不明確ではなく、進歩性を否定する先行技術が存在しないのであれば、特許請求の範囲の記載をいじる理由はないわけですから当然です。