インキ事件

投稿日: 2017/10/08 21:39:49

今日は平成28年(行ケ)第10187号 審決取消請求事件について検討します。

本事件の原告であるパイロットインキ式会社及び株式会社パイロットコーポレーションは特許権者です。そして被告である三菱鉛筆株式会社は特許無効審判の請求人です。特許権者が原告となる審決取消訴訟なので特許無効審判の審決は請求成立だったことがわかります。

 

1.本件特許発明の内容

【請求項1】

可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物を収容したボールペン形態の筆記具であって、

前記可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物は、(イ)電子供与性呈色性有機化合物、(ロ)電子受容性化合物、(ハ)前記両者の呈色反応の生起温度を決める反応媒体からなる可逆熱変色性組成物を内包させた可逆熱変色性マイクロカプセル顔料と、水を少なくとも含有してなり、ここで、前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料の平均粒子径は、0.5~2.0μmの範囲にあり、且つ、4.0μmを超える粒子が全マイクロカプセル顔料中の10体積%未満であり、2.0μm未満の粒子が全マイクロカプセル顔料中の50体積%以上であり、

前記筆記具のキャップの一部又は軸筒の一部に、弾性体である擦過部材が設けられていることを特徴とする、筆記具。

【請求項2】

前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料、色濃度-温度曲線に関して完全消色温度(t)が50~90℃である請求項1記載の筆記具

【請求項3】

前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料、色濃度-温度曲線に関して40℃乃至70℃のヒステリシス幅(ΔH)を示し、発色開始温度(t)が0℃以下である請求項1又は2記載の筆記具

【請求項4】

前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料が、前記可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物全量に対して2~40重量%である請求項1乃至3のいずれかに記載の筆記具

【請求項5】

前記可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物が、剪断減粘性付与剤を含んでなる請求項1乃至のいずれかに記載の筆記具

【請求項6】

ボールペンチップを筆記先端部に装着してなり、前記ボールペンチップのボールが0.4~1.0mm径である請求項1乃至5に記載の筆記具。

【請求項7】

前記擦過部材がゴム、エラストマー又はプラスチック発泡体である請求項1乃至6のいずれか記載の筆記具。

2.特許無効審判

2.1 請求人の主張

(1)無効理由1(明確性要件違反)

本件発明は、不明確であるから、本件特許出願は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(2)無効理由2(サポート要件違反)

-省略-

(3)無効理由3(新規性の欠如)

-省略-

(4)無効理由4(新規性の欠如)

-省略-

(5)無効理由5(進歩性の欠如)

-省略-

2.2 審判部の判断

1 無効理由1

(1)無効理由1に関して、請求人は、以下の主張をしている。

『特許請求の範囲の記載中「前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料の平均粒子径は、0.5~2.0μmの範囲にあり」(構成要件C)との記載は、明細書の記載を考慮しても、それが具体的にどのような平均粒子径を有するマイクロカプセル顔料を指すかが不明であり、・・・(以下省略)』(審判請求書第2頁「7.(1)I.理由1の欄」)

本件の請求項1に記載の発明特定事項のうち「平均粒子径」の定義ないし測定方法について、発明の詳細な説明の記載から明らかでないから、請求項1及びこれに従属する請求項2乃至7に係る特許発明は、明確でなく、特許法第36条第6項第2号により特許を受けることができないものであり、・・・(以下省略)』(審判請求書第10頁「7.(3)I.理由1の欄」)

(2)特許法36条6項2号には、「特許を受けようとする発明が明確であること」でなければならない旨が規定されており、その趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにあると解される。

また、36条6項2号の解釈、すなわち、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時(優先権主張が伴う場合には、優先当時)における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(3)そこで、まず、「平均粒子径」の一般的技術的意義について検討する。

「平均粒子径」は、可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(以下、単に「顔料」ということもある。)の「粒子」における複数の「粒子径」の和をその複数の個数で除したものであることは万人が認めるところであり、この際、当該「粒子」を「個別の粒子」として捉えるか、または、当該「個別」の「粒子」を集めたものである「粒子の集合体」として捉えるかによって、その「平均粒子径」が指す意味は全く別異のものとならざるを得ない。

最初に、当該「粒子」を「個別」のものとして捉える場合であるが、これは、該粒子が等しい直径を有する球状形のものでなくラグビーボール状のものやドーナツ形状のように一部凹んだもののように、非球状形の粒子の大きさ(長さ)を特定するために有効であるが、例えば、当該「個別の粒子」の「最大外径」と「最小外径」の長さを何らかの測定方法で取得し、その和(合計)を「2」で除して求める方法があり、実際、被請求人が出願し、本件特許出願前に特許公開公報として公開され、後に特許登録された特許第4312987号(特開2003-206432号公報)の【0007】に、「・・・当該マイクロカプセルの平均粒子径〔(最大外径+中央部の最小外径)/2〕が1~3μmの範囲・・・」旨明記されており、そのほか、特許第4271401号(【0015】、特開2003-253149号公報)、特許第3984509号(【0015】、特開2004-27047号公報)、特許第3984510号(【0015】、特開2004-27048号公報)、特許第4087222号(【0010】、特開2004-151600号公報)、特許第4024668号(【0010】、特開2004-205568号公報)、特許第4326817号(【0009】、特開2004-244489号公報)にも同様に明記されており、少なくとも本件特許出願時における被請求人においては、『平均粒子径〔(最大外径+中央部の最小外径)/2〕』は、「個別の粒子」の大きさ(長さ)を特定するためによく使われる指標、あるいはパラメーターであることが推認できるものである。

