ガスセンサ素子事件

投稿日: 2017/11/05 22:40:24

今日は、平成27年(行ケ)第10126号 審決取消請求事件について検討します。原告である日本特殊陶業株式会社が特許無効審判を請求したところ審決が請求不成立だったので、被請求人であり特許権者である株式会社デンソーを被告として審決取消訴訟を提起しました。

 

1.特許請求の範囲(訂正後)

【請求項1】

固体電解質シート(2)の両表面の互いに対向する位置に一対の電極(5)を設けてなるガスセンサ素子において、

上記固体電解質シート(2)は、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシート(3)に設けた充填用貫通穴(31)内に、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部(4)を配設してなり、

上記一対の電極(5)は、上記ジルコニア充填部(4)の両表面に設けてあり、

上記アルミナシート(3)の両表面には、該アルミナシート(3)よりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層(35)が積層してあり、

該一対の表面アルミナ層(35)には、上記ジルコニア充填部(4)の配設箇所に対応して開口用貫通穴(351)が設けてあり、

該開口用貫通穴(351)は、上記電極(5)よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴(351)から上記電極(5)が露出し、且つ、該開口用貫通穴(351)の周縁部は、上記ジルコニア充填部(4)の両表面における外縁部に重なっていることを特徴とするガスセンサ素子。

【請求項2】

請求項1において、上記ガスセンサ素子は、上記ジルコニア充填部(4)を配設した2枚の上記アルミナシート(3)を、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるスペーサ(6)を介して積層してなり、

該スペーサ(6)によって、上記2枚のアルミナシート(3)における上記ジルコニア充填部(4)に対応する位置に、被測定ガスを導入するためのチャンバーを形成したことを特徴とするガスセンサ素子。

【請求項3】

固体電解質シート(2)の両表面の互いに対向する位置に一対の電極(5)を設けてなるガスセンサ素子を製造する方法において、

電気絶縁性を有するアルミナ材料を用いて、充填用貫通穴(31)を有するアルミナシート(3)を形成し、

酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなり、上記充填用貫通穴(31)の形状に沿った形状のジルコニアシートを、上記充填用貫通穴(31)内に配置し、

上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で、且つ、上記電極(5)を露出した状態で、上記アルミナシート(3)の両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなり、上記電極(5)を露出させるための開口用貫通穴(351)を有する一対の表面アルミナ層(35)を配置して、シート体(20)を形成し、

該シート体(20)を焼成することを特徴とするガスセンサ素子の製造方法。


2.請求人が審判で主張した無効理由

(1)無効理由1

本件特許の請求項1及びこれを引用する請求項2の記載は、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出し得る空間についての記載がなく、不明確であるから、特許法36条6項2号の要件(明確性要件)を満たしておらず、また、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出してしまうことを防止するという作用効果を奏しない範囲を含むものであるから、同条6項1号の要件(サポート要件)も満たしていない。

(2)無効理由2

本件特許の請求項1及びこれを引用する請求項2の記載は、開口用貫通穴の周縁部がジルコニア充填部の外縁部に重なる範囲又は程度についての規定がないため、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出してしまうことを防止するという作用効果を奏しない範囲を含むものであるから、サポート要件を満たしていない。

(3)無効理由3

本件特許の請求項2の記載は、「ジルコニア充填部に対応する位置」がどのような位置を示しているのかが不明確であり、ジルコニア充填部とチャンバーとの位置関係が不明確であるから、明確性要件を満たしておらず、また、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出してしまうことを防止するという作用効果を奏しない範囲を含むものであるから、サポート要件も満たしていない。

(4)無効理由4

ア 本件発明1は、①甲2(特開2007-278941号公報)に記載された「センサ素子」に関する発明(以下「甲2発明(1)」という。)及び甲3(特開2004-93207号公報)に記載された技術(以下「甲3技術」という。)、②甲4(特開2003-294698号公報)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)及び甲5(特開2003-240750号公報)に記載された技術(以下「甲5技術」という。)、又は、③甲4発明及び甲6(特開2000-65782号公報)に記載された技術(以下「甲6技術」という。)に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである。

イ 本件発明2は、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである。

ウ 本件発明3は、甲2に記載された「センサ素子を得る方法」に関する発明(以下「甲2発明(2)」という)及び甲3技術に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものである。

 

3.本件審決の理由

(1)本件審決の理由は、別紙審決書写しのとおりであるが、その要旨は、次のとおりである。

ア 無効理由1について

請求項1にジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出し得る空間についての特定がされていないことをもって、請求項1の記載が明確でないということはできない。

請求項1には、課題を解決するための手段が反映されており、発明の作用効果を奏しない範囲を含むとはいえない。

したがって、請求項1及びこれを引用する請求項2の記載は、明確性要件及びサポート要件を満たしていないとはいえない。

イ 無効理由2について

請求項1の記載が表面アルミナ層の開口用貫通穴の周縁部とジルコニア充填部の外縁部とが重なる範囲及び程度を特定していないことをもって、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出してしまうことを防止するという作用効果を奏しない範囲を含むとはいえない。

したがって、請求項1及びこれを引用する請求項2の記載は、サポート要件を満たしていないとはいえない。

ウ 無効理由3について

請求項2が被測定ガスを導入するためのチャンバーを形成する位置をジルコニア充填部に対応する位置として特定していることをもって、請求項2の記載が明確でないとまでいうことはできない。

請求項2が引用する請求項1では、ジルコニア充填部が充填用貫通穴から抜け出してしまうことを防止するという作用効果を奏するための構成が特定されているから、請求項2の記載が発明の作用効果を奏しない範囲を含むとはいえない。

したがって、請求項2の記載は、明確性要件及びサポート要件を満たしていないとはいえない。

エ 無効理由4について

(ア)本件発明1は、①甲2発明(1)及び甲3技術、②甲4発明及び甲5技術及び③甲4発明及び甲6技術のいずれの組合せに基づいても、当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないから、本件発明1に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反しない。

(イ)本件発明2は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、更に発明特定事項を追加したものであり、本件発明1と同様に、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないから、本件発明2に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反しない。

(ウ)本件発明3は、甲2発明(2)及び甲3技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないから、本件発明3に係る特許は、特許法29条2項の規定に違反しない。

(2)本件審決が無効理由4についての判断の前提として認定した甲2発明(1)、甲4発明、甲2発明(2)の各内容、本件発明1と甲2発明(1)との各一致点及び相違点並びに本件発明3と甲2発明(2)との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

