美容器事件

投稿日: 2020/04/09 7:35:42

今日は、平成29年(ワ)第32839号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告は株式会社MTG、被告は株式会社ファイブスターです。

 

1.検討結果

(1)この発明は、棒状であって、表面から内方に窪んだ凹部が設けられ、長手方向の一端に一体的に形成された一対の分枝部が設けられ、この分枝部に形成されて凹部に連通する軸孔が設けられたハンドル本体と、このハンドル本体との結合部分が露出しない状態で凹部を覆うようにハンドル本体に取り付けられたハンドルカバーとからなるハンドルと、軸孔に挿通されたローラシャフトと、このローラシャフトに取り付けられたローラと、を備え、ハンドル本体の表面及びハンドルカバーの表面が、ハンドルの表面を構成している美容器です。

(2)被告製品には被告旧製品と被告新製品とあります。原告は被告旧製品に関しては文言侵害を主張し、被告新製品に関しては均等侵害を主張しています。これに対して被告は特許請求の範囲の内容を明細書の実施例の内容レベルに限定解釈することで非抵触を主張しましたが、判決では文言侵害が成立するとして侵害を認めています。

(3)一方、被告新製品に対してですが、これは、本件発明が「該一対の分枝部のそれぞれに形成されているとともに、上記凹部に連通する軸孔」であるのに対して、被告新製品は「一対の分枝部はそれぞれ中空であり、当該中空は、ハンドル本体の穴部に貫通していない」構造となっている点を相違点として挙げた上で均等侵害を主張しています。当然被告は反論しましたが、判決では均等侵害の5要件全てを満たすとして侵害を認めています。

(4)被告旧製品に関する文言侵害についての被告の主張を読む限りは文言侵害が認められてもやむを得ないように思います。特許請求の範囲の記載を明細書レベルに限定して解釈する根拠に乏しいように思います。

(5)一方、被告新製品に関する均等侵害の争点である「凹部に連通する軸孔」ですが、本件明細書では太陽電池パネルがローラシャフトを介してローラと電気的に接続するためこのような記載としたものと思われます。これに対し、被告新製品はハンドル内部には錘が収納されているだけなので凹部と軸孔を連通する必要がなかったものと思われます。被告の主張を認めるためには、本件発明は太陽電池パネルを備えた美容器である、と解釈しなければならず、本件発明のポイントが内部ではなくケーシング部分であることも含めてこの特許請求の範囲の記載をそこまで限定するのは難しいと思います。

(6)被告は無効主張もしていますが、そこで挙げられた先行技術文献は特許無効審判(無効2018-800035及び無効2018-800115)で用いられたものであり、いずれも審判請求不成立となって知財高裁でも請求棄却となっています。これで無効とするのは難しいと思います。

2.手続の時系列の整理(特許第6121026号)

① 本件特許は特願2014-065029からの第1世代の分割出願です。同様に第1世代の分割出願は本件以外に特願2018-025652があります。こちらは拒絶理由通知を受け不対応のまま拒絶査定となり確定しています。

② 特願2018-025652は本件特許が登録された時期より後の2018年2月16日に分割出願されています。本件特許とは異なり数値限定での権利化を狙ったようですが、本件出願人による過去の出願を引用文献として拒絶されました。

2.手続の時系列の整理(特許第6121026号)

① 本件特許は特願2014-065029からの第1世代の分割出願です。同様に第1世代の分割出願は本件以外に特願2018-025652があります。こちらは拒絶理由通知を受け不対応のまま拒絶査定となり確定しています。

② 特願2018-025652は本件特許が登録された時期より後の2018年2月16日に分割出願されています。本件特許とは異なり数値限定での権利化を狙ったようですが、本件出願人による過去の出願を引用文献として拒絶されました。


4.被告各製品

(1)被告旧製品

a 平面視において基端側が扇状に広がっており且つ側面視において全体に湾曲したハンドル本体と、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部と、穴部内に収容された錘と、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられた蓋部とを有している。

穴部は、ハンドル本体の下面の表面全体において形成されており、錘を収容している。

蓋部には爪が形成されており、当該爪が穴部内の溝に係合することで、蓋部が穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられている。

b ハンドル本体の長手方法の先端側に連続して形成された一対の分枝部を有している。

一対の分枝部はそれぞれ中空であり、当該中空は、先端側の太径中空部と、当該太径中空部より小径でハンドル本体の穴部に貫通している小径中空部とで形成されている

d 一対の分枝部内の中空の大径中空部内に一対のローラ軸それぞれが差し込まれており、当該ローラ軸は小径中空部に至っていない。

e 一対のそれぞれのローラ軸には、その軸廻りを回転可能となるように一対のローラが取り付けられている。

f ハンドル本体の表面及び蓋部の表面が、ハンドルの表面を構成している。

g 美容器である。

(2)被告新製品

a2 平面視において基端側が扇状に広がっており且つ側面視において全体に湾曲したハンドル本体と、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部と、穴部内に収容された錘と、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられた蓋部とを有している。

穴部は、ハンドル本体の下面の表面全体において形成されており、錘を収容している。

蓋部には爪が形成されており、当該爪が穴部内の溝に係合することで、蓋部が穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられている。

b2 ハンドル本体の長手方法の先端側に連続して形成された一対の分枝部を有している。

c2 一対の分枝部はそれぞれ中空であり、当該中空は、ハンドル本体の穴部に貫通していない

d2 一対の分枝部内の中空に一対のローラ軸それぞれが差し込まれている。

e2 一対のそれぞれのローラ軸には、その軸廻りを回転可能となるように一対のローラが取り付けられている。

f2 ハンドル本体の表面及び蓋部の表面が、ハンドルの表面を構成している。

g2 美容器である。

5.争点

(1)被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否・争点1)

ア 「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)の充足性(争点1-1)

イ 「凹部」(構成要件A及びC)の充足性(争点1-2)

ウ 「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)の充足性(争点1-3)

(2)新被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否・争点2)

(3)本件特許の無効の抗弁の成否(本件特許には,次のとおりの無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,特許法104条の3第1項の規定により,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することができないとの被告の主張の成否・争点3)

ア 乙28発明に,乙38発明,及び乙29ないし35号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無(争点3-1)

イ 乙28発明に,乙47発明,及び乙29ないし35号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無(争点3-2)

ウ 乙28発明に,乙48ないし51号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無(争点3-3)

エ 乙55発明に乙38発明を適用することに基づく進歩性欠如の有無(争点3-4)

(4)原告の損害額(争点4)

6.争点に関する当事者の主張

1 争点1(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか・文言侵害の成否)

(1)争点1-1(「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)の充足性)

【原告の主張】

構成要件Aの「棒状のハンドル本体」については、文言の通常の意義として、細長い円柱等の柱形の部材のものを意味し、曲がっていない直線状のもののほか、湾曲した棒も当然に観念できるから、直線状のものに限定すべき理由はない。本件明細書の段落【0030】には「ハンドル10の最も太い部分の直径Sは」との説明があり、ハンドル本体が円柱状のものに限定されていないことは明らかであるし、【図1】にも、平面視においてハンドル本体の幅に変化のある形状が記載されている。また、ハンドル本体の成形精度や強度を高く維持するとともに、組み立て作業性の向上を図るという本件発明の技術的意義(段落【0004】ないし【0007】)からしても、「棒状のハンドル本体」が直線状のものに限定されなければならない必要はない。そして、被告各製品のハンドル本体は、細長い円柱状等の部材であり、これは棒状のハンドル本体といえるから、被告各製品は「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)との文言を充足する。

被告は、本件明細書の段落【0026】にハンドル本体を直線状とすることによる効果が記載されていると主張するが、同段落の記載は一例を挙げて効果を示したものにすぎず、ハンドル本体を直線状のものに限定したものではない。また、被告は、本件明細書にはハンドル本体の中心線とローラの軸線とのなす角度による効果の違いについての記載があるところ(段落【0023】ないし【0025】)、ハンドル本体が湾曲している場合には、中心線を観念することは技術的に困難であるなどと主張するが、上記記載は美容器の操作性に関する部分であり、本件発明とは直接関係がない。

