防蟻剤事件
投稿日: 2017/11/16 22:39:05
今日は、平成27年(ワ)第16829号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社エコパウダーは、判決文によると、防蟻剤等の生産、販売等を業とする株式会社だそうです。ホームページによると、資本金1、200万円、平成2年設立、従業員数13名の会社です。被告であるアーテック工房株式会社も防蟻剤等の生産、販売等を業とする株式会社だそうです。ホームページによると、資本金1、000万円、平成11年設立、従業員数13名の会社です。J-PlatPatで検索したところ、株式会社エコパウダー名義の特許出願はなく代表者の個人の特許出願が6件ヒットし、そのうちの2件が特許になっていました。一方、アーテック工房株式会社名義の特許出願は9件ヒットし、そのうち2件が特許になっていました。
本件の判決は、差止・廃棄請求を認めた上で損害賠償として約1億円の支払いを被告に命じました。
1.手続の時系列の整理(特許第4177719号)
2.発明の内容
【請求項1】(本件発明)
A 植物由来の炭粉末と、
B 被膜形成性ポリマーエマルジョン、水溶性多糖類及びポリアミド樹脂からなる群から選ばれた1種又は2種以上と、
C ホウ酸類と
D を含有することを特徴とする防蟻用組成物。
【請求項1】(本件訂正発明)
E 塗膜形成用の防蟻用組成物であって、
A 植物由来の炭粉末と、
B’被膜形成性ポリマーエマルジョンと、
C ホウ酸類と
D を含有し、
F 前記ホウ酸類の含有量は1~40質量%である
D ことを特徴とする防蟻用組成物。
3.争点
(1)先使用の抗弁の成否
(2)無効理由の有無
被告は、本件特許には後記の無効理由があり、特許無効審判により無効にされるべきものであるから、原告は本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)と主張する。
ア 冒認出願(特許法123条1項6号)
イ 特開平1-295948号公報(乙36。以下「乙36公報」という。)に記載された発明(以下「乙36発明」という。)に基づく新規性欠如
ウ 乙36発明、特開平8-143401号公報(乙37。以下「乙37公報」という。)に記載された発明(以下「乙37発明」という。)、林産試験場報第12巻第6号(乙39。以下「乙39文献」という。)に記載された発明(以下「乙39発明」という。)及び特開平11-29742号公報(乙40。以下「乙40公報」という。)に記載された発明(以下「乙40発明」という。)に基づく進歩性欠如
エ 乙37発明、特開2000-26218号公報(乙38。以下「乙38公報」という。)に記載された発明(以下「乙38発明」という。)、乙40発明及び特開平5-339114号公報(乙41。以下「乙41公報」という。)に記載された発明(以下「乙41発明」という。)に基づく進歩性欠如
(3)本件訂正発明に係る無効理由の有無
原告は上記の無効理由に対し、上記オの訂正請求をしたとして訂正の再抗弁を主張する。これに対し、被告は本件訂正発明には以下の無効理由があると主張する。
ア 冒認出願
イ 特開平3-200701号公報(乙48。以下「乙48公報」という。)に記載された発明(以下「乙48発明」という。)及び特開平7-279271号公報(乙49。以下「乙49公報」という。)に記載された発明(以下「乙49発明」という。)に基づく進歩性欠如
ウ 乙48発明及び乙36発明に基づく進歩性欠如
エ 乙48発明及び特開2002-121497号公報(乙50。以下「乙50公報」という。)に記載された発明(以下「乙50発明」という。)に基づく進歩性欠如
オ サポート要件違反(特許法36条6項1号)又は実施可能要件違反(同条4項1号)
(4)損害額及び不当利得額
4.裁判所の判断
1 本件発明の技術的意義
(1)本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には、以下の記載がある。
-省略-
(2)また、本件特許の審査過程において、原告代表者が特許庁に提出した意見書(甲40)には、以下の記載がある。
-省略-
(3)本件発明の意義及び作用効果
上記(1)の本件明細書の記載によれば、本件発明は、ホウ酸系防蟻用組成物に関するものである。木造家屋や他の建物、構築物等に使用する防蟻用組成物の薬剤として、毒性が低く安全なホウ酸類があるが、ホウ酸類は、安定に配合できる濃度が低く高い効力が得られない上に、これを配合する防蟻用組成物は水に容易に溶け、例えば長時間雨等にさらされるとホウ酸類が流出してしまい、効力がなくなってしまうという欠点があった。本件発明は、炭粉末と、被膜形成性ポリーマーエマルジョン、水溶性多糖類及びポリアミド樹脂からなる群から選ばれた1種また2種以上と、ホウ酸類とを含有することで、上記の欠点を改善して、白蟻の予防や駆除効果に優れ、しかもその効果が長期にわたって持続し、さらに蟻以外の菌等に対しても耐久性に優れた、安全な防蟻効果を得られるとの作用効果を奏するものである。
さらに、上記(2)の意見書(甲40)の記載によれば、本件発明は、ホウ酸類と被膜形成性ポリマーエマルジョンのみを配合するもの(従来発明(乙48発明)の配合)と比べて、耐候処理をした場合における死中率と質量減少率に大きな差があり、炭粉末を配合しないものと比べて耐水性が向上している。
なお、乙48公報には、ホウ酸がアクリル製エステル系重合体の連続被膜に包まれることにより、水に溶けにくくなるとの指摘があるにすぎず、耐水実験はしていない(3頁右下欄)。
2 争点(1)(先使用の抗弁の成否)について
(1)前提事実に加えて、後掲各証拠及び弁論の趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 森林総合研究所は、平成10年9月10日から平成14年2月9日までの期間、被告の依頼に基づき、被告が提供した複数の塗装杭等の野外耐蟻性試験を実施した。同試験では、それらの杭等をシロアリの生息が確認されている場所に設置し、年に2回シロアリの被害の程度を確認した。試験がされた杭等は、「液状活性触媒炭塗料製品塗装杭(商品名:ヘルスコ・キュアー、特殊加工木炭+鉱石入り通気型木炭塗料)」、「製品組成対照材1(特殊加工木炭塗料塗装杭)」、「製品組成対照材2(鉱石入り通気型木炭塗料塗装杭)」、「無処理対照材(スギ辺材杭)」、「餌木(アカマツ辺材)」であった。その試験の結果、「液状活性触媒炭塗料製品塗装杭(商品名:ヘルスコ・キュアー、特殊加工木炭+鉱石入り通気型木炭塗料)」は、耐用年数が3年5月以上であるとされ、対照材に比べ耐蟻性効果があるとされた。(乙12)
