商品陳列フック用のカードケース事件

投稿日: 2019/10/07 0:18:03

今日は、平成28年(ワ)第12296号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。判決文によると、原告である扶桑産業株式会社は店舗什器等を製造・販売する株式会社、株式会社ソーグは店舗什器、ディスプレイ用品を販売等する株式会社だそうです。一方、被告であるアイリスオーヤマ株式会社はプラスチック製品等の各種製品を製造・販売等する株式会社だそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、要は、バーに取り付けられたフックに取り付けて、値札などを表示するカードケースの構造に関するもので、カードケースの表示部の背面に設けられた上保持部と下保持部の間に表示用フックの水平部が挟まれ、上保持部の切り開き溝に表示用フックの垂直部が嵌合されるとともに、上保持部と下保持部の間で表示用フックの水平部の角度を変更可能としたものです。

(2)抵触性の争点となったのは、構成要件Hの「平面視で上保持部13が嵌まる状態の抜き穴21が空いており」という点でした。被告の主張は、「嵌まる」とは抜き穴と上保持部が平面視において「ちょうどよく」「ぴったり」と合うという意味に解されるべきであり、上保持部と抜き穴の間の隙間は大きく、抜き穴の外周が上保持部の外周に沿うような関係にもない被告製品は構成要件Hを充足しない、というものでした。

(3)判決では、「「嵌まる」という言葉が、被告が主張するように、「ちょうどうまく入る」、「ぴったりと合って入る」との意味に用いられる場合があることは事実であるが、「嵌まる」という言葉自体が当然にそのような意味を持つとすれば、一般的に使われている「ぴったり嵌まる」、「うまく嵌まる」といった言葉は重複表現ということになってしまうし、「ボタンが嵌まる」、「溝に足が嵌まる」という言い方もあるように、「嵌まる」との言葉は、嵌まる部分と嵌められる物の形状が一致しない場合にも使用されている」等、述べ、「嵌まる」という言葉は、ある程度、幅のある概念である、と認定しました。その上で、被告製品は構成要件Hを充足する、と結論付けています。

(4)「嵌まる」という文言は通常は被告の主張するように「ぴったり」合うという意味で用いられる方が多いと思います。しかし、本件の場合、上保持部とし下保持部の抜き穴が「ぴったり」合うことに関する技術的意義がなく、一対の金型で製造できる、という効果にしても上保持部よりも抜き穴の方が大きければ一対の金型で製造することが不可能ではない、ということから「嵌まる」の意味を広く捉えられたと思います。

(5)しかし、この構成要件Hを補正により加えたこと理由がよくわかりませんでした。審査過程を読みましたが、拒絶理由通知書で挙げられていた引用文献の内容からすると、構成要件I及びJを追加したことで拒絶理由は解消していたと思われます。どうしても拒絶理由を一回で済ませたかったのでしょうか。

(6)「嵌まる」という文言の解釈に①辞書を用いる、②明細書内の定義を用いる、というのは理解できます。また、明細書に添付した図面や特許技術用語をまとめた辞典を用いることは、明細書に添付された図面には学術論文や設計図面ほどの正確さまでは求められていないことや特許技術用語が漢字の組み合わせによる造語であり技術者が日常的に用いる言葉ではないことをわきまえた上であれば、ぎりぎりアリだと思います。しかし、過去の特許・実用新案文献やその他文献に用いられた例を使用することは不適切だと思います。このような文献の記載を「嵌まる」という文言の拡大解釈の根拠に用いるということは、結局、過去の文献から「嵌まる」という文言を本来の正しい意味で用いていない例をピックアップして本来の正しい意味を崩すことになります。そうなると、特許請求の範囲に書いてある文言を当業者である技術者等が辞書を参考にしながら普通の感覚で読んだだけでは発明の範囲を把握することができなくなり、技術思想を言葉で表現するという特許制度そのものの信頼が揺らぎかねない、と思います。

(7)本件の場合は、判決文から得られる情報だけだと、大企業に製品を納めていた中小企業と、この製品を真似て自社製品として製造・販売した大企業との対立構造に見えてしまいます。さらに勘ぐれば、大企業は自社製品を販売開始後もこの中小企業の製品の購入・販売を継続することで中小企業からの不満を押さえていたように見えます。このような構造だと裁判所は、特許に少々粗があっても、被告の勝ちにしにくいでしょうから大企業にしたら訴訟ではなく和解で解決したかったのではないか?と思います。

2.手続の時系列の整理(特許第4012616号)

① 本件特許の出願人は株式会社ソーグでしたが、設定登録後、扶桑産業株式会社がその一部(共有持分2分の1)を取得し、2012年10月18日に特定承継により本件特許権の一部が移転されました。

3.本件発明

A 水平部4aの先端に上向きの垂直部4bを形成した棒状の表示用フック4に取付けられる合成樹脂製カードケース11であって、

B 前記表示用フック4の前方に配置される表示板12と、

C この表示板12の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4の垂直部4bに水平回転自在に嵌まる上保持部13と、

D 前記表示板12の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4における水平部4aの下面に位置する下保持部14とを備えており、

前記下保持部14は表示板12の背面のうち上保持部13の下方に設けられていて上下保持部13,14の間には前記表示用フック4の水平部4aを挟み得る間隔が空いており、

更に、前記上保持部13には、前記表示用フック4の垂直部4bに対してその軸線と直交した方向からの押し込みによって弾性に抗して嵌合させるための切り開き溝19が形成されている、という構成において、

前記上保持部13の切り開き溝19は平面視で表示板12の長手方向に沿った横向き方向に開口している一方、

前記下保持部14は平面視で上保持部13を囲う形状に形成されていてこのため平面視で上保持部13が嵌まる状態の抜き穴21が空いており、

前記上保持部13の下面と下保持部14の上面とのうちいずれか一方又は両方に、平面視で前記表示板12を表示用フック4の水平部4aに対して直交させた姿勢と左側及び右側に傾けた各姿勢において表示用フック4の水平部4aに選択的に係合してその姿勢を保持するストッパー部20,24が形成されており、

前記表示用フック4の水平部4aがストッパー部20,24を乗り越えることによって表示板12の平面視姿勢を変更することが許容されている、

K 棒状フック用のカードケース。


4.被告製品(被告製品目録から抜粋)

(1)構造の説明

A′:商品用フック(フック下段部)3と表示用フック(フック上段部)4とを有して一般に十手フックと呼ばれている2段式商品陳列用フック1における表示用フック4の先端部に取付けて、プライスカードを保持するのに使用される合成樹脂製のカードケース11′であり、

B′:前面が透明板16′で構成されていてプライスカードが上から差し込まれる表示板12′を備えており、使用状態では、表示板12′は、表示用フック4の前方に配置される、

C′:表示板12′の背面に、表示用フック4の垂直部4bに嵌まる上下開口の上部穴18′を有する上保持部13′が一体に形成されており、カードケース11′は、表示用フック4における垂直部4bの軸心回りに水平旋回可能である、

D′:表示板12′の背面のうち上保持部13′の下方部に、使用状態で表示用フック4における水平部4aの下面側に位置する下保持部14′が一体に形成されている、

E′:上保持部13′と下保持部14′との間には、表示用フック4の水平部4aを挟み得る間隔が空いている、

F′:上保持部13′には、表示用フック4の垂直部4bと直交した方向に開口した切り開き溝19′が、上部穴18′と連通した状態に形成されていて、上部穴18′と切り開き溝19′との接続部は、上部穴18′の内径よりも少し小さい寸法のくびれ部19″になっており、切り開き溝19′を表示用フック4の垂直部4bに嵌めて、上保持部13′を垂直部4bの軸線と直交した横方向から押し込むと、上保持部13′を、自身の弾性変形によって表示用フック4の垂直部4bに嵌合させることができる、

G′:上保持部13′の切り開き溝19′は、平面視で表示板12′の長手方向に沿った横向き方向に開口している、

H′:下保持部14′は、平面視で上保持部13′を外側から囲う形状に形成されていて、下保持部14′には、平面視で上保持部13′よりも大きい四角形の下部穴21′が上下に開口した状態に空いている

I′:上保持部13′の下面の前端部に、左右一対の下向き突起20′が形成されている一方、下保持部14′における上面のうち、正面視で左右中間位置を挟んだ左右両側に上向き突起24′が形成されている、

J′:上保持部13′が表示用フック4の垂直部4bに嵌まった状態で、下保持部14′の弾性に抗してカードケース11′を水平旋回させることが可能であり、表示用フック4の水平部4aが上下突起20′、24′を乗り越えることにより、表示板12′が、平面視で表示用フック4と直交した姿勢と、平面視で表示用フック4に対して右に傾斜した姿勢と、平面視で表示用フック4に対して左に傾斜した姿勢との3つの姿勢に変更可能である、

K′:という構成である商品陳列フック用のカードケース11′。

(2)図面


5.争点

(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Hの後半部分の充足性)(争点1)

(2)被告の特許権侵害による原告らの損害額(争点2)

6.当事者の主張

1 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Hの後半部分の充足性))