ア 甲2発明(1)

「一対の電極である第1電極404と第2電極406とのうち、第1電極404は絶縁部材405の表面に配置され、第2電極406は絶縁部材405の裏面に配置され、

絶縁部材405は絶縁性材料であるアルミナからなり、厚さ方向に貫通する貫通孔433を有する板型形状に形成されており、部分安定化ジルコニア焼結体で構成されている固体電解質体435が、絶縁部材405における貫通孔433の内部に配置されており、

第1電極404は、第1電極部451全体が固体電解質体435の一部を覆い、

第2電極406は、第2電極部447全体が固体電解質体435の一部を覆い、

絶縁部材405の裏面には、第2電極406を挟み込むようにして、保護層407が形成されており、

絶縁部材405の表面には、ヒータ500の第2基体403で第1電極404を挟み込むようにして、ヒータ500が形成されている、センサ素子4」

イ 甲4発明

「第1絶縁性基部11、第2セル部13、層間調節層153及び154並びに律速導入部151及び152で形成される内室15、第1セル部12、中間層17、第2絶縁性基部16が、この順に積層された積層型ガスセンサ素子であって、

中間層17は、アルミナからなる中間層多孔質部171及び中間層非多孔質部172からなり、

第1セル部12は、貫通穴を有しアルミナからなる層間調節層124、層間調節層124の貫通穴に配置され、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなる第1セル部用固体電解質体121、第1セル部用固体電解質体121の中間層17側に設けられた第1セル部用電極122、第1セル部用固体電解質体121の内室15側に設けられた第1セル部用電極123からなり、

内室15を形成する層間調節層153及び154並びに律速導入部151及び152はアルミナからなり、

中間層17の厚さは、層間調節層124及び第1セル部用固体電解質体121の厚さよりも薄く、

第1セル部用電極122及び123の幅は、第1セル部用固体電解質体121の幅及び内室15の幅よりも狭く、

内室15の幅は、第1セル部用固体電解質体121の幅よりも狭い、積層型ガスセンサ素子。」

ウ 甲2発明(2)

「厚さ方向に貫通する貫通孔が形成された板型形状の絶縁性材料からなる絶縁部材と、少なくとも一部が貫通孔に配置された固体電解質体と、少なくとも自身の一部が固体電解質体を覆う電極部と、長手方向に延びて電極部に接続するリード部と、を有し、絶縁部材および固体電解質体の板面上に配置される一対の電極と、を備えるガスセンサ素子の製造方法であって、

アルミナ粉末97質量%の第1原料粉末と可塑剤とを湿式混合により分散した第1スラリー、アルミナ粉末63質量%の第2原料粉末と可塑剤とを湿式混合により分散した第2スラリー、ジルコニア粉末97質量%の第3原料粉末と可塑剤とを湿式混合により分散した第3スラリーを用意し、

第1スラリーを用いて、加工焼成後に絶縁部材405となる未焼成絶縁部用シート117、焼成後に保護層407となる未焼成シート、焼成後に第2基体403となる未焼成シートである未焼成第2基体403を形成し、第2スラリーを用いて、加工焼成後に電極保護部441となる未焼成電極保護部用シートを形成し、

第3スラリーを用いて、加工焼成後に固体電解質体435となる未焼成固体電解質体用シート113を形成し、

貫通孔形成工程では、パンチ型307を下降させて未焼成絶縁部用シート117に貫通孔433を貫設して未焼成絶縁部材405を作成し、

打抜配置工程では、未焼成絶縁部材405の上に未焼成固体電解質体用シート113を配置し、パンチ型307を下降させ、未焼成固体電解質体用シート113から未焼成固体電解質体435を繰り抜くとともに、未焼成絶縁部材405の貫通孔433に未焼成固体電解質体435を挿入し、

未焼成固体電解質体435及び未焼成絶縁部材405と同様にして、焼成後に保護層407となる未焼成シート及び未焼成電極保護部用シートに対して貫通孔形成工程、打抜配置工程を行うことで、未焼成補強部408の貫通孔442に未焼成電極保護部441を配置して、未焼成保護層407を形成し、

未焼成固体電解質体435および未焼成絶縁部材405の上に、未焼成第1電極404および未焼成第2電極406をスクリーン印刷法により形成し、

未焼成第1電極404を挟み込むようにして、未焼成絶縁部材405を未焼成第2基体403に対して積層し、未焼成第2電極406を挟み込むようにして、未焼成保護層407を絶縁部材405に対して積層して、下方から順に、未焼成第2基体403、未焼成第1電極404、未焼成絶縁部材405、未焼成第2電極406、未焼成保護層407などが積層された未焼成成型体を形成し、

焼成工程として、樹脂抜きを行う前焼成を実施した後、さらに本焼成して、

酸素濃度を検出するセンサ素子4を得る方法。」

エ 本件発明1と甲2発明(1)の一致点及び相違点

(ア)一致点

「固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において、

上記固体電解質シートは、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり、

上記一対の電極は、上記ジルコニア充填部の両表面に設けてある、ガスセンサ素子。」である点。

(イ)相違点

本件発明1においては、「上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」のに対し、甲2発明(1)は、そのような表面アルミナ層を備えていない点

オ 本件発明1と甲4発明の一致点及び相違点

(ア)一致点

「固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子において、

上記固体電解質シートは、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなるアルミナシートに設けた充填用貫通穴内に、酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなるジルコニア充填部を配設してなり、

上記一対の電極は、上記ジルコニア充填部の両表面に設けてあり、

上記アルミナシートの上面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる表面アルミナ層が積層してあり、

上記アルミナシートの下面には、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる表面アルミナ層が積層してあり、

上記アルミナシートの下面の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、

該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな幅に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、かつ、該開口用貫通穴の幅方向の周縁部は、上記ジルコニア充填部の下面における幅方向の外縁部に重なっているガスセンサ素子。」である点。

(イ)相違点

(相違点1)

アルミナシートの上面の表面アルミナ層が、本件発明1においては、「上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」のに対し、甲4発明においては、開口用貫通穴が設けられていない点。

(相違点2)

アルミナシートの下面の表面アルミナ層が、本件発明1においては、「該アルミナシートよりも薄」いのに対し、甲4発明においては、アルミナシートよりも薄いのかが不明である点。

(相違点3)

