半導体装置事件

投稿日: 2017/12/07 23:10:46

今日は、平成27年(行ケ)第10191号 審決取消請求事件について検討します。本件はシャープ株式会社の保有する本件特許(特許第4550080号)の請求項1ないし6に係る発明を無効とすることを求めて特許無効審判(無効2011-800241)を請求した住友金属鉱山株式会社が審決(請求不成立)の取り消しを求めて提訴した訴訟です。この特許については同一請求人による別の特許無効審判も2件請求されていますが最終的には本件判決を受けて終了したようです。本件は共同出願違反及び冒認出願が争われた事案であり結構珍しいものと思います。

 

〈検討結果〉

(1)本件特許について、まず本件訴訟の原告である住友金属鉱山株式会社が第1無効審判(無効2011-800241)を請求しました。その後同社は第2無効審判(無効2012-800006)を請求したところ、特許庁は第1無効審判に係る手続きを中止して、まず第2無効審判の審理を開始しました。

特許庁はこの第2無効審判について本件特許を無効とするとの審決をしましたが、被告(シャープ株式会社)がこの審決に対し審決取消訴訟(平成24行ケ10373号)を提起したところ、知財高裁では審決を取り消す旨の判決をしました。この判決に対して原告は上告しましたが認められず判決が確定しました。この判決後に第1無効審判の中止が一旦解除されたようですが直ぐ再び中止されました。

この上告の結果を受け住友金属鉱山株式会社がさらに無効審判(無効2014-800096)を請求したところ、特許庁は審判請求は成り立たない旨の審決をしました(この無効審判の審理中に第1無効審判の中止が解除されたようです。)。原告はこの審決に対して審決取消訴訟(平成27年(行ケ)第10128号)を提起しました。

第1無効審判について特許庁は,審判請求は成り立たない旨の審決をしましたが、原告はこの審決に対し審決取消訴訟(本件訴訟)を提起したところ、知財高裁では審決を取り消す旨の判決をしました。

(2)第1無効審判は共同出願違反と冒認出願違反を理由とするもの、第2無効審判及び本件無効審判は進歩性欠如を理由とするものでした。上記のとおり、特許庁は第1無効審判を中止して、第2無効審判及び本件無効審判を優先して審理しましたが、最終的には第1無効審判の審決に対する審決取消訴訟の判決を受けて係争が終結しました。

(3)本件訴訟の知財高裁での判決と第2無効審判の審決取消訴訟の判決は同日にありました。第2無効審判の審決取消訴訟の判決内容は審判請求人である住友金属鉱山株式会社の負けという内容で、本件判決の内容は特許権者であるシャープ株式会社の負けという内容ですが、第2無効審判の審決取消訴訟の判決について住友金属鉱山株式会社は最高裁に上告することなく確定させ、本件についても審決取消という判決を受けながらも住友金属鉱山株式会社は審判請求自体を取り下げています。特許庁のホームページで登録情報を確認すると、住友金属鉱山株式会社が請求を取り下げたのと同日に本件特許を共有とする移転登録手続きがされ、本件特許はシャープ株式会社と住友金属鉱山株式会社の共有に係る権利となっています。両者の和解の結果だと思われます

本件特許の発明者に住友金属鉱山株式会社のAを加え、さらに本件特許をシャープ株式会社と住友金属鉱山株式会社との共有にすることで、冒認出願及び共同出願違反のいずれの無効理由も解消しました。

(4)この事件は第1無効審判が請求されてから6年近く経過して決着しましたが、もしも第1無効審判を中止にせずに審理を進めていたら2年くらいで決着していたかもしれません。第1無効審判の審決は審判請求不成立、第2無効審判の審決は審判請求成立という結果だったので、ひょっとしたら第1無効審判を中止する時点で審判官の中には成立しそうな審判の審理を優先することで迅速化を狙ったのかもしれません。もしそうだとしたら裏目に出てしまったということになります。

(5)判決文を読むと、本件訴訟の原告である住友金属鉱山株式会社内では2001年当時既にマイグレーションの発生原因とその抑制手段としてバリア層のクロム含有率を上げることが報告されています。そうするとこの時点で特許出願することは十分可能だったのでもったいなかったと思います。もし出願してきちんと権利化してれば、係争のために6年も費やす必要がなかったでしょうし、半導体メーカに対する営業でも有利に働いた可能性があります。

 

