排水栓装置事件

投稿日: 2018/09/21 23:13:23

今日は、平成29年(行ケ)第10189号 審決取消請求事件について検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5975433号)

2.特許請求の範囲

(1)訂正前

【請求項1】

水槽の底部(1)に、円筒状陥没部(10)を形成し、該円筒状陥没部(10)の底部に形成された内向きフランジ部(11)が排水口金具(3)と接続管(5)とで挟持取付けられて排水口部(2)を形成し、該排水口部(2)には、排水口金具(3)を露出しないように覆うカバー(6)が該円筒状陥没部(10)内に設けられ、その円筒状陥没部(10)内を上下動するカバー(6)が、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、該カバー(6)の下面には、排水口金具(3)とで密閉可能に止水するパッキン(7)を挿通保持する軸部(61)が設けられて排水栓(20)を構成し、該排水栓(20)の昇降でパッキン(7)による開閉がされることを特徴とする排水栓装置。

(2)訂正後

【請求項1】

水槽の底部(1)に、円筒状陥没部(10)を形成し、該円筒状陥没部(10)の底部に形成された内向きフランジ部(11)が排水口金具(3)と接続管(5)とで挟持取付けられて排水口部(2)を形成し、該排水口部(2)には、排水口金具(3)を露出しないように覆うカバー(6)が該円筒状陥没部(10)内に設けられ、その円筒状陥没部(10)内を上下動するカバー(6)が、前記排水口金具(3)のフランジ部とほぼ同径であるとともに、前記円筒状陥没部(10)に接触せず、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、該カバー(6)の下面には、排水口金具(3)とで密閉可能に止水するパッキン(7)を挿通保持する軸部(61)が設けられて排水栓(20)を構成し、該排水栓(20)の昇降でパッキン(7)による開閉がされることを特徴とする排水栓装置。

3.審決の理由の要旨

(1)審決の理由は、別紙審決書の写し記載のとおりであるところ、その要旨は次のとおりである。

ア 訂正請求について

被告が求めた本件訂正の内容は、①特許請求の範囲請求項1に「その円筒状陥没部内を上下動するカバーが、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、」と記載されているのを、「その円筒状陥没部内を上下動するカバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに、前記円筒状陥没部に接触せず、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、」に訂正するもの(訂正事項1)及び②本件明細書の【0007】に「その円筒状陥没部内を上下動するカバーが、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、」と記載されているのを、「その円筒状陥没部内を上下動するカバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに、前記円筒状陥没部に接触せず、止水時には、水槽の底部面に概ね面一とされ、」に訂正するもの(訂正事項2)である(以下、訂正事項1及び2を併せて「本件訂正事項」という。)。

訂正事項1は、カバーの構成をより具体的に特定し、限定するものであるから、特許法134条の2第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、訂正事項2は、訂正事項1に係る訂正に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るため、特許法134条の2第1項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。また、各訂正事項は、特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項に適合する。

イ 原告主張の無効理由2について

本件発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平10-227053号公報(甲1)に記載された発明(甲1発明)、特開2008-308852号公報(甲3)に記載された発明(甲3発明)及び周知技術(甲2、4~19)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものということはできず、本件特許は、同法123条1項2号により無効とすることはできない。

ウ 原告主張の無効理由1について

本件特許は、発明の詳細な説明及び特許請求の範囲の記載に不備があるとはいえず、特許法36条4項1号、並びに同条6項1号及び2号の規定に違反するものとはいえないから、同法123条1項4号により無効とすることはできない。

(2)審決が認定した甲1発明、本件発明と甲1発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

ア 甲1発明

「洗面ボウル1の底部に貫通穴2を上下に貫通するように穿孔し、

貫通穴2の上から貫通穴2に排水筒3を挿通し、

排水筒3の上端の鍔部21を貫通穴2の段部22に載置し、

貫通穴2の下方で排水筒3の外周に止めナット4を螺合し、

排水筒3を止めナット4にて貫通穴2に装着し、

排水筒3内は排水口5となっており、排水口5内には排水栓部材6を内装し、

排水栓部材6は、排水口5の上端開口を開閉し得る栓体11と、作動軸10とヘアーキャッチャー8とで主体が構成され、

排水筒3の上部の側方にはオーバーフロー管23の一端を連結し、

排水筒3の下部の側方から排水管14を導出し、

排水筒3の下端には蓋体15を螺合にて装着してある洗面化粧台の洗面ボウル等に設ける排水栓の構造であって、

洗面ボウル1の底部に、貫通穴2に向かって、円筒状陥没部を形成し、

円筒状陥没部の底部に形成された貫通穴2の段部22が排水筒3の上端の鍔部21とオーバーフロー管23の一端とで挟持取り付けられ排水口部を形成し、

排水口部には、排水筒3の上端の鍔部21を露出しないように覆う栓体11が円筒状陥没部内に設けられ、

円筒状陥没部内を上下動する栓体11が、排水筒3の上端の鍔部21とほぼ同径であり、止水時には、洗面ボウル1の底部面に対して没した位置とされ、

栓体11の下面には、排水筒3とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し、

排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされる洗面化粧台の洗面ボウル等に設ける排水栓の構造。」