次に、当該「個別の粒子」を集めたものである「粒子の集合体」として捉える場合であるが、これは、上記「個別の粒子」で想定される粒子の形状はここでも同様であり、当該「粒子の集合体」においては、「球状形の粒子の集合体」、「非球状形の粒子の集合体」、または、「球状形の粒子と非球状形の粒子の混合である集合体」の態様が含まれていると認められ、上記どのような集合体であっても、その「粒子の集合体」としての「平均粒子径」とするのであれば、各「個別の粒子」の大きさ(長さ)を何らかの基準で特定した上で特定し、何らかの測定方法で、その大きさ(長さ)を取得し、各「個別の粒子」の大きさ(長さ)の和(合計)を「個別の粒子」の個数で除して求める方法があるが、一般に、「粒子の集合体」は、その粒子の大きさにもよるが、各「個別の粒子」それぞれの大きさ(長さ)を取得することは非実際・不可能であることから、下記学術文献で説明されているように、様々な取得方法が存在する。

(4)「粒子の集合体」としての「平均粒子径」に対する学術文献上の定義

-省略-

(5)学術文献上の「平均粒子径」の意義のまとめ

上記学術文献上の記載によれば、1個の粒子の大きさ(粒子径、代表径)の表し方としては種々のものがあり、大きく幾何学的径と相当径(何らかの物理量と等価な球の直径に置き換えたもの)とがあり、幾何学的径には定方向径、マーチン径、ふるい径などがあり、相当径には投影面積円相当径、等表面積球相当径、等体積球相当径、ストークス径、流体抵抗力相当径、光散乱径など種々のものがある「粒子の集合体」としての「平均粒子径」とは、「粒子の集合体」を代表する平均的な粒子径(代表径)を意味するものであるが、個数平均径、長さ平均径、面積平均径、体積平均径等といった種々の平均粒子径及びその定義式(算出方法)があり、同じ粒子であってもその代表径の算出方法によって異なるものである

したがって、本件発明1の「平均粒子径は、0.5~2.0μmの範囲にあり、」のように、抽象的に平均粒子径として特定の数値範囲を示すだけでは、それがいかなる算出方法によるものであるかが明らかにならないから、その範囲が具体的に特定できないことになる。他方、粒子径(代表径)は、測定原理に対応して定義されているように、粒径測定法と密接に関係していることが認められ、測定方法が決まれば粒子径(代表径)が定まるということができる

よって、明細書中に、平均粒子径の定義(算出方法)を記載するか、又はその測定方法に関する記載があれば、特定の数値範囲に属する平均粒子径のものを示すものとして、その特定に欠けるところはないことになる。そこで、本件明細書の記載を検討する。

(6)本件明細書の記載の検討

ア 「平均粒子径」に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、次のとおりの記載がある。

-省略-

イ 本件発明は、「筆記具」に係る発明であって、「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」を含有する「可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物」を有し、かかる「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」に関しては、「平均粒子径は、0.5~2.0μmの範囲にあり、」との事項(以下、「本件平均粒子径事項」という。)を発明を特定するために必要な事項として備えるものである。

そして、かかる事項を備えることで、上記(6)アの摘示(ア)に記載の課題、特に、摩擦による筆跡の剥離を解決するものと認められる。これについて、上記(6)アの摘示(エ)~(キ)の実施例1、2、比較例1、2における実験結果によれば、平均粒子径が約1.8μmの実施例1及び平均粒子径が1.6μmの実施例2では、摩擦による筆跡の剥離は見られなく、一方、平均粒子径が2.93μmの比較例1及び平均粒子径が2.47μmの比較例2では、摩擦による筆跡の脱落(剥離)が見られたことから追認できるものである。

ウ また、本件明細書には、本件発明の可逆熱変色性マイクロカプセル顔料である粒子の調製方法として、例えば、実施例1として、「(イ)成分として1、3-ジメチル-6-ジエチルアミノフルオラン2.5部、(ロ)成分として2、2-ビス(4′-ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン5.0部、1、1-ビス(4′-ヒドロキシフェニル)n-デカン3.0部、(ハ)成分としてカプリン酸4-ベンジルオキシフェニルエチル50.0部からなる色彩記憶性を有する可逆熱変色性組成物を均一に加温溶解し、壁膜材料として芳香族イソシアネートプレポリマー30.0部、助溶剤40.0部を混合した溶液を、8%ポリビニルアルコール水溶液中で、平均粒子径が約1.8μmになるよう分散条件を調整して乳化分散し、70℃で約1時間撹拌を続けた後、水溶性脂肪族変性アミン2.5部を加え、更に6時間撹拌を続けて可逆熱変色性マイクロカプセル顔料懸濁液を得た。

前記懸濁液を遠心分離して可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を単離した。」と記載されているのみで、本件発明の「平均粒子径」の測定につき採用されるべき測定方法について明示の記載はない

エ なお、上記(6)アの摘示(イ)の「4.0μmを超える粒子が全マイクロカプセル顔料中の10体積%未満であり、2.0μm未満の粒子が全マイクロカプセル顔料中の50体積%以上である」との記載には、「個別の粒子」ではなく、「粒子の集合体」としてとらえることの示唆がある。また、同じく上記記載より、粒子の大きさ以外に、粒子の体積を測定しているものと推察され、上記『学術文献上の「平均粒子径」の意義のまとめ』から、本件発明は、「平均粒子径」の一つである「体積平均径」であると解釈する余地があり、この点については、請求人、被請求人共に争いの余地はない。(審判請求書第16頁下から第5行~末行、答弁書第10頁下から第3行~第11頁第1行)