イ 被告は、従前、「ヘルスコート」との名称の商品を販売していたところ、平成13年7月、防蟻、防腐剤の新製品を開発したとして、新たに「ヘルスコ・キュアー」という名称の被告先行製品の販売を開始し(乙1、19、22)、同月15日には原告との間で被告先行製品の特約店契約を締結した(乙2)。
ウ 被告は、平成13年7月10日、発明者を被告前代表者とし、発明の名称を「タール水溶液及びタール含有塗料」とする特許出願(特願2001-209762)を行い、平成14年7月8日には、同出願に基づき、特許協力条約に基づく国際特許出願(PCT/JP02/06897)を行った(甲12の1)。被告は、平成17年12月28日に対応中国出願について、中国特許第ZL02813892.9号を取得し(甲12の3)、平成18年2月7日に対応米国出願について、米国特許6、995、199号を取得した(甲12の2)。
平成14年7月8日に行った上記国際特許出願の願書に添付された明細書には、同発明の第1の目的はタールを液体中に安定した状態で溶解させた水溶液を提供することであり、第2の目的は塗布したタールを完全に乾燥させることができるようにした防腐・防蟻機能を有する塗料を提供することであるとされ、第1の目的の達成のためにされた発明は、タールとNaOH溶解液とを所要量混入して溶解させたタール水溶液であり、第2の目的のためにされた発明は、樹脂を主成分とし木炭粉末を含有している水溶性の塗料に、タールとNaOH溶解液とを混入して溶解したタール水溶液を混入させたタール含有塗料であるとされる。特許請求の範囲の記載及び明細書には、タール、NaOHを含むタール水溶液、木炭粉末、樹脂、沸石を含むタール含有塗料が記載されているが、ホウ酸に関する記載は一切ない(甲12の1)。
エ 被告先行製品のカタログ(甲32、乙26)には、1枚目下段に「特許出願中」との記載があった。
もっとも、被告はその後、同趣旨の内容のカタログを制作し、そのカタログ(甲11)では、上記の「特許出願中」との記載が「アメリカ・中国にて特許取得!アメリカ特許証 US6、995、199B2 中国特許証 ZL02813892.9」との記載に変更された。
被告の製品について、甲第11号証及び乙第26号証のカタログには「木質系の天然素材と微粉末木質炭素、天然鉱石を配合して開発された独自の防蟻防腐材です。」と説明され、甲第32号証のカタログには「常温硬化型・低臭・水性の忌避材を加えて、更にブレンドした微粉末木炭と天然鉱石を絶妙のバランスで配合して開発された独自の防蟻防腐材です。」と説明されている。また、甲第11号証及び甲第32号証のカタログには、72種類の金属成分を化学物質評価研究所で測定したところ、「天然素材におけるミネラル分中の金属のみ検出」され、「無害性の証明」がされたとの記載がある。これらのカタログに被告先行製品がホウ酸を含んでいることの記載はない。
オ 財団法人化学物質評価研究機構は、被告から依頼を受け、平成13年8月9日から同月30日までの期間、被告先行製品に含有される金属成分の定性及び定量等について試験を行った。そのホウ素の半定量値は0.02wt%であった(甲9)。
カ 被告は、平成15年2月、被告が「ヘルスコ・キュアー」として製造販売する製品の冊子を作成又は発行した(甲9。以下「甲9冊子」という。)。
甲9冊子には、被告先行製品の製品安全データシートである甲9データシート、被告が作成した説明文書、上記アの森林総合研究所による試験成績書、上記オの財団法人化学物質評価研究機構の試験報告書等が含まれていた。
甲9データシートには、被告先行製品の成分は「合成アクリルエマルジョン 19%」、「水 35%」、「高機能微粉末混合木炭 21.8%」「木質系忌避剤 4%」、「天然鉱石 20%」、「その他 0.2%」との記載があった。甲9データシートに記載された被告先行製品の成分は上記のとおりであり、ホウ酸についての記述はない。
甲9冊子中の製品の説明文書には、当該製品について、「新特許出願(特願2001-209762号)の本製品の特長は、浄化した木質系忌避剤の水溶化の開発に成功したことにより、自然素材の中で防蟻防腐効果、害虫忌避効果が最高と言われる木質系忌避剤を、水溶性自然硬化型バインダー剤として、通気性のある上記樹脂とブレンドできたことです。」、「天然鉱石を木炭粉の中に混合することで、その天然鉱石が木炭の持つイオン特性を強力に引き出す効果があり、イオンの作用で白蟻の生態機能を狂わせ、弱らせることになると考えられます。」との記載がある。その説明文書にもホウ酸についての記載はない。
キ 被告は、平成21年10月頃、原告に対し、被告先行製品に含まれるホウ酸量の分析結果が以下のとおりであると知らせた(甲8報告書)。甲8報告書は基本的に以下の分析結果のみを記載したものである。
「ヘルスコキュアーA→平成14年1月22日製造分 0.003%
ヘルスコキュアーB→平成14年2月13日製造分 0.002%
ヘルスコキュアーC→平成14年3月27日製造分 0.002%
ヘルスコキュアーD→平成14年6月24日製造分 0.68%
ヘルスコキュアーE→平成14年9月11日製造分 0.11%」
また、株式会社住化分析センターは、平成21年11月、被告の依頼に基づき、「平成14年6月24日製造分ヘルスコキュアー抜取サンプル」名の試験体を分析した。その分析によると、同試験体のホウ酸の含有量は0.63%であり、樹脂の含有量は、8.1~8.2%であり、木炭の含有量は8.1%であった(乙3報告書)。
ク 被告は、被告先行製品の製造記録等を記載したノートであるとして、乙33ノートを提出する。乙33ノートは、平成14年6月より前から同年11月2日までの期間に作成されたものであり、多数の原料の組成、計算式、機器の略図、立方体の図等の書き込み、ノート作成者であるC氏が参加した営業会議や商品説明会等に関するメモ書き、その他、営業や製造に関するメモ書きなどの記載があり、C氏が業務の備忘録として日ごとに記入したと思われるノートである。そして、乙33ノートの平成14年6月17日の日付けが記載された後の部分には、「加湿器」などとの記載がある機器の略図や立方体の図、計算式などの記載をはさんで、木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸について、合計7パターンの組成の記載があり(6頁~9頁)、そこに記載された各原料の配合量から配合割合を算定すると以下のとおりとなる。また、各パターンの組成の横に記載された原料の重量によれば、各パターンは、被告先行製品の1缶(16kg)から105缶となり、同日の配合量は合計で153缶程度となる。被告は、平成14年当時、被告先行製品を年間1300缶程度、製造、販売していた。
(2)検討
