モータの回転角検出装置事件
投稿日: 2017/10/20 0:14:03
今日は、平成27年(行ケ)第10026号 審決取消請求事件について検討します。この事件は特許無効審判の手続きが少し複雑なので現在までの手続きの流れを書いておきます。
本件は株式会社ミクニが請求人となって株式会社デンソーが保有する本件特許について特許無効審判を請求したところ(2012.09.03)、デンソーが訂正請求をし、特許庁は訂正を認め、請求不成立(無効でない)と判断しました(2013.06.17)。その後、ミクニが知財高裁に審決の取消しを求める訴えを提起したところ、審決を取り消すとの旨の判決がありました(2014.02.26)。
この判決を受けての再審理でデンソーは再び訂正請求をし、特許庁は訂正を認め、再び請求不成立(無効でない)と判断しました(2015.01.08)。その後、ミクニが知財高裁にこの2回目の審決の取消しを求める訴えを提起したところ、再び審決を取り消すとの旨の判決がありました(2015.11.24)。
今回取り上げるのはこの2回目の判決です。
なお、その後この判決を受けての再審理でデンソーはみたび訂正請求をし、特許庁は訂正を認めた上で、今度は請求成立(無効である)と判断しました(2017.02.21)。そして今度はデンソーが審決の取消しを求める訴えを提起し(2017.03.25)、知財高裁で審理中です。
1.訂正発明(特許第3438692号))
【請求項1】(訂正発明1)
金属製の本体ハウジング(15)と、
この本体ハウジング(15)側に設けられて被検出物(11)の回転に応じて回転する磁石(22)と、
前記本体ハウジング(15)の開口部を覆い前記本体ハウジング(15)より熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバー(24)と、
このカバー(24)側に固定された磁気検出素子(25)とを備え、
前記磁石(22)と前記磁気検出素子(25)との間にはエアギャップ(G1)が形成され、
前記磁石(22)の回転によって変化する前記磁気検出素子(25)の出力信号に基づいて前記被検出物(11)の回転角を検出する回転角検出装置において、
前記磁気検出素子(25)は、その磁気検出方向と前記カバー(24)の長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。
【請求項2】(訂正発明2)
前記磁石(22)は、被検出物(11)の回転に応じて回転する円筒状のロータコア(21)に固定され、
このロータコア(21)の内周側に同軸状に位置するステータコア(26)が前記樹脂製のカバー(24)にモールド成形され、
前記エアギャップは前記磁石(22)と前記ステータコア(26)との間に形成され、
前記ステータコア(26)に直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部(34)に前記磁気検出素子(25)が固定され、
該磁気検出ギャップ部(34)が前記カバー(24)の長手方向に延びていることを特徴とする請求項1に記載の回転角検出装置。
【請求項3】(訂正発明3)
検出精度が最も要求される回転角又はその付近で前記磁気検出素子(25)の出力がゼロとなるように前記磁石(22)と前記磁気検出素子(25)が配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の回転角検出装置。
【請求項4】(訂正発明4)
前記被検出物(11)の基準回転角又はその付近で前記磁気検出素子(25)の出力がゼロとなるように前記磁石(22)と前記磁気検出素子(25)が配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の回転角検出装置。
2.審決取消訴訟
2.1 審決の理由の要点
(1)無効理由1、2(新規性欠如・進歩性欠如)について
-省略-
(2)無効理由3(明細書の記載不備)について
ア 実施可能要件について
-省略-
イ サポート要件について
上記アのとおり、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により、又は出願時の技術常識に照らし、当業者が、その課題を解決できると認識できる範囲内のものである。
あらゆる条件を検討して、位置ずれが不可避に生じる条件をもれなく特定することは事実上不可能であり、そのような説明がなくとも、当業者であれば、このような構成によりカバーとスロットルボディーとの間に位置ずれが生じる場合があることを理解できる。そして、あらゆる条件を検討することは、過度の試行錯誤を強いるものではあるが、上記構成において、ある条件、例えば、訂正明細書に従来の技術として記載されたものを参考に立てた条件について、上記位置ずれが生じるか否かを、当該条件を設定した上で実験を行ったり計算をしたりすることにより確認することはできるから、これらの条件について記載されていなくても、発明の詳細な説明や特許請求の範囲に上記構成が記載されていれば、位置ずれが生じる前提となる構成が記載されているといえる。
また、そのような条件をすべて特定しなくても、訂正発明1は、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向より大きいものを前提としており、その前提に係る構成も特許請求の範囲に記載されているのであるから、上記諸条件のうちこの前提を満たすもののみが訂正発明1に含まれるのであり、このような前提が満たされれば、特許請求の範囲に記載されている上記配置に係る構成により、訂正発明1の課題は解決されるのである。
したがって、訂正発明1は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものではない。
ウ 明確性要件について
-省略-
2.2 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(実施可能要件違反の判断の誤り)
-省略-
2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)
