無洗米事件(PBPクレーム)
投稿日: 2018/01/10 1:26:27
今日は、平成29年(行ケ)第10083号 審決取消請求事件について検討します。原告は東洋ライス株式会社、被告は幸南食糧株式会社で、この審決取消訴訟は幸南食糧株式会社が請求した特許無効審判の審決に対する訴えです。
以前、同じ請求人と特許権者の特許無効審判(無効2015-800174)の審決取消訴訟(平成28年(行ケ)第10236号)について検討しました。この時の事件は幸南食糧株式会社が請求した特許無効審判の審決が請求不成立だったので、幸南食糧株式会社が原告となって審決取消訴訟を提起し、その審決取消訴訟の判決では一転して審決取消が認められました。この時の無効理由は記載要件違反ですがプロダクト・バイ・プロセスクレーム(以下、PBPクレーム)に関する記載要件違反は認められず、別の無効理由で記載要件違反と判断されました。本件もPBPクレームに関する木佐要件違反が無効理由の一つに挙げられており、これについて判断されています。
なお、先の審決取消訴訟(平成28年(行ケ)第10236号)は知財高裁第2部で審理され、2017年10月4日に最高裁に上告されています。
1.手続の時系列の整理(特許第4708059号)
① 本件特許出願は計11回も情報提供されています。このうち最初の2回は出願公開から2カ月も経たずに行われています。情報提供者がかなり細かく他社の出願公開を監視していたか、当該発明が特許出願されたことを予め知っていたものと思われます。
② 本件特許に対する特許無効審判の審決に対して2件の審決取消訴訟が提起されています。これらのうち平成29年(行ケ)第10083号は本件であり、特許権者である東洋ライス株式会社(本件原告)が審決の取消し(請求項1は無効)を求めて提起したものです。一方、平成29年(行ケ)第10103号は特許無効審判の請求人である幸南食糧株式会社(本件被告)が審決の取消し(請求項2、2は有効)を求めて提起したものです。こちらは審決の謄本が送達された日から30日の期間を経過後に審決取消訴訟を提起したので訴えを却下されました。
2.特許請求の範囲(訂正後)
【請求項1】
外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、
前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており、
更に無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。
3.審決の内容
(1)請求項1の記載の検討
ア 本件訂正により、請求項1の「記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、精米機による搗精により、表層部から糊粉細胞層(4)までを除去し、」なる物の製造方法に係る記載は、技術的意義を拡張・変更していない「前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、摩擦式精米機により搗精され、表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、」なる記載に訂正されたものの、当該訂正は物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないことからして、少なくとも本件訂正前と同様に、「摩擦式精米機により搗精」という方法により「除去」している旨特定していると解せ、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項にはその物の製造方法が記載されているといえる。
イ 本件訂正により、請求項1の「該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ、」なる記載は、技術的意義を拡張・変更していない「該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、」なる記載に訂正されているところ、この記載については、本件訂正前と同様に動作を表す記載がないし、単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているに過ぎないから、その物の製造方法が記載されているとはいえない。
ウ 本件訂正により、請求項1の「且つ搗精後の米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り、」なる記載は、技術的意義を拡張・変更していない「且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた」なる記載に訂正されているところ、この記載については、本件訂正前と同様に動作を表す記載がないし、単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているに過ぎないから、その物の製造方法が記載されているとはいえない。
エ 本件訂正により、請求項1の「(表層部や突出部を削り取り、)残された基底部である胚盤(9)』を残し、」なる記載は、技術的意義を拡張・変更していない「(表層部や突出部が削り取られた)基底部である胚盤(9)』が残っており」なる記載に訂正されているところ、この記載については、本件訂正前と同様に動作を表す記載がないし、単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているに過ぎないから、その物の製造方法が記載されているとはいえない。
オ 本件訂正により、請求項1の「更に前記精米機による搗精後に、無洗米機(21)に供給し、」なる物の製造方法に係る記載は、技術的意義を拡張・変更していない訂正として削除されたものの、当該訂正は物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないことからして、少なくとも本件訂正前と同様に、請求項1の全体の記載は「更に前記精米機による搗精後に、無洗米機(21)に供給し、」と同義と解せる製造に関して経時的な要素の記載がある場合、あるいは、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項にはその物の製造方法が記載されているといえる。
カ 本件訂正により、請求項1の「該無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみを分離除去した」なる物の製造方法に係る記載は、技術的意義を拡張・変更していない「無洗米機(21)にて、前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなる」なる記載に訂正されたものの、当該訂正は物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないことからして、少なくとも本件訂正前と同様に、「無洗米機(21)にて」という方法により「『肌ヌカ』のみが分離除去されてなる」旨特定していると解せ、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、当該請求項にはその物の製造方法が記載されているといえる。
(2)まとめ
