アルミ缶入りワイン事件(記載要件違反)
投稿日: 2018/05/07 0:46:51
今日は、平成27年(ワ)第21684号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。被告がたくさんいますが、判決文によると、各被告の関係は、被告大和製罐は被告各アルミ缶を製造し、被告モンデ酒造は被告大和製罐から購入した被告各アルミ缶にワインを充填して被告各製品を製造し、被告伊藤忠食品は被告モンデ酒造から被告各製品を購入し、被告セブンイレブンは被告伊藤忠食品から被告各製品を購入して消費者に販売しているそうです。
1.手続の時系列の整理(特許第3668240号)
① 本件特許に関しては合計4件の判定が請求されています。このうち判定2011-600023及び判定2011-600024の請求人はアサヒビール株式会社、判定2015-600020の請求人は特許権者、被請求人は本件被告らのうちのモンデ酒造株式会社でした。判定2015-600022の請求人は特許権者、被請求人はJ-PlatPatには記載されていませんでした。
2.本件発明
(1)訂正前
A アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって、該方法が:
B 35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを製造するステップと;
C アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に、前記ワインを充填し、缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
D を含む、アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。
(2)訂正後
A アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって、該方法が:
B´アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして、35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを製造するステップと;
C アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に、前記ワインを充填し、缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
D を含む、アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。
3.争点
(1)被告各方法は本件発明の技術的範囲に属するか
ア 本件発明は単純方法の特許か
イ 構成要件Bの充足性
(ア)「35ppm未満の遊離SO2」を充足するか
(イ)「塩化物」「スルフェート」を充足するか
ウ 構成要件Cの充足性
(ア)「耐食コーティング」を充足するか
(イ)「ツーピースアルミニウム缶」を充足するか
(ウ)イ号方法に関し「缶内の圧力が最小25psi」を充足するか
エ 構成要件Cについて均等侵害の成否
(2)間接侵害の成否
(3)無効の抗弁の成否
ア 乙29発明及び乙30文献による進歩性欠如
イ 乙29発明による新規性欠如
ウ 乙29発明及び甲24文献による進歩性欠如
エ 実施可能要件違反
オ サポート要件違反
(4)訂正の再抗弁の成否
ア 本件訂正の適法性
イ 被告各方法は本件訂正発明の技術的範囲に属するか(構成要件B’の充足性)
ウ 本件訂正により無効理由が解消するか
(5)損害の発生の有無及びその額
4.裁判所の判断
1 本件発明の内容
(1)本件明細書等には次の各記載がある。
-省略-
(2)本件発明の意義
前記(1)によれば、本件発明は、①アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法に関するものであって、②アルミニウム缶にワインをパッケージングしようとすると、ワイン中の物質の比較的攻撃的な性質やワインと容器との反応生成物がワインの品質に及ぼす悪影響により、ワインの保存中にその品質が劣化するという課題を解決するため、③「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを製造するステップ」(構成要件B)と「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に、前記ワインを充填し、缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップ」(構成要件C)を含む方法を採用することにより、④ワインの品質が保存中に著しく劣化しないという効果を奏するものであると認められる。
2 争点(3)オ(サポート要件違反)について
事案に鑑み、まず、争点(3)オについて判断する。
(1)特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており、いわゆるサポート要件を規定している。
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高裁平成17年11月11日判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
(2)これを本件発明についてみると、本件特許の特許請求の範囲の記載は前記第2の2(2)記載のとおりである。本件発明の意義は、前記1(2)のとおり、アルミニウム缶にワインをパッケージングしようとすると保存中にその品質が劣化するという課題を解決するため、①「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有する」ワインを製造し、②「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体」を使用し、③「缶内の圧力が最小25psiとなるように、前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングする」などの方法により、上記課題を解決し、ワインの品質が保存中に著しく劣化しないという効果を実現しようとするものであると認められる。
なお、本件特許の請求項3は「前記ワインがさらに、250ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと、請求項4は「前記ワインがさらに、100ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと、請求項5は「前記ワインがさらに、30ppm未満の総ニトレートと、900ppm未満の総ホスフェートと、6g/リットル~9g/リットルの範囲の酒石酸として算出された酸性度とを有する」こと、請求項8は「クロージャーによるシーリング後の頭隙が、80~97%v/vの窒素と、2~20%v/vの二酸化炭素との組成を有する」こと、請求項9は「シーリング後の前記頭隙は大部分が二酸化炭素になる」ことを発明特定事項としているが、請求項1にはそのような特定はされていないので、そのような特定をすることなく本件発明に係る効果を奏することが前提とされていると考えられる。
(3)本件発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、特にワインの品質の劣化に関連すると考えられる上記(2)①、②について、対応する発明の詳細な説明の記載を検討する。