(7)そこで、「体積平均径」に関する技術常識について考察する。

上記学術文献ア、イによれば、電気的検知帯法(当審注:コールカウンター法ともいう。)で扱われる「等体積球相当径」は、粒子の体積と等しい体積をもつ球に置き換えたとき(幾何学的特性)のその球の直径であり、また、光散乱法で扱われる「光散乱相当径」は、粒子と同じ光の散乱パターンをもつ球に置き換えたとき(光学的特性)のその球の直径であり、また、光回折法で扱われる「光の回折相当径」は、粒子と同じ光の回折パターンをもつ球に置き換えたとき(光学的特性)のその球の直径であり、さらに、沈降法で扱われる「ストークス径」は、粒子と同じ沈降速度をもつ球に置き換えたとき(動力学的)のその球の直径であり、これらの方法から「体積平均径」が求められることは、当業者に顕著である。

なお、それらは、それぞれ着目する特性を違えて測定して体積平均径から平均粒子径を得ているのであるから、測定方法の違いにより平均粒子径の値自体に差異が生じないとは言い切れない

(8)また、当審合議体において、職権審理により、本件特許である「特許第4961115号」の出願日(平成17年6月1日)当時の当業者(但し、請求人、被請求人を除く)における筆記具用インキに含有されている顔料の平均粒子径(平均粒径)の測定の際、どのような方法が採用されていたのかを、下記検索条件に基づく特許出願の特許公開公報の該当個所を調査したところ、以下のとおりである。

〔検索条件〕

ア 出願日:平成14年6月1日~平成17年5月31日

イ 出願人:請求人、被請求人を除く

ウ IPC(国際特許分類):C09D11/16(筆記用インキ):C09D11/18(ボールペンに使用するもの)

エ 全文検索キーワード:「平均粒子径」または「平均粒径」

オ その他:分割出願を除く。

〔調査結果〕

A社:電子顕微鏡法(特開2006-265519号公報【0008】等)レーザー光回折・散乱法(特開2006-206704号公報【0008】等)

B社:遠心沈降法(特開2004-197011号公報【0026】等)

C社:電子顕微鏡法(特開2005-29766号公報【0032】)

D社:レーザー光回折・散乱法(特開2004-238502号公報【0020】)電子顕微鏡法(特開2004-238502号公報【0028】)

E社:遠心沈降法(特開2004-51802号公報【0080】等)

そして、上記〔調査結果〕によれば、本件特許の出願(平成17年6月)当時において、当業者は、レーザ回折法、遠心沈降法、電子顕微鏡法等の様々な方法による測定装置により筆記具用インクで使用される顔料の粒子の平均粒子径を測定していたと認められるものの、当業者において、レーザ回析法による測定装置で計測することが既に主流になっていたとか、一般化していたということもできないというべきであって、既にレーザ回折法による測定装置で計測することが当然であるという技術常識が存在していたということはできない。

ここで、被請求人は、「本件明細書の記載及び技術常識によれば、本件特許発明に係る粒子径がレーザー回折法による球相当径を測定するのが合理的な方法であると理解できる」旨述べており、「レーザー回折法」を強調しているが、当審と別事件では、被請求人である株式会社パイロットコーポレーションから、東京地方裁判所民事第29部に対して提出された、平成23年11月14日付け「第3準備書面(原告)」(東京地裁平成23年(ワ)第377号 特許権侵害差止請求事件、原告:株式会社パイロットコーポレーション、被告:三菱鉛筆株式会社、以下、「甲第5号証」という。)の第2頁の第1.1.「(1)甲特許の出願経過と平均粒子径の測定法」の欄には、「甲特許の明細書には、構成要件甲1Bの「平均粒子径」の測定法について直接の指示はない。しかし、本件特許出願当時、平均粒子径の測定は、レーザー回折式又は遠心沈降式を使用するのが当業者の技術常識であり、本件特許明細書に接した当業者ならば、「平均粒子径」とはレーザー回折式か遠心沈降式で測定した値であると理解するのが通常であったことについて、原告第1・第2準備書面で詳細に説明し、各甲号証によっても立証済みである。」と記載されており(なお、上記記載における「甲特許」は、『特許第4601720号』であり、「本件特許出願当時」は、『甲特許の原出願の出願日当時』であり平成14年10月31日当時であること、を意味することについては、第1回口頭審理において、両当事者に対して確認済である(「第1回口頭審理調書」参照。)、「遠心沈降式」の有無により、その主張は一貫していない。

したがって、本件明細書には、本件特許出願時の技術常識を考慮しても本件平均粒子径事項に係る平均粒子径の測定方法が記載されているとはいえない。

(9)発明の明確性に関して、その充足・非充足を審査官(審判官の合議体)が確定できない場合には、出願人(特許無効審判の被請求人)が証明責任を負うと解するのが相当である。

(10)してみると、本件発明は、本件平均粒子径事項に係る平均粒径の測定方法が明らかでなく、上述したとおり、平均粒径の値自体はその測定方法の違いにより差異が生じないとは言い切れず、測定方法の不明な本件平均粒子径事項に係る平均粒子径の値のみではかかる値を有する粒子を特定できず、その粒子自体が明確とはいえないから、結局、特許を受けようとする発明の技術的範囲が明確でなく、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るといえる。

