IHクッキングヒータ事件(譲渡特許での権利行使)
投稿日: 2018/01/25 0:59:21
今日は、平成29年(ワ)第10742号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告はアイリスオーヤマ株式会社、被告は日立アプライアンス株式会社です。
本件の特許は2件ありますが、全てIHクッキングヒーターに関するものです。アイリスオーヤマといえばプラスチック成型品が有名で家電に参入したのはつい最近だったと思い、調べたところ2009年からIHクッキングヒータの販売を開始したようです。それに対して、日立アプライアンスははるか以前から販売していたと思い、調べたところ遅くとも1993年(当時は日立ホームテック)にはIHクッキングヒータを販売していたようです。
正直言って、20年近く前から製造していて、しかも知財面で強いという評判の日立系のメーカに権利行使できるような特許を後発メーカのアイリスオーヤマが保有しているとは想像できませんでした。しかし、2件の特許をダウンロードしたところ公報記載の特許権者が東芝になっていたので納得しました。つまり東芝(正確には東芝ホームアプライアンス株式会社)から購入した特許で権利行使したということです。
ちなみに東芝ホームアプライアンス株式会社は2012年12月末にIHクッキングヒータの製造販売を終結したようなので、不要になったIHクッキングヒータの特許をアイリスオーヤマに売却したようですが、どうなのでしょうか。
1.手続の時系列の整理
① 本件は1年にも満たずに訴訟が終了しています。非常に短期間ですが、その理由は被告による無効主張がなかったことが一つの理由だと思われます。
② 2006年以降の両特許に対する閲覧請求はすべて同日に行われているので、同一人からの請求だと思われます。もっとも本件被告とは限りませんが。
2.本件特許の内容
(1)本件特許1(特許第3797900号)
① 本件発明1-1(請求項1)
A1:被加熱媒体を載置するためのトッププレート(8)と、
B1:このトッププレート(8)に覆設された電気駆動式の加熱手段(7a、7b、7c)と、
C1:火力設定手段(20a、20b、20c)により設定された火力に基づいて前記加熱手段(7a、7b、7c)への通電制御を行う通電制御手段(37)と、
D1:所定の駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する送信手段(50)とを備えた加熱調理器(2)と、
E1:この加熱調理器(2)の周囲に設置された換気ファンと、前記駆動信号を受信する受信手段(52)と、この受信手段(52)にて受信した前記駆動信号に基づいて換気ファンの駆動制御を行う駆動制御手段(30)とを備えた換気ファン装置(23)とにより構成され、
F1:前記トッププレート(8)は前記赤外線の波長が透過する性質を有する耐熱ガラス製で構成され、
G1:前記送信手段(50)は前記トッププレート(8)に覆設されるようにして調理器本体に収容され、前記トッププレート(8)を介して前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信すること
H1:を特徴とする加熱調理システム。
② 本件発明1-2(請求項5)
I1:送信手段(50)は、加熱調理器(2)に複数設けられていること
(2)本件特許2(特許第3797904号)
① 本件発明2-1(請求項2)
A2:鍋などの調理容器が載置されるトップレート(17)と、
B2:このトップレート(17)の下方に配設された調理用の加熱手段(20、21)と、
C2:この加熱手段(20、21)を制御する通電制御手段(74)と、
D2:前記トップレート(17)の下方に配設され、当該トップレート(17)を通して光信号を上方に向けて発する通信用投光部(31、32、33、34)とを具備し、
E2:前記通電制御手段(74)は、前記通信用投光部(31、32、33、34)を介して、前記トップレート(17)の上方に配設される換気装置(13)を制御する機能を有し、
F2:前記トップレート(17)を、前記光信号の波長が透過する光透過性を有する耐熱強化ガラスから構成したこと
G2:前記トップレート(17)の下方に、前記加熱手段(20、21)の火力を表示する表示手段(26、27)を備え、前記通信用投光部(31、32、33、34)を、前記表示手段(26、27)の近傍に配置したこと
H2:を特徴とする加熱調理器。
② 本件発明2-2(請求項4)
I2:前記通信用投光部(31、32、33、34)は、前記トップレート(17)の下方に複数個配設されていること
3.争点
(1)被告製品Aと、これに組み合わせられるレンジフードファンからなる加熱調理システム(以下「被告システム」という。)は、本件発明1-1又は同1-2の技術的範囲に含まれるか(争点1)
ア 被告システムは構成要件D1を充足するか(争点1-1)
イ 被告システムは構成要件G1を充足するか(争点1-2)
(2)被告製品Aは、本件発明1-1又は同1-2の実施品の生産にのみ用いる物に当たるか(争点2)
(3)被告製品Aは、本件発明1-1又は同1-2の実施品の生産に用いる物であってこれらの発明による課題の解決に不可欠なものに当たるか。また、被告は、本件発明1-1又は同1-2が特許発明であること及び被告製品Aがこれらの発明の実施に用いられることを知っていたか(争点3)
(4)被告製品Aは、本件発明2-1又は同2-2の技術的範囲に含まれるか(争点4)
ア 被告製品Aは構成要件E2を充足するか(争点4-1)
イ 被告製品Aは構成要件G2を充足するか(争点4-2)
(5)本件発明1-1についての特許及び本件発明1-2についての特許は、無効理由1(乙第4号証を主引例とする進歩性欠如)をもって特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点5)
(6)本件発明2-1についての特許及び本件発明2-2についての特許は、特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点6)
ア 無効理由2-1(明確性要件違反)は認められるか(争点6-1)
イ 無効理由2-2(サポート要件違反)は認められるか(争点6-2)
ウ 無効理由2-3(補正要件違反)は認められるか(争点6-3)
エ 無効理由2-4(乙第4号証を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点6-4)
(7)東芝ら及び原告が受けた損害の額(争点7)
4.争点に対する当事者の主張
(1)争点1-1(被告システムは構成要件D1を充足するか)について
-省略-
(2)争点1-2(被告システムは構成要件G1を充足するか)について
-省略-
(3)争点2(被告製品Aは、本件発明1-1又は同1-2の実施品の生産にのみ用いる物に当たるか)について
-省略-
(4)争点3(被告製品Aは、本件発明1-1又は同1-2の実施品の生産に用いる物であってこれらの発明による課題の解決に不可欠なものに当たるか。また、被告は、本件発明1-1又は同1-2が特許発明であること及び被告製品Aがこれらの発明の実施に用いられることを知っていたか)について
-省略-
(5)争点4-1(被告製品Aは構成要件E2を充足するか)について
(6)争点4-2(被告製品Aは構成要件G2を充足するか)について
(7)争点5(本件発明1-1についての特許及び本件発明1-2についての特許は、無効理由1〔乙第4号証を主引例とする進歩性欠如〕をもって特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について
【被告の主張】
ア 乙4発明(1)
本件出願日1前に外国において頒布された刊行物である欧州特許公開公報第10949号(以下「乙4公報」という。)には、調理機器と排煙装置とを有する機器コンビネーションに関する次の発明(以下「乙4発明(1)」という。)が開示されている。
「被加熱媒体を載置するための調理天板18と、この調理天板18に覆設された電気駆動式の加熱手段と、火力設定手段により設定された火力に基づいて前記加熱手段への通電制御を行う調理器具2のコントロールユニットと、所定の駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する赤外線送受信フィールド6とを備えた加熱調理器と、この加熱調理器の周囲に設置された排煙装置4のファン装置と、前記駆動信号を受信する赤外線送受信フィールド6と、この赤外線送受信フィールド6にて受信した前記駆動信号に基づいて排煙装置4のファン装置の駆動制御を行う駆動制御手段とを備えた排煙装置4とにより構成され、前記赤外線送受信フィールド6は調理器具2内に設けられており、前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信することを特徴とする加熱調理システム。」
イ 本件発明1-1及び同1-2と乙4発明(1)との対比
(ア)乙4発明(1)の「調理天板18」が本件発明1-1及び同1-2の「トッププレート」に、乙4発明(1)の「調理器具2のコントロールユニット」が本件発明1-1及び同1-2の「通電制御手段」に、乙4発明1の「赤外線送受信フィールド6」が本件発明1-1及び同1-2の「送信手段」に、乙4発明(1)の「排煙装置4のファン装置」が本件発明1-1及び同1-2の「換気ファン」に、乙4発明(1)の「排煙装置4」が本件発明1-1及び同1-2の「換気ファン装置」に、乙4発明(1)の「調理器具2」が本件発明1-1及び同1-2の「調理器本体」に、それぞれ相当する。