【原告らの主張】

(1)構成要件Hの「嵌まる」の意義

まず、「嵌まる」の字義は、一方の物が他方の物の内側に入る関係をいう広い概念で、被告がいうような「ちょうどよく」「ぴったり合う」態様に限定されるものではない。

また、本件明細書の【0011】に記載されている本件発明の効果(一対の金型の抜き違いによって上下保持部を製造できるというもの)を奏するためには、下保持部の内周の形状(=抜き穴の形状)が上保持部を囲う(下保持部の全体で上保持部が囲われる)ことが必要であるから、構成要件Hの前半部分の構成と後半部分の構成とは同じ態様を異なる視点で表現していることが明らかである。そして、この効果を奏するためには、平面視で上保持部が下保持部の内周(抜き穴)の内側に入る形状であれば必要にして十分なのであって、「隙間なくきっちり合う」といった関係は不要である。後半部分の「嵌まる」という文言は、このような構成要件Hの技術的意義に則して判断されるべきもので、下保持部の内周(抜き穴)が上保持部を内側に入れられる形状になっているとの意味で、それ以上に「ぴったり合う」限定など要しない。以上のように、構成要件Hの「嵌まる」は、下保持部が上保持部を囲う形状であることを明確にするために用いた文言であり、下保持部の内周の形状は、上保持部を囲う形状であれば、如何なる形状であってもよいのである。

本件明細書の図3や図9(A)にも、抜き穴21の内周と上保持部13との間に隙間が存在している状態が実施形態として明記されており、これらからもきっちり嵌まらない状態を排除していないことを理解できる。

以上より、構成要件Hの「嵌まる」とは、下保持部の内周(抜き穴)が上保持部を内側に入れられる形状になっていることを意味すると解すべきである。

(2)被告の主張について

被告の主張は、何の理由もなく構成要件Hを限定解釈するものであり、妥当でない。

被告は構成要件Cで使用されている「嵌まる」の文言と同様に解釈すべきであると主張するが、構成要件Cの「嵌まる」は、2つの部材を接触させて安定的に保持できる関係を表現する文脈で用いられているのに対し、構成要件Hの「嵌まる」は、上保持部と下保持部という離れた位置に成型され、接触することのない2つの部材の平面視による形状(一対の金型を密着・離反させるだけで製造できる形状)を表現する文脈で用いられているのであるから、文脈の違いによって「嵌まる」の意味が異なることに何の問題もない。

(3)被告製品の構成について

被告製品は、別紙「被告製品目録」の「4.構造の説明」のH′記載の構成を有するところ、下保持部14′が上保持部13′を外側から囲う形状に形成されると、下部穴21′は、必然的に、構成要件Hで特定した「抜き穴」と同様に、平面視で上保持部13′が嵌まる状態になる。

したがって、被告製品は、構成要件Hを充足し、本件発明の技術的範囲に属する。

【被告の主張】

(1)構成要件Hの「嵌まる」の意義

辞書類(乙3ないし8)・特許技術用語集(乙13)の定義や本件明細書の図面、他の公報(乙14ないし51等)にみられる使用例に照らせば、「嵌まる」とは、抜き穴と上保持部が平面視において「ちょうどよく」「ぴったり」と合うという意味に解されることは明らかである。このように、「嵌まる」という文言は一義的に意味が読み取れる以上、本件発明の技術的意義等を考慮してその意義を解釈する必要はないし、本件では上記意味とは別の意味に解釈しなければならない理由もない。

構成要件Cにも「嵌まる」という言葉がみられるところ、それはその文脈上、「表示用フック4の垂直部4b」と「上保持部13」が、文字通り嵌合する(隙間なくぴったりと合う)ことを意味していることは明らかである。

以上より、構成要件Hの「嵌まる」とは、抜き穴と上保持部が平面視において「ちょうどよく」「ぴったり」と合うという意味に解すべきである。

(2)原告らの主張について

ア 本件特許の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件Hの「嵌まる」という文言は、同構成要件の前半部分で記載されているような「下保持部と上保持部」との関係ではなく、「下保持部の抜き穴と上保持部」の関係を指して使用されている。

イ 原告らは本件明細書の図面の内容を指摘しているが、図3においては、ごく僅かな隙間はすべて均一の幅であり、下保持部の抜き穴の外周が上保持部の外周にぴったり沿うようになっている。

また、図9は、出願経過に照らせば、本件発明の実施例ではないというべきである。これが本件発明の実施例であるとしても、明細書では図9について抜き穴と上保持部との関係について一切言及も示唆もされておらず、これを考慮すべきでないし、これを考慮するとしても、上保持部と抜き穴の関係は、僅かな隙間を介して「ぴったり合う」という関係に収まっているから、図面における記載を考慮しても、前記(1)のように解釈すべきことは明らかである。

(3)被告製品の構成について

被告製品の上保持部と抜き穴との関係は、両者の間の隙間は大きく、抜き穴の外周が上保持部の外周に沿うような関係にもない。また、上保持部と抜き穴それぞれの縦方向の長さ(幅)も横方向の長さも異なっている。このように、被告製品においては、平面視で見た下保持部14′の下穴部21′の形状は、上保持部13′の形状と明らかに異なり、上保持部が抜き穴に「嵌まる」ことはないから、被告製品は構成要件Hを充足しない。したがって、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さない。

2 争点2(被告の特許権侵害による原告らの損害額)

【原告らの主張】

(1)原告ソーグによる特許法102条1項又は2項に基づく請求の可否原告ソーグは、原告扶桑産業から原告製品を買い取った上で、販売する(売り戻す)ことにより、本件特許権を実施していた。そして、原告ソーグは原告扶桑産業から、差込ホルダー(別紙「原告製品目録」の品名に「クイックホルダー」とあるもの。原告製品4、5)につき1個当たり1.5円、貼付プレート(同じく「クイックプレート」とあるもの。原告製品1ないし3)につき1個当たり0.8円の差益を収受していた。

以上のようにいえないとしても、原告製品の取引の実体は原告らの被告に対する共同販売であり、販売代金の原告ら間の按分の便法として、売戻形態を採用していただけであり、上記差益は本来、被告から原告ソーグに支払われるべき代金であった。現に、原告ソーグが被告に販売する原告製品を一時的に保管する場合もあった。

以上より、原告ソーグは販売(譲渡)という実施行為を行っていた。

したがって、原告らは、いずれも特許法102条1項又は2項に基づき損害の賠償を請求することができる。

(2)特許法102条1項に基づく原告らの損害額

ア 被告製品の販売数量

別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のA欄記載のとおりである。

イ 原告製品の販売単価

原告扶桑産業は、従前から、被告に対し、被告製品に対応する原告製品を販売していたところ、その販売単価は、別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のB欄記載のとおりである。

なお、30㎜幅の差込ホルダー及び55㎜幅の差込ホルダーは、過去に被告との取引実績がないので、それぞれ40㎜幅と60㎜幅の商品の単価に準じて算定すべきである。また、50㎜幅黒の差込ホルダーについては資料がないが、原告扶桑産業は被告に納品する差込ホルダーについてサイズの違いによって単価を異にする扱いはしていなかったので、60㎜幅黒の差込ホルダーの販売単価に準じるのが相当である。

ウ 原告製品の仕入単価

原告扶桑産業は、訴外有限会社アイピー技研に委託して製造された原告製品を、訴外伊藤忠プラスチック株式会社を経由して仕入れており、その仕入単価は、別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のC欄記載のとおりである。

なお、30㎜幅の差込ホルダー及び55㎜幅の差込ホルダーについては、前記アと同様に、それぞれ40㎜幅と60㎜幅の商品の単価に準じて算定すべきである。また、差込ホルダーにつき色の違いによって仕入値を異にしていなかったから、黒色商品の仕入単価は、その他の白色の商品の仕入単価と同額である。さらに、50㎜幅及び60㎜幅の貼付プレートについては資料がないが、原告扶桑産業は訴外伊藤忠プラスチック株式会社との間でサイズの違いによって単価を異にする扱いはしていなかったので、これらの商品の仕入単価は、40㎜幅及び45㎜幅の貼付プレートの仕入単価と同額である。

エ 原告ら間の配分

特許権の共有者が共同して取引を行っている場合、各共有者が逸失利益として請求できる損害額は、取引の実情に応じて、取引への関与の度合に応じて按分して認定されるべきである。本件では、被告との間の取引は専ら、原告扶桑産業の主導の下、原告扶桑産業の責任において行われているから、取引への関与の度合は原告扶桑産業の方が格段に高いのであり、このような実情に基づいて、原告らの間では、前述のとおり、差益の支払がされていた。したがって、原告ソーグの損害額はこの差益の額をもとに算定すべきであり(別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のF欄参照)、原告扶桑産業の損害額は原告らの利益額(同E欄参照)から原告ソーグの損害額を控除した額(同G欄参照)となる。

オ まとめ

以上を総合すると、各被告製品に対応する原告製品の被告に対する販売単価(別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のB)より原告製品の仕入単価(同C)を引いて得られる原告製品1個当たりの粗利(同D)に、各被告製品の販売数量(同A)を乗じれば、原告ら全体についての特許法102条1項に基づく損害額(同E)が得られる。そして、原告ソーグは、原告製品1個について1.5円又は0.8円の差益の支払を受けていたから、同Aに1.5円又は0.8円を乗じた金額が原告ソーグについての同項に基づく損害額となり(同F)、同Eから同Fを引いた金額が(同G)、原告扶桑産業の同項に基づく損害額ということになり、被告製品ごとに合計すると、同項に基づく損害額は、原告扶桑産業について(中略)円、原告ソーグについて(中略)円となる。