なお、被請求人は、「測定対象粒子の形状が真球であれば、その幾何学的な直径が粒子径であって、特定の測定方法によって真球を測定した場合に測定装置から出力される粒子径をもって粒子径を定義する必要性は全く生じない。測定対象粒子の形状が真球で無い場合には、厳密には、測定原理によって、測定対象粒子と同一の挙動をする球形粒子の直径は異なる。しかし、測定対象粒子の形状が球に近ければ、それらのどの方法を採っても測定結果に大きな差が生じない。したがって、測定方法を特定しなくても、第三者に対して不測の不利益を及ぼすことにはならないのであるから、複数の方法があること自体は明確性要件違反とすべき根拠にはならない。すなわち、代表径のとり方に基づく誤差は粒子の形が球形から乖離した歪な構造になっていることに基づいて生ずるものであるところ、本件特許発明において想定している「マイクロカプセル顔料」は、その用途・機能からも明らかなように、厳密な球形でないにせよ略球形である。従って、特に説明をしなくても、これを球形とみなして粒子径を測定することが可能であり、測定方法が異なっても、大きな差は生じない。すなわち、上記の方法が本件における「マイクロカプセル顔料」の測定に適したものであるか否かはともかく、請求人の主張するどの測定方法を用いても、(同一の測定方法で行った際に不可避的に生ずるような)誤差程度の違いしか出ないと考えるのが合理的である・・・(中略)・・・。」旨(答弁書第13頁下から第9行~第14頁第10行)述べているが、本件明細書には、上記(6)アの摘示(ウ)によれば、「前記マイクロカプセル顔料は、円形断面の形態であっても非円形断面の形態であってもよい。」とのことであり、非円形断面を排除するものでなく、また、上記(6)アの摘示(エ)~(キ)の実施例1、2、比較例1、2を参酌しても、円形断面の粒子と非円形断面の粒子とがどのような割合で調製されるのかとか、その粒子の形状等認識できる記載は一切ないことから、被請求人を主張するように、本件特許発明において想定している「マイクロカプセル顔料」が「略球形」であると断定することは不可能であり、上記被請求人の主張を採用することはできない。

(11)したがって、本件特許の出願は、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。

3.審決取消訴訟

3.1 原告ら主張の審決取消事由

1 マイクロカプセル顔料の形状について

定義による差異が測定誤差ないし測定精度を超えるものでない場合にはそもそも定義は必要でないという考えは、当業者において一般に採られている。そして、以下のとおり、本件発明のマイクロカプセル顔料は、定義による差異がそれぞれの測定誤差を超えない程度の略球形であるから、略球形であると断定することは不可能とした審決は誤りである

(1)本件発明では、略球形のマイクロカプセル顔料が想定されていること

ア 本件明細書の実施例1及び実施例2には、マイクロカプセル顔料の調製方法が具体的に記載されている。この調製方法は「界面重合法」と呼ばれており、当業者には周知の方法である。

小石真純、近藤保「界面重合法により調整したマイクロプカセルの粒径および粒径分布について」(色材協会誌、1970、Vol.43、No.7、p.344~356、甲80。以下「甲80文献」という。)には、「図-1の造粒工程でつくられたエマルション粒子は、通常のかくはん条件下では表面積を最小とするように球形をしている。したがってエマルションを出発点としたマイクロカプセル粒子もすべて球形である」と記載されている。「図-1の造粒工程」は、界面重合法である。また、写真-3には、水中に分散した球形のポリフェノールエステルマイクロカプセルが示されている。

本件明細書の【0010】には界面重合法以外の調製方法も記載されているが、これらの方法によっても、界面重合法と同様に略球形となる。

このように、マイクロカプセル顔料が本来的に有する形状は、略球形である。「前記マイクロカプセル顔料は、円形断面の形態であっても非円形断面の形態であってもよい。」(【0010】)との記載は、マイクロカプセル顔料は本来球形であるものの、何らかの理由で内部が収縮すると壁膜が少しへこみ、空気が少し抜けたビーチボールのように断面がゆがむことがあるので、このようなマイクロカプセル顔料であっても使用可能であることを注意的に記載したものである。したがって、マイクロカプセル顔料の本来的な形状が球形であることが当業者の常識であることが前提となっており、本件発明のマイクロカプセル顔料が「略球形」であることを間接的に裏付けるものである。

イ 本件発明は、摩擦によって筆跡の剥離や紙面の空白部分の汚染が発生するという課題を、粒子の大きさ(体積)に着目して解決を図るものであるが、課題もその解決手段も、略球形のマイクロカプセル顔料を前提としている。板状や針状のマイクロカプセル顔料は存在しないが、仮に存在した場合、平均粒子径を0.5~2.0μmという数値範囲にしたとしても、摩擦によって筆跡の剥離や紙面の空白部分の汚染が発生するという課題を解決することはできない。

ウ 原告ら製品「イリュージョン」のマイクロカプセル顔料について、大きく窪んでいるように見える粒子もあるが、窪みを加味した時の体積平均径と、全ての粒子が画像解析ソフトの出力する最大長を直径とする真球であるとみなして計算される真球仮定時の体積平均径との差は、3~4%にすぎず(甲83)、測定誤差の範囲内で、「略球形」といって全く差支えないものである。

エ 以上のとおり、当業者は、本件明細書の記載及び技術常識に基づいて、マイクロカプセル顔料が略球形であると認識できるから、本件発明において想定しているマイクロカプセル顔料が略球形であると断定することは不可能であるとの審決の認定は、誤りである。