イ 本件発明と甲1発明との一致点

水槽の底部に、円筒状陥没部を形成し、該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口器具と配管とで挟持取付けられて排水口部を形成し、該排水口部には、排水口器具を露出しないように覆うカバーが該円筒状陥没部内に設けられ、その円筒状陥没部内を上下動するカバーが、前記排水口器具のフランジ部とほぼ同径であり、該カバーの下面には、排水口器具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し、該排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされる排水栓装置。

ウ 本件発明と甲1発明との相違点

(相違点1)

「排水口部を形成」する「排水口」器具が、本件発明では「排水口金具」であるのに対し、甲1発明では排水筒3であって金具か否か不明な点。

(相違点2)

「円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口」器具「とで挟持取付けられて排水口部を形成」する配管は、本件発明では「接続管」であるのに対し、甲1発明ではオーバーフロー管23である点。

(相違点3)

「円筒状陥没部内を上下動するカバー」が、本件発明では「円筒状陥没部に接触」しないのに対し、甲1発明ではそのようなものか否か不明な点。

(相違点4)

「円筒状陥没部内を上下動するカバー」が「止水時には」、本件発明では「水槽の底部面に、概ね面一とされ」るのに対し、甲1発明ではそのようなものではなく、洗面ボウル1の底部面に対して没した位置とされる点。

4.取消事由

(1)訂正事項である特許請求の範囲請求項1記載の「ほぼ同径」についての判断の誤り(取消事由1)

(2)本件発明と甲1発明との相違点2についての判断の誤り(取消事由2)

(3)本件発明と甲1発明との相違点4についての判断の誤り①(取消事由3)

(4)本件発明と甲1発明との相違点4についての判断の誤り②(取消事由4)

(5)無効理由1(特許法36条6項2号)についての判断の誤り(取消事由5)

5.裁判所の判断

1 本件発明について

(1)本件明細書(甲28)の記載

-省略-

(2)本件発明の特徴

前記(1)の記載によれば、本件発明の特徴は次のとおりである。

ア 本件発明は、洗面化粧台、浴槽、流し台などにおける水槽の底部に形成された排水口部を覆うカバーが設けられた排水栓装置に関する(【0001】)。

イ 従来の洗面化粧台、浴槽などの水槽の底部に形成された排水口部は、該排水口部に貫通して取り付けられた排水口金具のフランジ部が水槽の底部表面に露出していたため、排水口金具のフランジ部との境目に残水及び水垢などが溜り、汚れが目立ち、常時、清掃する必要があった(【0002】)。

そこで、水槽の底部に漸次縮径する陥没部を形成して排水口部とし、陥没部の内面と面一のテーパ内面を備えた排水口金具を配設し、排水栓が、止水状態において、排水口金具より上方に位置するようにし、残水及び水垢の溜り易い排水口金具の取付境目が隠れるようにしている(【0003】)。

ウ この排水口部は、汚れ易い排水口金具の取付境目を排水栓で隠し、見え難くしているが、従来は、排水口部内が精巧に加工されていないため密閉し難く、止水が困難であるとか、栓蓋下に隣接するパッキンが当接する前に栓蓋の縁が排水口部内面と当接し、パッキンによる密閉に不足が生じるとか、漸次縮径する排水口部に楔形の排水栓を嵌め込むこととなり、排水栓の引き抜きの操作が重くなるなどといった問題点があった(【0005】)。

エ そこで、本件発明は、水槽の底部に円筒状陥没部を形成し、該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口金具と接続管とで挟持取り付けられ、該排水口金具が露出されないように覆うカバーを円筒状陥没部内に上下動可能に設け、確実に止水するため、精巧な加工がし易い排水口金具にパッキンを当接させるようにした(【0006】)。

オ 本件発明の排水栓装置では、カバーは、排水口部の円筒状陥没部内で上下動可能で接触しないので、パッキンの押圧止水作用の妨げとならず、またパッキンの密閉止水の作用に関係なく位置設定できる。さらに、カバーが水槽の底部面と概ね面一にされ、排水口部を覆うことで排水口部内の汚れを覆い隠すことができ、見栄えを良くでき、また、カバーにつまずくことを防止できる(【0008】、【0013】)。

2 引用発明について

(1)甲1発明

甲1には、おおむね次の記載がある(図面については、別紙引用例の図参照)。

ア 発明の属する分野【0001】本発明は、洗面化粧台の洗面ボウル等に設ける排水栓の構造に関するものである。

イ 従来の技術

【0002】従来の洗面ボウルに排水栓を設ける場合、図3や図4に示すような構造を採用していた。洗面ボウル1の底部に設けた貫通穴2には上から排水筒3を挿通し、貫通穴2の下方で排水筒3の外周に止めナット4を螺合して貫通穴2に排水筒3を装着してあり、排水筒3内の排水口5内には排水栓部材6を内装してある。