(イ)そうすると、本件発明1-1と乙4発明(1)とは、次の各点において形式的に相違し、その余の点において一致する。
① 本件発明1-1の「トッププレート」は、「前記赤外線の波長が透過する性質を有する耐熱ガラス製で構成され」ているのに対し(構成要件F1)、乙4発明(1)の調理天板18の材質は明記されていない点(以下「相違点1-①」という。)
② 本件発明1-1において、「前記送信手段は前記トッププレートに覆設されるようにして調理器本体に収容され、前記トッププレートを介して…ワイヤレス送信」するのに対し(構成要件G1)、乙4発明(1)の赤外線送受信フィールド6は、調理器具2内に設けられているものの、その詳細な場所は明記されていない点(以下「相違点1-②」という。)
(ウ)本件発明1-2と乙4発明(1)とは、上記相違点1-①及び同1-②に加えて、次の点において形式的に相違し、その余の点において一致する。
③ 本件発明1-2の「送信手段」は、「加熱調理器に複数設けられている」のに対し(構成要件I1)、乙4発明(1)の「赤外線送受信フィールド6」が、調理器具2に設けられている個数については明記されていない点(以下「相違点1-③」という。)
ウ 相違点の検討
(ア)相違点1-①について
電子調理器の天板を耐熱ガラスとすることは、本件出願日1当時、周知の事項であって(乙5ないし9の3)、外観のきれいさが求められるある程度のグレードの製品であれば当然に採用する構成である。
しかるところ、乙4公報には、「視覚的にフラットなデザイン、および衛生的に特に好適な解決策を得るために、…」などの記載があり、乙4発明(1)につき、視覚的にフラットなデザインを採用し、重視していることがうかがわれるところ、このようなフラットなデザインを採用しようとすれば、調理天板は耐熱ガラスとする以外にあり得ない。そうすると、乙4公報には、相違点1-①に係る本件発明1-1及び同1-2の構成が実質的に記載されているといえ、相違点1-①は実質的な相違点とはいえない。
仮に、この点が実質的な相違点であるとしても、乙4公報に接した当業者において、乙4発明(1)に上記周知の事項を適用して相違点1-①に係る本件発明1-1及び同1-2の構成とすることは、本件出願日1当時、容易に想到し得たことである。
(イ)相違点1-②について
乙4発明(1)は、「視覚的にフラットなデザイン」を志向しているのであるから、乙4発明(1)における「赤外線送受信フィールド6」は、当然に調理天板18に覆設されるようにして調理器本体に収容されているとみるべきである。そうすると、乙4公報には、相違点1-②に係る本件発明1-1及び同1-2の構成が実質的に記載されているといえ、相違点1-②は実質的な相違点とはいえない。
仮に、この点が実質的な相違点であるとしても、赤外線送信手段をトッププレートに覆設されるようにして調理器本体に収容させ、トッププレートを介してワイヤレス送信することは、本件出願日1当時、周知の構成であったから(乙5ないし7)、乙4公報に接した当業者において、乙4発明(1)に上記周知な構成を適用して相違点1-②に係る本件発明1-1及び同1-2の構成とすることは、本件出願日1当時、容易に想到し得たことである。
(ウ)相違点1-③について
赤外線の送信手段を調理器具にいくつ設けるかについては、当業者が適宜設計することができる事項である。
また、本件出願日1前に外国で頒布された刊行物であるドイツ連邦共和国特許公開公報第1970933号(乙6。以下「乙6公報」という。)には、「機能の信頼性を高めるために、トッププレートの下側の異なる位置に、優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。」との記載があるから、乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、乙4発明(1)に乙6公報に開示された構成を適用して相違点1-③に係る本件発明1-2の構成とすることは、本件出願日1当時、容易に想到し得たことである。
エ 小括
以上によれば、本件発明1-1及び同1-2は、本件出願日1当時、当業者が乙4発明(1)に周知の事項若しくは構成を適用し、又は適宜設計することにより、容易に発明をすることができたものである。
そうすると、本件発明1-1についての特許及び本件発明1-2についての特許は、いずれも特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由があるから、特許無効審判により無効にされるべきものである。したがって、原告は、被告に対し、本件特許権1を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
ア 相違点の認定について
相違点1-③について、被告は、「乙4発明(1)の『赤外線送受信フィールド6』が、調理器具2に設けられている個数については明記されていない」と主張する。しかし、乙4公報の段落【0017】及び【図1】の記載によれば、「赤外線送受信フィールド6」の個数は1個であることが明白である。
イ 相違点の検討について
(ア)相違点1-①について
被告は、乙4公報には相違点1-①に係る本件発明1-1及び同1-2の構成が実質的に記載されているとする。しかし、乙4公報の翻訳として「視覚的にフラットなデザイン」とあるのは、「視覚的に簡素なデザイン」の誤りであり、乙4公報は、排煙装置と調理機器との間にケーブルを用いないことをもって「視覚的に簡素なデザイン」と説明している。したがって、天板の形状がフラットであるとか、ましてや天板の材質として耐熱ガラスが使用されていることが自明とはいえない。
(イ)相違点1-②について
被告は、乙4公報には相違点1-②に係る本件発明1-1及び同1-2の構成が実質的に記載されているとする。しかし、乙4公報の記載が、「視覚的にフラットなデザイン」ではなく「視覚的に簡素なデザイン」であることは前記(ア)のとおりであり、視覚的に簡素であることと赤外線送受信フィールド6との位置関係は関係がない。また、乙4公報には、赤外線送受信フィールド6が調理器具2「内」に設けられているとの記載はあるが、乙4公報の【図1】では、赤外線送受信フィールド6は実線で描かれており、その表面が露出するように調理器具2内に設けられていることが分かる。したがって、赤外線送受信フィールド6が調理天板18に覆設されるようにして調理器本体に収容され、調理天板18を介してワイヤレス送信する構成が実質的に乙4公報に記載されているということはない。
次に、被告は、乙4発明(1)に、乙第5ないし第7号証に開示された周知の構成を適用することにより、相違点1-②に係る本件発明1-1及び同1-2の構成とすることは容易に想到し得たと主張する。しかし、乙第5ないし第7号証に開示されているのは、いずれも、加熱調理器を排煙装置側から遠隔操作するシステムであって、これらの構成を乙4発明(1)に組み合わせても相違点1-②に係る本件発明1-1及び同1-2の構成には至らない。また、乙第5ないし第7号証に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けて調理機器を制御する発明に係るものであって、解決すべき課題が乙4発明(1)とは異なっているから、乙4発明(1)にこれらの構成を組み合わせる動機付けも認められないというべきである。
(ウ)相違点1-③について
被告は、乙4発明(1)に乙6公報に開示された構成を適用することにより、相違点1-③に係る本件発明1-2の構成とすることは容易に想到し得たと主張する。しかし、乙6公報に開示された構成は、調理器具の外部に設けられた操作装置から調理器具の運転操作を行う発明に係るものであり、解決すべき課題が乙4発明(1)とは異なっているから、乙4発明(1)に乙6公報に開示された構成を組み合わせる動機付けはないというべきである。また、乙6公報には、赤外線受信器を複数とする構成は開示されているが、赤外線送信器を複数とする構成は開示されていない。
ウ 小括
以上によれば、本件発明1-1及び同1-2は、本件出願日1当時、当業者が乙4発明(1)に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。被告が主張する無効理由は成り立たない。
(8)争点6-1(無効理由2-1〔明確性要件違反〕は認められるか)について
-省略-
(9)争点6-2(無効理由2-2〔サポート要件違反〕は認められるか)について
-省略-
(10)争点6-3(無効理由2-3〔補正要件違反〕は認められるか)について
-省略-
(11)争点6-4(無効理由2-4〔乙第4号証を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)について
【被告の主張】
ア 乙4発明(2)
本件出願日2前に外国において頒布された刊行物である乙4公報には、調理機器と排煙装置とを有する機器コンビネーションに関する次の発明(以下「乙4発明(2)」という。)が開示されている。
