加湿器事件

投稿日: 2017/08/02 23:15:30

今日は平成26年(ワ)第9977号 損害賠償請求事件について検討します。この事件の原告はシャープ株式会社、被告はダイニチ工業株式会社です。どちらも説明の必要はないと思います。

 

1.手続の時系列の整理

1.1 本件特許1(特許第3497738号)

1.2 本件特許2(特許第4666516号)

1.3 本件特許3(特許第3561443号)

① 本件特許1は特許無効の審決が確定したため本件特許権1は消滅しました。また、本件特許2は特許無効審判では請求項1~4のうち請求項1~3が無効と判断されましたが、審決取消訴訟で覆り、請求項1~4いずれも無効とならないと判断され、請求人(本件被告)は請求を取り下げました。さらに、本件特許3は特許無効審判中に特許権者(本件原告)が訂正することで請求が成り立たないとの審決があり、その審決取消訴訟の最中に請求人が訴えを取り下げました。

② このような状況からみて地裁判決後に原告と被告の間で裁判外の和解が成立したものと推測されます。

③ 3件とも共通して2014年(平成26年)4月17日に閲覧請求されています。したがって、この直前に原告が被告に対して警告した可能性が高いと思われます。

2.特許の内容

2.1 本件特許1-1及び1-2(特許第3497738号)

【請求項1】

1A:室内湿度を検出する湿度センサー(9)と、室内温度を検出する温度センサー(15)と、加湿用の水蒸気を発生する水蒸気発生装置(11)とからなる加湿器において、

1B:上記室内温度での湿度設定に使用者の湿度の希望の高め・低めとを加味した加湿程度を選択可能な加湿程度選択手段(16)と、

1C:選択された該加湿程度及び検出された該室内温度に基づいて加湿度を設定し、該加湿度に基づいて該水蒸気発生装置(11)を制御する制御手段とを設けたことを特徴とする

1D:加湿器。

【請求項2】

1E:前記加湿程度選択手段(16)は、選択可能な複数の加湿運転モードを設けたことを特徴とする請求項1に記載の加湿器。


2.2 本件特許2(特許第4666516号)

【請求項1】

2A:通気路中の送風機(8)の回転に従い、外部の空気を吸い込んで加湿し、加湿した空気を外部へ吹き出す加湿機であって、

2B:前記通気路には、前記送風機(8)の上流域に、水を貯めるトレイ(15)と、このトレイ(15)に貯まっている水に下部が浸されて水分を含んだ加湿フィルタ(14)と、が配され、

2C:前記トレイ(15)には、前記通気路の外に配されるとともに給水タンク(16)からの水を貯めて前記トレイ(15)と互いに連通する補助トレイ(18)が接続されていて、

2D:前記補助トレイ(18)に貯まっている水が減って水不足の水位に達したことを検知するトレイ水位検知部と、

2E:前記送風機(8)の回転動作を制御する制御部とを備えており、

2F:前記送風機(8)の回転に従って、前記補助トレイ(18)内の水面には大気圧が作用する一方で、前記トレイ(15)内の水面には負圧が作用し、

2G:前記制御部は、前記送風機(8)を回転させている加湿運転中に前記トレイ水位検知部から検知出力を受けたとき、所定時間が経過するまで前記送風機(8)の回転を継続させることを特徴とする

2H:加湿機。


2.3 本件特許3(特許第3561443号)

【請求項1】

3A:室内の湿度を検出する湿度センサー(11)と、

3B:水蒸気を発生させて加湿を行う水蒸気発生装置(9)と、

3C:湿度を設定する設定スイッチ(13)と、

3D:検出湿度および設定湿度に基づいて前記水蒸気発生装置(9)の動作を制御する制御装置(10)とを備え、

3E:該制御装置(10)は、運転スタート時において設定湿度が検出湿度より低い場合、一定時間だけ強制的に前記水蒸気発生装置(9)を動作させることを特徴とする

3F:加湿器。


3.本件発明と被告製品との対比表

対比表1

本件発明1-2の分説

1E:加湿程度選択手段は、選択可能な複数の加湿運転モードを設けたことを特徴とする1-1A乃至1-1Dを備えた加湿器。

原告主張被告製品1の構成

1e:加湿程度選択手段は、選択可能な2つの加湿運転モード(「サラリ加湿」、「のど・肌加湿」)を設けたことを特徴とする1-1a乃至1-1dを備えた加湿器。

 