【被告の主張】

構成要件Aの「棒状のハンドル本体」とは、「棒状」という意義から、「直線状のハンドル本体」を意味する。本件明細書で示されている「棒状のハンドル本体」も直線状の細長い部材であり(段落【0030】、【0056】及び図1、図2)、ハンドル本体が直線状に形成された場合の効果も記載されている(段落【0026】)。また、被告各製品と同程度にハンドル本体の形状が湾曲している場合には、ハンドル本体の中心線を一義的に特定することが不可能であり、本件明細書の段落【0023】ないし【0025】に記載された「棒状のハンドル本体」の中心線とローラの軸線とのなす角度によって生ずる効果を認めることができない。したがって、被告各製品のハンドル本体は棒状のハンドル本体とはいえず、被告各製品は「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)との文言を充足しない。

(2)争点1-2(「凹部」(構成要件A及びC)の充足性)

【原告の主張】

被告各製品の穴部はハンドル本体の表面から内方に凹状に窪んでおり、本件発明の「凹部」に該当するから、被告各製品は「凹部」(構成要件A及びC)との文言を充足する。

被告は、本件明細書の実施例を根拠として、「凹部」はハンドル本体の一部分である中央部に形成されるものであると主張するが、あくまで一実施例の記載であり、これに限定されるものではないし、本件発明の技術的意義の観点からも、「凹部」はハンドル本体に存在すれば足りる。また、被告は、「凹部」は電源部としての太陽電池パネル等の部品を収納するものであると主張するが、本件発明は太陽電池パネル等を発明特定事項としていない。したがって、「凹部」につき、被告が主張するような限定はされない。

【被告の主張】

本件明細書の記載(段落【0004】、【0005】及び図4)からすれば、「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部」は、ハンドルの成形精度や強度を高く維持できるものであり、かつ、ハンドル本体の一部分である中央部に形成されているものであり、かつ、電源部としての太陽電池パネルなどの部品を収納するためのものである。この点は、原告が、分割出願の際に提出した上申書において、「凹部」が形成された棒状のハンドル本体との記載は、本件原出願の出願当初の明細書の段落【0026】、【0036】及び図1から図4に記載された事項に基づくものであると述べているところ、当該段落及び図面には太陽電池パネルを有する構成が記載されていること、補正の際の意見書において、「該ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部」との要件を追加した根拠につき、上記明細書の段落【0056】に「ハンドル10は、その一部(中央部)を凹状にくり抜いて形成された凹部15」との記載があり、凹部15がハンドル本体の表面から内方に窪んでいることが見て取れるからであると説明していることからも明らかである。

これに対し、被告各製品の穴部はハンドル本体の下面の表面全体に形成されており、ハンドル本体の中央部に形成されているものではなく、また、錘を収容しており、電源部としての太陽電池パネルなどの部品を収納するためのものではない上、ハンドルの成形精度や強度を高く維持できるものではない。そうすると、被告各製品は本件発明の「凹部」を有しておらず、「凹部」(構成要件A及びC)との文言を充足しない。

(3)争点1-3(「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)の充足性)

【原告の主張】

「挿通」とは「挿し通る」という意味であり、ローラシャフトが軸孔に挿し通っていれば足りるところ、被告各製品はいずれも一対のローラ軸を有し、それが「軸孔」に相当する分枝部内の中空に差し込まれているから、「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)との文言を充足する。本件発明ではローラシャフトの先端が凹部に至る状態か否かについて言及しておらず、ローラシャフトが軸孔を貫通する場合のほか、軸孔の途中で止まっている場合も含むと解釈できる。また、本件発明(請求項1)の従属項である請求項2は、「上記凹部には、上記軸孔に挿通された上記ローラシャフトを支持するシャフト支持台が設けられている」というものであり、ローラシャフトが軸孔を貫通しその先端が凹部に至るものに限定している。このような請求項2の記載との関係をみると、本件発明(請求項1)の技術的範囲は、請求項2とは異なり、「ローラシャフトの先端が凹部に至る状態」に限定されるものではないといえる。

【被告の主張】

本件明細書には、ローラシャフトが貫通した状態で軸孔に刺し通されている記載しかなく、ローラシャフトが軸孔を貫通しない構成のものについては示唆されていない。そして、本件発明の凹部は、太陽電池パネルなどの部品を内蔵し、ローラシャフトに微弱電流を流すことを目的として設けられたものであるから、「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」とは、軸孔に完全に貫通して刺し通されているローラシャフトを意味する。これに対し、被告各製品のローラ軸は、本件発明の軸孔に相当する小型中空部を貫通しておらず、刺し通っていないから、被告各製品は「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)との文言を充足しない。

2 争点2(新被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか・均等侵害の成否)

【原告の主張】

本件発明(軸孔と凹部)と新被告製品(中空が「軸孔」に、穴部が「凹部」に相当する。)とは、本件発明においては軸孔が凹部に「連通する」ものであるところ、新被告製品においては中空が穴部に「連通する」ものでない点(以下、これを「相違部分」という。)において相違するが、次のとおり、新被告製品は、第1要件ないし第5要件を満たし、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するものといえる。

(1)第1要件

本件発明の本質的部分は、「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部と、上記ハンドル本体との結合部分が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたハンドルカバーと、からなるハンドル」、「ハンドル本体とハンドルカバーの表面とでハンドルの表面を構成する」という技術的特徴により、左右又は上下に分割されたハンドルからなる従来の美容器と比較して、ハンドルの成形精度や強度を維持するとともに、その組み立て作業性を向上した点にあるから、本件相違点は本件発明の本質的部分ではない。

(2)第2要件

本件発明の作用効果は、美容器について、ハンドルの成形精度や強度を高く維持することができるとともに、組み立て作業性の向上を図ることができるというものである。本件相違点は、ハンドルの成形精度や強度の維持、組み立て作業性の向上とは無関係であるから、本件発明の上記作用効果は、新被告製品の構成に置き換えても奏する。

(3)第3要件

本件相違点は、軸孔(中空)を凹部(穴部)に連通させているか否かというものにすぎず、極めてわずかな相違であり、実際に、被告が旧被告製品から新被告製品へと中空が穴部に連通しない態様のものに変更していることからすれば、本件相違点に係る置き換えは容易に想到できたといえる。

(4)第4要件

ア 被告は、新被告製品が、平成26年3月27日以前に被告が販売していた「ゲルマミラーボール美容ローラーシャイン」という製品(以下「シャイン」という。)から容易に推考できたと主張するが、新被告製品とシャインとを対比すると、次の相違点①ないし④があり、これらが当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとり容易想到であるとはいえない。

① 新被告製品は、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部と、穴部内に収容された錘と、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられた蓋部とを有しているのに対し、シャインのハンドル本体は、長手方向先端側が開口した筒状体であり、錘を有しておらず、そのハンドル本体が下面において穴部が形成されていない点

② 新被告製品は、穴部が、ハンドル本体の下面の表面全体において形成されており、内部に錘を収容しているのに対し、シャインは、錘を有しておらず、そのハンドル本体の下面において穴部が形成されていない点

③ 新被告製品のハンドル本体には、穴部と蓋部が存在するのに対し、シャインのハンドル本体は、長手方向先端側が開口した筒状体であり、穴部も蓋部も存在していない点

④ 新被告製品の分枝部の中空は、ハンドル本体の中空に貫通していないのに対し、シャインは、そのハンドル本体が長手方向先端側に開口した筒状体であり、ここに中空の分枝部が挿入される結果、分枝部とハンドル本体の内部の中空部分が連続している点

イ 相違部分の容易想到性(被告の主張に対する反論)

(ア)被告は、ハンドルの内部が空洞であったシャインに対して、ハンドルの内部に芯材を入れること、あるいは、ハンドルの内部を中実体にすることにより錘を収容することは容易に想到することができたと主張するが、中実体の有無の点のみから主張するものであり、穴部の有無及びそれがハンドル本体の下面の表面全体に形成されているか否かという点を看過しているから、被告の主張は失当である。