アルミナシートの下面の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴が、本件発明1においては、「上記電極よりも大きな形状に形成してあって」、かつ、「該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の」下「面における外縁部に重なっている」のに対し、甲4発明においては、「上記電極よりも大きな幅に形成してあって」、かつ、「該開口用貫通穴の幅方向の周縁部は、上記ジルコニア充填部の下面における幅方向の外縁部に重なっている」ものの、長手方向における開口用貫通穴、電極及びジルコニア充填部相互の大小関係が不明であり、長手方向においても、開口用貫通穴が上記電極よりも大きく形成してあって、かつ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の下面における外縁部に重なっているのかが不明である点。

カ 本件発明3と甲2発明(2)の一致点及び相違点

(ア)一致点

「固体電解質シートの両表面の互いに対向する位置に一対の電極を設けてなるガスセンサ素子を製造する方法において、

電気絶縁性を有するアルミナ材料を用いて、充填用貫通穴を有するアルミナシートを形成し、

酸素イオン導電性を有するジルコニア材料からなり、上記充填用貫通穴の形状に沿った形状のジルコニアシートを、上記充填用貫通穴内に配置し、

上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で、上記アルミナシートの両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層を配置して、シート体を形成し、該シート体を焼成するガスセンサ素子の製造方法。」である点。

(イ)相違点

上記ジルコニアシートの両表面における外縁部に重なる状態で、上記アルミナシートの両表面に電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層を配置して形成した、焼成するシート体に関し、本件発明3においては、「表面アルミナ層」が「上記電極を露出させるための開口用貫通穴を有」し、「上記電極を露出した状態」で「配置」されるのに対し、甲2発明においては、「表面アルミナ層」が開口用貫通穴を有していない点。

 

4.原告主張の取消事由

4.1 取消事由1(無効理由1(請求項1及び2に係る明確性要件違反・サポート要件違反)についての判断の誤り)

-省略-

4.2 取消事由2(無効理由2(請求項1及び2に係るサポート要件違反)についての判断の誤り)

-省略-

4.3 取消事由3(無効理由3(請求項2に係る明確性要件違反・サポート要件違反)についての判断の誤り)

-省略-

4.4 取消事由4(無効理由4(本件発明1ないし3に係る進歩性欠如)についての判断の誤り)

(1)取消事由4-1(本件発明1について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)

本件審決は、甲2発明(1)に甲3技術(「ガスセンサ素子の製造方法において、シート上の導体層との間に隙間を空けることなくその周縁に接するように、かつ、導体層の平坦部と略面一になるように接着剤を塗布し、シート又はスペーサを重ね合わせた状態で加圧して積層して中間体を作製し、その後焼成する技術。」)を適用した結果として得られる表面アルミナ層(接着剤表面アルミナ層)について、相違点に係る本件発明1の構成のうち、「上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり」、「該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」との構成を満たしているが、本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成は、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴は電極よりも大きな形状に形成してあることを特定しているものと理解するのが相当であるから、第1電極404及び第2電極406の側面に接する上記接着剤表面アルミナ層は、上記構成を満たしているとはいえない旨判断した。

加えて、本件審決は、甲3には、導体層との間に隙間を空け、導体層の側面に接しないように接着剤を塗布することを示唆する記載は見当たらず、他方、甲3における「上記積層工程において、未焼成基板上の導体層を形成した表面に未焼成積層シートを積層して中間体を作製する際には、未焼成積層シートは導体層の平坦部に当接することができる。そのため、この積層の際に、未焼成基板と未焼成積層シートとの間に過度の局所的な加重が加わることを防止することができる。」(段落【0009】)、「未焼成スペーサ150、170は、未焼成固体電解質シート160の両側の表面において上記略面一の状態を形成したリード部211、221の平坦部201と接着剤5とに対して当接することができる。」(段落【0052】)との記載に鑑みると、当業者であれば、局所的な加重が加わることを防止し、導体層の平坦部と接着剤とで略面一の状態を形成するためには、導体層と接着剤との間に隙間を設けないことが有利であると理解するものといえるから、接着剤表面アルミナ層の開口用貫通穴を電極の側面が露出する程度に上記電極よりも大きな形状に形成することを当業者が容易に想到することができるといえる根拠もないとし、本件発明1は、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない旨判断した。

しかしながら、以下に述べるとおり、本件審決の上記判断は誤りである。

ア 本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成についての解釈の誤り

本件審決は、本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、請求項1には記載のない「電極の側面が露出する程度に」との文言を補う解釈をしているが、そのような解釈をすべき理由はない。

(ア)本件審決は、上記解釈の根拠として、本件明細書の段落【0025】の記載及び図4を挙げる。

確かにこの本件明細書の段落【0025】には、「開口用貫通穴351は、ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく、ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。」と記載されており、図4には、電極5と表面アルミナ層35との間に隙間を設けた形態のガスセンサ素子が記載されている。

しかしながら、本件明細書の段落【0025】は、開口用貫通穴351とジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)との大小関係及び開口用貫通穴351と電極5との大小関係を記載しているにすぎず、電極5と表面アルミナ層35との間に「隙間を設ける」ことについて何ら記載するものではない。また、本件明細書の図4は、「開口用貫通穴351は、ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく、ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある」形態のガスセンサ素子の一例を示しているにすぎない。

したがって、本件明細書の段落【0025】の記載及び図4の記載は、本件発明1の「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成に関する本件審決の解釈の根拠となるものではない。

(イ)また、本件審決は、「ガスセンサ素子において、電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。

しかし、「ガスセンサ素子において、電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましい」との技術的知見は正しいとしても、当業者は、ガスセンサ素子の設計に当たり、測定ガスに接する電極の面積を広くすることのみを考慮して、ジルコニア充填部4に形成する電極5の大きさや形態を設計するものではなく、製造工程等におけるその他の事項等をも考慮するものであるから、上記の技術的知見を他に優先して守らなければならない事項であるかのように扱うことはできない。

また、電極が測定ガスに接する露出面の面積は、電極の大きさ及び電極と表面アルミナ層との間の隙間の大きさ等によって異なり、電極の側面を露出させることが、必ずしも電極が広い面積で測定ガスに接することにはならない。

したがって、上記の技術常識の存在が、直ちに本件審決のような解釈をすべきことの根拠となるものではない。

(ウ)以上のとおり、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、本件審決のように、「電極の側面が露出する程度に」との文言を補う解釈をすべき根拠はなく、当該構成は、その文言どおり、開口用貫通穴と電極との物理的な大小関係を定めたものであると解釈すべきである。