(2)被告の主張に対する反論

被告は、原告パイロットインキの他出願を引用しつつ、「非円形断面」形状のマイクロカプセル顔料の方が「円形断面」形状よりも効果的である旨主張されていると述べるが、言うまでもなく出願によって技術的課題は異なるのであり、課題が異なればその解決として適した粒子の大きさや形状も当然異なり得るのであるから、それらの記載を基に本件発明に係るマイクロカプセル顔料の形状を議論するのは無意味である。

2 粒子径(代表径)について

(1)あえて粒子径(代表径)を定義するのであれば、マイクロカプセル顔料が略球形である以上、幾何学的な球相当径(投影面積円相当径、等表面積球相当径、等体積球相当径)を採用することが合理的であり、本件発明は、粒子の体積を基準として粒度分布を規定している以上、そのうち等体積球相当径を選択する必然性がある。

(2)審決は、本件発明のマイクロカプセル顔料の粒子が略球形と断定できないことを前提とし、粒子径(代表径)として有効径である光散乱相当径やストークス径の可能性を指摘する。

しかし、本件発明のマイクロカプセル顔料の粒子は略球形であるし、粒子の体積を基準として粒度分布を規定していること自体からも、等体積球相当径が最も粒子径(代表径)の定義として合致する。審決のように、本件明細書に測定方法の記載がないにもかかわらず、特定の測定方法に対応した有効径の定義だと考えるのは無理がある。また、本件発明は、マイクロカプセル顔料の大きさに着目する発明であるから、粒子と同じ光学的特性(光散乱相当径)又は動力学的特性(ストークス径)を持つ球に置き換える必然性はなく、これらの粒子径(代表径)の測定方法には、マイクロカプセル顔料の性状からくる測定の困難性もある。他方、等体積球相当径は、最も正確かつ精密に粒子の物性、形状を表す径であり、マイクロカプセル顔料が絶縁体であるので、電気的検知帯法は適切な測定方法である。

なお、原告らは、本件無効審判手続において、レーザ回折法によって測定した粒子径が本件発明におけるマイクロカプセル顔料の粒子径である、などと主張したことはない。むしろ、レーザ回折法による測定値を恣意的に操作できることを指摘して、単にレーザ回折法による粒子径ということでは定義として不適格であることを述べてきた。

3.2 裁判所の判断

1 明確性要件について

(1)特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定するところ、この趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)原告らは、本件発明のマイクロカプセル顔料の粒子が略球形であるにもかかわらず、審決が、同粒子が略球形と断言できないことを前提として、本件特許請求の範囲にいう「平均粒子径」の意義が特定できないため本件発明が不明確であるとした判断に誤りがあると主張する。そこで、「平均粒子径」の意義につき検討する。

本件特許請求の範囲及び本件明細書中に、「平均粒子径」の意義に関する明示の記載はない

イ 「平均粒子径」の意義に関して、証拠には、以下の記載がある。

(ア)神保元二ほか編、「微粒子ハンドブック」、初版第1刷、株式会社朝倉書店、1991年9月1日(甲18)

-省略-

(イ)椿淳一郎、早川修著、「現場で役立つ粒子径計測技術」、初版第1刷、日刊工業新聞社、2001年10月26日(甲22)

-省略-

(ウ)後藤邦彰、「粉体技術者のための粉体入門講座53 入門の予習編―6粒子の大きさの表し方―3」、粉体技術Vol.6 No.6 2014年(甲27)

-省略-

ウ これらの記載及び弁論の全趣旨を総合すると、「平均粒子径」の意義は、次のとおりであることが認められる。

件発明のように平均粒子径を規定する場合には、ある粒子径(代表径)の定義を用いて、ある基準で測定された粒度分布が与えられることが必要と解されるところ、粒子径(代表径)の定め方には、定方向径、ふるい径、等体積球相当径、ストークス径、光散乱相当径など、種々の定義がある。そして、粒子の形状に応じて、以下のとおりとなる。

(ア)球形粒子(略球形の粒子を含む。)の場合には、直径をもって粒子径(代表径)とするのが一般的であり、同一試料を測定すれば、ふるい径等の一部を除いて、粒子径(代表径)の値は、定義にかかわらず等しくなる

(イ)非球形粒子の場合には、同一試料を測定しても、異なった粒子径(代表径)の定義を採用すれば、異なる粒子径(代表径)の値となり、平均粒子径も、異なってくる

(3)以上によれば、本件発明の「平均粒子径」の意義が明確といえるためには、少なくとも、①「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」が球形(略球形を含む。)であって、粒子径(代表径)の定義の違いがあっても測定した値が同一となるか、又は②非球形であっても、粒子径(代表径)の定義が、当業者の出願時における技術常識を踏まえて、本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載から特定できる必要がある

2 マイクロカプセル顔料の形状について

審決が、本件発明において想定しているマイクロカプセル顔料が略球形であると断定することは不可能であると判断したのに対し、原告らは、マイクロカプセル顔料は、粒子径(代表径)の定義による差異が測定誤差を超えない程度の略球形である旨主張する。そこで、以下検討する。

(1)検討結果

ア 本件明細書の【0010】には、「マイクロカプセル顔料は、円形断面の形態であっても非円形断面の形態であってもよい。」と記載されているが、それ以外に、本件特許請求の範囲又は本件明細書にマイクロカプセル顔料の形状を限定する記載はない。

原告らは、この記載は、マイクロカプセル顔料は本来球形であるものの、何らかの理由で内部が収縮すると壁膜が少しへこみ、空気が少し抜けたビーチボールのように断面がゆがむことがあるので、このようなマイクロカプセル顔料であっても使用可能であることを注意的に記載したものであると主張する

