交差連結具事件

投稿日: 2019/09/20 1:14:57

今日は、平成30年(ワ)第2554号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である因幡電機産業株式会社は、判決文によると、電子部品・デバイス、プラスチック製品、金属製品、建築材料の設計、製造、加工並びに販売等を目的とする株式会社であり、空調機器の室内機等の吊設機器用の空調部材を幅広く製造、販売しているそうです。一方、被告であるエヌパット株式会社は、建設用・建築用金属製品、同樹脂製品(管・ホ—ス)の製造等を目的とする株式会社であり、空調部材等を製造、輸入、販売、及び販売の申出をしているそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、吊設機器を吊り下げ支持するための吊ボルトとブレースボルトを連結する交差連結具に関するものであって、吊ボルトを保持する第一保持部と、ブレースボルトを保持するとともに第一保持部の両側に相対変位可能に連結されている第二保持部とを有するものです。

(2)被告は、本件各発明に共通して用いられる「(挟み込んで)保持する」について取付工程での手順を含めて「挿通することなく、外周側から挟み込んで保持する」解釈すべきであって、被告製品は挿通するものであるから非抵触である、と主張しましたが、認められませんでした。それ以外にも非抵触主張がありましたが、いずれも認められませんでした。また、無効主張も行っていますが、これらも認められませんでした。確かに「挟み込んで」という文言は相応しくないですが、明細書等の記載内容からするとこの主張は弱いと思います。

(3)もともと原告は被告製品の差止・廃棄と、損害賠償を求めて訴えました。しかし、裁判の過程で、被告は被告製品の残余部品を処分し、製造金型について電気溶接の方法により使用できない状態としたことが認められたので、原告は廃棄請求に係る訴えは取り下げています。また、損害賠償請求についても被告は認諾したそうです。そうなると、被告が差止だけ最後まで争った理由が想像できませんでした。

(4)原告は3件の特許を用いていますが、これらは親出願とそれからの2件の分割出願に基づくものです。親出願が被告製品1の販売開始直後に早期審査請求をしていること及び親出願の特許査定前後に分割出願していることから、被告製品1を入手して権利化を進めたものと思われます。

2.手続の時系列の整理(特許第6026497号(本件特許権1)、特許第6141502号(本件特許権2)、特許第6263594号(本件特許権3))

① 本件特許は親出願とその分割出願である2件の第1世代の出願からなる3件の特許ですが、さらに特願2016-200735の分割出願である第3世代の特許第6506801号(特願20017-125321)及びその分割出願である第4世代の出願(特願2019-066963)が存在します。

3.本件発明

(1)本件発明1(本件特許権1の請求項8(訂正後))

1A 交差する2つの仮想平面の交線に沿う状態で構造体から垂設されて吊設機器を吊り下げ支持する吊ボルト(81)と、前記吊ボルト(81)に対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される2本のブレースボルト(82A、82B)とを連結する、前記吊設機器の振れ止め用の交差連結具であって、

1B 前記吊ボルト(81)を保持する第一保持部(3)と、

1C 前記第一保持部(3)に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記ブレースボルト(82A、82B)のそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルト(82A、82B)挟み込んで保持する一対の第二保持部(5)と、を備え、

1D 前記第一保持部(3)が、板状に形成されたベース板部(30)と、少なくとも部分的に前記吊ボルト(81)の外周に沿って当該吊ボルト(81)を包囲する包囲部(44)を有して前記ベース板部(30)に固定される第一保持板部(40)と、を有し、

1E 前記ベース板部(30)の両端部に設けられた一対の取付基部(35)が、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、

1F 前記取付基部(35)の外面側に、対応する前記第二保持部(5)が相対変位可能に連結されている

1G 交差連結具。

(2)本件発明2(本件特許権2の請求項1)

2A 第一棒状体(81)と、前記第一棒状体(81)に対してそれぞれ交差する2本の第二棒状体(82A、82B)とを連結する交差連結具であって、

2B 前記第一棒状体(81)を保持する第一保持部(3)と、

2C 前記第一保持部(3)に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記第二棒状体(82A、82B)のそれぞれの軸方向に沿って対応する第二棒状体(82A、82B)を挟み込んで保持する一対の第二保持部(5)と、を備え、

2D 前記第一保持部(3)が、板状に形成されたベース板部(30)を含み、

2Eベース板部(30)が、前記第一棒状体(81)の保持位置に対して板面に沿う方向の両側に設けられた一対の取付基部(35)を有し、

2F 一対の前記第二保持部(5)の一方が一対の前記取付基部(35)の一方に連結され、一対の前記第二保持部(5)の他方が一対の前記取付基部(35)の他方に連結されている

2G 交差連結具。

(3)本件発明3(本件特許権3の請求項1)

3A 交差する2つの仮想平面の交線に沿って配設される第一棒状体(81)と、前記第一棒状体(81)に対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される2本の第二棒状体(82A、82B)とを連結する交差連結具であって、

3B 前記第一棒状体(81)を保持する第一保持部(3)と、

3C 前記第二棒状体(82A、82B)をそれぞれ保持する一対の第二保持部(5)と、を備え、

3D 前記第一保持部(3)は、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される一対の取付基部(35)を有し、

3E 一対の前記第二保持部(5)の一方が、対応する前記第二棒状体(82A、82B)に直交する方向に沿って締結される連結ボルトを用いて当該第二棒状体(82A、82B)をその軸方向に沿って挟み込んで保持するとともに、一対の前記取付基部(35)の一方に相対変位可能に連結され、

3F 一対の前記第二保持部(5)の他方が、対応する前記第二棒状体(82A、82B)に直交する方向に沿って締結される連結ボルトを用いて当該第二棒状体(82A、82B)をその軸方向に沿って挟み込んで保持するとともに、一対の前記取付基部(35)の他方に相対変位可能に連結されている

3G 交差連結具。

(4)本件発明4(本件特許権3の請求項2)

4A 交差する2つの仮想平面の交線に沿って配設される第一棒状体(81)と、前記第一棒状体(81)に対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される2本の第二棒状体(82A、82B)とを連結する交差連結具であって、

4B 前記第一棒状体(81)を保持する第一保持部(3)と、

4C 前記第二棒状体(82A、82B)をそれぞれ保持する一対の第二保持部(5)と、を備え、

4D 前記第一保持部(3)は、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される一対の取付基部(35)を有し、

4E 一対の前記第二保持部(5)の一方が、対応する前記第二棒状体(82A、82B)を当該第二棒状体(82A、82B)の軸方向に沿って面で押さえる状態で挟み込んで保持するとともに、一対の前記取付基部(35)の一方に相対変位可能に連結され、

4F 一対の前記第二保持部(5)の他方が、対応する前記第二棒状体(82A、82B)を当該第二棒状体(82A、82B)の軸方向に沿って面で押さえる状態で挟み込んで保持するとともに、一対の前記取付基部(35)の他方に相対変位可能に連結されている

4G 交差連結具。


4.被告製品の構成

(1)被告製品1

被告製品1の構成は、別紙被告製品説明書2及び3、並びに図1ないし3に記載のとおりであり、これを本件発明1ないし4の構成要件に対応して記載すると、以下のとおりとなる。

a—1 交差する2つの仮想平面の交線に沿う状態で構造体から垂設されて吊設機器を吊り下げ支持する吊ボルト5と、

a—2 吊ボルト5に対する交差姿勢で2つの仮想平面のそれぞれに沿って配設される2つのブレースボルト6、6とを連結する、

a—3 吊設機器の揺れ止め用の交差連結具1であって、

b 吊ボルト5をA部材21と第一保持板部22を締結ボルト23、23で締結固定して保持する第一保持部2と、

c—1 第一保持部2に対して、枢支締結ボルト4、4をもって回動自在に連結され、かつ、

c—2 ブレースボルト6、6のそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルト6、6を保持する

c—3 一対の第二保持部3、3と、を備え、

d—1 第一保持部2が、帯状の金属薄板を中央部分で全体として略直角をなすように屈曲させて形成されたA部材21と、

d—2 部分的に吊ボルト5の外周に沿って吊ボルト5を包囲する包囲部222を有してA部材21に固定される第1保持板部22と、を有し、

d—3 A部材21が、吊ボルト5を保持する中央部分に対して金属薄板面に沿う方向の両側に、それぞれ枢支締結ボルト4、4をもって第二保持部3、3が回動自在に摺動して枢支締結ボルト4、4の締結により第二保持部3、3が固定される部位である一対のa部211、211を有し、

d—4 一対のa部211、211が2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置され、

e A部材21の両端部に位置して、それぞれ枢支締結ボルト4、4をもって第二保持部3、3が回動自在に摺動して枢支締結ボルト4、4の締結により第二保持部3、3が固定される部位である一対のa部211、211が、2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置され、

e—1 一対のa部211、211の外側面に、

e—2 一対の第二保持部3、3が枢支締結ボルト4、4をもって回動自在に連結されているところ、

e—3 一対の第二保持部3、3の一方が一対のa部211、211の一方に枢支締結ボルト4をもって回動自在に連結され、

e—4 一対の第二保持部3、3の他方が一対のa部211、211の他方に枢支締結ボルト4をもって回動自在に連結されているものであり、

e—5 一対の第二保持部3、3の一方において、第二保持部3の挟持部材を構成する連結板部31と第二板部32とが、対応するブレースボルト6に直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト4及び固定ボルト33を用いてこれを締結することで、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って保持し、

e—6 一対の第二保持部3、3の他方において、第二保持部3の挟持部材を構成する連結板部31と第二板部32とが、対応するブレースボルト6に直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト4及び固定ボルト33を用いてこれを締結することで、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って保持するとともに、

e—7 一対の第二保持部3、3の一方の第二保持部3の挟持部材を構成する連結板部31及び第二板部32が、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って、その対向内面間にて面で押さえる状態で保持し、

e—8 一対の第二保持部3、3の他方の第二保持部3の挟持部材を構成する連結板部31及び第二板部32が、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って、その対向内面間にて面で押さえる状態で保持している、

f 交差連結具。

(2)被告製品2

被告製品2の構成は、別紙被告製品説明書4及び5、並びに図4及び5に記載のとおりである。被告製品2と被告製品1との相違は、被告製品2の第二保持部が、重ね合わされる2つの挟持部材である連結板部及び第二板部で構成されているのではなく、単一部材であるル—プ状板部で構成され、かつ、固定ボルトを用いることなく、枢支締結ボルトを締結することによって、第一保持部と第二保持部との回動可能な連結と、ル—プ状板部内面によるブレースボルトの挟持とを同時に実現している点にある。

よって、上記被告製品1の構成a—1ないしfのうち、a—1ないしe—4、及びfの構成は、すべて被告製品2と同じであるから援用し、被告製品1のe—5ないしe—8と相違する被告製品2の各構成を、以下のとおり、e'—5ないしe'—8とする(下線部は相違する部分)。

e'—5 一対の第二保持部3、3の一方において、第二保持部3を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルト6に直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト4を用いてこれを締結することで、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って保持し、

e'−6 一対の第二保持部3、3の他方において、第二保持部3を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルト6に直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト4を用いてこれを締結することで、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って保持するとともに、

e'−7 一対の第二保持部3、3の一方の第二保持部3を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って、その内面にて面で押さえる状態で保持し、

e'−8 一対の第二保持部3、3の他方の第二保持部3を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルト6を当該ブレースボルト6の軸方向に沿って、その内面にて面で押さえる状態で保持している、

(3)被告製品の構成a—1ないしa—3、b、fが、本件発明1の構成要件1A、1B、1Fにおける「取付基部」に係る部分以外、1G、本件発明2の構成要件2A、2B、2Fにおける「取付基部」に係る部分以外、2G、本件発明3の構成要件3A、3B、3G、本件発明4の構成要件4A、4B、4Gをそれぞれ充足し、被告製品の構成d—1ないしd—4が、本件発明3の構成要件3D及び本件発明4の構成要件4Dをそれぞれ充足することについては、当事者間に争いがない。

5.争点

(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点(1))。

ア 被告製品は、「(挟み込んで)保持する」(本件発明1の構成要件1C、本件発明2の構成要件2C、本件発明3の構成要件3C、3E、3F、本件発明4の構成要件4C、4E、4F)を充足するか(争点(1)ア)。

イ 被告製品は、「ベース板部」(本件発明1の構成要件1D、1E、本件発明2の構成要件2D、2E)及び「取付基部」(本件発明1の構成要件1E、1F、本件発明2の構成要件2E、2F)を充足するか(争点(1)イ)。

(2)本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものか(争点(2))。

ア 無効理由1(本件特許1に補正の際の新規事項の追加があるか。)(争点(2)ア)

イ 無効理由2(本件特許2及び3に分割要件違反があるか。)(争点(2)イ)

ウ 無効理由3(本件特許に乙1を主引用発明とする進歩性欠如があるか。)(争点(2)ウ)

エ 無効理由4(本件特許が発明として未完成である、あるいは実施可能要件違反があるか。)(争点(2)エ)

オ 無効理由5(本件特許に明確性要件違反があるか。)(争点(2)オ、予備的主張)

(3)差止め請求の必要性(争点(3))

6.争点に関する当事者の主張

1 争点(1)(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか。)について

【原告の主張】

争点(1)ア及び争点(1)イに関し、被告製品が本件発明1の構成要件を充足するかについて検討した後、その議論を適宜参照する形で、被告製品が本件発明2ないし4の構成要件を充足するかについて検討する。

(1)「(挟み込んで)保持する」について(争点(1)ア)

ア 本件発明の本質的部分について

被告は、本件発明の本質的部分について、従来技術(乙1に開示された発明。以下「乙1発明」という。)においては、長ボルトを固定片に挿通させるため多くの労力を要し、挿通操作が容易でない等の課題があるのに対し、本件発明においては、第二保持部が第二棒状体を挿通するのではなく、外周側から挟み込むので連結操作が容易であると主張するが、本件発明について誤解しており、客観性のある解釈論ではない。