しかるところ、物理的に見れば、外側にあるものはその内側にあるものよりも大きいことが当然の理であるから、甲2発明(1)に甲3技術を適用した結果として得られる「第1電極404及び第2電極406の側面に接し、第1電極404及び第2電極406の表面を露出させる接着剤表面アルミナ層」は、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たしているといえる。

イ 甲3記載の技術について、接着剤5が導体層20等の周縁に接する形態に限定されるとした認定及び当該認定に基づく容易想到性判断の誤り

本件審決は、甲3記載の技術について、接着剤5が導体層20等の周縁に接する形態に限定して認定した上で、甲3には、導体層との間に隙間を空け、導体層の側面に接しないように接着剤を塗布することを示唆する記載は見当たらないから、接着剤表面アルミナ層の開口用貫通穴を電極の側面が露出する程度に上記電極よりも大きな形状にすることを、当業者が容易に想到することができたといえる根拠はない旨判断する。

確かに、甲3の図7及び図9には、導体層20等との間に隙間を空けることなくその周縁に接するように接着剤(接着剤表面アルミナ層)5を形成した形態が記載されている。

しかし、甲3の記載(段落【0049】ないし【0053】)によれば、甲3技術においては、接着剤5を導体層20等における平坦部201等と略面一に設けることは必要とされているものの、接着剤5を導体層20等との間に隙間を空けることなく設けることが必要であるとはされていない。

したがって、図7や図9等に、甲3における好ましい実施形態として、導体層20等の周縁に接着剤5が接する形態が記載されているからといって、甲3技術は、接着剤5が導体層20等の周縁に接する形態に限定され、導体層20等の側面に接しない形態は除外されているとすることはできず、本件審決の上記認定及び当該認定に基づく容易想到性の判断は誤りである。

ウ 以上によれば、者が容易に発明をすることができたものではないとする本件審決の判断は誤りである。

(2)取消事由4-2(本件発明1について、甲4発明及び甲5技術に基づく容易想到性判断の誤り)

-省略-

(3)取消事由4-3(本件発明1について、甲4発明及び甲6技術に基づく容易想到性判断の誤り)

-省略-

(4)取消事由4-4(本件発明2について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)

-省略-

(5)取消事由4-5(本件発明3について、甲2発明(2)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)

-省略-

 

5.裁判所の判断

当裁判所は、本件発明1に係る取消事由4-1、本件発明2に係る取消事由4-4及び本件発明3に係る取消事由4-5には理由があるから、その余の取消事由につき判断するまでもなく、本件審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

5.1 本件発明1及び3について

本件特許に係る本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び3の記載は、前記第2の2のとおりである。

そして、本件明細書(甲8)の発明の詳細な説明には、本件発明1及び3に関し、次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙1を参照)。

-省略-

5.2 取消事由4-1(本件発明1について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)について

(1)甲2発明(1)について

ア 甲2(特開2007-278941号公報)には、次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙2を参照)。

(ア)【技術分野】

【0001】

本発明は、厚さ方向に貫通する貫通孔が形成された板型形状の絶縁性材料からなる絶縁部材と、少なくとも一部が貫通孔に配置された固体電解質体と、少なくとも自身の一部が固体電解質体を覆う電極部と、長手方向に延びて電極部に接続するリード部と、を有し、絶縁部材および固体電解質体の板面上に配置される一対の電極と、を備えるガスセンサ素子およびそのようなガスセンサ素子の製造方法に関する。

(イ)【発明が解決しようとする課題】

【0004】

…従来のガスセンサ素子製造方法においては、固体電解質体の厚さ寸法と絶縁部材の厚さ寸法とに大きな差が生じることがあり、そのような場合には、固体電解質体と絶縁部材との境界部分に生じる段差によって電極が断線状態となる虞がある。

【0009】

そこで、本発明は、こうした問題に鑑みなされたものであり、絶縁部材と固体電解質体との境界部分における電極の断線が生じがたいガスセンサ素子、およびそのようなガスセンサ素子の製造方法を提供することを目的とする。

(ウ)【課題を解決するための手段】

【0010】

かかる目的を達成するためになされた請求項1に記載の発明方法は、厚さ方向に貫通する貫通孔が形成された板型形状の絶縁性材料からなる絶縁部材と、少なくとも一部が貫通孔内に配置された固体電解質体と、少なくとも自身の一部が固体電解質体を覆う電極部と、長手方向に延びて電極部に接続するリード部と、を有し、絶縁部材および固体電解質体の板面上にそれぞれ配置される一対の電極と、を備えるガスセンサ素子を製造するガスセンサ素子製造方法であって、絶縁部材の貫通孔内に固体電解質体の少なくとも一部を配置する固体電解質体配置工程と、固体電解質体配置工程の後、固体電解質体および絶縁部材のうち少なくとも一方に対して厚さ寸法を変更させる外力を印加して、固体電解質体と絶縁部材との境界部分における段差寸法が電極の厚さ寸法よりも小さくなるまで、固体電解質体および絶縁部材のうち少なくとも一方を変形させる加圧工程と、加圧工程の後、絶縁部材および固体電解質体における板面上に電極を配置する電極配置工程と、を有することを特徴とするガスセンサ素子製造方法である。

【0015】

…貫通孔内に配置された固体電解質体は、貫通孔に対して全周が当接するように配置されていることは言うまでもないが、寸法公差等の隙間があっても良い。

また、電極のうち電極部は、少なくとも一部が固体電解質体を覆う構成であればよい。具体的には、電極部全体が固体電解質体の一部を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分にリード部が配置された構造や、電極部の一部が固体電解質体全体を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分に電極部が配置された構造や、電極部の一部が固体電解質体の一部を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分に電極部およびリード部が配置された構造であっても良い。

(エ)【発明を実施するための最良の形態】

【0037】

ここで、センサ素子4の概略構造を表す分解斜視図を、図2に示す。

…図に示すように、センサ素子4は、センサ部600と、ヒータ500と、を備えて構成されている。

【0038】

センサ部600は、酸素濃度検出セル430および保護層407を備えて構成されている。

センサ部600の酸素濃度検出セル430は、絶縁性材料(アルミナなど)からなる絶縁部材405と、部分安定化ジルコニア焼結体からなる固体電解質体435と、白金(Pt)からなる第1電極404および第2電極406と、を備えて構成されている。