(3)特許法102条2項に基づく原告らの損害額

ア 被告製品の販売単価

別紙「原告ら特許法102条2項に基づく主張」の「平均販売単価㋒」欄記載のとおりである。

イ 被告製品の仕入単価

被告主張の仕入価格には高すぎるなどの疑問があるので、仕入単価は、別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のC欄記載の金額(別紙「原告らの特許法102条2項に基づく主張」の「仕入単価㋓」欄記載の金額)によるべきである。

ウ 被告製品の販売数量

別紙「原告らの特許法102条2項に基づく主張」の「販売数量㋑」欄記載のとおりである。

エ 原告ら間の配分

前記(2)エのとおりである。

オ まとめ

以上を総合すると、各被告製品の平均販売単価(別紙「原告らの特許法102条2項に基づく主張」の㋒)より仕入単価(同㋓)を引いて得られる被告製品1個当たりの利益(同㋔)に、各被告製品の販売数量(同㋑)を乗じた金額(同㋕)が、特許法102条2項に基づき原告らの受けた損害の額と推定される。そして、前記(2)のとおり、同㋑に1.5円又は0.8円を乗じた金額(同㋖)を原告ソーグに分配すべきであるから、これを同項に基づく原告ソーグの損害額とし、同㋕から同㋖を引いた金額が(同㋗)、原告扶桑産業の同項に基づく損害額であり、被告製品ごとに合計すると、同項に基づく損害額は、原告扶桑産業について(中略)円、原告ソーグについて(中略)円となる。

(4)被告の主張について(推定覆滅事由がないこと及び特許法102条1項ただし書の事由がないこと)

ア 被告は被告製品1、4、6及び10については、原告製品に相当するものがないことを指摘しているが、原告らは本件特許の出願後、毎月大量のカードケースを販売しており、どのような大きさ・色であっても、注文を受ければ提供できる体制にあった。したがって、原告らは、被告の侵害行為によって、潜在的な顧客を被告に不当に奪われて損害を被った。

イ 被告は被告製品の販売方法等を指摘しているが、被告の取引がすべてバンドル取引(売り場全体のアレンジメントや大型什器類に付随して被告製品が販売された取引)であったとは考えられないし、バンドル取引においても原告製品を組み込む需要があり、顧客との取引を維持するために侵害品である被告製品に置き換えたというべきである。他方で、原告扶桑産業は、原告製品を主に訴外オカムラや被告を通じ、小売量販店の店舗向けに販売しているほか、訴外万代や訴外サンリオの直営店等の量販店にも直接販売しているから、被告の侵害行為によって、原告製品の小売販売の機会も侵害された。

ウ 被告は代替品・競合品の存在や本件発明の技術的意義について主張するが、被告はドン・キホーテ等の主要ユーザーとの取引を維持するために原告製品を購入し、代替品等がなかったために侵害行為を行ったとみるべきである。被告は乙73ないし77を提出しているが、いずれも、本件特許(あるいは原告製品)の機能を備えていない。これに対し、原告製品は、いちいちカードを持ち上げることなく水平に回すワンタッチの操作だけでカードケースの向きを変更することができるなどの従来品にはない優れた点を有しており、店舗什器を扱う業者、内装工事業者及び店舗運営の現場で好評を得てきた。そして、被告は、ドン・キホーテの店舗内装を受注するに当たり、ドン・キホーテから原告製品を使用するよう指示されたため、原告扶桑産業と原告製品の取引をするようになったのである。このように、被告はユーザーの需要に応えるために原告製品を採用したのであるから、ユーザーは、向きを簡単に変更できて外れもしないという本件特許の技術的価値を認めていたというべきである。

被告は、平成23年9月、原告扶桑産業に対し、本件特許のライセンスを申し入れたが、原告扶桑産業がこれを拒否したところ、平成25年秋頃から原告製品の取引数量が減少し、同年12月以降、原告製品を購入しなくなった。この経緯を見ても、いかに原告製品と類似する製品が必要であったかを容易に首肯することができる。

エ 被告のその余の主張は否認し、争う。

オ 原告らは本件特許の出願後、今日に至るまで、被告製品よりも遥かに多数のカードケースを販売しており、どのようなユーザーの要請にも応える製造能力を有しているから、原告らに原告製品を販売できなかった事情など全く存在しない。また、本件では推定覆滅事由もない。

(5)特許法102条3項に基づく原告ソーグの損害(予備的主張)

ア 実施料相当損害金の額

仮に、原告ソーグの損害について、特許法102条1項又は2項に基づく主張が認められないとしても、原告ソーグは、被告に対して同条3項に基づく損害を請求することができる。そして、その実施料相当損害金の額は、前記原告扶桑産業から支払われていた差益(差込ホルダーにつき1個当たり1.5円、貼付プレートにつき1個当たり0.8円)の額を下らない。

イ 被告の主張について

被告は上記差益をもとに実施料相当損害金の額を算定すべきではないと主張するが、原告らの間には、本件特許のみでない深い付き合い等の特別の関係があるから、原告ソーグに支払われる差益が低額に収まっているのであり、特別の関係にない被告に対してライセンスするとしたら、実施料は当然高額になる。また、被告は元々原告製品を購入していながら、コスト低減という目的だけで侵害行為に走ったものであり、このような悪質な行為者に対しては、適法な取引がされる場合に得られたのよりも高い実施料を課すのが普通である。

したがって、本件においては、原告ソーグが適法な取引時に受けていた利益に相当する金額を実施料相当損害金として賠償請求できるというべきである。

(6)弁護士費用

原告らは、弁護士・弁理士に依頼して本件訴訟を提起せざるを得なくなり、判決の確定まで、弁護士費用及び弁理士費用として少なくとも原告扶桑産業が400万円、原告ソーグが30万円の支払が避けられない。これらは被告の不法行為に起因したものであるから、被告が負担すべきである。

【被告の主張】

(1)原告ソーグによる特許法102条1項又は2項に基づく請求の可否

原告ソーグが本件特許の実施行為を行っていたとの原告らの主張は否認し、争う。原告ソーグによる特許法102条1項又は2項に基づく請求には理由がない。

(2)被告製品の販売数量・販売金額、被告の経費額等

ア 被告製品の販売数量・販売金額

被告が被告製品を販売していたのは、平成25年2月から平成27月2月までであり、その販売数量及び販売金額は、別紙「被告の損害論における主張」の「販売数量」及び「販売金額」欄記載のとおりであった(これらに関する原告らの主張を認める。)。

イ 被告の経費及び限界利益額

被告の経費は製造原価と運賃であり、その金額は別紙「被告の損害論における主張」の「被告の経費額」記載のとおりである。販売価格からこれらを差し引いたものが被告の限界利益であり、その金額は同別紙の「被告の限界利益」欄記載のとおりである。

被告は被告製品を自ら設計・開発し、図面及び金型も所有して自ら製造しているが、製造の工程は外注先に製造委託していた。そして、製造原価には、製造委託費(材料費込み)と、被告における検査費、運搬費及び倉庫保管費が含まれている。

それらの被告製品1個当たりの金額は、それぞれ別紙「被告主張の被告製品1個当たりの経費額」の「製造委託費(材料費込)」欄及び「検査費+運搬費+倉庫保管費」欄記載のとおりであり、被告製品1個当たりの被告の限界利益は、同別紙の「被告の限界利益」欄記載のとおりである。

ウ 利益額等に関する原告らの主張に対する認否等

(ア)上記ア及びイの主張と一致する限度で原告らの主張を認めるほか、別紙「原告らの特許法102条1項に基づく主張」のB欄記載の販売単価の金額及び原告ら主張の方法で算定された粗利額が原告らの限界利益額となることについては、争わない。

原告らのその余の主張(原告の粗利額を含む。)は不知又は否認し、争う。

(イ)原告扶桑産業による特許法102条1項又は2項に基づく主張について

原告扶桑産業は原告ソーグと本件特許権を共有しているから、原告扶桑産業の損害となるのは、特許法102条1項又は2項に基づき算定される逸失利益の2分の1(原告扶桑産業の共有持分)にとどまるというべきである。

(ウ)原告ソーグの特許法102条3項に基づく主張について

原告ソーグが特許法102条3項に基づく請求をするに当たっては、過去の裁判例が考慮した諸要素から相当な実施料率を検討していくことが相当である。原告ら主張の差益は、特許権の共有者間という特殊な内部者間のやりとりによるものであって、独立した当事者間の交渉で決定されるようなフェアな金額からは離れている可能性が十分にあるから、上記差益をもとに実施料相当損害金の額を算定すべきではない。

そのような観点から検討すると、いわゆる業界相場等としては3%を上回ることはなく、本件発明の寄与度(5%)に加え、被告による販売力、営業努力、企業規模及びブランドイメージが被告製品の販売における最大の原動力となったことを考慮し、さらに原告ソーグの共有持分(2分の1)を踏まえると、相当な実施料率は0.025%(計算式:3%×5%×1/3×1/2=0.025%)を上回ることはない。

