医療用ガイドワイヤ事件(その3)

投稿日: 2017/06/16 0:19:07

今日で平成27年(ネ)第10114号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成26年(ワ)第25577号)についての検討を終了します。判例の検討と言いつつちょっと調べるだけで色々な情報が出てくるのでどんどん判例から離れていきます・・・

5.検討

(1)判決について

① 東京地裁判決について

地裁判決では本件特許に対して被告製品は非抵触であると判断しました。その根拠は大きく分けると二つあります。一つはAu-Sn系はんだとはAu及びSnを主成分として含むはんだであり、脆い金属間化合物であるAuSn4はAuやSnとして認めない、というものでした。そしてもう一つは、金錫の玉付けされたステンレススチールコアとスプリングコアとが可動性を有しており固着されているとは認められない、というものでした。

一つ目のはんだについて控訴人は知財高裁で「Au-Sn系はんだにおいて、AuSn4ははんだを強化する働きを有し、はんだを脆くしないし、AuSn4自体も脆くはない」と主張しています。つまり、AuSn4が脆いのか脆くないのか技術的に全く正反対の主張が当事者からなされているわけです。技術的にいずれが正しいのかは裁判所が判断するのは困難でしょう。したがって、AuSn4を脆い金属間化合物であるのでAuやSnとして認めないという論理展開した地裁の判決は根拠の部分に技術的な意見が割れているので苦しいと思います。

これらのうち二つ目の固着の解釈について控訴人(一審原告)は知財高裁で「原判決のいう可動性を有するものは、ガイドワイヤではなく単なる仕掛品であり、被告製品においては可動性を有しない」で主張しています。これは確かにその通りだと思います。

② 知財高裁判決について

知財高裁では一転して抵触性については言及せずに有効性についてのみ判断しました。これは特許庁での特許無効審判の審決取消訴訟と並行して審理されたと思われますが、いわゆるサポート要件違反であると認定し特許無効と判断しています。一審の判断が正しかったのか否かについては全く触れていません(おそらくは、知財高裁では一審の判断には同意していないと思いますが)。

しかし、被控訴人(一審被告)は一審で「例えば、Au75~80質量%と、Sn25~20質量%との合金からなる、Ag-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度の固着力(引張強度)が得られるものであることを要すると限定解釈すべきである。」と主張しています。サポート要件で無効と判断するくらいならば、この一審被告の主張を採用して非抵触と判断してもよかったのでは?と思います。

(2)その他

① 被告製品

被告は、「被告製品は、被告が有する特許第5382953号の実施品であり,その製造方法は、ステンレススチールコアの先端部に、スプリングコイルと接触しないようにスプリングコイルの内径より外径の大きい金錫(Au80-Sn20)の玉(白色部)を形成した上、同白色部と、スプリングコイルを、銀錫(Sn96.5-Ag3.5)(灰色部)によりはんだ付けするというもの」、と述べています。この主張は、遠回しに「金錫の玉」は「銀錫」によりスプリングコイルとはんだ付けされるものであるから「はんだ」には当たらない、と述べているように読めます。

この特許第5382953号にざっと目を通したところ被告製品の「金錫の玉」が「第1の金属ハンダ」に、「銀錫」が「第2の金属ハンダ」に相当すると思われます。そうであれば、被告は特許5382953号の実施品と言っている手前「金錫の玉」をはんだではないと主張しにくいと思われます。

しかし、そうなるとわざわざ被告が特許5382953号の実施品であることを明らかにした点に疑問が残ります。製品の広報発表時に特許出願番号を明記したとか、本件訴訟前の当事者間の交渉で原告に開示済みだったとか、そういった理由が考えられますが。

② 対応海外出願

本件特許出願の対応海外出願が少なくとも欧州、豪州、中国、韓国、米国、インドに存在します。このうち既に特許査定となっている地域や国の中からクレームの記載が読み取れる欧州、豪州、中国はいずれも出願時の内容でほぼそのまま特許になっています。対応海外出願は本件特許出願と特願2009-212621(特許第5424248号)を優先権の基礎としており、対応海外出願の請求項1は特願2009-212621の請求項1に対応しています。

特願2009-212621(出願時の請求項1)

【請求項1】

遠位端側小径部と前記遠位端側小径部より外径の大きい近位端側大径部とを有するコアワイヤと、

前記コアワイヤの遠位端側小径部の外周に軸方向に沿って装着され、先端側小径部と、前記先端側小径部よりコイル外径の大きい後端側大径部と、前記先端側小径部と前記後端側大径部との間に位置するテーパ部とを有し、少なくとも先端部および後端部において前記コアワイヤに固着されているコイルスプリングとを有し、

前記コイルスプリングの先端側小径部の長さが5~100mm、コイル外径が0.012インチ以下であり、

前記コイルスプリングの先端部は、金含有はんだにより、前記コアワイヤに固着され、

金含有はんだによる先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmであることを特徴とする医療用ガイドワイヤ。

上記の通り、この請求項1では「金含有はんだ」とのみ定義されており、本件特許よりも技術的範囲は広くなっています。なお、現在RCEとなっている米国出願でも「金含有はんだ」となっています。ちなみに日本出願は「金含有はんだ」を「Au-Ge系はんだ、Au-Si系はんだ、Au-In系はんだまたはAu-Sb系はんだからなる金含有はんだ」と補正しています。これは拒絶理由通知書を受けて明細書中で列挙したものに限定したものであって成分比については何ら拒絶理由を挙げられていませんでした。

このように日本を含め世界の主だった特許庁の審査では請求項中ではんだ成分比についてまでは限定していないことについてサポート要件違反といった拒絶理由通知を受けていないことになります(上位概念化にうるさい欧州特許庁でも)。

特許は各国独立ですが、各国の審査で拒絶理由通知の対象とならなかった内容で無効と判断する必要があったのか疑問はあります。前述したように請求項を限定解釈すれば十分だったように思います。

③ 本件特許以外の特許について

本事件ではオモテに出ている特許以外にも数件興味深い特許があります。

まず、被告の特許第5382953号です。これは前述したように被告製品に対応する特許だそうですが、この明細書で挙げられている先行技術文献(特開平2010-214054)は原告の特許です。この特許の手続きをまとめると以下のようになります。表の赤字は本件特許の手続きと異なる部分です。

本件特許とほぼ同じ手続きがされていることがわかります。もちろん、特許無効審判の請求人は被告です。本件特許と大きな違いは2回目の特許無効審判における審決予告に対する対応です。本件特許と違って特許請求の範囲の請求項1の「Au-Sn系はんだにより」を、「Au75~80質量%と、Sn25~20質量%との合金からなるAu-Sn系はんだにより」に訂正しています。これにより原告が本件特許の特許無効を確定させてしまったわけがわかるように思います。

次に原告が対応海外出反するにおいて本件特許出願とともに優先権の基礎とした特願2009-212621(特許第5424248号)です。こちらについては特許無効審判が請求されていませんでした。おそらく被告に提示していなかったと思われます。前述したようにはんだに関しては本件特許よりも非常に広い内容で多くの国で特許になっています。