「鍋などの調理容器が載置される調理天板18と、この調理天板18の下方に配設された調理用の加熱手段と、この加熱手段を制御する調理器具2のコントロールユニットと、調理器具2内に設けられ、光信号を上方に向けて発する赤外線受信フィールド6とを具備し、前記調理器具2のコントロールユニットは、前記赤外線受信フィールド6を介して、前記調理天板18の上方に配設される排煙装置4を制御する機能を有することを特徴とする加熱調理器。」
イ 本件発明2-1及び同2-2と乙4発明(2)との対比
(ア)乙4発明(2)の「調理天板18」が本件発明2-1及び同2-2の「トッププレート」に、乙4発明(2)の「調理器具2のコントロールユニット」が本件発明2-1及び同2-2の「通電制御手段」に、乙4発明(2)の「赤外線受信フィールド6」が本件発明2-1及び同2-2の「通信用投光部」に、乙4発明(2)の「排煙装置4」が本件発明2-1及び同2-2の「換気装置」に、それぞれ相当する。
(イ)そうすると、本件発明2-1と乙4発明(2)とは、次の各点において形式的に相違し、その余の点において一致する。
① 本件発明2-1の「通信用投光部」は、「トッププレートの下方に配設され、当該トッププレートを通して光信号を上方に向けて発する」のに対し(構成要件D2)、乙4発明(2)の「赤外線受信フィールド6」は、光信号を上方に向けて発するものではあるが、調理天板18の下方に設けられ、この調理天板18を通して光信号を上方に発するかが明記されていない点(以下「相違点2-①」という。)
② 本件発明2-1の「トッププレート」は、「前記光信号の波長が透過する光透過性を有する耐熱強化ガラスから構成」されているのに対し(構成要件F2)、乙4発明(2)の調理天板の材質は明記されていない点(以下「相違点2-②」という。)
③ 本件発明2-1では、「前記トッププレートの下方に、前記加熱手段の火力を表示する表示手段を備え、前記通信用投光部を、前記表示手段の近傍に配置した」構成を有するのに対し(構成要件G2)、乙4発明(2)では、加熱手段の火力を表示する表示手段を備えていることが明記されておらず、したがって、表示手段の近傍に赤外線受信フィールド6が配置されているか明記されていない点(以下「相違点2-③」という。)
(ウ)本件発明2-2と乙4発明(2)とは、上記相違点2-①、同2-②及び同2-③に加えて、次の点において形式的に相違し、その余の点において一致する。
④ 本件発明2-2の「通信用投光部」は、「トッププレートの下方に複数個配設されている」のに対し(構成要件I2)、乙4発明(2)の「赤外線受信フィールド6」が設けられている個数については明記されていない点(以下「相違点2-④」という。)
ウ 相違点の検討
(ア)相違点2-①について
乙4発明(2)は、「視覚的にフラットなデザイン」を志向しているのであるから、乙4発明(2)における「赤外線受信フィールド6」は、当然に調理天板18の下方に設けられているというべきである。そうすると、乙4公報には、相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成が実質的に記載されているといえ、相違点2-①は実質的な相違点とはいえない。
仮に、この点が実質的な相違点であるとしても、赤外線送信手段をトッププレートの下方に設けて調理器本体に収容させ、トッププレートを通して光信号を上方に発するようにすることは、本件出願日2当時、周知の構成であったから(乙5ないし7)、乙4公報に接した当業者において、乙4発明(2)に上記周知な構成を適用して相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成とすることは、本件出願日2当時、容易に想到し得たことである。
(イ)相違点2-②について
電子調理器の天板を耐熱強化ガラスとすることは、本件出願日2当時、周知の事項であって(乙5ないし9の3)、外観のきれいさが求められるある程度のグレードの製品であれば当然に採用する構成である。
しかるところ、乙4公報には、「視覚的にフラットなデザイン、および衛生的に特に好適な解決策を得るために、…」などの記載があり、乙4発明(2)につき、視覚的にフラットなデザインを採用し、重視していることがうかがわれるところ、このようなフラットなデザインを採用しようとすれば、調理天板は耐熱強化ガラスとする以外にあり得ない。そうすると、乙4公報には、相違点2-②に係る本件発明2-1及び同2-2の構成が実質的に記載されているといえ、相違点2-②は実質的な相違点とはいえない。
仮に、この点が実質的な相違点であるとしても、乙4公報に接した当業者において、乙4発明(2)に上記周知の事項を適用して相違点2-②に係る本件発明2-1及び同2-2の構成とすることは、本件出願日2当時、容易に想到し得たことである。
(ウ)相違点2-③について
ビルトイン電気調理器において、加熱手段の火力を表示する表示手段が設けられていることは当然の構成であり、乙4公報に「排煙装置4は、図示の実施例では固有の…表示エレメントを有していない。」(段落[0017])と記載されていることの対比からしても、乙4発明(2)の調理器具2は、表示手段を備えていると認められる。そうすると、乙4公報には、加熱手段の火力を表示する表示手段を有する構成が実質的に記載されているといえる。
仮に、加熱手段の火力を表示する表示手段を有する構成が、乙4公報に実質的に記載されていないとしても、電気調理器において火力の表示装置を設けることは、本件出願日2当時の周知な構成であったところ(乙5ないし9の3)、本件出願日2前に外国で頒布された刊行物である欧州特許公開公報第0578600号公報(乙7。以下「乙7公報」という。)に、「セラミックガラスの上方または下方に位置する赤外線センサーレシーバまたは無線機(5)」が「表示器(6)」に隣接して備え付けられている構成が開示されているように([図1])、乙4発明(2)に接した当業者において、乙4発明(2)に上記周知の構成を適用して表示手段を設け、また、赤外線受信フィールドの場所を当該表示手段の近傍に設けることは、適宜設計し得ることであって容易に想到し得たことである。
(エ)相違点2-④について
赤外線の送信手段を調理器具にいくつ設けるかについては、当業者が適宜設計し得る事項である。
また、本件出願日2前に外国で頒布された刊行物である乙6公報には、「機能の信頼性を高めるために、トッププレートの下側の異なる位置に、優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。」との記載があるから、乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、乙4発明(2)に乙6公報に開示された構成を適用して相違点2-④に係る本件発明2-2の構成とすることは、本件出願日2当時、容易に想到し得たことである。
エ 小括
以上によれば、本件発明2-1及び同2-2は、本件出願日2当時、当業者が乙4発明(2)に周知の事項若しくは構成を適用し、又は適宜設計することにより、容易に発明をすることができたものである。
そうすると、本件発明2-1についての特許及び本件発明2-2についての特許は、いずれも特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号の無効理由があるから、特許無効審判により無効にされるべきものである。
したがって、原告は、被告に対し、本件特許権2を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
【原告の主張】
ア 相違点の認定について
相違点2-④について、被告は、「乙4発明(2)の『赤外線受信フィールド6』が設けられている個数については明記されていない」と主張する。しかし、乙4公報の段落【0017】及び【図1】の記載によれば、「赤外線受信フィールド6」の個数は1個であることが明白である。
イ 相違点の検討について
(ア)相違点2-①について
被告は、乙4公報には相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成が実質的に記載されているとする。しかし、乙4公報は、「視覚的に簡素なデザイン」と記載するにとどまり、視覚的に簡素なデザインと赤外線受信フィールド6との位置関係とは関係がないこと、及び、乙4公報において赤外線受信フィールド6は、その表面が露出するように調理器具2内に設けられていることは、既に主張したとおりであり((7)【原告の主張】イ(イ))、相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成が実質的に記載されているということはない。
次に、被告は、乙4発明(2)に、乙第5ないし第7号証に開示された周知の構成を適用することにより、相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成とすることは容易に想到し得たと主張する。しかし、乙第5ないし第7号証に開示されているのは、いずれも、加熱調理器を排煙装置側から遠隔操作するシステムであって、これらの構成を乙4発明(2)に組み合わせても相違点2-①に係る本件発明2-1及び同2-2の構成には至らない。また、乙第5ないし第7号証に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けて調理機器を制御する発明に係るものであって、解決すべき課題が乙4発明(2)とは異なっているから、乙4発明(2)にこれらの構成を組み合わせる動機付けも認められないというべきである。
