ケーブル表示用ラベル事件(その2)

投稿日: 2017/06/10 2:38:44

今日も平成28年(ワ)第7763号 特許権に基づく製造販売禁止等請求事件について検討します。

3.争点

(1) 被告製品は、文言上本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告製品は構成要件1Aを充足するか(争点1-1)

イ 被告製品は構成要件1Bを充足するか(争点1-2)

ウ 被告製品は構成要件1Fを充足するか(争点1-3)

エ 被告製品は構成要件1Gを充足するか(争点1-4)

(2) 被告製品は、本件発明1と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2)

(3) 被告製品は、文言上本件発明26の技術的範囲に属するか(争点3)

ア 被告製品は構成要件26B、26C、26D及び26Fを充足するか(争点3-1)

イ 被告製品は構成要件26Eを充足するか(争点3-2)

ウ 被告製品は構成要件26Gを充足するか(争点3-3)

(4) 被告製品は、本件発明26と均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点4)

(5) 被告は、被告製品の輸入及び輸出をしているか(争点5)

(6) 原告の損害及びその額(争点6)

 

4.裁判所の判断

4.1 争点1(被告製品は、文言上本件発明1の技術的範囲に属するか)について

(1)争点1-3(被告製品は構成要件1Fを充足するか)について

ア 「ミシン目」について

(ア)構成要件1Fは、「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」と規定するところ、「ミシン」は、通常、「点線状の孔」との意義を有し、「目」は、通常、「物の接する所。また、そこに生ずる筋」との意義を有することからすれば(以上につき、乙1〔広辞苑第四版〕)、「ミシン目」とは、「点線状の孔により形成される筋」を意味するものと解される。

(イ)この点について、原告は、本件明細書等の記載からして、本件発明1において「ミシン目」を設ける技術上の意義は、分離・分断を容易にすることにあるから、「ミシン目」は、点線状の孔の有無にかかわらず、「フィルムの分断・分離を容易にする弱化線」をも含むと主張する。

しかしながら、本件明細書の段落【0011】には、本件発明1に係るケーブルマーカーラベルの使用方法につき、次のとおり記載されている。

「フィルムは…ケーブルの周囲に巻き付けられ、第1接着層はケーブルに係合し貼着するとともに、巻き付けが360°以上に延在するとフィルムの所定部分に係合し貼着する。ケーブルの周囲へのフィルムの巻き付けは、フィルムのプリント用またはプリント済非接着性ラベル部分が…ケーブルの周囲に巻き付けられるまで継続する。接線方向の力がラベルの巻き付けられていない部分にかけられる間、ケーブルは回転しないように保持される。フィルムの第2プリント済ラベル部分および第3接着部分が、ミシン目に沿ってフィルムの第1部分から破れ、第1フィルム部分はケーブルに接着剤で固定されたままである。分離後、第3ラミネート部分は、ラベルの周囲にフィルムを巻き続けることによって、ラベルの上面に接着剤で貼着される…。」(判決注:下線を付した。)

上記記載によれば、本件発明1に係るケーブルマーカーラベルは、まず第1接着領域がケーブルに貼着され、その後ラベルを巻き付けている間、ラベルを巻き付ける方向への力がかかっても、ラベルは、その第1接着領域によってケーブルを保持し、その後、プリント用領域(上記段落【0011】では「第2プリント済ラベル部分」と称される部分)がケーブルに巻き付けられるまで、第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域(上記段落【0011】で「第3接着部分」又は「第3ラミネート部分」と称される部分)とはミシン目によって分離されず、これが巻き付けられた後に、ミシン目に沿って分離されるものとされている。

