水素水製造装置事件

投稿日: 2020/01/08 0:04:09

今日は、平成29年(ワ)第13797号 特許権侵害差止請求事件について検討します。原告である株式会社光未来は、判決文によると、水素水サーバーの製造及び販売等を業とする会社だそうです。一方、被告である株式会社豊大は、健康食品の製造、小売業等を目的とする会社、同じく被告である大丸エナウィン株式会社は医療用機械器具の販売等を目的とする会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本ブログでも以前扱いましたが、本件特許に係る出願の親出願に基づく特許第5865560号についても、株式会社光未来が株式会社豊大に対する侵害訴訟(平成28年(ワ)第24175号)を提起しました。その時は、文言侵害及び均等侵害のいずれも認められず、判決は請求棄却となりました。したがって、原告は分割出願に係る発明(本件発明)の技術的範囲が被告製品を含むようにして権利化して侵害訴訟を起こしたと思われます。

(2)争点として、無効理由の存否(サポート要件違反及び進歩性違反)が複数挙げられましたが、判決では本件訂正発明を前提とした2点のサポート要件違反についてのみ判断が示されました。

1点目は、訂正により特許請求の範囲を「1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し、0.8m以下の長さのものを除く)からなる・・・管状路」とすることで、0.8mよりも長い細管すべてを含むものとした点です。訂正後の特許請求の範囲はこのように変更されていますが、一方、実施例1~13には、1.4m、1.5m、1.6m、1.8m、2.0m、2.5m、3.0m及び4.0mの長さの細管については過飽和状態の水素水を得ることができたと記載され、比較例1及び2によると、0.4m及び0.8mの長さの細管については過飽和状態の水素水を得ることができなかったと記載されています。そうすると、訂正により特許請求の範囲に「0.8mよりも長い細管」を追加しましたが、実は細管の長さが0.8m~1.4mについては過飽和状態の水素水を得ることができるか否かは明細書で示されておらず不明です。そのため裁判所はサポート要件を満たしていない、と判断しました。

(3)2点目は細管の内径(Xmm)と加圧型気体溶解手段により加えられる圧力(YMPa)のXY比についてです。これは訂正前・訂正後いずれの特許請求の範囲にも記載されていませんでした。判決では本件訂正発明の特許請求の範囲においてXY比について何ら限定していないので、特許請求の範囲に記載された発明は、当業者が、発明の課題を解決することができると認識することができない範囲のものを含むというべきである、としてサポート要件を満たしていない、と判断しました。

(4)1点目のサポート要件違反の判断については、判決のとおり、0.8mよりも長い細管すべてを含むと読める訂正には無理があると思います。一方、2点目のサポート要件違反の判断については疑問が残ります。特許請求の範囲にXY比について規定されていない点を問題とするサポート要件違反の無効理由は本件訂正発明を対象とするものですが、訂正前の本件発明においても規定されておらず、訂正前でもサポート要件違反が存在していたことになります。そうなると、仮に本件発明の構成自体が従来存在しない全くの新規な物であり、進歩性も有するものであったとしても、XY比を特許請求の範囲に記載しなければ無効理由を有することになります。本当にそれでいいのか?と思います。

一般的に明細書を書く場合には将来拒絶理由通知を受けた場合のことも考えて、数値限定を目的とする補正ができるように、書けるものであれば、数値限定する範囲を数段階に刻んで記載する傾向にあります。しかし、この場合に出願当初から特許請求の範囲に数値限定した範囲を記載するケースはほぼ存在せず、新規性・進歩性を有する内容であればわざわざ補正で追加もしません。この2点目のサポート要件違反の判断に基づくと、そのような内容で特許になったものは無効理由を有することになりかねません。

(5)ひょっとしたら裁判所は明細書中の複数の実施例は、様々な圧力と細管の長さの組み合わせであるにも関わらず、細管の長さの数値範囲だけ抽出して特許請求の範囲を訂正したことを問題視したのかもしれませんが、少なくとも本件のようなケースにおいて、特許請求の範囲に記載していないことを理由にサポート要件違反と言うことには抵抗感を感じます。

2.手続の時系列の整理(特許第6116658号)

① 本件特許は特願2015-529952(特許第5865560号)を親出願とする第1世代の分割出願に相当します。本件出願からさらに第2世代の分割出願(特願2017-054730)が存在します。

② 親出願である特願2015-529952は、国際出願(PCT/JP2015/065103)が国内に移行したものです。日本以外には米国、韓国及び中国に移行しています。

③ 特許無効審判の請求人は本件被告らではなく韓国の法人である株式会社ハイジェンテックソリューションでした。この会社は本件特許の親出願に係る特許に基づく侵害訴訟において被告補助参加人として裁判に加わっていました。