1.手続の時系列の整理

1.1 本件特許(特許第4550080号)の審査、無効審判及び審決取消訴訟の経緯

1.2 本件特許出願のファミリの審査経緯

 

2.本件特許発明

【請求項1】

絶縁性を有するベースフィルム(10)、該ベースフィルム(10)上に形成されたニッケル-クロム合金からなり厚みが7nm以上のバリア層(2)、および該バリア層(2)の上に形成された銅を含んだ導電物からなると共に表面にスズメッキが施された配線層(3)を有する半導体キャリア用フィルム(1)と、前記配線層(3)に接続された突起電極(22)を有する半導体素子(21)とを備える半導体装置であって、

前記バリア層(2)と前記配線層(3)とを所定パターンに形成した半導体素子接合用配線が複数あり、そのうちの少なくとも隣り合う二つの前記半導体素子接合用配線の間において、配線間距離及び出力により定まる電界強度が3×10~2.7×10V/mであり、

前記半導体素子接合用配線の配線間距離が50μm以下となる箇所を有し、

前記バリア層(2)におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより、前記バリア層(2)の溶出によるマイグレーションを抑制することを特徴とする

半導体装置。

【請求項2】

前記半導体素子接合用配線の端子間ピッチが100μm以下となる箇所を有するものであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。

【請求項3】

前記バリア層(2)のクロム含有率が15~30重量%であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体装置。

【請求項4】

前記バリア層(2)の厚みが10~35nmであることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の半導体装置。

【請求項5】

前記ベースフィルム(10)の厚みが25~50μmであることを特徴とする請求項1から4の何れか一項に記載の半導体装置。

【請求項6】

請求項1から5の何れか一項に記載の半導体装置を備えたことを特徴とする液晶モジュール。

3.審決の理由

本件発明は、「バリア層におけるクロム含有率を15~50重量%とすることにより、前記バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制する」という構成に技術的特徴があるところ、原告従業員であるAは、被告従業員であって本件特許公報に発明者として記載されているBらに対し、上記技術的特徴を提案したといえないから、Aは本件発明の発明者とはいえず、他方、Bは、上記技術的特徴を実現することができる程度に技術的知見を既に得ていたと認められ、本件発明の発明者の少なくとも一人であるといえるから、本件特許は、冒認出願又は共同出願違反に対するものではなく、無効とされるべきものではない。

4.取消事由に関する当事者の主張

4.1 原告の主張

審決には、本件発明についての共同出願違反に関する判断の誤り(取消事由1)、冒認出願に関する判断の誤り(取消事由2)があり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすから、審決は違法であるとして取り消されるべきである。

(1)取消事由1(共同出願違反に関する判断の誤り)

ア 本件発明の技術的特徴は、バリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するという課題を解決するために、クロム含有率を従来の7重量%から20重量%に増加したバリア層を採用するものであるところ、Aは、Bに対し、上記課題の解決手段として京都会議でバリア層のクロム含有率を従来品の7重量%ではなく20重量%とした構成(以下「本件構成」という。)を伝えたものである。それにもかかわらず、Aがエッチング性の観点から本件構成を伝えた旨認定して、Aの共同発明者性を否定した審決の判断は、事実誤認を前提とするものであり、違法である。そもそも京都会議が急遽招集された目的は、錫メッキを施した本件製品が信頼性試験で不合格となった原因であるマイグレーション対策であって、Aは、京都会議の前に既にバリア層におけるクロム含有率を上げるとマイグレーションの発生を抑えることができるという着想(以下「本件着想」という。)を踏まえ、本件構成がマイグレーションの抑制に有効であるという知見を既に有していたのであり、京都会議において本件着想を踏まえた本件構成を説明できる段階に至っていたものである。

イ 本件発明の技術的特徴である本件構成は、Bらにおいて見い出されたものではなく、京都会議でAから伝えられたものである。Bらその他被告従業員は、京都会議以前にはマイグレーションを抑制する対策案を見い出すことができなかったのであり、このことは、「LH165M 高温高湿バイアス試験でのCuマイグレーション検討結果」と題する書面(甲40の3)からも明らかである。Bは、京都会議の後に初めて対策案として本件構成を被告社内に報告したのであり、このことは、平成15年1月27日付けのメモ及び「エスパーフレックスの銅マイグレーション」等と題する書面(甲40の1及び2)からも明らかである。これに対して、被告は、マイグレーションの原因がバリア層の残渣によるものではないと気付いたBらにおいて上記技術的特徴を自ら着想した旨主張する。しかし、Bは、京都会議の前には本件製品の信頼性試験不合格に対する対策案を見出せず被告社内においてマイグレーションの原因が不明であると報告しているのであって(甲40の3)、その数日後に上記技術的特徴を着想したとするのは、上記不合格に対する対策のために急遽京都会議が設けられた経緯に照らしても、明らかに不自然である。そもそも被告が京都会議の前にマイグレーション対策としてクロム含有率に着目していたと認めるに足りる証拠はなく、このことは、BがAに対し京都会議後にも、クロム含有率がどの程度がよいかなどと質問している経緯(甲25、甲26)からも明らかである。