訂正発明1は、同様にサポート要件にも違反している。すなわち、訂正発明1のクレームの、「縦長形状のカバーと・・・磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されている」という要件は、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載に比べて広すぎるのであって、特許請求の範囲の記載が、訂正明細書の記載にサポートされているとはいえない。
審決は、「訂正発明に係る回転角検出装置は、請求人が主張するように、カバーとスロットルボディーとの間の位置ずれが生じることを前提とするもの、さらに言えば、上記位置ずれが短尺方向より長手方向が大きいことを前提とするもの」などと認定するが、クレーム上は、そのような限定は全く付されていないのであり、むしろ、審決自身が認定するとおり、ボルトを固く締めると位置ずれの課題は存在しないというのであるから、訂正発明1のクレームは、訂正明細書の発明の詳細な説明に記載された事項を超えるものであって、サポート要件違反であることは明らかである。
また、前記1のとおり、そもそも、訂正発明1の作用効果を実証した実施例について、訂正明細書には記載が皆無である。
さらに、前記1で述べたとおり、訂正発明1の特許請求の範囲は、ボルトの固定力の強さや、カバーのたわみやすさという、位置ずれという課題の存否の判断に最も重要な考慮要素について全く記載していないところ、その結果、訂正発明1の特許請求の範囲は、課題自体がそもそも存在しない場合や、訂正発明1に記載された作用効果を奏しない場合を広範に含むものとなっており、訂正明細書の特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により又は出願時の技術常識に照らし、当業者が、その課題を解決できると認識できる範囲内のものではない。
したがって、サポート要件に違反することは明白である。
3 取消事由3(明確性要件違反の判断の誤り)
-省略-
4 取消事由4(新規性・進歩性判断の誤り)
-省略-
2.3 裁判所の判断
1 訂正発明及び訂正明細書の記載事項について
(1)訂正発明1について
ア 訂正明細書
-省略-
イ 訂正発明1の概要
以上の記載によれば、訂正発明1について、以下のとおり認められる。
訂正発明1は、磁気検出素子と磁石を用いて被検出物の回転角を検出する回転角検出装置に関するものである(【0001】)ところ、従来、自動車の電子スロットルシステムでは、磁石とホールICからなる回転角検出装置により、スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出していたが(【0002】、【0003】)、これによると、ホールICを固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、また、このカバーは、スロットルボディーの下側部に配置されたモータや減速機構を一括して覆うように縦長の形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きく(【0004】)、しかも、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、ステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていることから、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった(【0005】)。
そのような欠点に鑑みて、訂正発明1は、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上できる回転角検出装置を提供することを目的として(【0006】)、熱変形しやすい樹脂製のカバー側に磁気検出素子を固定する場合に、磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するように配置し、磁気検出素子の磁気検出方向がカバーの短尺方向となり、カバーの熱変形による磁気検出方向の寸法変化を小さくする、すなわち、磁石と磁気検出素子との間に形成されたエアギャップの寸法変化を小さくできるようにしたものである(【0007】。【0008】)。
(2)訂正明細書の記載事項について
訂正明細書では、「磁気検出素子」の位置について、樹脂製のカバーにモールド成形されたステータコアに固定されることが記載されているものの(【0007】、【0008】、訂正後の請求項2~4)、図2、7、8に示すほかは、カバーにおける磁気検出素子の設置位置を示す記載はない。
また、図6において、(a)はステータコアがホールICの磁気検出方向と直角方向に位置ずれした場合のホールICの出力変動特性を示す図、(b)はステータコアがホールICの磁気検出方向に位置ずれした場合のホールICの出力変動特性を示す図が示されているが、これは、ステータコアが磁石と位置ずれすることを前提として、位置ずれの方向が磁気検出方向に対して直交する場合と平行な場合との出力変動を比較したもの(【0028】)であり、磁気検出素子を備えたステータコアの位置が、熱変形によってずれるか否かや、そのずれの方向を確認した実験結果又はその確認方法は示されていない。
さらに、樹脂製のカバーの形状、厚みについても、縦長形状とするほかは訂正明細書には記載がなく、これが、均質組成の平板であり、その内部温度分布が均一なものであるか否かは明らかでない。しかも、通常、熱変形は2次元的に発生するものではなく、3次元的にも生ずるものであると解されるところ、3次元的な変形についての記載はない。
このほか、樹脂製カバーと金属製本体ハウジングの固定について、「このカバー24をスロットルボディー15にボルト等で固定することで、ステータコア26、ホールIC25がカバー24の内側に固定された状態で組み付けられている。」(【0015】)、「カバー24の上部周縁には、ステータコア26と同心状に円弧状凹部36が形成され、この円弧状凹部36を、スロットルボディー15の開口上縁部に形成された凸部37に嵌め込む」(【0020】)との記載と図1に嵌合の様子が描かれているほかは、ボルト止めの数や位置に関する記載は、明細書本文中にも図面にもない。
2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは、発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を認めることになり、特許制度の趣旨に反するからである。
