IHクッキングヒータ事件

投稿日: 2018/10/03 23:24:10

今日は、平成29年(ワ)第10742号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第3895312号)

① 本件は株式会社東芝が2003年に出願し2006年に特許になった後、2015年にアイリスオーヤマ株式会社に譲渡されたものです。以前にも同じような事件があり、その時調べたところ東芝株式会社(実際には東芝ホームアプライアンス株式会社)は2012年12月末にIHクッキングヒータの製造販売を終結していました。

② 原告は訴訟提起後に訂正審判を請求しています。被告が特許無効審判を請求していれば特許無効審判の審理中に訂正請求できますが、本件では被告は特許無効審判を請求せずに侵害訴訟のみで無効主張したために、訂正審判を請求したと思われます。

2.本件発明

【請求項1】

ドロップインタイプの加熱調理器であって、

横幅寸法(Y)を560mm以下に設定したケース本体(21)内に左右に配設され被加熱物を調理容器を介して加熱する複数の誘導加熱コイル(34、35)と、

B この複数の誘導加熱コイル(34、35)の下方に設けられたロースタ(26)と、

C 前記誘導加熱コイル(34、35)及びロースタ(26)の上方を覆うように設けられたトッププレート(22)とその周縁部に装着したフレーム(23)とからなる天板(24)とを備え、

前記フレーム(23)の係り代を除く横幅寸法(B)を700mm以上に設定した前記トッププレート(22)には、前記誘導加熱コイル(34、35)と対応する左右位置に前記調理容器を載置する加熱部(28、29)を設けるとともに、

E これら加熱部(28、29)に前記調理容器を所定の間隔を存して並置可能とする最大径の調理容器を載置したとき、この所定の間隔より該調理容器の外殻から前記トッププレート(22)の前記フレーム(23)の係り代を除く左右端部までの距離を長くなる構成としたことを

F 特徴とする加熱調理器。


3.被告製品

(1)被告製品説明書(原告)の図1

ドロップインタイプのIHクッキングヒーターである。

プレートワク2で囲まれたトッププレート1上に,下部に配置される3つのヒーターの位置を示す左IHヒーター位置マーク3,右IHヒーターマーク4,及び中央ヒーター位置マーク5が表示されている。

各位置マーク3,4,5は,それぞれトッププレート1の直下であってケース10内に配置される左IHヒーター,右IHヒーター,中央ヒーターの位置を示している。

左IHヒーター及び右IHヒーターのそれぞれの中央にあわせて,調理容器が載置される。左IHヒーター及び右IHヒーター上に載置される調理容器は,それぞれ鍋底形状が平らなもので,鍋底の全体を加熱できる最大の直径は26cmとされている。最大径の調理容器を載置した場合が外殻線Kである

左IHヒーター上に最大径26cmの鍋底の調理容器を載置した場合の鍋外殻線11と右IHヒーター上に最大径26cmの調理容器を載置した場合の鍋外殻線12との間の間隔は、被告製品1の場合には4cm、被告製品2の場合には7cmである。

各外殻線とプレートワク2の内枠までの間隔Dは、被告製品1の場合には9cm、被告製品2の場合には7.5cmである。

(2)被告製品説明書(被告)の図1

(1)調理器10の内部に配設された左IHヒーター13と右IHヒーター14

(2)左IHヒーター13と右IHヒーター14より下方に配置されたオーブン

(3)左IHヒーター13、右IHヒーター14及びオーブンより上方に設けられたトッププレート1は、その周縁部においてプレート枠2で囲まれている。

(4)トッププレート1上に、左IHヒーター13に対応する位置を示す左IHヒーター位置マーク3、右IHヒーター14に対応する位置を示す位置マーク4が表示されている

(5)トッププレート1上に載置されて使用される調理容器の鍋底の直径に上限は設けられていない

(6)調理用IHクッキングヒーターである。

(7)左右のIHヒーターの配置は、図2及び図3のとおりである(図2は被告製品1に対応、図3は被告製品2に対応している。)。

(8)被告製品はドロップインタイプの加熱調理器であり、誘導加熱コイルを備え、調理器のケースの横幅寸法が560mm以下であり、トッププレートのフレームの係り代を除く横幅寸法が700mm以上である。

4.争点

(1)被告製品関連製品は構成要件Eを充足するか(争点1)

(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)

ア 本件特許は特許法36条6項2号に違反しているか(争点2-1)