排水栓部材6は、図4に示すように筒軸7の上端にヘアーキャッチャー8を設けると共に筒軸7の下端にガイド部材9を設け、筒軸7に作動軸10を上下に摺動自在に挿通し、作動軸10の上端に排水口5の上端開口を開閉する栓体11を固着し、作動軸10の下端に重り12を装着して形成されている。排水栓部材6を排水口5内に内装した状態でヘアーキャッチャー8の外周が排水筒3の内面に接触させてあり、ガイド部材9の外周が排水筒3の内面の段部13に載置してある。排水筒3から側方に排水管14を導出してあり、排水筒3の下端には蓋体15を螺合にて装着してある。レリーズワイヤー16の一端は蓋体15に装着してあり、レリーズワイヤー16の他端に設けた取り付け部17をカウンター等に装着し得るようにしてある。レリーズワイヤー16はアウターチューブ16aにインナーワイヤー16bを摺動自在に挿通して形成され、取り付け部17側でインナーワイヤー16bの端部に設けたつまみ18を操作することでインナーワイヤー16bを摺動操作できるようになっている。蓋体15から上記インナーワイヤー16bの端部を上方に突出させてあり、このインナーワイヤー16bが排水筒3のセンターに位置させてあり、インナーワイヤー16bの上端を重り12の平坦な下面に当接してある。しかして、つまみ18を下方に押すと、排水筒3内のインナーワイヤー16bの端部にて重り12の下面が押されて作動軸10が上に摺動して栓体11が上方に移動して排水口5が開放され、図3の矢印のように水が流れるようになる。またつまみ18を上に引くと、排水筒3内のインナーワイヤー16bの端部が下方に下がり、重り12の重量にて作動軸10と一緒に栓体11が下降し、栓体11にて排水口5の上端の開口が閉塞される。

ウ 発明が解決しようとする課題

【0003】上記従来例にあっては、栓体11の開状態における栓体11の水平方向の支持はヘアーキャッチャー8の外周が排水筒3の内面に接触させることによりされるが、作動軸10が上下にスムーズに摺動して栓体11がスムーズに開閉するためには排水筒3の内面とガイド部材9の外周との間に隙間Sを設ける構造を採用している。ところが、上記従来例ではインナーワイヤー16bの端部が重り12の平坦な下面に当接しているだけのため、栓体11の開放状態では上記隙間Sにより作動軸10と栓体11とに水平方向のがたつきが発生する。このがたつきにより、水の排水ときに栓体11ががたつき異音を発生するという問題がある。またヘアーキャッチャー8の掃除等のために排水栓部材6を全体を上方に抜いて取り外すときは栓体11がセンターに位置していないために栓体11を掴みにくいという問題がある。【0004】本発明は叙述の点に鑑みてなされたものであって、栓体の水平方向のがたつきをなくして排水時に異音が発生しないようにすることを課題とする。

エ 課題を解決するための手段

【0005】上記課題を解決するため本発明の排水栓は、排水口5に上下することより排水口を開閉する栓体11を設け、栓体11の下方で排水口5に配置したヘヤーキャッチャー8の筒軸7内に栓体11から垂下した作動軸10を摺動自在に挿通し、レリーズ操作により上記作動軸10を作動させて栓体11にて排水口5を開閉するようにした排水栓において、作動軸10の下端部分に凹部20を設けると共にレリーズワイヤー16のインナーワイヤー16bの先端を凹部20にはめ込むことでインナーワイヤー16bに対して作動軸10の下端部分を水平方向に位置決めして成ることを特徴とする。凹部20にインナーワイヤー16bの先端をはめ込むことでインナーワイヤー16bにより作動軸10が水平方向に動かないように位置決めでき、栓体11の開放時に栓体11の水平方向のがたつきをなくして排水時に異音が発生しないようにできる。栓体11が水平方向にがたつかないために栓体11がセンターに位置して見映えがよくなり、また栓体11を掴んで栓体11と一緒にヘアーキャッチャー8や作動軸10を抜くとき栓体11が掴みやすくなる。

オ 発明の実施の形態

【0007】以下、図1や図2に示す実施の形態により説明する。洗面ボウル1の底部には貫通穴2を上下に貫通するように穿孔してあり、貫通穴2の上から貫通穴2に排水筒3を挿通してあり、排水筒3の上端の鍔部21を貫通穴2の段部22に載置してある。貫通穴2の下方で排水筒3の外周には止めナット4を螺合してあり、排水筒3を止めナット4にて貫通穴2に装着してある。排水筒3内は排水口5となっており、排水口5内には排水栓部材6を内装してある。この排水栓部材6は、図2(a)に示すように排水口5の上端開口を開閉し得る栓体11と、作動軸10とヘアーキャッチャー8とで主体が構成されている。垂直方向を向く作動軸10の上端には栓体11を螺合にて連結してある。作動軸10の上端は栓体11のセンターに連結してある。ヘアーキャッチャー8にはセンターの位置で上下に貫通するように筒軸7を設けてあり、この筒軸7に作動軸10を上下に摺動自在になるように挿通してある。作動軸10の下端部分には重り12を一体に装着してあり、作動軸10のセンターに対応する位置で重り12の下面には凹部20を設けてある。…排水栓部材6を排水口5内に内装した状態でヘアーキャッチャー8の外周が排水筒3の内面に接触させてあると共にヘアーキャッチャー8の外周の下部が排水筒3の内面の段部13に載置してある。