特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明について、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか、また、その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。
そして、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できるというためには、当業者が、いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきであるから、以下、この観点から、訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
(1)訂正発明に係る特許請求の範囲について
訂正発明1の特許請求の範囲は、前記第2、2に記載のとおりであるところ、磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの、この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず、磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること、又は、磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。また、「カバー」について、金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが、カバーの形状、厚み等についての特定はなく、均一な平板でないものや、凸凹があるもの、左右対称でないもの等も包含するものである。
また、訂正発明1においては、回転角検出装置の用途についての特定はない。
なお、訂正発明2以下においても、ステータコアが樹脂製のカバーにモールド成形され、このステータコアに直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部に磁気検出素子が固定されていることの特定はあるが、カバーのどの位置に同素子又はステータコアを配置するかに関する特定はなく、回転角検出装置の用途についての特定もない。
(2)課題について
訂正明細書によれば、訂正発明1の課題は、次のとおりである。すなわち、スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において、ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく、縦長形状に形成されているため、その長手方向の熱変形量が大きく、しかも、ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため、カバーの熱変形によって、ステータコアと磁石とのギャップが変化して、磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので、カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく、回転角の検出精度が低下するという欠点があった。そこで、カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ、回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。
上記によれば、A 樹脂製のカバーは、これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより、カバーの熱変形が生じ、本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。)、B カバーが縦長形状に形成されているため、長手方向の熱変形量が大きく、Aの横すべりの長さ(延び)は、短尺方向よりも長手方向が大きいこと、C Bの横すべりの結果、カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ、磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。)、D Cの位置ずれは、短尺方向よりも長手方向が大きいこと、が備われば、当業者は、訂正発明1の上記課題に直面し、これを理解できると解される。
(3)以上を前提として、当業者が、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし、当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
ア まず、カバーと本体ハウジングとが、ボルトにより固定されるのが通常であることについては、当事者間に争いがないところ、原告は、カバーと本体ハウジングの位置ずれを防止するためには、ボルトをできるだけ強く締めてカバーを固定すべきことは技術常識というべきであるから、ボルト固定力が比較的弱い場合を前提に議論する審決は誤りであり、そもそも、課題に直面することはないと主張する。
しかし、甲15には、「図10-15に示すようにボルト軸直角方向に振動外力Pが作用する場合、被締付け物間にすべりが発生すると、ボルト・ナット間にゆるみ回転が発生する」(549頁左欄最下行から2行目~右欄1行)との記載があり、部材同士がボルトにより固定されていても、ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということが、本件特許出願時点において機械工学における技術常識であったことが認められる。
したがって、原告の主張するように、できるだけボルトを強く締めてカバーを固定するとしても、熱や振動によって、ボルトにゆるみが発生し、カバーと本体ハウジングとの間に横すべりが生じる場合があり得ると解され、そのような場合を想定して課題を設定することに問題はない。したがって、原告の上記の主張部分は採用できない。