ア 被告先行製品のカタログ及び甲9データシートには、いずれも被告先行製品にホウ酸が配合されていることを示す記述は一切なく、かえって、被告先行製品のカタログには、被告先行製品は天然鉱石を含むがその他の金属成分を含まないことが記載されている(上記(1)エ、カ)。また、森林総合研究所における試験片に塗装されたという被告先行製品について、鉱石が含まれることは記載されているがホウ酸が含まれるとの記載はなかった(上記(1)ア)。さらに、被告は被告先行製品のカタログで、被告先行製品は特許出願中であると記載したり、特許を取得したと記載したりしたところ、その特許に係る発明はホウ酸を含むものではなかった(上記(1)ウ、エ)。また、その後の被告の製品のカタログや説明文書における記載も上記と同様のものであった(上記(1)エ、カ)。
これらからすると、被告先行製品にホウ酸が配合されていたことを直ちには認め難い。
これに対し、被告は、顧客に健康に問題がある製品であるというイメージを持たれないように配慮し、「ホウ酸」と直接明記することはせず、ホウ酸はホウ酸塩鉱物に硫酸を反応させて生成することから、「鉱石」と明記したと主張する。しかしながら、技術常識に照らしてもホウ酸を「鉱石」と表記することは不合理であり、また、被告が上記の意図で上記の記載をしたことを認めるに足りる証拠もない。安全データシートは、有害性のおそれがある化学物質を含む製品を他の事業者に譲渡又は提供する際に、対象化学物質などの性状や取扱いに関する情報を提供するための文書であり、その記載には正確性が求められるものと考えられることからも被告の主張はにわかに措信し難い。
イ 甲8報告書及び乙3報告書には、「平成14年6月24日製造分」の試験体のホウ酸の含有量が0.63%又は0.68%であるとの記載がある(上記(1)キ)。しかし、これらの試験体が、平成14年6月24日に製造された被告先行製品であることを認めるに足りる証拠はない。したがって、上記の割合のホウ酸を含有する製品が本件優先日前に製造されたとは認めることはできない。
また、仮に甲8報告書の各試験体がそこに記載の日に製造されたとしても、甲8報告書によれば、本件優先日前に製造された被告先行製品は、いずれも分析結果の内容から「平成24年6月24日製造分」を除いてごく微量のホウ素が検出されたといえるのみでホウ酸が配合されているとはいえず、これに「平成24年6月24日製造分」の試験体とは異なる組成を示す甲9データシートや財団法人化学物質評価研究機構による試験結果を併せて考えると、「平成24年6月24日製造分」の被告先行製品にホウ酸が含まれていたとしても、ホウ酸が配合される発明が完成していたとはいえない。
この点について、被告は、被告先行製品に含有されるホウ酸の量について、販売先等に合わせて複数のパターンのものを製造、販売しており、ホウ酸含有量は必ずしも定まっていなかったと主張するが、その具体的な事実関係は全く明らかでないし、継続的に顧客に販売するための製品でありながら、ホウ酸含有量が定まっていなかったということ自体にわかに措信し難い。
ウ 被告はホウ酸が配合された被告先行製品を製造、販売したと主張し、被告が提出する乙33ノートには平成14年6月17日の記載の後に木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸を配合する組成に関する記載がある(上記(1)ク)。
しかし、乙33ノートには備忘録的なメモ等の記載もあり、また、上記箇所に成分とその配合が書かれた数字の記載はあるが、それが現実に製造されたことをうかがわせる記載や製造された製品の販売先等の製造記録であれば記載されていてもおかしくない事項の記載も何もなく、記載内容自体も不明確である。また、仮に同記載を製造の記録とすると、同一日に年間生産量の1割以上にも上る多量の製品を7つの組成で次々と製造した理由も明らかでない。更に、乙33ノートには、平成14年6月24日の前後の記載はあるが甲8報告書や乙3報告書の試験体が製造されたという同月24日の記録はない。乙33ノートにされた上記記載がそこに記載された製品を被告が製造したという製造記録であると認めることはできず、乙33ノートによって、被告が、ホウ酸が配合された被告先行製品を製造、販売したと認めることはできない。
なお、被告は、被告先行製品の製造記録等を記載したノートであるとして乙34ノート(ただし、作成期間は平成13年10月23日から本件優先日より後の日である平成15年4月5日)を、また、本件優先日より後の被告の製品の製造記録等を記載したノートであるとして乙35ノート(作成期間は平成15年1月17日から同年8月15日)を提出する。乙34ノートは表紙に「試験」、乙35ノートは表紙に「実験」と記載され、いずれも、多数の原料の組成、計算式、立方体の図などの書き込みがあり、ノート作成者であるC氏が実施した試験等に関する備忘録として日ごとに記入したと思われるノートである。そして、乙34ノート及び乙35ノートにも、木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸を配合する組成に関する記載があるものの、乙33ノートと同じく、製造記録であれば記載されていておかしくない事項も何ら記載されておらず、記載内容も不明確である(乙34、35)。これらは、製造記録として信憑性に乏しい上、被告が上記組成のとおりに被告先行製品を製造、販売したことを示す記載もうかがわれず、被告が、ホウ酸が配合された被告先行製品を製造、販売したとは認められない。
エ 被告は、本件優先日前に、ホウ酸(乙28の1・2)、ウルトラゾールH-40(乙30)、 備長炭パウダー(乙32)を購入したと認められる。しかし、これらの原料が被告先行製品の製造に使用されたことの立証はなく、これによって、被告が、ホウ酸が配合された被告先行製品を製造、販売したことを認めるに足りない。
オ 上記(1)ウ、エのとおり、被告は、平成13年7月10日、被告前代表者を発明者として防腐防蟻効果の高いタール含有塗料に関する特許出願を行い、被告先行製品のカタログ(甲32、乙26)に「特許出願中」と記載した上、特許を取得するや、カタログにその旨記載している(甲11)。このように被告及び被告前代表者は、特許出願について十分な知識と経験を有し、かつ、積極的に特許出願をする考えを持っていたことがうかがわれる。したがって、上記タール含有塗料に関する特許出願より前に、木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸を配合する防蟻用組成物を発明していたのであれば、かかる発明についても特許出願を行うものと考えられるところ、被告はかかる発明について特許出願していないのであり、被告は木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸を配合する防蟻用組成物を発明するに至っていなかったと考えるのが自然である。
(3)小活