3.本件訂正発明

1A 水に水素を溶解させて水素水を生成する気体溶解装置であって、

1B 水槽と、

1C 固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段(21)と、

1D 前記水素発生手段(21)からの水素を水素バブルとして前記水槽からの水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段(3)と、

1E 前記加圧型気体溶解手段(3)から水素水を導いて貯留する溶存槽(4)と、

1F 前記溶存槽(4)に貯留された水素水を前記水槽中に導降圧移送手段(5)としての管状路(5a)と、を含み、

1G 前記水槽中の水を前記加圧型気体溶解手段(3)、前記溶存槽(4)、前記管状路(5a)、前記水槽へと送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともに、

1H 前記加圧型気体溶解手段(3)から前記溶存槽(4)へと送水される水の一部を前記水素発生手段(21)に導き電気分解に供すること

1I を特徴とする気体溶解装置。

4.争点

(1)本件発明について

ア 構成要件充足性

(ア)構成要件1E~1Hの充足性(争点1-1)

(イ)構成要件1F及び1Gの充足性(争点1-2)

イ 無効理由の存否

(ア)分割要件違反を前提とする進歩性の欠如(争点2-1)

(イ)乙4を主引例とする進歩性の欠如(争点2-2)

(ウ)乙18を主引例とする進歩性の欠如(争点2-3)

(エ)公然実施発明に基づく進歩性の欠如(争点2-4)

(オ)サポート要件違反の有無(争点2-5)

(2)本件訂正発明について(無効理由の存否)

ア サポート要件違反の有無(争点3-1)

イ 乙4を主引例とする進歩性の欠如(争点3-2)

ウ 乙18を主引例とする進歩性の欠如(争点3-3)

5.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書等(甲1の2)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書等における上記記載によれば、本件発明は、①水素を水に過飽和の状態で溶解させ提供する気体溶解装置に係る発明であり、②生成した水素水を過飽和の状態に安定に維持し、かつ、ウォーターサーバー等に容易に取り付けられる装置とするという課題を解決するため、③水槽、水素発生手段、加圧型気体溶解手段、水素水を貯留する溶存層、降圧移動手段としての管状路を含み、水槽中の水をこれらの手段へと送水して循環させ、水素バブルをナノバブルとするとともに、加圧型気体溶解手段から溶存槽へと送水される水の一部を水素発生手段に導き電気分解に供することなどを特徴とするものである。

2 争点3-1(サポート要件違反の有無)

事案に鑑み、争点3-1から判断する。

(1)本件訂正は、特許法134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、同条9項により準用する同法126条5項及び6項の規定に適合するものであると認められるところ、被告らは、本件訂正発明に係る特許請求の範囲よりその範囲が広い本件発明がサポート要件に違反することは前提とした上で、本件訂正後の請求項1に係る発明はサポート要件に違反し、無効とされるべきものであるので、本件訂正により本件発明に係る無効事由は解消されていないと主張する。

特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高裁平成17年11月11日判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。

(2)ア 本件訂正は、特許請求の範囲請求項1の「細管」の内径及び長さについて「1.0mmより大きく3.0mm以下の内径の細管(但し、0.8m以下の長さのものを除く)」と特定するものである。本件訂正後の請求項1の記載によれば、本件訂正後の「細管」の長さは0.8mより長いものをすべて含むと解される

イ 本件訂正発明の目的は、①気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ、かかる過飽和の状態を安定に維持して提供すること、②ウォーターサーバー等へ容易に取り付けることができる気体溶解装置を提供することにあるところ(本件明細書等の段落【0015】)、同明細書等には維持すべき過飽和の濃度に関し、「2.0ppmより大きいことで過飽和状態を維持できる」(段落【0047】)と記載されている。そして、本件訂正発明の「管状路」について、本件明細書等の段落【0030】には、「管状路5aは、内部を流れる液体の圧力にもよるが比較的長尺であり径が小さいことが好まし」いと記載されている。

本件明細書等の上記記載によれば、本件訂正発明の課題である過飽和状態の安定的な維持のためには、過飽和の濃度が2.0ppmより大きいことを要すると解されるところ、管状路(細管)の長さについては、比較的長尺が好ましいとの記載が存するのみで、具体的にどのような長さであれば本件訂正発明の課題を解決することができるかは明らかではない。

ウ そこで、本件明細書等に開示された実施例及び比較例を参酌すると、実施例1~13については、長さ1.4mから4mまでの長さの細管を使用し、過飽和の状態の水素水を得ることができ、かつ、持続的に維持できたとされている。他方、比較例においては、0.4m及び0.8mの長さの細管を使用したところ、2.0ppm以上の過飽和状態の水素水を得ることができなかったとされている。