(3)推定覆滅事由

ア 原告らによる非販売製品

被告製品1、4、6及び10については、サイズ又はカラーが被告オリジナルのものであって、原告製品にこれに相当するものはない。したがって、仮に被告の侵害行為がなかったとしても、被告が原告らにカードケース製品を注文したということはなく、前記各製品(合計個数(中略)個)については、原告らが原告製品を販売できなかった事情があるというべきである。

イ 取引の実情に照らした現実の因果関係

(ア)被告製品の販売方法

被告が販売するカードケースの顧客層・需要者は、もっぱら小売店を運営する企業(エンドユーザー)に限られるところ、カードケースは、大半が、売り場全体の施工や大型什器類の組合せの中の付属品的な扱いで販売されている。そして、カードケースについては、こうした売り場全体のコーディネート・什器類の販売の中の、ごく一部のアイテムとして扱われることがほとんどであり、それ自体独立した取引商品として着目されたり、取引の動機付けとなったりすることは皆無といってよい。需要者は、被告から提案されるコンセプトやプランや予算が顧客の希望や必要に合致していることを理由に被告との取引を行うものであって、カードケースについては、被告が見積書の中にリストアップする商品をそのまま受け入れるだけである。

(イ)被告による販売力・営業努力・企業規模・ブランドイメージ

被告はグループ売上高3460億円であり、電器製品、日用品、収納用品、オフィス用品などその取扱商品の種類の多様さでは我が国でも有数といってよい。そのため、店舗用品に関しても、あらゆる種類の什器や内装用具、照明類、販促用品、オフィス家具といったあらゆる商品ラインナップを揃えることが可能であり、それゆえ小売業者というエンドユーザーに対し、売り場全体に必要な総合的な什器類の販売やプロデュースが可能となっている。

また、被告は、全国のホームセンター等の小売業者と取引があり、こうした小売業者との太い商業的な取引関係・結びつきが、小売業者をエンドユーザーとする什器類の販売や売り場のプロデュースに関する取引の獲得を可能としている。さらに、被告は全国的にCM展開を行っており、プロ野球のメインスポンサーとなっているなど、一定の高いブランドイメージを保有・維持している。

被告が、売り場プロデュースの業務を受注し、什器類の販売を行い、その一部としてカードケースを販売しているという事実には、上記のような、被告の販売力やブランドイメージが大きく貢献しているほか、小売業者との間で構築された太い商業上の取引関係がある。

(ウ)以上より、仮に被告がカードケースたる被告製品の販売をしなかったとしても、被告の顧客は、強固なコネクションがある被告との取引をやめるという動機付けが生じる可能性は皆無といってよく、被告の顧客がカードケースだけ、あえて原告らに注文して原告製品を購入するという行動に出たという可能性も皆無であった。

実際、平成26年、バンドル取引による売上を除く売上は、わずか被告製品の全販売高の0.91%であった。他方で、原告らは、被告が行っているような、カードケースと他の什器類を組み合わせたエンドユーザーたる小売店とのバンドル取引は行っていない。

よって、仮に被告が被告製品を販売していなかったとしても、以上の理由から、被告製品のうち99.09%は、原告らが販売できなかった事情があるというべきである。

ウ 代替品・競合品の存在

カードケースについては、原告製品、被告製品のほか、市場に競合品が多く存在し(乙67ないし72)、少なくとも5社以上の競合他社が存在することを考えれば、カードケース市場における原告らのシェアは、被告を除いてもせいぜい20%程度と考えられる。

したがって、仮に被告が被告製品を販売しなかったとしても、そのうちの80%については、原告らがこれを販売できなかった事情があるというべきである。

エ 本件特許にかかる技術の被告製品における位置付け

(ア)本件発明の技術的意義

以上の商業的観点に加え、技術的観点からも、被告製品の販売に対する本件発明の技術的意義が寄与する程度は低い。すなわち、本件明細書に「発明の奏する効果」として記載されていることのうち、カード保持部を左右方向に向きを変えることができるという点については、乙73ないし77等の先行技術に多く見られるありふれた技術にすぎない。カードケースが、偶力を利用して簡単に水平回転させることができるという点も、乙77に見られるものであって、公知の技術にすぎない。

また、先行技術においてはそれぞれ何らかの工夫でカードケースが簡単に抜け落ちることがないよう工夫されており、カードホルダーが小売店で使用されるという性質上、そのような工夫をすることはごく当然のことである。

現在における現実の市場について見ても、カードケースを簡単に水平回転できるカードケースは珍しくない(乙67ないし70)し、いずれもカードケースが簡単に抜け落ちることがないよう工夫がなされている。

(イ)本件発明の寄与度

結局、同種の公知の技術に比べ進歩性が認められる本件発明の技術的メリットは、「型抜きは容易であり、カードケースを簡単に製造できるという」という点に尽きる。

しかしながら、この技術的メリットは、カードホルダーを製造するにあたって、その製造工程を若干省略できるという程度に過ぎず、本件発明の実施者が具体的な利益の増加という形で現実に受けるメリットはごく僅かである。

この点を最大限考慮したとしても、本件発明の被告の利益に対する寄与度は5%もないといってよい。

(4)特許法102条1項ただし書の事由

前記(3)ア記載の事情を踏まえると、被告製品1、4、6及び10の販売個数である(中略)個については、原告らが原告製品を販売できなかった事情があるというべきである。

また、前記(3)イないしエで述べた各事情は、いずれも特許法102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」となる。

(5)推定覆滅事由等に関する原告らの主張について

原告らの主張は不知又は否認ないし争う。

なお、被告が被告製品を第三者に製造委託するようになったのは、原告扶桑産業の卸売価格が高いと感じるようになり、コスト改善の必要があったためである。被告は価格さえ合えば原告扶桑産業との取引を行わない理由はなかったため、平成25年12月に価格交渉をして見積の依頼を行ったが、原告扶桑産業から見積が出されないまま時間が経過してしまったため、原告製品の購入を見送らざるを得なかったのである。

また、被告はモデルチェンジをした製品の品質や性能を理由にドン・キホーテから苦情を言われたことはなく、逆にドン・キホーテとの取引は以前にも増して増加している。

7.裁判所の判断

1 本件発明の技術的意義について

-省略-

2 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Hの後半部分の充足性))について

(1)構成要件Hの「嵌まる」の意義について

ア 構成要件Hは、「前記下保持部14は平面視で上保持部13を囲う形状に形成されていてこのため平面視で上保持部13が嵌まる状態の抜き穴21が空いており、」というものである。このうち、前半部分の「下保持部が平面視で上保持部を囲う形状に形成されている」という構成については、結論として被告製品がこれを充足することは当事者間に争いがない。他方で、構成要件Hの後半部分の「平面視で上保持部が嵌まる状態の抜き穴が空いている」という構成について、被告は被告製品がこれを充足することを争っており、当事者間で「嵌まる」(状態)という文言の意義が争われている。そこで、構成要件Hの「嵌まる」の意義について検討する。

イ 「嵌まる」という言葉の一般的な意義について

(ア)まず、当事者間で「嵌まる」という言葉の一般的な意義が争いとなっており、被告は本件特許の特許請求の範囲(構成要件H)の「嵌まる」という文言は一義的に意味が読み取れると主張する。

(イ)確かに、「嵌まる」の意義について、乙3ないし6の辞典には、「ぴったりと合ってはいる。ちょうどうまくはいる。」など、一見すると、被告の主張に沿う記載がみられる

また、「隙間なく嵌めること」という意味を有する「密嵌」という言葉があるように(乙13の159頁)、何かが何かに隙間なく入っていることを「嵌まる」と表現することもあると認められる。

しかし、乙6には「嵌まる」の意味として「ぴったり合ってはいる」と記載されつつ、その具体例として、「穴・枠・溝などの内側に物がはいる」ことが挙げられており、穴等とそこに入る物が完全に同じ大きさだと、物が入らないから、その記載は、隙間があっても「嵌まる」と表現する場合があることを示しているといえる

また、「遊びがある状態に嵌めること」とか、「嵌めたものと嵌められたものとの間に間隔があること」という意味を有する「遊嵌」という言葉があるように、遊び(間隔)がある場合であっても、「嵌まる」とか「嵌め込む」と表現する場合もみられる(甲10、14、17、乙13の162頁)。

さらに、次のとおり、特許や実用新案の公報において、隙間(間隔)や、遊び、余裕がみられる場合にも「嵌まる」という文言が用いられる場合がみられる。

a 甲11

円盤の案内機構において、案内部材(1)の案内溝(3)に「嵌まる」固定ピン(4)を備える考案が記載されているが、その固定ピンに案内溝を沿わせて案内部材を移動させることが予定されているから(請求項1)、短手方向においても、固定ピンと案内溝とが完全にぴったりと合っているわけではなく、両者の間には多少の隙間があることが前提になっていると解されるし、当然、移動方向(長手方向)には案内部材を移動させられる隙間が設けられている。

b 甲12

管状支柱の立設装置において、芯金ブロックを管状支柱に緩く「嵌まる」余裕のある大きさに形成することが記載されており、芯金ブロックが管状支柱の中で移動することが予定されているから(請求項1)、管状ブロックと管状支柱とがぴったりと合っているわけではなく、両者の間には余裕がある(図2も参照)。