対比表2

 

対比表3

 

4.争点

(1)被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)

(2)本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2)

(3)被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するか(争点3)

(4)本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

(5)被告各製品は本件発明3の技術的範囲に属するか(争点5)

(6)本件特許3は特許無効審判により無効にされるべきものか

ア 本件特許3は特許法29条の2の規定により特許無効審判により無効にされるべきものか(争点6-1)

イ 本件特許3は特許法29条2項の規定により特許無効審判により無効にされるべきものか(争点6-2)

(7)本件特許3についての訂正の再抗弁の成否(争点7)

(8)原告の損害額(争点8)

5.裁判所の判断

5.1 争点1(被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属するか。)について

以下に詳述するとおり、被告製品1は、本件発明1の構成要件1Bを充足しないから、ひいては構成要件1C、1Eとも充足せず、したがって、被告製品1は本件発明1の技術的範囲に属するとは認められない。

(1)原告は、構成要件1Bの意義について、室内温度に基づいて加湿度(設定湿度)を設定する際に単に一通りの設定をするのではなく、使用者の湿度の希望の高め・低めを加味した加湿程度選択手段を選択できるようにしたと解すべきであって、加湿程度選択手段が三つあることまでは要件としていないとして、これを前提に被告製品1が本件発明1の技術的範囲に属すると主張する。

しかし、「加味」とは、通常の意味では、ある事物に他の要素を加えること(広辞苑第6版)を意味する言葉であるから、使用者の湿度の希望の高め・低めを「加味」する以上、その文章には、加えられる前提となる基準があるはずであって、「室内温度の湿度設定に」との文言がそれに対応するから、この文言は、「上記室内温度での基準となる適切な湿度設定に」の意味と解するのが日本語としては自然である。そして、この解釈を前提とすると、構成要件1Bの加湿程度選択手段には、「室内温度での基準となる適切な湿度」、「使用者の希望を反映した前者の湿度より高めの湿度」及び「使用者の希望を反映した最前者の湿度より低めの湿度」の三つの加湿程度の選択手段があることが要件とされているものと解されることになる。

(2)上記の構成要件の解釈は、以下のとおりの本件明細書1の記載及び本件特許1の審査過程からも裏付けられている。

ア 本件明細書1の記載

-省略-

イ 本件特許1の審査過程

-省略-

ウ まず本件明細書1を見ると、その【0031】には、本件発明1の効果が三つの加湿程度選択手段との構成を採ることに関連付けられた記載があるが、本件発明1の課題あるいはその解決のための技術的手段として、加湿程度選択手段が二つではなく三つでなければならないことについて技術的意義を説明した記載があるわけではない

しかし、その審査過程を見ると、原告は、最初にされた拒絶査定通知に対しては、特許請求の範囲に加湿度程度選択手段を具体化する「上記室内温度での湿度設定に使用者の湿度の希望の高め・低めとを加味した」との要件を加えるという補正手続をなし、これにより引用に係る文献(乙1公報、乙3公報、乙4公報)記載の従来技術とのと相違を強調する主張をなしている。