イ 本件特許は特許法36条6項1号に違反しているか(争点2-2)

ウ 本件特許は特許法36条4項1号に違反しているか(争点2-3)

エ 本件発明は新規性又は進歩性を欠くものであるか(争点2-4)

(3)損害の発生の有無及びその額(争点3)

5.争点に対する当事者の主張

(1)争点1(被告製品関連製品は構成要件Eを充足するか)

【原告の主張】

ア 構成要件Eの意義

本件発明は、IHクッキングヒーターのトッププレート上に最大径の鍋を左右に並置して使用する場合に、鍋が左右方向にはみ出す等の課題があったことから、これを解決することを目的として、トッププレート中央部における鍋間の間隔である「所定の間隔」よりも、鍋の外殻からトッププレートのフレームの係り代を除く「左右端部までの距離」を長くしたものであって、「所定の間隔」と「左右端部までの距離」の長短の関係を従来技術と逆転させたものであり、それ以外の構成は従来技術の加熱調理器の構成と異なるものではない。よって、構成要件の意義は、本件明細書等に従来技術として記載された加熱調理器における各用語の意義と相違はない。

(ア)「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」の意義

一般に、「外殻」とは「外側にある殻」(広辞苑)を意味するから、「調理容器の外殻」は、調理容器の外壁を意味する。そして、本件明細書等の背景技術(以下、【】は、本件明細書等における発明の詳細な説明の段落番号を指す。【0003】、【0005】)、実施例(【0021】、【0028】、【0029】、【0030】、【0032】)及び図1である別紙5本件明細書等の図面記載1の図面によれば、「調理容器の外殻」とは、鍋の外壁であり、鍋の最大径であって、左右の加熱部の領域を示すリング状枠と同径である。また、リング状枠は、調理容器を有効に加熱できる領域を示している。そうすると、調理用IHクッキングヒーターの加熱原理が調理容器の誘導加熱しうる領域の鍋底を加熱する点にあるのであるから、最大径の鍋は、左右の加熱部の領域を示すリング状枠と一致する鍋底径を有する調理容器であり、調理容器の外殻の径と、その鍋底の径とが同径である円筒状の鍋を想定して設計していることが理解できる。

以上のとおり、構成要件Eの「調理容器の外殻」の径とは、調理容器の鍋底の径と一致し、その最大径(「最大径の調理容器」)は、左右の加熱部の領域を示すリング状枠と同径である。

(イ)「該調理容器の外殻から前記トッププレートの前記フレームの係り代を除く左右端部までの距離」の意義

前記(ア)を踏まえれば、「該調理容器の外殻から前記トッププレートの前記フレームの係り代を除く左右端部までの距離」とは、調理容器の外壁から前記トッププレートの前記フレームの係り代を除く左右端部までの距離であるから、最大径の鍋径である鍋底径を有する加熱部の領域の外縁からトッププレートのフレームの係り代を除く左右端部までの距離となり、前記図1にDとして示される距離である(以下、この距離を単に「D」と示すこともある。)。

(ウ)「所定の間隔」の意義

本件明細書等の記載(【0005】、【0007】、【0029】)によれば、「所定の間隔」とは、左右の加熱部に最大径の鍋が載置されたとしても、載置された鍋やその取手が容易に触れない間隔として定められた間隔である。

イ 被告各製品が構成要件Eを充足すること

被告各製品の構成は、別紙3被告製品説明書(原告)記載のとおりである。

また、被告各製品において使用可能な最大径の鍋底の調理容器、つまり「最大径25の調理容器」は、被告各製品の取扱説明書及び被告のウェブページにおける説明書によれば直径26cmであり、別紙6図面記載の図面1及び2において直径26cmの外殻線で示される領域である。

なお、被告各製品には、別紙3被告製品説明書(原告)記載のとおり、直径200mmの左IHヒーター位置マーク3及び右IHヒーター位置マーク4が存在するが、これは、鍋底全体を有効に加熱できる領域の外縁を示すマークではなく、左IHヒーター、右IHヒーターを配置する領域の位置を単に示している目印にすぎない。

(ア)別紙1被告製品目録記載の製品番号1の各製品(以下、併せて「被告製品1」という。)

被告製品1は、別紙6図面記載の図面1のとおり、「所定の間隔」は40mmであり、「該調理容器の外殻から前記トッププレートの前記フレームの係り代を除く左右端部までの距離」は90mmであって「所定の間隔」より長い。