そうすると、本件発明1において「ミシン目」を採用する技術的意義は、ケーブルへのラベルの巻き付けの初期段階においては、巻き付ける力がラベルにかかっても第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域とが分離しない程度にこれらの部分を保持しつつ、その後プリント用領域がケーブルに巻き付けられた後に、巻き付け方向に更に力を入れることによって、第1接着領域とプリント用領域及び第2接着領域とがミシン目を境に分離することを可能にするものとして、「一定の保持力」と「分断容易性」とを兼ね備えた分断線を形成することにあるものと解される。したがって、本件発明1の「ミシン目」は、単に「フィルムの分断・分離を容易にする弱化線」であることをもって足りると解することはできないから、原告の上記主張は採用することができない。

イ 「横断して延在し」について

(ア)構成要件1Fは、ミシン目が透明フィルムを「横断して延在し、」と規定する。ここで、「横断」とは一般に「横又は東西の方向によこぎること」を、「よこぎる」とは一般に「横の方向に通り過ぎること」をそれぞれ意味し(乙1〔広辞苑第四版〕)、また、「延在」とは、一般に「延びて存在すること」を意味するから、構成要件1Fの「ミシン目」は、透明フィルムの一方の端から他方の端へと横切って延びることを要するものと解するのが自然である。もっとも、「ミシン目」が、透明フィルムの短手方向に「横断して延在」することを要するのか、その長手方向に「横断して延在」することを要するのかは、特許請求の範囲の記載のみからでは判然としない。

そこで、本件明細書等を参照すると、段落【0015】及び【図2】には、次の記載がある。

「…一実施形態において、プリントラベル領域20は、ストリップ14の裏面18とは反対側のストリップ14の第2面上に位置する。ミシン目22は、ストリップ14を通じるとともに、第1接着領域16とプリントラベル領域20との連結部またはその近傍においてストリップ14を横断するように延在する。…」(判決注:下線を付した。)

上記記載を斟酌すると、構成要件1Fにいう「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」とは、「ミシン目」が、透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていることを要するものと解される。

(イ)この点について、原告は、特許請求の範囲の記載は、ミシン目が一直線に横切ることを要するとはされていないとか、「ミシン目」の技術的意義からして、透明フィルムの外周縁のうちの一点から他点まで延在し、その線に沿って分離・分断を可能とすれば「横断」しているといえる旨主張する。

そこで検討するに、「ミシン目」が一直線でなく、例えば曲線状のミシン目であっても、それが透明フィルムを「横断して延在している」といえる限りは、構成要件1Fを充足すると解しても差支えないと解される。

しかしながら、特許請求の範囲の記載によれば、ミシン目は「透明フィルムを横断して延在し」なければならないところ、単に、一点から他点まで方向を問わずにミシン目が存在しているのみでは、「横断して延在」するというのに十分でないというほかはない。また、一般に特許発明の技術的範囲は、明細書の発明の詳細な説明に開示された実施例の構成に限定されるものではないが、本件明細書等には、上記【図2】に示される実施例以外に、「ミシン目」が「透明フィルムを横断して延在」することにより、本件発明1の課題を解決できる場合を何ら開示していないのであるから、特許請求の範囲及び本件明細書等に接した当業者が、本件発明1の課題を解決できる構成として認識する「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」との構成は、上記のとおり、ミシン目が透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていることを指すものと解するほかはない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

ウ 被告製品の構成

(ア) 別紙3被告製品説明書のとおり、被告製品には、下図(別紙3被告製品説明書の図1)の赤い点線部分に「切れ目22’」が存在している。

「切れ目22’」は、次の写真(別紙3被告製品説明書の写真3)のとおり、基層28’からラベル10’をはがしてピンセットでつまんだのみであっても、フィルムが分断されてしまうのであるから、被告製品の製造過程において、いったん完全に切断され、塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成しているものと認められる。

以上のような「切れ目22’」は、「点線状の孔により形成される筋」といえないことは明らかであるし、接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋では、「一定の保持力」と「分断容易性」を兼ね備えるものということもできないから、本件発明1にいう「ミシン目」に当たらない。

(イ)原告は、被告製品における「切れ目22’」が本件発明1の「ミシン目」に当たらないとしても、被告製品における「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とから形成される部分(下図〔別紙3被告製品説明書の図2〕参照)は、本件発明1の「ミシン目」に相当すると主張する。