(イ)被告は、シャインのハンドル本体に錘を収納し、その錘を収納するための穴部、蓋部を設けることが単なる設計事項と主張するが、シャインのハンドル本体は、長手方向先端側が開口しているだけであり、内部に錘や他の部材を収納することが想定されていないのであるから、これを単なる設計事項であるということはできない。

(ウ)被告は、マッサージ器において軸孔をハンドルまで挿通させるか否かは設計事項にすぎないと主張するが、シャインのハンドル本体は、長手方向先端側が開口する筒状部材であり、ここに分枝部が挿入されて連結されているところ、シャインにおいてハンドル本体の開口部を閉塞してしまうと、ハンドル本体と分枝部とが連結できないから、単なる設計事項などということはできない。

(5)第5要件

被告は、本件発明のローラシャフトにおいては、太陽電池パネルと電気的に接続することが前提であると主張するが、この主張は争う。本件明細書に軸孔が非貫通の実施形態が記載されていないことは認めるが、これをもって、当該構成が意識的に除外されたということはできない。

【被告の主張】

新被告製品は、次のとおり、本件発明と均等なものではない。

(1)第1要件

本件発明の課題は、太陽電池パネルに関連する各部材がハンドルの内部に収納されているという前提で、ハンドルの成形精度や強度を高く維持し、組み立て作業性の向上を図るというものであるから、必然的に、太陽電池パネルとの接続のために、ローラシャフトが凹部にまで貫通している必要がある。その場合、軸孔が凹部に連通している必要があるから、本件相違点は本件発明の本質的部分に係るものである。

(2)第2要件

本件発明においては、ローラシャフトと太陽電池パネルとの接続が想定されているところ、本件発明の軸孔を非貫通のものに変更すると、ローラシャフトを太陽電池パネルに接続することができないから、新被告製品は、微弱電流を発生させるという目的を達成することができず、本件発明と同一の作用効果を奏しない。

(3)第3要件

本件発明においては、軸孔にローラシャフトを貫通させて、太陽電池パネルの出力端子と電気的に接続させなければならないから、非貫通の中空に置き換えることは、当業者といえども容易に想到することはできない。原告は、旧被告製品から新被告製品に設計変更がされたことを根拠に第3要件を満たす旨主張するが、置換容易性として議論すべきは、本件発明の軸孔を、新被告製品の中空に置き換えることが容易であったか否かであるから、原告の主張は失当である。

(4)第4要件

ア シャインには、次の相違点①ないし④に係る新被告製品の構成を除き、新被告製品のその余の構成が開示されている。

① 新被告製品は、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部と、穴部内に収容された錘と、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられた蓋部とを有しているのに対し、シャインのハンドル本体は空洞である点

② 新被告製品は、穴部がハンドル本体の下面の表面全体に形成されており、そこに錘を収容しているのに対し、シャインは、錘を有していない点

③ 新被告製品は、蓋部に爪が形成されており、当該爪が穴部内の溝に係合することで、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられているのに対し、シャインはそのような構成を有していない点

④ 新被告製品の中空は、ハンドル本体の穴部まで貫通していないのに対し、シャインの中空は、ハンドル本体内部まで貫通している点

イ 容易想到性

相違点①ないし④は、以下のとおり、いずれも当業者にとり容易想到である。

(ア)相違点②について

乙28公報及び乙57号証の記載によれば、マッサージ器のハンドルの中身を肉抜きにせずに、芯材を入れること又は中実体にすることは、当業者であれば容易に発明することができる技術的事項である。そして、中空のハンドルに芯材を入れること又は中実体とすることにより、ハンドルが重くなることは当然であるから、芯材を入れること又は中実体とすることは、ハンドル内部に錘を形成することと実質的に同一である。したがって、ハンドルの内部が空洞であったシャインに対して、ハンドルの内部に芯材を入れること又はハンドルの内部を中実体にすることにより錘を収容することは、乙28公報及び乙57号証の記載に基づいて、当業者であれば容易に想到し得た。

(イ)相違点①及び③について

乙47ないし51号証の記載によれば、ハンドルの内部に蓋をする構造は種々存在するところ、樹脂製のシャインのハンドルについて、錘を収容している凹部に蓋をする構造をどのようなものとするかは、単なる設計事項である。また、乙47号証の図1に示されている係止爪片8のように、蓋に対し、爪を用いて本体に係合するように構成することは、スナップ結合という一般的技術にすぎず、単なる設計事項にすぎない。したがって、相違点①及び③は、当業者が容易に想到し得た。

(ウ)相違点④について

シャインは、太陽電池パネルを用いたマッサージ器ではなく、太陽電池パネルとローラ軸を通電させるためのローラ軸の貫通という技術的必然性がない。そして、乙59号証には、太陽電池パネルを用いていないマッサージ器において、球状体支軸部2の軸孔である支軸嵌合孔11が非貫通であるものが開示されている。したがって、相違点④は単なる設計事項にすぎず、当業者が容易に想到し得た。

(5)第5要件

本件発明のローラシャフトは、太陽電池パネルと電気的に接続することが前提であり、軸孔に貫通しているものでなければならないところ、軸孔が非貫通の実施形態は本件明細書に記載されておらず、意識的に除外されているといえる。

3 争点3(本件特許の無効の抗弁の成否)

-省略-

4 争点4(原告の損害額)

-省略-

7.裁判所の判断

1 本件発明の技術的思想(課題解決原理)について

(1)本件特許請求の範囲は、前記第2の1(2)のとおりであるところ、本件明細書には、次の記載がある(甲2)。

-省略-

(2)このような本件明細書の各記載によれば、発明の詳細な説明の記載について、次のア、イのように整理することができる。

ア 本件発明は、肌をローラによって押圧等してマッサージ効果を奏する美容器のうち、二股に分かれた先端部を有するハンドルの当該先端部に一対のローラが軸回転可能に取り付けられた美容器に関するものである(段落【0001】、【0002】)。

イ このような二股の美容器においては、ハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割して、ハンドルの内部に各部材を収納する構成とした場合には、ハンドルの成形精度や強度が低下したり、各部材がハンドルの内部を密閉する作業に手間がかかって美容器の組み立て作業性が低下したりするおそれがあるという問題点があった(段落【0004】)。

そこで、本件発明は、二股の美容器において、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、組み立て作業性の向上を図ることができる美容器を提供することを課題としてこれを解決したものであり、その手段として、棒状のハンドル本体と、該ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部と、上記ハンドル本体との結合部分が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたハンドルカバーとからなるハンドルと、上記ハンドル本体の長手方向の一端に一体的に形成された一対の分枝部と、該一対の分枝部のそれぞれに形成されているとともに、上記凹部に連通する軸孔と、該軸孔に挿通された一対のローラシャフトと、該一対のローラシャフトに取り付けられた一対のローラとを備え、上記ハンドル本体の表面及び上記ハンドルカバーの表面が、上記ハンドルの表面を構成していることを主要な特徴としている(段落【0005】、【0006】)。本件発明は、このような構成をとったことによって、ハンドルを上下又は左右に分割した場合に比べて、ハンドル成形精度や強度を高く維持することができるとともに、ハンドルカバーによって凹部の内部を容易に密閉できることから、美容器の組み立て作業性が向上する(段落【0007】)。

(3)以上に照らせば、本件明細書記載の従来技術との比較から認定される本件発明の技術的思想(課題解決原理)は、二股の美容器において、ハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割して、ハンドルの内部に各部材を収納する構成とした場合には、ハンドルの成形精度や強度、組み立て作業性が低下するなどの技術的課題が生じていたため、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより、従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるようにして、上記の技術的課題の解決を図ったというところにあるものというべきである。