ウ したがって、本件特許出願が特許法38条に違反しないとした審決の判断には誤りがある。

(2)取消事由2(冒認出願に関する判断の誤り)

ア 上記1のとおり、本件発明の技術的特徴は、バリア層のクロム含有率を従来の7重量%から20重量%にすることによってバリア層の溶出によるマイグレーションを抑制するという本件構成にあるところ、Aは本件構成に自ら想到したものであり、本件発明の発明者である。これに対し、Bらは、本件製品の信頼性試験が不合格となった事実を知らされ、当該事実をA氏に伝えて、その原因究明及び対策支援を依頼した者であって、その後京都会議でAから本件着想を踏まえた本件構成を提案され、これを被告社内で報告した者にすぎない。

イ したがって、本件発明の発明者は原告従業員のAであり、本件特許は、冒認出願に対してされたものであるから、これを否定した審決の判断には誤りがある。

4.2 被告の反論

(1)取消事由1(共同出願違反に関する判断の誤り)

ア Bらは、本件製品の試験片が信頼性試験に合格しなかったことから、その原因の究明及び解決に乗り出し、遅くとも平成15年1月27日までには、当該信頼性試験の不合格の原因が、エッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものではなく、バリア層の一部がバリア層の中に浸入した水の中にイオンとして溶出し、更に配線を構成する銅が析出して発生するという課題の存在を解明し、遅くとも同年4月21日までには、本件課題の解決方法を具体化し、本件発明を完成させた。これに対し、Aは、上記課題又は本件発明の技術的特徴を把握しないまま、単にフィルムメーカーの立場から、Bらの補助者として、Bの要求に応じて、当時公知であった「クロム含有率20%」の製品を提供したにすぎず、Aは、Bらが行ったような課題の発見、発明完成に向けての試行錯誤等は行っていない。

イ のみならず、Aは、本件発明の技術的特徴を把握しないまま、かえって、Bに対し、平成15年1月15日、本件製品の信頼性試験不合格の原因が新藤電子によるエッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものである旨の誤った考えを伝えていた。むしろ、Bは、クロム含有率が高くより強固なバリア層を有する本件製品で銅の析出を防止することができるかどうか実験する必要があると考えていたため、Aに対し、同月20日には、クロム含有率が20重量%のバリア層を有するサンプルが存在するかどうか在庫確認をしているのであるから、本件発明の技術的意義を理解していたのは、AではなくBであった。しかも、Aは、同年2月14日時点でも、メール(甲44)において「リード間の残渣や、Snめっきの表面常態の影響かもしれません。」などと記載しているように、京都会議の後にも本件着想に気付かずに、未だエッチング条件の不良によるバリア層の残渣をマイグレーション発生の原因として捉えていたことが認められる。

ウ したがって、本件発明はBらによって発明されたものであり、Aが本件発明の共同発明者とはいえないから、本件特許が共同出願要件に違反してされたものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

(2)取消事由2(冒認出願に関する判断の誤り)

上記(1)のとおり、本件発明はBらによって発明されたものであるから、Aは本件発明の単独の発明者とはいえず、本件特許が冒認出願に対してされたものとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

5.裁判所の判断

当裁判所は、原告の取消事由1には理由があり、審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1 本件発明に至るまでの経緯

前提となる事実に証拠(後掲各証拠のほか、甲30、49)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。なお、本件にはBらの陳述書は提出されず、被告からは同人らに対する証人申請の申出もされていない。

(1)Aが実施した研究開発の内容

ア Aは、平成4年4月に原告に入社したところ、平成12年から平成15年まで原告中央研究所で二層銅ポリイミドメタライジング基板を用いた製品を開発するとともに、当該基板の耐マイグレーション性を高めるための研究を行っていた。