以上を総合すると、被告先行製品にホウ酸が配合されていたとは認められず、被告前代表者が、本件優先日前に、木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸から構成された防蟻用組成物を発明したことや、その実施品として被告先行製品が製造、販売されたことを認めることはできず、先使用の抗弁に関する被告の主張はいずれも採用することができない。
3 争点(2)ア(冒認出願)について
(1)前提事実に加えて、後掲各証拠及び弁論の趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 原告代表者は、株式会社日榮住宅建設の代表者として住宅建設の事業を営んでいた(甲20)。
イ 原告代表者は、平成11年9月20日、D弁理士らを代理人として、発明の名称を「健康畳」とする発明についての特許出願(特願平11-264817号)を行った(甲19の1)。この特許請求の範囲の請求項1は「木炭粉末を接着剤により固定したシート素材。」というものであった。
ウ 原告代表者は、平成14年3月18日、D弁理士らを代理人として、発明の名称を「炭塗料」とする発明についての特許出願(特願2002-74560号)を行った(甲19の4)。この特許請求の範囲の請求項1は「植物由来の炭粉末、ポリマーエマルジョン、セルロース系水溶性ポリマー及び有機溶剤を含有することを特徴とする炭塗料。」というものであった。
エ 原告代表者は、平成14年8月6日、D弁理士らを代理人として、発明の名称を「エアゾール組成物」とする特許出願(特願2002-228172。優先日平成13年8月7日)を行った(甲19の3)。この特許請求の範囲の請求項1は「植物由来の炭粉末、ポリマーエマルション及び有機溶剤を含有する原液と、噴射剤とを含有することを特徴とするエアゾール組成物。」というものであった。
オ 原告が、遅くとも平成14年頃から製造、販売する「炭の力」名の製品は、原告代表者が開発し、原告が販売していた「炭の華」名の製品の補修用の製品である(甲22、23)。
カ 原告代表者は、平成14年4月12日、「『炭の力(防蟻専用)』開発の経緯について」と題するD弁理士ら宛の書面を作成した。この書面には以下の記載がある(甲29の1・2)。D弁理士は本件特許出願を行った代理人である(甲2)。
「【現状】
・ (社)日本しろあり対策協会が2001年4月よりクロルピリホスの製造・使用を段階的に中止した。
・ しかしいまだに農薬系の薬剤を主成分とした防蟻剤が出回っており、シックハウス症候群などの原因となっている。
・ 現在、防蟻専門の炭塗料が他社から数種類発売されているが、白蟻暴露試験で限界があることが証明されている。また、炭塗料にタールを混合させているものもあるが、タールには発ガン性があり、住宅用建材としては大きな問題がある。
【対策】
・ 防蟻専門木炭塗料として当社製品「炭の力」に「ホウ酸」を混合した。
【ホウ酸】
・ 「ホウ酸」は既に欧米では一般的な防蟻剤の主成分として利用されている。
・ 「ホウ酸」は創傷の洗浄、うがい薬、洗眼などで利用されていて、人体に極めてやさしい。
・ OH基をもつ有機溶媒によく溶ける。(エタノール:C2H5OH)
・ 難燃性・抗菌性・防ばい性(非揮散性)を有する。
【炭の力(防蟻専用)】
・ 「ホウ酸」は水溶性が高く、水に直接触れると溶け出してしまうので、そのままを防蟻剤として利用すると雨や雪によって流れ出してしまう。
・ 木炭塗料「炭の力」に混合させることで、「炭の力」のバインダー剤が乾燥した木炭塗料の中に結晶化した「ホウ酸」を固めてしまうので、水に触れても溶け出すことがない。
・ 木炭塗料の効能と「ホウ酸」の効能の相乗効果により、身体や環境にやさしい防蟻剤として有用である。
【当社実験結果】
・ 木炭塗料「炭の力」に「ホウ酸」約5%を混合させたものを木材に塗布し、一カ月間の白蟻暴露試験を行った。対照として用意した木材(何も塗布していないもの)には食害が認められたが、木炭塗料を塗布した木材には全く食害が認められなかった。」
(2)検討
原告は被告先行製品の特約版売店として、被告先行製品の組成等について知り得る立場にいた。しかし上記2のとおり、被告前代表者が、本件優先日前に、木炭、アクリル系樹脂及びホウ酸を配合する防蟻用組成物を発明したことや、その実施品として被告先行製品が製造、販売された事実は認められず、原告代表者が被告からホウ酸を含む被告先行製品の組成に関する情報を得たとも認められない。
そして、原告代表者は、住宅建設事業を営み、建材の防蟻対策について関心を持ち得る立場であり(上記(1)ア)、本件優先日前から木炭等に関する研究を行い、特許出願を行うなどしていた(上記(1)イ、ウ、エ)。原告代表者はD弁理士らに「『炭の力(防蟻専用)』開発の経緯について」と題する書面を送付しているところ(上記(1)カ)、同書面は、要するに、安全な防蟻剤としてホウ酸が考えられるところ、ホウ酸が水に溶けやすいという課題を解決するため、木炭塗料とホウ酸を組み合わせた防蟻剤に関する発明について特許出願を依頼するための書面であることがうかがわれ、被告が製造、販売していた「炭の力」(上記(1)オ)に関する記載もあり、本件特許の内容とも整合する。そうすると、原告代表者は従前から木炭等に関する研究を行っており、その過程でホウ酸に着目して本件発明に至ったと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。
したがって、本件発明の発明者は原告代表者と認められ、本件特許の出願が冒認出願であるとの被告の主張を採用することはできない。
4 争点(2)イないしエ(新規性又は進捗性欠如)について
(1)争点(2)イ(乙36発明に基づく新規性欠如)について
ア 乙36発明の概要
乙36公報の特許請求の範囲請求項2、発明の詳細の説明(2頁右下欄4~12行目、3頁右上欄10~18行目、3頁右上欄下から2行目~左下欄最終行)の記載によれば、乙36公報には、防腐防虫防蟻剤としてのホウ酸類にポリアミドを用いてカプセル化したものを、活性炭に担持させた防蟻用組成物の発明である乙36発明が記載されていると認められる。
イ 本件発明と乙36発明の対比(実質的同一性の有無)
前提事実及び上記1の本件発明の技術的意義によれば、本件発明は、防蟻用組成物の態様について特に限定しておらず、ポリアミド樹脂(構成要件B)を用いてホウ酸類(構成要件C)をカプセル化し、そのカプセルを植物由来の炭粉末(構成要件A)に担持させた防蟻用組成物(構成要件D)という態様も排除されないと考えられる。
そうすると、本件発明と乙36発明は実質的に同一であるといえ、本件発明は乙36発明に基づき新規性を欠くと認められる。
したがって、本件特許は乙36発明に基づき新規性を欠くため、争点(2)イに関する被告の主張は理由があり、争点(2)のウ(乙36発明等による進歩性欠如)は判断する必要がない。
