コネクタ事件

投稿日: 2017/08/24 23:54:02

今日は平成26年(ワ)第18842号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告であるヒロセ電機株式会社も被告であるイリソ電子工業株式会社も、判決文によると、電子部品の製造、加工及び販売等を業とする株式会社だそうです。J-PlatPatで過去保有していた特許も含め検索したところ、ヒロセ電機株式会社は703件、イリソ電子工業株式会社は143件それぞれヒットしました。

 

1.手続の時系列の整理

1.1 本件特許1(特許第5197216号)

1.2 本件特許2(特許第5220888号(特願2008-201583の分割出願))

① 本件特許2は本件特許1の分割出願です。

② 本事件では原告が地裁判決に対して高裁に控訴しなかったようです。

③ しかし、判決後直ぐに訂正審判が請求され、一度目は取り下げましたが、二度目は訂正を認めないという審決に対して審決取消訴訟を起こし、知財高裁でひっくり返しています。これにより審理が再開されましたが既に結審通知も出ているので、おそらく訂正を認めるという審決が出るものと思われます。

④ 審決取消訴訟の判決を見ると侵害訴訟で被告が提出した無効の証拠以外にもう一件別の文献がありました。この文献の出所がわかりませんでした。特許権者が調査して見つけた文献の可能性もありますが、本件の被告以外とも交渉中で、そこで出された文献の可能性もあります。

⑤ 本件特許1の分割出願はもう1件あるので、参考までにそちらの手続の時系列の整理も掲載しておきます。

1.3 特許第5701915号(特願2008-201583の分割出願))

2.特許の内容

2.1 本件特許発明1(特許第5197216号)

1A

① 端子(20)が複数の弾性腕(22、23)を有し、

② 相手コネクタとの嵌合時に、該複数の弾性腕(22、23)にそれぞれ形成された突状の接触部(22C、23B)が相手端子に一つの接触線(X)上で順次弾性接触するようになっており、

③ 端子(20)は金属板の板面を維持したまま作られていて、

④ 該端子(20)の板厚方向に間隔をもってハウジング(10)に配列されている

⑤ 電気コネクタにおいて、

1B 端子(20)の複数の弾性腕(22、23)は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線(X)に対して一方の側に位置しており、

1C 上位の弾性腕(22、23)が上端から下方に延び上記接触線(X)に向う斜縁を有していて該斜縁の下端に接触部(22C、23B)を形成し、

1D 上記複数の弾性腕(22、23)の接触部(22C、23B)は下方に向け順に位置しており、

1E 上位に位置する弾性腕(22)の接触部(22C)に対して下位となる接触部(23B)を有する弾性腕(23)の上端が上記上位の弾性腕(22)の接触部(22C)に近接しており、

1F コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部(22C)から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっていることを特徴とする

1G 多接点端子を有する電気コネクタ。

2.2 本件特許発明2(特許第5220888号(特願2008-201583の分割出願))

(1)本件特許発明2-1

2A

① 端子(20)が基板に接続される接続部(24)を有する共に、

② 自由端が嵌合側へ向け並んで延び

ハウジング(10)の壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部(22B)の嵌合側端部に第一接触部(22C)が形成された第一弾性腕(22)と

第二弾性部(23A)の嵌合側端部に第二接触部(23B)が形成された第二弾性腕(23)を有し、

⑤ 相手コネクタとの嵌合時に、該第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)にそれぞれ形成された突状の第一接触部(22C)と第二接触部(22B)が相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており、

⑥ 端子(20)は金属板の板面を維持したまま作られていて、該端子(20)の板厚方向に間隔をもってハウジング(10)に配列されている電気コネクタにおいて、

2B 端子(20)の第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線(X)に対して一方の側に位置しており、

2C 第一弾性腕(22)の第一接触部(22C)は接触線(X)に対し直角もしくは嵌合側に鋭角をなす嵌合側と反対側のと該縁よりも嵌合側に位置する斜縁とで略三角形突状をなし、

2D 第二弾性腕(23)の第二接触部(23B)が上記第一接触部(22C)の上記部の嵌合側と反対側に近接して位置し

2E 上記第一弾性部(22)の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕(23)の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ、第二弾性腕(23)の全長の方が長く設定されている