以上を前提に、以下検討する。

2 争点1(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか・文言侵害の成否)について

(1)争点1-1(「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)の充足性)について

ア 構成要件A及びFには、「棒状のハンドル本体」との文言があるところ、「棒状」とは「棒のような形」を意味し、「棒」は「手に持てるほどの細長い木、竹、金属などの称」と定義される(広辞苑第7版)。そうすると、「棒状のハンドル」とは、その文言の一般的意義、本件特許請求の範囲や本件明細書の記載に照らし、直線状のもののほか、手に把持できる細長い形状のハンドルであれば足りるものというべきであり、湾曲した形状であることや、太さが均一ではないことから直ちに「棒状」に該当しないということはできない。この点、本件発明の技術的思想(課題解決原理)の観点からみても、手に把持できる細長い形状のハンドルであれば、上記1(3)のとおり、二股の美容器のハンドルを、凹部を有するハンドル本体と凹部を覆うハンドルカバーからなる構成とすることにより、従来のハンドルを上下又は左右に分割した構成に比べて、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性の向上を図ることができるから、「棒状」のハンドル本体が、直線状のものに限定される理由はないというべきである。

しかして、被告各製品のハンドル本体は、いずれも平面視において基端側が扇状に広がり、かつ側面視において全体に湾曲した形状であるが、手に把持できる細長い形状のものであると認められ、この構成は、構成要件A及びFの「棒状」のハンドル本体といえるものと認めるのが相当である

イ この点、被告は、本件明細書において、ハンドル本体が直線状に形成された場合の効果が記載されており(段落【0026】)、また、「棒状のハンドル本体」が直線状の細長い部材として示されている(段落【0030】、【0056】)ことなどに照らし、「棒状」とは直線状のものを意味する旨主張する。

しかし、段落【0026】の記載については、「上記ハンドルは、…直線状に形成されていることが好ましい」との表現から明らかであるとおり、ハンドルの好適な形状として直線状のものを挙げているにすぎず、ハンドルを直線状にした結果として得られる効果も、ハンドルの握りやすさや持ち運びの際の利便性であって、その記載内容自体、ハンドル本体が直線状の構成に限定されることを根拠付けるに足りるものとはいえない。また、段落【0030】や【0056】に示されているハンドルの形状は本件発明の一実施例であり、かかる記載から直ちに、本件発明におけるハンドルの形状が当該形状に限定されるものとはいえない。

さらに、被告は、本件明細書の段落【0023】ないし【0025】にはハンドルの中心線とローラの軸線のなす角度により生ずる効果が記載されているところ、ハンドル本体が湾曲している場合には、中心線を一義的に特定できないと主張する。しかし、ハンドルを直線状にした結果として得られる上記効果も、美容器の操作性に関するものであって、その記載内容自体、ハンドル本体が直線状の構成に限定されることを根拠付けるに足りるものとはいえず、前記説示を左右するものではないというべきである。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

ウ 以上によれば、被告各製品は、「棒状のハンドル本体」(構成要件A及びF)の文言を充足するというべきである。

(2)争点1-2(「凹部」(構成要件A及びC)の充足性)について

ア 構成要件A及びCには、「凹部」との文言があるところ、「凹部」とは、その文言の一般的意義、本件特許請求の範囲や本件明細書の記載に照らし、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部を意味するというべきである。しかして、被告各製品のハンドル本体は、いずれもハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部を有しており、本件発明の「凹部」に当たる構成を有するものと認められる

イ この点、被告は、本件発明の「凹部」は、ハンドルの成形精度や強度を高く維持できるものであって、ハンドル本体の一部分である中央部に形成されており、かつ、電源部としての太陽電池パネルなどの部品を収納するためのものであるのに対し、被告各製品の穴部は、ハンドル本体の下面の表面全体に形成されており、電源部としての太陽電池パネルなどの部品を収納するためのものではない上、ハンドルの成形精度や強度を高く維持できるものではないから、「凹部」に当たる構成とはいえず、このことは、本件特許の分割出願時の上申書及び補正の際の意見書の記載にも裏付けられる旨主張する。

しかし、本件特許請求の範囲の記載において、本件発明の「凹部」がハンドル本体の一部分である中央部に形成されており、かつ、電源部としての太陽電池パネルなどの部品を収納するためのものに限定されることを読み取ることはできず、本件明細書の記載を見ても、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するために、凹部をハンドル本体の一部分である中央部に形成しなければならないとする記載は見当たらない。また、二股の美容器のハンドルにおいて、被告各製品のように、穴部がハンドル本体の下面の表面全体に形成されており、その穴部を覆う蓋部があるという構成であっても、本件発明の構成(凹部を有するハンドル本体と凹部を覆うハンドルカバーからなる構成)として、本件発明の技術的思想(課題解決原理)の観点からみて、上記1(3)のとおり、従来のハンドルを上下又は左右に分割した構成に比べて、ハンドルの成形精度や強度を維持するとともに、美容器の組み立て作業性の向上を図ることができると認められる。

なお、本件明細書の実施例において、太陽電池パネルを有する構成の記載があるものの、上記説示に照らし、同実施例に係る記載をもって直ちに、本件発明につき、太陽電池パネルを有する構成に限定されるものとまでは解されない。また、被告は、本件特許の分割出願時の上申書及び補正の際の意見書の記載も根拠として、本件発明が上記構成に限定される旨を主張するが、同記載内容をみても、それをもって直ちに、本件発明につき、太陽電池パネルを有する構成に限定される十分な根拠となるものとはいえない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

ウ 以上によれば、被告各製品は、「凹部」(構成要件A及びC)の文言を充足するというべきである。

(3)争点1-3(「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)の充足性)について

ア 構成要件D及びEには、「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」との文言があるところ、「軸孔に挿通された一対のローラシャフト」とは、その文言の一般的意義、本件特許請求の範囲や本件明細書の記載に照らし、ハンドル本体にある一対の分枝部に形成された軸孔に差し込まれた一対のローラシャフトを意味するというべきである

しかして、被告各製品の中空もハンドル本体に形成された一対の分枝部に形成されており、当該中空は本件発明の「軸孔」に相当するものと認められ、被告各製品の一対のローラ軸(本件発明の「ローラシャフト」に相当)は、当該中空に差し込まれていることが認められる

イ この点、被告は、本件発明の「ローラシャフト」は「軸孔」を貫通するものであるところ、被告各製品のローラ軸は中空を貫通していないから、被告各製品は上記要件を充足しないと主張する。

しかし、特許請求の範囲の文言解釈は、文言の通常の意義をもって行うべきであるところ、文言の通常の意義として、「挿通する」とは一般に孔に挿し通すことを意味し、片側のみに孔が空いた物体に挿し通すことも含まれると解され、必ずしも貫通まで意味するものとは解されない。また、確かに、本件明細書の実施例及び図面の記載は、「ローラシャフト」が「軸孔」を通り、ハンドル本体の「凹部」まで達しているが、本件発明の技術的思想(課題解決手段)に照らせば、ローラシャフトが凹部まで達していなくても、その課題解決が全うできることは明らかであって、本件明細書の上記記載をもって、本件発明の「ローラシャフト」が「軸孔」を貫通する構成に限定されるものとは解されない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

ウ 以上によれば、被告各製品は「、軸孔に挿通された一対のローラシャフト」(構成要件D及びE)の文言を充足するというべきである。

3 争点2(新被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか・均等侵害の成否)について

(1)まず、新被告製品の構成c2が、「一対の分枝部はそれぞれ中空であり、当該中空は、ハンドル本体の穴部に貫通していない。」というものであって(以下「非貫通の構成」ということがある。)、「連通する軸孔」(構成要件C)の文言を充足せず、新被告製品が本件発明との間でこのような相違部分を有することは当事者間で争いがないところ、原告は、このような新被告製品は、本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり、本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。

しかして、本件特許請求の範囲に記載された構成中に新被告製品と異なる部分が存する場合であっても、所定の要件(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照。以下「第1要件」ないし「第5要件」という。)を満たすときには、新被告製品は、本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、本件発明の技術的範囲に属するというべきである。そこで、以下検討する。