ア 上記(2)①(遊離SO2、塩化物及びスルフェートの濃度)について
上記(2)①(構成要件B)は、「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェート」を有するワインを製造するというものであるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記の構成に関し、「上述のようにして製造されたワインは、35ppm未満の遊離二酸化硫黄レベルと、250ppm未満の総二酸化硫黄レベルとを有する。酸、塩化物、ニトレート及びスルフェートを形成することができる陰イオンレベルは、規定の最大値未満である。」(段落【0032】)との記載が存在するにすぎない。このように、本件明細書の発明の詳細な説明には、ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術的な意義、本件発明の効果との関係、濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない。
次に、上記構成により本件発明の効果を実現できることが技術常識であったかどうかについて検討するに、まず、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」のうち、「遊離SO2」については、金属腐食性の強い物質であり、その含有量が低いほど金属缶入りワインの耐食性が向上することは当業者に周知の事項であるということができる(甲39、40、乙29)。
しかし、「塩化物」及び「スルフェート」については、アルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす因子であることは技術常識であったとしても、一方では、乙29文献の表2に、硫酸及び塩酸が「化学的/物理的安定性」については正の影響を与えることが示されているのであるから、ワインの品質の保持のためには、その濃度を高くすることも考え得るのであって、本件特許の出願日当時、本件発明の効果を実現するためにその濃度を低くすることが当然であるとの技術常識が存在したということはできない。
また、乙29文献の表2及び3によれば、ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分等は他に複数あるものと認められるところ(例えば、リンゴ酸、クエン酸、炭酸ガス、酸素、銅イオン、亜鉛イオンなど)、その中で「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の各成分の濃度を特定すれば、他の成分の濃度等を特定することなく本件発明の効果を実現できることが技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。むしろ、当業者であれば、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」以外の様々な成分等もアルミニウム缶にパッケージングされたワインの品質に影響を及ぼすと考えるのが通常であるということができる。
そうすると、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち、特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については、その濃度範囲を特定することの技術的な意義、本件発明の効果との関係、濃度の数値範囲の意義についての記載がないと、当業者は、特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ、本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。
イ 上記(2)②(耐食コーティング)について
上記(2)②の「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている」ことに関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「この缶のライニングも同様であり、典型的には、ホルムアルデヒドを基剤とする架橋剤と組み合わされたエポキシ樹脂である。…。典型的には、175mg/375ml缶が、適切な膜厚をもたらすことが判った。…良好に架橋された不透過性膜によって、保存中に過度のレベルのアルミニウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」(段落【0034】)と記載されている。同記載によれば、本件発明の「耐食コーティング」は、アルミニウム缶の内面に架橋剤及び熱硬化性の合成樹脂を含む液体状組成物をコーティングしてこれを熱硬化させて膜を形成するタイプに限られず、平板状のアルミニウムの板に腐食防止性を有するフィルムをラミネートした後、このフィルム付きの平板状のアルミニウムの板を缶に加工するというタイプも含むと解するのが相当である。
ところで、耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより、缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは、本件特許の出願日当時、当業者に周知であるということができる(乙34~36)。例えば、特開平7-232737号公開特許公報(乙36)には、「エポキシ系樹脂組成物を被覆した場合、ワイン系飲料に含まれる亜硫酸ガス(SO2)をはじめとするガスに対するガスバリヤー性が劣っており、かつフレーバー成分の収着性が高い。例えば、ワイン系飲料等を充填した場合、含有する亜硫酸ガス(SO2)が塗膜を通過して下地の金属面を腐食する虞があり、場合によっては内容物が漏洩することもある。この亜硫酸ガスは下地の金属と反応して硫化水素(H2S)を発生させるが、この硫化水素(H2S)は悪臭の主要因となるばかりでなく、飲料の品質保持のため必要な亜硫酸ガス(SO2)を消費するため飲料の品質を劣化させフレーバーを損なうこととなる。また、この樹脂組成物は飲料中のフレーバーを特徴付ける成分を収着しやすく、飲料用金属容器の内面に被覆するには官能的に充分満足のできるものではない。」(段落【0004】)、「一方、ビニル系樹脂組成物を被覆した場合、…エポキシ系樹脂組成物と同様に亜硫酸ガス(SO2)等に対するガスバリヤー性に乏しく、やはり腐食や漏洩の危険性及び官能的な問題がある。」(段落【0005】)との記載がある。これによれば、耐食コーティングに用いる材料や成分が、ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼすことは、本件特許の出願日当時の技術常識であったということができる。
上記のとおり、耐食コーティングに用いる材料の成分が、ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと、本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである。