しかし、原告パイロットインキの特許出願に係る公開特許公報である甲24文献(特開2001-207101号)には、「本発明に適用される可逆熱変色性微小カプセル顔料は、非円形断面形状のもの、なかでも窪みを有する断面形状の形態(図1~図3参照)に特定される。」(【0006】)と記載されている(図1~図3は、前記「第4 被告の反論」の1(1)参照)。また、同じく原告パイロットインキの特許出願に係る公開特許公報である甲23文献(特開2003-206432号)及び乙11文献(特開平09-124993号)でも、「非円形断面の形態」(甲23文献【0006】)又は「表面に窪み(凹部)を有する形状のもの」(乙11文献【0006】)として、甲24文献の図1~図3と酷似した図面が記載されている。これらの記載に加え、「円形断面」と「非円形断面」を並列して記載していることからすれば、上記本件明細書の【0010】の記載は、注意的な記載にとどまるものではなく、甲24文献の図1~図3の形状のように、球形とはいえないマイクロカプセル顔料も、本件発明に含まれることを積極的に意味すると解される(実際、原告ら製品である「フリクション(黒)」の粒子画像(乙18、前記「第4 被告の反論」の1(1)参照)を見ても、球形とはいえない粒子が一定数含まれていると認められる。)

さらに、上述した甲24文献の「本発明に適用される可逆熱変色性微小カプセル顔料は、非円形断面形状のもの、なかでも窪みを有する断面形状の形態(図1~図3参照)に特定される。」(【0006】)との記載や、乙11文献の「当該方法(判決注―界面重合法、界面重縮合法によるカプセル化方法)によって得られたカプセルの外観形状は、少なくとも1以上の窪み(凹部)を有し、全体的に半球状の偏平性外観を備えている。」との記載によれば、マイクロカプセル顔料粒子の全てが、球形とはいえない形状となる場合もあると認められる。

以上のとおり、本件発明1の「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」の集合体には、球形とはいえないマイクロカプセル顔料が一定数ないし全てを占める集合体も含まれると解される。そして、このような「可逆熱変色性マイクロカプセル顔料」の集合体については、前記1のとおり、粒子径(代表径)の定義の違いが「平均粒子径」の値に影響を及ぼすものと認められる

原告らは、出願によって技術的課題は異なるのであり、課題が異なればその解決として適した粒子の大きさや形状も当然異なり得るのであるから、前記アの公開特許公報の記載を基に本件発明に係るマイクロカプセル顔料の形状を議論するのは無意味であると主張する

しかし、これらの原告パイロットインキにより作成された文献は、いずれも筆記具のインキに用いるマイクロカプセル顔料の形状に言及するもので、特に甲23文献及び乙11文献は、ボールペンに関するものであるし、甲24文献も、ボールペンへの適用が不可能である旨の記載はない。粒子の大きさも、最大外径の平均値が1μm~4μmで(最大外径+中央部の最小外径)/2の値が1~3μmが好適(甲23【0007】、甲24【0006】)、又は実施例において、遠心沈降式自動粒度分布測定装置で測定した平均粒子径が2.7μm(乙11【0040】)とされており、本件発明のマイクロカプセル顔料の大きさとそれほど差異はないと考えられる。よって、用途や粒子の大きさの観点から本件発明への適用が不可能になるとは認められない

また、これらの発明において、擦過等の外力によるマイクロカプセル壁面の破壊の抑制、マイクロカプセル顔料が被筆記面に対し長径側を密接させて濃密に配向、固着されることによる高濃度の発色性(乙11文献を除く。)、インキの流出性ないし吐出性の改善(甲23文献を除く。)の観点から、非円形断面形状が球形のものより望ましいことが記載されている(甲23【0006】、甲24【0006】、乙11【0016】)。

他方、本件発明も、「本発明は、筆跡を擦過によって簡易に変色させることができると共に、擦過によって筆跡がかすれたり、淡色化することなく、しかも、筆記面の空白部分を汚染することのない良好な筆記性能を示す可逆熱変色性筆記具用水性インキ組成物及びそれを収容した筆記具を提供できる。」(【0005】)、「平均粒子径が2.0μmを越える系では、擦過によってマイクロカプセル顔料が筆跡から剥離し易くなる。一方、0.5μm以下の系では、高濃度の発色性を示し難い。・・・4.0μmを越える粒子が顔料中10体積%を越えると、インキ流通性を損ない易くなり、筆跡がかすれたり、筆跡を形成できなくなる。また、2.0μm未満の粒子が顔料中50体積%未満では、紙面に浸透する粒子が少なく、紙面上に存在する粒子が多くなるため、擦過によって筆跡から剥離したり、空白部分に転移する粒子が多く存在するため、筆跡の明瞭且つ色濃度の維持ができなくなる。」(【0010】)と本件明細書に記載されており、これらの記載によれば、筆跡の擦過を前提とし、高濃度の発色性やインキ流通性も考慮していると認められる。

そうとすれば、本件発明の実施に当たって、更に良好な発色性及びインキの吐出性や、マイクロカプセル壁面の破壊の抑制を考慮して、マイクロカプセル顔料を非円形断面形状とすることは十分考えられることであるし、それを阻害する要因は見当たらない。

よって、原告らの上記主張は、採用することができない。

(2)原告らの主張について

原告らは、界面重合法で調製したマイクロカプセル顔料の本来的な形状は略球形である旨主張する

しかし、甲23文献、甲24文献及び乙11文献は、いずれも非円形断面又は表面に窪み(凹部)を有する形状のマイクロカプセル顔料を調製する方法として、界面重合法が望ましいとしている(甲23【0009】、甲24【0007】、乙11【0015】)。