(イ)別紙1被告製品目録記載の製品番号2の各製品(以下、併せて「被告製品2」という。)

被告製品2は、別紙6図面記載の図面2のとおり、「所定の間隔」は70mmであり、「該調理容器の外殻から前記トッププレートの前記フレームの係り代を除く左右端部までの距離」は75mmであって「所定の間隔」より長い。

(ウ)小括

以上のとおり、被告各製品は構成要件Eを充足する。

ウ 被告各製品を除く被告製品関連製品が構成要件Eを充足すること被告各製品を除く被告製品関連製品も、被告各製品と同じ構成を有しており、構成要件Eを充足する。

【被告の主張】

ア 構成要件Eの内容を特定できないこと

本件明細書等によれば、①B(フレームを除くトッププレートの横幅)=2D+2K(最大の鍋径)+T(「所定の間隔」、以下、この距離を、単に「T」と示すこともある。)、②C(コイルピッチ)=T+K(最大の鍋径)、③D>Tの関係が成り立つことが理解できるが、それぞれの記号をどのように設定するのか、また、どの記号の値を特定することが本件発明の内容なのかなどが全く示されていない。

よって、構成要件Eの構成の意味するところは、全く不特定であって技術的範囲を定めることができない。

イ 被告各製品が構成要件Eを充足しないこと

(ア)「最大径の調理容器」及び「所定の間隔」について

本件発明は、「前記調理容器を所定の間隔を存して並置可能とする最大径の調理容器を載置したとき」における「調理容器」に着目した構成要件を採用しているのであるから、前提として、「所定の間隔」及び「前記調理容器を所定の間隔を存して並置可能とする最大径の調理容器」があらかじめ定まっていることが必要である。

また、本件明細書等(【0002】~【0011】、【0029】、【0030】、【0038】)によれば、構成要件Eの意義は、調理容器同士やその取手が接触することなく、調理容器のトッププレート左右からのはみ出しの防止等の効果を奏する点にあるとされている。そうすると、調理容器の径は、調理容器の最も径が大きい部分の径であるといえる。通常、調理容器の外殻の径は底の径よりも大きいから、あらかじめ定まっているべき調理容器の「最大径」は、調理容器の外殻の径である。

(イ)被告各製品が構成要件Eを充足しないこと

被告各製品では、「最大径の調理容器」及び「所定の間隔」を定めていない。被告各製品の取扱説明書では、鍋底の直径を26cmまでと記載しているが、これは、直径26cmまでの鍋であれば概ね加熱ムラが生じないという目安を示しているにすぎない

さらに、被告各製品には、原告が主張する別紙3被告製品説明書(原告)記載(7)-1及び同(7)-2に示された外殻線は存在せず、目安のためのトッププレート上に印刷された直径20cmの位置マークが存在するにすぎない

また、被告各製品の直径20cmの位置マークは原告主張の最大の鍋底径26cmよりも小さいため、正確に位置マークの中心と調理容器の鍋底の中心を合わせて調理容器を置くことはできず、置き方次第で調理容器間の間隔は変わってしまうから、「所定の間隔」を存して調理容器を並置できない。

以上によれば、被告各製品は、構成要件Eを充足しない。

また、原告は、被告各製品を除く被告製品関連製品が本件発明の技術的範囲に属5する旨を具体的に主張、立証していない。

ウ 原告の主張に対する反論

なお、原告は、調理容器の最大径が調理容器を有効に加熱できる領域と一致すると主張するが、調理容器を基準として定められた構成要件Eの記載内容に沿うものではない。

また、本件明細書等は、本件発明により使用することができる鍋の最大径の値が従来より大きくなる旨説明しているところ、従来技術も実施例も同じコイル径を示しているのであって、鍋の最大径が調理容器を有効に加熱できる領域と一致するという前提とは整合しない。

(2)争点2(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)

-省略-

(3)争点3(損害の発生の有無及びその額)

-省略-

6.裁判所の判断

1 本件発明の意義について

(1)本件明細書等の発明の詳細な説明の記載

-省略-

(2)本件発明の概要

前記第2の2前提事実(2)ウの特許請求の範囲の記載及び前記(1)の本件明細書等の記載によれば、本件発明の概要は、次のとおりであると認められる。

ア 本件発明は、被加熱物をトッププレート上に載置した調理容器を介して加熱調理する加熱調理器(調理用IHクッキングヒーター)に関する。(【0001】)