そして、それでもなお拒絶査定を受けたため不服審判請求をした機会にも、上記付加した部分をもって従来技術との相違を強調する主張をしているが、本件手続補正書において、上記補正により具体的要件を付加された構成要件1Bの意義につき、室内温度に対して、その温度に適した標準的な湿度に設定する加湿程度の他に、さらに湿度が高めの希望を加味した加湿程度、すなわち室内温度に対して標準より高めの湿度に設定する加湿程度と、あるいは湿度が低めの希望を加味した加湿程度、すなわち室内温度に対して標準より低めの湿度に設定する加湿程度とがあるとして、選択できる加湿程度が三つであると特定している(原告は、本件手続補正書記載中の「具体的には」以下の部分を実施例の記述にすぎないように主張するが、日本語の自然な解釈として、これに続く文章は、その前の文章の抽象的、観念的な表現を文字通り具体化した内容であるから、その前文の構成要件の注釈的な解釈を述べていると理解できる。そして、この「具体的には」に続く文章のさらに続く「なお、これに対応して」と続く文章こそが、「例を記載しています。」と結ばれることから明らかなように、実施例について述べる部分と理解できるから、「具体的には」以下部分すべてが実施例のようにいう原告の主張は採用できない。)。

加えて原告は、本件手続補正書において、拒絶査定の引用文献2(乙3公報)について、同文献の開示技術は、あくまでも使用者が具体的な湿度(40、50、60%)の値を設定し、検出した現状の湿度と室温に基づいて加湿量を調整しているとした上で、本件発明1は、各々の室温領域での最適湿度を設定し、その設定値に対して、さらに使用者が適湿度合いを加味して設定湿度を調整できるようにしたものとして、すなわち、従来技術との相違点を明らかにするものとして、本件発明1の構成は加湿程度選択が三つあることを特定している。

そうすると、構成要件1Bは、もともと三つの加湿程度選択手段があるものと解釈するのが自然である上に、その解釈の手掛かりになる「上記室内温度での湿度設定に使用者の湿度の希望の高め・低めとを加味した」との要件が、公知技術を引用してされた拒絶理由通知に対して加湿程度選択手段を具体化する要件を付加する手続補正として特許請求の範囲に加えられたものであり、しかも、その意味が、加湿程度選択手段を三つとすることにあることを、原告自身、審査過程において繰り返し明確に主張をしていたというのであるから、その審査過程を経て特許査定を受けた後において、これと異なる解釈を主張することは許されないというべきである。

(3)以上によれば、構成要件1Bの「上記室内温度での湿度設定に使用者の湿度の希望の高め・低めとを加味した加湿程度を選択可能な加湿程度選択手段」の意義は、加湿程度選択手段の選択として、「室内温度での基準となる適切な湿度」、「使用者の希望を反映した前者の湿度より高めの湿度」及び「使用者の希望を反映した最前者の湿度より低めの湿度」の三つの加湿程度選択手段があることを要件としているものと解するのが相当である

(4)以上を前提に検討すると、被告製品1には、加湿程度の選択手段として、「サラリ加湿」ボタンを押すことによって加湿運転が開始するサラリモードと、「のど・肌加湿」ボタンを押すことによって加湿運転が開始するのど・肌モードと、湿度設定ボタンを押して、50%、60%、70%の加湿を選択することによって加湿運転が開始する標準モードの複数があるが、本件発明1のように室温に応じて加湿程度が変化する設定となっている加湿程度の選択は、サラリモードとのど・肌モードの二つだけである。これと異なり標準モードは、使用者が加湿程度を選択するが、これは固定値であって室温に応じて変化するものではないというのであるから、結局、本件発明1の加湿程度選択手段に対応する加湿程度選択手段は二つだけしか備わっていないということになる。

すなわち、被告製品1は、本件発明1の構成要件にいう加湿程度選択手段を二つしか備えていないから、構成要件1Bを充足しているということはできない。

(5)したがって、この点で、被告製品1は、本件発明1の技術的範囲に属さないというべきである。

5.2 争点3(被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について

以下に詳述するとおり、被告各製品は、本件発明2の構成要件2Gを充足せず、したがって、被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するとは認められない。