(イ)相違点2-②について
被告は、乙4公報には相違点2-②に係る本件発明2-1及び同2-2の構成が実質的に記載されているとする。しかし、乙4公報は、排煙装置と調理機器との間にケーブルを用いないことをもって「視覚的に簡素なデザイン」と説明するにとどまり、「視覚的にフラットなデザイン」などとは記載されていない。したがって、天板の形状がフラットであるとか、ましてや天板の材質として耐熱強化ガラスが使用されていることが自明とはいえない。
(ウ)相違点2-③について
被告は、乙4発明(2)の調理器具2が表示手段を備えているとするが、乙4公報に表示手段の記載はない。仮に、乙4公報に表示手段が記載されているとみる余地があるとしても、少なくとも表示手段の近傍に赤外線受信フィールド6が配置されている構成は、記載されていない。
次に、被告は、電気調理器において火力の表示装置を設けることは周知の構成であり(乙5ないし9の3)、さらに、乙7公報には赤外線センサーレシーバ又は無線機が表示器に隣接して備え付けられている構成が開示されているから、当業者において、乙4発明(2)に表示手段を設けた上、当該表示手段の近傍に赤外線受信フィールドを設けることは、適宜設計し得ることであって容易に想到し得たと主張する。しかし、乙第5ないし第7号証に開示されたシステムでは、調理機器の操作装置が調理機器の外部にあるから、表示手段を調理機器に設ける必要はなく、この場合には、調理容器を載置することにより表示手段が見えなくなるということもないから、通信用投光部を、表示手段の近傍に配置することにより、調理容器に邪魔されないとの技術的思想には想到し得ないというべきである。
(エ)相違点2-④について
被告は、乙4発明(2)に乙6公報に開示された構成を適用することにより、相違点2-④に係る本件発明2-2の構成とすることは容易に想到し得たと主張する。しかし、乙6公報に開示された構成は、調理器具の外部に設けられた操作装置から調理器具の運転操作を行う発明に係るものであり、解決すべき課題が本件発明2-2とは異なっているから、乙4発明(2)に乙6公報に開示された構成を適用する動機付けはないというべきである。また、乙6公報には、赤外線受信器を複数とする構成は開示されているが、赤外線送信器を複数とする構成は開示されていない。
ウ 小括
以上によれば、本件発明2-1及び同2-2は、本件出願日2当時、当業者が乙4発明(2)に基づいて容易に発明をすることができたものとはいえない。被告が主張する無効理由4は成り立たない。
(12)争点7(東芝ら及び原告が受けた損害の額)について
-省略-
【原告の主張】
ア 損害賠償の対象となる取引について
既に主張してきたとおり、被告が被告製品Aを製造し、販売する行為は、本件特許権1を侵害するものとみなされる行為であり、また、本件特許権2を侵害する行為である。
また、被告製品Bは、本件発明1-1、同1-2、同2-1及び同2-2との対比においては、被告製品Aと同じ構成を有するから、被告が被告製品Bを製造し、販売した行為は、本件特許権1を侵害するものとみなされる行為であり、また、本件特許権2を侵害する行為である。
仮に、被告各製品の製造及び販売が、本件特許権1を侵害するとみなされる行為とはいえないとしても、被告が被告各製品を対応レンジフードファンと併せて販売する行為は、本件特許権1を侵害する行為である。
イ 損害の額について
被告は、平成19年1月1日から平成28年12月31日までの間に、被告各製品を販売して、少なくとも885億円を売り上げた。本件特許権1又は同2の実施につき特許権者が受けるべき金銭の額は、それぞれ売上高の1パーセントを下らないので、被告の同行為により、本件特許権1の特許権者が受けた損害額の合計は、少なくとも8億8500万円であり、本件特許権2の特許権者が受けた損害額の合計も、少なくとも8億8500万円である。
また、被告は、平成19年1月1日から平成28年12月31日までの間に、被告各製品と対応レンジフードファンとを併せて販売して、少なくとも885億円を売り上げた。被告の同行為により本件特許権1の特許権者が受けた損害の額は、少なくとも8億8500万円である。
ウ 損害賠償請求権の譲渡
前記前提事実(2(2))のとおり、本件特許権1の特許権者は、平成27年9月28日までは東芝であり、同日以降は原告である。また、本件特許権2の特許権者は、同日までは東芝らであり、同日以降は原告である。
東芝らは、平成27年3月13日、本件各特許権に係る自己の持分及び第三者に対する特許権侵害を理由とする損害賠償請求権を全て原告に譲渡し、その後、被告に対して、同債権譲渡に係る通知がされた。
したがって、東芝らが被告に対して有していた被告に対する損害賠償請求権は、全て原告が有するものである。
エ 弁護士費用
本件の訴訟追行に要する弁護士費用として、請求額の10パーセント相当額が認められるべきである。
オ 小括
よって、原告は、被告に対し、本件各特許権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき(本件特許権1の侵害を原因とする損害賠償請求権と、本件特許権2の侵害を原因とする損害賠償請求権とは、選択的併合の関係にある。)、8億8500万円の一部である6億円及び弁護士費用6000万円並びにこれらに対する不法行為後の日である平成29年4月12日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
【被告の主張】
否認し、争う。
そもそも原告は、被告製品Bが本件発明1-1、同1-2、同2-1及び同2-2の各技術的範囲に属する旨を具体的に主張、立証していない。
5.裁判所の判断
1 本件各発明について
(1)本件発明1-1及び同1-2について
-省略-
(2)本件発明2-1及び同2-2について
2 争点5(本件発明1-1についての特許及び本件発明1-2についての特許は、無効理由1〔乙第4号証を主引例とする進歩性欠如〕をもって特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について事案に鑑み、争点5から判断する。
(1)乙4公報(欧州特許公開公報第1010949号(以下「乙4公報」という。))の記載
-省略-
(2)引用発明1
上記(1)に認定した乙4公報の記載によれば,乙4公報には,次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。
「被加熱媒体を載置するための調理天板18と,この調理天板18に覆設された電気駆動式の加熱手段と,火力設定手段により設定された火力に基づいて前記加熱手段への通電制御を行う調理器具2のコントロールユニットと,所定の駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する調理器具2の送受信フィールド6とを備えた加熱調理器と,この加熱調理器の周囲に設置されたファンと,前記駆動信号を受信する排煙装置4の送受信フィールド6と,この排煙装置4の送受信フィールド6にて受信した前記駆動信号に基づいてファンの駆動制御を行う排煙装置4のコントロールユニットとを備えた排煙装置4とにより構成され,前記調理器具2の送受信フィールド6は調理器具2本体に収容され,前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信することを特徴とする加熱調理システム。」
なお,原告は,引用発明1における「調理器具2の送受信フィールド6」の設置態様につき,乙4公報の【図1】に実線で描かれていることから,その表面が露出されるように調理器具2内に設けられていると主張する。しかし,図面に実線で描かれているからといって,直ちに表面に露出していると認めることはできず(現に,本件明細書等1の【図2】において,トッププレート8の下方に覆設され表面が露出していないはずの赤外線LED11a,11bも,実線で描かれているところである。),引用発明1における「調理器具2の送受信フィールド6」の設置態様は不明というほかない。
(3)本件発明1-1及び同1-2と引用発明1との対比
ア 一致点
引用発明1の「調理天板18」が本件発明1-1及び同1-2の「トッププレート」に、引用発明1の「調理器具2のコントロールユニット」が本件発明1-1及び同1-2の「通電制御手段」に、引用発明1の「調理器具2の送受信フィールド6」が本件発明1-1及び同1-2の「送信手段」に、引用発明1の「ファン」が本件発明1-1及び同1-2の「換気ファン」に、引用発明1の「排煙装置4の送受信フィールド6」が本件発明1-1及び同1-2の「受信手段」に、引用発明1の「排煙装置4のコントロールユニット」が本件発明1-1及び同1-2の「駆動制御手段」に、引用発明1の「排煙装置4」が本件発明1-1及び同1-2の「換気ファン装置」に、引用発明1の「調理器具2」が本件発明1-1及び同1-2の「調理器」に、それぞれ相当すると認められる。