しかしながら、大きくコの字状に切断された「切れ目22’」と、極めて短い「端部接続部分EP」とを併せた部分をもって、「点線状の孔により形成される筋」ということには無理があるというほかない。

また、仮に「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せた部分をもって「ミシン目」に当たり得るとしても、同部分は、透明フィルム14’の短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びているものではないので、「横断して延在し」ているということもできない。

エ したがって、被告製品は、構成要件1Fを充足しない。

(2)争点1-4(被告製品は構成要件1Gを充足するか)について

構成要件1Gは、「前記ミシン目により前記透明フィルムの分断線が形成され」と規定するところ、「分断線」とは、その一般的な語義(甲11〔広辞苑第六版〕)からして、「まとまりあるものを断ちきって別れ別れにするすじ」と解される。

被告製品をケーブルに設置した後に、「第1接着領域16’」を取り外すと、「端部接続部分EP」が引きちぎられて、透明フィルム14’が分断されることとなるから、被告製品における「切れ目22’」及び「端部接続部分EP」からなる部分は、透明フィルム14’を分断する筋とはいい得るものの、上記(1)のとおり、同部分は本件発明1の「ミシン目」には当たらない。

したがって、被告製品は、構成要件1Gを充足しない。

(3)争点1の小括

以上によれば、被告製品は、少なくとも、本件発明1の構成要件1F及び1Gを充足しないから、構成要件1A(争点1-1)及び構成要件1B(争点1-2)について検討するまでもなく、文言上、本件発明1の技術的範囲に含まれるものではない。

4.2 争点2(被告製品は、本件発明1と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について

(1)均等の5要件について

特許請求の範囲に記載された構成に、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁〔以下「ボールスプライン事件最判」という。〕、最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・裁判所時報1672号3頁参照。以下、上記①ないし⑤の要件を「第1要件」ないし「第5要件」という。なお、本件特許は、優先権主張を伴うものであることから、本件では、上記④の要件における「特許出願時」は、本件第1優先日の時点と読み替えることになる。)。

(2)本件発明1と被告製品との相違部分

前記2(1)において詳述したとおり、本件発明1では、「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」ている(その意義が「透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へと横切って延びていること」であることは、前記2(1)イにて認定説示したとおりである。)ところ、被告製品は、少なくとも、その「切れ目22’」がいったん完全に切断され、塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成している点、及び「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せても、同部分が透明フィルム14’内をコの字状に形成されている点において、本件発明1と相違する。

(3)均等の第3要件(置換容易性)について

ア 均等の第3要件の意義について

対象製品等が特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に含まれるというためには、特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等の構成に置き換えることに、当業者が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたことを要する(第3要件)。

均等の成立に第3要件を要するとする趣旨は、特許法の目的、社会正義、衡平の理念の観点からして、特許発明の実質的価値は、第三者が特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる技術に及び、第三者はこれを予期すべきものと解されることにある(ボールスプライン事件最判参照)。

そうすると、第3要件にいう「当業者」が「対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた」とは、特許法29条2項所定の、公知の発明に基づいて「容易に発明をすることができた」という場合や第4要件の「当業者」が「容易に推考できた」という場合とは異なり、当業者であれば誰もが、特許請求の範囲に明記されているのと同じように、すなわち、実質的に同一なものと認識できる程度に容易であることを要するものと解すべきである(東京地裁平成3年(ワ)第10687号同10年10月7日判決・判時1657号122頁参照)。