【0008】排水筒3の上部の側方にはオーバーフロー管23の一端を連結してあり、オーバーフロー管23の他端を洗面ボウル1のオーバーフロー口24に臨ませてある。排水筒3の下部の側方から排水管14を導出してあり、排水筒3の下端には蓋体15を螺合にて装着してある。レリーズワイヤー16の一端は蓋体15に装着してあり、レリーズワイヤー16の他端に設けた取り付け部17をカウンター等に装着し得るようにしてある。レリーズワイヤー16はアウターチューブ16aにインナーワイヤー16bを摺動自在に挿通して形成され、取り付け部17側でインナーワイヤー16bの端部に設けたつまみ18を操作することでインナーワイヤー16bを摺動操作できるようになっている。蓋体15から上記インナーワイヤー16bの端部を上方に突出させてあり、このインナーワイヤー16bが排水筒3のセンターに位置させてあり、インナーワイヤー16bの上端を図2(b)に示すように作動軸10の下端部分の重り12の凹部20のはめ込んである。

【0009】しかして、つまみ18を下方に押すと、排水筒3内のインナーワイヤー16bの端部にて重り12が上に押されて作動軸10が上に摺動して栓体11が上方に移動して排水口5が開放され、図1の矢印のように水が流れるようになる。またつまみ18を上に引くと、排水筒3内のインナーワイヤー16bの端部が下方に下がり、重り12の重量にて作動軸10と一緒に栓体11が下降し、栓体11にて排水口5の上端の開口が閉塞される。またヘアーキャッチャー8を掃除したりする場合、栓体11を手で掴んで排水栓部材6を上に抜き取ることにより行う。また本発明では、作動軸10の下端部分の重り12の凹部20にインナーワイヤー16bの端部をはめ込み、センターに位置するインナーワイヤー16bに対して作動軸10の下端部分を水平方向の動きに対して位置決めしているために、ヘアーキャッチャー8の外周が排水筒3の内面に接触していることと相俟って栓体11の開放状態でも栓体11が水平方向にがたつくことがなくなる。これにより排水時に栓体11のがたつきにより異音を発生することがなくなる。また栓体11がセンターに位置して外観がよくなる。また排水栓部材6全体を取り外すとき、栓体11が掴みやすくて排水栓部材6の取り外しが容易にできる。

カ 発明の効果

【0010】本発明は叙述のように作動軸の下端部分に凹部を設けると共にレリーズワイヤーのインナーワイヤーの先端を凹部にはめ込むことでインナーワイヤーに対して作動軸の下端部分を水平方向に位置決めしているので、インナーワイヤーにより作動軸が水平方向に動かないように位置決めできるものであって、栓体の開放時に栓体の水平方向のがたつきをなくして排水時に異音が発生しないようにできるものであり、また栓体が水平方向にがたつかないために栓体がセンターに位置して見映えがよくなるものであり、また栓体を掴んで栓体と一緒にヘアーキャッチャーや作動軸を抜くとき栓体が掴みやすくなるものである。

(2)甲3発明

甲3には、おおむね次の記載がある(図面については、別紙引用例の図参照)。

ア 技術分野

【0001】本発明は、洗面化粧台に設けられる洗面ボウルの排水孔のシール構造に関する。

イ 背景技術

【0002】従来より、…洗面化粧台に配設される洗面ボウルには、該洗面ボールの底面に開口する排水孔が設けられており、この排水孔は、洗面ボウルに組み付けられた排水栓によって開閉されるようになっている。排水孔の内周面は、下方へ行くに従って小径となるテーパー面で構成されている。排水栓は、円板形状をなしており、外縁部には、排水孔のテーパー面に接触するシール部が設けられている。また、排水栓の下面には、下方へ突出するシャフトが固定されている。このシャフトには、操作用ケーブルの端部が当接するようになっており、操作用ケーブルの押し引き動作によって排水栓が上下方向に移動するようになっている。

ウ 発明が解決しようとする課題

【0003】ところで、洗面ボウルは排水栓に比べて大型の成形品であるため、製造コストを考慮すると、公差範囲を排水栓に比べて大きめに設定せざるを得ない。よって…、洗面ボウルに排水栓を組み付けるようにした場合には、排水孔の軸心と排水栓の軸心とが同一直線上から径方向にずれ…、排水栓のシール部が排水孔のテーパー面の全周に密着しにくくなることがある。このことを回避するため…排水孔のテーパー面と水平面とのなす角度が小さくなるように、テーパー面を緩やかにしなければならない。これは、…排水栓を下方へ移動させてシール部を排水孔のテーパー面に対し上方から接触させる構造としていることから、テーパー面の傾斜度合いを緩やかにして水平面に近づけるほど、排水栓のシール部が排水孔のテーパー面に密着しやすくなるからである。

【0005】本発明は斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、洗面ボウルの排水孔を、上下方向に移動する排水栓で開閉するようにした場合に、排水孔の軸心と排水栓の軸心とが径方向に多少ずれていても、排水栓のシール部を排水孔の内周面に密着させ易くしてシール性を確保できるようにしながら、水が洗面ボウルの底面に残り難くして洗面ボウルを清潔に保てるようにすることにある。