イ Aは、平成12年頃、ニッケル-クロム合金のバリア層が溶出して銅のマイグレーションが生じ得ることが報告されていたところ、その原因がバリア層自体の種類、厚さ、膜質の影響が関係している可能性があることを認識した。そのため、Aは、バリア層の膜厚を厚くすること、バリア層のクロム含有率を従来品の7重量%から20重量%に上げることなどを検討し、同年10月20日から29日までには、クロム含有率7%の現行品(Ni-7Cr)を同含有率20%の製品(Ni-20Cr)にすれば、マイグレーション性が向上する可能性がある旨を社内で指摘していた(甲2、甲4)。

ウ Aは、平成13年3月頃、信頼性試験後の試験片を裏側から観察したところ、バリア層の一部が腐食し又は溶出して、銅がむき出しになっていることを確認したことから、バリア層が腐食し又は溶出したことでバリア層に守られていた銅のマイグレーションが生じ得るという現象を発見した。

エ 上記の発見を踏まえ、Aは、同年5月24日、マイグレーションの発生原因が基板のバリア層及び異物などの残りにあるとして、バリア層におけるクロム含有率を上げるとマイグレーションの発生を抑えることができるという本件着想を社内に報告した(甲5)。その後、Aは、バリア層の組成に関してマイグレーション試験を実施したところ、バリア層のクロム含有率を従来品の7重量%ではなく20重量%とした本件構成が耐マイグレーション性に優れているという試験結果を得た。Aは、当該試験結果につき、本件着想に基づき、クロム含有率を高めてバリア層の耐食性を高めることによってバリア層の腐食を防ぐことができたから、マイグレーションの発生を抑えることができたものと認識した。

(2)被告の商品開発及び信頼性試験の結果

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

ウ Bは、Aに対し、同年12月26日、新藤電子が製造した本件製品が上記信頼性試験で不合格になった旨伝えた上、その原因分析又は対策案を検討するように求めた。そのため、Aは、中央研究所でその分析を行うこととし、翌日、新藤電子から不合格に関する情報を入手するとともに、関連資料を受領した(甲10)。その際、Aは、新藤電子から、本件製品に●●●●が施されていたことを伝えられたところ、酸性の特殊な液を用いる●●●●によってクロム含有率●重量%のバリア層が溶けるという知見を有していたことから、本件製品は●●●●が原因で不合格になったものと理解した。ただし、上記の●●●●液によるバリア層の溶解を防ぐ対策としても、クロム含有率●●重量%のバリア層が有効であることも認識していた。

エ Aは、バリア層の組成を本件構成にすることは現行品の基板の仕様を大きく変更することになるため慎重に進める必要があるとして、本件着想を踏まえた本件構成をBに直接伝える前に、原告社内向けにまず伝えることとした。そこで、Aは、原告社内の各部署の従業員に対し、同月28日には、ファインピッチ用としてクロム含有率20パーセントの製品を開発することを提案した(甲10)。また、Aは、平成15年1月6日には、原告社内従業員に対し、耐マイグレーション性に効果があるのはバリア層の膜質を良くしその純度を上げることが第一であり、そのためには、クロム含有率を上げた材料を用いることとしてクロム含有率20%を採用することを提案した(甲22)。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

カ Bは、同日、Aに対し、本件製品(●●●●品)につき、マイグレーションの原因と対策を問い合わせたところ、Aは、同日、Bに対し、マイグレーションの原因は、●●●●の際に用いられる●●●●液の薬品により、液の染み込みによってメッキが劣化したり、ニッケルが溶解することによるものであり、その対策としては、クロム含有率を現行の●重量%から●●重量%とすることで液の染み込みを防止することができ、●●%以上とすることでバリア層のニッケルの溶解が防止できるとの対策を伝えた(甲12の1)。

キ また、Aは、Bとの間で、同月15日、マイグレーション対策につき打合せをし、Bに対し、マイグレーション現象としてリード間にデンドライト(樹枝状結晶)が生成することを指摘し、その対策としてユーザー工程の改善及び基板の改善を提案した(甲18の2頁)。具体的には、ユーザー工程の改善としては残留を防止するためエッチングを強化することを提案し(甲18の6頁)、基板の改善としては「通常グレード」ではなく「耐熱グレード」(S’perfext 耐熱ファインパターングレード)であればファインピッチ化に適用し得る旨を図表で示し(甲18の8頁、10頁)、その際に「耐熱グレード」はクロム含有率20重量%のバリア層を採用するものであることを口頭で補足した(甲49【034】、【035】)。その後、Bは、Aに対し、クロム含有率20%のバリア層を採用した製品の在庫を確認するように求めたところ、Aは、Bに対し、同月20日、新藤電子に納品しているクロム含有率20%を有するサンプル品を紹介した(甲13)。

