会計ソフト事件

投稿日: 2017/08/12 0:57:24

今日は平成28年(ワ)第35763号 特許権侵害差止請求事件について検討します。原告であるフリー株式会社は、判決文によると、中小企業及び個人事業主向けに経理の自動化を可能とするソフトウェアの開発、提供等を業とする株式会社だそうです。J-PlatPatで検索したところ2件ヒットしました(公開段階で権利化中のものが他に数件あります。)。一方、被告である株式会社マネーフォワードは家計簿アプリのソフトウェア開発、提供等を行うとともに、他サービスとして会計ソフト等の開発、提供等を業とする株式会社だそうです。こちらは1件ヒットしましたが、本当に被告保有の特許権かは不明です(家計簿や会計ソフトに関するものではないので)。

個人事業主で青色申告を自ら会計ソフトを使って行っている人なら原告・被告はそれぞれ青色申告対応の会計ソフト「freee」、「MFクラウド確定申告」を販売している会社としてご存知と思います。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5503795号)

① 親出願である特願2013-055252は出願公開もされていないので、本件特許出願後すぐに取り下げられたものと思われます。

② 原告・被告ともに本事件に関するニュースリリースを出しており、提訴日が明確になりました。

 

2.特許の内容

(1)本件発明1

1A クラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理装置であって、ーザーにクラウドコンピューティングを提供するウェブサーバ(110)を備え、

1B 前記ウェブサーバ(110)は、ウェブ明細データを取引ごとに識別し、

1C 各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳し、

1D 日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成し、作成された前記仕訳データは、ユーザーが前記ウェブサーバ(110)にアクセスするコンピュータに送信され、前記コンピュータのウェブブラウザに、仕訳処理画面として表示され、前記仕訳処理画面は、勘定科目を変更するためのメニューを有し、

1E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う

1F ことを特徴とする会計処理装置。

(2)本件発明10

10A 前記ウェブ明細データをインターネット上から自動的に取得するウェブ明細データ取得部をさらに備える

10B ことを特徴とする請求項1からのいずれかに記載の会計処理装置。

(3)本件発明13

13A ウェブサーバ(110)が提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理方法であって、

13B 前記ウェブサーバ(110)が、ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと、

13C 前記ウェブサーバ(110)が、各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと、

13D 前記ウェブサーバ(110)が、日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み、作成された前記仕訳データは、ユーザーが前記ウェブサーバ(110)にアクセスするコンピュータに送信され、前記コンピュータのウェブブラウザに、仕訳処理画面として表示され、前記仕訳処理画面は、勘定科目を変更するためのメニューを有し、

13E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う

13F ことを特徴とする会計処理方法。

(4)本件発明14

14A ウェブサーバ(110)が提供するクラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理プログラムであって、

14B 前記ウェブサーバ(110)に、ウェブ明細データを取引ごとに識別するステップと、

14C 各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと、

14D 日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成するステップとを含み、作成された前記仕訳データは、ユーザーが前記ウェブサーバ(110)にアクセスするコンピュータに送信され、前記コンピュータのウェブブラウザに、仕訳処理画面として表示され、前記仕訳処理画面は、勘定科目を変更するためのメニューを有し、

14E 前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う

14F ことを特徴とする方法を実行させるための会計処理プログラム。

3.争点

(1)文言侵害の成否(争点1)

構成要件1C、1E、1F、10B、13C、13E、13F、14C、14E及び14Fの充足性

(2)均等侵害の成否(争点2)

(3)被告製品及び被告方法の特定の適否(争点3)

 

4.裁判所の判断

4.1 争点1(文言侵害の成否)について

(1)構成要件13C及び13Eについて

ア 構成要件13C及び13Eの解釈

前記のとおり、本件発明13の構成要件13Cは、「前記ウェブサーバが、各取引を、前記各取引の取引内容の記載に基づいて、前記取引内容の記載に含まれうるキーワードと勘定科目との対応づけを保持する対応テーブルを参照して、特定の勘定科目に自動的に仕訳するステップと、」というものであり、構成要件13Eは、「前記対応テーブルを参照した自動仕訳は、前記各取引の取引内容の記載に対して、複数のキーワードが含まれる場合にキーワードの優先ルールを適用し、優先順位の最も高いキーワードにより、前記対応テーブルの参照を行う」というものである。