上記のとおり、本件明細書等の実施例及び比較例(段落【0053】~【0068】)を参酌すると、長さ1.4mから4mまでの長さの細管を使用した場合には本件訂正発明の課題を解決することができ、0.8m以下の長さの細管を使用した場合には同課題を解決することができないことが示されているが、長さが0.8mより長く、1.4mより短い細管については、本件訂正発明の課題を解決し得るような水素水を得られるとの結果は示されていない

エ 前記のとおり、本件訂正後の請求項1は、長さが0.8mを超える細管を含むところ、本件明細書等には、細管の長さが0.8mから1.4mの範囲において、過飽和状態が維持されるとされる2.0ppmより大きい水素濃度となることが示されているということはできないので、当業者が当該範囲において本件訂正発明の課題を解決し得ると認識することはできないというべきである。そして、細管の長さが0.8mから1.4mの範囲において過飽和状態が維持されることが本件特許出願時の技術常識であったと認めるに足りる証拠もない。

そうすると、本件訂正発明は、当業者が発明の課題を解決できると認識できない部分を含むものであるから、サポート要件に違反するものというべきである。

オ これに対し、原告は、本件訂正により、長さ0.8m以下の長さの細管が「降圧移送手段としての管状路」から除かれたので、サポート違反は解消されたと主張するが、これは発明の課題を解決し得ないことが明らかな細管の長さを除外したにすぎず、本件明細書等には、細管の長さが0.8mから1.4mの範囲の場合の具体例は示されておらず、発明の課題を解決し得ると当業者が認識し得ないことは前記判示のとおりである

また、原告は、本件明細書等の比較例2において水素の濃度は1.8ppmとされており、30分は過飽和の状態を維持できるのであるから、0.8m以下の細管を除外すれば、過飽和の状態を安定に維持できる気体溶解装置であると評価し得ると主張する。

しかし、長さが0.8mの細管を使用した比較例2における水素の濃度は1.8ppmであり、本件明細書等において過飽和状態を維持し得るとされる2.0ppmに達していないにもかかわらず、同比較例の気体溶解装置において、細管の長さを例えば0.8mより少し長くして、同一の条件の下、これを稼働させたとき、直ちに2.0ppmを超える水素水を得られるとは考え難い。

したがって、原告の上記主張はいずれも理由がない。

(3)次に、細管の長さ及び内径以外の条件、特に細管の内径(Xmm)と加圧型気体溶解手段により加えられる圧力(YMPa)のXY比に関するサポート要件違反の主張について検討する

本件訂正後の特許請求の範囲には、細管の内径については記載があるものの、XY比については規定されていないことから、XY比については特に限定なく、少なくとも特許出願時の技術常識の範囲内であれば含まれるものと解される

他方、本件明細書等には、XY比について、「X/Yの値が、1.00~12.00であることを特徴とするものであり、さらに、X/Yの値が、3.30~10.0であることが好ましく、4.00~6.67であることがより好ましい。気体を過飽和で溶存させている液体が、かかる条件で細管5a中を層流状態で流れて降圧移送されることで、気体を過飽和の状態で液体に溶解させ、さらに過飽和の状態を安定に維持し移送することができる」とする記載がある(段落【0031】)。

そして、本件明細書等に開示された実施例及び比較例におけるXY比を計算すると、過飽和の状態を維持し得たとする実施例のXY比は1.00から12.00の範囲に収まるのに対し、これを維持し得なかったとする比較例のXY比は、その範囲から外れているものと認められる。

イ そうすると、本件発明の課題解決をするためには、XY比は前記の範囲(1.00~12.00)に収まる必要があり、XY比の値によっては、発明の課題を解決することができない場合があるということができる。しかるに、本件訂正発明の特許請求の範囲は、この点を何ら限定していないのであるから、特許請求の範囲に記載された発明は、当業者が、発明の課題を解決することができると認識することができない範囲のものを含むというべきである。そして、XY比が上記の範囲にあることにより過飽和状態が維持されることが本件特許出願時の技術常識であったと認めるに足りる証拠もない。

ウ これに対し、原告は、XY比の範囲が1.00~12.00であれば本件訂正発明の課題を解決できることが明らかであると主張するが、上記のとおり、XY比の範囲が1.00~12.00であれば水素水を過飽和状態に維持できるという技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はなく、また、XY比の値によって発明の課題解決上の効果が異なり得ることは実施例及び比較例からも明らかである。

エ 以上のとおり、本件訂正発明は、XY比が1.00~12.00の範囲ではないものを含むので、同発明の課題を解決できると当業者が認識することができない範囲のものを含むものであって、サポート要件に違反するというべきである。

(4)以上のとおり、本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから、特許法36条6項1号に違反する。したがって、本件訂正により本件発明に係る無効事由は解消されていないというべきであり、本件発明に係る特許は、特許法123条1項4号により特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、特許法104条の3第1項により、本件発明に係る特許権を行使することができない。