以上のことから、特許発明1に係る訂正特許請求の範囲の請求項1の記載は、上記ア、オ及びカについて製造に関して経時的な要素の記載がある場合、あるいは、製造に関して技術的な特徴や条件が付された記載がある場合に該当するため、請求項1にはその物の製造方法が記載されているといえる。すなわち、請求項1の記載は「摩擦式精米機により搗精」という方法により(表層部から粉粉細胞層まで)「除去」し、摩擦式精米機による搗精後に、無洗米機に供給し、「無洗米機(21)にて」という方法により「『肌ヌカ』のみが分離除去されてなる」「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」を特定し、その物の製造方法が記載されているといえる。
そして、搗精された米粒は、「表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された、該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており」と特定されているものの、「摩擦式精米機により搗精され」と更に摩擦式精米機による搗精である旨特定していることから、搗精が摩擦式精米機によるものか否か(例えば研削式精米機によるものや精米機によらない人の手によるもの)によって区別するとともに、搗精が摩擦式精米機によるものと同一の物を特定するものといえる。そして、特許明細書の【0026】及び【0027】の記載からすると、当業者にとって、摩擦式精米機ではない研削式精米機による搗精によっては、特許発明1を含む「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」を製造することが簡単ではないといえたとしても、不可能であるとまではいえないし、精米機によらない搗精についても同様である。
また、無洗米処理された米粒は、「糊粉細胞層(4)の細胞壁(4')が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみを分離除去した」と特定されているものの、「無洗米機(21)にて」として更に無洗米機による処理である旨特定していることから、無洗米処理が無洗米機によるものか否か(例えば洗米機や人の手によるもの)により区別するとともに、無洗米機によるものと同一の物を特定するものといえる。そして、無洗米処理に係る技術常識からして、当業者にとって、無洗米機ではない洗米機や人の手によるものによっては、特許発明1を含む「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米」を製造することが簡単ではないといえたとしても、不可能であるとまではいえない。
そして、請求項1全体の記載に係る「摩擦式精米機による搗精後に、無洗米機に供給」する旨の特定により、「摩擦式精米機」による「搗精」を行うこと、及び「無洗米機」による処理が行われることを重複しつつ特定していることになる。
ここで、物の発明に係る特許請求の範囲にその物を製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という)が存在するときに限られると解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成27年6月5日 平成24年(受)第1204号、平成24年(受)第2658号)。
しかしながら、特許明細書及び図面には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるともいえない。
したがって、請求項1に係る発明は明確でない。
4.裁判所の判断
1 本件発明について
-省略-
2 取消事由(明確性要件に係る判断の誤り)について
(1)明確性要件について
特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)本件発明について
ア 特許請求の範囲の記載
-省略-
イ 明細書の記載
-省略-
ウ 製造方法の記載の有無
前記イのとおり、本件明細書には、運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置を適用することによって、本件発明に係る無洗米の前段階である、前記ア(a)(b)の米を製造することが可能である旨(【0028】~【0035】)や、型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより、上記無洗米の前段階である米から、前記アの本件発明に係る無洗米を製造することが可能である旨(【0041】)が記載されている。
そうすると、請求項1における「摩擦式精米機により搗精され」という記載は、本件発明に係る無洗米の前段階である、玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され、亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており、米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っている米の製造方法を記載したものと解するのが相当である。また、請求項1における「無洗米機(21)にて」とは、上記無洗米の前段階である米から、糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去された、本件発明に係る無洗米を製造する方法を記載したものと解するのが相当である。
以上のような特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によれば、請求項1は全体として、物の発明である「無洗米」を特定する事項の一部に製造方法が記載されているということができる。
なお、本件審決は、本件訂正により、請求項1の「更に前記精米機による搗精後に、無洗米機(21)に供給し」という記載が削除されたものの、同訂正は物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないことからすると、請求項1の全体の記載は、本件訂正前と同様に、上記記載と同義と解せる記載がある場合に該当し、物の製造方法が記載されている旨認定した。しかし、本件訂正により上記記載が削除された結果、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1には、これに対応する部分は存在しない。したがって、仮に、上記記載を削除したことによって、本件訂正前の物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないとしても、そのことを理由に、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1に、本件訂正前と同様に、上記記載と同義と解される物の製造方法に関する記載があるとは認められず、本件審決の上記認定判断は誤りである。
(3)本件発明の明確性
ア 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において、当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに、原告は、本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて、主張立証しない。