もっとも、カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は、常に生じるものではなく、審決が述べるように、ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には、横すべりはそもそも生じず、ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ、横すべりが生ずる場合があり得るということになる。
イ また、カバーの熱変形が生じ、本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても、短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない。
すなわち、審決も、「熱膨張率が方向によらず均一であり、カバーが縦長形状であれば、その長手方向が短尺方向より大きい」としているように、カバーが均質組成の平板形状でなかったり、カバー内部の温度分布が均一でなかったり、熱膨張により3次元的に変形したりする場合には、実証実験を行うなどして確認しない限り、縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても、縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて、熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。
上記において述べたとおり、訂正発明1の特許請求の範囲にはこの点を特定する記載はない。
ウ これらの点を措いて、カバー内部の温度分布を均一とするとともに、カバー自体が均質組成で、熱膨張により2次元的に変形し、3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても、以下のとおり、横すべりの結果、横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B)、磁気検出素子の位置がずれ、磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ、上記C)、及び、その位置ずれは、短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない。
すなわち、縦長形状のカバーにおいて、長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは、カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や、ボルト等の締付力と大いに関係するもので、このことは当業者にとって明らかであり、審決も認めるところである。例えば、長方形のカバーを、その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所、計6か所をボルト等で係止した際に、熱応力とボルト固定力との関係で、カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ、かつ、その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても、つまり、上記のA及びBを満たすとしても、磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には、磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから、長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また、左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合、右辺側ボルトの近傍の位置においては、短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは、当業者にとって明らかである。
そうすると、磁気検出素子の位置は、少なくとも、長尺方向の熱変形の影響により、短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ、訂正発明1の課題に直面することはないといえるが、訂正発明1に係る特許請求の範囲には、前記のとおり、カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない。以上によれば、訂正発明1の特許請求の範囲の特定では、訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり、結局、上記課題自体を有するものであるか不明である。
そして、仮に、磁石と磁気検出素子とのずれが、短尺方向に大きく生じる場合においては、磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから、訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても、出力変動は抑制されず、回転角の検出精度も向上しない。よって、訂正発明1は、上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり、サポート要件を充足するものとはいえない。
(4)審決及び被告の主張について
ア 審決は、磁気検出素子の位置について、「図8に示されるように、スロットルボディー1及びその下側部に組み付けられたモータ4を一括して覆う縦長の形状をしたカバー9において、ホールICを固定したステータコアが、カバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位置にモールド成形されている」として、磁気検出素子がカバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位置にあることを前提とし、これを前提に、横すべりが短尺方向よりも長手方向に大きいのであれば、磁気検出素子と磁石との位置ずれも生じるとする。