乙1発明においては、1つの斜め支持体に対し、長ボルトが、固定片の挿通孔に挿通された状態で2つのナットを用いて両側から締め付けられて固定片に固定されるところ、この固定に際し、まず第1のナットを長ボルトにあらかじめ螺合させておき、その状態で長ボルトの先端を固定片の挿通孔に挿通させて、その後、第2のナットを長ボルトの先端に螺合させて固定片の近傍まで移動させ、必要に応じて固定片の近傍で2つのナットの位置調整を行った後、最後に2つのナットを固定片の両側から締め付けて固定する。

この際、第1のナットや第2のナットを長ボルトの所定位置まで移動するためには、長ボルトの外表面のネジのピッチに応じて各ナットを何周にもわたり回転させて軸方向に移動させる必要があり、多くの労力を有する上、この操作を斜め支持体と長ボルトとの固定箇所数だけ繰り返して行わなければならないため、全体として労力が多大となる。

このように、従来技術である乙1発明において施工に多くの労力を有することの原因は、長ボルトを固定片に挿通させるからではなく、長ボルトを斜め支持体に固定するために、長ボルトに螺合された2つのナットを用いて固定片を両側から締め付ける必要があったからである。この課題に対し、本件発明は、第二保持部が第二棒状体を挟み込んで保持する構成を採用することにより、保持操作を容易にし、解決を図るものである。また、本件発明においては、最終状態となる前の仮保持状態で第二棒状体の軸方向に沿って第二棒状体と第二保持部とを相対移動させることができるため、軸方向の位置調整も容易である。

なお、従来技術では、長ボルトが長過ぎるため、長ボルトを固定片に挿通させること自体が困難であるような場合に、長ボルトを適切な長さに切断して後処理を行う必要があることもある一方、本件発明では、そのような場合であっても外周側から第二棒状体を容易に挟み込んで保持することができるため、切断や後処理を不要とすることができる。しかし、これは長ボルトが長過ぎるという特定の状況下における本件発明の一つの効果に過ぎず、これをもって、本件発明において「長い第二棒状体を外周側から挟み込んで」という操作を必須と理解すべき根拠とはならない。

イ 「(挟み込んで)保持する」の意味について

被告は、本件発明の「(挟み込んで)保持する」との発明特定事項につき、第二保持部が第二棒状体を最終的に強固に保持する以前の仮保持状態とするための操作(以下「予備的操作」という。)に関する経時的な操作方法を特定したものと解釈する。

しかし、本件発明は、「物の発明」(特許法2条3項1号)であるから、その構成につき、「外周側から挟み込んで」から「保持する」という経時的要素を伴った使用方法を限定したものと理解することは妥当ではなく、第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終形態において、第二保持部が第二棒状体を挟み込む(言い換えれば、「狭着保持」する(甲3の2、4の2、5の2の段落【0044】、【0050】等))ことを特定していると解釈すべきことは明らかである

すなわち、本件発明においては、最終的に、第二保持部が第二棒状体を挟み込んだ状態で保持していれば、構成要件の充足に欠けることはなく、被告が主張するような予備的操作の態様については、本件発明の技術的範囲の属否の判断について問われるべき事項ではない。

ウ 被告製品の施工について

被告製品は、いずれも、最終的に第二保持部がブレースボルトを挟み込んだ状態で保持する。

被告製品の施工に際し、予備的操作として、第二保持部にあらかじめブレースボルトが挿通可能な隙間を開けておき、その隙間にブレースボルトを挿通させる場合があり得るが、常にこのような予備的動作を行うことができるわけではない。例えば、ブレースボルトが長過ぎる場合で上記のような挿通による予備的操作を行うことができない場合には、そのような使用方法ができない被告製品2は別として、被告製品1においては、ブレースボルトに対してその外周側から第二保持部を装着する、すなわち、ブレースボルトを「外周から挟み込んで」から「保持する」との外装による予備的操作を行うこととなる。

すなわち、被告製品1の施工に際しては、ブレースボルトを挿通して保持する操作も、ブレースボルトを外周から挟み込んで保持する操作も、いずれも行うことができる。

エ 本件発明の実施例の施工について

本件発明の実施例の交差連結具は、挿通による予備的動作及び外装による予備的動作の両方が可能(ただし、第二保持部がル—プ状板部で構成される場合は、挿通による予備的操作のみが現実的に可能。)であるが、いずれの予備的動作を採った場合でも、最終的には第二保持部がブレースボルトを挟み込んだ状態で保持することになることは明らかである。

オ 「(挟み込んで)保持する」の意義についてのまとめ

以上のとおり、「物の発明」である本件発明において、第二保持部に関する「挟み込んで保持する」との特定は、あくまで、第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終状態において、第二保持部が第二棒状体を挟み込んでいることを特定しているのであって、予備的操作の態様は問わない。

被告は、本件発明の本質的部分につき、「第二保持部が第二棒状体を挿通するのではなく、外周側から挟み込むこと」であるとするが、これは、第二棒状体が長過ぎる場合という特定の限られた状況のみを前提とする主張であり、不適切である。本件発明の真の本質的部分は、従来技術(乙1発明)においては長ボルトを固定片に固定するのに2つのナットを用いてそれらを相当量ストロ—クさせ両側から締め付ける必要があり、多くの労力を要するという課題を解決するために、第二保持部が第二棒状体を挟み込んで保持することにより連結操作を容易化したことであり、挿通操作してから保持するという予備的動作を排除する発明ではない。

そして、本件発明の想定される実施品、被告製品、及び本件発明の実施例のいずれにおいても、最終的には、第二保持部が第二棒状体を挟み込んだ状態で保持することは明らかである以上、この点に関する被告の非侵害論の主張は失当である。

カ 被告製品1が本件発明1の構成要件1Cを充足すること

被告製品1では、「一対の第二保持部」が「ブレースボルトのそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルトを保持する」に際して、「一対の第二保持部の一方において、第二保持部の挟持部材を構成する連結板部と第二板部とが対応するブレースボルトに直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト及び固定ボルトを用いてこれを締結する」ことで、「一方の第二保持部の挟持部材を構成する連結板部及び第二板部が、対応するブレースボルトを当該ブレースボルトの軸方向に沿って、その対向内面間にて面で抑える状態」で保持し、かつ、「一対の第二保持部の他方において、第二保持部の挟持部材を構成する連結板部と第二板部とが、対応するブレースボルトに直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルト及び固定ボルトを用いてこれを締結する」ことで、「他方の第二保持部の挟持部材を構成する連結板部及び第二板部が、対応するブレースボルトを当該ブレースボルトの軸方向に沿って、その対向内面間にて面で押さえる状態」で保持する。

一対の第二保持部のそれぞれにおいて、枢支締結ボルト及び固定ボルトの締結に伴い、連結板部と第二板部との対向内面間にブレースボルトを面で押さえる状態となるのであるから、施工後の最終状態において、被告製品1の一対の第二保持部は、ブレースボルトのそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルトを「狭着保持」する状態、つまり、挟み込んで保持する状態となることが明らかである。

したがって、被告製品1の構成c—1ないしc—3、及びe—5ないしe—8は、本件発明1の構成要件1Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

キ 被告製品2が本件発明1の構成要件1Cを充足すること

(ア)被告製品2は、その構成e'—5ないしe'—8においてのみ被告製品1と異なり、その余は同一の構成であるところ、被告が充足性を争う構成要件1Cないし1Fのうち、本件発明1と対比する上で被告製品1と相違するのは構成要件1Cのみであり、構成要件1Dないし1Fについては相違がない。

よって、構成要件1Cのみに関し、本件発明1と被告製品2との対比を行う。

(イ)被告製品2では、「一対の第二保持部」が「ブレースボルトのそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルトを保持する」に際して、「一対の第二保持部の一方において、第二保持部を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルトに直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルトを用いてこれを締結する」ことで、「一対の第二保持部の一方の第二保持部を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルトを当該ブレースボルトの軸方向に沿って、その内面にて面で押さえる状態」で保持し、かつ、「一対の第二保持部の他方において、第二保持部を構成するル—プ状板部が、対応するブレースボルトに直交する方向に沿って締結される枢支締結ボルトを用いてこれを締結する」ことで、「一対の第二保持部の他方の第二保持部を構成するル—プ上板部が、対応するブレースボルトを当該ブレースボルトの軸方向に沿って、その内面にて面で押さえる状態」で保持する。

一対の第二保持部のそれぞれにおいて、枢支締結ボルトの締結に伴い、ル—プ状板部の内面にてブレースボルトを面で押さえる状態となるのであるから、施工後の最終状態において、被告製品2の一対の第二保持部は、ブレースボルトのそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルトを「狭着保持」する状態、つまり、挟み込んで保持する状態となることが明らかである。

したがって、被告製品2の構成c—1ないしc—3、及びe—'5ないしe'—8は、本件発明1の構成要件1Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

(2)「ベース板部」について(争点(1)イ前半)

「ベース板部」の有する意味について、本件発明の出願の経緯に関する被告の主張に反論した上で、被告製品が本件発明の構成要件を充足するかについて検討する。

ア 本件発明の原出願の当初明細書等における記載について

原告が原出願の願書に最初に添付した明細書(甲18の3。以下、特許請求の範囲及び図面と合わせて「原出願の当初明細書等」という。)に従来技術として乙1発明を示しているのは、長ボルトを固定片に挿通させた上で2つのナットを用いて両側から締め付けなければならないという施工性の悪さという課題を説明するためであって、挟着体の具体的形状を本件発明の範囲に含めるか否かとは無関係な議論である。被告は、原告が、本件発明の構成に、乙1において開示された帯状の金属板を中央部で略直角に屈曲させる形状のベース板部(以下「L字状のベース板部」という。)が含まれることで、その進歩性が否定されることをおそれたと主張するが、憶測にすぎない。本件発明の課題(甲3の2の段落【0004】、【0006】)や、それに対する課題解決手段(同【0007】)、作用効果(同【0008】)の記載等に鑑みれば、原告が本件発明の特徴としていたのは第二保持部に係る構成が主であり、第一保持部の具体的形状にないことは明らかである。

現に、原出願の出願当初の請求項1においては、第一保持部に関しては「第一棒状体を保持する第一保持部」との特定があるだけで、構造については何ら限定されていないし、原出願の当初明細書の段落【0064】には、第一保持部の具体的構成は設計事項である旨が記載されている。

原出願の当初明細書の実施例において、両端部において屈曲するベース板部(以下、「両端屈曲状のベース板部」という。)に係る実施例が記載されているのも、原告の実施予定品等を踏まえた実施例を記載したからにすぎず、「ベース板部」との特定事項から意識的に「L字状のベース板部」が除外されているとの被告の主張に合理的な根拠はない。

イ 本件補正の適法性について

被告は、平成27年9月30日付け手続補正書(甲18の8)による補正(以下「本件補正」という。)が、原出願には含まれていなかった「L字状のベース板部」という構成を追加するものであり、違法であると主張する。

しかし、本件補正後の請求項4及び5は、従属請求項であり、出願当初において上位概念として記載された請求項1の「第一棒状体を保持する第一保持部」との関係では、いずれも、第一保持部が「板状に形成されたベース板部を有」すること、そのベース板部が「両端部に設けられた取付基部」を有することを限定する内容となっている。すなわち、本件補正後の請求項4は、「対象板部としての連結板部が、ベース板部の一部を構成する取付基部に対して回動自在に連結されている」ことを特定するものであり、同請求項5は、「対象板部としての取付基部に、被係止部が円弧状に形成されている」ことを特定するものであるから、それらとの関係で必須となる、ベース板部が「両端部に設けられた取付基部」を有する点だけを限定して、いわゆる「中間一般化」(中位概念化)を行ったにすぎない。

原出願の出願当初の請求項1では、第一保持部に関しては「第一棒状体を保持する第一保持部」との特定があるだけで、構造については何ら特定されておらず、原出願の当初明細書の段落【0064】にも、「少なくとも吊りボルト81を保持することができるのであれば、第一保持部の具体的構成は適宜設計することができる。」との記載がある。すなわち、第一保持部の具体的構成としては、少なくとも、第一棒状体を保持することができる限りあらゆる構成を採ることができたのであり「、両端屈曲状のベース板部」を有する構成や「L字状のベース板部」を有する構成も含んでいたことになる。その第一保持部の構成に関し、本件補正後の請求項4及び5における上記特定との関係で必須となる、「ベース板部が、両端部に設けられた取付基部を有する」点のみを中位の発明概念として抽出して特定することは何ら問題がない。

また、第一保持部が「板状に形成されたベース板部を有」すること、そのベース板部が「両端部に設けられた取付基部」を有することは、原出願の出願当初明細書の段落【0032】ないし【0035】に記載されているし、取付基部を設けるのに「ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させ」るという単なる製造方法的な特定を外したからといって、新たな技術的事項を導入することにはならない。

したがって、本件補正は、原出願の当初明細書等の記載の範囲内において行われた適切な補正である。

ウ 分割出願1及び2の適法性について

(ア)分割出願1及び2の段落【0020】の記載は、単に、原出願の適法な補正である平成28年8月24日付け手続補正書による請求項6の発明特定事項に対応するものであるから、当該【0020】の内容も、当然に、原出願の当初明細書等の記載の範囲内の事項である。また、分割出願1における同年10月17日付け手続補正書による補正後の請求項1の「前記ベース板部における前記第一棒状体の保持位置に対して板面に沿う方向の両側に設けられた一対の取付基部」や、分割出願2における平成29年6月21日付け手続補正書による補正後の請求項1及び2の「前記第一保持部は、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される一対の取付基部を有し、」に関しても、前記イと同様に、原出願の当初明細書等の記載の範囲内の事項である。

したがって、分割出願1及び2は、分割の実体的要件を満たしている。

(イ)本件補正の際、本来は、請求項7においても請求項4や請求項5と同様に「前記ベース板部の両端部に設けられた一対の取付基部」と補正すべきであったところ、実際には請求項7についての補正が漏れてしまい、それに伴い、段落【0020】にも、「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる一対の取付基部」という記載がそのまま残ってしまった。その後、分割出願1及び2を行うにあたり、補正漏れを含んでいた上記【0020】の記載を、適法に補正された請求項4、請求項5及びこれらに対応する段落【0014】及び【0016】の記載に整合させたにすぎないもので、実体要件である原出願の当初明細書等に記載された範囲内であることは明らかである。