(2)争点(2)エ(乙37発明、乙38発明、乙40発明及び乙41発明に基づく進歩性欠如)について
ア 乙37発明の概要
乙37公報には、白蟻防除剤を吸着せしめた、活性炭、ゼオライト、シリカゲル及び活性アルミナからなる群より選ばれた一種または二種以上の吸着剤を、エマルジョンに分散せしめてなる白蟻防除用塗布剤の発明が記載されている(特許請求の範囲請求項1)。また、乙37公報には、活性炭はヤシ殻炭化物を原料として調製すること(段落【0026】)、発明に係る塗布剤を木材等に塗布すると、エマルジョン中の水分が蒸発した後、木材等の表面には塗膜が形成されること(段落【0030】)、発明に使用するエマルジョンの分散質として、ポリ酢酸ビニル、酢酸ビニル-エチレン共重合体、アクリル系ポリマーなどが使用可能であること(段落【0023】)が記載されている。
そうすると、乙37公報には、植物由来の活性炭と被膜形成性ポリマーエマルジョンを含有する防蟻用組成物である乙37発明が記載されているといえる。
イ 本件発明と乙37発明の対比
乙37発明の概要は上記アのとおりであるところ、本件発明と乙37発明を対比すると、乙37発明にはホウ酸類は含有されておらず、この点で本件発明と相違し、その他の点は一致すると認められる。
ウ 容易想到性について
被告は、上記相違点について、乙38発明、乙40発明及び乙41発明に基づき容易に想到することができたと主張する。
乙38公報には、コレマナイト(ホウ酸ないしホウ酸カルシウム等を含む)粒子を白蟻の口部等から侵入させることにより、防虫殺虫効果を発揮する旨記載され(段落【0020】【0021】)、乙41公報には、繊維上に粒子の微細なホウ酸を均一に担持させた殺虫シートが記載され(段落【0005】)、ホウ酸がダニ類に対しては食餌毒であり、微粒になるほどダニ類と接触する機会が増大し、殺虫効果が増大することが記載されている(段落【0026】)。他方、乙37公報には、放散された白蟻防除剤の蒸気が木材組織の空隙やコンクリート等の割れ目を通って内部に浸透し、白蟻を防除する効果を発揮することが記載されている(段落【0030】)。そうすると、乙37発明と乙38発明及び乙41発明とでは防蟻防虫作用の効果を奏するメカニズムが全く異なる。また、乙40発明には、そもそもホウ酸に関する記載はない。そうすると、乙37発明の白蟻防除剤に、乙38発明及び乙41発明のホウ酸を使用することは当業者が容易に想到し得るとはいえない。したがって、本件発明は乙37発明、乙38発明、乙40発明及び乙41発明に基づき進歩性を欠如するとはいえず、また、上記各発明に基づいて本件訂正発明が無効理由を有することもない。
5 訂正の再抗弁主張について
(1)上記4のとおり、本件発明は、乙36発明に基づき新規性を欠如しており、無効審判により無効にされるべきものであるところ、原告は、本件訂正請求による訂正の再抗弁を主張する。
本件訂正請求は、主に、本件特許の構成要件Bを「被膜形成性ポリマーエマルジョンと、」(構成要件B’)に訂正し、「塗膜形成用の防蟻用組成物であって、」(構成要件E)と「前記ホウ酸類の含有量は1~40%の質量%である」(構成要件F)を新たに追加するものである。本件発明が塗膜形成用の防蟻用組成物であることは本件明細書に記載されていること(段落【0014】)、本件明細書には「ホウ酸類の含有量は防蟻用組成物中1~40%が好ましく、さらに好ましくは3~30%である。」と記載されていること(段落【0045】)から、上記訂正はいずれも本件明細書の範囲に記載した事項の範囲内であって特許法134条の2所定の訂正請求の要件を満たすと主張し、この点について当事者間に争いはなく、本件訂正請求は訂正請求の要件をすべて満たすと認められる。
また、被告製品が本件訂正発明の技術的範囲に属することは当事者間に争いがない。
(2)次に、本件訂正請求によって、争点(1)の無効理由が解消されたか検討する。
ア 争点(1)イ(乙36発明に基づく新規性欠如)について
乙36発明は上記4(1)アのとおりであるところ、本件訂正発明と乙36発明は、乙36発明が塗膜形成用の防蟻用組成物ではない点及びホウ素化合物の含有量について記載がない点で相違する。
また、本件訂正発明は、被膜形成性ポリマーエマルジョンを含有するものであるところ、本件明細書によれば、本件訂正発明における被膜形成性ポリマーとは、水に不溶性のポリマーであって、ポリマーが水に分散されたポリマーエマルジョンを基材に塗布した後、乾燥して分散媒である水を揮散させたときに、基材上に被膜を形成する性質をもったポリマーであるであり(段落【0018】)、ポリマーエマルジョンとは、水に不溶性のポリマーが水に分散されたものである(段落【0019】)。そして、被膜形成性ポリマーとして、アクリル系ポリマーや、酢酸ビニル系ポリマーが挙げられている(段落【0030】【0031】)。他方、乙36公報には、カプセルの例として、酢酸ビニル-エチレン共重合体やアクリル酸エステルが挙げられている(3頁左下欄)が、酢酸ビニル-エチレン共重合体やアクリル酸エステルを水に分散させたポリマーエマルジョンは記載されておらず、エマルジョンについて記載がない点でも本件訂正発明と相違する。
したがって、本件訂正発明は乙36発明に基づき新規性を欠如するとはいえない。
イ 争点(2)ウ(乙36発明、乙37発明、乙39発明及び乙40発明に基づく進歩性欠如)について
本件訂正発明と乙36発明は、上記のとおり、本件訂正発明が塗膜形成用の防蟻用組成物であるのに対し乙36発明がそうでない点、本件訂正発明がホウ酸類を1~40%含有するのに対して乙36発明がホウ素化合物の含有量について触れない点及び本件訂正発明が被膜形成性ポリマーエマルジョンを含有するものであるのに対し、乙36発明が同エマルジョンについて触れない点で相違し、その他の点で一致する。
各相違点のうち、乙36発明が塗膜形成用の防蟻用組成物ではない点及びエマルジョンについて触れない点について、乙36公報には、防腐防虫防蟻用組成物を活性炭に吸着せしめてなる組成物を土壌に散布することを特徴とする家屋の防湿防腐防虫防蟻処理方法であって、薬剤が活性炭に吸着されているので作業者の安全が保たれること、当該吸着物を散布すれば良いため作業が簡単であることという効果を有することが記載されている(特許請求の範囲請求項1、3頁右上欄)。このことからすると、乙36発明は防蟻用組成物を土壌に散布することを必須の要件としているのであり、乙36発明の組成物を使用態様が全く異なる塗膜形成用組成物に変更すること、また、乙36発明の組成物に被膜形成性ポリマーエマルジョンを配合することは当業者が容易に想到し得るとはいえないというべきである。そして、被告主張の各先行文献(乙37公報、乙39文献、乙40公報)に係る発明があるとしても、上記のように乙36発明と本件訂正発明の使用態様が全く異なることからすると、被告主張の上記発明によって上記判断は左右されないというべきである。