エ 課題を解決するための手段

【0006】上記目的を達成するために、第1の発明では、洗面ボウルの底面に開口し、下方へ延びる排水孔と、上記洗面ボウルに組み付けられ、上記排水孔の内周面に接触するシール部を有する排水栓と、上記排水栓を上下方向に移動させる排水栓移動機構とを備え、上記排水栓移動機構によって上記排水栓を上方へ移動させることにより上記排水孔が開放される一方、上記排水栓を下方へ移動させることにより上記シール部が上記排水孔の内周面に接触して該排水孔が閉塞されるように構成された洗面ボウルの排水孔のシール構造において、上記排水孔の内周面には、上記洗面ボウルの底面の開口部から下方へ離れた部位に、該排水孔の上部よりも小径となるように段差部が形成され、上記排水栓が上記排水孔を閉塞する位置にあるときに上記シール部が上記段差部に上方から接触する構成とする。

オ 発明の効果

【0010】第1の発明によれば、洗面ボウルの排水孔の内周面に、該排水孔の上部よりも小径となるように段差部を形成し、排水栓を下方へ移動させて排水孔を閉塞する位置としたときに、排水栓のシール部を段差部に接触させるようにしているので、排水孔の軸心と排水栓の軸心とが多少ずれても、排水栓のシール部を排水孔の内周面の全周に亘って密着させることができる。これにより、排水孔の内周面の上部を急なテーパー面にして排水性を良好にしながら、排水孔の閉塞時には十分なシール性を確保することができる。よって、洗面ボウルの底面に水が残り難くなり、清潔に保つことができる。

カ 発明を実施するための最良の形態

【0015】図1は、本発明の実施形態に係る洗面ボウル1を示すものである。この洗面ボウル1は、洗面化粧台(図示せず)に配設されるものであり、樹脂材を用いて一体成形されている。また、洗面ボウル1には、洗面ボウル1内の水を排水するための排水栓装置2が組み付けられている。

【0016】図2及び図3に示すように、上記洗面ボウル1の底面には、底面開口部10が形成されており、この底面開口部10の周縁部には、鉛直下向きに延びる円筒状の筒状部11が設けられている。…この筒状部11により、底面開口部10から下方へ延びる排水孔12が構成されている。筒状部11の下端部には、筒状部11の内方へ向けて略直角に折り曲げられた屈曲部11aが形成されている。

【0017】上記排水孔12の内周面は、底面開口部10から下側へ行くほど小径となるように傾斜して延びる第1テーパ面12aと、この第1テーパー面12aの下縁部から下側へ行くほど小径となるように傾斜して延びる第2テーパー面12bと、第2テーパー面12bの下縁部から下側へいくほど小径となるように傾斜して延びる第3テーパー面12cとで構成されている。…第2テーパー面12bの傾斜角度を第1テーパー面12aよりも小さく設定したことにより、排水孔12の内周面には、底面開口部10から下方へ離れた部位に、該排水孔12の上部よりも小径となる段差部15が形成されることになる。

【0018】上記排水栓装置2は、排水孔12に接続される本体筒20と、本体筒20と排水管21とを連結する連結管22と、排水孔12を開閉する排水栓23と、排水栓23を移動させれる排水栓移動機構24と、上記オーバーフロー孔13に接続されるオーバーフロー配管25と、オーバーフロー配管25と本体筒20とを接続するコネクタ26とを備えている。

【0019】…本体筒20の張り出し部20aの外径は、洗面ボウル1の筒状部11の屈曲部11aの内径よりも大きく設定されており、張り出し部20aが屈曲部11aに上方から引っ掛かるようになっている。本体筒20の張り出し部20aよりも下側の外径は、洗面ボウル1の筒状部11の屈曲部11aの内径よりも若干小さめに形成されている。…

【0023】上記排水栓23は、大略水平に延びる円板状をなしており、その上面は、中心部から外縁部へ向けて僅かに下降するように湾曲形成されている。排水栓23は、その中心が排水孔12の軸心と一致するように配置されている。

【0024】また、排水栓23の上面は、金属製の薄板材37で覆われている。この排水栓23の上面の中心部の高さは、図3に示すように、排水栓23が排水孔12を閉塞した位置にあるときに、ボウル1の底面から上方へ突出しないように該底面と略同じ高さになるように設定されている。これにより、排水栓23を閉塞位置にした状態で、ボウル1内に洗面器等の容器を置いて使用する場合に、容器を安定させることが可能になる。

3 取消事由1(訂正事項である特許請求の範囲請求項1記載の「ほぼ同径」についての判断の誤り)について

(1)原告は、審決が本件訂正を認めた点につき、「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに、前記円筒状陥没部に接触せず、」の「ほぼ同径」の範囲が不明確であるから、本件訂正は認められない、と主張する。

かかる原告の主張が、独立特許要件としての明細書及び特許請求の範囲の記載要件違反(明確性要件違反)を主張する趣旨であれば、特許法134条の2第9項後段により、無効審判の請求がされた請求項については独立特許要件が判断されないものとされている以上、主張自体失当というべきであるが、原告の主張は、要するに、「ほぼ同径」の範囲が不明確であるから、当該訂正事項の意味するところも明確ではないのに、訂正事項1及び2をそれぞれ「特許請求の範囲の減縮」及び「明瞭でない記載の釈明」と認めた点につき判断の誤りがある、と指摘する趣旨であるとも解されるので、以下、これを前提に判断する。