エ 出願の経緯についてのまとめ

以上より、本件発明における「ベース板部」は、原出願の当初からL字状のベース板部を含むものであったと解すべきであるから、本件補正並びに分割出願1及び2も、「ベース板部」について新規事項を追加するものではなく、適正に行われたものというべきである。

オ 被告製品が本件発明1の構成要件1E及び1Fにおける「ベース板部」を充足すること

(ア)辞書的な定義に基づく文言解釈

「板」という用語の辞書的な定義は、「金属や石などを薄く平たくしたもの。」である。そうすると、「平たい」が「厚さが少なくて面が広い。」との形状を指すものと定義されていることとも合わせ、「板状に形成されたベース板部」とは、「薄く面が広くなるように形成したベース板部」を意味すると解釈するのが妥当であって、屈曲の有無や屈曲の程度は問われないものと理解すべきである。

また、原出願の出願前において、金属材料を用いて形成される部材の形状を表すのに、屈曲したり湾曲したりせずに平たいものであるか否かによらずに「板」の文言を用いることは、通常行われていた。

よって、「板状に形成されたベース板部」につき、用語面で必ずしも「平板状に形成されたベース板部」を意味するものと限定解釈すべきであるとは認められない。

(イ)明細書の記載に基づく文言解釈

本件明細書1の段落【0033】においては、「ベース板部30は板状に形成されている。」「ベース本体部31及び取付基部35は、それぞれ平板状(平坦な板状)に形成されている。」と記載されており、上位概念の「ベース板部」と、その構成部位としての下位概念の「ベース本体部31」及び「取付基部」とを区別して表現するとともに、形状に関する用語としても「板状」と「平板状(平坦な板状)」とを区別して用いている。よって、「ベース板部」の形状は「平板状」に限定されず、いずれも1箇所以上の屈曲部位を有する帯板状の板状部材から成る「両側屈曲状のベース板部」又は「L字状のベース板部」もこれに含まれる。

また、本件明細書1において、「板状に形成されたベース板部」との構成については、実施例レベルにおいて、帯板状の薄板金属を折り曲げ加工して形成することを明記しており(段落【0032】、【0033】、【0035】)、また、「第一保持部」の「第一保持板部」だけでなく、実施例においては、「板状に形成されたベース板部」においても、「吊りボルト81の外周に沿って当該吊りボルト81を包囲する部分包囲部が設けられてもよい」例が開示されているから、本件発明1の構成要件1Dにおける「板状に形成されたベース板部」との特定事項は、帯板状の薄板金属を折り曲げ加工して形成された形状を含む。

(ウ)まとめ

以上より、辞書的な定義、類似する技術分野における慣行及び明細書の記載のいずれの観点からも、「板状に形成されたベース板部」が「平板状に形成されたベース板部」を意味するものとは認められない。薄く面が広くなるように形成される限りは、1箇所以上の屈曲部位を有していたとしても「板状に形成されたベース板部」に含まれるのであるから、被告製品の構成d—1及びd—2は、本件発明1の構成要件1D及び1Eにおける「ベース板部」に係る部分を充足する。

(3)「取付基部」について(争点(1)イ後半)

ベース板部の両端部に設けられて2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置される「取付基部」が「ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた取付基部」を意味するとの被告の主張は、上記(2)のとおり、「ベース板部」が「L字状ベース板部」を含まないという前提が誤りであるため、失当である。

構成要件1Eにおいて、「取付基部」は「ベース板部」における「両端部」に設けられた一対の部位とされ、その「一対の取付基部」は、「2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置」されるとしか特定されていないから、「取付基部」が「ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた取付基部」を意味するものとは認められない。

よって、被告製品1の構成e—5ないしe—8及び被告製品2の構成e'—5ないしe'—8は、本件発明1の構成要件1E及び1Fにおける「取付基部」に係る部分を充足する。

(4)まとめ(被告製品が本件発明1の技術的範囲に属すること)

したがって、被告製品は、争いのない構成要件1A、1B、及び1Gも含め、本件発明1の構成要件1Aないし1Gのすべてを充足するから、被告製品は、いずれも本件発明1の技術的範囲に属する。

(5)被告製品が本件発明2の技術的範囲に属すること

被告は、本件発明2と被告製品1及び2の対比について、構成要件2Cないし2Fを充足性を争うが、その実質的な論点は、「挟み込んで保持する」(2C)、「ベース板部」(2D)、「取付基部」(2E、2F)の解釈であるところ、前記(1)ないし(4)のとおり、被告の主張はいずれも理由がない。

そうすると、被告製品1の構成c−1ないしc−3、及び構成e−5ないしe−8は、本件発明2の構成要件2Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。また、被告製品1の構成d−1は、本件発明2の構成要件2Dに相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品1の構成d−3は、本件発明2の構成要件2Eに相当する構成であり、これを充足するとともに、構成e−3、e−4と合わせて本件発明2の構成要件2Fを充足する。

また、被告製品2の構成c−1ないしc−3、及び構成e'−5ないしe'−8は、本件発明2の構成要件2Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。被告製品2の構成d−1は、本件発明2の構成要件2Dに相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品2の構成d−3は、本件発明2の構成要件2Eに相当する構成であり、これを充足するとともに、構成e−3、e−4と合わせて本件発明2の構成要件2Fを充足する。

以上より、被告製品は、争いのない構成要件2A、2B、及び2Gも含めて、本件発明2の構成要件2Aないし2Gのすべてを充足する。

したがって、被告製品は、いずれも本件発明2の技術的範囲に属する。

(6)被告製品が本件発明3の技術的範囲に属すること

被告は、本件発明3と被告製品1及び2の対比について、構成要件3C、3E、及び3Fを充足性を争うが、その実質的な論点は、「保持する」(3C)、「挟み込んで保持する」(3E、3F)の解釈であるところ、前記(1)のとおり、被告の主張はいずれも理由がない。

そうすると、被告製品1の構成c−2及びc−3は、本件発明3の構成要件3Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。また、被告製品1の構成e−5及びe−3は、構成e−7と合わせ、本件発明3の構成要件3Eと同一又は相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品1の構成e−6及びe−4は、構成e−8と合わせ、本件発明3の構成要件3Fと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

また、被告製品2の構成c−2及びc−3は、本件発明3の構成要件3Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。被告製品2の構成e'−5及びe−3は、構成e'−7と合わせ、本件発明3の構成要件3Eと同一又は相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品2の構成e'−6及びe−4は、構成e'−8と合わせ、本件発明3の構成要件3Fと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

以上より、被告製品は、争いのない構成要件3A、3B、3D、及び3Gと合わせ、本件発明3の構成要件3Aないし3Gのすべてを充足する。

したがって、被告製品は、いずれも本件発明3の技術的範囲に属する。

(7)被告製品が本件発明4の技術的範囲に属すること

被告は、本件発明4と被告製品1及び2の対比について、構成要件4C、4E、及び4Fの充足性を争うが、その実質的な論点は、「保持する」(4C)、「挟み込んで保持する」(4E、4F)の解釈であるところ、前記(1)のとおり、被告の主張はいずれも理由がない。

そうすると、被告製品1の構成c−2及びc−3は、本件発明4の構成要件4Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。また、被告製品1の構成e−7及びe−3は、構成e−5と合わせ、本件発明4の構成要件4Eと同一又は相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品1の構成e−8及びe−4は、構成e−6と合わせ、本件発明4の構成要件4Fと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

また、被告製品2の構成c−2及びc−3は、本件発明4の構成要件4Cと同一又は相当する構成であり、これを充足する。被告製品2の構成e'−7及びe−3は、構成e'−5と合わせ、本件発明4の構成要件4Eと同一又は相当する構成であり、これを充足する。さらに、被告製品2の構成e'−8及びe−4は、構成e'−6と合わせ、本件発明4の構成要件4Fと同一又は相当する構成であり、これを充足する。

以上より、被告製品は、争いのない構成要件4A、4B、4D、及び4Gと合わせ、本件発明4の構成要件4Aないし4Gのすべてを充足する。

したがって、被告製品は、いずれも本件発明4の技術的範囲に属する。

【被告の主張】

(1)「(挟み込んで)保持する」について(争点(1)ア)

ア 被告製品は本件発明1の構成要件1Cを充足しないこと

(ア)本件発明の本質的部分

空調機器の室内機等を天井スラブ等の構造体から吊設する吊設機器では、吊下げのため複数の棒状体(吊ボルト及びブレースボルト)が用いられるところ、棒状体が交差する位置で用いられる連結具は、地震等による吊設機器の揺れを吸収・抑止する効果を奏する必要がある。本件各発明は、このような揺れ止め効果を奏する、吊設機器を吊り下げる複数の棒状体を連結する交差連結具に係る発明である。

原告は、このような交差連結具の従来技術として連結具(乙1発明)を示し、長ボルトを固定するためには固定片の挿通孔に長ボルトを挿通する必要があるところ、長ボルトが長い場合等にはそのような挿通操作が容易でない場合もあり、吊りボルトと長ボルトとを連結するのに多くの労力を要する、という問題点(本件各明細書の段落【0004】参照。)があるとする。

そして、原告は、この課題を解決するための手段として、本件発明に係る交差連結具においては、第二保持部が第二棒状体を挟み込んで保持するため、従来のように固定片の孔部に第二棒状体を挿通させる必要がなく、第二棒状体が長い場合であっても、外周側からその第二棒状体を容易に挟み込んで保持することができること、第二保持部が第二棒状体をその軸方向に沿って挟み込むため、仮保持状態で第二棒状体の軸方向に沿って移動させることができ、第二保持部の位置調整が容易であること、よって、連結操作が容易であることを挙げる(本件各明細書の段落【0005】ないし【0008】参照。)。

(イ)本件発明の実施品及び被告製品の実際の使用方法

本件発明に係る交差連結具が実際に用いられるのは、足場が悪く不安定で危険な天井近くの高所であるため、安全性確保等の見地より、作業はできるだけ単純化される。そのため当業者は、第二保持部に第二棒状体を連結する際、第二保持部にあらかじめ第二棒状体を挿通できる程度の間隙を設けておき、第二棒状体を第二保持部の当該間隙に挿通させる。仮に、このような手順を採らずに、第二棒状体を第二保持部に外周側から挟み込むとすると、いったん第二ボルトや第二保持板部等の部品を取り外し、第二棒状体を挟み込んだ後に再度締結しなければならず、その過程において、取り外した部品を落下させるおそれがあるからである。つまり、当業者は、第二棒状体を外周側から挟み込むことはしない。

このように、本件発明に係る交差連結具は、実際には、第二保持部に第二棒状体を挿通して使用されており、その方が第二保持部が第二棒状体を挟み込むよりも連結操作が容易である。

この点は、被告製品の使用方法も同様である。

被告製品1においては、ブレースボルトを挿通するために充分な間隙が連結板部及び第二板部の間に形成されている第二保持部に、あらかじめ適切な長さに切断されたブレースボルトの下端が挿通され(予備的動作)、引き続き、ブレースボルトの上端に位置する第二保持部にも、同様にブレースボルトが挿通され、調整的操作においてブレースボルトの位置が調整された後、最後に、第二保持部の枢支締結ボルト及び固定ボルトの完全締結により、第二保持部がブレースボルトを狭着保持し、第一棒状体と第二棒状体の連結固定が完了する。

被告製品2においては、第二保持部を構成するル—プ状板部の開口部分が、ブレースボルトの径よりも格段に小さいから、ブレースボルトを第二保持部のル—プ状板部に外周側から挟み込むことは物理的に不可能であるし、また、第二保持部から枢支締結ボルトを完全に取り外すことは実用的ではないから、実際に使用する際には、ブレースボルトは第二保持部に挟み込まれず、挿通されることは明らかである。

(ウ)原告の主張について

原告は、「挟み込んで保持する」につき、「予備的操作」と「第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終状態」を区別するが、正確には、この間に、第二締結部材の不完全締結状態における、ブレースボルトに対する第二保持部の位置決めと、吊りボルトとブレースボルトとの交差角度を変更する「調整的操作」が介在するのであり(同【0050】)、この調整的操作の介在により、「挟み込んで」(予備的操作)と「保持する」(予備的操作及び調整的操作を経た後の最終操作)は分けられる。そして、「挟み込んで」は、予備的操作において「第二保持部がブレースボルトを外周側からその軸方向に沿って包囲すること」を意味し、「保持する」は、予備的操作及び調整的操作を経た後の最終操作において、「不完全締結状態にあった第二締結部材59を締め増して第二保持部59を完全締結させること」を意味する。なお、最終的操作には、「狭着保持」(同【0051】)する操作が含まれるが、挟み込む操作は予備的操作において完結しているから行われない。

以上より、「挟み込んで保持する」は、原告が主張するような、「第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終状態において、第二保持部が第二棒状体を挟み込む」との意味に解釈することはできない。

(エ)まとめ

以上のとおり、本件発明の本質的部分は、第二保持部が第二棒状体を挿通するのではなく、外周側から挟み込むことにより連結操作を容易にするとの点にあるのであるから、本件発明1の構成要件1Cにいう第二保持部が第二棒状体を「挟み込んで保持する」も、第二保持部が第二棒状体を「挿通することなく、外周側から挟み込んで保持する」ことを意味する

しかし、被告製品では、上記のとおり、いずれも第二保持部は第二棒状体を挿通して保持する。

よって、被告製品は、いずれも本件発明1の構成要件1Cを充足しない。

イ 本件発明2ないし4について

本件発明1と同様に、本件発明2ないし4の本質的部分は、第二保持部が第二棒状体を挿通するのではなく、外周側から挟み込むことにより、連結操作を容易にするとの点にある。

したがって、第二棒状体を「保持する」(構成要件3C、構成要件4C)及び第二保持部が第二棒状体を「挟み込んで保持する」(構成要件2C、構成要件3E及び3F、構成要件4E及び4F)は、第二保持部が第二棒状体を「挿通することなく、外周側から挟み込んで保持する」ことを意味する。