(2)第1ないし第3要件について

前記のとおり、本件発明の技術的思想(課題解決原理)は、二股の美容器において、ハンドルを中心線に沿って上下又は左右に分割して、ハンドルの内部に各部材を収納する構成とした場合には、ハンドルの成形精度や強度、組み立て作業性が低下するなどの技術的課題が生じていたため、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより、従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるようにして、上記の技術的課題の解決を図ったというところにあるものというべきである。このような本件発明の技術的思想からすれば、分枝部の軸孔とハンドル本体の凹部が連通していない場合であっても、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成するときには、なお上記の従来の構成の問題点により生ずる技術的課題を解決できることに変わりはなく、この点を置換することによって全体として本件発明とは異なった別の技術的思想となるということはできない。また、新被告製品のように、「連通する軸孔」との構成をとらずに連通していない構成をとった場合にも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるとの上記作用効果を奏することについては、本件発明と変わらないものと認められる。

したがって、本件発明と新被告製品の異なる部分(相違部分)は本件発明の本質的部分ではなく(第1要件の充足)、本件発明の構成を新被告製品の構成に置き換えたとしても、本件発明の目的を達成でき、同一の作用効果を奏するといえる(第2要件の充足)。そして、本件発明の上記構成から新被告製品の上記構成への変更は、ハンドルの凹部と分枝部の軸孔がつながっていたところを塞ぐものにすぎず、その性質上、当業者において通常行う設計変更の範囲にとどまるものというべきであり、本件全証拠によっても、このような変更を加えることに対する技術的な障害が存することは認められないから、上記変更は、当業者が、新被告製品の製造時において、容易に想到し得たというべきである(第3要件の充足)。

以上によれば、新被告製品は、均等の第1ないし第3要件を充足する。

これに対し、被告は、本件発明が、軸孔にローラシャフトを貫通させて、凹部に設けた太陽電池パネルの出力端子と電気的に接続させなければならないものであることを前提として、新被告製品の均等侵害については、第1ないし第3要件のいずれも充足しないと主張するが、本件発明が、被告が指摘するような上記構成に限定されるものでないことは前述のとおりであり、被告の主張はそもそも主張の前提を欠くものであって、採用することはできない。

(3)第4要件について

ア 被告は、新被告製品は、被告が平成26年3月27日以前に発売していたシャインに対し、乙47ないし51号証に係る技術事項を適用することによって容易に推考できたものであって、均等の第4要件を充足しない旨主張する。

そこで検討すると、証拠(乙35、36、44、45)によれば、被告が、平成26年3月27日(本件原出願の特許出願日)以前に、シャインを販売していたことが認められるところ、シャインの構成が次のとおりであることについては、当事者間で争いがない。

a3 平面方向視において基端側が扇状に広がっており且つ側面視において湾曲したハンドル本体を有しており、当該ハンドル本体は長手方向先端側が開口した筒状体であり、その内部は空洞である。

b3 先端側が二股に分かれた分枝部を有し、当該分枝部は、その基端側がハンドル本体の長手方向の先端に挿入されている。

c3 分枝部は中空である。

d3 分枝部の二股に分かれた先端側には一対のローラ軸がそれぞれ差し込まれている。

e3 一対のそれぞれのローラ軸には、その軸廻りを回転可能となるように一対のローラが取り付けられている。

f3 ハンドル本体において蓋部は存在せず、ハンドル全体の表面が構成されている。

イ そこで、新被告製品とシャインとを対比すると、ハンドル本体について、新被告製品は、ハンドル本体の表面から内方に窪んだ穴部と、穴部を覆うようにハンドル本体に取り付けられた蓋部を有しているのに対し、シャインはこのような構成を有しておらず、ハンドル本体と別部材のものとして、先端側が二股に分かれた分枝部を有し、当該分枝部は、その基端側がハンドル本体の長手方向の先端に挿入されているという点で、相違していると認められる。

この点、被告は、ハンドルの上記構成に関して、乙47ないし51号証の記載によれば、ハンドルの内部に蓋をする構造は種々存在するから、樹脂製のシャインのハンドルについて、凹部に蓋をする構造をどのようなものとするかは、単なる設計事項であると主張する。

しかし、新被告製品は、前記の本件発明の技術的思想(課題解決原理)を用い、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより、従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるようにして、従来技術が有していた技術的課題の解決を図るものであると解される。そして、新被告製品の構成が解決する上記技術的課題は、その性質上、ハンドル本体と分枝部が一体の構成のものを前提として生ずるものというべきであり、新被告製品は、これを前提として、上記のような課題解決手段に係る構成(凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーとの構成)を備えるものである。

しかるところ、シャインは、これと異なり、先端側が二股に分かれた分枝部の基端側が、ハンドル本体の長手方向の先端に挿入されている構成であって、そもそもハンドル本体と分枝部とが一体とされておらず、また、上記のような課題解決手段に係る構成(凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーとの構成)を備えてもいないものである。そうすると、シャインは、新被告製品と全くその構成を異にするものであり、新被告製品と対比すると、課題解決原理を全く異にする別の技術的思想によるものと評価するほかない。

また、証拠(乙47ないし49、51)によれば、乙47ないし49、51号証には、ハンドル本体にその表面から内方に窪んだ凹部を有し、その凹部をカバーで覆い、当該表面とカバーによりハンドルを構成することが記載されていることが認められ、かかる記載からは「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部を設けて、ハンドル本体との結合部が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたカバーを設けること」という技術事項を把握することができる。しかし、シャインにかかる技術事項を適用することができるかについては、上記技術事項を技術常識と認めるには足りず、また、技術分野についてみても、清掃用具(乙47)、ヘアブラシ(乙48及び49)、電子イオン歯ブラシ(乙51)というように、いずれも美容器とは全く異なる技術分野のものであって、証拠上、当業者がこのような技術事項をシャインに適用するに足りる何らかの示唆や動機付けも認められない。

なお、証拠(乙50)によれば、乙50号証の意匠公報には、美顔器に関する図などの記載があるものの、シャインと新被告製品の両構成の重要な相違点であるハンドルの構成の詳細が判然としないばかりか、当該記載のものが、一対のローラを有する二股の美容器であるとも認められないから、当業者がこのような記載をシャインに適用して新被告製品の構成を容易に想到するということもできない。

ウ したがって、当業者が、乙47ないし51号証に係る上記技術事項をシャインに適用して新被告製品の構成を容易に推考することができたとはいえない。その他、本件全証拠によっても、新被告製品の構成を容易に推考できるような公知技術が存在したことを認めることはできない。

以上によれば、新被告製品は、均等の第4要件を充足するというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。

(4)第5要件について

被告は、本件発明のローラシャフトは、太陽電池パネルと電気的に接続することが前提であり、軸孔に貫通しているものでなければならず、本件明細書にも軸孔が非貫通の実施形態は記載されていないから、分枝部の軸孔がハンドル本体の凹部に連通していない構成は意識的に除外されていると主張する。

しかし、本件発明が、被告が指摘するような上記構成に限定されるものでないことは前述のとおりであり、本件発明のローラシャフトが、太陽電池パネルと電気的に接続することが前提であるということはできない。また、非貫通の構成が本件特許の特許出願時において容易に想到することができた構成であったとしても、本件明細書には、軸孔が非貫通の実施形態は記載されておらず、本件証拠上、原告が、客観的、外形的にみて、非貫通の実施形態が本件特許請求の範囲に記載された構成(軸孔に連通するとの構成)を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたことを認めるに足りるものも存せず(最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)、その他、非貫通の実施形態が本件特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの非貫通の実施形態と本件特許請求の範囲に記載の構成とが均等なものといえない特段の事情が存するということはできない。その他、原告が、軸孔が非貫通の構成を意識的に除外したと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、新被告製品は、均等の第5要件を充足するというべきである。被告の上記主張は、採用することができない。

(5)小括

以上によれば、新被告製品は、均等の第1要件ないし第5要件を全て充足するものであって、本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり、本件発明の技術的範囲に属するというべきであるから、新被告製品は、本件特許権を均等侵害しているものといえる。