よって、界面重合法で調製したマイクロカプセル顔料が略球形であるとは限らないから、原告らの主張は理由がない。

原告らは、本件発明は、摩擦によって筆跡の剥離や紙面の空白部分の汚染が発生するという課題を、粒子の大きさ(体積)に着目して解決を図るものであるが、課題もその解決手段も、略球形のマイクロカプセル顔料を前提としている旨主張する

確かに、本件発明の課題及びその解決手段は、原告らが主張するとおりと認められる。しかし、非円形断面形状のマイクロカプセル顔料ではこのような課題が生じない、又はその大きさを限定しても課題を解決できないとは本件明細書に記載されておらず、そのような技術常識を認めるに足りる証拠もない。かえって、本件明細書の【0010】の記載によれば、「マイクロカプセル顔料は、円形断面の形態であっても非円形断面の形態であってもよい。」とされているのであるから、原告らの主張は、本件明細書の記載と整合しないものといえる。したがって、原告らの主張は採用できない。

原告らは、原告ら製品「イリュージョン」のマイクロカプセル顔料は、球であると仮定して粒子径(代表径)を測定しても実用上の意味のある差を生じない程度の略球形であると主張する

しかし、仮に「イリュージョン」については測定誤差の範囲内といえるとしても、それは、実際に製造販売された製品である「イリュージョン」のマイクロカプセル顔料の形状が比較的球形に近かったという一事例を示すにとどまるものであり、本件発明におけるマイクロカプセル顔料一般の形状が比較的球形に近いことを裏付けるに足りない(なお、前記「第4 被告の反論」の1(1)のとおり、他の原告ら製品(「フリクション」)には球形とは相当異なった粒子が一定数含まれていたと認められる。)。現に、本件発明の想定する技術的範囲には、甲24の図1~3に示されるような形状のマイクロカプセル顔料も含まれることは前記(1)アのとおりであり、例えば全てが甲24文献の図3のような形状のマイクロカプセル顔料の場合には、粒子径(代表径)の規定のし方による差が相当大きくなるものと推認される。

よって、原告らの主張は採用できない。

3 粒子径(代表径)について

(1)前記2のとおり、本件発明には非円形断面形状のマイクロカプセル顔料も含まれると解されるので、本件発明が明確といえるためには、前記1のとおり、粒子径(代表径)の定義が、当業者の出願時における技術常識を踏まえ、本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載から特定できる必要がある

(2)本件特許請求の範囲及び本件明細書には、粒子径(代表径)の定義に関する明示の記載はない。

当業者の技術常識を検討すると、平成11年11月1日から平成14年10月31日までの間に、筆記具用インクの平均粒子径の測定方法が記載された特許出願の公開特許公報58件のうち、レーザ回折法で測定したものが23件、遠心沈降法で測定したものが6件、画像解析法で測定したものが8件、動的光散乱法で測定したものが22件(うち1件は遠心沈降法と動的光散乱法を併用)であった一方、等体積球相当径を求めることができる電気的検知帯法で測定しているものはなかったこと(甲20)、平成14年6月1日から平成17年5月31日までの間の特許出願について、審判官が職権により甲20と同様の調査したところ、原告ら及び被告以外の当業者では、電子顕微鏡法、レーザ回折・散乱法、遠心沈降法により平均粒子径を測定している例があった一方、電気的検知帯法が用いられた例は発見されていないこと(弁論の全趣旨)が認められる。また、種々の測定方法で得た値から、再度計算して、等体積球相当径を粒子径(代表径)とする平均粒子径に換算しているとも考え難い。そうすると、粒子径(代表径)について、等体積球相当径又はそれ以外の特定の定義によることが技術常識となっていたとは認められない。

以上のとおり、技術常識を踏まえて本件特許請求の範囲及び本件明細書の記載を検討しても、粒子径(代表径)を特定することはできない。

(3)原告らは、本件発明が粒度分布を体積基準で表していること、測定方法の記載がないこと、マイクロカプセル顔料の大きさに着目するという本件発明の特徴、測定の難易から、本件発明の粒子径(代表径)として、光散乱相当径やストークス径は不適当である一方、等体積球相当径は適当である旨主張する

しかし、粒度分布の表し方を体積基準又はそれと等価である質量基準とするのが通常である粒子径(代表径)には、審決が指摘するとおり、等体積球相当径の他にも、光散乱法による光散乱相当径、光回折法による光の回折相当径、沈降法によるストークス径があると認められる。そして、前記(2)のとおり、筆記具用インキの粒子の大きさの測定に関する公知発明において、これらの粒子径(代表径)又は測定方法が相当程度採用されていたことに照らせば、これらの粒子径(代表径)又は測定方法も、マイクロカプセル顔料の大きさに着目する技術分野において、当業者が採用を検討し得る有用な測定基準であると推認される。なお、原告パイロットインキによる特許出願でも、インキの吐出性を考慮して粒子の大きさを限定するため、遠心沈降式の測定装置を用いて体積基準の粒度分布を求めている例がみられる(乙11【0016】【0040】)。

また、測定方法の記載がない場合に、特定の測定方法に対応しない粒子径(代表径)の定義を採用したものと考えるという技術常識を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告らの主張は採用できない。