しかし、被告製品では、上記のとおり、いずれも第二保持部は第二棒状体を挿通して保持する。

よって、被告製品は、いずれも、本件発明2の構成要件2C、本件発明3の構成要件3C、3E及び3F、並びに、本件発明4の構成要件4C、4E及び4Fを充足しない。

(2)「ベース板部」及び「取付基部」について(争点(1)イ)

ア 「ベース板部」が「L字状のベース板部」を含まないこと

(ア)原出願の当初明細書等におけるL字状のベース板部の意識的除外

本件発明は、乙1発明により、原出願前に当業者が容易に本件発明をすることができた。すなわち、棒状体を狭着して連結操作を容易にする交差連結具は、原出願の前において一般的に知られる慣用技術であり(乙12ないし20)、これらの一つである乙13において開示された交差連結具に係る発明(以下「乙13発明」という。)を設計変更したものを乙1発明に適用すれば、本件発明を容易になすことができる。

このように、乙1発明から容易想到とされることを回避するため、原告は、原出願の当初明細書等より、乙1が開示したL字状のベース板部を、意識的に除外した。

すなわち、原告は、原出願の当初明細書の段落【0013】及び【図11】において、先行技術として乙1発明を示しているところ、乙1発明では、本件発明1の「ベース板部」に相当する「外側挟着体」は、中央部を略直角に屈曲させたL字状となっている。そして、ベース板部は、交差連結具の基盤であり、地震等の際の持続的かつ強大な引張力及び圧縮力を交互に受ける支点となるため、十分な強度が要求される、交差連結具の最重要部材であって、その強度を備えるためにはベース板部をL字状とすることが最適であり、かつ、コスト面でも優位であることは、当業者において常識とされている。

それにもかかわらず、原出願の当初明細書等において、「L字状のベース板部」は、実施例はもとより、その他においても示唆すらされていない。むしろ、原出願の当初明細書等においては、段落【0018】以下において、ベース板部の形状に関連して密接に関連する隣接部位である「取付基部」について、「ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」(両端屈曲状のベース板部)のみが繰り返されている。

以上より、原告は、乙1発明と同じ「L字状のベース板部」が含まれると進歩性を否定される可能性が高まるため、原出願の当初明細書等において、意識的に「L字状のベース板部」を除外したものと認められる。

(イ)本件補正について

原告は、本件補正により、原出願の当初明細書の段落【0016】及び【0018】における「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」との記載を、「前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部」と補正した。これにより、屈曲する部位の限定が外れたため、「前記ベース板部の両端部以外において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」が追加されたこととなり、ベース板部に関して、「L字状のベース板部」が追加されたことになる。

なお、このように補正された明細書を根拠に、原出願の願書に最初に添付した特許請求の範囲の請求項5及び請求項6における「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」が、上記と同様に、「前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部」(本件補正後の請求項4及び請求項5)と補正された。

原告は、上申書(甲18の7)において、上記明細書の補正は、補正後の請求項4、5の記載に対応させるための形式的な補正と説明するが、上記補正は「L字状のベース板部」が追加されるという実質的かつ重要な補正であるから、形式的な補正ではない。また、請求項の記載の補正に対応させるために明細書の記載が補正されることは、本来の順序とは逆であり、背理である。

原告は、原出願の当初明細書等において意識的に除外した「L字状のベース板部」を回復させるため、本件補正の手法により、巧妙に新規事項である「L字状のベース板部」を追加したものである。

(ウ)分割出願について

分割出願1及び2に際しても、2度にわたり、原出願の当初明細書の段落【0020】における「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」との記載が、「前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部」(乙2の2、乙3の2)に変更され、本件補正と同様に、「L字状のベース板部」が追加された。

原告は、上記変更箇所を明細書(乙2の2、乙3の2)及び上申書(乙2の5及び乙3の5)のいずれにおいても明示せず、これを「軽微な誤記の修正」(乙2の5、乙3の5)であるとの客観的事実に反する説明をした。

原告は、原出願の当初明細書等において意識的に除外した「L字状のベース板部」を回復させるため、分割出願1及び2の手法により、新規事項である「L字状のベース板部」を隠密裏に追加したものである。

(エ)まとめ

以上のような経緯から、原告は、本件発明が進歩性欠如となることを危惧して原出願の当初明細書等から「L字状のベース板部」を意識的に除外したものであり、本件補正、分割出願1及び2は、新規事項である「L字状のベース板部」を追加するものであるというべきである。

したがって、本件発明1及び2の「ベース板部」(構成要件1D及び1E、構成要件2D及び2E)は、「L字状のベース板部」を含まない。

また、本件発明1及び2の「取付基部」(構成要件1E及び1F、構成要件2E及び2F)は、ベース板部の両端部を、ことさらに屈曲させて設けられた取付基部を意味する。

イ 被告製品は本件発明1の構成要件1D、1E及び1Fを充足しないこと

(ア)「(板状に形成された)ベース板部」(構成要件1D及び1E)について

「板状に形成されたベース板部」(構成要件1D)につき、「板」という用語は、「薄く平たくひき割ったもの」すなわち「平板」を意味する。

よって、中央部が広い「平板」となっている「両端屈曲状のベース板部」であるならまだしも、「中央部を略直角に屈曲させた」鋭角的形状は、「板」の本来の意味である「平板」から著しくかけ離れたものとなる。仮にこのような形状まで含む意味で「板」ないし「板状」の語を用いるのであれば、明細書ないし図によって明示されるべきであるが、原出願の当初明細書等には、そのような示唆もなく、むしろ、明細書及び図では、「両端屈曲状のベース板部」のみが繰り返し記載されている。また、前記のとおり、原告は、原出願の当初明細書等において、「L字状のベース板部」を意識的に除外した。

以上より、「(板状に形成された)ベース板部」(構成要件1D及び1E)は、中央部を略直角に屈曲させる鋭角的な「L字状のベース板部」を含まない。

(イ)被告製品の構成

被告製品のA部材は、中央部を略直角に屈曲させたL字状である。また、被告製品のa部は、中央部で略直角に屈曲させたベース板部の、平板状の両翼の端部の一定の域に過ぎず、ベース板部の両端部をことさらに屈曲させて設けられた別の部位ではない。

(ウ)原告の主張に対する反論

原告は、本件明細書1の段落【0023】、【0033】、【0035】、【0062】において、帯板状の薄板を折り曲げ加工して形成することを明記していると主張する。

しかし、本件明細書1の段落【0023】において記載されている「折り曲げを行う加工」は、両端屈曲形状のベース板部にするための折り曲げ加工のことであり、同【0033】、【0035】においては「L字状のベース板部」は示唆すらされていない。また、同【0062】における「部分方位部」は、両端屈曲形状のベース板部の中央部を略U字状に湾曲形成させて成る部位を意味する。

「板」の本来の意味は「平板」であるから、中央部を略直角に屈曲させた鋭角的な「L字状のベース板部」のような特殊な形状については、明細書又は図面で示されていなければ、「板状に形成されたベース板部」に含まれないと解すべきである。

(エ)「取付基部」(構成要件1E及び1F)について

「ベース板部」(構成要件1D及び1E)は、上記のとおり、中央部を略直角に屈曲させるL字状のベース板部を含まない。また、一対の取付基部は、「2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され」、ことさら「前記ベース板部の両端部に設けられた一対の取付基部」(構成要件1E)とされるため、「取付基部」は、「ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた取付基部」を意味する。

これに対し、被告各製品のa部211は、中央部を略直角に屈曲させたベース板部の、平板上の両翼の端部の一定の域にすぎず、ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた別の部位ではない。

(オ)まとめ

以上より、被告製品は、本件発明1の構成要件1D、1E及び1Fをいずれも充足しない。

ウ 被告製品は本件発明2の構成要件2D、2E及び2Fを充足しないこと

(ア)「ベース板部」(構成要件2D及び2E)について

前記(2)のとおり、中央部で略直角を成すよう屈曲された鋭角的な形状は、「板」の本来の意味である「平板」からかけ離れたものである。よって、仮にこのような中央部を略直角に屈曲された形状をも含む意味で「板」ないし「板状」の語を用いるのであれば、発明の詳細な説明ないし図により明示されるべきであるが、原出願の当初明細書等においてはそのような示唆すらない。

そもそも、原出願の当初明細書等において、原告は「L字状のベース板部」を意識的に除外した。

したがって、「(板状に形成された)ベース板部」(構成要件2D及び2E)は、中央部が略直角に屈曲されたL字状のものを含まない。しかし、被告製品のベース板部に相当するA部材21はいずれも中央部が略直角に屈曲されたL字状であるから、被告製品は、本件発明2の構成要件2D及び2Eを充足しない。

(イ)「取付基部」(構成要件2E及び2F)について

構成要件2Eでは、「ベース板部」との関連で「取付基部」が発明特定事項として記載されているところ、当該「ベース板部」(構成要件2D)は、上記のとおり、中央部を略直角に屈曲させるL字状のベース板部を含まない。また、「取付基部」には第二保持部が連結されることから(構成要件2F)、「取付基部」は第二保持部と同様に第二棒状体が配置される仮想平面に沿う配置となる。よって、「取付基部」は、ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた部位を意味することとなる。

これに対し、被告各製品のa部211は、中央部で略直角に屈曲させたベース板部の、平板状の両翼の端部の一定の域にすぎず、ベース板部の両端部をことさら屈曲させて設けられた別の部位ではない。

よって、被告製品は、本件発明2の構成要件2E及び2Fをいずれも充足しない。

(3)まとめ

以上より、被告製品は、いずれも、本件発明1ないし4の技術的範囲に属しない。

2 争点(2)(本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものか。)について

【被告の主張】

(1)無効理由1(本件特許1の補正の際の新規事項の追加)(争点(2)ア)

前記争点(1)に関する被告の主張のとおり、原告は、原出願の当初明細書等でL字状のベース板部を意識的に除外しながら、その後に行った本件補正により、原出願の当初明細書等に記載した事項の範囲外である新規事項のL字状のベース板部を、明細書及び特許請求の範囲に追加した。よって、仮に、「ベース板部」(構成要件1D)がL字状のベース板部を含むものであれば、本件特許1は、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから、無効審判により無効とされるべきである(特許法104条の3第1項、123条1項1号)。

(2)無効理由2(本件特許2及び3の分割要件違反)(争点(2)イ)

前記1の被告の主張のとおり、原告は、原出願の当初明細書等において、L字状のベース板部を意識的に除外した。その後、原告は、原出願の当初明細書の「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」(甲18の3)との記載を、分割出願1において「前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部」(乙2の2)に変更し、分割出願2において、「前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部」(乙3の2)に変更し、L字状のベース板部を追加した。

仮に、「ベース板部」(構成要件2D)がL字状のベース板部を含むものであれば、分割出願1及び2は、原出願の当初明細書等に記載した事項の範囲外である新規事項の「L字状のベース板部」を追加しており、原出願の時にしたものとみなすことはできない。よって、本件発明2ないし4は、それぞれ、分割出願1又は2の出願前である平成28年6月30日に日本国内で頒布された刊行物である本件発明1に係る公開特許公報に記載された発明であるから、本件特許2及び3は無効審判により無効にされるべきものである(特許法104条の3第1項、123条1項2号、29条1項3号)。

(3)無効理由3(本件特許の乙1を主引用発明とする進歩性欠如)(争点(2)ウ)

ア 乙1発明(主引用発明)について

乙1発明の構成は、以下のとおり特定される(下図参照。)。

A 交差する2つの仮想平面の交線に沿って配設される吊りボルトPと、前記吊りボルトPに対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置される2本の長ボルトQとを連結する交差連結具であって、

B 前記吊りボルトPを保持する狭着体1と、

C 前記狭着体1に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記長ボルトQのそれぞれの軸方向に沿って対応する長ボルトQを挿通して保持する一対の斜め支持体3とを備え、前記長ボルトQに螺合された締結部材の完全締結により前記斜め支持体3を狭着することで前記長ボルトQを固定し、

D 前記狭着体1が、帯状の金属薄板を中央部で全体として略直角をなすようL字状に屈曲させて形成された外側狭着体1Aと、部分的に前記吊ボルトPの外周に沿って吊ボルトPを包囲する包囲部を有して前記外側狭着体1Aに固定される内側狭着体1Bとを有し、

E 前記外側狭着体1Aが、その両端にそれぞれ前記斜め支持体3が固定される部位である一対の平面域を有し、前記一対の平面域が2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、

F 前記一対の平面域の内面側に、前記一対の斜め支持体3が相対変位可能に連結されている

G 交差連結具。

イ 乙1発明と被告製品1との対比

(ア)相違点

乙1発明と被告製品1との相違点は、①乙1発明では、長ボルトQの固定が、長ボルトQに螺合された締結部材の完全締結により斜め支持体を挟着することでなされる(構成C)のに対し、被告製品1では、ブレースボルトの固定が、第二保持部が備える締結部材の完全締結により第二保持部がブレースボルトを狭着することでなされている(構成c)点(以下「相違点1」という。)、及び、②乙1発明では、第二保持部を外側挟着体の内面側に連結する(構成F)のに対し、被告製品1では、これを外側面に連結する(構成f)点(以下「相違点2」という。)である。

(イ)一致点

乙1発明の構成A、B、D、E、Gと、被告製品の構成a、b、d、e、gは、それぞれ一致する。

ウ 相違点についての容易想到性

(ア)相違点1について

(a)1本の棒状体を狭着して固定する際、狭着する一方が棒状体を包囲する包囲部を備えた部材、他方が包囲部のない平板状の部材である連結具については、相当数の刊行物が存在し、慣用技術である(乙8、10、24ないし28)。また、2本の棒状体を狭着して固定する連結具も、慣用技術である(乙8ないし11)。なお、このような発明の一形態として、「棒状体を包囲する包囲部を備えた部材2個と包囲部がない平板状の部材1個が2本の棒状体を締結部材により固定する連結具」が開示されている(乙8の第5図・第6図)。