なお、被告は甲12の段落【0012】の内容を指摘しているが、これは管状支柱の各内側面に一対ずつ突設されているビスポケットに支持芯が接合される場合を記載したものにすぎず、上記請求項1の芯金ブロックの形成方法について直接記載したものではないから、被告の指摘によって上記認定は左右されない。

c 甲13

足首に遊びをもった状態に「嵌め込める」馬蹄形状の針金によって形成される足首用リングの考案が記載されており(請求項1)、この考案は、足首の激しい運動にも耐え、足首の皮膚を傷付けないことなどを目的としている(【0004】)。したがって、このリングと足首とがぴったりと合っているわけではなく、両者の間には遊びがあるにもかかわらず、「嵌め込める」と表現している。

(ウ)検討するに、「嵌まる」という言葉が、被告が主張するように、「ちょうどうまく入る」、「ぴったりと合って入る」との意味に用いられる場合があることは事実であるが、「嵌まる」という言葉自体が当然にそのような意味を持つとすれば、一般的に使われている「ぴったり嵌まる」、「うまく嵌まる」といった言葉は重複表現ということになってしまうし、「ボタンが嵌まる」、「溝に足が嵌まる」という言い方もあるように、「嵌まる」との言葉は、嵌まる部分と嵌められる物の形状が一致しない場合にも使用されている

前記(イ)で検討した登録実用新案公報等の記載においても、「嵌まる」、「嵌める」との言葉は、隙間(間隔)や、遊び、余裕がある場合に用いられることもあると認められ、「嵌まる」という言葉は、ある程度、幅のある概念というべきである

そうすると、本件特許の構成要件Hの「嵌まる」という文言から、上保持部13と下保持部14の抜き穴の形状又はその関係が一義的に定まるとの被告の主張を採用することはできず、構成要件Hの「嵌まる」という文言の意義については、本件特許の願書に添付した明細書の記載及び図面も考慮して、解釈する必要がある(特許法70条2項)。

ウ 本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の内容

(ア)まず、本件特許の特許請求の範囲によれば、構成要件Hの後半部分には、「抜き穴21」の説明として、平面視で上保持部が「嵌まる」状態にあるということが記載されていることが読み取れるものの、その「嵌まる」という文言の意義については何ら説明されていない。なお、構成要件Hの前半部分では、下保持部が平面視で上保持部を囲う形状に形成されているということが記載されており、これと「嵌まる」という文言が用いられている後半部分とは「このため」という接続詞でつながれているが、前半部分の「囲う形状に形成されて」いるということの具体的な意味が明記されているわけではないから、前半部分の記載を踏まえても、後半部分の「嵌まる」という文言の意義が明確になるわけではない。

また、本件明細書の【発明の詳細な説明】を見ると、構成要件Hに関する記載が【0011】及び【0018】にあるものの、そこには構成要件Hに係る構成を採用した理由が記載されているだけで、「嵌まる」という文言の意義が記載されているわけではない。

(イ)もっとも、本件明細書の図面のうち、本件発明の実施形態を示した図3、図7(B)及び図8(A)(【0012】)には、カードケースを平面視で上側から見た図面に「抜き穴21」及び「上保持部13」が図示されているところ、そのいずれの図面でも、「抜き穴21」と「上保持部13」とがぴったりと隙間なく図示されてはおらず、その間に隙間が描かれている。

また、図9が本件発明の実施形態を示したものか当事者間に争いがあるものの、本件明細書の【0025】や【図面の簡単な説明】で図9が本件発明の実施形態と説明されていることに加え、後記オ(イ)で判示するとおり、図9が補正の過程で変更・削除されることなく図面として残されたこと(乙11)に照らせば、図9は本件発明の実施形態を示したものと認めるのが相当である。そして、図9(A)には「21」という番号が明示されていないものの、これは図7(A)と同じく、表示用フック(4a)を図示したためであると認められ、また明細書で図9の説明として構成要件Hに直接触れられていないものの、その図面の内容に照らせば、「14」と明示されている下保持部の内側の線の内部が「抜き穴21」に相当すると考えられる。そして、この図面からは、「抜き穴」と「上保持部13」との間に上記図3における隙間よりも広い隙間が形成されていることや、上保持部の外周の形状と抜き穴の形状とが完全に同じでなくてもよいことを読み取ることができる

エ 構成要件Hに係る構成の技術的意義

本件発明の技術的意義は前記1で認定したとおりであり、このうち構成要件Hに係る構成の技術的意義は、本件明細書の【0011】及び【0018】に記載されているとおり、カードケースを射出成形法によって製造するに際し、一対の金型を密着・離反させるだけで簡単に製造できるようにする(すなわち、一対の金型の抜き違いによって上下保持部13、14を製造できるようにする)というものである。

これは結局、金型を使用してカードケースを簡単に製造できる方法を見出したというものであり、このような技術的意義との関係では、抜き穴と上保持部とは一対の金型を密着・離反(抜き違い)させるだけで製造できる形状であれば足り、金型を使用してカードケースを製造する場合の金型の設計や金型の使用方法を考えると、「抜き穴」の大きさが「上保持部」の大きさより大きくても、一対の金型を密着・離反させるだけで簡単にカードケースを製造できるものと認められる

したがって、「抜き穴」と「上保持部」とが平面視で見た際にぴったりと隙間なく合っている必要まではなく、両者の間に隙間(間隔)や、遊び、余裕があっても上述した作用効果を奏すると認められる。

オ 被告の主張について

(ア)上保持部と抜き穴の形状について

まず、構成要件Hの後半部分が、下保持部に形成された「抜き穴」と「上保持部」との関係を問題としていることは被告主張のとおりと考えられる。

もっとも、被告はこれらの形状が同じであるべきという前提で主張しているが、被告が提出している辞書等によっても、嵌まる部分と嵌められる物の形状がある程度類似している必要があるとはいえても、完全に同じでなければならないとまで認めることはできない。そして、本件特許の特許請求の範囲や明細書に抜き穴や上保持部の形状を一定のものに限定する記載はみられず、図面の内容からもこれらの形状が一定のものに限定されるべきとはいえないし、本件発明又は構成要件Hに係る構成の技術的意義に照らしても、被告主張のように解すべきとはいえない。

(イ)本件明細書の図面について

a 図9は本件発明の実施例か

被告は、本件発明の出願経過に照らし、図9は本件発明の実施例でないと主張する。そこで、本件発明の出願経過について検討すると、乙9ないし12、52及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(a)原告ソーグが特許庁に提出した本件特許の当初の願書(乙52の1)に添付された明細書の特許請求の範囲(請求項1、2)には、構成要件Hに係る構成は含まれていなかった。また、その願書に添付された図面(乙52の4)には、図1ないし13が添付されており、図9は本件明細書(特許登録時のもの)の図9と同じ図面であったほか、図10は本件明細書には添付されていない図面であった。

(b)原告ソーグは、平成12年12月25日、特許庁長官に対し、本件特許の明細書を変更する手続補正書(乙9)を提出した。この補正では特許請求の範囲の請求項が2つから5つに増やされ、補正後の特許請求の範囲の請求項5には、「前記下保持部14、平面視で上保持部13を囲う状態に形成している」棒状フックに取付けるカードケースに係る発明が記載されていたが、いずれの請求項にも構成要件Hの後半部分に係る構成は含まれていなかった。

(c)特許庁審査官は、平成19年5月10日付けで、本件特許について拒絶理由通知をした(乙10)。その理由は、上記補正後の請求項1ないし5に係る発明は、進歩性が欠如しているから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものであり、備考欄において、請求項5の「前記下保持部14を、平面視で上保持部13を囲う状態に形成している」という記載について、上記補正後の明細書の【0033】(本件明細書の【0018】に相当する段落)のような作用効果を奏するものとは認められないことが記載されていた。

(d)原告ソーグは、平成19年7月12日、特許庁長官に対し、本件特許の明細書を変更する手続補正書(乙11)を提出した。この補正では、特許請求の範囲が本件特許の設定登録時のもの(前記第2の1(3)参照)と同じ内容に補正され、この際に、特許請求の範囲に構成要件Hの後半部分に係る構成が含まれるに至ったほか、図面についても補正され、当初あった図10ないし12が変更されるとともに、図13が削除された(実質的には、当初あった図10が削除されたことになる。)。

また、原告ソーグは、同日、特許庁審査官に対し、意見書(乙12)を提出し、上記図面の変更・削除について、「特許請求の範囲の減縮に伴って当初の図10が実施形態でなくなったため、当初の図10は削除して後続の図の図番を繰り上げる補正を行いました。」と説明した。また、特許請求の範囲に構成要件Hに係る構成を追加する補正をしたことに関し、この補正事項は当初から【0018】(平成12年12月25日の1回目の補正後の明細書の【0033】)に開示されていたと説明した。

(e)その後、本件特許について特許査定がされた。

b 以上の認定事実によれば、構成要件Hの後半部分に係る構成は、平成19年7月12日の2回目の補正によって初めて特許請求の範囲に含まれるに至ったところ、この補正の際に発明の実施形態でなくなったとして当初あった図10が削除された一方で、図9については削除等されることなくそのまま維持されたと認められる。

したがって、本件明細書の図9(A)は本件発明の実施形態を示したものと認めるのが相当である。

c 図3及び図9の評価

図9から何を読み取ることができるかは前述したとおりであり、被告は図3及び図9を自らの主張の根拠になる旨主張するが、これらの図面の内容は、抜き穴と上保持部が平面視において「ちょうどよく」「ぴったりと」合っているものでないことは明らかであり、被告主張の根拠になるとはいえない。