この点、原告は、本件発明の課題は、ワイン中の遊離SO2、塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであり、耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。しかし、塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し、缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表、乙35の第2、3表等)、ワイン中の遊離SO2、塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすれば、コーティングの種類にかかわらず同様の効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
(4)以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明には、具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。そこで、本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて、以下検討する。
ア 本件明細書には、「パッケージングされたワインを、周囲条件下で6ヶ月間、30℃で6ヶ月間保存する。50%の缶を直立状態で、50%の缶を倒立状態で保存する。」(段落【0038】)との方法で試験が行われた旨の記載がある。しかし、本件明細書には、当該「パッケージングされたワイン」の「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度、その他の成分の濃度、耐食コーティングに用いる材料や成分等については何ら記載がなく、その記載からは、当該「パッケージングされたワイン」が本件発明に係るワインであることも確認できない。
イ また、本件明細書には、試験方法について、「製品を2ヶ月の間隔を置いて、Al、pH、°ブリックス(Brix)、頭隙酸素及び缶の目視検査に関してチェックする。…目視検査は、ラッカー状態、ラッカーの汚染、シーム状態を含む。…官能試験は、味覚パネルによる認識客観システムを用いる。」(段落【0039】)との記載がある。「頭隙酸素」については、乙29文献(4頁下から2行~末行)に「ヘッドスペースの酸素は、アルミニウムの放出に関して非常に重大である」との記載があるとおり、ワインの品質に大きな影響を与え得る因子であり、「官能試験」はワインの味質の検査であるから、いずれもその方法や結果は効果の有無を認識する上で重要である。しかし、本件明細書には、「頭隙酸素」のチェック結果や「目視検査」の結果についての記載はなく、「官能試験」についても「味覚パネルによる認識客観システム」についての説明や試験結果についての記載は存在しない。
ウ さらに、本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定した上でその濃度の範囲を規定するものであるから、比較試験を行わないと本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが、本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しない。このため、当業者は、本件発明で特定されている「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないかどうかを認識することができない。
加えて、耐食コーティングについては、試験で用いられたものが本件明細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく、まして、エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は、ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など、基本的な数値、条件等が開示されていないなど不十分のものであり、比較試験に関する記載も一切存在しない。また、当該試験の結果、所定の効果が得られるとしても、それが本件発明に係る「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度によるのか、それ以外の成分の影響によるのか、耐食コーティングの成分の影響によるのかなどの点について、当業者が認識することはできない。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は、本件発明の課題を解決できると認識するに足りる具体性、客観性を有するものではなく、その記載を参酌したとしても、当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。
オ この点、原告は、本件発明の特徴的な部分は、従来存在しなかった技術思想であり、「塩化物」等の濃度には臨界的な意義もないので、その裏付けとなる実験結果等の記載がないとしてもサポート要件には違反しないと主張する。
しかし、前記判示のとおり、特許請求の範囲に記載された構成の技術的な意義に関する本件明細書の記載は不十分であり、具体例の開示がなくても技術常識から所望の効果が生じることが当業者に明らかであるということはできない。また、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」に係る濃度については、その範囲が数値により限定されている以上、その範囲内において所望の効果が生じ、その範囲外の場合には同様の効果が得られないことを比較試験等に基づいて具体的に示す必要があるというべきである。
したがって、原告の上記主張は理由がない。
(5)以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるということはできないから、特許法36条6項1号に違反する。そして、この無効理由は、本件訂正によっても解消しない。
よって、本件発明に係る特許は、特許法123条1項4号により特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、特許法104条の3第1項により、本件発明に係る特許権を行使することができない。
3 争点(3)エ(実施可能要件違反)について
続いて、争点(3)エについて判断する。
(1)明細書の発明の詳細な説明の記載は、経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないから(特許法36条4項1号)、方法の発明については、当業者が、明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用することができる程度の記載があることを要する。
(2)そこで、検討するに、被告は、「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」の製造条件を当業者が想定することはできないと主張する。
確かに、本件明細書の段落【0016】~【0031】に記載されたブドウの栽培方法等に従った栽培を行うことにより「35ppm未満の遊離SO₂と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」が製造されるかどうかは明らかではない。また、本件明細書の段落【0015】に記載された「規定レベルよりも高いレベルの構成成分でワインを処理し、これらの構成成分を除去するか又はこれらの構成成分の含有率を本発明に必要となる含有率まで低下させる」方法も開示されていない。