ウ 以上のとおり、本件訂正発明は、争点(2)イの無効理由を解消しており、また、争点(2)ウ、エの無効理由は認められない。
6 争点(3)(本件訂正発明にかかる無効理由の有無)について
(1)争点(3)ア(冒認出願)について
上記3のとおり、本件特許の出願は冒認出願であるとは認められないから、本件訂正発明も冒認出願の無効理由は認められない。
(2)争点(3)イ(乙48発明及び乙49発明に基づく進歩性欠如)について
ア 乙48発明の概要
乙48公報には、アクリル酸エステル系重合体水性エマルジョンと無機ホウ素系防蟻防虫防腐剤を水に溶解させたA液とを混合することを特徴とする防蟻防虫防腐剤組成物の発明が記載されている(特許請求の範囲請求項1)。また、乙48公報には、アクリル酸エステル系重合体水性エマルジョンは、施工後、水が蒸発した状態では連続被膜を形成して、防蟻防虫防腐剤を木部、土壌面に密着させ、水による溶脱を防ぐこと(4頁左上欄4~9行目)が記載されている。さらに、乙48公報の実施例1には、稀釈液とA液の合計100kgのうち、ホウ酸15kg、ホウ砂15kgとの組成が記載されているところ(6頁右上欄4行目~左下欄4行目)、ホウ酸はホウ酸類に相当し、また、ホウ砂もホウ酸類に相当し得る物質であるところ、ホウ酸のみがホウ酸類に相当するとしてもホウ酸類の含有量は15質量%、ホウ砂もホウ酸類に相当すると考えるとホウ酸類の含有量は30質量%となる。
そうすると、乙48公報には、塗膜形成用の防蟻用組成物であって、被膜形成性ポリマーエマルジョンと、ホウ酸類を含有し、ホウ酸類の含有量は15質量%又は30質量%であることを特徴とする防蟻用組成物である乙48発明が記載されているといえる。
イ 本件訂正発明と乙48発明の対比
乙48発明の概要は上記アのとおりであるところ、本件訂正発明と乙48発明を対比すると、乙48発明は植物由来の炭粉末を含まない点で本件訂正発明と相違し、その他の点は一致すると認められる。
ウ 容易想到性について
上記相違点について、被告は、乙49公報には防蟻装置において活性炭とホウ酸類を組み合わせて、建造物の基礎構造に防蟻防腐効果を付与する態様が記載されており、乙48発明と乙49発明は技術分野、課題、作用、機能が共通するから、乙48発明と乙49発明を組み合わせることは当業者が容易に想到することができ、また、本件訂正発明の効果は乙48発明と乙49発明が奏する効果の総和を超える格別なものとはいえないと主張する。
乙48発明は、建築物の白蟻の駆除及び白蟻による食害の予防のために木材や土壌に塗布し、塗膜を形成して使用する無機ホウ素性防虫防蟻剤組成物であり(乙48公報の1頁右欄8~15行目)、乙49発明は、建造物の基礎構造体回りに配置され、建造物への白蟻の侵入を阻止すると同時に床下からの湿気、腐食・腐朽菌の侵入を防止するようにした建造物の防蟻装置である(甲49公報の段落【0001】)。乙49公報には、防蟻薬効成分の担体として活性炭が開示されているが(【請求項2】段落【0011】)、乙48公報には、無機ホウ素系防蟻防虫防腐剤がアクリル酸エステル系重合体水性エマルジョン中に溶解又は分解し、施工後水分が蒸発したとき、アクリル酸エステル系重合体の連続被膜に包まれることが記載されており(3頁左下欄17~20行目、右下欄1~3行目)、乙48発明は無機ホウ素性防蟻防虫防蟻剤を水やアクリル酸エステル系重合体に直接接触させる発明であって、無機ホウ素性防蟻防虫防蟻剤を活性炭等に担持させることは想定されておらず、その示唆もない。そうすると、乙49公報で薬剤の担体として開示されている活性炭を乙48発明に組み合わせることは当業者が容易に想到し得るとはいえない。
したがって、本件訂正発明は、乙48発明及び乙49発明に基づき進歩性が欠如しているとはいえない。
(3)争点(3)ウ(乙48発明及び乙36発明に基づく進歩性欠如)について
上記(2)イのとおり、乙48発明には植物由来の炭粉末が含まれない点で本件訂正発明と相違するところ、被告は、乙36公報にはホウ素化合物を含む防腐防虫防蟻剤を活性炭に吸着させて防蟻防腐効果を長期に維持する態様が記載されており、乙48発明と乙36発明は技術分野、課題、作用、機能が共通するから、乙48発明と乙36発明を組み合わせることは当業者が容易に想到することができ、また、本件訂正発明の効果は乙48発明と乙36発明が奏する効果の総和を超える格別なものとはいえないと主張する。
しかしながら、乙36公報には、防腐防虫防蟻用組成物を活性炭に吸着せしめてなる組成物を土壌に散布することを特徴とする家屋の防湿防腐防虫防蟻処理方法が記載され、防腐防虫防蟻用組成物の担体として活性炭が開示されているが(特許請求の範囲請求項1)、上記(2)のとおり、乙48発明は無機ホウ素性防蟻防虫防蟻剤を水やアクリル酸エステル系重合体に直接接触させる発明であって、無機ホウ素性防蟻防虫防蟻剤を担体に担持させることは想定されておらず、その示唆もない。そうすると、乙36公報で薬剤の担体として開示されている活性炭を乙48発明に組み合わせることは当業者が容易に想到し得るとはいえない。
したがって、本件訂正発明は、乙48発明及び乙36発明に基づき進歩性が欠如しているとはいえない。
(4)争点(3)エ(乙48発明及び乙50発明に基づく進歩性欠如)について
上記(2)イのとおり、乙48発明は植物由来の炭粉末が含まれない点で本件訂正発明と相違するところ、被告は、乙50公報には、エマルジョン系樹脂で構成された塗装材に炭粉を配合して吸湿性、防虫性を付与する態様が明記されており、乙48発明と乙50発明は技術分野、課題、作用、機能が共通しており、乙48発明と乙50発明を組み合わせることは当業者が容易に想到することができ、また、本件訂正発明の効果は乙48発明と乙50発明が奏する効果の総和を超える格別なものとはいえないと主張する。
乙50公報には、木炭には吸湿性、吸放臭性、防虫性などの効果があることが周知であると記載されているが(段落【0009】)、防虫性について具体的な記載はなく、防蟻性については触れられておらず、当業者が乙50公報から読み取ることができる範囲は、炭粉末が一般的な性質として防虫性を有すること、エマルジョン系樹脂との組み合わせで使用することができる(特許請求の範囲請求項1)というものにとどまる。
