衣類の汚れ防止シート事件
投稿日: 2017/12/13 22:51:30
今日は、平成29年(ワ)第393号 損害賠償請求事件について検討します。原告である株式会社アロマスペースは、判決文によると、アロマオイル等の商品の企画販売、雑貨の販売等を業とする株式会社だそうです。J-PlatPatで検索したところ出願は4件で、そのうち特許になっているのが1件です。一方、被告である桐灰化学株式会社は家庭日用品の製造販売等を業とする株式会社だそうです。こちらの出願は50件で、そのうち特許になっているのが16件です。被告は使い捨てカイロで有名な会社ですが、現在は小林製薬株式会社の100%子会社になっています。
1.手続の時系列の整理(特許第5450943号)
① 原告は本件特許出願が特許査定になる前の2012年6月13日に補償金請求の要件である警告書を被告に送付しています。
② 被告は既に被告製品の製造・販売をやめているそうです。
2.本件発明
A 不織布シートに10~100個/cm2という多数の微小孔(2a)を形成してメッシュ状に成形すると共に、その表面に吸着・乾燥剤を付着させた保護シート(2)と、
B この保護シート(2)の裏面に形成した粘着剤層(3)と、
C この粘着剤層(3)に付着させた剥離シート(4)と、
D から構成される衣服の汚れ防止シート。
3.争点
(1)被告製品の構成要件充足性
なお、被告は、後記ア~ウ以外の構成要件の充足性について争っていない。
ア 構成要件A「微小孔」の充足性
イ 構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性
ウ 構成要件B「保護シートの裏面に形成した粘着剤層」及び構成要件D「衣服の汚れ防止シート」の各充足性
(2)効果不奏功の抗弁の成否
(3)本件特許の無効理由(サポート要件違反、実施可能要件違反)の有無
(4)補償金及び損害の額
4.争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(被告製品の構成要件充足性)について
ア 争点(1)ア(構成要件A「微小孔」の充足性)について
-省略-
イ 争点(1)イ(構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性)について
(原告の主張)
被告製品は、不織布の表面上に乾燥剤として用いられているシリカが付着している。また、不織布又はこれを加工したものに何らかの物を添加しなければ、被告製品の包装紙の表面に表示されている「汗を素早く吸収」、「サラサラ快適に」との効果は奏し得ない。したがって、被告製品は構成要件Aの「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」を充足する。
(被告の主張)
被告製品の製造工程には不織布の「表面に吸着・乾燥剤を付着させ」る工程はないし、被告製品の不織布層表面に観察された物体はインク顔料を含んだ剥離紙の一部であり、吸着・乾燥剤に該当し得る物体は全く観察されなかった。シリカが含まれるとする原告の分析結果(甲5、6)は、不織布以外の部分も試料にしたものであるし、仮に一定量(1.1μg/cm2)のシリカが検出されたとしても、それが吸着・乾燥剤として機能する構造を有するものとは限らないし、上記の量では吸着・乾燥剤といえない。したがって、被告製品は構成要件Aの「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」を充足しない。
原告は、被告製品の包装紙の表面の表示を指摘するが、不織布には吸水性があり、これに基づく作用効果を記載したにすぎない。
ウ 争点(1)ウ(構成要件B「保護シートの裏面に形成した粘着剤層」及び構成要件D「衣服の汚れ防止シート」の各充足性)について
-省略-
(2)争点(2)(効果不奏功の抗弁の成否)について
-省略-
(3)争点(3)(本件特許の無効理由(サポート要件違反、実施可能要件違反)の有無)について
-省略-
(4)争点(4)(補償金及び損害の額)について
-省略-
5.裁判所の判断
1 争点(1)イ(構成要件A「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」の充足性)について
事案に鑑み、争点(1)イから判断する。
(1)被告製品の不織布が構成要件Aの「不織布シート」に当たることは当事者間に争いがないところ、原告は、その表面にシリカ(SiO2)が付着しているから、構成要件Aの「表面に吸着・乾燥剤を付着させた」を充足すると主張する。
(2)本件発明の特許請求の範囲にはいかなる物が「吸着・乾燥剤」に当たるかは記載されていないが、本件明細書(甲2)には、「吸着・乾燥剤としては、二酸化珪素(SiO2)等の吸水性、吸着性を有する無機粉体を採用するのが好ましい。」と記載されている(段落【0020】)から、吸水性、吸着性を有するシリカ(SiO2。証拠(乙11)及び弁論の全趣旨によれば、「シリカ」は二酸化ケイ素の通称であると認められる。)の無機粉体は「吸着・乾燥剤」に当たり得ると解される。
(3)ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(ア)被告製品の剥離紙をはがしたシートを分析試料とし、約3gを計量後に硫酸30mlを加えて加熱分解し、硝酸を滴下し、再度加熱して硫酸白煙を発生させ、放冷後にイオン交換水、塩酸を順次加えて撹拌しながら加熱して可溶性塩類を溶解し、放冷後に濾紙を用いて濾過するなどして得たものを計量して試料中の二酸化ケイ素又はケイ素含有量を算出したところ、1cm四方中に1.1μg/cm2、相対比率0.019%のシリカが検出された(甲5、6)。