イ 他方、前記最高裁判決が、物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において、当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは、出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか、又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は、特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるが、そのような特許請求の範囲の記載は、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから、これを無制約に許すのではなく、前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると、特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても、上記一般的な場合と異なり、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが、特許請求の範囲、明細書、図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には、第三者の利益が不当に害されることはないから、明確性要件違反には当たらない。
ウ そこで検討するに、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は、前記第2の2のとおりであり、本件発明は、玄米粒において、(a)表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており、(b)米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており、(c)糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする、旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。
エ また、前記1及び前記(2)イのとおり、本件明細書には、①本件発明は、白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米を提供することを課題とするものであること(【0005】)、②玄米、分搗き米、胚芽米などの食味が良くないのは、おいしさの足を引っ張る物質(米粒表層部の表皮、果皮、種皮、糊粉細胞層までの層)が残っているせいであり、それらが除去されている完全精白米でも、洗米して炊かないと食味が良くないのは、精米過程において、糊粉細胞層の細胞壁が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に「肌ヌカ」として付着されているからであること(【0014】、【0015】)、③一方、胚盤や亜糊粉細胞層は米粒の栄養成分及び旨み成分を多く含有しているので、これを可及的に残すとともに、食味にマイナス作用を与える糊粉細胞層やそれより表層の物質、いわゆるぬか層成分や、胚芽の表面部を可能な限り除去すればよいこと(【0023】)、④従来の精白米に、食べやすいが栄養成分が少ない精白米か、栄養成分が多いが極めて食味がまずいものしかなかったという問題を解決するには、摩擦式精米機での精米過程において、可能な限り亜糊粉細胞層と胚盤又は胚芽の表面部を除去した胚芽を残るようにした上、亜糊粉細胞層が表面に露出した時に搗精を終わらせる必要があるところ、運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置を適用することによって、本件発明に係る無洗米の前段階である、前記ウ(a)(b)の米を製造することが可能であること(【0028】~【0035】)、⑤また、精米機で仕上げられたままでは肌ぬかが表面に付着しているため、無洗米機にて肌ぬかを除去し、無洗米に仕上げる必要があるところ、型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより、上記無洗米の前段階である米から、前記ウ(c)の本件発明に係る無洗米を製造することが可能であること(【0041】)、⑥本件発明の無洗米は、その表面が亜糊粉細胞層に覆われ、全米粒のうち、胚盤又は表面を除去された胚芽が残った米粒の合計数が50%以上を占めているため、従来のご飯とは異なったおいしさがあること(【0043】)が記載されている。
他方、本件明細書には、本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ(a)(b)の米を製造するために摩擦式精米機により搗精し、かかる米から前記ウ(c)の本件発明に係る無洗米を製造するために無洗米機を用いるということのほかに、摩擦式精米機により搗精される米が前記ウ(a)(b)以外の構造又は特性を有することや、かかる米を無洗米機により無洗米としたものが、前記ウ(c)以外の構造又は特性を有することをうかがわせる記載は存在しない。
オ 以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は、本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ(a)(b)の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり、「無洗米機(21)にて」という記載は、上記精白米から前記ウ(c)の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって、前記ウ(a)ないし(c)のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。そして、本件発明に係る無洗米とは、玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され、亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し、米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており、糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。
そうすると、請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても、本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは、特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって、請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。
(4)被告の主張について
ア 被告は、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1は、いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームとなっており、また、「無洗米」という物の発明としての権利取得を希望するのであれば、無洗米機により洗米処理された後の、「無洗米の現在ある構造(構成)」のみの記載により、発明を特定しなければならないところ、上記請求項に無洗米の構成はほとんど記載されておらず、本件発明は明確性要件を満たしていない旨主張する。
しかし、上記請求項1の記載のうち、「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という記載が、物の製造方法の記載であると認められることについては、前記(2)のとおりであるが、これらの記載が、当該物のどのような構造又は特性を表しているのかは一義的に明らかであり、上記請求項1の記載が明確性要件に違反するものではないことについては、前記(3)のとおりである。
