医療用ガイドワイヤ事件(その2)
投稿日: 2017/06/14 6:24:21
今日も平成27年(ネ)第10114号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成26年(ワ)第25577号)について検討します。
2.特許の内容
【請求項1】
1A 遠位端側小径部(11)と前記遠位端側小径部(11)より外径の大きい近位端側大径部(14)とを有するコアワイヤ(10)と、
1B 前記コアワイヤ(10)の遠位端側小径部(11)の外周に軸方向に沿って装着され、先端側小径部(21)と、前記先端側小径部(21)よりコイル外径の大きい後端側大径部(23)と、前記先端側小径部(21)と前記後端側大径部(23)との間に位置するテーパ部(22)とを有し、少なくとも先端部および後端部において前記コアワイヤ(10)に固着されているコイルスプリング(20)とを有し、
1C 前記コイルスプリング(20)の先端側小径部(21)の長さが5~100mm、コイル外径が0.012インチ以下であり、
1D 前記コイルスプリング(20)の先端部は、Au-Sn系はんだ(31)により、前記コアワイヤ(10)に固着され、
1E Au-Sn系はんだ(31)による先端硬直部分の長さが0.1~0.5mmである
1F ことを特徴とする医療用ガイドワイヤ。
【請求項2】
2A 前記コイルスプリング(20)の先端側小径部(21)のコイル外径が0.010インチ以下である
2B ことを特徴とする請求項1に記載の医療用ガイドワイヤ。
【請求項3】
3A 前記コアワイヤ(10)の近位端側大径部(14)の外径および前記コイルスプリング(20)の後端側大径部(23)のコイル外径が、何れも0.014インチ以上である
3B ことを特徴とする請求項2に記載の医療用ガイドワイヤ。
【請求項4】
4A 前記コイルスプリング(20)の先端側小径部(21)におけるコイルピッチが、コイル線径の1.0~1.8倍であり、
4B Au-Sn系はんだ(31)が、前記コイルスプリング(20)の1~3ピッチに相当する範囲においてコイル内部に浸透している
4C ことを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の医療用ガイドワイヤ。
【請求項9】
9A 前記コアワイヤ(10)がステンレスからなること
9B を特徴とする請求項1乃至請求項8の何れかに記載の医療用ガイドワイヤ。
3.一審(東京地裁(民事第47部))
3.1 争点
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか
(2)本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか
(3)原告の損害額
3.2 裁判所の判断
3.2.1 被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか
(1)まず、被告製品の灰色部が本件発明の「Au-Sn系はんだ」に相当するかについて検討する。
ア 本件明細書(甲2)には以下の記載がある。
-省略-
イ 「Au-Sn系はんだ」の解釈について
本件発明の構成要件1Dにおける「Au-Sn系はんだ」とは、その文言及び証拠(甲7ないし9、乙4、5)によって認められる本件特許出願時の技術常識に照らして、Au(金)及びSn(スズ)を主成分として含むはんだである必要がある(ただし、これら以外のAg(銀)等の金属元素やAuSn4等の金属間化合物を含有する態様でもよく、また不均一な合金の組織態様を含んでもよい。)と解される。
そして、本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を併せ考慮すれば、本件発明における「Au-Sn系はんだ」は、Au75~80質量%とSn25~20質量%との合金からなるはんだを具体例とする、従来の「Ag-Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有する、Au及びSnを主成分とするはんだを意味すると解すべきである。
この点、原告は、「Au-Sn系はんだ」がAu及びSnを主成分とするはんだを意味するとしても、そのAu成分はAuSn4として存在するものであってもよいと主張しているとも解されるが、証拠(甲7、乙4、5)によれば、本件特許出願時の技術常識として、Au-Sn系はんだ等のAu基はんだにおいては、他の金属との間に脆い金属間化合物を形成しやすいため脆い金属間化合物の形成を避ける必要があり、その脆い金属間化合物の一例としてAuSn4が挙げられていることが認められるのであって、AuSn4は、Au-Sn系はんだにおいては、その固着強度を弱めるものとしてむしろ避ける必要があるものであるから、AuSn4が含まれることをもって、上記の「Au及びSnを主成分とするはんだ」に当たるとは到底いえない。
ウ 被告製品について
証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品の製造方法は、ステンレススチールコアの先端部に、スプリングコイルと接触しないようにスプリングコイルの内径より外径の大きい金錫(Au80-Sn20)の玉(白色部)を形成した上、同白色部と、スプリングコイルを、金錫の融点より低い設定温度で、銀錫(Sn96.5-Ag3.5)(灰色部)によりはんだ付けするというものであると認められる。