したがって、本件発明1-1及び同1-2と引用発明1とは、「被加熱媒体を載置するためのトッププレートと、このトッププレートに覆設された電気駆動式の加熱手段と、火力設定手段により設定された火力に基づいて前記加熱手段への通電制御を行う通電制御手段と、所定の駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する送信手段とを備えた加熱調理器と、この加熱調理器の周囲に設置された換気ファンと、前記駆動信号を受信する受信手段と、この受信手段にて受信した前記駆動信号に基づいて換気ファンの駆動制御を行う駆動制御手段とを備えた換気ファン装置とにより構成され、前記送信手段は調理器本体に収容され、前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信することを特徴とする加熱調理システム」である点において一致する。
イ 相違点
(ア)他方で、本件発明1-1と引用発明1とは、次の各点において形式的に相違する。
① 本件発明1-1及び同1-2の「トッププレート」は、「前記赤外線の波長が透過する性質を有する耐熱ガラス製で構成され」ているのに対し(構成要件F1)、引用発明1において「トッププレート」に相当する「調理天板18」の性質・材質は明記されていない点(以下「相違点1-1」という。)
② 本件発明1-1及び同1-2の「送信手段」は、「前記トッププレートに覆設されるようにして調理器本体に収容され、前記トッププレートを介して前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する」のに対し(構成要件G1)、引用発明1において「送信手段」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」がどのような態様で調理器具2内に設けられているか、また、調理天板18を介して駆動信号をワイヤレス送信するかが不明である点(以下「相違点1-2」という。)
(イ)本件発明1-2及び引用発明1とは、上記相違点1-1及び同1-2に加えて、次の点において形式的に相違する。
③ 本件発明1-2の「送信手段」は、「加熱調理器に複数設けられている」(構成要件I1)のに対し、引用発明1において「送信手段」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」は、「排煙装置4の送受信フィールド6」との関係で一対となっている点(以下「相違点1-3」という。)
(4)関連技術について
ア 乙5公報の記載
本件出願日1前に外国において頒布された刊行物であるドイツ連邦共和国特許公開公報第3909126号(乙5。以下「乙5公報」という。)には,次の記載がある(日本語訳は,被告が提出した訳文によった。)。
「本発明は,調理レンジ用の切換装置であって,操作ユニットと,調理レンジ内に配置され,調理領域及び/又はオーブンを切り換える出力切換部とを有する前記切換装置に関するものである。」
「通常,調理レンジにおいては,操作ユニットが調理レンジの前側に統合されている。操作ユニットが直立した姿勢では見にくいため,操作ユニットのこの位置は,操作性を妨げるものである。…多くの場合には,操作ユニットは,調理レンジの高温となる範囲に位置している。このことは,温度に敏感な操作ユニットの電子部品の熱的な保護を必要とする。操作ユニットをレンジのより低温の範囲に配置することができるが,その場合,適当な結合ケーブルが必要となってしまう。」
「本発明の課題は,調理レンジの高温範囲の外部の,操作のために見やすい箇所に操作ユニットが配置された,冒頭に挙げた種類の切換装置を提案することにある。」
「本発明によれば,上記課題は,冒頭に挙げた種類の切換装置において,操作ユニットが,調理レンジの上方に設けられたレンジフードに配置されていること,及び操作ユニットと出力切換部の間の信号伝達が赤外線区間又は超音波区間を用いてなされることによって解決される。」
「本発明の構成では,赤外線区間及び超音波区間を介して,出力切換部から操作ユニットへの信号伝達も行われ,操作ユニットが,信号伝達の遮断を表示するため,及び/又は実際のオンされている調理領域を表示するための検査装置を備えている。」
「本発明の発展形成では,操作ユニットに接続された赤外線送信機がレンジフードの下側に配置されているとともに,出力切換部に接続された赤外線受信機が調理領域近傍の調理レンジのガラスセラミックプレートの下方に配置されている。これにより,赤外線受信機は,ガラスセラミックプレートの穿孔を生じさせないとともに,その平滑な表面を阻害しない。」
「本発明の別の有利な形態は,実施例の以下の説明から明らかである。図は,調理レンジの上方のレンジフードを概略的に示すものである。」
「ガラスセラミック-調理プレート(1)は4つの調理領域(2)を備えており,これらの調理領域の下方には不図示の電気式のヒーターが配置されている。これらは,出力切換部(3)によってオン可能である。」
「出力切換部(3)には赤外線受信機(4)が接続されている。この赤外線受信機は,同様に調理プレート(1)の下方に配置されている。」
「調理プレート(1)の上方にはレンジフード(5)が配置されている。このレンジフードには赤外線送信機(6)が組み込まれており,この赤外線送信機は,赤外線受信機(4)の上方で垂直に位置している。これにより,送信機(6)と受信機(4)との間の信号伝達のために赤外線-信号伝達区間が形成されている。…受信機(4)は,調理プレート(1)のこのような箇所,例えば右後ろに配置されており,鍋又はこれに類するものによってこの箇所が覆われることはできる限り起こり得ない。」
「特別な場合においては,受信機(4)は例えば鍋又はその他の物体によって覆われることがあり得る。伝達区間は,これにより遮断されている。…このことをユーザに表示するために,受信機(4)に送信機を設け,送信機(6)に受信機を配置することが可能である。送信機(6)に配置された受信機が信号を受信しない場合には,このことが操作ユニット(7)に表示される。これにより,ユーザは,伝達区間の遮断についての示唆を受け取り,この遮断する物体を取り除くことができる。」
イ 乙6公報の記載
本件出願日1前に外国において頒布された刊行物である乙6公報には,次の記載がある(日本語訳は,被告が提出した訳文によった。)。
「本発明は調理器具の操作状態を調節するための方法および装置に関する。」
「従来技術に基づく操作装置は調理器具に直接存在し,したがって調理器具によって生成される熱の影響下にある。さらにレンジの下のその位置は操作者に対して人間工学的に不利である。すなわち,特に操作装置を低温に維持するために予防措置が講じられなければならない。」
「したがって本発明は,上述の従来技術の欠点を回避するトッププレートを有する調理器具の操作状態を調節するための方法と装置を提示することに課題を置く。」
「操作装置における操作手順に応じて調理機器の操作状態を選択するために,選択される操作状態に一義的に割り当てられる赤外線制御信号を生成する操作装置が設けられる。この赤外線制御信号を受信するために少なくとも1つの赤外線受信器が設けられ,該赤外線受信器は操作装置と反対側のトッププレートの側面に配置される。トッププレートによる赤外線制御信号の十分な透過を確保するために,トッププレートに対する材料として,赤外線制御信号の周波数スペクトルが存在する少なくとも赤外線スペクトルの部分スペクトルを透過する材料が選択される。」
「本発明に基づいて形成される調理器具のこの赤外線遠隔操作によって,操作装置は空間的に離して,かつ調理器具から全く独立して配置され,その結果,調理器具による操作装置への熱的影響を回避することができる。さらに操作装置は人間工学的に例えば眼の高さにおいて,作り付け家具内に配置することができる。…最後にトッププレートの下側の赤外線受信器はこぼれた調理物による損傷と汚染から保護され,かつ場所を取らずに格納することが可能である。」
「機能の信頼性を高めるために,トッププレートの下側の異なる位置に,優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。赤外線受信器の1つが例えば調理器によって覆われた場合においても尚,赤外線制御信号は別の赤外線受信器によって受信することができる。」
「特別な実施形態において,双方向赤外線伝送路を設けることができる。その場合,調理器具の運転状態を調節するための制御信号を赤外線信号として伝送するのみではなく,調理器具の状態信号または別の信号を,料理器具の現在の運転状態を表示する表示装置へ伝送することもできる。そのためにトッププレートの下側にトッププレートを通して表示装置の赤外線受信器へ赤外線状態信号を送信するための赤外線送信器が配置される。」
「図1において,少なくとも赤外線周波数スペクトルの部分スペクトルに透過性である調理器具のトッププレート2が示される。優先的にトッププレート2は少なくとも部分的にガラスセラミックによって構成され,該ガラスセラミックは通常約0.5μm~約4.5μmの間の波長領域における電磁放射線に対して透過性(透明)である。ガラスセラミック2の互いに反対側に向いた側面に操作装置5と赤外線受信器4が配置される。」
「図3は,4つの調理ゾーン20~23と,トッププレートのコーナーの下側に配置される赤外線受信器4A~4Dを有するトッププレート2の実施形態を平面図で示す。複数の赤外線受信器4A,4B,4C,および4Dを設けることによって,これらの赤外線受信器4A~4Dの3つまでが調理器または別の物体によって覆われている場合も赤外線遠隔操作は機能する。」
ウ 乙7公報の記載
本件出願日1前に外国において頒布された刊行物である乙7公報には,次の記載がある(日本語訳は,被告が提出した訳文によった。)。