他方、乙48公報には、乙48発明に使用することができる有機化合物系防蟻防虫剤が例示されているが(4頁右下欄)、炭粉末は有機化合物系防蟻防虫剤とはいえず、また、無機ホウ素系防蟻防虫防腐剤が耐久遅効性であるのに対し、有機化合物系防蟻防虫剤は即効性であることが記載されており(4頁左上欄18行目~右上欄最終行)、有機化合物系防腐防虫剤を必須の構成としている請求項2及び3に係る発明に関しては、有機化合物系防蟻防虫剤と無機ホウ素系防蟻防虫防腐剤の併用により相乗効果があることが記載されている(9頁右上欄6~9行目、同頁左下欄5~9行目)。このように、乙48公報に記載されている、使用することができる防蟻防虫剤の種類やその意義を踏まえると、乙48発明に対し、乙50公報で一般的な性質として防虫性を有し、エマルジョン系樹脂との組み合わせで使用することができることのみが記載されている炭粉末を配合する動機付けは見当たらないというべきである。
また、本件明細書には、塗膜は、木材上において炭粉末及び各種ポリマーの相乗的機能によって、ホウ酸類を強固に吸着保持し、さらに、木材等の塗布対象物への優れた付着性を発揮し、優れた撥水性と接着性により木材から流出されることなく、長期にわたってホウ酸類の防蟻効果を持続させることができるとの記載があり(段落【0015】)、実施例でも、耐候操作なしの試験体と耐候操作あり(水に浸漬し溶脱させている)の試験体とを用意して両者の防蟻効果を比較するなど、ホウ酸類が水に溶けやすいという課題(段落【0006】)を解決し、防蟻効果を長期間持続させるために炭粉末が使用されている。他方、乙48公報では、無機ホウ素系防蟻防虫防腐剤について、施工後水分が蒸発したとき、アクリル酸エステル系重合体の連続被膜に包まれて水に溶けがたくなり、長期間効力を維持するとともに地下水を汚染しないとの記載があり(3頁左下欄下から5行目~右下欄3行目)、アクリル酸エステル系重合体によって水への溶出の問題は解決されているから、乙48発明に対し、更に溶出を防止する手段を講じる動機付けは見当たらないというべきである。
したがって、本件訂正発明は、乙48発明及び乙50発明に基づき進歩性が欠如しているとはいえない。
(5)争点(3)オ(サポート要件違反又は実施可能要件違反)について
被告は、本件明細書にはホウ酸又はホウ酸ナトリウムの配合量は15質量%と20質量%の2つの実施例しか開示されておらず、本件訂正発明の構成要件Fで規定した数値の全範囲が網羅されておらず、発明の詳細な説明の内容が本件訂正発明の課題を解決し目的を達成できるとはいえないこと、また、被膜形成性ポリマーエマルジョン、水溶性多糖類等を区別することなく一括りで記載しており、具体的な撹拌時の温度等についても何ら言及がなされておらず、防蟻用組成物の製造方法が具体的に記載されていないことから、本件訂正発明はサポート要件又は実施可能性要件を満たしていないと主張する。
しかしながら、本件明細書において、実施例において本件訂正発明に係る組成物が調製され、防蟻効果を発揮することが裏付けられていること、本件訂正発明は、炭粉末、被膜形成性ポリマーエマルジョン及びホウ酸類を組み合わせて含有させることが従来技術にない重要な構成と解されることからするとサポート要件違反があるとは認められない。また、本件明細書には具体的な製造方法が記載されており(段落【0075】【0076】等)、被告が指摘する製造方法に関する諸事項は当業者であれば適宜設定できるものといえる。
したがって、本件訂正発明はサポート要件又は実施可能性要件を満たしていないとは認められない。
(6)以上のとおり、争点(3)に関する被告の主張はいずれも採用することができず、本件訂正発明について無効理由は認められない。
7 争点(4)(損害額及び不当利得額)について
以上検討したところによれば、被告による被告製品の生産等は原告の本件特許権を侵害するから、原告は被告に対し、被告による平成24年6月18日から平成28年10月10日までの被告製品の生産等による本件特許権侵害行為について不法行為に基づく損害賠償を、平成20年8月29日から平成24年6月17日までの被告製品の生産等による本件特許権侵害行為について不当利得に基づく本件特許実施料相当額の利得金の返還を求めることができる。そこで、損害額及び不当利得額について検討する。
(1)不法行為に基づく損害賠償請求について
ア 原告は、被告による平成24年6月18日から平成28年10月10日までの被告製品の生産等による本件特許権侵害行為につき、不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めるところ、同期間における被告製品の販売による売上額が1億7245万2731円であること、被告製品の利益率が68.1%であることは当事者間に争いがなく、被告が得た利益は1億1744万0309円(円未満切り捨て)[1億7245万2731円(売上額)×0.681(利益率)]となり、同額は原告が受けた損害の額であると推定される(特許法102条2項)。
イ 推定覆滅とその割合について
(ア)本件訂正発明は、塗膜形成用の防蟻用組成物全体に関する発明であり、被告製品は塗膜形成用の防蟻用組成物であるから、本件訂正発明は被告製品全体に関わる発明というべきものである。
そして、上記1のとおり、本件訂正発明は、ホウ酸類を植物由来の炭粉末と被膜形成性ポリマーエマルジョンとともに配合して防蟻用組成物を調製したことにより、従来ホウ酸類配合の防蟻用組成物が有していた欠点を改善して、白蟻の予防もしくは駆除効果に優れ、しかもその効果が長期にわたって持続し、さらに蟻以外の菌等に対しても耐久性に優れた、安全な防蟻用組成物が得られる効果を奏するものである。また、本件訂正発明は、従来発明(乙48発明)の配合と比べて、耐候処理をした場合における死中率と質量減少率に大きな差があり、炭粉末を配合しないものと比べて耐水性が向上している。
本件訂正発明の上記作用効果は、防蟻用組成物である被告製品にとって最も重要な効果の一つであるといえ、需要者の購入意欲に大きく結びつくものである。
他方、被告製品は建築物の床下の土台部分の建材に塗布して塗膜形成する防蟻剤であって、被告製品の需要者は建築物の施工業者等であり、一般消費者へ小売りされる性質のものでないことからすると、被告の営業努力や被告と顧客との継続的な関係性といった要素が被告の売上に相当な役割を果たしたことは否定できない。証拠(甲6、63、64の1・2、68、76の1・2)によれば、被告製品の販売代理店や被告製品を使用した建築家等が、被告製品にホウ酸類が含まれていることに関する意見を出し、また、被告製品の特性として木炭とホウ酸が含まれていることを紹介していることが認められるところ、かかる事実も被告が顧客との継続的な関係を築いていたことをうかがわせる。
以上のとおり、本件訂正発明は、塗膜形成用の防蟻用組成物全体に関する発明であることに加えて、本件訂正発明の作用効果は被告製品の需要者の購入意欲に大きく結びつくものであることすれば、法102条2項の推定について、大幅にその推定が覆滅するとはいえない。他方、被告の営業努力や被告と顧客との継続的な関係性といった要素が被告の売上げに大きな役割を果たしたことは否定できないことを踏まえると、本件において、上記アの推定は30%の限度で覆滅し、被告による特許権侵害により原告に生じた損害は上記ア記載の損害の70%であるとするのが相当である。