そして、原告による直径20μmの円形の測定スポットでのX線マイクロアナライザ分析(甲5)によれば、灰色部の組成にはAu(金)も含まれると認められるが、被告による被告製品の反射電子像及び直径1μmの円形の測定スポットでのX線マイクロアナライザ分析(乙2の1、2の3ないし2の16)によると、灰色部には、組成が異なる暗灰色部と明灰色部があり、暗灰色部の組成は、Snが77.1~99.1質量%、Agが0.9~22.9質量%、Auが未検出であり、明灰色部の組成は、Snが64.6~67.2質量%、Auが約32.6~34.6質量%、Agが0.2~0.8質量%であったと認められる。そして、証拠(乙3)によれば、この明灰色部から収束イオンビーム(FIB)にて試料を摘出し、100nmまで薄片化してTEM解析を行い、AuSn4の標準サンプルによるデータと比較したところによると、同試料は金属間化合物であるAuSn4であると同定されたことが認められる。証拠(乙4、5、8の1ないし8の13)によれば、このAuSn4は、いわゆる「金食われ」現象によって、銀錫をはんだ付けした際に金錫に含まれるAuが溶出することによって針状組織を呈する金属間化合物AuSn4が不可避的に混入したものであると説明でき、前記認定に係る被告製品の製造方法と整合する。この点、原告は、明灰色部にAgが検出されたこと並びに白色部及び暗灰色部の組成が前記製造方法記載のAu80-Sn20ないしSn96.5-Ag3.5とは異なることなどから、被告による被告製品のX線マイクロアナライザ分析及びTEM解析は不適当であると主張するが、証拠(乙7の1ないし7の5)に照らして、これらの指摘は被告による被告製品の分析及び解析の正確性に疑問を生じさせるようなものではない。
そうすると、被告製品の灰色部に含まれるAu成分が主としてAuとして存在することを認めるに足りる証拠はなく、かえって、これは主としてAuSn4として存在するものであるといえるから、前記イの解釈を踏まえれば、これが含まれるからといって、被告製品の灰色部がAu及びSnを主成分とするはんだであるとは認められない。むしろ、被告製品の灰色部は、AuSn4(明灰色部)を含む銀錫(「Ag-Sn系はんだ」)であると考えられ、これは、証拠(乙9ないし12)によれば、「Ag-Sn系はんだ」と比較して高い固着強度を有する「Au-Sn系はんだ」であるとは到底認められない。
エ よって、被告製品の灰色部は、本件発明の「Au-Sn系はんだ」に相当するとはいえない。また、白色部と灰色部は、組成が異なる別のはんだであり、灰色部が「Au-Sn系はんだ」に相当しない以上、白色部と灰色部を合わせて「Au-Sn系はんだ」に相当するということもできない。
(2)次に、被告製品の白色部が本件発明の「Au-Sn系はんだ」に相当するとして、白色部によりスプリングコイルの先端部がステンレススチールコアに固着されているといえるかについて検討する。
被告製品は、前記(1)ウ記載の製造方法のとおり、スプリングコイルに接しないようにステンレススチールコアに玉付けされた金錫(白色部)とスプリングコイルを、銀錫(灰色部)により、金錫の融点より低い設定温度ではんだ付けするというものであるから、金錫の玉付けされたステンレススチールコアは、銀錫(灰色部)ではんだ付けされるまでの間はスプリングコイルに固定されておらず可動性を有するといえ、白色部ないしステンレススチールコアとスプリングコイルの先端部とが白色部によって固着されているとは認められない。原告は、原告による被告製品の先端はんだ部引張強度試験の結果(甲10)によれば、被告製品においては、先端側硬直部分の長さが0.1~0.5㎜と短いにも関わらず固着強度が十分高いなどと主張するが、この結果は、金錫(白色部)の玉がスプリングコイルに引っ掛かるためであると考えられ、この結果によってステンレススチールコアが白色部によってスプリングコイルと固着されているということにはならないというべきである。
(3)そうすると、被告製品の灰色部は、本件発明の「Au-Sn系はんだ」に相当せず、被告製品の白色部は、「Au-Sn系はんだ」に相当するとしてもこれによりスプリングコイルの先端部がステンレススチールコアに固着されているとは認められないから、結局、被告製品は、少なくとも、構成要件1Dの「コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され」を充足せず、また、これを引用する構成要件2B、3B、4C及び9Bのいずれも充足しないことは明らかである。
4.二審(知財高裁(第3部))
4.1 争点
(1)被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか
ア 文言侵害の有無(争点1-1)
イ 均等侵害の有無(争点1-2)
(2) 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(サポート要件適合性)(争点2)
(3) 控訴人の損害額(争点3)
4.2 裁判所の判断
1 事案に鑑み、争点2(本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(サポート要件違反の有無))について検討する。
2 本件発明
(1)本件発明は、前記(引用した原判決第2の1(3))のとおりである。