「以下の発明は,…とりわけ誘導加熱式またはガラスセラミック型の装置を制御するために作られた家庭電化製品のリモート制御のためのシステムである。」
「この記録において,好ましくは調理装置用に設計された家庭電化製品の機能のリモート制御のためのシステムであって,制御部が例えば調理器フードの構造体内などの誘導式またはガラスセラミック型の調理プレートから遠い場所に位置し,あるいはリモート制御部を使用するシステムが説明される。」
「このシステムは,送信部と,赤外線レシーバまたは無線機とを有し,赤外線センサーレシーバまたはアンテナは,セラミックガラスの下方にあり,赤外線または電波は,このセラミックガラスを通過することができる。」
「調理プレート内のヒータと同数の電力表示器が,調理器の前面またはセラミックガラスの下方に存在でき,7セグメントの表示部が,動作中の各々の抵抗器の電力の容易な表示を可能にする。」
「以上の図を眺めた後で,採用された採番に従って,どのようにして誘導式またはガラスセラミック型のいずれかの調理プレート(3)のヒータ(2)のための制御部(1)が,センサーレシーバ(5)が,セラミックガラスの上方または下方において,赤外線または電波が通過するがゆえに,赤外線または無線によって作動させられるようなやり方で,調理器フード(4)の前面に位置するのかに,注目することができる。」(5)相違点の検討
ア 相違点1-1及び同1-2について
(ア)相違点の概要
相違点1-1は、本件発明1-1及び同1-2の「トッププレート」は、「前記赤外線の波長が透過する性質を有する耐熱ガラス製で構成され」ているのに対し(構成要件F1)、引用発明1において「トッププレート」に相当する「調理天板18」の性質・材質は明記されていない点である。相違点1-2は、本件発明1-1及び同1-2の「送信手段」は、「前記トッププレートに覆設されるようにして調理器本体に収容され、前記トッププレートを介して前記駆動信号を赤外線によりワイヤレス送信する」のに対し(構成要件G1)、引用発明1において「送信手段」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」がどのような態様で調理器具2内に設けられているか、また、調理天板18を介して駆動信号をワイヤレス送信するかが不明である点である。
(イ)実質的な相違点かについて
被告は、相違点1-1及び同1-2に係る本件発明1-1及び同1-2の構成は、乙4公報に実質的に記載されている旨主張する。しかし、上記(1)に認定した乙4公報の記載によっても、これらの点が実質的に記載されているとは認め難いので、相違点1-1及び同1-2は、実質的な相違点というべきである。
(ウ)容易想到性の検討
上記(4)にみた乙5公報、乙6公報及び乙7公報の記載によれば、調理器具に備え付けられ、調理器具外に備え付けられた機器との間で赤外線を送受信する赤外線送受信器を、調理器具のトッププレートの下方に配置した上で、当該トッププレートとして、赤外線が透過する性質を有するセラミックガラスを採用し、このトッププレートを介して赤外線信号を送受信する構成は、本件出願日1当時、周知の構成であったと認められる。
さらに、乙6公報には、調理器具について、赤外線受信器をトッププレートの下方に設けることにより、当該赤外線受信器(なお、乙6公報には、双方向赤外線伝送路を設ける構成として、トッププレートの下方に赤外線送信器を配置する構成も開示されている。)をこぼれた調理物による損傷と汚染から保護するという、本件発明1-1及び同1-2の解決課題と共通する課題が記載されている。
そうすると、乙4公報に接した当業者において、引用発明1に上記周知の構成を適用して、相違点1-1及び同1-2に係る本件発明1-1及び同1-2の構成とすることは、本件出願日1当時、容易に想到し得たことというべきである。
この点について、原告は、乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示されているのは、加熱調理器を排煙装置側から遠隔操作するシステムであり、これらの公報に記載された構成を引用発明に組み合わせても相違点1-1及び同1-2に係る本件発明1-1及び同1-2の構成には至らないと主張する。しかし、乙5公報には「受信機(4)に送信機を設け、送信機(6)に受信機を配置することが可能である。」との記載が、乙6公報には「双方向赤外線伝送路を設けることができる。その場合、…トッププレートの下側にトッププレートを通して表示装置の赤外線受信器へ赤外線状態信号を送信するための赤外線送信器が配置される」との記載がそれぞれあるから、これらの記載と併せて、「調理器具に備え付けられ、調理器具外に備え付けられた機器との間で赤外線を送受信する赤外線送受信器を、調理器具のトッププレートの下方に配置した上で、当該トッププレートとして、赤外線が透過する性質を有するセラミックガラスを採用し、このトッププレートを介して赤外線信号を送受信する構成」が周知の構成であったと認定でき、これを引用発明1に適用すれば、相違点1-1及び同1-2に係る本件発明1-1及び同1-2の構成に至るというべきである。原告の主張は採用することができない。
また、原告は、乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けて調理機器を制御する発明に係るものであり、解決すべき課題が引用発明1とは異なっているから、引用発明1にこれらの公報に記載された構成を組み合わせる動機付けは認められないと主張する。しかし、乙4公報には、「視覚的に簡素な(schlichten)デザイン、および衛生的に特に好適な解決策を得るために、」との記載があって、調理機器と排煙装置との接続をより簡素で、衛生的なものとすべき旨の課題が記載ないし示唆されていると認められる。また、上記のとおり、乙6公報には、赤外線受信器をトッププレートの下方に設けることにより、当該赤外線受信器をこぼれた調理物による損傷と汚染から保護するという課題解決手段が明確に記載されていることからすれば、赤外線送受信装置を備える調理機器において、赤外線送受信装置を損傷や汚染から保護することによりワイヤレス送信の信頼性を確保するという課題は、当業者にとって、本件出願日1当時、自明な課題であったということもできる。したがって、引用発明1に、上記周知の構成を適用する動機付けが認められるというべきである。原告の主張は採用することができない。
イ 相違点1-3について
(ア)相違点の概要
相違点1-3は、本件発明1-2の「送信手段」は、「加熱調理器に複数設けられている」(構成要件I1)のに対し、引用発明1において「送信手段」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」は、「排煙装置4の送受信フィールド6」との関係で一対となっている点である。
(イ)容易想到性の検討
上記(4)イのとおり、乙6公報には、「機能の信頼性を高めるために、トッププレートの下側の異なる位置に、優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。赤外線受信器の1つが例えば調理器によって覆われた場合にも尚、赤外線制御信号は別の赤外線受信器によって受信することができる。」との記載、また、「双方向赤外線伝送路を設けることができる。その場合、…トッププレートの下側にトッププレートを通して表示装置の赤外線受信器へ赤外線受信信号を送信するための赤外線送信器が配置される」との記載がそれぞれあり、トッププレートの下側に配設される赤外線送信器を複数個とする構成のほか、かかる構成により通信機能の信頼性を高めるという、本件発明1-2の解決すべき課題と共通する課題が記載されている。
そうすると、乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、引用発明1に、乙6公報に開示された上記構成を適用して、相違点1-3に係る本件発明1-2の構成とすることは、本件出願日1当時、容易に想到し得たことというべきである。
この点について、原告は、乙6公報には、赤外線送信器を複数とする構成は開示されていないと主張するが、これが開示されているとみるべきことは上記のとおりである。原告の主張は採用することができない。
また、原告は、乙6公報に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けられた操作装置から調理器具の運転操作を行う発明に係るものであり、解決すべき課題が引用発明1とは異なるから、引用発明1に上記構成を組み合わせる動機付けは認められないと主張する。しかし、上記のとおり、乙6公報には、複数の赤外線受信器を設けることにより、その1つが調理器により覆われた場合にも、なお別の赤外線受信器によって送受信を可能にするという課題解決手段が明確に記載されていることからすれば、赤外線送受信装置を備える調理機器において、調理容器等により赤外線の送受信が遮られる可能性があり、その送受信の信頼性を確保するという課題は、当業者にとって、本件出願日1当時、自明な課題であったということができ、少なくとも乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、引用発明1における赤外線受信フィールド6を複数とする動機付けが認められるというべきである。原告の主張は採用することができない。
(6)小括