(1)本件発明2について

ア 本件明細書2の【技術分野】の項には次の記載がある。

-省略-

イ 本件明細書2の【背景技術】の項には次の記載がある。

-省略-

ウ 本件明細書2の【発明が解決しようとする課題】の項には次の記載がある。

-省略-

エ 本件明細書2の【課題を解決するための手段】の項には次の記載がある。

-省略-

オ 本件明細書2の【発明の効果】の項には次の記載がある。

-省略-

カ 本件明細書2の【発明を実施するための最良の形態】の項には次の記載がある。

-省略-

(2)本件発明2の構成要件は、別紙対比表2の本件発明2の分説欄記載のとおりであるところ、これに以上の明細書の詳細な説明の記載を併せ考えると、本件発明2は、水位低下(タンク水不足)の検知を受けて送風機を停止するという従来技術の構成では、水位低下検知による送風停止に伴うトレイ内の負圧解除による水位変動の影響を受けることによって送風機の回転と停止が繰り返されるという問題があったことから、この問題を、水位低下検知後も直ちに送風機を停止させず、所定時間が経過するまで送風機の回転を継続させることによって水位を下降させ、もって送風機停止による負圧解除後に水位が上昇しても、なお水位低下を検知し得るようにすることで解決したものと解される。

そして、その課題解決手段である「所定時間が経過するまで送風機の回転を継続させる」という場合の「所定時間」とは、水位低下検知後、送風機停止による負圧解除によって水位が上昇してもなお、水位検知部がなお水位低下を検知できるに足りるだけ水位を下降させるに必要な送風機の運転時間をいうものと解される。

(3)そこで、以上の点を踏まえて被告各製品についてみると、証拠(甲14、乙25)及び弁論の全趣旨によれば、被告各製品は、水位低下を検知した際、この3秒後に、30秒ないし50秒の間だけファンを強回転し、この強回転していたファンが回転停止しないまま、その後5分間微弱回転して15分間停止し、再度、この5分間の微弱回転と15分間の停止という間欠運転を繰り返し行う構成であり、この微弱回転での間欠運転は、運転入/切ボタンを押して運転を停止(運転オフ)させない限り延々と継続するものと認められる。

そうすると、この場合、水位低下検知後に継続される送風機の回転は、間欠的になされる微弱回転であるが、送風が継続してなされている以上、水位低下検知後の補助トレイの水位をさらに下降させるものといえ(【0058】参照)、また後記検討する原告のした実験結果(甲14)からも裏付けられているように、その送風機の継続回転は、負圧解除による水位上昇後も水位検知部がなお水位低下を検知できるだけの水位下降をもたらし得るものといえる。

(4)しかし、前掲証拠によれば、被告各製品は、水位低下を検知すると、その後、運転入/切ボタンを押して運転を停止(運転オフ)させない限り、水位が変位しても送風機の運転が再開しないという構成を採用していることも認められるから、被告各製品は、送風機停止がもたらす負圧解除による水位変動の影響を受けることによって送風機の回転と停止が繰り返されるという問題を、水位そのものをさらに下降させて解決するという本件発明2の解決手段とは異なる構成で解決しているものといえる

また、その送風機の継続回転は、上記(3)のとおり、当初の強回転後は、微弱回転の間欠運転が延々と継続するというものであって、その運転時間は、水位検知部がなお水位低下を検知できるに足りる水位下降をさせるに必要な時間とは何ら関連付けられていないし、そもそも水位低下を一旦検知した後は、その後の水位変動の検知は影響を受けないというのであるから、被告各製品の構成は送風機停止による負圧解除までに十分水位を下降させる「所定時間」を基準とする技術ではないというべきである。

したがって、この送風機の継続回転には、本件発明2にいう「所定時間が経過するまで」送風機の回転を継続させるという技術的意義があるものということはできないというべきである。

(5)この点、原告は、水位低下検知後、運転停止ボタンを一度押した後給水せずに再度運転させる場合には、水位低下があると検知して送風機が回転する場合があることから、被告各製品における水位低下後の送風機の回転(アフターラン)も、本件発明2の課題とした誤作動を防止するという作用効果を生じるものであり、「所定時間が経過するまで前記送風機の回転を継続させる」との要件を充足する旨主張する。