イ 従来の加熱調理器においては、トッププレートの加熱部のうち、左右に併設された加熱部に、最大径の鍋(255mm)を並置して使用する場合、トッププレート中央部に、鍋の間隔として所定の間隔(30mm)を有するのに対し、鍋の外殻から左右端部までの距離(5mm)は余裕がなく(【0002】、【0003】、【0005】~【0008】)、このため、調理容器がトッププレート上から左向にはみ出し易く、また、周辺に吹きこぼれや飛び散りを招き易く、ひいては不具合な加熱形態を招いたり、左右端部にスペース制約を受ける設置条件にある場合には、調理容器の取扱性が低下するなどの課題があった(【0008】、【0009】、【0011】)ところ、本件発明は、加熱部に前記調理容器を所定の間隔を存して並置可能とする最大径の調理容器を載置したとき、この所定の間隔より該調理容器の外殻からトッププレートのフレームの係り代を除く左右端部までの距離を長くなる構成としたことによって、業界標準となっている限られた寸法内にロースタを一体に組み込んだケース本体を落とし込んで配置するような加熱調理器においても、最大径の調理容器がトッププレート上から左右方向にはみ出るのを抑えて不具合な加熱形態を回避するとともに、調理容器の外殻から左右端部までの距離に余裕ができて調理容器の取扱いに支障を来すこともないという効果(【0015】)を得ることができるようにしたものである。

2 争点1(被告製品関連製品は構成要件Eを充足するか)について

(1)「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」の意義

構成要件Eのうち、「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」の意義について検討する。

上記各文言は、調理容器との関係をもって加熱調理器の構成を示すものであり、文言のみから一義的にその意義を明らかにすることができないことから、本件明細書等の発明の詳細な説明の内容を考慮して検討する必要がある。そこで、1(1)においてみたとおりの本件明細書等の記載を考慮すると、本件明細書等(【0003】、【0005】、【0021】、【0028】、【0029】、【0030】、【0032】)には、リング状枠はトッププレート上に印刷表示され、調理容器を有効に加熱できる領域として使用者に示されるものであること(【0003】)、リング状枠は加熱部の領域を示し、鍋の最大径と同径で、鍋の外殻を表すものであること(【0005】、【0021】)及び加熱部は最大の鍋径と同径で、リング状枠であること(【0028】、【0029】)が示され、これ以外に、上記各文言の意義の解釈を導くような説明がされていることは認められない。そうすると、「最大径の調理容器」は、トッププレート上に印刷表示され左右の加熱部の領域を示し、また、リング状枠と同径のものであり、また、「調理容器の外殻」と一致するものであると解するのが一般的かつ自然である

この点、被告は、構成要件Eの内容は不特定であるなどと主張するが、同主張は、前記認定に照らし採用することができない。

(2)被告製品関連製品の構成

ア 原告は、別紙3被告製品説明書(原告)において、被告各製品は、「左IHヒーター及び右IHヒーター上で、調理容器の鍋底全体を加熱できる最大径である直径26cmの領域を示す外殻線11、12」という構成を有し、これが「調理容器の外殻」であり「最大径の調理容器」である旨主張する。そして、被告各製品を除く被告製品関連製品も被告各製品と同様の構成を有する旨主張する。

イ しかしながら、前記(1)において認定したとおり、「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」は、トッププレート上に印刷表示された加熱部及び有効加熱領域の領域を示すリング状枠と同径のものであるところ、原告の主張する外殻線11、12は、原告において付しているものにすぎず、トッププレート上に表示されているものではないから、これらを「調理容器の外殻」又は「最大径の調理容器」であるとみることはできない。そして、本件全証拠によっても、被告各製品には、加熱部及び有効加熱領域を示す直径26cmのリング状枠が表示されているとは認められず、加熱部及び有効加熱領域を示すリング状枠と同径である「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」が直径26cmであると認めることもできない。

原告は、「調理容器の外殻」は、鍋底の最大径であり、被告は被告各製品において鍋底が直径26cmまでの鍋を使用することができる旨説明しているから、被告各製品の「最大径の調理容器」は26cmのものであると主張する。しかしながら、被告において上記のように説明することが、被告各製品で使用可能な最大径の鍋底を示すものといえるか否かについてひとまず措くとしても、前記(1)において認定したとおり、「調理容器の外径」及び「最大径の調理容器」と同一であるリング状枠及び有効加熱領域は、トッププレートに表示される必要があるのであって、表示されていない有効加熱領域に基づく原告の主張はその前提を欠き失当である。