これらの交差連結具のバリエ—ションとして、天井から吊設機器を吊り下げるボルトが交差する部位を連結する揺れ止め用交差連結具に、同じ技術が転用されるに至った(乙12ないし20)。このように、揺れ止め用交差連結具に係る発明は、従来からある1本ないし2本の棒状体を狭着する連結具と密接に関連する発明である。

そして、本件発明1や乙1発明のような、三方向に存在する棒状体の交差連結具(以下「コーナー固定金具」という。)と、上記刊行物に開示されるような、棒状体同士が交差する箇所における位置ずれ防止用の連結具(以下「交差固定金具」という。)は、同一の技術分野に属し、また、施工現場で同じ吊設機器において併用されることが多いから、当業者には、コーナー固定金具の第二支持部に交差固定金具を適宜設計変更して適用することへの動機がある。

(b)意匠登録第1473033号に係る公報(乙13。平成25年6月24日発行。)は、ボルトが交差する位置において使用される、ボルトを狭着する振止用の交差固定金具の発明(以下「乙13発明」という。)を開示する。

以下の図のとおり、乙1発明(主引用発明)の両端の平面域に、斜め支持体に替えて乙13発明を適宜設計変更して(乙13発明における、棒状体を包囲する包囲部を備えた一対の部材を小判型とし、そのうちの一方を包囲部を備えない平板状の部材に変更し、不要となった孔を設けないこととする。以下、変更後の発明を「副引用発明」という。)適用することで、原出願前に、当業者が被告製品1を容易に発明することができる。

なお、①乙13発明と乙1発明が、共に振止用交差連結具に係る発明であること、②原出願前に棒状体を狭着して連結する振止用の交差固定金具の発明に係る刊行物(乙12ないし20)が多数頒布されていること、③これらの刊行物に開示された振止用の交差固定金具は乙1発明に係るコーナー固定金具と一緒に近接するボルト交差位置で使用されること、④乙1発明の狭着体も棒状体を狭着して固定する連結具であることなどにより、乙1発明に副引用発明を適用する動機は十分に認められる。

(c)原告は、副引用発明の抽出に関する主張が証拠に基づかないと主張するようであるが、上記のとおり、振止用交差連結具に係る発明の前段階である棒状体を狭着して固定する連結具の発明一般において、狭着する部材の一方が棒状体を包囲する包囲部を備えた部材であり、他方が包囲部のない平板状の部材である技術は、幅広い技術分野で多用される慣用技術であるから、副引用発明における一対の部材のうちの一方を、包囲部のない平板状の部材とすることも設計事項の範囲内である。

また、原告は、副引用発明においては、乙13発明において相対変位可能とするために必須の構成であった弧形孔が不要な構成となると主張するが、副引用発明を主引用発明に適用する際に、弧形孔をどのような長さとするか、あるいは、必要でなければなしにするかということは、設計事項に属する。

したがって、原告の主張には理由がない。

(イ)相違点2について

第二保持部を外側狭着体(a部211)の内面側に連結するか、外面側に連結するかは、単なる設計事項にすぎない。

エ まとめ

以上より、乙1発明に副引用発明を適用することにより、当業者は、原出願前に容易に被告製品1に係る発明をすることができる。よって、仮に被告製品1の構成が本件発明の技術的範囲に属するなら、本件特許は、進歩性を欠く構成を含むため無効審判により無効とされるべきである(特許法104条の3第1項、123条1項2号、29条2項・1項3号)。

(4)無効理由4(本件特許の未完成ないし実施可能要件違反)(争点(2)エ)

当業者が、本件各明細書の発明の詳細な説明の記載に係る構成の交差連結具を使用すれば、第二保持部は第二棒状体を挿通して連結するため、本件発明の効果を奏する実施をすることができない。よって、本件発明は未だ完成していないか(特許法29条柱書違反)、あるいは、本件発明の明細書の発明の詳細な記載は、当業者が本件発明の作用効果を奏する実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない(特許法36条4項1号違反)。よって、本件特許は無効審判により無効とされるべきである(特許法104条の3第1項、123条1項2号・4号)。

(5)無効理由5(本件特許の明確性要件違反)(争点(2)オ、予備的主張)

「挟み込んで保持する」について、原告が主張するとおり、「第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終状態において、第二保持部が第二棒状体を挟み込む」と解釈するとすれば、本件特許は、明確性要件(特許法36条6項2号)に違反するから、無効審判により無効とされるべきである(特許法104条の3第1項、123条1項4号)。すなわち、本件発明に係る特許請求の範囲に経時的要素を伴う使用方法が記載されたことにより、その特許発明の技術的範囲を当該使用方法により使用される物に限定しているのかが不明確となっており、また、当該使用方法が当該物のどのような構造もしくは特性を限定しているのか、特許請求の範囲等の記載を読む者において明確に理解することができないからである。

【原告の主張】

(1)無効理由1(本件特許1の補正の際の新規事項の追加)(争点(2)ア)

原出願の当初明細書等の特許請求の範囲(甲18の4)の請求項1において、「第一棒状体と、前記第一棒状体に対してそれぞれ交差する2本の第二棒状体とを連結する交差連結具であって、前記第一棒状体を保持する第一保持部と、前記第一保持部に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記第二棒状体のそれぞれの軸方向に沿って対応する第二棒状体を挟み込んで保持する一対の第二保持部と、を備える交差連結具」との発明が明記されており、当初明細書及び図面は、当該発明に沿って理解する必要がある。

原出願の当初明細書は、上記の発明の技術的意義について、乙1発明と対比して明確に示しており(段落【0002】ないし【0004】、【0008】)、最上位概念の「第一保持部」が、当初出願の【図11】(乙1発明)から把握できる「L字状のベース部」を排除した構成と理解する当業者はいない。

前記1のとおり、最上位概念として、「第一保持部」の構成があり、かつ、実施例として、「板状」に構成される部材を組み合わせた「狭着保持」するユニットとしての技術的意義が明記されている以上、その中位概念を「板状に形成されたベース板部」と特定するにあたって、同じく狭着体の構成として【図11】に記載された従来技術の「L字状のベース板部」の形状を除外する用語と理解する理由もない。

前記1のとおり、「板」という用語に、平板でなければならないという理解はなく、かつ、金属材料を用いて形成される部材形状を表すのに、屈曲したり湾曲したりせずに平たいものであるか否かによらずに、比較的面積が広くて厚みが薄い部材形状を「板状」との文言を用いて特定することは、通常の使用例である。

当初明細書(甲18の3)の発明の詳細な説明においても、段落【0032】において、金属材料で構成される板状のベース板部をもって、狭着体である第一保持部のユニットの一部とする際の技術的意義(所望の形状に加工可能)が説明され、同【0033】において、「板状に形成されたベース板部」の具体的な形状としては、「板状に形成され、吊りボルトの軸方向に対しては略直交する方向に延びる帯板形状に形成されている。」とするだけで、平板形状に関しては、「ベース板部」の一部として一環として区別される「ベース本体部」に係る形状として説明されていることが明らかである。よって、「板状のベース板部」の用語について、帯板形状という以上の限定を読み込むことはできない。

したがって、当初明細書等において、「L字状のベース板部」が「ベース板部」の構成から排除されていると理解すべき根拠はない。

以上より、本件発明1は、原出願の当初明細書等に記載された範囲内で、請求項8において特定されているものであり、「L字状のベース板部」を「板状に形成されたベース板部」として包含して理解しても、なんら当初明細書等に新規な技術的事項を導入したことにはならず、適法な補正しかしていない。

したがって、本件特許1の無効理由1に関する被告の主張は理由がない。

(2)無効理由2(本件特許2及び3の分割要件違反)(争点(2)イ)

被告の主張は、「L字状のベース板部」が原出願の当初明細書等に記載されていないとの、本件特許1の無効理由1と同一の事実主張に基づくところ、上記(1)のとおり、被告の主張は失当であり、事実的根拠も法的根拠もない。

したがって、本件特許2及び3の無効理由2に関する被告の主張は理由がない。

(3)無効理由3(本件特許の乙1発明を主引用例とする進歩性欠如)(争点(2)ウ)

ア 乙1発明の構成について

被告の主張する乙1発明の構成のうち、構成Cの一部並びに構成E及びFにおける「平面域」については以下のとおり否認し、その余は認める。

(ア)構成Cについて

乙1発明における「斜め支持体」に関し、被告は、構成Cとして、「前記長ボルトQに螺合された締結部材の完全締結により前記斜め支持体3を狭着することで」と特定しているが、乙1発明と本件発明1との対比にあたっては、斜め支持体が長ボルトを保持する機構が問題なのであって、その斜め支持体の固定片が狭着されていることは関係がないから、あたかも「斜め支持体」が「長ボルトをその軸方向に沿って狭着する」構成と誤解されるように特定する被告の主張は適切ではない。

乙1発明における長ボルトの保持構成を説明するのであれば、構成Cは、少なくとも、「前記狭着体1に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記長ボルトQのそれぞれの軸方向に沿って対応する長ボルトQを挿通して保持する一対の斜め支持体3とを備え、前記長ボルトQに螺合された上下一対のナットの完全締結により当該ナット間に長ボルトQの軸方向に垂直に位置する斜め支持体3の固定片3Bを締結固定することで前記長ボルトQを固定し」(下線部は、被告の主張と異なる箇所)と特定して、「ブレースボルトのそれぞれの軸方向に沿って対応するブレースボルトを挟み込んで保持する」という本件発明1の狭着保持構造との相違点を明らかにすべきである。

(イ)構成E及びFについて

被告は、乙1発明の構成E及びFにおいて、外側挟着体の内面側の一対の平面域に斜め支持体が固定されるとまとめるが、乙1発明は、外側狭着体と内側狭着体との間に、吊りボルトと共に斜め支持体の揺動体を挟み込み、連結ボルトを締め付け、吊りボルトと共にその間で揺動体を固定するものであって、単に外側狭着体の内側面の一対の平面域に斜め支持体が固定されるものではない。

よって、乙1発明の構成E及びFとして被告が主張する「平面域」については、正しく、「外側狭着体」と「内側狭着体」との間の「平面域」と改められるべきである。

イ 進歩性欠如の対象及び対比について

被告は、主引用発明である乙1発明につき、本件発明とではなく、被告製品1との対比を行って相違点を抽出し、その想到容易性を論じているが、本件特許の無効に関する主張として相当でない。

もっとも、被告製品1と乙1発明との間において、被告が主張する相違点1及び2が生じることについては特に争わない。

ウ 容易想到性について

(ア)乙8ないし11に開示された発明について

被告は、乙8ないし11を引用して、棒状体を狭着して固定する連結具の技術が慣用技術であると主張するが、これらはすべて棒状体同士が交差する箇所における位置ずれ防止用の連結具(交差固定金具)にすぎず、本件発明のような三方向に存在する棒状体の交差連結具(コーナー固定金具)とは異なる特徴を有する。上記の刊行物に開示された発明は、すべて、同一平面状に配置された2つの棒状体が交差する箇所において、各棒状体を包囲する包囲部(溝、凹部)を設けた2つの板状部材をもって狭着保持手段を構成し、棒状体同士の交差箇所で当該板状部材が互いに対向し合って2つの棒状体を狭着して固定する手段を開示するものにすぎない。

交差固定金具は、棒状体が同一平面で交差する箇所において固定するため、各棒状体が位置ずれをしないよう包囲部も設けて構成されているものであるから、これらの交差固定金具を、乙1発明の外側狭着体と内側狭着体との間に形成される内側の平面領域や、外側狭着体の外側の平面域に適用しようとしても、棒状体を包囲する板状部材の包囲部が邪魔になり、適用すること自体が不可能となる。

したがって、吊設機器の揺れ動きに際して多くの力が集中するコーナー固定金具において、ブレースボルトを狭着するため、棒状体同士が交差する箇所で棒状体の位置固定を行う交差固定金具を敢えて適用しようとする動機付けがない上に、その適用を阻害する事由も認められる。

(イ)乙12ないし20に開示された発明及び副引用発明について

被告は、副引用発明を記載する刊行物として乙12ないし20を挙げるが、これらはすべて吊設機器を吊設配置する際に、同一平面状に配置されたブレースボルト同士、又はブレースボルトと吊ボルトとが交差する箇所において、これら棒状体の位置ずれを防止する包囲部をそれぞれに設けて、両棒状体が交差する箇所でこれを固定する交差固定金具にすぎない。

また、乙13発明に係る交差固定金具は、本来、2つの板状部材をもって同一平面状の2つのパイプを相対変位可能に角度を調整し、2つのパイプが交差する箇所で固定する連結具であるところ、被告は、これを主引用発明である乙1発明に適用するにあたり、以下の図のとおり構成を変更するが、これにより、副引用発明において、2つのパイプの位置を相対変位可能に調整するために設けられた弧形状の孔は、全く意味をなさなくなり、使用されなくなってしまう。

前記被告想定図のとおり、乙1発明の外側狭着体の外面側に対して、包囲部のない平面の板状部材(被告創作のもの)を取り付けるという想定をなすにあたり、取り付けるためのボルトを軸に回動させることから、副引用発明の交差固定金具において相対変位可能とするために必須の構成であったはずの弧形孔自体が不要な構成となってしまう。回転する部分が二重に存在し、かつ、その調整に整合性がなくなるであろうことは、被告が想定する図からも明らかであって、想定自体が失当である。

(ウ)まとめ

被告は、同一平面状に配置され、たすき掛け状に配設されるブレースボルト同士の交差点、又は吊りボルトとたすき掛け状に配設されるブレースボルトの交差点を固定すべき交差固定金具を開示するにすぎない乙12ないし20の刊行物を挙げて、周知慣用技術の主張を行うが、いずれも刊行物においても、被告が主張するような、一方の板状部材にだけボルト外周を包囲する包囲部を設け、他方の板状部材を平板状とする交差固定金具の発明は記載されていない。