(2)本件発明の「カバー」は、「排水口金具を露出しないように覆う」ためのものであるところ(請求項1)、同カバーがかかる機能を発揮するためには、その外径が、「排水口金具のフランジ部」の外径以上でなければならないことは自明であるといえる。

そうすると、本件発明の「カバー」が、「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」と特定することは、本件発明の「カバー」の外径を、当該「排水口金具のフランジ部」の外径との関係で、「排水口金具を露出しないように覆う」という機能を発揮し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものであると理解でき、その意味は明確であるといえる。

このように理解すると、本件明細書の図1に、「カバー」の外径と「排水口金具のフランジ部」との外径が「ほぼ同一」であり、「カバー」と「排水口金具」とが完全に重なっていることが示され、本件明細書の【0008】に記載された、「排水口部内の汚れを覆い隠すことができ、見栄え良くできる」という効果を奏するのに資することができることとも符合する。

そうすると、「ほぼ同径」の語を用いているがゆえに本件訂正事項が不明確であるとはいえず、したがって、審決が訂正事項1及び2をそれぞれ「特許請求の範囲の減縮」及び「明瞭でない記載の釈明」と認めた点に誤りがあるとは認められない。

(3)原告が主張する個別の点について

ア 原告は、本件訂正における「カバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」について、本件明細書に接した当業者は本件特許を回避するためにカバーの外径を排水口金具のフランジ部の外径よりもどの程度大きくすればよいのか理解できず、「ほぼ同径」という語は不明確であるから訂正は認められない旨主張する。

しかしながら、上記(2)のとおり、「ほぼ同径」とは、「カバー」の外径を当該「排水口金具」との関係で「排水口金具を露出しないように覆うカバー」として機能し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものと理解できるから、原告の主張は採用できない。

イ 原告は、「カバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」には、カバーの外径が排水口金具のフランジ部の外径より、やや小径の場合、同径の場合、やや大径の場合が含まれ、さらに、排水口のために水槽の底部面に形成された陥没部のR面を含む傾斜面の形状や傾斜角度は多種多様であり(甲24、29~35)、たとえカバーの外径がフランジ部の外径よりやや大径であったとしても、前記傾斜角度が緩やかである場合には、排水口金具の取付境目に溜まった残水及び水垢等が見えてしまい、本件発明の効果(本件明細書の【0008】及び【0013】参照)は得られないから、本件発明の効果を奏するには、前記傾斜面の形状や傾斜角度も特定する必要がある、と主張する。

しかしながら、上記【0008】及び【0013】に記載の効果は、本件発明の全ての構成要素(例えば、カバーの形状のほかにも円筒状陥没部の形状や、カバーと円筒状陥没部との隙間の大小等)をもって奏するものであると理解されるところ、原告の主張は、一部の構成要素である「カバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」であることのみをもって、上記効果を奏しなければならないとの理解を前提としている点で失当である。

本件訂正事項における「カバーが、前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」は、上記(2)のとおりに理解できることをもって明確性の要件を満たしているというべきであって、カバーと排水口金具との大小関係のみを単純に比較して検討した場合には、カバーが排水口金具のフランジ部よりもやや大径であるにもかかわらず本件発明の効果を奏しないものが想定できるとしても、そのことから直ちに明確性要件に違反することとなるものではないから、原告の主張は採用できない。

ウ 原告は、本件訂正は、「円筒状陥没部内を上下動するカバー」と「前記円筒状陥没部に接触せず、」との関係でも、「ほぼ同径」という語は不明確であると主張する。

しかしながら、上記(2)のとおり、「ほぼ同径」と規定したのは、「カバー」の外径を当該「排水口金具」との関係で「排水口金具を露出しないように覆うカバー」として機能し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものと理解でき、その場合、「カバー」は、「排水口金具」の外径よりもその内径が大きい「円筒状陥没部」に接触しないことが容易に理解できるから、原告の主張は採用できない。

エ 原告は、本件訂正事項における「前記円筒状陥没部に接触せず、」について、本件発明の「カバー」のがたつきを完全に規制してカバーが円筒状陥没部に接触しないようにするための構成が何ら記載されていないから、当該訂正は認められないと主張する。

しかしながら、「カバー」が「前記円筒状陥没部に接触せず、」の意味するところは、「カバー」と「円筒状陥没部」とが「接触」しないことと明確に把握でき、カバーのがたつきを規制するための構成が併せて特定されなければ理解できないものでもないから、原告の主張は採用できない。

(4)以上より、原告が主張する取消事由1は理由がない。

4 取消事由2(本件発明と甲1発明との相違点2についての判断の誤り)について

(1)原告は、本件発明と甲1発明との相違点2(「円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口」器具「とで挟持取付けられて排水口部を形成」する配管は、本件発明では「接続管」であるのに対し、甲1発明ではオーバーフロー管23である点)は、本件発明の課題解決(本件明細書【0008】)に必須な構成(発明の本質的部分)ではないから、本件発明の進歩性の有無を検討する上で重要な相違点ではない旨主張する。