また、特許請求の範囲に構成要件Hの後半部分に係る構成を追加する補正の根拠とされたのは補正前の明細書の【0033】(本件特許の設定登録時の【0018】)の記載であり、そこでは図3が引用されているが、【発明の実施形態】の説明にすぎないことを踏まえると、抜き穴と上保持部との間の隙間が図3のような形状のものに限られたり、隙間がこれらの図面と同程度のものに限られたりすると解することはできない。以上のことは、図9にも同じく妥当すると解される。

(ウ)被告提出の証拠について

被告は、技術的な用語の辞典として、乙7、8及び13を提出している。しかし、乙8ははめ合わされた2つの部品が接触していることを前提としたものであり、構成要件Hの「嵌まる」の解釈に当たって直接参照すべきものとはいえないが、これを措くとしても、「はめ合わされた部品間の動作の円滑さ、保持機能などのはめ合い機能は、両部品の寸法のわずかな差によって著しく変化する。」などと記載されているから、これは両部品がぴったり合っていない場合もあることを前提としている。また、乙13には「遊嵌」という言葉が掲載される一方で、「密嵌」(隙間なく嵌めること)という言葉も掲載されているから、これは「嵌まる」という言葉が当然に、隙間(間隔)や、遊び、余裕がない場合に用いられるわけではないことを示していることは前述のとおりである。そして、被告が提出する他の証拠の内容に照らせば、その証拠によって前記認定は左右されないというべきである。

また、被告は他の公報(乙14ないし51等)における「嵌まる」などの文言の使用例を引用しているが、前記認定のとおり、「嵌まる」という言葉の一般的な意味が被告主張のものに限られない上に、前記認定のとおり、原告らが引用する公報においては原告らの主張に沿う使用例も見られるから、被告が引用する公報の存在によっても、前記認定は左右されない。

(エ)構成要件Cの「嵌まる」の意義について

a 被告も指摘するとおり、構成要件Cにも「嵌まる」という文言がみられるが、ここで「嵌まる」という文言によって表現しようとしていることは、構成要件Hが「嵌まる(状態)」という文言で表現しようとしていることと異なっている。

すなわち、構成要件Cは、「この表示板12の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4の垂直部4bに水平回転自在に嵌まる上保持部13と、」というもので、上保持部13が表示用フックの垂直部4bに水平回転自在に「嵌まる」ものであることを記載したものであるが、構成要件F及び本件明細書の【0015】によると、上保持部には中心穴及び切り開き溝が形成されており、上記垂直部を切り開き溝に押し込むことによって、垂直部を中心穴の場所に位置させ、それによって垂直部を上保持部に嵌める(嵌合させる)ものとされている。また、上保持部は、表示用フックの垂直部との間に多少の摩擦が生じるように設定しても良いし、摩擦なしに水平回転させ得る状態に設定しても良い(ストッパー部を設けると後者が好適である)とされている(【0017】)。そして、そのような構成とすることによって、表示用フックに取り付けたカードケースを、表示用フックの垂直部の軸心回りに回転させることができるものとされている(【0015】)。

以上のように、構成要件Cでは、上保持部(の中心穴)と垂直部とが物理的に接触することを前提として「嵌まる」という文言が使用されている。これに対し、構成要件Hは、あくまでも立体視では異なる場所にある抜き穴と上保持部とが「平面視で…嵌まる状態」にあるということを記載したものであり、両者が物理的には接触していないことを前提に、上保持部と下保持部の中にある抜き穴が平面視でどのような関係にあるかを記載したものにすぎず、構成要件Cが「嵌まる」という文言で表現しようとしていることとは大きく異なっている。

b また、本件明細書の図3、図7ないし9では、上保持部13に形成された中心穴18と表示用フックの垂直部4bとの間には隙間が図示されていないところ、これは前記認定の上保持部と抜き穴との間に隙間が図示されていることとも異なっている。

c 以上のことに加え、前述のとおり「嵌まる」という言葉は幅のある概念であることを踏まえると、構成要件Hの「嵌まる」という文言を構成要件Cの「嵌まる」と同じに解すべきとの被告の主張は採用できない。

カ 構成要件Hの「嵌まる」の解釈

「嵌まる」という言葉は、前記イで判示したとおり、一般的な意義としてある程度、幅のある概念であるところ、前記ウで認定した本件明細書の図3及び図9の内容に加え、前記エにおいて判示した構成要件Hに係る構成の技術的意義等に照らせば、構成要件Hの「嵌まる」とは、平面視で「抜き穴21」と「上保持部13」とがぴったりと隙間なく合っている必要はなく、「抜き穴21」の大きさが「上保持部13」の大きさよりも大きく、平面視で両者の間に隙間(間隔)や、遊び、余裕がある場合を含むものと解するのが相当である

他方、平面視で「上保持部13」の方が「抜き穴21」よりも大きい場合には、構成要件Hの「嵌まる」には当たらないというべきであるし、「上保持部13が入る」、あるいは「上保持部13が収まる」といった言葉ではなく、あえて「嵌まる」という言葉が使われており、その技術的意義は、一対の金型の抜き違いによって上下保持部13、14を製造できるようにすることにあると説明されていることからすると、「抜き穴」の大きさが「上保持部」よりも相当大きいような場合や、それらの形状が大きく異なるような場合は、構成要件Hの「嵌まる」には当たらないというべきであり、同構成要件を充足するためには、「上保持部」が全体として「抜き穴」を囲う形状に形成されていることに加え、「抜き穴」の大きさが「上保持部」よりも若干大きい程度であり、形状もある程度類似していることが必要であると解するのが相当である(この限度で原告らの「嵌まる」の解釈に関する主張は広範に過ぎ、採用することはできない。)。

(2)被告製品へのあてはめ

被告製品の下部穴21′は上保持部13′よりも大きいが(構成H′)、別紙「被告製品目録」の「2.図面」の図4及び図5によれば、下穴部21′と上保持部13′との間の隙間は、上保持部13′の上部穴18′や切り開き溝19′を除いた部分の厚みと比べても、特別広いわけではなく、下部穴21′の大きさが上保持部13′よりも若干大きいものにとどまっていると認められる。また、下部穴21′の形状は四角形であるのに対し、上保持部の外形は本件明細書の図9(A)の上保持部13の形状と類似した形状であり、それらの形状はある程度類似しているといえる。

したがって、被告製品においては、下穴部21′が平面視で上保持部13′が嵌まる状態に形成されていると認めることができるから、構成要件Hを充足する。そして、被告製品が構成要件AないしG及びIないしKを充足することについては当事者間に争いがないから、被告製品は本件発明の技術的範囲に属することとなる。

(3)以上より、被告が製造委託して製造された被告製品を販売した行為は本件特許権を侵害するものであるところ、被告には過失があったものと推定されるから(特許法103条)、被告は本件特許権の特許権者である原告らに対して不法行為に基づく損害賠償責任を負うことになる。

3 争点2(被告の特許権侵害による原告らの損害額)について

(1)特許法102条の適用関係

原告らは、本件特許権の共有者である原告扶桑産業及び原告ソーグのそれぞれについて、特許法102条1項、2項、3項がいずれも適用される旨を主張し、被告は、原告扶桑産業についてはこれを争っていないが、原告ソーグについては、同条1項、2項の適用を争っている

イ そこで検討するに、まず、特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、同項本文において、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者の実施能力の限度で損害額と推定し、同項ただし書において、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、従前オールオアナッシング的な認定にならざるを得なかったことから、より柔軟な損害の認定を目的とする規定であり、同項の文言及び上記趣旨に照らせば、同項が適用されるためには、特許権者は、侵害行為によってその販売数量に影響を受ける製品、すなわち、侵害品と市場において競合関係に立つ製品を販売していることが必要であると解すべきである(知財高裁平成27年11月19日判決・判タ1425号179頁等)。

ウ また、特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害により特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らし、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定であって、損害額の立証の困難性を軽減する趣旨で設けられた規定であるから、同項を適用するための要件を、殊更厳格なものとすべきものではないが、少なくとも、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば、侵害者が受けた利益に対応する利益が得られたであろうという事情が存在することは、同項適用の前提として必要というべきである(知財高裁平成25年2月1日判決・判タ1388号77頁等)。

エ 原告ソーグについて、上記イ及びウで検討した事情が認められるかにつき検討するに、まず、原告らは、原告ソーグが原告扶桑産業との間で原告製品を売り戻すことによって、本件特許を実施していたと主張するが、原告ら主張の事実を認めるに足りる契約書等の証拠は見当たらない。この点につき、原告らは甲34及び35を提出しているが、被告の特許権侵害行為が終了した後に作成されたものである上に、「掛売」又は「預売」の対象物は不明であることに加え、原告らが訴状において、原告ソーグが原告製品の原材料を原告扶桑産業から購入し、再販売していたと上記主張とは異なる主張をしていたこと(訴状の16頁最終行から17頁の1行目)を踏まえると、甲34及び35によって原告らの上記主張を認めることはできず、その他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