確かに、原告がした実験結果(甲14)によれば、水位低下検知後に電源プラグを抜いて送風を止め、約22分30秒間放置後、再度、電源プラグを差すと送風機の回転が開始されるが、水位低下検知後に送風機を、強回転を50秒、弱回転を4分10秒、15分間の停止を経て弱回転2分30秒を経た後に停止させると、電源を入れたとしても回転を開始しないことが認められるから、被告各製品では、水位低下検知後に送風機を継続回転させない場合には負圧解除による水位上昇の影響を受けるが、水位低下検知後も送風機を継続回転させることによって十分な水位下降がもたらされ、送風機の回転の再開が防ぎ得るという効果が得られており、この場面では、本件発明2と同じ技術的解決手段、すなわち送風機の継続による水位下降が用いられているかのようである。

しかし、そもそも本件発明2は、水位低下検知により送風機の回転を停止すると、負圧解除による水位上昇を受けて送風機の回転と停止が繰り返されるという問題の解決を課題とするものであるから、電源がオンの状態が継続していることが前提とされており、上記実験のように、電源をオフにすることは技術的課題の設定場面が異なってしまうので、そのような場面設定での議論は相当ではない。また、上記実験結果(甲14)は、電源がオンの状態が継続している場合、本件発明2と同様の効果を奏する水位下降が、水位低下検知後22分30秒経過後にもたらされたことを示しているが、その時間は送風機の回転を人為的に途中で中断するまでの時間であって、これでは本件発明2の要件である「送風機の回転を継続させる」、「所定時間」とはいえない(本件発明2は、送風機停止による水位上昇で生じる問題の解決を課題とするものであるが、またそもそも送風機の回転を継続させれば、いずれ十分な水位下降が生じるのも当然であるから、送風機の回転を十分継続させた上で、必要な水位低下が生じたという結果だけを示すことに技術的な意味があるとは言えない。)。

(6)したがって、被告各製品は、構成要件2Gを充足するものとはいえないから、本件発明2の技術的範囲に属さないというべきである。

5.3 争点6-1(本件特許3は特許法29条の2の規定により特許無効審判により無効にされるべきものか)及び争点7(本件特許3についての訂正の再抗弁の成否)について

(1) 本件発明3について

本件発明3の要旨は、特許請求の範囲の請求項1記載のとおりであり、これを分説すると、別紙対比表3「本件発明3の分説」欄記載のとおりである。

(2) 先願発明について

ア 乙14公報(特開2000-249386号公報)の【特許請求の範囲】の項には、以下の記載がある。

-省略-

イ 乙14公報の【発明が解決しようとする課題】、【課題を解決するための手段】の項には、以下の記載がある。

-省略-

ウ 乙14公報の【発明の実施の形態】の項に以下の記載がある。

-省略-

エ 以上の記載によれば、乙14公報には、設定湿度と検出湿度に基づいて容器に収容した水を加熱して蒸気を発生させ、該蒸気により周囲の空気を加湿する加湿器であって、湿度センサ23を内蔵したセンサユニット24は加湿器が設置される室内の壁等に引っ掛けて、加湿器から離れたところの湿度を検出できるようになっており、水を収容する内容器3が設けられ、その底外面には水を加熱する立上げヒータ4と加湿ヒータ5が配置され、5段階の湿度を設定することができる湿度設定スイッチ15を有し、前記湿度センサ23の検出湿度に応じて乾燥、適湿、高湿の3段階の湿度を表示する湿度モニターランプ19と、前記湿度設定スイッチ15で設定される5段階の設定湿度を表示する表示ランプ15a〜15eが設けられ、制御装置36が、各設定スイッチからの信号、及び前記湿度センサ23からの検出信号に基づいて、前記立上げヒータ4、加湿ヒータ5を制御し、通電開始又は加湿開始から所定時間は、設定湿度と検出湿度に関係なく、必ず水蒸気を発生させて加湿を行い、所定時間経過後に設定湿度と検出湿度の比較を行って、加湿を継続するか停止することを特徴とする発明が記載されているものと認められる。