4 争点3(本件特許の無効の抗弁の成否)について

(1)先行文献に記載された発明について

ア 乙28発明について

-省略-

イ 乙38発明について

-省略-

ウ 乙47発明について

-省略-

エ 乙55発明について

-省略-

(2)争点3-1(乙28発明に、乙38発明、及び乙29ないし35号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無)について

ア 本件発明と乙28発明の一致点及び相違点

本件発明と乙28発明を対比すると、本件発明と乙28発明とは、次の(ア)の一致点において一致し、次の(イ)(ウ)(エ)の相違点1ないし3において相違すると認められる。

(ア)一致点

ハンドルと、上記ハンドルの長手方向の一端に一体的に形成された一対の分枝部と、該一対の分枝部のそれぞれに形成されている軸孔と、該軸孔に挿通された一対のローラシャフトと、該一対のローラシャフトに取り付けられた一対のローラと、を備える、美容器である点。

(イ)相違点1

本件発明は、「表面から内方に窪んだ凹部」がある「ハンドル本体」、「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部」及び「上記ハンドル本体との結合部分が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたハンドルカバー」との構成であるが、乙28発明は、この構成ではなく、「芯材13と、芯材13の外周に被覆され上下に分割された一対の外装カバー14、15」を備える構成である点(そのため、本件発明は、「上記ハンドル本体の表面及び上記ハンドルカバーの表面が、上記ハンドルの表面を構成している」のに対し、乙28発明は、「上記一対の外装カバー14、15の表面が、上記ハンドル12の表面を構成している」との相違が生じている。)。

(ウ)相違点2

本件発明は、「ハンドル本体の長手方向の一端」という構成を備えるのに対し、乙28発明は、表面から内方に窪んだ凹部があるハンドル本体を備えていないため、「ハンドル本体の長手方向の一端」を備えるとはいえない点。

(エ)相違点3

「軸孔」について、本件発明は、「凹部に連通する」ものであるのに対し、乙28発明は、そのような構成とはなっていない点。

イ 相違点1についての判断

相違点1は、ハンドルの構成に係る相違点であるところ、この点、被告は、乙28発明に乙38発明を適用することにより、ハンドルを本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得た旨主張する。

そこで検討するに、本件発明は、前記1(2)、(3)のとおり、棒状のハンドル本体に表面から内方に窪んだ凹部を形成し、該凹部をハンドルカバーによって覆うことで、ハンドルを上下又は左右に分割した場合に比べて、ハンドルの成形精度や強度を高く維持することができるとともに、ハンドル内部を容易に密閉できるようにして組み立て作業性を向上したものである。これに比べて、乙28発明においては、上下に分割された一対の外装カバー14、15の表面がハンドル12の表面を構成しているが、この構成は、むしろ本件発明の課題解決原理の前提である従来技術の構成に近いものといえるから、このような意味において、相違点1は、相当に隔たりの大きいものであるといえる。このような相違点1は、乙28発明に乙38発明を適用できないのであれば、乙29ないし35号証に記載の周知技術をもって埋められるものとはいえない。

しかるところ、乙28発明(美容器)と乙38発明(マッサージローラー)とは、技術分野が近接するようにみえるが、乙28発明においては、上下に分割された一対の外装カバー14、15の表面がハンドル12の表面を構成しているのに対して、乙38発明においては、透明窓部6が設けられた背面カバー部材5により、凹部のうちヘッド部3の部分を覆い、ハンドルカバーにより凹部のうち把持部2の部分を覆い、本体ケース4の把持部2の部分の表面及びハンドルカバーの表面により、把持部2の表面を構成しており、両者におけるハンドルの基本的構成が根本的に異なっているのであるから、その作用・機能が共通するものとはいい難い。さらに、本件発明により解決しようとする課題は、乙28公報にも乙38公報にも記載されておらず、技術常識であったとも認められず、上記のようにハンドルの構成自体が大きく異なっている乙28発明と乙38発明の両者が、技術的課題を共通にしていることをうかがわせる根拠は見当たらない。

また、乙28公報の段落[0018]及び[0019]の記載によれば、乙28発明の芯材13は、ハンドルの外装カバーの芯材としての機能と共に、絶縁体として、ローラ支持軸17を、導電部である外装カバー14、15と接触しないように離間し、電気的に絶縁する機能を有することが認められるから、乙28発明から芯材13を取り除くことは、同発明の上記機能を喪失させるものというべきであって、当業者において、乙28発明の芯材13に代えて、乙38発明の背面カバー5の一部に相当する部材を用いることを想到することには阻害要因があるというべきである。

したがって、当業者において、乙28発明に乙38発明を適用する論理付けがあるとは認められない。

この点、被告は、乙28発明と乙38発明は、太陽電池から得られる微弱電流を、ローラを介して皮膚に流すことで、美容効果を得ることができる美容器であるという点で技術分野が共通していることに加えて、ハンドルや本体ケースに設けられた透明板と太陽電池との配置関係が共通していることから、乙28発明に乙38発明に適用する動機付けがある旨を主張する。しかし、上記に説示したように、乙28発明と乙38発明とは、技術分野の共通性があるようにみえても、ハンドルの構成自体が大きく異なっており、課題の共通性や作用・機能の共通性が認められず、適用上の阻害要因も存するというのであるから、被告の上記指摘をもって、乙28発明に乙38発明を適用する動機付けがあるということはできない。

以上によれば、乙28発明に乙38発明を適用することにより、相違点1を当業者が容易に想到することができたとは認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件発明は、乙28発明に乙38発明、及び乙29ないし35号証に記載の技術事項を適用することにより容易に想到できたとは認められない。その旨をいう被告の上記主張は、理由がない。

(3)争点3-2(乙28発明に乙47発明、及び乙29ないし35号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無)について

上記(2)に説示したとおり、本件発明と乙28発明には、上記の相違点1ないし3が存することが認められる。まず相違点1について検討する。この点、被告は、乙28発明のハンドルは樹脂成形品であるから、これを上下に分割したものとするのか、乙47発明のように、一部に凹部を設けて凹部をカバーするハンドルカバーを用いるのかは、当業者にとって単なる設計事項である旨主張する。

しかし、上記(2)に説示したとおり、乙28発明のハンドルの構成は、むしろ本件発明の課題解決原理の前提である従来技術の構成に近いものといえ、相違点1は、相当に隔たりの大きいものであるというべきである。このような相違点1を、動機付けの有無についての検討をすることなく、単なる設計事項であるとして埋めることはそもそも困難というほかない。そして、乙47発明、及び乙29ないし35号証をみても、その内容に照らし、これらが周知技術に当たり、かつ、上記相違点1を埋めることができるということもできない。

この点、乙28発明に乙47発明を組み合わせる動機付けが認められるかについてみても、乙28発明(美容器)と乙47発明(清掃用具)とでは技術分野が全く異なり、ハンドルの構成も全く異なっていて作用・機能の共通性も認められず、また、本件発明により解決しようとする課題は乙28公報にも乙47公報にも記載されておらず、技術常識であったとも認められず、上記のように異なる乙28発明と乙47発明の両者が、技術的課題を共通にしていることをうかがわせる根拠も見当たらないところである。また、ハンドルが樹脂成形品であるとしても、被告が指摘する乙47発明、及び乙29ないし35号証に記載の技術事項から直ちに、その構成をどのようなものとするかが単なる設計事項であると認めることはできない。さらに、上記(2)で説示したとおり、乙28発明から芯材を取り除くことは、同発明の機能を喪失させるものであって、当業者において、乙28発明の芯材13に代えて、乙47発明、及び乙29ないし35号証に記載の技術事項により、本件発明の相違点1の構成とすることを想到することについても阻害要因があるというべきである。

以上によれば、乙28発明に乙47発明、及び乙29ないし35号証に記載の技術事項を適用することにより、相違点1を当業者が容易に想到することができたとは認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件発明は、乙28発明に乙47発明、及び乙29ないし35号証に記載の技術事項を適用することにより容易に想到できたとは認められない。その旨をいう被告の上記主張は、理由がない。