次に、原告らは、原告製品の取引の実体は原告らの被告に対する共同販売であるとも主張するが、法的にみて原告ソーグが原告製品を被告に対して販売していたということはできず、特許の実施行為である「譲渡」(特許法2条3項1号)をしたと解することもできない

そうすると、原告ソーグについて前記イ及びウで検討したような事情があることを基礎付ける主張立証がされたとはいえないから、原告ソーグには特許法102条1項及び2項は適用されず、同条3項のみが適用されるといわざるを得ない。

オ 以上によれば、本件の事案は、原告扶桑産業と原告ソーグが本件特許権を共有しているところ(持分各2分の1)、原告扶桑産業が実施品である原告製品を被告に販売して販売による利益を得ていたのに対し、原告ソーグは、原告製品の販売による利益を得るのではなく、原告製品の販売数に応じた金員を原告扶桑産業から得ていたというものであるから、以下においては、原告扶桑産業について特許法102条1項及び2項に基づく損害額を、原告ソーグについて同条3項に基づく損害額を、それぞれ算定することにする

(2)原告扶桑産業の損害額

ア まず、特許法102条2項に基づく損害額から検討する。被告が本件特許権の侵害行為により受けた利益の額は、次のとおりと認められる。

(ア)被告製品の販売数量及び販売金額

別紙「被告の損害論における主張」の「販売数量」及び「販売金額」欄記載のとおりであることについて、当事者間に争いがない。

(イ)被告の経費

a まず、被告が経費として主張する製造委託費、検査費等は、いずれも侵害者である被告において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費に当たると認められるから、被告の利益額を算定するに当たり、上記販売金額からこれらの経費の金額を控除すべきである。

b そして、乙53、56ないし61及び弁論の全趣旨によれば、製造委託費(樹脂やプレートの材料代、プレートの組付費用を含み、金型の作成費用は含まない。)、検査費等として、別紙「被告の損害論における主張」の「被告の経費額」欄記載の経費を支出したと認められる。

c 原告らは、被告主張の仕入価格には高すぎるなどの疑問があると主張して、被告主張の経費のうち「製造委託費」の金額を争っている。

しかし、この主張は特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額の算定の問題に関連する主張であるが、そもそもその利益の額(限界利益の額)の主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきであるから(知財高裁令和元年6月7日判決・最高裁ウェブサイト)、そのような観点から検討すると、原告らは原告製品の製造販売に係る経費と対比をするのみで、被告製品の製造販売に係る経費について具体的な立証をしているわけではない。

他方、被告製品の製造委託先は、被告と資本関係にあるわけではなく(乙62、弁論の全趣旨)、被告の主張する製品1個当たりの製造委託費は、別紙「被告主張の被告製品1個当たりの経費額」の「製造委託費(材料費込)」欄記載のとおりであるところ、その金額には一定の裏付け(乙56ないし61)がある。したがって、原告らの上記指摘によって前記認定は左右されず、下記(ウ)で認定する金額を超える利益が被告に生じていたことを認めることはできない。

(ウ)被告の利益額

以上によれば、被告が本件特許権の侵害行為により受けた利益の額は、別紙「被告の損害論における主張」の「被告の限界利益」欄記載のとおり、合計(中略)円と認められる。

イ 推定覆滅事由の有無

(ア)特許法102条2項における推定の覆滅については、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解され、例えば、①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、②市場における競合品の存在、③侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、④侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、考慮することができるものと解される(前掲知財高裁令和元年6月7日判決)。

(イ)後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

a 原告扶桑産業について(甲1、33)

原告扶桑産業は、資本金の額を2500万円とする会社であり、その従業員数は30名程度である。そして、原告扶桑産業は、店装用備品等の企画、製造販売、陳列器具及び店舗什器関連備品等の製造販売等を事業品目とし、全国スーパー量販店備品卸売業者、全国インテリア装飾・店装業者等を取引先としている。そして、原告製品については、被告や他の企業に対して卸売販売され、そこを通じて小売量販店に販売された(量販店の各店舗に設置された)ほか、原告扶桑産業から直接、株式会社サンリオの直営店等の量販店に販売されることもあった。

b 被告について(乙1、53ないし55、65ないし66の5)

(a)被告は、資本金の額を1億円とする会社であり、その従業員数は3000人程度で、平成28年度の売上高は1220億円(グループ全体で3460億円)であり、平成20年から東北楽天ゴールデンイーグルスのメインスポンサーとなっている。そして、被告は、生活用品の企画、製造、販売を事業内容としており、販売している商品は、LED照明、家電、調理用品、日用品、収納用品、ハードオフィス・資材等多岐に渡っており、被告のこれらの商品は全国のホームセンターで販売されている。

(b)被告は、量販店等の店舗向けに、什器・備品を単体で販売するのではなく、内装工事を含め、店舗のあらゆるスペースをデザイン・プロデュースし、店舗全体又は売り場全体の什器・備品を総合的に販売することも行っている。そして、被告は、販売する什器について、500頁を超えるカタログ(乙1、54)を作成しており、そこに掲載されている什器は、カードケースを含むシステム什器だけでなく、内装・棚下照明、陳列用什器、インフォメーション器具、販促用品、オフィス家具、運営サポート用品及び照明・演出用品といったように、多岐に渡っている。

(c)被告が顧客との間で上記(b)の取引をする場合の流れは、次のとおりである。すなわち、まず顧客から要望についてヒアリングをした上で、それをもとに現地調査をする。その後、顧客から建築平面図等を取得し、什器の配置を検討し、顧客と打合せをした上で、什器配置図等を作成するとともに、コストをシミュレーションする。そして、顧客の要望に応じた什器・オプションアイテムを提案し、納品内容を確定した上で、現場への納品や施工の手配を行う。

(d)被告が平成25年12月5日、ある株式会社に対して発行した見積書(乙55)では、取引金額が合計(中略)万円(税抜)とされたが、そのうちカードケースの代金額は(中略)円(個数は合計(中略)個)であった。

(e)平成26年の被告製品の販売金額は、合計(中略)円であったが、その大半((中略)円)はカードケースと他の店舗用品とを組み合わせて販売されるいわゆるバンドル取引によるものであった。

c 原告扶桑産業と被告との間の取引

(a)被告は、遅くとも平成24年1月以降、原告扶桑産業から原告製品を購入しており、同月から平成25年11月までの原告製品の販売数量は、次のとおりであった。

原告製品1 (中略)個

原告製品2 (中略)個

原告製品3 (中略)個

原告製品4 (中略)個

原告製品5 (中略)個

(b)上記(a)のうち平成25年の原告製品4(ただし、QPCⅡ-65を除く。)の販売数量・販売金額は次のとおりであったほか、平成26年ないし平成28年の原告製品(ただし、QPCⅡ-65を除く。)の販売数量・販売金額は、次のとおりであった(乙78の2)。

平成25年 (中略)個(QPCⅡ-40の取引はなし)

(中略)円

平成26年 (中略)個(同上)

(中略)円

平成27年 (中略)個(同上)

(中略)円

平成28年 (中略)個

(中略)円

(ウ)被告の主張について

a まず、被告は被告製品1、4、6及び10については、原告製品に相当するものがないことを指摘している。

しかし、上記各被告製品は、原告製品と色やサイズが異なるだけであり、原告扶桑産業が販売している他の色やサイズの製品が購入されなかったとまで認めることはできないし、原告扶桑産業が販売していた製品をみる限り、原告扶桑産業が被告製品と同じ色やサイズの製品を製造し、販売することができなかったと認めることもできない。

したがって、被告の上記主張は推定覆滅事由とならない。

b 次に、被告は取引の実情として、被告製品の販売方法や、被告による販売力・営業努力・企業規模・ブランドイメージを理由とする推定覆滅を主張する。

(a)① 前記認定のとおり、被告が販売している什器は多岐に渡っており、また量販店等の店舗向けに、什器・備品を単体で販売するのではなく、内装工事を含め、店舗全体又は売り場全体の什器・備品を総合的に販売することも行っていた。そして、前記認定事実によれば、被告製品は、その大半が他の店舗用品と組み合わせて販売されるいわゆるバンドル取引によって販売されていた。

しかも、前記認定事実によれば、そのようなバンドル取引の取引額に占めるカードケースである被告製品の販売額はわずかであったと認められる。

このような被告製品に係る取引の実情によれば、被告製品の需要者の大半は、カードケースである被告製品に殊更に注目して被告製品を購入したというよりも、他の店舗用品と組み合わせて購入できる利便性や、内装工事を含めて店舗全体又は売り場全体の什器・備品を総合的に購入することができるという被告の販売体制に魅力を感じて、被告と取引をするに至り、その取引の一環として被告製品を購入したと認めるのが相当である。

② 原告らの主張について

原告らは、被告がドン・キホーテの店舗内装を受注するに当たり、ドン・キホーテから原告製品を使用するよう指示されたため、原告扶桑産業と原告製品の取引をするようになったとか、バンドル取引においても原告製品を組み込む需要があり、被告がその需要に応え、顧客との取引を維持するために原告製品を侵害品である被告製品に置き換えたなどと主張する。

確かに、被告は現在でも、原告扶桑産業から原告製品を購入しているから、本件発明の技術的範囲に属する製品を購入し、エンドユーザーにこれを販売する一定の需要があったというべきである。