(2)本件明細書の記載
-省略-
(3)上記(2)の各記載によれば、本件発明の概要は、以下のとおりであると認められる。
-省略-
3 サポート要件違反の有無について
(1)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そこで、以下、本件発明が解決しようとする課題につき検討した上で、本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かを検討する。
(2)-省略-
(3)本件発明1について
ア 前記1によれば、請求項1記載の発明である本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。
イ 上記(2)のとおり、請求項1の記載が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は出願時の技術常識により、当業者が発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるといい得るためには、同請求項の記載から、本件発明の第1の目的である「コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が高」いこと、より具体的には、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)がコアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要する。
ところで、請求項1には、コアワイヤとコイルスプリングの固着につき、「前記コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され、」と記載されているものの、その固着強度に関する具体的な記載はない。
そうすると、請求項1の記載がサポート要件に適合するということができるためには、上記「前記コイルスプリングの先端部は、Au-Sn系はんだにより、前記コアワイヤに固着され、」なる記載、すなわち両者の固着に「Au-Sn系はんだ」を用いることのみによって、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度(引張強度)が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載にあるように、コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高いこと、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを当業者が認識し得ることを要することになる。
ウ ここで、請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」の意義につき、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに、発明の詳細な説明には「本発明で使用するAu-Sn系はんだは、例えば、Au75~80質量%と、Sn25~20質量%との合金からなる。」(【0057】)との例示はあるものの、これを除けばその定義を含め何らの記載もない。実施例である「Au-Sn系はんだ」の固着性に係る試験結果及び比較例である「Ag-Sn系はんだ」の同試験結果の記載部分(【0075】~【0083】)においても、「Au-Sn系はんだ」の具体的な組成については記載がない。
そうすると、請求項1に記載の「Au-Sn系はんだ」の意義については、一般的な技術用語の意味に解し、「Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり、AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても、しなくてもよく、含有しない場合、Auと、Snの成分比率も何ら限定されない『はんだ』」と解釈するのが適当である。
エ -省略-
オ -省略-
カ -省略-
キ 上記ウのとおり、請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」は、Au及びSnを主成分として含むはんだである必要があり、AuとSn以外のその他の元素や金属間化合物を含有しても、しなくてもよく、含有しない場合、AuとSnの成分比率も何ら限定されないはんだと解されるところ、上記エ~カを総合的に考慮すると、Au及びSn以外の元素の有無や各成分の含有量を特定しない場合においても、当業者が、本件発明の課題解決のために必要なAu-Sn系はんだの固着強度、すなわち、コアワイヤに対するコイルスプリングの固着強度が、コアワイヤの遠位端側小径部の引張破断強度より高い、又はAg-Sn系はんだによって固着する場合と比較して2.5倍程度であることを認識し得るということはできないというべきである。
したがって、請求項1の記載はサポート要件に適合しているということはできない。
(4)本件発明2~9について
本件発明2~9に係る請求項2~9は、いずれも請求項1を引用するものであり、請求項1記載の「Au-Sn系はんだ」を限定する記載もないことから、同様にサポート要件に適合しているということはできない。
(5)-省略-
(6)-省略-