ク その後、Bは、●●●●ではなく錫メッキを施した本件製品も信頼性試験に合格しなかったことから、根本原因の究明と対策を今後の課題として掲げた。その際に、改善の取組み等としては、バリア層カバレッジ向上や撥水処理が示されたものの、バリア層のクロム含有率を向上させることは一切指摘されなかった(甲40の3)。

(3)京都会議の内容と被告のその後の対策(甲23)

ア Aは、同月23日、Bから緊急に打合せをしたい旨連絡を受けたため、同日午後8時から11時頃まで、その他原告従業員とともに、Bとの間で京都会議を行った。●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

エ Bは、Aに対し、同月21日、バリア層の腐食と銅の析出の件につき緊急課題であるとした上、クロム含有率又はバリア層の厚みにつきどれが良いかをメールで質問した(甲25)。また、Bは、Aに対し、同月25日、Cr40%ではより効果があるかなど、基礎データが不足しクロム含有率がいくらであったらよいのか本当に問題ないか分からないため、データを提示するように依頼した(甲26)。

オ A、Bを含む被告従業員ら、新藤電子従業員らは、同月26日、原告、被告及び新藤電子の合同会議を開催し、Cr20%の150Å又は300Å厚のバリア層を持つフィルムを量産化することに向けての検討及び作業分担がなされた(甲27)。

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●(本件明細書の【0055】、【表2】、【表3】)。

キ 被告は、上記実験の結果に基づき、エッチング性をも考慮して、バリア層のクロム含有率の上限値を50重量%、下限値を15重量%に特定した上、平成15年6月30日、発明者をBらとして被告単独で本件特許出願の原出願をし、さらに、平成19年3月26日、原出願に基づき分割出願をした(甲1)。

2 Aの共同発明者該当性について

(1)発明者の意義

特許法2条1項は、発明とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうと規定しているところ、特許制度の趣旨に照らすと、その技術内容は、当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和49年(行ツ)第107号同52年10月13日第一小法廷判決・民集第31巻6号805頁)。そして、発明者となるためには、もとより一人の者が全ての過程に関与することを要するものではなく、共同で関与することでも足りるというべきであるが、上記発明の意義に鑑みれば、共同発明者となるためには、当該発明に係る課題を解決するための着想及びその具体化の過程において、一体的・連続的な協力関係の下に、それぞれが重要な貢献をなすことを要すると解するのが相当である。

上記の観点から、本件発明の意義及び原告の関与の程度を総合考慮して、Aが本件発明の発明者に当たるか否かにつき、判断する。

(2)本件発明の意義について

ア 本件発明の要旨について

本件明細書によれば、本件発明の内容は、次のとおりであると認められる。

(ア)本件発明は、例えば液晶表示装置を駆動させる半導体チップや受動部品などを搭載するための半導体キャリア用フィルムを用いた半導体装置に関するものである(【0001】)。近年、液晶ドライバを搭載するキャリアテープは多機能及び高性能化が進む液晶ドライバの多出力に伴い、ファインピッチ化が急速に進んでおり、現在、キャリアテープとしては、液晶ドライバを実装するTCP(Tape CarrierPackage)よりファインピッチ化が可能な半導体キャリア用フィルムであるCOFが主流を占めつつある(【0002】)。

(イ)このCOFを用いた半導体装置の一般的な組立方法(製造方法)は次のとおりである。ポリイミドからなるベースフィルム上に銅からなる配線をエッチングにてパターニングし、その配線の上にスズメッキを施すことによって形成された半導体キャリア用フィルムに、突起電極を形成した半導体チップを熱圧着により接合する。この接合する工程をインナーリードボンディング(ILB)という。ILB後に保護材としてのアンダーフィル樹脂を半導体チップと半導体キャリア用フィルムの間に充填した後、アンダーフィル樹脂を硬化させる。その後、ファイナルテストを行って、COFを用いた半導体装置の組立てが完了する。このとき、ベースフィルムとなる半導体キャリア用フィルムは主に下記のフィルム基材から作製される。1つは、(中略)キャスティング法である。もう一つは、ポリイミド基材の上にスパッタ法で金属バリア層を形成し、銅メッキにて配線となる銅の膜(層)を形成するメタライジング法がある。ファインピッチ化に対しては、配線となる銅の膜厚を薄くすることが必要であり、薄い銅箔を制御することが困難なキャスティング法よりも、メッキ厚の制御のみで薄膜を形成する事が可能なメタライジング法が適している。(【0003】及び【0004】)