しかし、原告らが主張する原告扶桑産業との取引開始の経緯や、被告が本件特許のライセンスを求めたことについては、これを認めるに足りる証拠はないし、被告が、被告製品のモデルチェンジをして、本件特許権の侵害とならないカードケースを販売するようになった後、被告のバンドル取引による売上げが減ったとの事情も認められない。

以上の事情に加え、前記認定の被告製品の取引の実情を踏まえると、被告が顧客との取引を維持するために原告製品を侵害品である被告製品に置き換えたとまで認めることはできず、原告らの上記主張は採用できない。

③ そうすると、被告主張の事情は、侵害者である被告が得た利益と特許権者である原告扶桑産業が受けた損害との相当因果関係を相当程度、阻害する事情といえる。

(b)また、被告の企業規模や販売する製品の多様性は前記認定のとおりであり、被告が被告製品を販売するに当たり、被告自身の販売力や企業規模、ブランドイメージか需要者に与えた影響も小さくないものというべきである。

したがって、この事情も、上記(a)の事情と相まって、侵害者である被告が得た利益と特許権者である原告扶桑産業が受けた損害との相当因果関係を一定程度、阻害する事情といえる。

(c)なお、被告はその他に自身の営業努力も推定覆滅事由として主張するが、被告製品に関する事実関係が明らかではなく、事業者は、製品の製造、販売に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であることを踏まえると、推定覆滅事由として考慮すべきとまでいうことはできない。

c 被告は代替品・競合品(乙67ないし72)の存在を指摘している。

しかし、推定覆滅事由として考慮する競合品といえるためには、市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要するものと解される(前掲知財高裁令和元年6月7日判決)。このような観点から被告主張の製品を検討すると、被告が指摘する製品には、その具体的構成や使用方法が判然としないものも含まれているほか、カードケースが上保持部と下保持部を備えるなどという本件発明の構成の基本的部分を備えたものと認めることもできないから、被告指摘の製品を代替品ないし競合品ということはできない。また、被告指摘の製品の販売時期等も不明である。

したがって、被告の上記指摘によって推定が覆滅されるとはいえない。

d 被告は、乙73ないし77の先行技術等の存在を指摘して、被告製品の販売に対して本件発明の技術的意義が寄与する程度は低いということを主張する。

しかし、被告が指摘する乙73ないし77はいずれも、カードケースが上保持部と下保持部を備えるなどという本件発明の構成の基本的部分を備えたものと認めることはできない。また、被告が指摘する乙77は、表示板支持棒の先端に表示板が取り付けられているものの、その取り付け方法は、指示棒の先端に平板部分を設け、その下面に突設されたピンに表示板を保持するというものであり(乙77の【考案の詳細な説明】の【0021】)、本件発明の構成とは大きく異なっている。それだけでなく、被告製品が販売されていた時期に、本件発明の作用効果の一部を奏するとされる技術があったとしても、それだけで直ちに、原告扶桑産業において、本件特許の全構成を備えた被告製品の販売による利益に相当する損害を被ったことが否定されるとはいえない。

したがって、被告の主張の技術的観点からの主張は採用できない。

e 以上より、本件では前記b(a)及び(b)記載の事情を推定覆滅事由として考慮すべきところ、前記認定・判示の事情を踏まえると、6割の限度で推定が覆滅されると認めるのが相当である。

この点に関し、被告は顧客が原告らに注文して原告製品を購入するという行動に出たという可能性は皆無であったなどとして、推定覆滅率を99.09%とすべき旨主張する。

確かに、被告が原告扶桑産業から原告製品を購入すべき義務を負っていたという事情はうかがえないから、被告が原告製品以外のカードケースを販売すること自体は自由にできたことと認められる。

しかし、他方で、被告は遅くとも平成24年1月以降、原告製品を購入し、量販店等のエンドユーザーに対して販売しており、以前原告製品を購入したことのあるエンドユーザーがバンドル取引において原告製品を組み込むことを希望する可能性も否定できない。また、前記認定のとおり、被告製品の販売を開始した平成25年2月以降も、原告製品の購入を完全にやめたわけではなく、量販店等のエンドユーザーへの販売もされていたことが推認されるから、被告において原告製品を購入し、これをエンドユーザーに販売する必要性が全くなかったとまで認めることはできない。むしろ、従前の経緯を踏まえると、被告が本件特許の侵害品を販売しなければ、原告扶桑産業から原告製品を購入し続け、原告扶桑産業が利益を得ていた可能性も一定程度認められるものというべきである。

したがって、被告が主張するように99.09%もの推定覆滅を認めることは相当でない。

f 他に共有者がいることによる控除(推定覆滅)

(a)被告は、特許法102条2項に基づく原告扶桑産業の損害は、同項に基づき算定される逸失利益の2分の1にとどまると主張する。

しかし、特許権の共有者は、それぞれ、原則として他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができるものの(特許法73条2項)、その価値の全てを独占するものではないことに鑑みると、特許法102条2項に基づく損害額の推定を受けるに当たり、共有者は、原則としてその実施の程度に応じてその逸失利益額を推定されると解するのが相当であり、共有持分の割合を基準に共有者各自の逸失利益額を推定すべきものではない。本件においては、前記(1)オで検討したとおり、原告製品を製造して被告に販売するという実施による利益は原告扶桑産業に帰属し、原告ソーグは、これに伴って金員を得ていたにすぎないから、原告扶桑産業の損害額を算定するに当たり、特許法102条2項に基づく利益額の算定から、共有持分の割合に応じて2分の1を控除(推定覆滅)すべき理由はない。

しかしながら、原告ソーグについては、被告製品の販売により、特許法102条3項の実施料相当額の損害を観念し得ることは既に述べたとおりであり、この場合に、特許権の共有者の一部(原告扶桑産業)が同条2項により侵害者に対し損害賠償請求権を行使するに当たっては、同項に基づく損害額の推定は、不実施に係る他の共有者(原告ソーグ)の同条3項に基づく実施料相当額(共有持分の割合により取得する。)の限度で一部覆滅されるとするのが合理的である(知財高裁平成30年11月20日判決・最高裁ウェブページ)。

(b)そこで、原告ソーグが被告に対して請求することができる特許法102条3項に基づく実施料相当損害金の額について検討する。

この点について、被告は原告らの間で支払われていた差益をもとに実施料率を算定すべきと主張するが、原告らが指摘する差益は特許権の共有者間で支払われているものであり、その具体的内容や法的位置付けは判然としない(なお、原告らは訴状において原告製品の原材料の売買による差益と主張していた。)から、この金額を実施料相当損害金の額を算定するのに用いることは相当でない。

そこで、本件では業界における実施料の相場を考慮に入れつつ、相当な実施料率を認定するのが相当である。

被告はそれを前提としつつも、本件発明の寄与度や被告による販売力等を考慮すると、原告ソーグの共有持分(2分の1)に係る相当な実施料率は0.025%であると主張するが、推定覆滅事由に関する前記判示によれば、本件発明の寄与度を考慮するのは相当でない。そして、プラスチック製品(イニシャル・ペイメント条件無し)の平成4年度から平成10年度までの実施料率の統計データによると、最頻値は1%、中央値は3%、平均値は3.9%であること(乙83)、本件発明の構成によるとカードケースの使用者の操作性等が相当向上すると認められること、前記認定のとおり、被告による被告製品の売上には被告の販売力やブランドイメージ等が大きく影響したと認められること、その他本件に現れた事情に加え、さらには特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき、実施に対し受けるべき料率は、通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうこと(前掲知財高裁令和元年6月7日判決参照)をも考慮すると、本件で相当な実施料率は5%と認めるべきであり、原告ソーグの特許法102条3項に基づく損害は(中略)円(計算式:被告製品の売上額(中略)円×5%×1/2(共有持分の割合))となる。

(c)そして、原告ソーグについて特許法102条3項により算定した(中略)円を、原告扶桑産業との関係では、前記eの推定覆滅に加え、さらに控除(覆滅)すべきことになる。

ウ したがって、原告扶桑産業の特許法102条2項に基づく損害額は(中略)円(計算式:(中略)円×4割(推定覆滅後)-(中略)円)と認められる。

なお、原告扶桑産業は特許法102条1項に基づく損害の主張もしているが、原告ら主張の原告らの利益額は(中略)円であるところ、特許法102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」として考慮される事情は、同条2項の推定覆滅事由として考慮される事情と変わるものではなく(前掲知財高裁平成27年11月29日判決参照)、本件では前記判示に照らすと、原告らの利益について6割の限度で「販売することができないとする事情」があったと認めるのが相当である。そうすると、原告ら主張の利益額について立証されているかを検討するまでもなく、同条1項に基づく損害額が前記認定の同条2項に基づく損害額を下回るものであることは明らかである

エ 原告扶桑産業は、原告ら訴訟代理人及び補佐人弁理士に本件訴訟の提起等を委任したところ、被告の特許権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は(中略)万円と認めるのが相当であり、原告扶桑産業の損害額は合計(中略)円となる。

(3)原告ソーグの損害額

原告ソーグの特許法102条3項に基づく損害額は、上記認定のとおり、(中略)円と認められる。

そして、原告ソーグは、原告ら訴訟代理人及び補佐人弁理士に本件訴訟の提起等を委任したところ、被告の特許権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は(中略)万円と認めるのが相当であり、原告ソーグの損害額は合計(中略)円となる。