パワーウィンドウモータ事件

投稿日: 2018/03/21 23:19:22

今日は、平成28年(ワ)第35189号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。判決文によると、原告であるアスモ株式会社は、自動車、産業車両等の各種輸送機器用、その他原動機用の小型モータ、その他機器、システムの製造、販売等を業とする株式会社で、被告である株式会社ミツバは小型電気機器及び電気通信機器並びにその部品の製造、販売、修理等を業とする株式会社だそうです。

1.手続の時系列の整理

① 本件侵害訴訟は、2016年に起こされたようですが、正確な月日は不明です。

② 本件特許は原出願から第2世代の分割出願に当たります。本件特許が閲覧請求されたのと同時期に2件の特許についても閲覧請求されていることから、当事者間の交渉では3件提示されていた可能性があります。

2.本件発明

A ヨークハウジング(4)とギヤハウジング(21)との間に配設されたブラシホルダ(8)が、

B 前記ヨークハウジング(4)の開口に組み付けられブラシ(9)を保持するホルダ部材(31)と、

C コネクタ部(8c)を有し前記ホルダ部材(31)に組み付けられるベース部材(41)とを有し、

D 前記ヨークハウジング(4)の開口部側端部には、該ヨークハウジング(4)に前記ギヤハウジング(21)を固定するためのフランジ部(4d)が設けられ、

E 前記ベース部材(41)には、前記ヨークハウジング(4)と前記ベース部材(41)との間に介在され前記ヨークハウジング(4)と前記ベース部材(41)との間をシールするシール部材(51)が設けられ、

F 前記ホルダ部材(31)には、前記ヨークハウジング(4)の開口部側端部に対して回転軸の軸方向における反ギヤハウジング側に向かって当接する当接部(34)が設けられ、

G 前記シール部材(51)が前記ヨークハウジング(4)と前記ベース部材(41)との間に介在された状態において、前記当接部(34)は、隙間によって前記ベース部材(41)から離間している

H ことを特徴とするモータ。


3.争点

(1)被告製品の構成要件充足性(なお、被告は、次のア、イ以外の構成要件充足性を争っていない。)

ア 構成要件Cの「組み付けられ」の充足性

イ 構成要件D及びFの「開口部側端部」の充足性

(2)無効理由の有無

ア 特開2009-11076号公報(乙2。平成21年1月15日公開。以下「乙2文献」という。)に基づく新規性又は進歩性欠如(特許法29条1項3号、2項)

イ 特開2004-187490号公報(乙3。以下「乙3文献」という。)に基づく進歩性欠如(特許法29条2項)

ウ 構成要件D及びFの「開口部側端部」及び「当接部」についてのサポート要件違反(特許法36条6項1号)

エ 構成要件D及びFの「開口部側端部」及び「当接部」についての明確性要件違反(特許法36条6項2号)

オ 構成要件Fの「当接部」及び構成要件Gの「隙間」についてのサポート要件違反(特許法36条6項1号)

カ 構成要件Fの「当接部」及び構成要件Gの「隙間」についての明確性要件違反(特許法36条6項2号)

キ 分割要件違反に基づく新規性欠如(特許法44条1項、29条1項3号)

ク 拡大先願要件違反(特許法29条の2)

(3)先使用の抗弁の成否(特許法79条)

4.裁判所の判断

1 本件発明の技術的意義

(1)本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には、次の記載がある。

-省略-

(2)上記(1)の本件明細書の記載によれば、先行文献である乙2文献に開示されたモータのようにヨークハウジングの側部にホルダ部材の位置決め用の段差部等を設けると、ヨークハウジングの構成が複雑化するという課題があった。そこで、本件発明は、ホルダ部材の当接部をヨークハウジングの開口部側端部に対し、回転軸の軸方向における反ギヤハウジング側に向かって当接させて、ホルダ部材のヨークハウジングに対する回転軸の軸方向における反ギヤハウジング側への位置決めを行うこととした。本件発明は、このことによって、ヨークハウジングの側部に段差部等を設ける必要がなくなり、位置決め構造の構成が容易になり、ヨークハウジングの製造の容易化等の効果をもたらすという点に技術的意義があると認められる。

2 争点(1)-ア(構成要件Cの「組み付けられ」の充足性)について

被告製品のベース部とホルダ部材とは、電気端子(凸端子)と電気端子部(凹端子)との嵌め合いによって組み付けられることは当事者間で争いがない。

構成要件Cは、ホルダ部材とベース部材が「組み付けられ」るという構成であるところ、本件明細書において、その組み付ける方法について特に限定する趣旨の記載はないし、また、組み付ける方法に関する技術的な意義等についての記載はない。本件明細書にはホルダ部材とベース部材が係合孔及び係合爪によって組み付けられる構成も示されているが(段落【0033】、【図6】等)、一実施形態として説明されているものである。上記1の本件発明の技術的意義に照らしても、本件発明のホルダ部材とベース部材は何らかの方法によって組み付けられていれば足り、特定の方法に限定されないというべきである。

したがって、電気端子(凸端子)と電気端子部(凹端子)との嵌め合いによってベース部とホルダ部材が組み付けられる被告製品は構成要件Cを充足すると認められ、これと異なる被告の主張は採用することができない。

3 争点(1)-イ(構成要件D及びFの「開口部側端部」の充足性)について

(1)本件発明の技術的意義は上記1のとおりであり、本件発明は、ヨークハウジングの開口部側端部でホルダ部材の位置決めを行うということによって、ヨークハウジングの側部に段差部等を設ける必要がなくなり、位置決め構造の構成が容易になり、ヨークハウジングの製造の容易化等の効果をもたらすという点に技術的意義があるものである