(ウ)メタライジング法によって形成された一般的な半導体キャリア用フィルムの断面構造図を図8に示す。

【図8】

メタライジング法では、ベースとなるポリイミド基材110の上にスパッタにてクロム7重量%、ニッケル93重量%の組成比を持つニッケル-クロム合金のバリア層が50~100Å(5~10nm)程度の厚みにて形成される。その後、1000~2000Åのスパッタ銅をつけた後、電解又は無電解の銅メッキを行い配線パターンとなる銅の配線層が厚さ8μm程度にて形成されるのが一般的である。次に、フィルム基材に所望の配線パターンを形成するため、フォトレジストを銅の配線層の上に塗布して硬化させ、所定のパターンにてマスクした後、露光・現像・銅エッチング・フォトレジスト剥離を行う。これにより、図8に示されるように、所定の幅を有するバリア層102及び銅の配線層103が形成される。フォトレジスト剥離後に、図示しないスズメッキ、若しくはスズメッキ及び金メッキが形成される。また、必要な部分の配線上にソルダーレジスト111が被覆されることによって、フィルム半導体キャリア用フィルムが作製される。(【0005】)

(エ)しかしながら、上述のような従来のメタライジング法で形成された半導体キャリア用フィルムでは、電位差の生じる配線(端子)間の距離を小さくファインピッチ化した場合や、高出力によって端子間に生じる電位差が大きくなった場合に、高温高湿環境下で電位差の生じた隣り合う端子間にマイグレーションが発生して、当該端子間の絶縁抵抗が劣化しやすかった。特に、配線に金メッキを施している場合には、メッキ液としてシアン系の溶剤を使用しているため、微量に残る当該溶剤のため、より顕著にマイグレーションが発生していた。これにより、更なるファインピッチ化や高出力化を図ることができないという問題があった。

(オ)ここで、マイグレーションの発生の機構(メカニズム)について検討したところ、以下のような知見を得たので、図9を用いて説明する。

【図9】

図9は、従来例の半導体キャリア用フィルムの断面図である。ポリイミドからなるベースフィルム110の上にバリア層102及び銅の配線層103a、103bが形成されている。バリア層102及び配線層103a、103bの表面には、スズメッキ104が形成され、さらに、その上層には金メッキ105が形成されている。ここで、バリア層102は、クロム含有率が7重量%であり、ニッケル含有率が93重量%であるニッケル-クロム合金からなり、その厚みは7nmである。また、配線層103aと配線層103bとの間には電位差が生じており、配線層103aは正電位、配線層103bは負電位若しくはGND電位を帯びている。(【0006】ないし【0008】)

このような従来の半導体キャリア用フィルムが高温高湿のような環境下におかれると、水分106が半導体キャリア用フィルム上に付着する。水分106は塩素等の不純物を含んでおり、正電位を帯びた配線層103a側のバリア層102に存在するポーラス部分から当該水分106が浸入する。これによりバリア層102の一部が水分中にイオンとして溶出し、負電位若しくはGND電位を帯びている配線層103bに向けて移動する。当該バリア層溶出部分107を通じて配線となる銅が腐食し、腐食部109が発生する。さらに、配線層103aを形成している銅も、負電位若しくはGND電位を帯びた配線層103bに向けて溶出する。特に、金メッキ105が施されるときに、通常シアン系の溶剤が使用されるが、洗浄しきれずに残存している当該シアン系の溶剤により銅の腐食や、配線層103aの成分である銅及びバリア層102の成分の溶出が発生しやすくなっている。このようにして、上記銅溶出部分108やバリア層溶出部分107によって、マイグレーションが発生し、端子間の絶縁抵抗が劣化する。(【0009】)

(カ)本件発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ファインピッチ化や高出力化に適用できるように、高温高湿環境下であっても、従来よりも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置、液晶モジュールを提供することにある(【0010】)。本件発明の半導体キャリア用フィルムは、上記の課題を解決するために、絶縁性を有するベースフィルムと、ベースフィルムの上に形成されたクロム合金からなるバリア層と、バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層とを有する半導体キャリア用フィルムであって、前記バリア層におけるクロム含有率が15~50重量%であることを特徴としている(【0011】)。