以上によれば、本件発明1-1及び同1-2は、いずれも、本件出願日1前に、当業者が引用発明1に上述した周知の構成又は公知の構成を適用して、容易に発明をすることができたものと認められる。そうすると、本件発明1-1についての特許及び本件発明1-2についての特許は、特許法29条2項に違反してされたものであって、同法123条1項2号の無効理由があり、いずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、被告に対し、本件特許権1を行使することができない(同法104条の3第1項)。
3 争点6-4(無効理由2-4〔乙第4号証を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)について
次に、事案に鑑み、争点6-4について判断する。
(1)引用発明2
上記2(1)に認定した乙4公報の記載によれば、本件出願日2前に外国において頒布された刊行物である乙4公報には、次の発明(以下「引用発明2」という。)が記載されているものと認められる。
「鍋などの調理容器が載置される調理天板18と、この調理天板18の下方に配設された調理用の加熱手段と、この加熱手段を制御する調理器具2のコントロールユニットと、光信号を上方に向けて発する調理器具2の送受信フィールド6とを具備し、前記調理器具2のコントロールユニットは、前記調理器具2の送受信フィールド6を介して、前記調理天板18の上方に配設される排煙装置4を制御する機能を有することを特徴とする加熱調理器。」
なお、「調理器具2の送受信フィールド6」が、その表面が露出されるように調理器具2内に設けられているとの原告の主張を採用することができないことは、前記2(2)のとおりである。
(2)本件発明2-1及び同2-2と引用発明2との対比
ア 一致点
引用発明2の「調理天板18」が本件発明2-1及び同2-2の「トッププレート」に、引用発明2の「調理器具2のコントロールユニット」が本件発明2-1及び同2-2の「通電制御手段」に、引用発明2の「調理器具2の送受信フィールド6」が本件発明2-1及び同2-2の「通信用投光部」に、引用発明2の「排煙装置4」が本件発明2-1及び同2-2の「換気装置」に、それぞれ相当すると認められる。
したがって、本件発明2-1及び同2-2と引用発明2とは、「鍋などの調理容器が載置されるトッププレートと、このトッププレートの下方に配設された調理用の加熱手段と、この加熱手段を制御する通電制御手段と、光信号を上方に向けて発する通信用投光部とを具備し、前記通電制御手段は、前記通信用投光部を介して、前記トッププレートの上方に配設される換気装置を制御する機能を有することを特徴とする加熱調理器」である点において一致する。
イ 相違点
(ア)他方で、本件発明2-1と引用発明2とは、次の各点において形式的に相違する。
① 本件発明2-1及び同2-2の「通信用投光部」は、「前記トッププレートの下方に配設され、当該トッププレートを通して光信号を上方に向けて発する」のに対し(構成要件D2)、引用発明2において「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」がどのような態様で調理器具2内に設けられているか、また、調理天板を通して光信号を発するかが不明である点(以下「相違点2-1」という。)
② 本件発明2-1及び同2-2の「トッププレート」は、「前記光信号の波長が透過する光透過性を有する耐熱強化ガラスから構成」されているのに対し(構成要件F2)、引用発明2において「トッププレート」に相当する「調理天板18」の性質・材質は明記されていない点(以下「相違点2-2」という。)
③ 本件発明2-1及び同2-2は、「前記トッププレートの下方に、前記加熱手段の火力を表示する表示手段を備え、前記通信用投光部を、前記表示手段の近傍に配置し」ているのに対し(構成要件F2)、引用発明2が「表示装置」に相当する構成を備えているか、また、「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」が上記「表示装置」の近傍に配置されているかが不明である点(以下「相違点2-3」という。)
(イ)本件発明2-2及び引用発明2とは、上記相違点2-1、同2-2及び同2-3に加えて、次の点において形式的に相違する。
④ 本件発明2-2の「通信用投光部」は、「前記トッププレートの下方に複数個配設されている」(構成要件I2)のに対し、引用発明2において「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」は、「排煙装置4の送受信フィールド6」との関係で一対となっている点(以下「相違点2-4」という。)
(3)相違点の検討
ア 相違点2-1及び同2-2について
(ア)相違点の概要
相違点2-1は、本件発明2-1及び同2-2の「通信用投光部」は、「前記トッププレートの下方に配設され、当該トッププレートを通して光信号を上方に向けて発する」のに対し(構成要件D2)、引用発明2において「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」がどのような態様で調理器具2内に設けられているか、また、調理天板を通して光信号を発するかが不明である点である。
相違点2-2は、本件発明2-1及び同2-2の「トッププレート」は、「前記光信号の波長が透過する光透過性を有する耐熱強化ガラスから構成」されているのに対し(構成要件F2)、引用発明2において「トッププレート」に相当する「調理天板18」の性質・材質は明記されていない点である。
(イ)実質的な相違点かについて
被告は、相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2-1及び同2-2の構成は、乙4公報に実質的に記載されている旨主張する。しかし、上記2(1)に認定した乙4公報の記載によっても、これらの点が実質的に記載されているとは認め難いので、相違点2-1及び同2-2は、実質的な相違点というべきである。
(ウ)容易想到性の検討
上記2(4)にみた乙5公報、乙6公報及び乙7公報の記載(いずれの公報も、本件出願日2前に外国において頒布された刊行物と認められる。)によれば、調理器具に備え付けられ、調理器具外に備え付けられた機器との間で赤外線を送受信する赤外線送受信器を、調理器具のトッププレートの下方に配置した上で、当該トッププレートとして、赤外線が透過する性質を有するセラミックガラスを採用し、このトッププレートを介して赤外線信号を送受信する構成は、本件出願日2当時、周知の構成であったと認められる。
さらに、乙6公報には、調理器具について、赤外線受信器をトッププレートの下方に設けることにより、当該赤外線受信器(なお、乙6公報には、双方向赤外線伝送路を設ける構成として、トッププレートの下方に赤外線送信器を配置する構成も開示されている。)をこぼれた調理物による損傷と汚染から保護するという課題が記載されている。
そうすると、乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、引用発明2に上記周知の構成を適用して、相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2-1及び同2-2の構成とすることは、本件出願日2当時、容易に想到し得たことというべきである。
この点について、原告は、乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示されているのは、加熱調理器を排煙装置側から遠隔操作するシステムであり、これらの公報に記載された構成を引用発明に組み合わせても相違点2-1及び同2-2に係る本件発明2-1及び同2-2の構成には至らないとか、原告は、乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けて調理機器を制御する発明に係るものであり、解決すべき課題が引用発明2とは異なるから、引用発明2にこれらの公報に記載された構成を組み合わせる動機付けは認められないなどと主張するが、本件発明1-1及び同1-2と引用発明1との相違点1-1及び同1-2について検討した前記2(5)アに説示したのと同様の理由により、採用することができない。
イ 相違点2-3について
(ア)相違点の概要
相違点2-3は、本件発明2-1及び同2-2は、「前記トッププレートの下方に、前記加熱手段の火力を表示する表示手段を備え、前記通信用投光部を、前記表示手段の近傍に配置し」ているのに対し(構成要件F2)、引用発明2が「表示装置」に相当する構成を備えているか、また、「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」が上記「表示装置」の近傍に配置されているかが不明である点である。
(イ)容易想到性の検討
乙7公報には、「調理プレート内のヒータと同数の電力表示器が、…セラミックガラスの下方に存在でき、7セグメントの表示部が、動作中の各々の抵抗器の電力の容易な表示を可能にする。」との記載があり、また、証拠(乙8、9、12)によれば、トッププレートの下方に、加熱手段の火力を表示する表示手段を備えた加熱調理器は、本件出願日2前に一般に販売されていたことが認められるから、加熱調理器において、「トッププレートの下方に、加熱手段の火力を表示する表示手段を備え」る構成は、本件出願日2当時の周知技術であったと認められ、同じく加熱調理に関する引用発明2に、上記周知技術を適用するのに何らの困難もないというべきである。なお、当該表示手段は、使用者に加熱手段の火力を表示するものであるから、調理容器により視認することが妨げられにくい箇所に備えられるべきことは、上記各証拠からも明らかな技術常識であると認められる。