交差固定金具において両板部に吊りボルト又はブレースボルト包囲する部位を設けるのは、ブレースボルトのような長尺体は、引張力には強いものの、圧縮力及び位置ずれで生じる曲げる力に弱いという技術常識のもと、同一平面上でのブレースボルトの交差点の位置固定及びそれによる全体の揺れ止めを目的とする構成(従来技術)であって、技術的根拠に基づく構成である以上、交差固定金具の一方の包囲部だけを削除して、引用発明を創作すべきでないことは明らかである。

いずれの従来技術においても、ボルト同士が同一平面上で交わる交差点でのボルトの位置を当該交差点で拘束し、揺れ止め用の交差固定金具とするものであって、交差点を頂点として形成される各三角形の形状を維持することで剛性を高めるのがその技術内容であり、かつ、ボルトの位置固定を行うための挟持板体には、ボルトを包囲すべき包囲部を設けた板状部材を組み合わせる狭着体しか存在しない。

したがって、被告による上記副引用発明の抽出は、交差金具の技術常識に反する後付けの議論による引用発明の創作活動といわざるを得ない。

また、コーナー部においては、吊設機器の揺れに伴う引張力、圧縮力が集中する箇所であって、ブレース構造体として、吊りボルトにブレースボルト2本連続固定するにあたっても、ボルト同士の同一平面状で交差する箇所で位置固定すべき乙12ないし20記載の交差金具の副引用発明を適用すべき動機付けがそもそも存在しない。

よって、乙1発明において、固定片における長ボルトの連続固定手段に替えて、副引用発明を適用すべき合理的理由を見出すことができない。

以上より、被告の主張する進歩性欠如の主張は失当といわざるを得ない。

(4)無効理由4(本件特許の未完成ないし実施可能要件違反)(争点(2)エ)

被告による未完成発明又は実施可能要件違反の主張は、本件発明1が第二棒状体を挿通させず、外側から外装してこれを挟み込んでから狭着する必要があるとの誤ったクレーム解釈に基づく議論であるから、前述のとおり、失当である。

(5)無効理由5(本件特許の明確性要件違反)(争点(2)オ、予備的主張)

争う。

3 争点(3)(差止め請求の必要性)について

【原告の主張】

(1)被告は、平成31年3月末に、顧客に対し、金型の事故に伴い被告製品1の販売を一時停止する旨及び将来的には販売を再開する予定である旨の通知(甲33)を配布しており、今後、被告製品1と同様の構成を有する後継機種を予定するものと考えられる。

また、被告は、同年4月22日現在、被告のウェブサイトにおいて、スマートクロス金具のシリーズ商品として被告製品1が記載されたチラシ(甲34)を掲載している。

さらに、被告は、被告製品2には、製品型番もないサンプル品であったと主張するが、実際には、製品型番「IN-SWB-30」として、平成28年11月24日及び平成29年8月7日に販売している。

(2)被告は、金型を廃棄したと主張するが、被告製品は、製品と一対一の関係にある専用金具を使用しているものとは理解できず、汎用性のある金型をもって製造可能な製品である。

また、被告は、在庫商品について、すべて廃棄したと主張するが、事前に在庫商品の数量を明らかにしていないため、にわかには信用できない。

(3)仮に、被告が被告製品による侵害行為を平成31年4月10日時点で中断したと認められるとしても、被告は侵害の事実を認めていないから、その再開のおそれが否定できない。

(4)以上より、被告は、注文があれば、被告製品の製造、販売を再開できる状況にあるから、差止め請求の必要性がある。

【被告の主張】

(1)被告は、本件訴訟の係属中に被告製品1の輸入を中止し、平成31年3月中にその販売の大部分を終了し、同年4月10日をもって残りの部分の販売も中止した。被告のウェブサイトに掲載されていた被告製品1についての宣伝も削除し、同年5月10日、それまで別の製品(スマートクロス金具)の画像をクリックすると表示されていた、被告製品1が写り込んだ製品カタログ(甲34)も表示されないようにした。合わせて、被告ウェブサイトのトップページにおいて、スマートブレス金具(被告製品1)の販売を終了した旨を周知した。被告は、被告製品1の販売を再開する予定はない。なお、甲33の通知書は、一部の販売代理店に依頼されて発出したものであり、実際には被告製品1の販売を再開する意図はなかった。

被告製品2については、平成28年11月頃には販売に向けた活動を中止し、製品型番も付しておらず、カタログ製作やウェブサイトへの掲載も行わず、平成29年8月3日に、注文に応じて40個販売した以外は、一切販売していない。原告が主張する「IN-SWB-30」という製品番号については、平成28年当時の被告の営業担当者が臨時で振った番号のようであり、正式なものではない。

(2)被告は、平成31年4月15日及び16日、被告製品1の残余部品をすべてスクラップとして処分し、同年5月14日、被告製品1の製造金型が保管されていた台湾の工場において、すべての金型を電気溶接の方法により使用できない状態として、廃棄した。また、被告製品2の第二保持部の製造金型も、同様の方法により廃棄した。

(3)以上より、被告が今後被告製品につき、製造委託、輸入、販売申出及び販売を行うおそれは一切ないから、差止め請求には必要性がない。

7.裁判所の判断

1 検討の順序

前記第3のとおり、本件発明(本件発明1ないし4)の文言解釈に関する被告の主張は、本件特許(本件特許1ないし3)の無効理由として被告が主張するところと関連していることから、以下において、まず前提となる本件各明細書の記載並びに本件発明の分割出願及び補正の経緯について認定した上で(後記2)、クレームの文言である「(挟み込んで)保持する」の意義(争点(1)ア)について検討し(後記3)、次に同じく「ベース板部」と「取付基部」の意義(争点(1)イ)について検討し(後記4)、これを前提に争点(1)(被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。)についての判断を行い(後記5)、さらに争点(2)(本件特許の無効理由)及び争点(3)(差止めの必要性)について検討することとする(後記6及び7)。

2 本件発明について

(1)本件各明細書には、以下の記載及び図がある。

(背景技術)

例えば空調機器の室内機や、照明機器、ケ—ブルラック等の吊設機器は、例えばその四隅にて、第一棒状体を用いて天井スラブ等の構造体から吊設される場合がある。このような場合において、地震等に起因する吊設機器の揺れ動きを抑制するため、注目している1本の第一棒状体から、その両隣に位置する他の第一棒状体に対して交差姿勢で第二棒状体をそれぞれ配設し、これらを相互に連結して補強する場合がある。この場合、第一棒状体とその第一棒状体に対してそれぞれ交差する2本の第二棒状体とを連結する交差連結具が用いられる(【0002】)。

特許文献1(乙1発明)の交差連結具では、計4箇所でナットの締付操作が必要であり、かつ、長ボルトQを固定するのに1本当たり2つのナットの締付操作が必要なので、1本の吊りボルトPと2本の長ボルトQとを連結するのに多くの労力を要する。また、長ボルトQを固定片3Bに固定するには固定片3Bの挿通孔に長ボルトQを挿通させる必要があるところ、例えば長ボルトQが長い場合等にはそのような挿通操作が容易ではない場合もあり、この点からも吊りボルトPと長ボルトQとを連結するのに多くの労力を要する(【0004】、【図11】)。

(発明が解決しようとする課題)

第一棒状体とそれに対して交差する2つの第二棒状体との連結作業を容易に行うことができる交差連結具が望まれる(【0006】)。

(課題を解決するための手段)

この(本件発明の)構成によれば、2つの第二保持部がいずれも対応する第二棒状体を挟み込んで保持するので、その保持のための保持操作が容易である。例えば従来仕様の交差連結具のように固定片の孔部に第二棒状体を挿通させる必要がなく、第二棒状体が長い場合であっても、外周側からその第二棒状体を容易に挟み込んで保持することができる。また、それぞれの第二保持部は、いずれも対応する第二棒状体をその軸方向に沿って挟み込むので、仮保持状態で対応する第二棒状体の軸方向に沿って移動させることができ、各第二保持部の位置調整も容易である。従って、第一棒状体とそれに対して交差する2本の第二棒状体とを相互に連結固定するための連結操作を容易に行うことができる(【0008】)。

1つの態様として、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、前記対象板部は、前記ベース板部とは別異の連結板部であり、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部に対して回動自在に連結されていると好適である(【0014】)。

1つの態様として、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、前記対象板部は、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部であり、当該取付基部の前記被係止部が前記第二締結部材の締結位置を中心とする円弧状に形成されていると好適である(【0016】)。

1つの態様として、前記第一棒状体が、交差する2つの仮想平面の交線に沿って配設され、2本の前記第二棒状体が、前記第一棒状体に対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部と、少なくとも部分的に前記第一棒状体の外周に沿って当該第一棒状体を包囲する包囲部を有して前記ベース板部に固定される第一保持板部と、を有し、前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる一対の取付基部が、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、前記取付基部の外面側に、対応する前記第二保持部が相対変位可能に連結されていると好適である(本件明細書1の段落【0020】)。

(発明を実施するための形態)

図2〜図4に示すように、ベース板部30は板状に形成されている。ベース板部30は、吊りボルト81の軸方向L1に対して略直交する方向に延びる帯板状に形成されている。ベース板部30は、当該ベース板部30の延在方向の中央部に位置するベース本体部31と、このベース本体部31の両側に位置する一対の取付基部35とを有する。ベース本体部31及び取付基部35は、それぞれ平板状(平坦な板状)に形成されている。一対の取付基部35のそれぞれは、ベース本体部31に対して鈍角状に交差するように配置されている。ベース板部30を構成するベース本体部31と一対の取付基部35とは、連続して形成されており、言い換えれば、継ぎ目なく一体的に形成されている。

一対の取付基部35は、ベース板部30の両端部において当該ベース板部30を屈曲させてなる部分でもある。これら一対の取付基部35は、2つのスパン84A、84Bのそれぞれに沿って、言い換えれば、2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置される。取付基部35は、当該取付基部35を板厚方向に貫通する丸穴状(真円状)の挿通孔36をそれぞれ有する。この挿通孔36には、第二締結部材59が挿通される。取付基部35は、第一保持部3に対して第二保持部5が連結される際の基礎部分となる。本実施形態では、取付基部35の外面35a側に、第二保持部5が相対変位可能に連結される。なお、取付基部35の「外面35a」は、2つのスパン84A、84Bによって観念される2つの仮想平面とは反対側の面であり、4つのスパン84に囲まれる略直方体状空間の外側を向く面である。

図2〜図5に示すように、第一保持板部40は板状に形成されている。第一保持板部40は、吊りボルト81の軸方向L1に対して略直交する方向に延びる、ベース板部30よりも短い(具体的にはベース本体部31よりもさらに短い)変形帯板状に形成されている。第一保持板部40は、平板状(平坦な板状)に形成された保持本体部41と、この保持本体部41の端部に位置する包囲部44と、この包囲部44における保持本体部41とは反対側の端部に位置する係止片部47とを有する。第一保持板部40を構成する保持本体部41と包囲部44と係止片部47とは、連続して形成されており、言い換えれば、継ぎ目なく一体的に形成されている(【0033】ないし【0036】)。

図2及び図3に示すように、一対の第二保持部5は、対応するブレースボルト82を保持する。一対の第二保持部5は、第一保持部3に対して相対変位可能に連結され、かつ、2本のブレースボルト82のそれぞれの軸方向L2、L3に沿って対応するブレースボルト82を挟み込んで保持する。本実施形態では、第二保持部5は、互いに別異の2つの部材である連結板部50と第二保持板部60とを含むユニットとして構成されている。第二保持部5は、連結板部50と第二保持板部60とで、ブレースボルト82を挟み込んで狭着保持する(【0044】)。

(2)原出願の補正及び分割出願の経緯(甲4、5、18)

原告は、平成26年12月19日、本件特許権1に係る出願をし(原出願。甲18の2、3)、平成27年9月30日、原出願について手続補正書(甲18の8)及び上申書(甲18の7)を提出し、補正を行ったところ(本件補正)、平成28年2月26日付けの拒絶理由通知書(甲18の11)が発送されたため、同年4月27日付けで意見書(甲18の13)及び手続補正書(甲18の14)を提出したが、さらに同年7月7日付けの拒絶理由通知書(甲18の15)が発送されたため、同年8月24日付けで再び意見書(甲18の17)及び手続補正書(甲18の18)を提出し、同年10月21日付けで本件特許権1が設定登録され、平成30年1月15日、訂正審決が確定した。

本件特許権2及び本件特許権3は、それぞれ、平成28年9月9日及び同年10月12日に、本件特許1の分割出願として出願された(分割出願1及び2)。

3 「(挟み込んで)保持する」について(争点(1)ア)

(1)従来技術(乙1発明)における課題及び本件発明による解決手段の提示本件各明細書の【0004】では、従来技術(乙1発明)について、(1つの連結箇所につき)4箇所(吊りボルトの固定のために2箇所、一対の長ボルトの固定のために各1箇所)においてナットの締付操作が必要であり、かつ、長ボルトを固定するために1本当たり2つのナットの締付操作が必要なので、1本の吊りボルトと2本の長ボルトを連結するのに多くの労力を要すると記載されている。

この「多くの労力を要する」とは、明記されてはいないものの、従来技術において、1本の長ボルトを固定するために、まず長ボルトの一端に1つのナットを螺合させておき、その長ボルトを固定片の挿通孔に挿通し、反対側の端からもう1つのナットを螺合させ、長ボルトの位置調整等を経た後に、2つのナットを相互に逆方向に回転し、固定片の両側から締め付ける、という動作をする必要があることが認められ、現場での取付作業を想定した場合、それだけで相当の時間と労力を要するものと考えられる。

また、本件各明細書には、上記記載に続き、長ボルトを固定片に固定するためには固定片の挿通孔に長ボルトを挿通させる必要があるが、長ボルトが長い場合にはそのような挿通動作が容易ではないことがあり、この点からも吊りボルトと長ボルトとの連結に多くの労力を要する、との記載がある。これは、長ボルトが長すぎて、一方の端を固定片に挿通させようとすると、反対の端が天井に引っかかってしまうような場合には、あらかじめ長ボルトを適切な長さに切断する必要があることをいうものであって、あらゆる状況下において生じる困難ではないことは、記載から明らかである。