(キ)以上のとおり、本件発明の半導体キャリア用フィルムは、絶縁性を有するベースフィルムと、ベースフィルムの上に形成されたクロム合金からなるバリア層と、バリア層の上に形成された銅を含んだ導電物からなる配線層とを有する半導体キャリア用フィルムであって、前記バリア層におけるクロム含有率が15~50重量%である構成である(【0024】)。そのため、バリア層の表面抵抗率・体積抵抗率が向上するため、バリア層を流れる電流が小さくなり、配線層を形成する銅の腐食を抑制することができ、また、バリア層の表面電位が標準電位に近くなるため、バリア層を形成している成分の水分中への溶出を抑制することができ、端子間のマイグレーションの発生がなくなる(【0025】)。

したがって、ファインピッチ化や高出力化に適用でき、高温高湿環境下であっても、従来よりも端子間の絶縁抵抗が劣化しにくい半導体装置を提供することができるといった効果を奏する(【0026】)。

イ 本件発明の技術的特徴について

上記アの認定事実によれば、従来のメタライジング法で形成された半導体キャリア用フィルムは、ファインピッチ化又は高出力化に伴って電位差の生じる端子間の距離を小さくした場合又は高出力によって端子間に生じる電位差が大きくなった場合、高温高湿環境下で電位差の生じた隣り合う端子間にマイグレーションが発生していたところ、本件発明は、マイグレーションの発生を抑制するという課題を解決するために、バリア層のクロム含有率を15重量%から50重量%にすることによってバリア層を形成する成分が水分中に溶出することを抑制し、もって上記マイグレーションの発生を防ぐというものである。

(3)検討

上記(2)によれば、本件着想に基づく本件構成は、本件発明の技術的特徴そのものであると認められるところ、前記1の認定事実によれば、Aは、平成12年頃には既にクロム含有率を7重量%から20重量%にすればマイグレーション性が向上する可能性を社内で指摘し、平成13年5月頃には本件着想に想到した上、本件構成によりバリア層の溶出によるマイグレーションを抑制することができるという実験結果を得て、これを社内に報告し、さらに京都会議において本件着想のみならず、本件構成までBに提案したことが認められる。そして、Bは、Aが提案した本件着想に基づき本件構成の耐マイグレーション効果を確認するとともに、当該効果に関するクロム含有率の臨界的意義を調査することとし、最終的に本件発明に係るクロム含有率の上限値を50重量%及び下限値を15重量%にそれぞれ特定したことが認められる。

上記認定事実を踏まえると、Aは、Bに対し、本件着想に基づく本件構成を提示しているのであるから、Aが本件発明の課題を解決するための着想及びその具体化の過程において重要な貢献をしたことは明らかである。これに対し、Bは、上記認定事実のとおり、本件発明に係るバリア層のクロム含有率の上限値及び下限値を特定するという貢献をしているものの、京都会議の前には、上記マイグレーションの発生の原因と対策を検討するに当たり、バリア層のクロム含有率には一切着目していなかったものと認められ、かえって原因が不明であるとしてAにその対策を求めて京都会議を開催して、Aから本件発明の課題を解決するための着想のみならず、本件構成という具体的な解決手段まで示されたのであるから、Aが本件発明の共同発明者であることを否定することはできないというべきである。

(4)被告の主張

ア 被告は、Bらにおいて、本件製品の試験片が信頼性試験に合格しなかったことから、その原因の究明及び解決に乗り出し、遅くとも平成15年1月27日までには、当該信頼性試験の不合格の原因が、エッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものではなく、バリア層の溶出によることを解明して本件着想に自ら想到した旨主張する。

しかしながら、前記1の認定事実によれば、京都会議より前には、Bらは本件製品の信頼性試験不合格の対策案を見い出すことができず、もとよりバリア層のクロム含有率が有効であるという点には着目していなかったのであるから、その僅か4日後にBらが社内に報告した本件着想及び本件構成は、Bらが自らに想到したのではなく、Aによって提案されたものと認めるのが自然である。しかも、被告の主張によっても、Bにおいて本件製品の信頼性試験不合格の原因がエッチング不良によるバリア層の残渣によるものではないとまで認識し得たとしても、マイグレーションの原因が直ちにバリア層の溶出によるものと特定し得るものとはいえないのみならず、Bはクロム含有率に着目したマイグレーション試験を一切行っていなかったのであるから、京都会議から僅か4日後に、Bらが実験による具体的な裏付けなくクロム含有率を20重量%とする本件構成の効果を理解してこれを社内に報告したとするのは、明らかに不自然である。