(3)本件発明3と乙14発明との対比検討

ア 本件発明3の構成要件Aの「室内の湿度を検出する湿度センサー」は、乙14発明の「湿度センサ23を内蔵したセンサユニット24」に、構成要件Bの「水蒸気発生装置」は、乙14発明の「立上げヒータ4と加湿ヒータ5を設けた内容器3」に、構成要件Cの「湿度を設定する設定スイッチ」は、乙14発明の「40%から60%までの5段階の湿度を設定することができる湿度設定スイッチ15」に、構成要件Dの「検出湿度および設定湿度に基づいて前記水蒸気発生装置の動作を制御する制御装置」は、乙14発明の「制御装置36」に、構成要件Eの「運転スタート時において設定湿度が検出湿度より低い場合、一定時間だけ強制的に水蒸気発生装置を動作させる制御装置を備える」構成は、乙14発明の「設定湿度、検出湿度にかかわらず、必ず水蒸気を発生させて加湿を行う構成」に相当するものであるから、本件発明3と乙14発明は、室内の湿度を検出する湿度センサーと、水蒸気を発生させて加湿を行う水蒸気発生装置と、湿度を設定する設定スイッチと、検出湿度及び設定湿度に基づいて前記水蒸気発生装置の動作を制御する制御装置とを備え、運転スタート時において必ず前記水蒸気発生装置を動作させることを特徴とする加湿器であることにおいて同一であるといえる(本件発明3は「運転スタート時において設定湿度が検出湿度より低い場合」の加湿器の作動だけを要旨とするものであるが、設定湿度が検出湿度より低い場合に加湿運転が開始されないと故障ではないかと誤解されるという問題の解決が本件発明3の課題であることからすると、本件発明3の加湿器は、加湿器本来の機能により、設定湿度が検出湿度より高い場合には当然に水蒸気発生装置が作動させられていると理解できる。したがって本件発明3と乙14発明とも、運転スタート時においては全ての場合に水蒸気発生装置が作動して加湿がなされるという点では共通していることになる。)。

イ 他方、本件発明3は、運転スタート時において設定湿度が検出湿度より低い場合に強制的に蒸気発生装置を作動させるとして、運転スタート時に設定湿度と湿度センサーが検出した検出湿度とを比較することを要件としていると解されるのに対し、乙14発明は、通電開始から所定時間は、設定湿度と検出湿度に関係なく、必ず蒸気を発生させて加湿を行うとして、運転スタート時において設定湿度と湿度センサーが検出した検出湿度とを比較しないという点で相違している(原告は、本件発明3は、運転スタート時に湿度を検出するのに対し、乙14発明は、運転スタート直後は湿度を検出しないという点でも相違するように主張するが、乙14公報の【0016】を見ると、乙14発明は、その実施態様として運転開始時に湿度センサーが作動を開始する実施態様は記載されているし、【0023】には、運転開始時の湿度センサーにより検出湿度を用いて、強制加湿時間を変動させることが記載されているから、運転開始時に湿度センサーが湿度を検出する作動をしていることは明らかであり、したがって、本件発明3と乙14発明の相違点は、湿度を検出するか否かという点ではなく、上記の相違点にとどまるというべきである。)。

ウ また、双方の発明における運転スタート後の加湿運転の態様は、乙14発明では、運転開始時にされる加湿運転は設定湿度が室内の検出湿度より低い場合であっても高い場合であっても区別することはできず必然的に全く同一の加湿運転となることになるのに対し、本件発明3では、設定湿度が検出湿度より高い場合の加湿運転の態様は特許請求の範囲で特定されていないので、設定湿度と検出湿度を比較して、高い場合と低い場合とで異なる加湿運転をする構成を採ることも可能ということになり、そのような構成を採る場合には、その点も相違点となりそうである(本件明細書3の発明の詳細な説明の欄には、「【0019】設定湿度が検出湿度より低い場合、ステップ6に進み、水蒸気発生量制御手段16は、強制的な加湿運転を実行する。すなわち、検出湿度以上より高くなるような加湿量を設定して、これに応じて水蒸気発生回路17を駆動する。加熱体6に通電されて、蒸発皿4内の水が加熱され、発生した水蒸気は、蒸気案内筒7を通って蒸気放出口8から室内に放出される。このとき、表示装置18には、設定湿度が表示される。【0020】設定湿度が検出湿度より高い場合、ステップ5に進み、水蒸気発生量制御手段16から設定湿度以上になる加湿運転を行うように指令が出され、水蒸気発生回路17が駆動される。このとき、表示装置18には、検出湿度が表示される。」として、運転スタート開始直後の検出湿度と設定湿度を比較して、設定湿度が検出湿度より低い場合と高い場合で異なる加湿運転をしている実施態様が記載されている。)。