これに対し、原告は、第3要件における「容易に想到することができた」という点について、「容易」「想到」という語が使用されている以上、特許法29条2項と同様の基準により判断されるべき旨主張する。しかしながら、発明の独占が認められるための特許要件たる進歩性の判断基準と、特許請求の範囲に開示された発明の技術的範囲を画する均等の判断基準とを同一にすべき実質的根拠はないというべきである。上記のとおり、特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到できる技術であれば、第三者であっても特許発明の実質的価値が及ぶことを予期すべきといえ、特許請求の範囲が有する公示の要請にもとることはないといい得るが、特許請求の範囲に記載された構成から、特許法29条2項所定の「容易に発明をすることができた」構成にまで特許発明の実質的価値が及ぶとなれば、第三者は、特許発明の技術的範囲を容易には理解することができず、特許請求の範囲が有する公示の要請にもとる事態が生じかねないというべきである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

イ 被告製品について

前記(2)のとおり、本件発明1では、「ミシン目は前記透明フィルムを横断して延在し」ている(その意義が「透明フィルムの短手方向左右にわたって一方の端から他方の端へとよこぎって延びていること」であることは、前記2(1)イにて認定説示したとおりである。)ところ、被告製品は、少なくとも、その「切れ目22’」がいったん完全に切断され、塗布された接着剤によってかろうじてフィルムをつなげる筋を形成している点、及び「切れ目22’」と「端部接続部分EP」とを併せても、同部分が透明フィルム14’内をコの字状に形成されている点において、本件発明1と相違している。

ここで、本件発明1は、「一定の保持力」と「分断容易性」とを兼ね備えた「ミシン目」が、「透明フィルムを横断して延在」することにより、ラベルを巻き付ける際に第1接着領域を起点としつつ、ラベルを巻き付けた後に第1接着領域とプリント用領域とを切り離して、回転可能なケーブルマーカーラベルを実現しているものであるところ、「ミシン目」が有する技術的意義に鑑みれば、これをいったん完全に切り離した「切れ目22’」に単に置き換えるのみでは、「ミシン目」が有していた「一定の保持力」が実現しないことが明らかである。そこで、被告製品は、「ミシン目」を「切れ目22’」に置き換えるのみならず、これを透明フィルム14’内でコの字状に屈折させ、かつ、その各端部にそれぞれ「端部接続部分EP」を設け、「端部接続部分EP」及び「切れ目22’」よりもラベル短手方向外側に「第1接着領域16’」を位置させることにより(下図〔別紙3被告製品説明書の図1及び同2〕)、ようやく「第1接着領域16’」をラベルを巻き付ける際の起点としつつ、ラベルを巻き付けた後に「第1接着領域16’」と「プリント用領域20b’」とを切り離し、回転可能なケーブルマーカーラベルを実現するに至るものである。


かかる被告製品の構成については、たとえ物品に添付するラベルの技術分野において、ラベルにコの字状を含む非直線状の分断線を形成し、この分断線に沿って当該ラベルを複数の部分に分断することが周知技術であったとしても(甲21ないし30)、当業者であれば誰もが、本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できる程度に容易であるとはいい難いというほかはない(なお、被告特許発明に関しては、本件特許の公表特許公報記載の発明を先行技術とする審査がされた上で、特許がされているところ、被告製品が同発明の実施品であることは、当事者間に争いがない。)。

なお、原告は、被告製品における「第1接着領域16’」をラベルの両角部の2点固定とする構成について、本件発明1の技術的範囲に含まれるものであるから、かかる構成とする動機付けは不要であると主張するが、ここで問題となるのは、本件発明1に係る特許請求の範囲の記載から、被告製品の本件発明1との相違部分に係る具体的構成が容易に想起できるかという点にあるのであって、その具体的構成には、「第1接着領域」を、ラベル内のどの部分に設けるかという点も当然に問題となるのであるから、被告製品が、本件発明1の「第1接着領域」に当たり得る部分を備えていることと、分断線をコの字状に形成することが周知技術であることのみをもっては、被告製品の構成が、本件発明1に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できるとはいい難いというべきである。