このような本件発明の技術的意義からすると、構成要件Fにおけるホルダ部材の当接部と当接するヨークハウジングの「開口部側端部」とは、ホルダ部材の当接部が当接する部分であって、ヨークハウジングを成型する際に形成されたヨークハウジングの開口部側の部分であり、少なくとも、ホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするためにヨークハウジングの成型とは別の工程で設けられた段差部を含まないと解するのが相当である。なぜなら、ヨークハウジングの成型とは別の工程でホルダ部材の位置決めのため段差部を設けると、単にヨークハウジングを成型する場合と比べて位置決め構造の構成と製造が複雑化するため、位置決め構造の構成の容易化と製造の容易化という本件発明の効果を奏さなくなるのであり、本件発明は、少なくとも、ホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするためにヨークハウジングの成型とは別の工程でヨークハウジングに段差部を設けることを排除していると解されるからである。本件明細書を見ても、「開口部側端部」に該当するとものとして、ヨークハウジングを成型する際に形成されたといえるヨークハウジングのフランジ部が挙げられていて(段落【0025】【0038】【0039】【0057】)、ホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするためにヨークハウジングの成型とは別の工程で成型された段差部が「開口部側端部」となることの記載はないし、また、このような段差部が「開口部側端部」となり得ることを示唆する記載もない。

(2)これに対し、原告は、本件発明の課題は、ホルダ部材の位置決めをヨークハウジングの側部の段差部で行うと、開口部側端部で位置決めを行う場合と比較して開口部側端部からの距離が長くなって、設計上、交差や熱膨張の観点から不利となること等を背景とする課題であり、本件発明は、ホルダ部材の位置決め用の被当接部はヨークハウジングの側部に形成するよりも、開口部側端部に形成する方が位置決め構造の構成が容易となり、結果としてヨークハウジングの製造も容易となる効果を有しており、被告製品はかかる効果を奏していると主張する。

しかしながら、原告が主張する、ホルダ部材の位置決めをヨークハウジングの側部の段差部で行うことにより発生する課題(ホルダ部材の位置決めをヨークハウジングの側部の段差部で行うと、開口部側端部で位置決めを行う場合と比較して開口部側端部からの距離が長くなって、設計上、交差や熱膨張の観点から不利となること等)は本件明細書に記載されておらず、また、このような課題があることを認めるに足りる証拠はない。原告の主張は採用することができない

(3)被告製品についてみると、被告製品のホルダ部材はヨークハウジングに組み付けられた状態で、ホルダ部材の当接部の当接端面がヨークハウジングのフランジ部先端より約0.9mm内側(ヨークハウジングの奥へ向かう方向側)に位置し、ヨークハウジングの被当接部の当接端面もフランジ部先端より約0.9mm内側(ヨークハウジングの奥へ向かう方向側)に位置していることが認められる(弁論の全趣旨)。このように、ホルダ部材の当接部の当接端面は、ヨークハウジングに約0.9mm内側に挿入されて当接し位置決めされるものであるから、上記のヨークハウジングの被当接部の形状は、ホルダ部材の位置決めのための段差部であると認められる。そして、このヨークハウジングの段差部は、ホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするため、ヨークハウジングの成型とは別の工程で成型されたものであると認められる(弁論の全趣旨)。

そうすると、被告製品では、ヨークハウジングを成型する際に形成された部分をホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするために利用せず、ヨークハウジングの成型とは別の工程によって設けられた段差部が、ホルダ部材の当接部が当接する被当接部となり、ホルダ部材の位置決めをしている。このようにホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするためにヨークハウジングの成型とは別の工程によって設けられた段差部は、上記に述べたところに照らし、構成要件D及びFの「開口部側端部」とはいえない。

したがって、被告製品は構成要件D及びFを充足せず、被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない。

5.検討

(1)本件発明は、モータが収納されるヨークハウジング部の開口部側端部に、ブラシを保持するホルダ部材の当接部が接触することにより回転軸の軸方向の位置決めが行われるというものです。

(2)構成要件Dには「前記ヨークハウジングの開口部側端部には、該ヨークハウジングに前記ギヤハウジングを固定するためのフランジ部が設けられ」と記載され、開口部側端部にはフランジ部が設けられていることになっています。一方、構成要件Fには「前記ホルダ部材には、前記ヨークハウジングの開口部側端部に対して回転軸の軸方向における反ギヤハウジング側に向かって当接する当接部が設けられ」と記載され、ホルダ部材の当接部が開口部側端部に当接することになっています。ポイントは、開口部側端部にはフランジ部が設けられているが、当接部と当接するのは開口部側端部としか定義されていない点です。つまり、特許請求の範囲の記載上は、当接部と接触するのは開口側端部のどの部分でも良いということになります。

(3)判決では、まず、明細書に記載された発明の効果を参酌して、本件発明の開口部側端部は、少なくともホルダ部材の当接部の当接を受けてホルダ部材の位置決めをするためにヨークハウジングの成型とは別の工程で設けられた段差部を含まない、と解釈しました。その上で、被告製品はヨークハウジングの内側に設けられた段差部に当接部が接触して位置決めされているので開口部側端部とはいえない、結論付けています。なお、当然ですが、判決中で開口部側端部はフランジ部である、という認定はしていません。

(4)原告の主張にしたがって被告製品が含まれるように特許請求の範囲を解釈した場合、本件特許の明細中で先行技術文献として挙げた特開2009-011076号公報に記載された発明と本件発明との間に相違点が存在するのか気になります。もちろん、両者の発明のポイントが相違するので必要な部分がすべて開示されているとは限りませんが、あまり相違点がないように思われ、実際に被告も無効の抗弁にこの文献を挙げています。