次に、乙5公報には「特別な場合においては、受信機(4)は例えば鍋又はその他の物体によって覆われることがあり得る。伝達区間は、これにより遮断されている。」との、乙6公報には「機能の信頼性を高めるために、トッププレートの下側の異なる位置に、優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。赤外線受信器の1つが例えば調理器によって覆われた場合においても尚、赤外線制御信号は別の赤外線受信器によって受信することができる。」との各記載があり、赤外線送受信装置を備える調理機器において、調理容器等により赤外線の送受信が遮られる可能性があり、その送受信の信頼性を確保するという課題は、当業者にとって、本件出願日2当時、自明な課題であったということができる。
そして、当該自明な課題につき、乙5公報には「受信機(4)は、調理プレート(1)のこのような箇所、例えば右後ろに配置されており、鍋又はこれに類するものによってこの箇所が覆われることはできる限り起こり得ない。」との、乙6公報には「図3は、4つの調理ゾーン20~23と、トッププレートのコーナーの下側に配置される赤外線受信器4A~4Dを有するトッププレート2の実施形態を平面図で示す。複数の赤外線受信器4A、4B、4C、および4Dを設けることによって、これらの赤外線受信器4A~4Dの3つまでが調理器または別の物体によって覆われている場合も赤外線遠隔操作は機能する。」との各記載があるから、調理容器により赤外線通信が遮断されにくい箇所に赤外線送受信器を配設する構成を採用することにより、上記自明な課題が解決されることも、本件出願日2当時の周知技術であったと認められる。
そうすると、乙4公報に接した当業者において、引用発明2に、加熱手段の火力を表示する表示手段に係る上記周知技術を適用して、トッププレートの下方であって、調理容器により視認することが妨げられにくい箇所に同表示手段を備えるものとし、同じくトッププレートの下方に配設され、周知技術として調理容器により赤外線通信が遮断されにくい箇所に設けるべきとされる赤外線送受信器(「調理器具2の送受信フィールド6」)を、同表示手段の近傍に設けることは、調理器具の構造やデザインに応じ、適宜設計し得る事項であり、容易に想到し得たことというべきである。
これに対し、原告は、乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示されたシステムでは、調理機器の操作装置が調理機器の外部にあるから、表示手段を調理器具に設ける必要がないと主張するが、引用発明2に表示手段を設けることに何らの困難もないことは既に説示したとおりであり、このことは乙5公報、乙6公報及び乙7公報に開示されたシステムに表示手段を設ける動機付けがあるかによっては左右されないから、原告の主張を採用することはできない。
ウ 相違点2-4について
(ア)相違点の概要
相違点2-4は、本件発明2-2の「通信用投光部」は、「前記トッププレートの下方に複数個配設されている」(構成要件I2)のに対し、引用発明2において「通信用投光部」に相当する「調理器具2の送受信フィールド6」は、「排煙装置4の送受信フィールド6」との関係で一対となっている点である。
(イ)容易想到性の検討
上記2(4)イのとおり、乙6公報には、「機能の信頼性を高めるために、トッププレートの下側の異なる位置に、優先的に調理ゾーンの外側に配置される複数の赤外線受信器を設けることができる。赤外線受信器の1つが例えば調理器によって覆われた場合にも尚、赤外線制御信号は別の赤外線受信器によって受信することができる。」、「双方向赤外線伝送路を設けることができる。その場合、…トッププレートの下側に…赤外線送信器が配置される」との記載がそれぞれあり、トッププレートの下側に配設される赤外線送信器を複数個とする構成のほか、かかる構成により通信機能の信頼性を高めるという、本件発明2-2の解決すべき課題と共通する課題が記載されている。
そうすると、乙4公報及び乙6公報に接した当業者において、引用発明2に、乙6公報に開示された上記構成を適用して、相違点2-4に係る本件発明2-2の構成とすることは、本件出願日2当時、容易に想到し得たことというべきである。
この点について、原告は、乙6公報には、赤外線送信器を複数とする構成は開示されていないとか、乙6公報に開示された構成は、調理機器の外部に操作装置を設けられた操作装置から調理器具の運転操作を行う発明に係るものであり、解決すべき課題が引用発明2とは異なるから、引用発明2に上記構成を組み合わせる動機付けは認められないなどと主張するが、本件発明1-2と引用発明1との相違点1-3について検討した前記2(5)イに説示したのと同様の理由により、採用することができない。
(4)小括以上によれば、本件発明2-1及び同2-2は、いずれも、本件出願日2前に、当業者が引用発明2に上述した周知の構成ないし周知技術を適用し、又は適宜設計することにより、容易に発明をすることができたものと認められる。そうすると、本件発明2-1についての特許及び本件発明2-2についての特許は、特許法29条2項に違反してされたものであって、同法123条1項2号の無効理由があり、いずれも特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、被告に対し、本件特許権2を行使することができない(同法104条の3第1項)。
6.検討
(1)本件は2件の特許がありますが、それぞれの発明は補正により結果的に似たものになっており、要はIHクッキングヒータに赤外線送信手段を設け、その上に赤外線を透過するガラス製のトップレートを敷いて、この赤外線送信手段から上方の換気装置に信号を送るというものです。
(2)これら2件について審査書類情報照会から拒絶理由通知書等を確認したところ、鍋載置台に設けられた送信手段からの信号を受けて投光手段と換気装置を連動して動作させる装置が開示された文献がありました。この拒絶理由通知書に対して提出された意見書及び補正書を読みましたが、正直この反論内容で特許査定となるとは思えませんでした。強いて特許査定になった理由を創造すると、審査官は拒絶理由通知書の中で引用例1の第2図を参酌すると、送信手段をトッププレートに覆設されるように、調理器本体内に収容されているものと認められる、と認定していますが、トッププレートを通過させて信号を送信しているとまでは特定できない、と思っていたのでしょうか。
(3)無効資料として提出された乙4文献には、赤外線信号を送信する手段の設置場所以外はほぼ本件発明と同様の発明が開示されており(設置場所は異なるというよりは不明)、その他乙5、6及び7文献にはトッププレートを通過して赤外線信号を送信することが開示され、周知技術と認定されました。そうすると、特に阻害事由もなく、適用する動機付けもないとは言えないので当業者が組み合わせることを容易に想到できると判断されました。この判断については当然のように思いました。なお、乙6文献はEPO及びドイツ特許庁のホームページで検索しても見つかりませんでした。
(4)実は主引用例の一部の構成要件が不明というのは他の公知発明と組み合わせる時に都合が良いことが多いです。本件発明と主引用例との間で設置位置が明確に異なる場合には、設置位置を変更するための(積極的)理由が必要になります。しかし、不明の場合、つまり主引用例で設置場所が重視されていない場合には、副引用例における設置位置により生じるメリットだけで主引用例に積極的に組み合わせる理由になりえます。無効資料を探す場合の一つのコツのようなものですが、ある程度経験をしないとなかなかうまくできません。
(5)上述のとおり本件特許は2件とも2015年に東芝からアイリスオーヤマに譲渡されました。正確な数は調べてはいませんがこれら2件以外にも東芝のIHクッキングヒータ関連の多くがアイリスオーヤマに譲渡されたようです。アイリスオーヤマは近年特許出願件数も増えているようなので、後発メーカとして様々な手段で特許件数を増やしているものと思います。
(6)また、原告であるアイリスオーヤマは東芝の損害賠償請求権も譲り受けたと述べており、東芝が特許を保有していた期間についての損害賠償も請求しています。この損害賠償請求権の譲渡が認められた場合、実際問題として原告は損害額を立証することが可能でしょうか?東芝はIHクッキングヒータ事業から撤退しているようなので、販売台数等に関するデータが残っているのか疑問です。当然、立証の困難性について原告は百も承知でしょうから単に請求額を大きくする必要があったと想像されます(例えば、当事者間では先に日立から損害賠償請求されていて、その額が非常に大きいので釣り合いを取るために大きくせざるを得ないとか)。
(7)本件で驚いたのはドイツメーカもIHクッキングヒータの製造・販売していたことと、被告である日立がきちんとそこを押さえていてドイツ公報で無効主張してきたことです。侵害訴訟が無効主張も含めて実質的に半年で集結していることからかなり早い段階でドイツ公報まで調査して無効主張のロジックを組み立てていたと思われます。さすがにすごいです。