したがって、被告製品が、均等の第3要件を充足するものとは認められない。

(4)争点2の小括

以上によれば、被告製品は、少なくとも均等の第3要件を充足しないから、本件発明1と均等なものとして、その技術的範囲に属するものとは認められない。

4.3 争点3(被告製品は、文言上本件発明26の技術的範囲に属するか)について

(1)争点3-1(被告製品は構成要件26B、26C、26D及び26Fを充足するか)について

ア 「前記第1および第2接着領域との間に位置するプリント用領域」について

構成要件26Dは、「前記第1および第2接着領域との間に位置するプリント用領域」と規定するところ、「間」とは、一般に「二つのものに挟まれた部分」を意味することから(広辞苑第六版)、本件発明26の「プリント用領域」は、「第1接着領域」と「第2接着領域」に挟まれていることを要するというべきである。

しかるところ、被告製品における「プリント用領域20b’」(下図〔別紙3被告製品説明書の図1〕の符号20b’)は、各「第1接着領域16’」(同符号16’)に挟まれているとはいえても、「第1接着領域16’」と「第2接着領域24’」とに挟まれているということは困難である。

原告は、被告製品のラベル10’をケーブルに接着するときには、「第1接着領域16’」、「プリント用領域20b’」、「第2接着領域24’」の順に接着していくから、機能的にみて「プリント用領域20b’」が「第1接着領域16’」と「第2接着領域24’」との間にあると主張するが、証拠(甲3)によれば、被告製品の使用方法は下図のとおりであって、「第1接着領域16’」と「プリント用領域20b’」とは、ほぼ同時にケーブルに接することになるから、「『第1接着領域16’』、『プリント用領域20b’』、『第2接着領域24’』の順に接着していく」と断ずることができるか判然としないし、この点を措くとしても、位置として「間に位置する」といえないものを、その使用方法により「間に位置する」と認めることは困難というほかないから、原告の主張を採用することはできない。

イ 以上によれば、被告製品は、少なくとも、構成要件26Dを充足しない。

(2)争点3-2(被告製品は構成要件26Eを充足するか)について

構成要件26Eの「ミシン目」は、本件発明1について前記2(1)で認定説示したところと同様に、「点線状の孔により形成される筋」を意味するものと解されるところ、被告製品における「切れ目22’」や、「切れ目22’」及び「端部接続部分EP」からなる部分のいずれもこれに当たらないことも、既に認定説示したところと同様である。

したがって、被告製品は、構成要件26Eを充足しない。

(3)争点3の小括

以上によれば、被告製品は、少なくとも、本件発明26の構成要件26D及び26Eを充足しないから、構成要件26B及び26C(争点2-1で判断しなかったところ)並びに構成要件26G(争点2-3)について検討するまでもなく、文言上、本件発明26の技術的範囲に含まれるものではない。

4.4 争点4(被告製品は、本件発明26と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について

上記4.3のとおり、本件発明26が「前記第1および第2接着領域との間に位置するプリント用領域」(構成要件26D)及び「ミシン目」(構成要件26E)を備えているのに対し、被告製品は、少なくとも、「プリント用領域20b’」が「第1接着領域16’」と「第2接着領域24’」との間に位置するとはいえない点、及び被告製品の「切れ目22’」又は「切れ目22’」と「端部接続部分EP」からなる部分は「ミシン目」には当たらない点において、本件発明26と相違する。

しかるところ、原告は、前者の相違部分、すなわち、被告製品の「プリント用領域20b’」が「第1接着領域16’」と「第2接着領域24’」との間に位置するとはいえないとの相違部分について、同部分が均等の要件を充足する旨の主張をしない。

また、この点を措くとしても、前記4.2において認定説示したところと同様の理由により、後者の相違部分に係る被告製品の構成が、本件発明26に係る特許請求の範囲に明記されているのと同じように認識できるとはいい難く、少なくとも均等の第3要件を充足しない。

したがって、被告製品は、本件発明26と均等なものとして、その技術的範囲に属するものとは認められない。

 

5.検討

(1)外国から日本への出願の場合には真っ先に原文のクレームを確認します。今回も「ミシン目」という表現が引っ掛かり念のため国際公開公報に目を通したところ、”perforation”という単語がありました。被告製品の「切れ目」が「ミシン目」に含まれる概念であるか否かと言われれば、写真等を見た限りでは含まれるというのは苦しいように思います。