(3)小括

以上のとおり、被告各製品は、原告主張の「調理容器の鍋底全体を加熱できる最大径である直径26cmの領域を示す外殻線」という構成を有するとは認められないから、この外殻線を前提に被告各製品が構成要件Eを充足するという原告の主張は採用できず、ほかにこれを認めるに足りる証拠もない。また、被告各製品を除く被告製品関連製品が構成要件Eを充足することを認めるに足りる証拠もない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告製品関連製品は、構成要件Eを充足しないから、本件発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。

7.検討

(1)本件発明は、左右二口の加熱部を有するIHクッキングヒータに関する発明であって、要は、ドロップイン構造であるためケース本体の横幅寸法を560mm以下にせざるを得ない中で、トッププレートの横幅寸法からその周縁部に装着されたフレームの幅分を除いた部分の寸法を700mm以上にし、これら加熱部間の距離より加熱部の外殻からフレームの内側までの距離の方が長くなるようにした、というものだと思います。

(2)判決は請求棄却、つまり、原告(特許権者)の主張は認められませんでした。その理由は、被告製品は本件特許発明の構成要件Eを充足しない、というものでした。

(3)この判決を私なりに解釈すると、この構成要件Eは「左右の加熱部に「最大径の調理容器」を置いたときの調理容器間の距離よりもその状態でのそれぞれの「調理容器の外殻」からフレームの内側の縁までの距離の方が長い構成」としています。そうすると、加熱調理器に係る発明であるにも関わらず、肝心な部分が調理容器によって決まることになります。そうなると、調理容器が単純な円形ならば比較的問題は少なさそうですが、その他の形状や、取手が付いている場合に、それぞれの最大径をどのように解釈すべきか、この特許請求の範囲記載の文言だけでは特定できません。そのため明細書の記載を参酌する必要が生じます。そうすると、明細書からは「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」は、トッププレート上に印刷表示された加熱部及び有効加熱領域の領域を示すリング状枠と同径のもの、と読み取れます。

これに対して、被告製品には本件発明の誘導加熱コイルに対応するIHヒータについて、位置マーク3、4は存在するのですが、加熱部を示すマークは表示されていません。

そのため、非抵触であると認定されたのだと思います。

(4)これまでの判例を振り返ると、特許請求の範囲に記載された平均分子径について、その測定方法が明細書中で特定されていないために明確性要件違反となり無効と判断されたケースがあり、おそらく今後も同様の判断になると思います。本件発明は、明細書中の記載から「「調理容器の外殻」及び「最大径の調理容器」は、トッププレート上に印刷表示された加熱部及び有効加熱領域の領域を示すリング状枠と同径のもの」と解釈することで明確性要件を満たすと認定されていますが、逆に印刷表示されておらず原告が主張するように調理容器の径により特定されるとすると、明確性要件違反と判断されると思われます。

(5)私の経験上、発明(特に製品の改良に関する発明)は一定の制限がかかっている状況の中で、製品を改良する場合の方が生まれやすいように思います。本件発明の場合は、IHクッキングヒータにおいてメーカ側が使用者に使用可能な調理容器の径の上限を提示すべきという考えの下で生まれた発明のように思います。そうすると、そのように調理容器の径の上限を提示するという考えを採用せず(推奨サイズは提示するかもしれませんが)、使用者自らが各々判断するという考え方で設計された製品とはおのずと背景思想が異なります。

この背景思想が特許請求の範囲に明示的に反映されているケースは少ないので、当事者同士の話し合いでは解決しづらく、裁判所のジャッジが必要になることも多いように思います。

(6)もう少し言ってしまうと、この発明を従来技術と比べると、誘導加熱コイルの径はどちらも180mmで変わっていないのに加熱部の大きさは従来225mmから本件発明では300mmになっています。ケース本体の横幅は変わっていないことから、発明の本質はコイル間の距離を大きくした点にあり、コイル間隔を広げたおかげで調理容器の最大径を示すリングの径も大きくすることができた、と見ることができます。このように書いてしまうと、何故特許になったのか不思議に思われるかもしれませんが、上述したような一定の制限がかかっていることを背景技術で説明したり、発明に到達するまでのステップを入れ替えたりすると特許になることがあります。