しかし、同段落には、「本発明において、「ワイン」という用語は、極めて広範囲に使用され、この用語には…ミネラルウォーター及びフルーツジュースとブレンドされたワインが含まれる。」との記載があり、ワインとミネラルウォーター等をブレンドすることが示唆されているので、当業者であれば、こうした記載を参酌し、塩化物やスルフェートの含有率の低いミネラルウォーター、フルーツジュース又はワインとブレンドすることによって、塩化物やスルフェートの含有率を本件発明に必要となる含有率まで低下させることは可能であるというべきである。
したがって、「35ppm未満の遊離SO2と、300ppm未満の塩化物と、800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワイン」の製造条件を当業者が想定することが困難であるということはできない。
(3)他方、前記のとおり、乙29文献の表2及び3によれば、ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分は他に複数あるものと認められ、「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特定すれば、他の成分の濃度いかんにかかわらず本件発明の効果を実現できるという技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件発明に係る方法を使用するためには、本件明細書に「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に加えて、本件発明に係る「ワイン」に含まれ、効果に影響を及ぼし得るその他の成分の濃度等についても具体的に記載されていないと、当業者はどのような組成のワインが本件発明に係る効果を奏するかを確認することが困難であるが、本件明細書に記載された「試験」で使用されたワインの組成は「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度すら明らかではなく、他の成分の種類や濃度も何ら開示されていないことは前記判示のとおりである。
(4)また、耐食コーティングに用いる樹脂等の成分の違いにより、缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは前記のとおりであるところ、本件明細書には耐食コーティングの具体例として「エポキシ樹脂」が挙げられているのみで、他の種類のコーティングにおいても同様の効果を奏すると当業者が理解し得る記載は存在しない。また、そのような技術常識が本件特許の出願時に存在したと認めるに足りる証拠はない。
また、本件明細書に記載された「試験」で用いられた耐食コーティングの種類は明らかではなく、どのようなコーティングがワインの組成成分とあいまって本件発明に係る効果を奏するかを具体的に示す試験結果は存在しない。そうすると、当業者は、本件発明を実施するに当たって用いるべき耐食コーティングについても過度の試行錯誤することを要するというべきである。
(5)以上のとおり、本件発明に係るワインを製造することは困難ではないが、本件発明の効果に影響を及ぼし得る耐食コーティングの種類やワインの組成成分について、本件明細書の発明の詳細な説明には十分な開示がされているとはいい難いことに照らすと、本件明細書の発明の詳細の記載は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているということはできず、特許法36条4項1号に違反するというべきである。そして、この無効理由は、本件訂正によっても解消しない。
よって、本件発明に係る特許は、特許法123条1項4号により特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから、原告は、特許法104条の3第1項により、本件発明に係る特許権を行使することができない。
5.検討
(1)本件発明は、要は、アルミ缶にワインを詰めるための方法に関するものです。特許請求の範囲を読む限りは容器(コーティング含む)に工夫があるのではなく、ワインの成分にポイントがあるように思われます。
(2)本件は様々な非抵触主張及び無効主張が争われましたが、判決は無効主張のうち記載要件違反(サポート要件違反及び実施可能要件違反)を理由に特許は無効と判断しました。
(3)サポート要件違反に関して裁判所は、特許請求の範囲(請求項1)に記載された「遊離SO2」、「塩化物」及び「スルフェート」に関して、本件明細書の発明の詳細な説明には、ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」、「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術的な意義、本件発明の効果との関係、濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない、と認定しました。さらに「遊離SO2」に関しては証拠を基に含有量が低いほど金属缶入りワインの耐食性が向上することは周知であったと認定されましたが、「塩化物」及び「スルフェート」に関しては証拠を考慮しても出願当時に濃度が低い方がワインの品質保持に適しているという技術常識は存在しない、と認定しました。
(4)また、「耐食コーティング」に関しても耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより、缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは、本件特許の出願日当時、当業者に周知であるということができるので、本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである、としています。
(5)これらの無効理由の内容からすると、「耐食コーティング」は「エポキシ樹脂」であることを明記すればサポート要件違反が解消しそうです。もっともそのような訂正をすると被告方法イ号~ハ号はポリエステル膜がラミネートされる方法なので非抵触になってしまうと思われます。これに対して「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲に関しては訂正で対応するのは難しそうです。
(6)本件特許はオーストラリア出願を優先権の基礎出願とするもので、日本以外にも欧州や米国等に出願されています。これらのうち欧州は無効とされ、米国は放棄しています。特許は各国で独立とは言いますが、さすがにこの状況下において日本での権利行使は難しいように思います。
(7)なお、本件特許は無効審判においても無効と判断されていますが、本件の裁判所の判断との間には相違があります。無効審判ではサポート要件違反については認めていますが、実施可能要件違反に関しては認めていません。さらに無効審判では進歩性についても審理し、進歩性が欠如していると判断しています。
(8)ちなみにアルミ缶入りのワインを見たことがなかったのでググってみたところ、2008年10月21日付けの朝日新聞デジタルの記事に「アルミ缶入りワイン『バロークス』」に関する記事がありました。ただし、この記事を読むと「ワインのようにアルコール度数が高い飲み物を缶に詰めると、アルミもスチールも化学反応が起きてしまい、数カ月で腐食してしまう。しかしこの商品は、アルコールで化学反応を起こさない独自のコーティング剤で缶の内部を覆っているため、5年間の品質保持が可能だという」と書いてあるので、本件特許の技術的範囲の記載とはズレを感じます。