平成28年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件

投稿日: 2017/02/03 1:29:33

今日は平成28年(ネ)第10039号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成25年(ワ)第6674号)について検討します。

これも被告物件に関する図面等が判決に添付されていないので、どこまで詳細な検討が可能か不明ですが、やれるところまでやってみましょう。

 

1.事件の整理

まずはネットで検索して得られる範囲内で事件の概要を時系列で追ってみましょう。なお、本件特許1は本件特許2からの分割出願です。

 

本件特許2が拒絶理由通知を受けると直ぐに分割出願(本件特許1)しています。もちろん、通常の業務でも拒絶理由通知を受けて分割することはありますが、それは親出願又は子出願のいずれか一方で広い権利取得にチャレンジ又は発明の特徴部分を変更し、他方で少し狭くても確実に権利取得するという戦略に基づくケースが大半です。しかし、子出願について直ぐに早期審査請求するケースはあまりありません。そこで親出願の意見書・補正書を確認したところ、拒絶理由が存在しない請求項2の内容を請求項1に加える補正で対応しており、子出願で早期審査請求する理由が見当たりませんでした。

最初はこの頃原告が一審被告の製品の存在に気付いたと推測しました。そこでもう少し調べてみると、表の右の2列に参考までに載せた判決が見つかりました。これは今回の一審被告が原告となって、一審原告及びもう一社を被告として侵害訴訟を起こした裁判です。

つまり、今回の裁判は、一審原告であるA社が一審被告であるB社保有の特許権を侵害しているとしてB社から警告を受け、その後A社がB社製品を含むように補正した特許を取得し、B社が起こした裁判に対する対抗措置として起こしたものだったのです。

 

2.本件特許発明の内容

本件特許1の訂正後の特許請求の範囲は以下の通りです。

【請求項1】

4本のコーナー支柱(1)と、前記コーナー支柱(1)で支持された平面視四角形で金属板製の棚板(2)とを備えており、前記棚板(2)は、水平状に広がる基板(4)とこの基板(4)の周囲に折り曲げ形成した外壁(5)とを備えている棚装置であって、

前記棚板(2)における外壁(5)の先端に、基板(4)の側に折り返された内壁(6)が、当該内壁(6)と前記外壁(5)との間に空間が空くように連接部(11)を介して一体に形成されており、前記内壁(6)のうち前記連接部(11)と反対側の自由端部(6a)は前記外壁(5)に向かって延びるように曲げられており、前記内壁(6)の自由端部(6a)は傾斜部になっている、

棚装置。

【請求項2】

4本のコーナー支柱(1)と、前記コーナー支柱(1)で支持された平面視四角形で金属板製の棚板(2)とを備えており、前記棚板(2)は、水平状に広がる基板(4)とこの基板(4)の周囲に折り曲げ形成した外壁(5)とを備えている棚装置であって、

前記棚板(2)における外壁(5)の先端に、基板(4)の側に折り返された内壁(6)が、当該内壁(6)と前記外壁(5)との間に空間が空くように連接部(11)を介して一体に形成されており、前記内壁(6)のうち前記連接部(11)と反対側の自由端部(6a)は前記外壁(5)に向かって延びるように曲げられており、前記棚装置における内壁(6)の自由端部(6a)は傾斜部になっており、

前記コーナー支柱(1)は平面視L形であり、前記棚板(2)の外壁(5)が前記コーナー支柱(1)にボルト(7)及びナット(8)で固定されており、

前記棚装置の連接部(11)は前記基板(4)と反対側に向いて凸の円弧状に形成されており、隣り合った連接部(11)が互いに突き合わさっている、

棚装置

 

また、本件特許2の訂正後の特許請求の範囲は以下の通りです。

【請求項1】

複数本のコーナー支柱(1)と、前記コーナー支柱(1)の群で囲われた空間に配置された金属板製の棚板(2)とを備えており、前記コーナー支柱(1)は平面視で交叉した2枚の側板(1a)を備えている一方、前記棚板(2)は、水平状に広がる基板(4)とこの基板(4)の周囲に折り曲げ形成した外壁(5)とを備えており、前記外壁(5)の端部を前記コーナー支柱(1)の側板(1a)に密着させて両者をボルト(7)で締結している構成であって、

前記ボルト(7)は頭がコーナー支柱(1)の外側に位置するように配置されており、前記棚板(2)における外壁(5)の内面には前記ボルト(7)がねじ込まれるナット(8)を配置しており、前記棚板(2)における外壁(5)の先端には前記基板(4)の側に折り返された内壁(6)が一体に形成されており、前記外壁(5)と内壁(6)との間には前記ナット(8)を隠す空間が空いていて前記内壁(6)の先端部は前記基板(4)に至ることなく前記外壁(5)に向かっており、

更に、前記コーナー支柱(1)の側板(1a)には位置決め突起(9)を、前記棚板(2)には前記外壁(5)のみに前記位置決め突起(9)がきっちり嵌まる位置決め穴(10)を設けている、

棚装置。

 

これらの構成を説明する図面は別途ファイルとして添付します。

 

本件特許1の内容を簡単に説明すると、請求項1は四角い皿形のワゴン棚の縁部分が内側に折り返されることで離間した外壁と内壁の二重構造になっており、さらに内壁の先端が外壁に向かって折り曲げられているというものです。また、請求項2はさらにコーナー支柱の形状やコーナー支柱と棚板の取り付け構造や棚の縁構造について限定したものです。

本件特許発明2ではさらに位置決め構造などについて限定しています。

 

2.被告製品の内容

被告製品に関する詳細な図面は添付されておらず、ネットで検索してダウンロードした2014年のカタログにも棚の縁部分の詳細な図面は記載されていませんでした。

 

3.地裁・高裁判決の内容

地裁判決に挙げられた被告の反論を読む限り、非抵触主張はかなり弱いです。おそらくほぼ同じ構成だったものと思われます。また、無効主張も分割違法をトップに持ってきていますが、実施例に限定すべき根拠が弱いものと思います。

 

「所感」

前述したようにこの事件はA社がB社から起こされた別の裁判への対抗措置です。この別の事件も高裁まで行ってB社の勝ちとなっています。しかし、上告が認められない場合、今回A社がB社に支払わなければならない損害賠償額よりも遥かに大きな額をB社はA社に支払わなければなりません。つまり先に仕掛けたA社がB社によって返り討ちにあってしまったという状況です。

ざっと調べたところこれまでのA社の出願件数は13件でした。B社はA社に警告するにあたって打ち返される可能性の有無を調べたと思います。その時にこの特許(おそらく調査時は出願公開段階)についてどのような判断をしたのでしょうか?

① 権利となってもB社製品を含む内容にはならないと判断した。

② 権利となっても無効になると判断した。

さらに、A社の出願が権利化された以降もB社が対象となる製品の販売を継続していたことも理解できませんでした。

もちろん、判決等のように表面に出た情報だけでは内情まではわかりませんが、正直言ってなんとも不可解な対応だと思いました。

実は私が企業の知財部門に所属していた時に今回のA社と同じような状況に持ち込んだことがあります。その時も特許権侵害との警告を受けてから有効な出願を補正して権利化し、相手が訴訟を起こしてから対抗措置として訴訟を起こしました。結果は和解になりましたが、後からアクションを起こしたにも関わらず和解内容は満足がいくものでした。

 

このように相手に対して警告を行う場合には相手が現在保有している特許だけではなく、まだ権利になっていない出願についても十分調査する必要があります。