ただ、本件発明3は、特許請求の範囲の記載において設定湿度が検出湿度より高い場合の加湿運転の態様を全く特定していないのであるから、それが低い場合と全く同じ加湿運転の態様という構成を採ることも排除されておらず、そのため、本件発明3における運転スタート時に開始される加湿運転は、乙14発明と同様、設定湿度より検出湿度が高い場合も低い場合も全く同一の加湿運転という構成も含んでいるといわなければならないから、運転スタート時の加湿運転の態様について相違点があるということはできないというほかない。

エ そうすると、本件発明3と乙14発明の相違点は、上記イで認定した設定湿度と検出湿度の比較を運転スタート時に行うか否かという点だけというべきであるが、両発明の加湿器とも、客観的な加湿運転の態様は、いずれも運転スタート時から水蒸気発生装置が作動し、またこれによってユーザーが加湿器の故障であるとの誤認を防止する効果が奏されていることに変わりはなく、本件発明3の構成である運転スタート時に設定湿度と検出湿度の比較を行うこと自体による効果は認められないから、本件発明3は乙14発明に新たな効果を付け加えるものではないというべきである。

したがって、加湿器の制御において、設定湿度と検出湿度を比較すること自体は周知慣用の技術であることも併せ考えると、設定湿度と検出湿度の比較を運転スタート時に行うか否かという上記両発明の構成の違いは課題解決のための具体化手段における設計上の微差にすぎないというべきであるから、本件発明3は乙14発明と実質的に同一であるというべきである。

オ なお、本件発明3によれば、運転スタート時に設定湿度と検出湿度を比較することで、その結果を加湿運転の態様に反映させることができるから、上記の実施例のように、その比較結果を用いて設定湿度より検出湿度が低い場合と高い場合とで加湿運転を異ならしめる構成を採用すれば、乙14発明とは異なる効果を奏することは可能であり、またその場合は、設定湿度と検出湿度の比較を運転スタート時に行うという乙14発明との相違点に技術的に意義があるものといえよう。そして、原告は、相違点としてこの点を強調しているものと理解できるが、上述のとおり、本件発明3は、乙14発明と同じ構成、すなわち、運転スタート時に設定湿度と検出湿度の高低に関係なく全く同じ加湿運転をする構成をも技術的範囲に含んでいるから、原告主張に係る効果はある特定の実施例の効果といわなければならず、したがって、この点をもって本件発明3と乙14発明の実質的同一性を否定する主張は、採用できないといわなければならない。

(4)また、原告は、本件訂正を踏まえ、これにより訂正の再抗弁も主張するが、本件訂正に係る要件、すなわち「設定湿度と前記湿度センサーが検出した検出温度とを比較」するとの要件が付加されなくとも、「設定湿度が検出湿度より低い場合」との用語は、設定湿度と前記湿度センサーが検出した検出湿度とを比較するものと解すことができ、上記説示は、そのことを前提に検討してきたものであるから、訂正の再抗弁の主張を踏まえたとしても、本件発明3が、乙14発明と同一であって、本件特許3が、特許法29条の2に該当することに変わりはない