4.検討

(1)審決にはパイロットコーポレーションが原告となって三菱鉛筆株式会社の製品(2010年に三菱鉛筆が発売したユニボール ファントム?)の差止を請求した訴訟を2011年に起こしたと書いてありました(東京地裁平成23年(ワ)第377号 特許権侵害差止請求事件)。ネットで検索すると2011年2月21日付けの日本経済新聞の記事にそのことが載っていましたが、あいにくその判決はネットでは入手できませんでした(裁判が和解で終わった可能性もあります。)。

(2)また、パイロットコーポレーションのホームページの「お知らせ」には2017年7月7日付けで以下の発表が掲載されていました。

「三菱鉛筆株式会社より、摩擦熱変色性筆記具に関する当社の特許第4312987号に対して、無効審判(無効2014-800128号事件)を提起されていた件につき、以下のとおり結果をご報告申し上げます。

本件特許は、熱変色性インキと摩擦体を組み合わせた特許で、筆跡を摩擦熱で消色させる熱変色性筆記具の基本とも言える特許でありますが、上記審判事件を経て、平成29年3月21日に知的財産高等裁判所において、当該発明の進歩性に関して当社の主張を認める判決が出されました(知財高裁平成28年(行ケ)10186号)。その後、同社は上告せず、判決が確定したため、当該案件は特許庁に差し戻され、平成29年6月19日付け審決にて、あらためて「特許第4312987号に対する無効審判の請求は成り立たない。」旨の結論がなされました。

当社としては、当該特許は当社製品「フリクション」に関連する極めて重要なものと位置付けておりますが、今回の判決および審決は、これまでの当社側の主張を認めた合理的な判断であると考えております。」

本件以外にも同じ請求人による特許無効審判が進行していたようです。

(3)さらに、2017年9月29日付けで以下の発表が掲載されていました。

「当社及びパイロットインキ株式会社は、昨日、東京地方裁判所において、摩擦熱変色性筆記具に関する特許第4312987号(「本件特許」)に基づいて、三菱鉛筆東京販売株式会社(「三菱販社」)に対してuni-ballR:Eの販売停止を求める仮処分を申立てました。本申立に至る経緯は次のとおりです。

三菱販社の親会社である三菱鉛筆株式会社(「三菱鉛筆」)が請求した特許無効審判事件(2014-800128)における特許庁の無効審決が知的財産高等裁判所の判決(知財高裁平成28年(行ケ)10186号)によって取り消され、その後、特許庁は、あらためて平成29年6月19日付で「特許第4312987号に対する無効審判の請求は成り立たない。」旨の審決を行い、同審決は確定いたしました。

他方、当社は、三菱鉛筆との間で、uni-ballR:Eの製造販売をめぐる交渉を行ってまいりましたが、議論が平行線になりましたので、公的な判断を求めることによって紛争を解決すべく、平成29年7月18日に三菱鉛筆に対する仮処分を申し立てました。

しかしながら、三菱鉛筆は、平成29年9月14日に開かれた審尋期日において、仕様変更を行い、仮処分の対象品の製造販売を遅くとも9月末には中止するので仮処分の必要性はなくなる旨の発言を行いました。同時に、三菱鉛筆は、本件特許に対する新たな無効審判請求(2017-800125)を行うとともに、三菱販社を含む販売先が従来品の在庫の販売を継続するか否かには関知しないという趣旨の発言もしています。

このような状況の下で、当社は、三菱販社が10月以降に顧客に納品する製品が従来品であるのか、仕様変更品であるのかを確認することを試みましたが、仕様変更品であることの確認は得られませんでした。

そこで、当社は、公的な手続によってこの点を確認し、従来品の販売が継続されるのであれば、引き続き、本件特許の侵害の有無について裁判所の判断を求める必要があると考え、三菱販社を相手方として仮処分申立を行った次第です。

以上のとおり、今回の仮処分申立は、三菱鉛筆と当社の交渉が平行線になったことから、公的な判断を求めるために行っているものです。結果として、需要者各位にご迷惑をおかけすることもあり得ますが、ご理解を賜れれば幸いです。」

おそらく本件特許も含めて複数の特許での係争が発生していたと思われます。

(4)特許無効審判では特許を受けようとする発明の技術的範囲が明確でないとの審決があり、審決取消訴訟でもこの審決を支持する判決がありました。その内容は簡単に言えば請求項1における「平均粒子径」の定義が特許請求の範囲及び明細書中で明記されておらず、当業者の出願時の技術常識を踏まえても特許請求の範囲及び明細書の記載から特定できないので不明確である、ということものです。

確かにボールペンの構造を追加する補正をして特許査定となっていますが、意見書とともに提出した試験結果は平均粒子径と擦過後再び発色させた筆跡の状態の関係性に関するものであり、平均粒子径が発明の重要なポイントであることがわかります。その発明で平均粒子径の定義が明細書中で明確にされていないのでは難しいように思います。

(5)本件ではマイクロカプセル顔料が球形といえるか否かが争われましたが、それを否定する証拠として原告(特許権者)の他の特許出願が挙げられています。もちろん同一人による出願だからといって他の出願が無条件で証拠として採用されることはないのですが、今回は3文献の図面に掲載されたマイクロカプセル顔料の形状が同じであっていずれも球形とは言えない形状であったこと、及び、本件特許の明細書及び図面に球形であることを示す明確な記載や図面が無かったことから証拠として採用されたのだと思われます。なお、甲23文献が登録されて特許第4312987号になりました。これの請求項の構成の中に平均粒子径があるのか、明細書等で平均粒子径の定義が明確にされているのか気になるところです。