そして、本件発明が解決しようとする課題は、「連結作業を容易に行うこと」(【0006】)であるから、本件発明は、上記2つの「多くの労力を要する」ことの解決手段を提示するものであると考えられる。

長ボルトを固定片に固定するために時間と労力を要するという課題は、乙1発明の、長ボルトを固定片に挿通するという構成から直接生じるものではなく、長ボルトに2つのナットを螺合させて固定片の挿通孔の両側から締付固定するという構成から生じるものであるから、上記構成に代えて、長ボルトの周囲を包み込む包囲部をナットで取付基部に締め付け、これによって長ボルトを固定するようにした場合には、長ボルトに2つのナットを螺合させる場合と比べて、少ない労力で連結固定することができる。

また、長ボルトが長過ぎる場合であっても、上記の固定の方法によれば、長ボルトを切断したりする必要はなく、そのまま連結部の方向に余った端を伸ばしたまま、施工を完了することができる。この場合、長ボルトを第二保持部にあらかじめ挿通することはせずに、包囲部を一旦開放し、外周側から長ボルトを包囲部に挟み込み、その上でナットを締め付け保持することとなるが、施工完了後の最終的な状態は、あらかじめ挿通した場合と同様、長ボルトは包囲部の締め付けにより固定されることになる。

以上より、乙1発明における課題を解決して連結動作を容易にするために本件発明が提示する手段は、必ずしも長ボルトを固定片(第二保持部)に挿通する操作を排除せず、むしろ、そのような操作をするか否かにかかわらず、長ボルトの両端からのナットの螺合によるのではなく、包囲部を有する第二保持部によって長ボルトを挟み込む形での固定を行うことによって、労力の軽減を図るものであるということができる

(2)「挟み込んで保持する」の文言解釈

被告は、「挟み込んで保持する」という文言について経時的に解釈し、これを、第二保持部がブレースボルトをその軸方向に沿って外周側から挟み込み、これを仮に保持した状態でブレースボルトの軸方向に移動して位置調整を行った後に、ナットで締め付けて保持するという操作方法に限定される旨を主張し、ブレースボルトを第二保持部が挿通する場合はこれに含まれないから、ブレースボルトを第二保持部に挿通する被告製品は、本件発明の構成要件を充足しないと主張する。

しかしながら、構成要件1Cの「挟み込んで保持する」は、物の発明の一要素として、ブレースボルトが、これを包囲する包囲部によりベース板部に固定されること、すなわち「狭着保持」(本件各明細書の段落【0044】、【0049】ないし【0052】等)を意味すると解するのが相当である(なお、被告は、「挟着」と「狭着」の違いについて、前者は「挟み込む」という予備的動作を指すのに対し、後者は「狭める」という最終的操作を意味する、と主張する。しかし、本件各明細書においては、「挟み込んで保持する」及び「挟み込んで狭着保持する」という2通りの言い回しがみられるものの、これらが被告の主張のように明確に区別して用いられているということはできず、「挟み込んで」、「挟着」及び「狭着」という文言は基本的に同義であると解すべきである。)。

本件各明細書の段落【0008】に、「この構成によれば、(中略)固定片の孔部に第二棒状体を挿通させる必要がなく」との記載がある点については、従来技術において、ブレースボルトが長過ぎる場合、これを切断する等して調整せざるを得ないが、本件発明の場合、固定片のナットをゆるめて、外周側からブレースボルトを挟むことができるということを、特別な場合における利点として述べたにすぎず、ベース板部と固定片の間に形成される孔部にブレースボルトを挿通することのできる通常の場合にまで、外周側からブレースボルトを挟み込むことを要件とする趣旨とは解し得ない。

そうすると、被告の主張するような上記操作方法は、本件発明における構成要件充足性の判断を左右するものではない。

(3)被告製品の施工方法について(甲19、乙4、22)

被告が、被告製品1の施工に際し、安全性確保等の見地から、ブレースボルトを第二保持部に外周側から挟み込むことはせずに、第二保持部にあらかじめブレースボルトを挿通できる程度の間隙を開けておき、ブレースボルトを第二保持部の当該間隙に挿通させて使用する(被告製品2については、第二保持部が開口部の狭いル—プ状板部で構成されるため、ブレースボルトを第二保持部に挿通して使用することは明らかである。)ことは当事者間に争いはないが、上記(1)及び(2)で検討したところによれば、上記施工方法の結果は、本件発明の「挟み込んで保持する」に該当するというべきであり、これに反する被告の主張は採用できない。

(4)まとめ

以上より、被告製品の構成は、本件発明1の構成要件1C、本件発明2の構成要件2C、本件発明3の構成要件3E及び3F、並びに、本件発明4の構成要件4E及び4Fにおける「挟み込んで保持する」と、本件発明3の構成要件3C及び本件発明4の構成要件4Cにおける「保持する」を、いずれも充足する。

4 「ベース板部」及び「取付基部」について

(1)原出願の当初明細書における記載について

ア 原告は、原出願の当初明細書において、従来技術として乙1発明を挙げるところ、同明細書には、以下の記載がある(甲18の3)。

1つの態様として、前記第一保持分が、被係止部を有する板状に形成されたベース板部と、係止部を有するとともに少なくとも部分的に前記第一棒状体の外周に沿って当該第一棒状体を包囲する包囲部を有する第一保持部と、前記ベース板部の前記被係止部に前記第一保持板部の前記係止部が係止された状態で前記ベース板部と前記第一保持板部とを締結固定する第一締結部材と、を有すると好適である(【0014】)。

1つの態様として、前記対象板部は、前記ベース板部とは別異の連結板部であり、前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部に対して回動自在に連結されていると好適である(【0016】)。

1つの態様として、前記対象板部は、前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部であり、当該取付基部の前記被係止部が前記第二締結部材の締結位置を中心とする円弧状に形成されていると好適である(【0018】)。

1つの態様として、前記第一棒状体が、交差する2つの仮想平面の交線に沿って配設され、2本の前記第二棒状体が、前記第一棒状体に対する交差姿勢で2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部と、少なくとも部分的に前記第一棒状体の外周に沿って当該第一棒状体を包囲する包囲部を有して前記ベース板部に固定される第一保持板部と、を有し、前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる一対の取付基部が、2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、前記取付基部の外面側に、対応する前記第二保持部が相対変位可能に連結されていると好適である(【0020】)。

イ 被告は、「ベース板部」の形状について、原出願の当初明細書において、従来技術である乙1発明では、「L字形に屈曲形成されている」(【0003】)とされているのに対し、本件発明については、前記アのとおり、「板状に形成された」、あるいは「両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる」とするに止まることについて、原告が、従来技術との関係で進歩性を否定されることのないよう、「L字状のベース板部」を意識的に除外したこと、すなわち、当初明細書の「ベース板部」に、「L字状のベース板部」は含まれない旨を主張する。

しかしながら、原出願の当初明細書において、本件発明において実現しようとする課題として指摘されているのは、前述のとおり第二棒状体、ブレースボルトの連結作業等の容易性の向上であって、ベース板部の構造や形状が従来技術のものとは異なるといった指摘はなされておらず、かえって、「少なくとも吊りボルト81を保持することができるのであれば、第一保持部の具体的構成は適宜設計することができる。」(【0064】)とされている。

また、当初明細書では、従属項の一部が、「板状に形成された」(請求項2、4、8)、「ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる」(請求項5、6、7)とされているものの、最上位の請求項1では、第一保持部の構造について何らの限定も加えられていない。

ウ 以上を総合すると、原出願の当初明細書では、第一保持部、ベース板部の構造については、吊りボルトを保持し得るものであれば足りるとした上で、一部の請求項について、「両端部において屈曲させてなる」との限定を付したものであって、全体として「L字状のベース板部」を意識的に除外したと解すべき理由はない。

(2)本件補正について

ア 原告は、平成27年9月30日付け上申書(甲18の7)及び手続補正書(甲18の8)により、原出願における特許請求の範囲のうち請求項5及び請求項6(補正後は請求項4及び請求項5)、並びに、原出願の当初明細書の段落【0016】及び【0018】(補正後は段落【0014】及び【0016】)を、以下のとおり補正した(下線部は訂正部分)。

(請求項4)

前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、

前記対象板部は、前記ベース板部とは別異の連結板部であり、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部に対して回転自在に連結されている請求項2又は3に記載の交差連結具。

(請求項5)

前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、

前記対象板部は、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部であり、当該取付基部の前記被係止部が前記第二締結部材の締結位置を中心とする円弧状に形成されている請求項2又は3に記載の交差連結具。

【0014】

1つの態様として、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、前記対象板部は、前記ベース板部とは別異の連結板部であり、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部に対して回動自在に連結されていると好適である。

【0016】

1つの態様として、前記第一保持部が、板状に形成されたベース板部を有し、前記対象板部は、前記ベース板部の両端部に設けられた取付基部であり、当該取付基部の前記被係止部が前記第二締結部材の締結位置を中心とする円弧状に形成されていると好適である。

イ 被告は、上記補正により、ベース板部の構成に、原出願において意識的に除外されていた「L字状のベース板部」が追加されたと主張するが、原出願の当初明細書等において「L字状のベース板部」が意識的に除外されたとの主張を採用できないことは前記(1)のとおりであるから、上記補正により新たな事項が追加されたということはできない。

(3)分割出願1及び2について

原告は、平成28年9月9日(分割出願1)及び同年10月12日(分割出願2)に、本件特許権1に係る出願を分割元として、それぞれ本件特許権2及び本件特許権3に係る出願を分割出願した(以下、このときの分割出願書に添付された各明細書を、それぞれ、「分割出願1の明細書」(乙2の2)及び「分割出願2の明細書」(乙3の2)という)。

分割出願1の明細書及び分割出願2の明細書の段落【0020】には、「前記ベース板部の両端部に設けられた一対の取付基部」という記載があるところ、被告は、原出願の当初明細書の段落【0020】における「前記ベース板部の両端部において当該ベース板部を屈曲させてなる取付基部」を、上記のとおり変更することにより、上記(2)の本件補正と同様に、もともと構成として含まれていない「L字状のベース板部」という構成を追加したと主張する。

しかし、原出願において、「L字状のベース板部」が意識的に除外されたと認められないことは既に述べたとおりであるし、分割出願1の明細書及び分割出願2の明細書の段落【0020】における上記記載は、原出願の適法な補正である同年8月24日付け手続補正書(甲18の18)における請求項6の発明特定事項である「前記ベース板部の両端部に設けられた一対の取付基部」に対応するものであると解されるから、上記変更は原出願の当初明細書等の記載の範囲内であって、新たな技術的事項を導入することにはならないというべきである。

(4)「ベース板部」の文言解釈

ア 辞書的な定義

「板」という用語の辞書的な定義は、広辞苑第六版において、「①材木を薄く平たくひきわったもの。②金属や石などを薄く平たくしたもの。」(乙6)とされており、本件特許の出願当時、配管支持装置、免震装置用固定部材、可搬式柱上機器、吊り金具等の技術分野での金属部品に関し、L字状に屈曲した部材について、「板状」や「板部材」という用語が用いられていたことが認められる(甲26ないし29)。

イ 本件各明細書における記載

本件各明細書には、「図2~図4に示すように、ベース板部30は板状に形成されている。」、「ベース本体部31及び取付基部35は、それぞれ平板状(平坦な板状)に形成されている。」、「ベース板部30を構成するベース本体部31と一対の取付基部35とは、連続して形成されており、言い換えれば、継ぎ目なく一体的に形成されている。」との記載があり、図2ないし4において、「ベース板部30」が「ベース本体部31」と「一対の取付基部35」から構成され、「ベース板部30」は「板状」、「ベース本体部31」と「一対の取付基部35」はそれぞれ「平板状(平坦な板状)」に形成されていることが示されている。

そうすると、本件各明細書において、「板状」と「平板状(平坦な板状)」とは区別して用いられているということができ、図2ないし4から、「平板状(平坦な板状)」が、屈曲のない薄く平たい状態を指すのに対し、「板状」は、屈曲の有無や屈曲の位置・程度とは関わりなく、金属等の素材が薄く平たく形成された状態を指すと解するのが相当である。

ウ よって、辞書的な定義及び本件各明細書の記載からみて、本件発明の「板状のベース板部」とは、「薄く平たく形成されたベース板部」を意味するものであって、「平板状」のものに限定されず、屈曲しているか否か、またはその屈曲の位置・程度は特定されていないと解するのが相当であり、1箇所以上の屈曲部位を有する板状部材から成る「両側屈曲状のベース板部」又は「L字状のベース板部」のいずれも含むものと解すべきである。

(5)「取付基部」について

上記(4)のとおり、本件発明の「ベース板部」は、「L字状のベース板部」を含む構成であり、本件発明1及び2における「取付基部」は、ベース板部における両端部に設けられた一対の部位であって、2つの仮想平面のそれぞれに沿って配置されるものであるとしか特定されていないから、「取付基部」が、「ベース板部の両端部をことさらに屈曲させて設けられた取付基部」を意味するという被告の主張には理由がなく、L字状のベース板部における両端に設けられた一対の(屈曲されていない)部位も、「取付基部」に含まれると解すべきである。

(6)まとめ

以上より、本件発明1の構成要件1D及び1E、並びに、本件発明2の構成要件2D及び2Eにおける「ベース板部」は、「L字状のベース板部」をも含む構成であり、本件発明1の構成要件1E及び1F、並びに、本件発明2の構成要件2E及び2Fにおける「取付基部」は、屈曲の有無によらず、上記ベース板部における両端部に設けられた一対の部位を意味するものである。

また、これらの構成は、原出願時から本件補正並びに分割出願1及び2を通じ、一貫して同じ意味を有するものと解すべきである。

5 争点(1)(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか。)について

(1)被告製品1について

ア 本件発明1の技術的範囲に属するか。

前記3のとおり、被告製品1の構成c—1ないしc—3、及びe—5ないしe—8は、本件発明1の構成要件1Cを充足する。

前記4のとおり、被告製品1の構成d—1及びd—2は、本件発明1の構成要件1D及び1Eにおける「ベース板部」に係る部分を充足し、構成e—5ないしe—8は、構成要件1E及び1Fにおける「取付基部」に係る部分を充足する。