これに対し、被告は、Aが本件発明の課題又は本件発明の技術的特徴を把握しないまま、単にフィルムメーカーの立場から、Bらの補助者として、Bの要求に応じて、当時公知であった「クロム含有率20%」の製品を提供したにすぎず、Aは、Bらが行ったような課題の発見、発明完成に向けての試行錯誤等は行っていないとも主張する。しかしながら、前記1の認定事実によれば、Aは、既に平成13年頃には従来品のクロム含有率7重量%のバリア層よりも20重量%のバリア層の方が耐マイグレーション性に優れているという本件構成に関する試験結果を得ていたと認められるのであるから、被告の上記主張は、その前提を欠くものである。

イ また、被告は、Aが本件発明の技術的特徴を把握せず、かえって、Aは、Bに対し、平成15年1月15日、本件製品の信頼性試験不合格の原因が新藤電子によるエッチング条件の不良によるバリア層の残渣によるものである旨の誤った考えを伝えていた旨主張する。しかしながら、前記1の認定事実によれば、Aは、Bに対し、同月8日には、クロム含有率を20重量%とすることで液の染み込みを防止することができる旨を伝え、同月15日、上記エッチング条件の不良を伝えるとともに、不良箇所につき「リード間にデンドライト生成」と分析した上、その対策としてクロム含有率を20重量%とする「耐熱グレード」を採用することを具体的に資料(甲18)をもって提案しているのであるから、被告の主張は、上記資料にいう「耐熱グレード」の技術的意義を正解しないものである上、真実とは異なる事実を前提とするものであって、採用することができない。

ウ 次に、被告は、Bが高いクロム含有率でより強固なバリア層を有する本件製品で銅の析出を防止することができるかどうか実験する必要があると考えていたため、Aに対し、平成15年1月20日には、クロム含有率が20重量%のバリア層を有するサンプルが存在するかどうか在庫確認をしているのであるから、本件発明の技術的意義を理解していたのは、AではなくBであった旨主張する。しかしながら、前記1の認定事実及び上記イのとおり、Aは、Bに対し、当時既にクロム含有率を20重量%とする「耐熱グレード」がマイグレーション対策として有効である旨提案していたと認められるのであるから、上記のとおりBがAに対しクロム含有率20重量%の上記サンプルを求めたのは、Aからこれより5日前に伝えられた「耐熱グレード」のサンプルを求めたにすぎず、Bが自ら本件構成を着想したことを裏付けるものとはいえない。被告の上記主張は、Bが既にAから本件構成を伝えられていたという前提事実を踏まえたものではなく、採用することができない。

エ さらに、被告は、平成15年2月14日時点でもAはメール(甲44)において「リード間の残渣や、Snめっきの表面常態の影響かもしれません。」などと記載しているように、京都会議の後にも本件着想に気付かずに、未だエッチング条件の不良をマイグレーション発生の原因として捉えていた旨主張する。

しかしながら、前記1の認定事実によれば、Aは、同月14日、クロム含有率7重量%のバリア層とクロム含有率20重量%のバリア層との比較実験において、銅の最短析出時間で判断すれば両者に差がなかった原因としてエッチング条件の不良を指摘したにすぎず、銅の平均析出時間で判断すればクロム含有率20重量%の方が有利である旨報告しているのであるから、エッチング条件の不良のみをマイグレーション発生の原因として捉えていたものではないことは明らかである。そもそも、クロム含有率を上げれば耐マイグレーション性は向上するもののエッチング性が低下するという副作用が生ずるため、本件着想を具体化するにはエッチング性の改善という技術的課題も解決する必要が生ずるのであって、被告の上記主張は、本件着想に伴う技術的課題を正解せず、単にエッチング性のみに着眼するものであって、失当というほかない。

オ 以上によれば、被告の上記各主張は、本件の事実経過及び本件発明の技術的意義に照らし、明らかに不自然なものといわざるを得ず、いずれも採用することができない。

(5)まとめ

以上によれば、Aは、本件発明に係る課題を解決するための着想及びその具体化の過程において重要な貢献をなしており、本件発明の共同発明者であると認められるから、原告の取消事由1には理由がある。