イ なお、被告は、原告の主張する取消事由に対して反論するほか、本件訂正は、本件訂正前の特許請求の範囲請求項1ないし3が「無洗米」という一群の請求項の記載であったものを、「無洗米」及び「無洗米の製造方法」という二つの群の請求項とするものであり、実質上特許請求の範囲を拡張ないし変更するものであるから、本件訂正を認めた本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし、本件訂正は、請求項1の記載を引用する請求項2の記載を請求項1の記載を引用しないものとすることを目的とする訂正を含むものであり(甲24)、かかる訂正が認められるときは、請求項1は請求項2及び3と一群の請求項となるものではない。したがって、本件訂正のうち請求項1に係るものと請求項2及び3に係るものとは、訂正の適否について別個独立に判断するべきものであるところ、請求項1は、本件訂正の前後を通じて「無洗米」という物の発明であることから、被告の上記主張は、既に確定した請求項2及び3に関するものと解され、失当である。
ウ また、被告は、本件審決における無効理由2に関する判断、すなわち、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の(ア)「食味上もよくない黄茶色の物質の層」、(イ)「該一層の、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており、」及び(ウ)「米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており、」との記載が明確性要件を満たすものとした判断も誤りである旨主張する。
しかし、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載(前記第2の2)及び本件明細書の記載(【0014】、【0023】、【0028】、【0041】、【0043】)(前記1(4)、2(2)イ)によれば、上記(ア)は、表皮、果皮、種皮及び糊粉細胞層により構成される玄米粒の表層部を、上記(イ)は、玄米粒から表皮、果皮、種皮及び糊粉細胞層までの表層部が除去され、マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する一層の亜糊粉細胞層が、米粒の表面にむき出しになる状態を、上記(ウ)は、摩擦式精米機により搗精された全米粒のうち半数以上に、胚芽の表面部を削りとられた胚芽又は舌触りの良くない胚芽の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤が残っている状態を、それぞれ意味するものであると解するのが相当であり、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえないから、明確性要件違反には当たらない。
エ したがって、被告の上記主張は、いずれも採用できない。また、被告は、そのほかにもるる主張するが、いずれも採用できない。
(5)小括
したがって、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は明確であって、これが明確性要件に違反するということはできない。よって、取消事由は理由がある。
5.検討
(1)本件はPBPクレームの明確性について争われた事件です。審決では、訂正後の請求項1について、①訂正により物の製造方法に係る記載を変更しているが、訂正が技術的意義を拡張・変更するものでない以上、その物の製造方法が依然として記載されている、②摩擦式精米機や無洗米機により製造したものと読めるが、その他の手段で製造できないとはいえない、③特許明細書及び図面には不可能・非実際的事情について何ら記載がなく、当業者にとって不可能・非実際的事情が明らかであるともいえない、と認定し、その上で請求項1に係る発明は明確でない、と判断しています。
審決の内容のうち①、③はわかるのですが、②は今一つよくわかりません。おそらく特許無効審判での被請求人の口頭審理陳述要領書を読めばはっきりすると思います。この審決に書かれている内容だけからすると、被請求人は訂正により摩擦式精米機や無洗米機といったハード構成を追加することで方法的記載との認定を回避しようとしたのではないか?と思われますが、他の手段でも製造できると認定する意味との関係がよくわかりません。
(2)この審決は最高裁判決(平成24年(受)第1204号)後に整理された審査基準における判断手法に沿うものといえます。すなわち、物の発明の構成要件の中に方法的記載があれば不明確と判断し、不可能・非実際的事情が認められなければ不明確と判断するというものです。
(3)これに対して、知財高裁は異なる判断をしました。まず、上記①についてですが、訂正によりもとの方法的記記載が削除されているため、訂正後の請求項1には、これに対応する部分は存在しないので、訂正前後で物の製造方法を含む記載に係る技術的意義を拡張・変更していないとしても、そのことを理由に、訂正後の請求項1に、訂正前と同様に、上記記載と同義と解される物の製造方法に関する記載があるとは認められない、と認定しました。
(4)その上で③の内容について検討する以前の問題として、特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても、最高裁判決の趣旨は「特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は、当該製造方法により製造された物と構造、特性等が同一である物として確定されるが、そのような特許請求の範囲の記載は、一般的には、当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり、権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから、これを無制約に許すのではなく、前記事情が存するときに限って認めるとした点にある」としました。
(5)そして、本件の場合は「請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても、本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは、特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって、請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない」と判断しました。
(6)上記のとおり最高裁判決以降に特許庁はPBPクレームの審査に関し、請求項の中に方法的記載があって、不可能・非実際的事情が認められなければ不明確と判断してきました。しかし、本判決では方法的記載があっても必ずしも不明確とは限らない、と判断される可能性を広げるものです。判決後まだ日がたっていないので上告されたかわかりません。上告された場合に最高裁がどのように扱うかによってPBPクレームの審査が変更される可能性があります。
(7)日本では最高裁判決前に主に企業から山のように方法的記載を含む物の発明についての特許が出願されてきました。そのため、最高裁判決や特許庁の審査基準や審査ハンドブックに追加された内容に基づくと無効と判断される可能性が高い特許を多くの企業が抱えていると思われます。そういった企業にとっては、①訂正により方法的記載を削除することで技術的意義を拡張・変更していない場合であっても、訂正前の内容を引きずらずに認定される、②方法的記載があっても必ずしも不明確と判断されない、可能性が生まれたということは良い方向のように思います(あくまで可能性ですが)。