被告製品1の構成a—1ないしa—3、b、fが、それぞれ、本件発明1の構成要件1A、1B、1Fにおける「取付基部」に係る部分以外、及び、1Gを充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品1は、本件発明1の技術的範囲に属する。

イ 本件発明2の技術的範囲に属するか。

前記3のとおり、被告製品1の構成c—1ないしc—3、及びe—5ないしe—8は、本件発明2の構成要件2Cを充足する。

前記4のとおり、被告製品1の構成d—1は、本件発明2の構成要件2Dを充足する。被告製品1の構成d—3は、本件発明2の構成要件2Eを充足するとともに、構成e—3及びe—4と合わせて本件発明2の構成要件2Fにおける「取付基部」に係る部分を充足する。

被告製品1の構成a—1ないしa—3、b、fが、それぞれ、本件発明2の構成要件2A、2B、2Fにおける「取付基部」に係る部分以外、及び、2Gを充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品1は、本件発明2の技術的範囲に属する。

ウ 本件発明3の技術的範囲に属するか。

被告製品1の構成c—2及びc—3は、本件発明3の構成要件3Cを充足する。被告製品1の構成e—3、e—5、e—7は、本件発明3の構成要件3Eを充足する。被告製品1の構成e—4、e—6、e—8は、本件発明3の構成要件3Fを充足する。

被告製品1の構成a—1ないしa—3、b、d—1ないしd—4、fが、本件発明3の構成要件3A、3B、3D、3Gをそれぞれ充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品1は、本件発明3の技術的範囲に属する。

エ 本件発明4の技術的範囲に属するか。

被告製品1の構成c—2及びc—3は、本件発明4の構成要件4Cを充足する。被告製品1の構成e—3、e—5、e—7は、本件発明4の構成要件4Eを充足する。被告製品1の構成e—4、e—6、e—8は、本件発明4の構成要件4Fを充足する。

被告製品1の構成a—1ないしa—3、b、d—1ないしd—4、fが、本件発明4の構成要件4A、4B、4D、4Gをそれぞれ充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品1は、本件発明4の技術的範囲に属する。

(2)被告製品2について

ア 本件発明1の技術的範囲に属するか。

前記3のとおり、被告製品2の構成c—1ないしc—3、及びe'—5ないしe'—8は、本件発明1の構成要件1Cを充足する。

前記4のとおり、被告製品2の構成d—1及びd—2は、本件発明1の構成要件1D及び1Eにおける「ベース板部」に係る部分を充足し、構成e'—5ないしe'—8は、構成要件1E及び1Fにおける「取付基部」に係る部分を充足する。

被告製品2の構成a—1ないしa—3、b、fが、それぞれ、本件発明1の構成要件1A、1B、1Fにおける「取付基部」に係る部分以外、及び、1Gを充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品2は、本件発明1の技術的範囲に属する。

イ 本件発明2の技術的範囲に属するか。

前記3のとおり、被告製品2の構成c—1ないしc—3、及びe'—5ないしe'—8は、本件発明2の構成要件2Cを充足する。

前記4のとおり、被告製品2の構成d—1は、本件発明2の構成要件2Dを充足する。被告製品2の構成d—3は、本件発明2の構成要件2Eを充足するとともに、構成e—3及びe—4と合わせて本件発明2の構成要件2Fにおける「取付基部」に係る部分を充足する。

被告製品2の構成a—1ないしa—3、b、fが、それぞれ、本件発明2の構成要件2A、2B、2Fにおける「取付基部」に係る部分以外、及び、2Gを充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品2は、本件発明2の技術的範囲に属する。

ウ 本件発明3の技術的範囲に属するか。

被告製品2の構成c—2及びc—3は、本件構成要件3Cを充足する。被告製品2の構成e—3、e'—5、e'—7は、本件発明3の構成要件3Eを充足する。被告製品2のe—4、e'—6、e'—8は、本件発明3の構成要件3Fを充足する。

被告製品2の構成a—1ないしa—3、b、d—1ないしd—4、fが、本件発明3の構成要件3A、3B、3D、3Gをそれぞれ充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品2は、本件発明3の技術的範囲に属する。

エ 本件発明4の技術的範囲に属するか。

被告製品2の構成c—2及びc—3は、本件発明4の構成要件4Cを充足する。被告製品2の構成e—3、e'—5、e'—7は、本件発明4の構成要件4Eを充足する。被告製品2の構成e—4、e'—6、e'—8は、本件発明4の構成要件4Fを充足する。

被告製品2の構成a—1ないしa—3、b、d—1ないしd—4、fが、本件発明4の構成要件4A、4B、4D、4Gをそれぞれ充足することについては、当事者間に争いはない。

したがって、被告製品2は、本件発明4の技術的範囲に属する。

(3)まとめ

以上より、被告製品は、いずれも、本件発明の構成要件をすべて充足し、その技術的範囲に属するから、被告製品の販売は、本件特許の侵害となる。

6 争点(2)(本件特許は、特許無効審判により無効にされるべきものか。)について

(1)無効理由1(本件特許1に補正の際の新規事項の追加があるか。)(争点(2)ア)

前記4のとおり、原出願の当初明細書等における「ベース板部」は、「L字状の

ベース板部」を含むものであり、当初明細書等において、「L字状のベース板部」

が意識的に除外されたということはできないから、本件補正において、特許請求の

範囲外である「L字状のベース板部」という新規事項を追加した、という被告の主

張には理由がない。

(2)無効理由2(本件特許2及び3に分割要件違反があるか。)(争点(2)イ)

前記4のとおり、原出願の当初明細書等における「ベース板部」は、「L字状のベース板部」を含むものであったから、原告が、分割出願1及び2において、特許請求の範囲外である「L字状のベース板部」という新規事項を追加した、という被告の主張には理由がない。

(3)無効理由3(本件特許に乙1を主引用発明とする進歩性欠如があるか。)(争点(2)ウ)

ア 被告の主張について

被告は、主引用発明である乙1発明に、副引用発明(乙12、14ないし20を参考に、乙13発明を適宜変更したもの。)を組み合わせることで、原出願前に、当業者は被告製品1を容易に発明することができたと主張するところ、被告製品1が本件発明の技術的範囲に属するのであれば、本件発明は進歩性を欠くとの趣旨と解されるが、端的に、乙1発明を主引例、乙13発明を副引例として、本件発明の進歩性が否定されるかを検討する。

イ 乙1発明の構成について

乙1発明の構成についての被告の主張のうち、構成A、B、D、Gについては当事者間に争いがない。

争いのある構成C及び構成Eについては、原告の主張のとおり、それぞれ、「前記狭着体1に対して相対変位可能に連結され、かつ、前記長ボルトQのそれぞれの軸方向に沿って対応する長ボルトQを挿通して保持する一対の斜め支持体3とを備え、前記長ボルトQに螺合された上下一対のナットの完全締結により当該ナット間に長ボルトQの軸方向に垂直に位置する斜め支持体3の固定片3Bを締結固定することで前記長ボルトQを固定し、」(構成C)、「前記狭着体1が、その両端にそれぞれ前記斜め支持体3が固定される部位である、外側狭着体1Aと内側狭着体1Bとの間の一対の平面域を有し、前記一対の平面域が2つの前記仮想平面のそれぞれに沿って配置され、」(構成E)と特定することが、より正確であり、相当であると解される。

ウ 乙1発明と本件発明との対比

乙1発明と本件発明との間に、被告の主張する相違点1及び2があることは、特に争いがない。

エ 副引用発明について(相違点1)

(ア)被告は、乙13を適宜設計変更したものとして副引用発明を設定するところ、乙13発明は、同一平面上に配置された2本の棒状体の交差する箇所において、乙13に記載された物品(以下「本物品」という。)を2つ、各棒状体をそれぞれ覆うようにして対向配置させて装着し、それぞれの本物品の角度調整用の弧形状の孔(角度調整用長穴)を利用してボルトにより緊結することにより、2本の棒状体を連結・固定するものである。

これに対し、副引用発明は、本物品と、本物品から包囲部を取り除いた状態の平面の板状部材(以下「平面部材」という。)から構成されているところ、平面部材は棒状体を覆うことができないので、本物品と平面部材を組み合わせても乙13に記載されたような交差連結具として使用することはできない(本物品1個と平面部材1個を組み合わせた場合、保持可能な棒状体は1本のみである。)。また、本物品及び平面部材は互いの角度を調整する必要がないから、両部材に存する上記弧形状の孔の存在意義がなくなってしまう。

したがって、当業者が、乙13発明から副引用発明を導くことは困難である。

(イ)また、被告は、乙13以外にも乙12、14ないし20を引用し、天井から吊設機器を吊り下げるボルトが交差する部位を連結する揺れ止め用交差連結具も慣用技術であると主張し、当業者は、乙1発明の両端の外側狭着体の平面域に、斜め支持体に代えて副引用発明を適用して連結することで、被告製品1(すなわち本件発明)を容易に発明することができる、と主張する。

しかし、乙12、14ないし20に記載された発明も、乙13発明と同様に、同一平面上に配置された2本の棒状体を、その交差する箇所を覆うように装着することで、連結・固定して振れ止めするための交差固定金具に係るものであって、被告の主張するような副引用発明の構成を示唆するものではない。

(ウ)なお、被告は、このほかにも、乙8、10、24ないし28を引用して、1本の棒状体を狭着して固定するにあたって、狭着する一方が棒状体を包囲する包囲部を備えた部材、他方が平面上の部材である慣用技術である旨主張し、乙8ないし11を引用して、2本の棒状体を狭着して固定する連結具も慣用技術である旨主張するが、いずれにおいても、一対の部材のうち、一方の部材にのみ包囲部を設け、もう一方の部材を平面状とする交差固定金具の技術は開示されておらず(乙8及び乙26に開示された発明は、2つの固定具の間に平板の基板を挟み込む形を採るが、それぞれの固定部が包囲部を備えている点については上記の他の発明と同様である。)、被告が主張するような副引用発明の構成を示唆するものではない。

(エ)以上より、副引用発明は、乙13を含めて乙8ないし20のいずれにも開示されているとはいえない。

オ 容易想到性について(相違点1)

被告は、本件発明や乙1発明のようなコーナー固定金具と、乙12ないし20に開示されるような交差固定金具とは、同一の技術分野に属し、また、施工現場で同じ吊設機器において併用されることが多いから、当業者には、コーナー固定金具の第二支持部に交差固定金具を適宜設計変更して適用する動機付けがある旨主張する。

乙12ないし20に記載される発明から、被告が主張するような副引用発明が導けないことは上記エで述べた通りであるが、仮にこの副引用発明の具体的構成を措くとしても、交差固定金具とコーナー固定金具は、固定する棒状体の本数も固定の態様も全く異なるものであるところ、単に吊設機器上の近い位置で用いられる2種類の金具であるからといって、適用の動機付けを認めることはできない。

したがって、設計変更される副引用発明の具体的構成がどうあれ、乙1発明に上記刊行物記載の発明を適用する動機付けがあるとはいえない。

カ まとめ

以上より、その余の点について判断するまでもなく、被告の主張する無効理由3には理由がない。

(4)無効理由4(本件特許が発明として未完成である、あるいは実施可能要件違反があるか。)(争点(2)エ)

被告は、当業者が、本件各明細書の記載に係る構成の交差連結具を使用すれば、第二棒状体を第二保持部に挿通して連結するから、本件発明の効果を奏する実施をすることができないと主張するが、本件各明細書における「挟み込んで保持する」という記載が、上記のような挿通操作が行われるか否かに関わりなく、最終段階において第二保持部が第二棒状体を挟み込んだ状態で保持していることを意味することは、前記3のとおりであるから、上記被告の主張には理由がない。

(5)無効理由5(本件特許に明確性要件違反があるか。)(争点(2)オ、予備的主張)

被告は、予備的主張として、本件特許の特許請求の範囲における、「挟み込んで保持する」という文言が、原告の主張するとおり、「第二保持部が第二棒状体を強固に保持する最終状態において、第二保持部が第二棒状体を挟み込む」ことを意味するのであれば、特許請求の範囲に経時的要素を伴う使用方法が記載されたことによって技術的範囲等が不明確になったと主張する。

しかし、前記3で検討したとおり、上記文言は経時的要素を伴う使用方法の記載と理解すべきものではないから、上記被告の主張には理由がない。

(6)まとめ

以上より、被告の主張する無効理由1ないし5にはいずれも理由がないから、本件特許が無効審判により無効とされるべきものとは認められず、被告の抗弁は理由がない。

7 争点(3)(差止め請求の必要性)について

(1)被告は、平成31年4月及び5月ころ、被告製品の残余部品を処分し、製造金型について電気溶接の方法により使用できない状態としたことが認められる(乙30、36)。

(2)また、被告は、平成31年4月、被告製品1の販売を中止し、被告のウェブサイトに掲載されていた宣伝を削除し、被告製品1の販売終了した旨を告知したことが認められる(甲34、乙29、34、35)。また、被告製品2については、平成29年ころに限られた個数を販売したことを除き、一般に販売していたことを裏付ける証拠はない(甲35)。

(3)しかしながら、被告は、本件において侵害の事実を争っており、また、被告製品を構成する部品の構造は複雑ではなく、ある程度汎用性のある金型をもっても製造可能と考えられる。また、被告が平成31年3月に取引先宛て発出した被告製品1についてのお知らせ(甲33)には、被告製品1の金型が破損し製造ができないこと、再開時期が分かり次第連絡すること等が記載されており、被告製品1の販売を完全に取りやめることを明らかにしていない。

また、被告は、被告製品の在庫数をあらかじめ開示しておらず、上記(1)において処分した部品がその全てであることを裏付ける証拠はない。

よって、被告が、いまだ被告製品の在庫を有しており、今後被告製品を新たに製造・販売等するおそれがあるといわざるを得ない。

(4)したがって、被告製品の製造、販売等が本件特許の侵害となる本件において、その差止めを求める必要性は、なお存するというべきである。