(2)先日の投稿に追加しましたが、被告はこの被告製品に係る発明について特許出願しており、特許になっています。その明細書中には本件特許の国内公表時の公表特許公報が先行技術文献として挙げられています。つまり、被告製品に係る発明は本件特許に係る発明に基づいて審査官が審査した上で特許になった、ということです。

ところで、上述の均等の第3要件は「上記のように置き換えることに、当該発明の属する分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであ」ることです。つまり被告は本件発明を被告製品に係る発明に置き換えることが、進歩性の判断基準となる当業者にとっても容易に想到できたものではないので、第3要件における当業者が容易に想到できたものではない、と主張したわけです。

(3)私自身も企業の知財部門に所属していた時に他社特許を回避するために設計変更した製品については、せっかく苦労して他社特許に係る発明とは異なる構成としたのですから特許出願すべきと勧めました。そのようにすることで、そのほかの競合他社の設計変更の方向性を制限できる可能性があったからです。しかし、そのような自社の発明に係る特許権を取得したからといって他社特許に抵触していない証明になるわけではありません。利用関係にある場合もありうるからです。したがって、このようにして出願した自社特許を非抵触の根拠として利用するという考えはあまりありませんでした。本事件における被告の対応は新たな見方を与えてくれたので大変参考になりました。

(4)ちなみに、被告特許の請求項1は以下の通りです。

【請求項1】

第1接着領域を有するフィルムを備え、

前記フィルムは、前記第1接着領域に隣接する非接着領域を有し、

前記フィルムは、前記非接着領域に隣接する第2接着領域を有し、前記フィルムの前記第2接着領域は、前記フィルムが物の周囲に巻き付けられる際に、前記非接着領域の上に少なくとも部分的に位置するように構成される、セルフラミネート回転ラベルであって、

前記フィルムに、前記非接着領域のいずれかの箇所に一端が配置され前記非接着領域のいずれかであって前記一端とは異なる箇所に他端が配置され前記非接着領域の少なくとも一部と前記第2接着領域の少なくとも一部とを囲む切れ目が形成されており、

前記第1接着領域が、前記フィルムのうち前記切れ目に囲まれる領域の外側に配置されており、

前記切れ目の前記一端と前記他端とのうち少なくとも一方が、前記フィルムの縁のうち前記第1接着領域に最も近い箇所に隣接する部分と、前記非接着領域を介して対向していることを特徴とするセルフラミネート回転ラベル。

前述した原告の本件特許発明1と並べて読めば一目瞭然ですが、被告は特許請求の範囲の表現をだいぶ本件特許1に寄せています。おそらく、できるだけ同じ用語を用いることで、本件特許1との相違点を明確にすることが目的だと思います。

(5)このようにすれば相違点が際立つので文言侵害ではないこと(利用関係にもないこと)を明確にするだけではなく、相違点が進歩性に判断の根拠になったと主張しやすいので均等の第1要件や第3要件を充足しない、との主張の根拠にしやすいと思われます。

(6)ただし、この被告の手法で気になる点があります。もし被告の特許出願が拒絶査定となった場合はどのように考えるべきでしょうか?この場合被告製品の構成は当業者が容易に想到できたことになります。もちろん判決にもあるように発明の独占が認められるための特許要件たる進歩性の判断基準と、特許請求の範囲に開示された発明の技術的範囲を画する均等の判断基準とを同一にすべき実質的根拠はありませんが、被告に有利には働きません。したがって、この手法の場合は被告特許出願が特許査定になることがわかってから製品を市場投入しないと、特許出願が逆に不利に働く可能性もあります。

(7)被告特許に係る出願が特許査定になってから侵害訴訟が適されるまでの期間が短いことから、被告は被告特許出願が特許査定になる前に被告製品を市場投入していたと思われます。少しリスクがあったかもしれません。