【0039】

絶縁部材405は、厚さ方向に貫通する貫通孔433を有する板型形状に形成されている。…

【0040】

固体電解質体435は、絶縁部材405における貫通孔433の内部に配置されている。この固体電解質体435は、ジルコニア(ZrO2)に安定化剤としてイットリア(Y2O3)又はカルシア(CaO)を添加してなる部分安定化ジルコニア焼結体で構成されている。

【0041】

第1電極404は、固体電解質体435の一部を覆う第1電極部451と、第1電極部451から絶縁部材405の長手方向の後端側に延びる第1リード部453と、を備えて形成されている。

【0042】

第2電極406は、固体電解質体435の一部を覆う第2電極部447と、第2電極部447から絶縁部材405の長手方向の後端側に延びる第2リード部449と、を備えて形成されている。

【0043】

これら一対の電極(第1電極404、第2電極406)のうち、第1電極404は絶縁部材405の表面(図2における上面(判決注:下面の誤記と考えられる。))に配置され、第2電極406は絶縁部材405の裏面(図2における下面(判決注:「上面」の誤記と考えられる。))に配置される。

【0045】

また、絶縁部材405の表面には、第2電極406を挟み込むようにして、保護層407が形成されている。この保護層407は、多孔質材料からなる電極保護部441と、絶縁性材料からなる補強部408と、を備えている。

【0046】

電極保護部441は、固体電解質体435との間で第2電極部447を挟み込むように位置して第2電極部447を被毒から防御するために備えられる。補強部408は、絶縁部材405との間で第2リード部449を挟み込むように位置して、第2リード部449および絶縁部材405を保護するために備えられる。

【0047】

次に、ヒータ500は、アルミナを主体とする第1基体401と、アルミナを主体とする第2基体403と、第1基体401と第2基体403とに挟まれた白金(Pt)を主体とする発熱体402と、を備えて構成されている。

イ 上記アのような甲2の記載事項によれば、甲2には、ガスセンサ素子に関する発明として、本件審決が認定したとおりの甲2発明(1)(前記第2の4(2)ア)が記載されていることが認められ、これと前記1のとおりの本件発明1とを対比すれば、両者の間には、本件審決が認定したとおりの一致点及び相違点(前記第2の4(2)エ)があるものと認められる

なお、被告は、甲2発明(1)の認定に関し、「甲2においては、電極部447、451と固体電解質体435の大きさに関して、電極部が固体電解質体より大きい場合も、逆に小さい場合もあるとされており、大小関係は特定されていない」とし、甲2発明(1)について、「第1電極404は、第1電極部451全体が固体電解質体435の一部を覆い」、「第2電極406は、第2電極部447全体が固体電解質体435の一部を覆い」との構成を認定した本件審決に誤りがあるかのごとく主張する。

しかし、甲2の段落【0015】には、「電極のうち電極部は、少なくとも一部が固体電解質体を覆う構成であればよい。具体的には、電極部全体が固体電解質体の一部を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分にリード部が配置された構造や、電極部の一部が固体電解質体全体を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分に電極部が配置された構造や、電極部の一部が固体電解質体の一部を覆い、固体電解質体と絶縁部材との境界部分に電極部およびリード部が配置された構造であっても良い。」と記載されており、この記載によれば、甲2のセンサ素子には、電極部と固体電解質体の大小関係について3つの態様があることが例示され、そのうちの一つが「電極部全体が固体電解質体の一部を覆」うものであることは明らかである。

したがって、甲2において、「第1電極404は、第1電極部451全体が固体電解質体435の一部を覆い」、「第2電極406は、第2電極部447全体が固体電解質体435の一部を覆い」との構成を備えたセンサ素子が開示されていることは明らかであって、本件審決の甲2発明(1)の認定に誤りはない。

(2)甲3記載の技術について

ア 甲3(特開2004-93207号公報)には、次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙3を参照)。

【0026】

【実施例】

以下に、図面を用いて本発明のガスセンサ素子の製造方法にかかる実施例につき説明する。…

【0046】

…未焼成ヒータシート1950に導体層190を、未焼成固体電解質シート140、160にそれぞれ導体層30、40、20を形成した後には、積層工程として、図2に示すごとく、未焼成ヒータシート1950の導体層190の表面に未焼成被覆ヒータシート1960を重ね合わせる。また、未焼成被覆ヒータシート1960の表面に未焼成積層シートとしての未焼成スペーサ170を、この未焼成スペーサ170の表面に未焼成基板としての未焼成固体電解質シート160を重ね合わせる。

【0047】

また、図2に示すごとく、未焼成固体電解質シート160の表面に未焼成積層シートとしての未焼成スペーサ150を積層し、この未焼成スペーサ150の表面に未焼成基板としての未焼成固体電解質シート140を重ね合わせる。さらに、未焼成固体電解質シート140の表面に、未焼成多孔質シート1310及び未焼成積層シートとしての未焼成スペーサ1330を積層し、未焼成スペーサ1330の表面に未焼成遮蔽シート1320を重ね合わせる。…

【0048】

また、図6、図7に示すごとく、上記重ね合わせの際には、各未焼成シート1310、1320、140、160、1950、1960及び各未焼成スペーサ1330、150、170の間には、接着剤5を塗布した。この接着剤5としては、アルミナ、有機系バインダ及び溶剤を混錬したものがある。…

【0049】

本例では、図6に示すごとく、未焼成ヒータシート1950の上記導体層190を形成した側の表面には、上記接着剤5を、導体層190における平坦部199と略面一になるよう塗布した。また、図7に示すごとく、各未焼成固体電解質シート140、160の上記導体層30、40、20を形成した両側の表面にも、上記接着剤5を、導体層30、40、20における平坦部301、401、201と略面一になるよう塗布した。

【0050】

その後、図8、図9に示すごとく、各未焼成シート1310、1320、140、160、1950、1960及び各未焼成スペーサ1330、150、170を重ね合わせた状態で加圧してこれらを積層し、ガスセンサ素子1の中間体を作製した。このとき、図8に示すごとく、未焼成被覆ヒータシート1960は、未焼成ヒータシート1950において上記略面一の状態を形成した導体層20(判決注:「導体層20」は「導体層190」の誤記と考えられる。)の平坦部199と接着剤5とに対して当接することができる。