そして、①テーブルとは、「表。一覧表。」(広辞苑第6版)の意味を有することからすると、本件発明13における「対応テーブル」とは、結局、「取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ」を意味すると解されること、②仮に取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれば、「優先順位の最も高いキーワードを選択し、それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし、「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になること、③本件明細書においても、取引内容に含まれた1つのキーワードのみを仕訳に使用する構成以外の構成は一切開示されていないこと、以上の諸点を考慮して、上記構成要件の文言を解釈すると、結局、本件発明13は、「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には、キーワードの優先ルールを適用して、優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し、それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより、特定の勘定科目を選択する」という構成のものであると解すべきである

イ 原告の主張について

これに対し、原告は、構成要件13Eには、優先順位の最も高いキーワードにより対応テーブルを参照して自動仕訳を行うことが規定されているのであって、当該キーワード以外のキーワードの取り扱いについて限定的な記載はなく、いずれか1つのキーワード以外を一切仕訳において用いないものであると限定解釈することはできず、本件明細書においても、いずれか1つのキーワードに限られず、各キーワードが対応テーブルの参照において用いられる例が開示されている(段落【0059】)とか、構成要件13Cは「前記各取引の取引内容の記載に基づいて」仕訳処理を行うとされ、「取引内容の記載『のみ』に基づ」くと規定されていないと主張する。

しかしながら、上記アで説示したとおり、原告主張のように、取引内容に含まれた1つのキーワード以外のキーワードも仕訳に使用するのであれば、「優先順位の最も高いキーワードを選択し、それにより対応テーブルを参照する」ことをあえて規定する意味がなくなるし、「対応テーブル」(取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応表のデータ)をどのように参照するかも不明になるから、原告の上記解釈は不合理なものといわざるを得ない

現に、本件明細書には、取引内容に含まれた1つのキーワード以外も仕訳に使用することは一切開示されていない。なお、原告の指摘する段落【0059】の記載は、「上記例に戻ると、本発明の一実施形態では、対応テーブルに、「モロゾフ」、「JR」、「三越伊勢丹」がそれぞれ登録されており、「モロゾフ」はおおよそ取引が推測できるpartnerキーワードとして、「JR」は多角的な企業グループとして、「三越伊勢丹」は商業施設名として登録されている。上記例は、当該対応テーブルを参照するとこの3つのキーワードに部分一致することとなるが、この中で、最も説明力が高いと考えられる「モロゾフ」が勘定科目を規定し、「接待費」が候補として自動的に表示される。」というものであるから、取引内容に含まれる「モロゾフ」という1つのキーワードのみによって対応テーブルを参照していることが明らかである。

したがって、原告の上記主張はいずれも採用できない。

(2)被告方法について

ア 被告方法の認定

原告による被告方法の実施結果は、別紙「原告による被告方法の実施結果」記載のとおりであり、被告による被告方法の実施結果は、別紙「被告による被告方法の実施結果」記載のとおりである。

上記2つの実施結果は、両立しうるものというべきであり、また、それぞれの信用性を疑わせるような事情は特に認められないところ、後者の実施結果によれば、次の事実が認められる。

すなわち、入力例①及び②によれば、摘要に含まれる複数の語をそれぞれ入力して出力される勘定科目の各推定結果と、これらの複数の語を適宜組み合わせた複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果をそれぞれ得たところ、複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が、上記組み合わせ前の語を入力した場合に出力される勘定科目の各推定結果のいずれとも合致しない例(本取引⑥⑦⑭)が存在することが認められる。例えば、本取引⑦において、「商品店舗チケット」の入力に対し勘定科目の推定結果として「仕入高」が出力されているが、「商品店舗チケット」を構成する「商品」、「店舗」及び「チケット」の各単語を入力した場合の出力である「備品・消耗品費」、「福利厚生費」及び「短期借入金」(本取引①ないし③)のいずれとも合致しない

また、入力例③及び④によれば、摘要の入力が同一であっても、出金額やサービスカテゴリーを変更すると、異なる勘定科目の推定結果が出力される例(本取引⑮ないし⑱)が存在することが認められる。

さらに、入力例⑤及び⑥によれば、「鴻働葡賃」というような通常の日本語には存在しない語を入力した場合であっても、何らかの勘定科目の推定結果が出力されていること(本取引⑲ないし㉒)が認められる。

以上のような被告による被告方法の実施結果によれば、原告による被告方法の実施結果を十分考慮しても、被告方法が上記アのとおりの本件発明13における「取引内容の記載に複数のキーワードが含まれる場合には、キーワードの優先ルールを適用して、優先順位の最も高いキーワード1つを選び出し、それにより取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照することにより、特定の勘定科目を選択する」という構成を採用しているとは認めるに足りず、かえって、被告が主張するように、いわゆる機械学習を利用して生成されたアルゴリズムを適用して、入力された取引内容に対応する勘定科目を推測していることが窺われる