(イ)被告は、本件における推定覆滅の割合は80%を下回らないと主張し、その根拠として、上記第2、3ア(被告の主張)の①ないし③のとおり主張する。
しかしながら、①住宅建材に使用する防蟻用組成物である被告製品において重要であるのは配合成分自体ではなく、配合成分によってもたらされる防蟻効果や安全性であって、ホウ酸を使用していることを積極的にアピールしていないからといって、本件訂正発明の被告製品の売上げに対する寄与が低いとはいえない。
また、②被告製品にホウ酸を配合することを中止した後も売上げは減少していない等の事情は被告の営業努力や顧客との関係性が寄与しているとも考えられるところ、これらの事情は既に推定覆滅率の判断に当たって考慮している上、被告が新たに販売している製品が本件訂正発明の実施品である被告製品と同等の効果があることの証拠はなく、同程度の性能の代替品があるとも認められない。
そして、③被告が、被告製品について人体に有害な成分を排除し自然素材由来の安全性を持つ商品である旨アピールしているとしても、ホウ酸の配合による効果は本件訂正発明の効果であるといえるのであり、その他被告製品についての被告の営業努力等は上記(ア)で考慮したとおりである。また、防蟻剤商品において、白蟻発生時に保険が適用されることは広く行われており(甲72、73の1ないし3、74の1・2、75の1・2)、被告製品で適用される保険が他社製品に比べて、特に需要者の購入意欲を引き上げるような特性を持っていることをうかがわせるような事情は認められない。
したがって、被告の上記主張は、推定覆滅率についての当裁判所の上記判断を左右するものではない。
ウ 小活
以上のとおり、不法行為に基づく損害賠償請求権の額は、8220万8216円(円未満切り捨て)[1億1744万0309円(利益)×0.7]となる。また、本件事案の内容、事案の難易、訴訟の経緯及び認容額等の諸般の事情を考慮すると、被告の不法行為と相当因果関係のある損害としての弁護士費用相当額は820万円と認めるのが相当である。
したがって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、9040万8216円及びこれに対する不法行為の後の日である平成27年6月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
(2)不当利得返還請求について
原告は、被告による平成20年8月29日から平成24年6月17日までの被告製品の生産等による本件特許権侵害行為につき、不当利得に基づく本件特許の実施料相当額の利得金の返還を求めるところ、同期間における被告製品の販売の売上額が2億2209万4610円であることは当事者間に争いはない。
そして、本件訂正発明は、塗膜形成用の防蟻用組成物全体に関する発明であること、被告製品の利益率は68.1%であること、原告と原告代表者間の平成20年9月1日付け特許実施許諾契約における実施料は5%であること(甲60)、「実施料率〔第5版〕」(平成15年9月。社団法人発明協会研究センター編)において「無機化学製品」に関する実施料率別契約件数について最頻値が5%であるとされること(甲61の48頁)、「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~本編」(平成22年3月。株式会社帝国データバンク)において「化学」の技術分野における国内の特許権のロイヤルティ料率の平均値が5.3%であるとのアンケート結果が示されていること(甲62のⅸ頁)等を総合考慮すると、本件特許の実施料率は5%と認めるのが相当である。
したがって、原告は、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、1110万4730円(円未満切り捨て)[2億2209万4610円(売上額)×0.05(実施料率)]及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成27年6月30日(当裁判所に顕著な事実である。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
5.検討
(1)被告は本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に被告製品が属するという点については争いませんでした。そのため先使用の有無と無効理由(冒認出願、新規性・進歩性等)の有無が争点になりました。
先使用権については、被告が本件特許出願前に製造していた被告先行製品にホウ酸が含まれていることの立証がなされていない、と判断されました。そうなると、当然冒認もあり得ないという結論になります。
一方、本件発明の新規性欠如については認められましたが、本件訂正発明については新規性・進歩性ともに有すると判断されました。
(2)本件は高額だったので判決文の中の損害賠償についても引用しました。被告が被告製品を4年間販売することによる利益が約1億2千万円であり、特許法第102条第2項の適用によりこのうちの70%について被告が原告に与えた損害と認定されました。やはり発明の性質上、製品全体に関わるものと認定された点が大きかったと思います。
(3)前述の通り、本件では被告が抗弁として先使用権を主張しています。被告は顧客に健康に問題がある製品であるというイメージを持たれないように配慮し、「ホウ酸」と直接明記しなかったと述べていますが、対外的な文書ならともかく社内文書にも先行被告製品に係る特許出願にもホウ酸が出てこないのは不自然と捉えられたようです。本件の先使用権の真偽は別として、一般的に先使用権の主張は証拠となる文書等がほぼ社内文書であるので、どうしても客観性に欠けるので説得力がありません。特許庁のガイドライン等でも公証役場を利用することなどが勧められていますが、製造開始時点で将来の先使用権の主張を想定して準備するくらいなら出願した方が間違いないように思います。
(4)本件で一番疑問に思ったのは被告が冒認出願を主張した点です。冒認出願を立証するためには原告の特許出願以前に被告が発明を完成していたこと、原告が被告に無断でその発明について出願したことを示す必要があります。しかし、原告の特許出願以前に被告が発明を完成していたことを立証できるのであれば先使用権の立証も容易なので冒認出願を主張する必要が無いように思います。もし被告が実施権だけでは足らず、本件特許自体を無効にしたいのであれば、先行被告製品の販売による公然実施による新規性欠如で無効主張すれば十分と思います。特に本件の場合は被告先行製品が本件特許出願以前に販売されていたこと自体は争いになっていないようなので公然実施の証明は容易だったと思います。