しかし、前記のとおり、訂正発明1に係る特許請求の範囲には、磁気検出素子の位置を特定するような記載はない。また、カバーの形状自体、特許請求の範囲には、縦長形状であることの特定はあるものの、長方形とは限定されておらず、左右非対称の形状も含むのであるから、「カバーの中心から所定距離だけ長手方向にずれた位置」を特定できるものでなく、さらに、その位置が磁気検出素子と磁石との間の位置ずれを生じさせるか否かも明らかとならない。しかも、訂正発明1の回転角検出装置は、自動車のスロットルバルブの回転角の検出に利用される旨の特定もないから、自動車の回転角検出装置におけるカバーに関する技術常識を補って解釈することもできない。
なお、訂正明細書の発明の詳細な説明には、磁気検出素子の位置を特定する本文中の記載はなく、図2、7、8のカバ-の図によっても、磁気検出素子と磁石との位置ずれが生じる範囲を認識することはできない。
イ また、審決は、カバーの長手方向と短尺方向でどのような熱変形が生ずるかは、カバーの全体形状や各部の形状、各部の肉厚、凹凸の有無やその形状、ステータコアが設けられる位置等の諸条件に依拠するが、あらゆる条件を検討して、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きい条件をもれなく特定することは事実上不可能であり、そのような条件をすべて特定しなくても、訂正発明1は、カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向より大きいものを前提としており、その前提に係る構成も特許請求の範囲に記載されているのであるから、上記諸条件のうちこの前提を満たすもののみが訂正発明1に含まれるのであり、このような前提が満たされれば、特許請求の範囲に記載されている上記配置に係る構成により、訂正発明1の課題は解決されるとする。
しかし、訂正発明1に係る特許請求の範囲は、縦長形状のカバーであることを特定しているのみであり、前記(3)ウのとおり、カバーが均質組成の長方形で内部温度分布は均一であり、3次元的変形を2次元的に均一に膨脹したと仮定し、長手方向が短尺方向よりも熱変形(延び)するとしても、磁気検出素子と磁石の位置ずれが起こるとは限らないのであるから、特許請求の範囲の記載が、審決が述べるように「カバーの長手方向の位置ずれが短尺方向の位置ずれより大きいものを前提」としているとはいえず、特許請求の範囲に記載されている配置に係る構成から、訂正発明1の課題を認識しこれが解決されると理解することはできない。
ウ 審決は、あらゆる条件を検討して、位置ずれが不可避に生じる条件をもれなく特定することは不可能であるから、あらゆる条件を検討することは、過度の試行錯誤を強いるものではあるが、上記構成において、ある条件、例えば、訂正明細書に従来の技術として記載されたものを参考に立てた条件について、上記位置ずれが生じるか否かを、当該条件を設定した上で実験を行ったり計算をしたりすることにより確認はできるから、これらの条件について記載されていなくても、発明の詳細な説明や特許請求の範囲に上記構成が記載されていれば、位置ずれが生じる前提となる構成が記載されているといえるとする。
確かに、特許請求の範囲において、位置ずれが不可避的に生じる条件をすべて特定して記載することまでは要しないとしても、訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載では、上記に述べたとおり、当業者が、磁気検出素子と磁石との位置ずれが生じる場合が理解できるものでないことは明らかである。また、審決は、参考資料2(甲10)における各メーカーの製品写真に示されているように、カバーの四隅等の周縁部においてスロットルボディーにボルトで固定することが一般的であるとして、これを前提として技術理解をするようであるが、訂正発明1の特許請求の範囲には、自動車のスロットルバルブの回転角を検出する発明であることは記載されておらず、特定の製品を参考に前提条件を限定して技術理解を行うこと自体が誤りである。
エ 被告は、計算により課題に直面するか否かが判断できるとし、審決が被告の主張を支持して、ボルト固定力がカバー内力を下回る可能性に関して、ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合にすべりが生じる可能性があることは技術常識に反するものではなく、熱応力によってカバーがボルトを押す力F とボルト固定力L とを具体的に検討したことは合理的であり、この検討に用いた数式は力学の法則に基づき、パラメータの数値は実際のカバー、スロットルボディー、ボルトの特性、寸法等に即したものであって、合理的なものであると主張する。
しかし、審決は、以下の数式を基礎に検討しているところ、これは、ボルトに対する固定力とカバーに生じる熱応力とを比較し、単に、カバーに生じる熱応力がボルトの固定力を上回る場合があり得ることを計算上、導けるというにすぎない。
「力F=熱応力σ1×断面積S1
カバーに生じる熱応力σ1
σ1={E1(α2-α1)・ΔT}/(1+S1・E1/S2・E2)
①カバー・スロットルボディーの温度変化ΔT、②カバーの線膨張係数α1、③カバーの弾性係数E1、④スロットルボディーの線膨張係数α2、⑤スロットルボディーの弾性係数E2、⑥ボルト固定に係るカバー・スロットルボディーの断面積S
固定力L=軸力N×摩擦係数μ」
この計算式には、ボルトの位置は反映されておらず、当該ボルト付近において横すべりが生ずる可能性の有無を示すにすぎないのであり、熱変形がどの方向に向かって生じるかは明らかではない。また、カバーに熱応力による変形が均一に生じ、固定された磁力検出素子が位置ずれを起こすと仮定しても、磁力検出素子が固定された箇所における位置ずれは、長手方向が短尺方向と比較して大きくなければならないところ、どの部分がどのように変形し、磁気検出素子と磁石との位置ずれに影響するかは、ボルト固定の数や位置、磁気検出素子の位置、ボルトまでの距離などを具体的に検討しなければ、明らかにならない。すなわち、上記計算によっても、訂正発明1の課題は一義的に導かれるものではない。
また、審決は、この計算において、ボルト及びカラーには亜鉛メッキがされておりこのメッキにより摩擦係数μが低下すること、エンジンルーム内での使用環境を考えると摩擦面に水分、油分、又は異物が入り込むおそれも無視はできず、その場合は摩擦係数μが低下すること、エンジンの振動により機械設計便覧(甲15)に示されるようにボルト軸直角方向に振動外力が作用するおそれがあることを考慮して、すべりの発生の可能性があると認定しているところ、前記のとおり、訂正発明1がエンジンルーム内の使用に限定されるものではない上、このような摩擦に影響を及ぼす事情は、すべてのボルトについて、一様に、しかも、均一に生じるとは考え難い。そうすると、訂正発明1が、長手方向において、短尺方向に比して、なお、磁石と磁気検出素子の位置ずれが大きいといえるのか、必ずしも明らかではない。