(5)以上によれば、本件発明3のみならず本件訂正発明3は、乙14発明と実質的に同一であり、かつ、本件特許3の出願人はその出願時において、乙14発明に係る特許の出願人と同一の者ではなく、発明者も同一の者ではないから、本件特許3は、特許法29条の2に該当するものとして無効審判により無効とされるべきものと認められる。

6.検討

(1)本件特許1に関しては、被告製品1が構成要件1Bを備えていないので非抵触と判断されています。その際に裁判官は、本件発明1は加湿程度洗濯手段が三つでなければならない、と解釈していますが「加味」という文言からの展開がよくわかりませんでした。基準となる湿度設定が存在することは理解できますが、その基準となる湿度自体も選択できなければならない、という点がよくわかりません。基準となる湿度は予め制御手段に設定されていれば足りるように思います。

(2)本件特許1では「加味」という文言が制御に関する技術分野で用いられる技術用語ではなく、具体的に「加味」する制御がどのようであるか全く理解できない曖昧な表現であるため、第三者が特許請求の範囲の技術的範囲を確定できないことが問題と思います。被告は本件特許1に対して進歩性欠如の無効主張しかしていませんが、記載不備の無効主張をしても良かったのではないかと思いました。

(3)余談ですが最近は制御に関する特許請求の範囲の記載内容は曖昧な表現が減ってきました。これは審査段階で曖昧な表現を記載不備として指摘する審査官が増えたためだと思います。そのおかげで制御に関する発明で広い範囲の権利が取得しにくくなったという声もありますが、少なくとも技術用語でない表現を用いて曖昧な権利を取得すると特許権者自身も自らの特許が製品をカバーできているのか判断できなくなってしまうので問題だと思います。

(4)本件特許2と被告各製品との関係に近いケースは結構あります。やはり「所定時間経過するまで動作する」という点が問題になることが多かったように思います。本事件と全く同じように製品は動作を継続し続ける場合もありますし、センサと併用して時間かセンサの信号のいずれかに従って停止するというものもあります。前者は本事件と同様に非抵触と言えますが、後者の場合には所定時間経過した場合に停止するという条件にセンサで停止するという条件を加えただけなのでそれだけでは非抵触とは言い切れない場合もあります。

(5)判決では本件特許3について乙14公報に基づき無効と判断しています。おそらく裁判官は本件特許3の明細書には設定湿度と検出湿度のいずれが高低に関わらず一定時間加湿される制御が記載されていることを参酌したものと思います。その上で、構成要件3Eの「運転スタート時において設定湿度が検出湿度より低い場合」という構成について設定湿度が検出湿度より高い場合であっても一定時間水蒸気発生装置を動作させるのであるから、この判断条件は実質的に意味を持っていない、と判断したと思います。

しかし、「運転スタート時において設定湿度と前記湿度センサー検出した検出湿度とを比較して設定湿度が検出湿度より低い場合」と訂正することで設定湿度と検出湿度とを比較する判断処理が、一定時間だけ強制的に水蒸気発生装置を動作させる前に実行されることが明確になりました。乙14発明にも設定温度と検出温度との高低を判断する処理がありますが、こちらは2分間の加湿後です。そうなると両者の構成に相違点があるのは明確であり、訂正の再抗弁を認めずに本件訂正発明3を29条の2により無効と判断したのは適切でないように思います。

(6)本件特許3についての特許無効審判の審決では甲1が乙14と同じ文献でした。審判官も「運転スタート時において設定湿度と前記湿度センサー検出した検出湿度とを比較して設定湿度が検出湿度より低い場合」という点を実質的な相違点として特許維持と判断しています。

(7)最初にも書きましたが、おそらく本事件は当事者間で和解が成立したと思います。一見すると地裁の判決では原告が全特許で負けているので和解も何も原告がこれ以上の争いに勝ち目がないと考えて訴えを取り下げるだけのようにも見えますが、本件特許3は知財高裁で逆転する可能性が結構あると思います。そうなると諸々の費用や手間を考えたら低額の和解金で手打ちにする可能性が高いと思います。実際のところはわかりませんが。