(イ)被告製品の剥離紙をはぎ取り、エチルアルコールに漬けて粘着剤及び粘着剤のついたフィルムを除去し、乾燥してから試料として計量したところ、試験結果は「0.010%未満」とされた。この点について、エチルアルコール処理により不織布からシリカが脱落したことも考えられるとの上記計量試験実施者による考察が付された。(甲7)
(ウ)被告製品を顕微鏡で観察したところ、不織布の表面に粒状の物が付着していることが確認された。当該物等を赤外分光光度計により分析してスペクトルを得たところ、当該物と被告製品中の上質紙に印刷されているインクとでスペクトルがほぼ一致した。(乙8)
イ 上記ア(ア)の認定事実によれば、剥離紙を除く被告製品に一定量のシリカが含まれているということができる。
しかし、前記前提事実(3)のとおり、剥離紙を除く被告製品には不織布以外の層があるところ、上記ア(ア)の計量においては、剥離紙を除く被告製品全体を試料としているから、不織布の表面以外の部分に含まれるシリカが検出された可能性を否定することができない。加えて、同(イ)の試験においては、被告製品から剥離紙、粘着剤及び粘着剤のついたフィルムを除いた試料からシリカが検出されることはなかったこと、同(ウ)のとおり被告製品の不織布層の表面において乾燥剤に該当し得ない物体以外のものが検出されなかったことにも鑑みると、被告製品の不織布の表面にシリカが付着していると認めることはできない。また、被告製品に一定量のシリカ(SiO2)が含まれているとしても、それが吸収性、吸着性を有するものとして被告製品に存在することを認めるに足りる証拠もない。
(4)原告は、不織布のみでは汗の吸収等の効果を奏し得ないことを前提に、被告製品の包装の表示(「汗を素早く吸収」、「サラサラ快適に」)に照らせば、被告製品に何らかの吸着・乾燥剤が含まれていると主張する。しかし、不織布のみでは汗の吸収等の効果を奏しないことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、本件明細書(甲2)によれば、多数の微小孔を形成してメッシュ状に成形した不織布シート及び吸着・乾燥剤はいずれもが表面に付着したほこり、汗等を吸収、吸着するものとされていること(段落【0017】、【0018】、【0020】)からすれば、上記の不織布シートのみでも一定程度の汗の吸収、吸着等の効果を奏することがうかがわれ、上記の包装の表示から被告製品の不織布層の表面に何らかの吸着・乾燥剤が含まれていると認めることはできない。また、原告は、前記(3)ア(イ)の結果について、同試験のエチルアルコール処理により不織布からシリカが脱落した旨主張するが、仮に脱落の可能性があるとしても、同試験において脱落した事実を認めるに足りる証拠はない。
原告の主張はいずれも採用し難い。
(5)原告が販売している「アロマ・デ・ガード」という製品が本件発明に基づく製品だと思われます。被告製品は既に生産終了になっていますが、商品の画像はネット上に残っていました。両者を比較すると、原告の製品が襟の内側全体を覆っているのに対して、被告製品は襟の背中側の一部しか覆っていません。このことからしても本件発明と被告製品とは目的が全く異なるものと思われます。
6.検討結果
(1)本件発明の構成要件Aは、多数の微小孔が形成された不織布シートの表面に吸着・乾燥剤を付着させた保護シートというものです。この構成要件Aの充足性が抵触判断のポイントになりました。
(2)判決文の中で特定された被告製品の構成を図にすると以下のようになります。
この被告製品を以下のような手順で分析しています。
① 「剥離紙」以外のシートにシリカが含まれるか否か
◎ 被告製品から「剥離紙」を剥がす。
◎ 「剥離紙」を剥がしたシートを化学処理したものから、1cm四方中に1.1μg/cm2、相対比率0.019%のシリカが検出された。
② 「剥離紙」、「アクリル系粘着材」及び「PETフィルム」以外のシートにシリカが含まれるか否か
◎ 被告製品から「剥離紙」を剥がす。
◎ エチルアルコールに漬けて「アクリル系粘着材」及び「PETフィルム」を除去する。
◎ 乾燥後に計量すると0.010%未満となった(エチルアルコール処理により不織布からシリカが脱落した可能性もある)。
③ 不織布表面の顕微鏡観察
◎ 不織布の表面に粒状の物が付着していることが確認された。
◎ 赤外分光光度計により分析してスペクトルを得たところ,当該物と被告製品中の上質紙に印刷されているインクとでスペクトルがほぼ一致した。
(3)判決文では以上の分析結果を基にしておおよそ以下のように述べています。
①の分析結果から「剥離紙」以外のシートにシリカがあることは認められるが、それが「不織布」、「PETフィルム層」又は「アクリル系粘着材」のいずれに含まれるものなのかまでは特定できない。
②の分析結果から①では「不織布」以外に含まれたシリカが検出された可能性がある。
③の分析結果から「不織布」の表面にはシリカと特定できる物質は確認できなかった。
(4)本件の判決では上記の分析に基づき被告製品は構成要件Aを充足していない、と結論付けています。この分析結果に基づくと、不織布の表面にシリカが付着していることは立証されていないので、本判決のような結論になると思います。