なぜならば、被告方法において、仮に、取引内容の記載に含まれうるキーワードについて対応する勘定科目を対応づけた対応テーブル(対応表のデータ)を参照しているのであれば、複合語を入力した場合に出力される勘定科目の推定結果が組み合わせ前の語による推定結果のいずれとも合致しないことや、摘要の入力が同一なのに出金額やサービスカテゴリーを変更すると異なる勘定科目の推定結果が出力されることが生じるとは考えにくいし、通常の日本語には存在しない語をキーワードとする対応テーブル(対応表のデータ)が予め作成されているとは考えにくいからそのような語に対して何らかの勘定科目の推定結果が出力されることも不合理だからである

イ 原告の主張について

これに対し、原告は、被告による被告方法の実施結果(乙1)のうち、本取引①ないし⑭については、例えば、本取引⑥の摘要「店舗チケット」に記載された「店舗」「チケット」「店舗チケット」の三つの単語全てを用いるというのが被告の主張であるところ、被告は、「店舗チケット」に対応づけられた勘定科目を看過していると主張する。しかしながら、被告は、例えば本取引⑥の摘要「店舗チケット」について「店舗チケット」をキーワードとしているといった主張はしていないし、そのような事実を認めるに足りる証拠もない。

また、原告は、本取引⑲ないし㉒では、未知のキーワードの一部に勘定科目と対応づけられているものがあれば、当該勘定科目が付与されるし、未知のキーワードについては一律に金額に応じた勘定科目を付与する例外処理の存在も窺われ、本訴提起後に被告が改変を施した結果とも解することができる、と主張する。しかしながら、被告方法について、本取引⑲ないし㉒における未知のキーワードの一部に勘定科目と対応づけられているものがあるとか、未知のキーワードについて一律に金額に応じた勘定科目を付与する例外処理が存在するとか、本訴提起後に被告が被告方法に改変を施したといった原告主張のような事実を認めるに足りる証拠は一切ない。

したがって、原告の上記主張はいずれも採用できない。

(3)小括

したがって、被告方法は構成要件13C及び13Eを充足しない。さらに、原告は、被告製品1が本件発明1及び10の技術的範囲に属し、被告製品2が本件発明14の技術的範囲に属するとも主張するが、上記と同様の理由により、被告製品1は構成要件1C、1E及び10Bを充足せず、また、被告製品2は構成要件14C及び14Eを充足しない。

5.2 争点2(均等侵害の成否)について

- 省略-

6.検討

(1)判決文の別紙に原告が被告方法の構成を立証すべくテストした内容が記載されているので、それを整理すると下表のようになります。なお、判決文及び別紙に記載された内容だけでは明確になっていない点もありますが、黄色で網掛けしたキーワードがキーワード一つの場合の取引とそれに対応する勘定科目、複数のキーワードが含まれる取引のうち青色で網掛けしたキーワードが本件発明における優先順位の最も高いキーワードに相当するキーワードとそれに対応する勘定科目と思われます。

この原告の方法で被告方法が本件特許に抵触することが証明されたといえるのでしょうか?例えば、複数のキーワードからなる取引の中で、「五反田タクシー」、「五反田書店」、「五反田ドコモ」及び「五反田タクシー書店」はいずれも複数のキーワードのうち2番目のキーワードの勘定科目を採用しているかのようにも見えます。

このことに原告も気づいていて、「レストランホテル」、「AUホテル」、「AUレストラン」及び「AUレストランホテル」の組み合わせも例示したと思われますが、このやり方で順番ではなくホテルが最優先キーワードになっていると示すのであれば少なくとも「レストランAU」、「ホテルAU」、「ホテルレストラン」、「レストランAUホテル」、「ホテルAUレストラン」、「AUホテルレストラン」、「ホテルレストランAU」及び「レストランホテルAU」も例示しないと足りないと思います。「FACEBOOK」、「カフェ」及び「交通」はさらに例示が少なく本当に優先順位の最も高いキーワードが存在するのか疑問を持ってしまいます。

もっとも、制御関係の発明なので、こういった方法で完全に立証することができないことを原告も承知しており、訴訟の場で被告自ら被告製品の制御内容を開示させて確認しようと考えたのかもしれません。

(2)原告・被告以外の会計ソフトの会社もあまり特許を保有していないようです。本事件のように制御関係の発明は、発明の内容に加え特許請求の範囲の記載によほど知恵を使わないと侵害しているか否か検証することすら困難なので特許係争が起きにくい分野なのかもしれません。