(4)争点3-3(乙28発明に、乙48ないし51号証に記載の周知技術を適用することに基づく進歩性欠如の有無)について

前記(2)に説示したとおり、本件発明と乙28発明には、前記の相違点1ないし3が存することが認められる。まず相違点1について検討する。この点、被告は、乙28発明に乙48ないし51号証に記載された周知技術を適用することにより、当業者は相違点1の構成に容易に想到し得たと主張する。

しかし、前記(2)に説示したとおり、相違点1は、相当に隔たりの大きいものであるというべきであって、このような相違点1を、動機付けの有無についての検討をすることなく、単なる設計事項であるとして埋めることはそもそも困難というほかない。しかして、乙48ないし51号証のそれぞれの中身をみても、乙48及び49号証に記載の発明はヘアブラシに関するものであり、乙51号証に記載の発明は電子イオン歯ブラシに関するものであって、乙28発明(美容器)とは技術分野を異にする。また、乙50号証は美顔器に関するものであるが二股の美容器に関するものではなく、意匠公報でありハンドルの構成の詳細は判然としないものであって、技術分野を異にするものといわざるを得ない。そうすると、たとえ乙48、49及び51号証の公報に、いずれも表面から内方に窪んだ電池装着部を有し、その電池装着部をカバーで覆い、表面及びその蓋により把持部の表面を構成することが記載されているとしても、これが美容器における周知技術であるとして、当業者が相違点1に係る構成を容易に想到できるとはいえないというべきである。

したがって、乙28発明に乙48ないし51号証に記載の技術事項を適用することにより、相違点1を当業者が容易に想到することができたと認められないから、その余の相違点の容易想到性を判断するまでもなく、本件発明は、乙28発明及び乙48ないし51号証に記載の技術事項から容易に想到できたとは認められない。

(5)争点3-4(乙55発明に乙38発明を適用することに基づく進歩性欠如の有無)について

ア 本件発明と乙55発明の一致点及び相違点

本件発明と乙55発明を対比すると、乙55発明の「持ち手(15)」、「スタッドボルト(9)」、「マッサージローラ(5)」は、それぞれ、本件発明の「ハンドル」、「ローラシャフト」、「ローラ」に相当するものと認められるから、本件発明と乙55発明とは、次の(ア)の一致点において一致し、次の(イ)(ウ)の相違点1、2において相違するといえる。

(ア)一致点

ハンドルと、一対の分枝部と、該一対の分枝部のそれぞれに形成されるとともに、凹部に連通する軸孔と、該軸孔に挿通された一対のローラシャフトと、該一対のローラシャフトに取り付けられた一対のローラと、を備える、美容器である点。

(イ)相違点1

本件発明は、「表面から内方に窪んだ凹部」がある「ハンドル本体」、「ハンドル本体の表面から内方に窪んだ凹部」及び「上記ハンドル本体との結合部分が露出しない状態で上記凹部を覆うように上記ハンドル本体に取り付けられたハンドルカバー」との構成であるが、乙55発明は、この構成ではなく、「凹部を有する固定フレーム(2)と、固定フレーム(2)を覆う上下に分割された上部装飾カバー(1)及び下部装飾カバー(4)」を備える構成である点(そのため、本件発明は、「上記ハンドル本体の表面及び上記ハンドルカバーの表面が、上記ハンドルの表面を構成している」のに対し、乙55発明は、「上部装飾カバー(1)及び下部装飾カバー(4)の表面が、上記持ち手(15)の表面を構成している」との相違が生じている。)。

(ウ)相違点2

本件発明の一対の分枝部は、ハンドル本体の長手方向の一端に形成されているのに対し、乙55発明の一対の分枝部は、固定フレーム(2)の長手方向の一端に形成されている点。

イ 相違点1についての判断

相違点1は、ハンドルの構成に係る相違点であるところ、この点、被告は、乙55発明に乙38発明を適用することにより、ハンドルを本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得た旨主張する。

そこで検討するに、本件発明は、前記1(2)、(3)のとおり、棒状のハンドル本体に表面から内方に窪んだ凹部を形成し、該凹部をハンドルカバーによって覆うことで、ハンドルを上下又は左右に分割した場合に比べて、ハンドルの成形精度や強度を高く維持することができるとともに、ハンドル内部を容易に密閉できるようにして組み立て作業性を向上したものである。これに比べて、乙55発明の持ち手(15)は、上部装飾カバー(1)、固定フレーム(2)及び下部装飾カバー(4)の3つの部材の積層構造で構成されており、この構成は、ハンドルを上下に分割したものの範疇にあるといえ、本件発明の課題解決原理の前提である従来技術の構成に近いものといえるから、このような意味において、相違点1としての両者(本件発明と乙55発明)の隔たりは、相当に大きいものであるといえる。

しかるところ、乙55発明(美容器具)と乙38発明(マッサージローラー)とは、技術分野が近接するようにみえるが、乙55発明においては、上部装飾カバー(1)と下部装飾カバー(4)の表面が持ち手(15)の表面を構成しているのに対して、乙38発明においては、透明窓部6が設けられた背面カバー部材5により、凹部のうちヘッド部3の部分を覆い、ハンドルカバーにより、凹部のうち把持部2の部分を覆い、本体ケース4の把持部2の部分の表面及びハンドルカバーの表面により、把持部2の表面を構成しており、両者におけるハンドルの基本的構成が根本的に異なっているのであるから、その作用・機能が共通するものとはいい難い。さらに、本件発明により解決しようとする課題は、乙55明細書にも乙38公報にも記載されておらず、技術常識であったとも認められず、上記のようにハンドルの構成自体が大きく異なっている乙55発明と乙38発明の両者が、技術的課題を共通にしていることをうかがわせる根拠は見当たらない。

したがって、当業者において、乙55発明に乙38発明を適用する動機付けがあるとは認められず、乙55発明に乙38発明を適用することにより、相違点1を当業者が容易に想到することができたとは認められないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件発明は、乙55発明に乙38発明を適用することにより容易に想到できたとは認められない。その旨をいう被告の上記主張は、理由がない。

(6)小括

上記(2)ないし(5)のとおり、本件特許に、特許法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるとする被告の主張は、いずれも理由がないから、本件特許の無効の抗弁は成立しない。

5 争点4(原告の損害額)について

(1)特許法102条2項による算定について

上記のように、被告各製品の販売は、旧被告製品が本件特許権の文言侵害に、新被告製品が本件特許権の均等侵害に当たることから、いずれも本件特許権を侵害する行為に当たるところ、原告が受けた損害額について、原告は、特許法102条2項による算定を主張する。しかして、特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であると解するのが相当である。

(2)被告各製品の売上合計金額

平成29年4月から平成30年10月までに、被告が販売した被告各製品の売上合計金額が、1億2883万4641円であることは、当事者間に争いがない。

(3)控除すべき経費

ア 控除すべき費目

被告は、被告各製品に係る経費の全てを控除すべきであると主張するが、当事者間で控除すべきことに争いがない費目である、荷造運賃、広告宣伝費、販売促進費、販売手数料、返品費用、金型製造費用及び製造原価以外に、「侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費」であると認められる費目はない。

イ 控除すべき金額

原告は、上記アで認定した控除すべき経費については、被告が主張する金額を争っていない。したがって、各経費の金額は次のとおりであると認められ、控除すべき経費の合計金額は7104万9345円であると算定される。

(ア)荷造運賃 491万3735円

(イ)広告宣伝費 108万4629円

(ウ)販売促進費 115万7091円

(エ)販売手数料 478万3238円

(オ)返品費用 17万2800円

(カ)金型製造費用 182万9325円

(キ)製造原価 5710万8527円

(4)推定覆滅事由

ア 被告は、原告と被告との業務態様等の相違、製品の性能及びデザインの相違、競合品の存在、被告の販売努力、被告各製品に対する本件特許の寄与率、本件特許の顧客誘引力などを考慮すると、相当程度の推定覆滅が認められるべきである旨主張するので、以下検討する。