(5)小括
以上によれば、当業者は、訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載から、いかなる場合において課題に直面するかを理解できないのであり、したがって、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の詳細な説明の記載等や、出願当時の技術常識に照らしても、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えたものである。
そうすると、訂正発明1の特許請求の範囲の記載はサポート要件を満たしていないから、取消事由2には理由があり、審決の結論に影響を及ぼすものといえる。
3.検討
(1)判決では、訂正発明1の特許請求の範囲では磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されているか特定されていないこと、カバーの具体的な形状、厚み等について特定されていないこと等を挙げ、これらの特定だけでは例えば磁石と磁気検出素子とのずれが短尺方向に大きく生じるケースも生じるものも含み、その場合には「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても、出力変動は抑制されず、回転角の検出精度も向上しないと指摘し、訂正発明1は、上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり、サポート要件を充足するものとはいえない、と述べています。
(2)また、審決では明細書等を参酌して自動車の回転角検出装置の技術分野の技術常識に基づいて判断したようですが、判決では訂正発明1の回転角検出装置は、自動車のスロットルバルブの回転角の検出に利用される旨の特定もないから、自動車の回転角検出装置におけるカバーに関する技術常識を補って解釈することもできないとも述べています。
(3)この判決は実務上結構参考になる判決だと思います。化学・薬品系と異なり機械系ではなかなかサポート要件違反と認定されるケースが少ないです。しかし、たまに特定の構造・条件・環境等でしか生じない課題を設定しているにも関わらず先行技術が見当たらないため非常に技術的範囲が広い発明が権利化されていることがあります。そういった特許に対する無効主張として役立つように思います。
(4)一方で、権利を取る側から見ると結構厳しい判決です。企業の出願の大半が自社製品の改良発明です。しかし、製品のパーツの配置は各社それぞれ異なります。したがって、特許を取る際に発明に係るパーツの製品における位置を特定してしまうと自社で実施する製品しか保護できず、他社が真似ても必然的に位置が異なっているため排除できないケースが生じます。また、製品改良スピードとの関係で、色々なケースで課題が発生するか否か調べてから明細書を書くということも難しい、というのが正直な感想です。
(5)冒頭にも書きましたが本件は2回目の審決取消訴訟に関するものです。ちなみに1回目の審決取消訴訟では特許権者が請求項1を以下のように訂正した点が新規事項追加に相当するか否かが判断されました(太字部分)。
【請求項1】
「本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、前記本体ハウジングの開口部を覆う樹脂製のカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」
【請求項1】(訂正後)
「本体ハウジングと、
この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と、
前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製で縦長形状のカバーと、
このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え、
前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され、
前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において、
前記磁気検出素子は、その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように配置されていることを特徴とする回転角検出装置。」
審決では、本件明細書等にはカバーの熱膨張率が、本体ハウジングの熱膨張率より大きい場合のみが記載されており、小さい場合は記載されているとはいえないとした上で、本件訂正による「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との事項は、実質的には、「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」との事項にほかならないとして、本件訂正は新規事項の追加に当たらないと判断しました。
しかし、判決では、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」との文言からすれば、通常、カバーが本体ハウジングより、熱膨張率が大きい場合と小さい場合の両方を含むと明確に理解することができ、明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しなければ特定できないような事情はないのに、「前記本体ハウジングとは熱膨張率が異なる樹脂製のカバー」の意義を「前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製のカバー」に限定的に解釈することは相当ではなく、訂正発明1の技術的内容を限定的に理解した上で、新規事項の追加に当たらないとした審決の認定は誤りであるといわざるを得ない、と述べています。
こういう訂正で権利化後に技術的範囲を広くすることにチャレンジし、一度は特許庁に認めさせた特許権者は凄いとしか言いようがありません(本心です)。