【0051】

また、図9に示すごとく、未焼成スペーサ1330、150は、未焼成固体電解質シート140の両側の表面において上記略面一の状態を形成したリード部311、321、411、421の平坦部301、401と接着剤5とに対して当接することができる。…

【0052】

また、未焼成スペーサ150、170は、未焼成固体電解質シート160の両側の表面において上記略面一の状態を形成したリード部211、221の平坦部201と接着剤5とに対して当接することができる。…

【0053】

そのため、上記加圧の際に、各未焼成シート140、160、1950、1960と各未焼成スペーサ1330、150、170との間に、局所的な加重が加わることを防止することができる。

それ故、各未焼成シート140、160、1950、1960又は各未焼成スペーサ1330、150、170に亀裂が発生することを防止することができる。

イ 上記アのような甲3の記載事項によれば、甲3には、本件審決が甲3技術として認定したとおりの技術、すなわち、「ガスセンサ素子の製造方法において、シート上の導体層との間に隙間を空けることなくその周縁に接するように、かつ、導体層の平坦部と略面一になるように接着剤を塗布し、シート又はスペーサを重ね合わせた状態で加圧して積層して中間体を作製し、その後焼成する技術」が記載されているものと認められる

(3)相違点に関する容易想到性の判断について

そこで、甲2発明(1)に甲3技術を適用することにより、前記第2の4(2)エ(イ)のとおりの相違点に係る本件発明1の構成(「上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあり、該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって、該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」構成)とすることが、本件出願当時の当業者において容易に想到し得たものといえるか否かについて検討する。

ア 甲2発明(1)に甲3技術を適用する動機付けの有無について

(ア)本件出願前の周知技術

a 前記(2)のとおり、甲3には、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートの積層手段について、各未焼成シート1310、1320、140、160、1950、1960及び各未焼成スペーサ1330、150、170の間に、アルミナ、有機系バインダ及び溶剤を混錬した接着剤5を塗布して各未焼成シートを積層する技術が記載されている。

b また、甲5(特開2003-240750号公報)には、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートの積層手段について、次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙4を参照)。

【0021】図1…に示すごとく、本例のガスセンサ素子1は、基準ガス室形成板15、固体電解質板11、拡散層141、遮蔽層142を積層して構成する。…

【0022】また、本例のガスセンサ素子1は、基準ガス室形成板15の固体電解質板11と対面する側の反対面に、セラミックヒータ19を一体的に備える。…

【0023】…ヒータ絶縁板197と上記基準ガス室形成板15との間、基準ガス室形成板15と固体電解質板11との間、拡散層141と遮蔽層142との間はそれぞれ接着層161、162、165が介在する。また、固体電解質体11と拡散層141との間は絶縁層163と接着層164とが介在する。

【0024】…接着層161、162、164、165はアルミナよりなる。

【0029】…各種接着層161、162、164、165、絶縁層163は、接着層用、絶縁層用のペーストを作成してこれをグリーンシートに対し印刷する。

【0031】…各グリーンシートを図1に示すような順序で積層し…未焼積層体を得た。この未焼積層体を1470℃まで加熱して焼成した。その後、1470℃から室温まで冷却し、本例のガスセンサ素子1を得た。

c 甲7(特開2007-85946号公報)には、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートの積層手段について、次の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙5を参照)。

【0033】

…ガスセンサ素子1は、…図2に示すごとく、センサ層2、ダクト層11、ヒータ層3、及び拡散層12を有する積層体10よりなる。本例の積層体10は、さらに遮蔽層13を有しており、遮蔽層13、散層12、センサ層2、ダクト層11、ヒータ層3の順に積層して構成されている。

【0035】

ダクト層11は、センサ層2の基準ガス側電極23と対面し、センサ層2との間に接着剤51を介して積層されている。…

【0037】

拡散層12は、センサ層2の被測定ガス電極22に対面し、センサ層2との間に接着剤51を介して積層されている。

【0039】

…接着剤51は、セラミック粉末としてのアルミナ、バインダとしてのアクリル系、ビニル系樹脂等を含有したものを焼成したものである。…

【0058】

…最後に、この積層体10を最高温度1400~1550℃の範囲で焼成し、…ガスセンサ素子1を得る。

d 以上のような甲3、5及び7の記載によれば、本件出願当時、積層タイプのガスセンサ素子において、これを構成する各未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することは、当業者にとって周知の技術であったものと認められる。

(イ)検討

甲2の段落【0091】の記載によれば、甲2発明(1)においては、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートの積層に当たり、各層を接合する方法として、接着剤を用いるのではなく、積層方向に外力を加えて未焼成シートを圧着する方法が用いられているところ、上記(ア)のとおり、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することが本件出願当時の周知技術であったことからすると、甲2発明(1)において、未焼成シートの積層に当たり、圧着ではなく甲3技術の接着剤を用いた接合方法を採用することに、格別の困難があったものとはいえない

加えて、前記(2)のとおりの甲3の段落【0049】ないし【0053】の記載によれば、甲3技術は、導体層の平坦部と略面一の状態となるように接着剤を塗布することにより、各未焼成シートと各未焼成スペーサとの間に局所的な加重が加わることを防止し、各未焼成シート又は各未焼成スペーサに亀裂が発生することを防止するというものであるところ、甲2発明(1)においても、第1電極404及び第2電極406によって生じる段差によって、第2基体403、絶縁部材405、保護層407に亀裂が発生するおそれがあることは、甲3のガスセンサ素子の場合と同様であるから、甲2及び甲3に接した当業者であれば、甲2発明(1)においても、上記のような亀裂の発生を防止すべく甲3技術を適用しようとする動機付けがあるというべきである。

したがって、甲2発明(1)に甲3技術を適用し、絶縁部材405の表面及び裏面のうち、第1電極404及び第2電極406周囲の電極非形成部分に、各電極の周縁に接するように、かつ、各電極の平坦部と略面一の状態になるようにアルミナからなる接着剤を塗布して段差を解消し、平坦化を図った上で上記403ないし407の各層を積層することは、当業者が容易に想到し得たことというべきである

イ 甲2発明(1)に甲3技術を適用した結果得られるガスセンサ素子が相違点に係る本件発明1の構成を備えるか否かについて

(ア)上記アのとおり、甲2発明(1)に甲3技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たことといえるところ、その結果得られるガスセンサ素子において、絶縁部材405の両面に形成されるアルミナからなる接着剤の層(以下「本件アルミナ接着剤層」という。)は、本件発明1の表面アルミナ層に相当するものといえる