しかしながら、そもそも、当該相違点が重要であるか否かによって、相違点に係る容易想到性の判断手法が変わるものではないから、かかる意味において原告の主張は失当である。

(2)この点を措くとしても、前記2(1)に認定した甲1の記載によれば、甲1には、審決が認定したとおりの甲1発明(前記第2の3(2)ア)が記載されていると認められる(甲1発明の認定自体は、原告も積極的に争っていない。)。

そして、かかる甲1発明の認定を前提とすると、甲1発明を主引用発明として、相違点2に係る本件発明の構成に想到するためには、甲1発明において、①排水筒3(本件発明の「排水口金具」に相当)の上部に「オーバーフロー管23」を連結しないこととし、その上で、②排水筒3の下部から導出させた「排水管14」(本件発明の「接続管」に相当)を「オーバーフロー管23」が連結されていた位置に連結させなければならないことが容易に理解できる

そこで、かかる動機付けの有無について検討するに、上記①の動機付けに関しては、甲1発明の従来技術(図3、図4参照)では、オーバーフロー管を有しない洗面ボウルを対象としており、また、甲1発明の課題(【0004】)及びその解決(【0005】)にとって、オーバーフロー管23自体が必須の構成であるとも認められないことからすれば、本件発明において、排水筒3の上部に「オーバーフロー管23」を連結しないこととする動機付けがないとは必ずしもいえない

しかしながら、上記②の動機付けに関しては、次のとおり、これを見出すことはできない。

すなわち、「排水管14」について、甲1発明(図1参照)と従来技術(図3参照)のいずれも、排水筒3の下部から側方に導出させる構成を採用しているのであって、「排水管14」と「排水筒3(の上端の鍔部21)」とで「貫通穴2の段部22」を「挟持取付け」ることは記載も示唆もされていない。しかも、甲1発明の「排水栓部材6」は、排水口5の上端開口を開閉し得る栓体11と作動軸10とヘアーキャッチャー8とが主体で構成されるところ、甲1の図1を参照すると、「排水管14」を「オーバーフロー管23」が連結されている位置に連結させた場合、排水時の水の流れの向きに対して、排水管が「ヘアーキャッチャー8」の上流に配置され、ヘアーキャッチャーとしての機能を果たすことができないこととなる。

以上のことから、甲1発明において、たとえ、排水筒3の上部に「オーバーフロー管23」を連結させないことを着想できたとしても、排水筒3の下部から導出させた「排水管14」を「オーバーフロー管23」が連結されていた位置に連結させようとする動機付けはないというべきである。

そして、この判断は、本件発明の出願日において、オーバーフロー管のない洗面ボウル(甲36、37)や、オーバーフロー口のある浴槽(甲38、39)が周知であり、上端部に雌ねじ部を形成したいわゆるエルボー形状の屈曲管を用いたものが、浴槽のみならず、洗面ボウルにおける排水栓装置においても周知であった(甲22、40)としても、左右されない。

したがって、相違点2に係る本件発明の構成に想到することが容易でないとした審決の認定判断に誤りがあるとはいえず、これに反する原告の主張は採用できない。

(3)以上によれば、原告が主張する取消事由2は理由がない。そして、このように相違点2において容易想到性が否定される以上、相違点4に係る容易想到性の有無(取消事由3、4)は、もはや判断するまでもないこととなる。

5 取消事由5(無効理由1〔特許法36条6項2号〕についての判断の誤り)について

(1)特許法36条6項2号の趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合に、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となることにより生じ得る第三者の不測の不利益を防止することにある。そこで、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載のみならず、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)この点、原告は、審決が、特許請求の範囲の「カバーが水槽の底部面に概ね面一」について、「面一」とは、止水時において、水槽の底部面とカバーの頂部とがつまずくことを防止できる程度にほぼ同じ高さになることを意味するものと解釈できると説示したのに対して、「止水時において、水槽の底部面とカバーの頂部とがつまずくことを防止できる程度」というのは、排水口のために水槽の底部面に形成された円筒状陥没部のR面を含む傾斜面の形状等やカバー自体の形状でも異なるほか、当該傾斜面の形状や傾斜角度とカバーの形状の組合せによっても異なり、さらには、使用者の年齢や性別、体格等によっても異なる以上、「カバー(特にカバーの頂部)が水槽の底部面に概ね面一」が「つまずくことを防止できる程度」という趣旨であるとすれば、権利の及ぶ範囲が不明確であり、本件発明に接した第三者は不測の不利益を被る、などと主張する。

しかしながら、本件明細書の【0013】には、「カバーにつまづくことを防止するため、カバーの頂面60が水槽の底部1面と概ね面一になるよう円筒状陥没部10の縁とカバー6の縁との位置を略一致させることがよい。」との記載があるものの、【0008】には、「カバーが水槽の底部面と概ね面一にされ、排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ、見栄え良くできる。」との記載もあり、かかる記載を根拠にすると、「概ね面一」とは、「排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ、見栄え良くできる程度」と定義していると理解することも可能である。