イ 業務態様等の相違

まず、被告は、業務態様等の相違として、原告と被告では製品の販売方法が異なり、製品の価格にも10倍ほどの差があるから、原告の製品と被告各製品とは購入者層が全く異なると主張するところ、証拠(乙87ないし89)によれば、被告各製品は3000円程度の価格帯であり、原告が販売する製品は3万円程度の価格帯であると認められる。このような価格帯の差の程度に照らせば、被告各製品を購入した者は、被告各製品が存在しなかった場合には、原告の製品を購入するとは必ずしもいえないといわざるを得ない。そうすると、上記の価格帯の差異は、特許法102条2項の推定を覆滅する事情に当たると認めることができ、その覆滅の程度についても、相応の大きさの割合とみるべきものといえる。

もっとも、原告の製品及び被告各製品は美容器であるところ、美容器という商品の性質からすると、その需要者の中には、価格を重視せず、安価な商品がある場合は同商品を購入するが、安価な商品がない場合は、高価な商品を購入するという者も少なからず存在するものと推認できるというべきである。そして、原告と被告では、いずれも、本件発明の技術的思想(二股の美容器において、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより、従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるようにして、上記の技術的課題の解決を図るという思想)を用いた製品を販売しており、このようなハンドルの成形精度や強度の維持は、美容器による使用に関する需要者一般が関心を有する美容器の基本構造に係る事項として、二股美容器の使用やマッサージの施行に直接影響する事項であるといえ、被告各製品が存在しなかった場合には、一定程度の需要者は、原告の製品を購入するとみることも可能というべきである。これらを併せ考慮すれば、原告の製品及び被告各製品の上記の価格帯の差異による特許法102条2項の推定の覆滅の程度は、全体の5割をもって相当と認められる。

被告は、価格帯の差異のほか、販売手法の差などについても主張するところ、上記のとおり、原告の製品及び被告各製品の上記の価格帯の差異は、需要者の購入動機に影響を与えているといえるが、本件全証拠に照らし、上記価格帯の差を離れて、被告が指摘する上記のような事情が需要者の購入動機に影響を与えているとまでは認められず、かかる事情は、上記推定を覆滅する事由として認めることはできないというべきである。

ウ 製品の性能及びデザインの相違

被告は、推定覆滅事由として、原告の販売する製品には被告各製品にない微弱電流による美容効果があることや、外観に高級感があることを主張する。

しかし、上記イで説示したとおり、両者は美容器の基本構造に係る事項を共通にしており、その価格帯の差を離れて、被告が主張するような原告の製品の美容効果や高級感のみから、当然に購入者層までが異なるということを導くことはできず、これをもって特許法102条2項の推定覆滅の事由であると認めることはできない。

したがって、被告の上記主張は採用することはできない。

エ 競合品の存在

被告は、市場において侵害品(被告各製品)と競合関係に立つ他社製品が存在する旨を推定覆滅事由として主張する。しかして、証拠(乙95)によれば、被告が競合品であると主張する他社製品は、二股の美容ローラであることは認められるものの、本件全証拠を精査しても、それらが前述の本件発明の技術的思想を用いた製品であることを的確に認めるに足りる証拠はない上、これを措いたとしても、そもそも、その販売時期、市場占有率などの競合の有無や程度を示す事情について、本件証拠上何ら明らかとはなっておらず、被告が指摘するような競合関係を認定するに至らないものである。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

オ 被告の販売努力

被告は、推定を覆滅する事情として、被告の販売努力について主張する。しかし、事業者は、その製品の製造販売に当たり、製品の利便性について工夫し、営業努力を行うのが通常であるところ、本件において、被告が通常の範囲を超える格別の工夫や営業努力をしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の販売努力をもって直ちに推定を覆滅する事情として考慮できるとはいえない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

カ 本件発明の美容器に対する寄与

被告は、美容器の購入者が最も関心を寄せるのは、当該美容器のマッサージ効果であるから、本件発明は需要者の商品選択に特段寄与せず、本件発明の寄与率は、被告各製品の製造費用に占めるハンドル部分の製造費用の割合である12.52%程度である旨主張する。

しかし、特許法の明文に規定のない寄与度による減額を殊更認めることはそもそも相当でない。そして、被告の上記主張を、被告利益に貢献している程度についていうものと善解したとしても、本件発明の課題はハンドルの成形精度や強度の維持にあり、その特徴的部分もハンドルの構成等の点にあるところ、需要者は、美容器のハンドルを持ち、ローラを肌に押し当ててこれを使用するのであるから、ハンドルの強度等は、まさに美容器全体の構成に係る事項であるといえる。すなわち、本件発明の特徴的部分は、美容器の一部分に係るものではなく、美容器全体の構成に係るものと評価するのが相当であるから、同全体の構成をもって顧客吸引力を有するものといえ、本件発明の特徴的部分は被告利益全体に貢献しているものと認めるのが相当である。そうすると、被告が主張するように、本件発明が需要者の商品選択に特段寄与しないとか、本件発明の寄与が限定的であるということはできず、被告の上記主張により、被告利益を減額することは相当とはいえない。そして、その他、本件において、本件発明の寄与率を考慮して、推定を覆滅すべきことを相当と認める事情は認められない。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

キ 本件発明の顧客誘引力

被告は、需要者が最も関心のある製品のマッサージ効果に対する本件発明の貢献度は極めて低く、本件発明には顧客誘引力がない旨主張するが、本件発明の課題であるハンドルの強度等が需要者の商品選択に影響するものであることは、上記カで説示したとおりである。

したがって、被告の主張は採用することができない。

ク 本件発明の製造上の効果

被告は、本件発明による組み立て作業性の向上という効果は、他の構成を有する製品と比べて高いものではない旨主張する。しかし、被告各製品が、本件発明の技術的思想(二股の美容器において、ハンドルを、凹部を有するハンドル本体と、その凹部を覆うハンドルカバーで構成することにより、従来のハンドルが上下又は左右に分割された構成よりも、ハンドルの成形精度や強度を高く維持するとともに、美容器の組み立て作業性が向上されるようにして、上記の技術的課題の解決を図るという思想)を用い、本件特許権を文言侵害又は均等侵害する構成を用いている以上は、当該構成により、本件発明の効果を奏していると認められ、被告の抽象的な上記指摘は、これを妨げるものとなるとはいえず、推定を覆滅すべき事情になるともいえない。

したがって、被告の上記主張を採用することはできない。

ケ 小括

以上によれば、本件においては、前記イで説示した原告の製品及び被告各製品の価格帯の差異を考慮すれば、特許法102条2項の推定につき、その5割が覆滅されるべきものというべきであるから、前記(1)ないし(3)で算定される金額からその5割を減じた額をもって原告の被った損害額と認めるのが相当である。

(5)具体的損害額の算定

前記(1)ないし(4)によれば、本件特許権の侵害により原告が被った損害の額は、被告各製品の売上合計金額1億2883万4641円から、前記(3)で算出した経費7104万9345円を控除した5778万5296円のうち、その5割を減じた2889万2648円であると認められる。

6 小括

以上によれば、被告各製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属し、被告が被告各製品を製造、使用、譲渡等する行為は、本件特許権を侵害(文言侵害又は均等侵害)するものであるところ、本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、被告各製品の製造、使用、譲渡等の差止め並びに被告各製品、その半製品及び製造のための金型の廃棄の必要性も肯定されるから、原告が、被告に対し、本件特許権に基づき、被告各製品の製造、使用、譲渡等の差止め、並びに被告各製品、その半製品及び製造のための金型の廃棄を求める請求は、理由がある。また、原告は、被告による本件特許権の侵害により、上記2889万2648円の損害を被っているから、原告が、被告に対し、本件特許権の侵害による不法行為に基づく損害賠償金として、2889万2648円及びうち885万0600円に対する平成29年10月4日(訴状送達の日の翌日)から、うち2004万2048円に対する令和元年7月3日(令和元年6月27日付け訴えの変更申立書送達の日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求も理由があるが、その余の原告の請求については理由がない。