そして、本件アルミナ接着剤層は、絶縁部材405よりも薄いものであり、第1電極404及び第2電極406の周縁(側面)に接し、各電極の表面を露出させており、固体電解質体435の表面及び裏面のうち各電極で覆われない部分と重なるように形成されるものである。

そうすると、本件アルミナ接着剤層は、相違点に係る本件発明1の構成のうち、「上記アルミナシートの両表面には、該アルミナシートよりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層が積層してあり、該一対の表面アルミナ層には、上記ジルコニア充填部の配設箇所に対応して開口用貫通穴が設けてあ」るとの構成及び「該開口用貫通穴から上記電極が露出し、且つ、該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」との構成を満たすものであると認められる。

(イ)さらに、本件アルミナ接着剤層が、相違点に係る本件発明1の構成のうち、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすか否かについて検討する。

本件審決は、本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味すると解釈した上で、本件アルミナ接着剤層は、第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成されているから、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たさない旨判断した

しかしながら、以下に述べるとおり、本件審決の上記判断は誤りである。

(a)本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては、表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴と電極との大きさの関係について、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって」とのみであり、「電極よりも大きな形状」の意義について、電極の側面が露出する程度のものでなければならないことを示す記載はない

この点について、被告は、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状」とは、開口用貫通穴の内面が電極の外面より大きいことを意味し、そうである以上、その間に隙間が必然的に生じ、電極の側面が露出することは明らかである旨主張する。しかし、表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接する構成(電極の側面が露出しない構成)においても、開口用貫通穴の内側に電極が配置されるものである以上、開口用貫通穴の内周は、電極の外周よりも大きな形状となっているはずである。なぜなら、開口用貫通穴の内周と電極の外周が全くの同一形状であるとすれば、開口用貫通穴の内側に電極を配置することは物理的にできないはずだからである。

したがって、開口用貫通穴の大きさについて、「電極よりも大きな形状」との文言から直ちに「電極の側面が露出する程度」のものであるとの解釈が導き出されるものではなく、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から、本件審決の上記解釈が根拠付けられるものとはいえない。

(b)次に、本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると、実施例2に関して、「本例は、図4に示すごとく、アルミナシート3の両表面に、アルミナシート3よりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層35を積層して、固体電解質シート2を形成した例である。…開口用貫通穴351は、ジルコニア充填部4(充填用貫通穴31)よりも小さく、ジルコニア充填部4における電極5よりも大きな形状に形成してある。」との記載があり、図4のガスセンサ素子の断面図では、表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されていることが認められる。

しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1について、表面アルミナ層の開口用貫通穴が電極の側面が露出する程度に電極よりも大きな形状であることを要する旨の記載はなく、また、前記1(2)オで述べた本件発明1が奏する作用効果(ガスセンサ素子の早期活性化と共に、強度向上を図ることができること及びジルコニア充填部が充填用貫通穴内から抜け出してしまうことを防止すること)との関係からみても、電極の側面が露出する態様のものに限定されるべき理由はない。

他方、図4に示されたガスセンサ素子は、実施例の一態様を示すものにすぎないから、当該図面に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されているからといって、直ちに本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない

(c)さらに、本件審決は、「ガスセンサ素子において、電極はできる限り広い面積で測定ガスに接することが好ましいことが技術常識であること」を前記解釈の根拠とする。

しかしながら、上記のような技術常識があるからといって、本件発明1のガスセンサ素子における電極が、常にその上面のみならず側面まで露出するものであることを要するとの解釈が直ちに導き出されることにはならない。

(d)以上によれば、本件発明1の表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴は「上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成について、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあることを意味するとした本件審決の解釈は、根拠を欠くものであって誤りであり、これを前提とする本件審決の前記判断も誤りというべきである。

b 上記aで検討したところによれば、本件発明1における「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成には、電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成してあるもののみならず、前記a(a)で述べたとおり、表面アルミナ層の開口用貫通穴の側面とその内側に配置される電極の側面が隙間なく接しているものも含まれると解すべきである。

してみると、本件アルミナ接着剤層が第1電極404及び第2電極406の側面に接して形成される態様は、相違点に係る本件発明1の構成のうち、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあ」るとの構成を満たすものといえる。

ウ 以上のア及びイによれば、甲2発明(1)に甲3技術を適用することは、当業者が容易に想到し得たことであり、かつ、その結果得られるガスセンサ素子は、相違点に係る本件発明1の構成をすべて備えるものといえるから、甲2発明(1)に甲3技術を適用することにより相違点に係る本件発明1の構成とすることは、本件出願当時の当業者において容易に想到し得たものと認められる。

エ 被告の主張について

被告は、甲2発明(1)に甲3技術を適用する場合の態様として、①甲2発明(1)の保護層407及び第2基体403を本件発明1の表面アルミナ層に対応させた上で、これらを甲3技術の接着剤に置き換える態様、及び②甲2発明(1)の保護層407及び第2基体403と固体電解質体との間に甲3技術の接着剤を追加する態様を想定し、いずれの態様においても、甲2発明(1)に甲3技術を適用する動機付けはなく、むしろ阻害要因があるから、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到することはできない旨主張するので、以下、その主張の当否について検討する。

(ア)被告は、上記①の態様を前提とした場合、接着剤層に開口用貫通穴を設ける動機付けはなく、むしろ、第1電極404の電極部451が発熱体402の発熱部455と直接対面することになるなどの不都合が生じるから、阻害要因がある旨主張する。

しかしながら、前記ア(イ)で述べたとおり、甲2発明(1)に甲3技術を適用する場合においては、絶縁部材405の表面及び裏面のうち、第1電極404及び第2電極406周囲の電極非形成部分に、各電極の周縁に接するように、かつ、各電極の平坦部と略面一の状態になるようにアルミナからなる接着剤を塗布して段差を解消し、平坦化を図った上で403ないし407の各層を積層すること、すなわち被告主張の上記②の態様を想定するのが自然であり、本件審決も当該態様を前提としていることは、本件審決の判断内容(審決書42ないし45頁)に照らし明らかである。

したがって、上記①の態様を前提とする被告の主張は、そもそもその前提において失当である。

(イ)被告は、上記②の態様を前提としても、甲2発明(1)においては、未焼成シートを圧着することで各層間の接合を行っているのであるから、それに加えて更に接着剤を用いることには動機付けがなく、むしろ無駄な構成の追加となる点において、阻害要因がある旨主張する。