そもそも、本件発明の排水栓装置は、洗面化粧台、浴槽、流し台などあらゆる水槽が含まれるところ、「カバーにつまづくことを防止できる程度」というのは、飽くまで浴槽の観点からみた理解であるから(この定義が明確といえるかどうかの点はひとまず措く。)、このように理解できたとしても、浴槽以外の、例えば、洗面化粧台における「概ね面一」の範囲が直ちに明らかになるわけではない。

したがって、原告の主張は、「カバー(特にカバーの頂部)が水槽の底部面に概ね面一」が「つまずくことを防止できる程度」を意味するとの理解を前提とする限りにおいて正当な指摘を含んでいるが、それでは足りないというべきである。

(3)そこで、さらに進んで検討するに、本件明細書には、「概ね面一」の意味するところを説明する確たる定義はないけれども、本件明細書の図1には、水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とがほぼ同じ高さになる状態が示されており、この状態をもって「カバーが水槽の底部面に概ね面一」と理解することは自然である。そして、寸法誤差、設計誤差等により、水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とが完全に同じ高さとならない場合が存することは技術常識であるといえるから、カバーと水槽の底部面との高さの差が、このような範囲にとどまるものを「概ね面一」と理解するなら、洗面化粧台、浴槽、流し台などあらゆる水槽について、「カバーが水槽の底部面に概ね面一」の意味内容を統一的に理解することができる。

審決の、「概ね面一」とは、「止水時に、カバーを水槽の底部面に対し積極的に出没させた位置に設けようとするものではない」との説示もこうした趣旨と理解できる。

そうとすれば、「概ね面一」の語を用いているがゆえに特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず、これに反する原告の主張は採用できない。

(4)以上によれば、原告が主張する取消事由5も理由がない。

6.検討

(1)本件発明は洗面化粧台、浴槽、流し台などの水槽の底部に設けられる排水栓の構造に関するものです。簡単に言うと、水槽の底を深絞りのような形態で陥没させて設けた穴の縁を内向きのフランジ部とし、この水槽のフランジ部の上側に重なるように排水口金具のフランジ部設置し、この排水口金具が露出しないように覆うカバーを設け、このカバーが止水時には水槽の底部面に概ね面一となるように位置し、カバーの下面には排水口金具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられている、という、ものです。

(2)判決では主引用発明である甲1発明の排水管14をオーバーフロー管23が連結されている位置に変更する動機付けがない、と認定されていますが、特許無効審判の審決でもほぼ同様の認定がされています。ざっと読みましたが、この証拠では進歩性要件違反は成立しないと思われます。

(3)そうなると、逆に特許権者が答弁書提出時に早々と訂正請求して良かったのか?疑問が残ります。上記のとおり無効資料が弱いのは一読すれば明らかなので、訂正せずに審理を進め、審決の予告が出てから訂正するという対応もありえました。

(4)というのも、訂正で追加した「ほぼ同径」の文言は明細書に記載がなく図面を根拠にしたものです。そのため原告から明確ではないと主張され、判決では「本件発明の「カバー」は、・・・、その外径が、「排水口金具のフランジ部」の外径以上でなければならないことは自明であるといえる。・・・、本件発明の「カバー」が、「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」と特定することは、本件発明の「カバー」の外径を、当該「排水口金具のフランジ部」の外径との関係で、「排水口金具を露出しないように覆う」という機能を発揮し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものであると理解でき、その意味は明確であるといえる。」と認定されました。つまり、カバーの外径と排水口金具のフランジ部の外径が「ほぼ同径」というのは、カバーの外径と排水口金具のフランジ部の外径が同じ場合と、カバーの外径が排水口金具のフランジ部の外径よりも少し大きい状態であると認定されたことになります

(5)そうすると、「カバー」の外径が「排水口金具のフランジ部」の外径よりも小さい製品は「ほぼ同径」ではないので、特許請求の範囲の技術的範囲に属さない、と判断される可能性があります

本件特許出願の審査段階で通知された拒絶理由通知書で挙げられていた引用文献(特許権者の過去の排水栓構造の出願)を見ると、排水金具と浴槽底面との隙間をパッキンで塞いでいます。このパッキンの目的が水やゴミ等の侵入を防ぐことだとすると、本件発明でも同様に排水口金具3のフランジ部と水槽の底部1に設けられた円筒状陥没部10の間の隙間ができるだけ小さいことが望ましいように思われます。

そのためには、排水口金具3のフランジ部と円筒状陥没部10のクリアランスを極力小さくする必要があります。排水口金具3のフランジ部は円筒状陥没部10と接触していても問題ないように思いますが、カバーは上下動するため円筒状陥没部10に接触するわけにはいきません。そうなると、実際の製品で「カバー」の外径が「排水口金具のフランジ部」の外径よりも大きくするというのは結構難しく、せいぜい「同径」、場合によっては少し小さくしなければならないようにも思われます。

もっとも私は明細書等をもとに想像しているだけなので見当はずれかもしれません。実際の製品であっても、内部にパッキン材4を設ければ、この排水口金具のフランジ部と円筒状陥没部の隙間をそれほど狭くする必要はなく、訂正後の特許請求の範囲で全く問題ないのかもしれません。