しかしながら、前記ア(イ)で述べたとおり、ガスセンサ素子を構成する未焼成シートをアルミナからなる接着剤を介して積層することが本件出願当時の周知技術であったことに加え、導体層の平坦部と略面一の状態となるように接着剤を塗布することにより、各未焼成シートと各未焼成スペーサとの間に局所的な加重が加わることを防止し、各未焼成シート又は各未焼成スペーサに亀裂が発生することを防止するという甲3技術に係る課題が、甲2発明(1)にも当てはまることからすれば、甲2及び甲3に接した当業者であれば、甲2発明(1)においても、上記のような亀裂の発生を防止すべく甲3技術を適用しようとする動機付けがあるというべきであるから、被告の上記主張は理由がない。

(ウ)なお、被告は、甲2においては、電極部と固体電解質体の大小関係が特定されていないとの前提に立った上で、甲2発明(1)に甲3技術を適用しても、相違点に係る本件発明1の構成のうち、「該開口用貫通穴の周縁部は、上記ジルコニア充填部の両表面における外縁部に重なっている」との構成を導き出すことはできない旨主張する。

しかし、前記(1)イで述べたとおり、甲2には、電極部と固体電解質体の大小関係について、「第1電極404は、第1電極部451全体が固体電解質体435の一部を覆い」、「第2電極406は、第2電極部447全体が固体電解質体435の一部を覆い」との構成を備えたセンサ素子が開示されていることは明らかであるから、被告の上記主張は、その前提において理由がない。

(エ)以上によれば、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて相違点に係る本件発明1の構成を容易に想到することはできないとする被告の主張は、いずれも理由がない。

(4)小括

以上の次第であるから、本件発明1について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできないとした本件審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由4-1は理由がある。

5.3 取消事由4-4(本件発明2について、甲2発明(1)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)

-省略-

5.4 取消事由4-5(本件発明3について、甲2発明(2)及び甲3技術に基づく容易想到性判断の誤り)について

-省略-

6.検討

(1)本件は進歩性の判断が争点になっています。図を使ってポイントについて説明します。本件発明1はアルミナシート(3)の両表面にこのアルミナシート(3)よりも薄く、電気絶縁性を有するアルミナ材料からなる一対の表面アルミナ層(35)を積層している点です。

これに対して原告、甲2発明は絶縁材料(アルミナなど)からなる絶縁部材405の表面には表面アルミナ層が設けられていません。

一方、甲3技術はガスセンサ素子の製造方法において未焼成シート(140、160)上の導体層(30、40、20)との間に隙間を空けることなくその周縁に接するように、かつ、導体層の平坦部(301、401、201)と略面一になるようにアルミナ,有機系バインダ及び溶剤を混錬した接着剤(5)を塗布し、未焼成シート又はスペーサを重ね合わせた状態で加圧して積層して中間体を作製し、その後焼成する技術です。

この甲2発明に甲3技術を組み合わせることが容易想到であるか否かがポイントでした。

(2)本件の対象となった審決は、この判決の結果を受けて特許庁で再審理することとなり新たな審決が出たので既にネットでは閲覧できなくなっています。そのため、審決の理由の正確な内容を把握できませんでした。しかし、原告の主張する取消事由からすると、甲2発明に甲3技術を組み合わせること自体は否定していないように思われます。その上で、組み合わせたとしても本件発明1は電極の側面が露出する程度に開口用貫通穴は電極よりも大きな形状に形成しているものであるから、第1電極404及び第2電極406の側面に接する上記接着剤表面アルミナ層は、上記構成を満たしているとはいえない、と判断したようです。

(3)これに対して判決は、まず、甲2発明では未焼成シートの焼成に当たり、圧着により各層を接合させているが、甲3技術は接着剤を用いている点で異なるが、接着剤を介して積層することが本件出願当時の周知技術であったので甲2発明に甲3技術の接着剤を用いた接合方法を採用することに格別の困難があったものとはいえない、として甲2発明と甲3技術との組み合わせを肯定しています。

(4)その上で、本件特許の特許請求の範囲の請求項1においては、表面アルミナ層に設けられた開口用貫通穴と電極との大きさの関係について、「該開口用貫通穴は、上記電極よりも大きな形状に形成してあって」とのみ規定しているのであり、「電極よりも大きな形状」の意義について、電極の側面が露出する程度のものでなければならないことを示す記載はない、と述べています。また、図4に表面アルミナ層の開口用貫通穴351の内周と電極の外周との間に隙間が形成されている態様が示されていますが、実施例の一態様を示すものにすぎないので本件発明1の構成が当該態様のものに限定されると解すべきものとはいえない、と述べています。

(5)甲2発明でシートを圧着して接合する技術を接着剤で接合する技術に置き換えることについて困難性がないと認定しています。確かに被告の主張を読む限り、この組み合わせに対する阻害事由を主張していません。実際本件特許の明細書中でも「表面アルミナ層35は、アルミナシート3とする以外にも、ペースト、スラリー等を塗布することによって形成することもできる」と書いてあるので、否定する根拠はないのでしょう。

(6)そうすると、本件発明1を開口用貫通穴が電極よりも大きな形状に形成されていると解釈するか否かが問題となります。審決では図4の態様に限定解釈することで、このような解釈を採用したものと思います。この構成は訂正請求により追加されたようなので、そのように限定解釈したものと思われます。これに対して判決では図4を実施例の一態様であってそれに限定して解釈すべきではない、と述べています。この構成が出願当初の特許請求の範囲に書いてあったものであったら、審決も判決と同じように解釈したかもしれません。しかし、訂正や補正で追加された内容なので明細書等の記載内容に限定して解釈すべき、と判断したように思います。

(7)一般的には、この判決のように特許請求の範囲に訂正で追加された発明特定事項であっても実施例に限定して解釈されないのであれば、侵害訴訟における抵触性の判断では原告(特許権者)に有利になりますが、有効性の判断では被告に有利になります。一方、審決のように特許請求の範囲に訂正で追加された発明特定事項を実施例に限定して解釈するのであれば、侵害訴訟における抵触性の判断では原告(特許権者)に不利になりますが、有効性の判断では原告に有利になります。ただ、どちら寄りに判断するかは事件ごとに異なるように思われるので、すべての事件で本判決のように解釈されると決めつけるのは注意が必要だと思います。