2F ことを特徴とする多接点端子を有する電気コネクタ。

(2)本件特許発明2-2

2G

① 端子(20)が基板に接続される接続部(24)を有する共に、

② 自由端が嵌合側へ向け並んで延び

ハウジング(10)の壁面との間にすき間をもって弾性変位可能な第一弾性部(22B)の嵌合側端部に第一接触部(22C)が形成された第一弾性腕(22)と

第二弾性部(23A)の嵌合側端部に第二接触部(23B)が形成された第二弾性腕(23)を有し、

⑤ 相手コネクタとの嵌合時に、該第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)にそれぞれ形成された突状の第一接触部(22C)と第二接触部(23B)が相手端子に嵌合側から順次弾性接触するようになっており、

⑥ 端子(20)は金属板の板面を維持したまま作られていて、該端子(20)の板厚方向に間隔をもってハウジング(10)に配列されている電気コネクタにおいて、

2H 端子(20)の第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており

2I 第一弾性腕(22)の第一接触部(22C)は、該第一弾性腕(22)の嵌合側から嵌合側と反対側へ延びて相手端子との接触側に向かう斜縁を有し、

2J 相手コネクタと接触する接点から第一接触部(22C)の突出基部に向けた直線と、上記斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であり、

2K 第二弾性腕(23A)の第二接触部(23B)が上記第一接触部(22C)の嵌合側と反対側の嵌合側と反対側に近接して位置し

2L 上記第一弾性部(22B)の嵌合側と反対側端部から第二弾性腕(23)の嵌合側端部までのコネクタ嵌合方向での距離に比べ、第二弾性腕(23)の全長の方が長く設定されていることを特徴とする

2M 多接点端子を有する電気コネクタ。


3.被告製品の内容


4.争点

(1)被告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するか否か

ア 被告製品は、本件特許発明1の構成要件1B、本件特許発明2-1の構成要件2B、本件特許発明2-2の構成要件2Hをそれぞれ充足するか(争点1)

イ 被告製品は、本件特許発明1の構成要件1Fを充足するか(争点2)

ウ 被告製品は、本件特許発明2-1の構成要件2E、本件特許発明2-2の構成要件2Lをそれぞれ充足するか(争点3)

(2)本件特許の無効事由の有無

ア 本件特許発明は、乙10に記載された発明により、新規性又は進歩性を欠如するか(争点4)

イ 本件特許発明2-1及び2-2に係る特許は、乙2に記載された発明により、拡大先願要件違反となるか(争点5)

ウ 本件特許発明2-1に係る特許は、補正要件に違反するか(争点6)

(3)原告の損害額(争点7)

5.裁判所の判断

5.1 争点1(被告製品の構成要件1B、2B、2H充足性)について

(1)被告製品の構成要件1Bの充足性について

ア 本件特許1に係る明細書(甲2)には以下の記載がある。

(ア)「したがって、相手コネクタの相手端子に対し本願発明コネクタの対応端子がその複数の弾性腕に形成されたそれぞれの接触部で接触することとなる。本発明では、相手端子が一つの平坦面ではなく段状をなす各面に接触部を形成している場合には、上記仮想線としての接触線は段の数だけ互いに平行に存在するが、本発明の端子の複数の弾性腕はいずれの接触線に対しても一方の側に位置する。」(段落【0011】)

(イ)「第一弾性腕22は、基部21側の部分の左側縁が延長された被取付部22Aと、該被取付部22Aよりも上方部分が段状に幅が小さくなりそのまま上方へ延びる第一弾性部22Bを有し、該第一弾性部22Bの上端に右方へ突出せる第一接触部22Cが設けられている。」(段落【0026】)

(ウ)「これに対し、第二弾性腕23は、上記基部21から、上記第一弾性腕22の第一弾性部22Bよりも若干小さい幅で上方に延びる第二弾性部23Aを有している。該第二弾性部23Aは上記第一弾性腕22の第一接触部22Cの直下まで延びていて、該第二弾性部23Aの上端に右方へ突出する第二接触部22Bが設けられている。該第二弾性腕23の第二接触部23Bと上記第一弾性腕22の第一接触部22Cのそれぞれの突端を通る線X’は、図3(A)に見られる相手コネクタ30の対応端子31の対応接触部31A(の接触面)を通りコネクタ嵌合方向に延びる仮想の接触線Xと平行であり、該接触線Xに対して距離δだけ偏位している。この距離δは、相手コネクタ30の嵌合時に、第一弾性腕22そして第二弾性腕23が相手コネクタ30の端子31に当接して変位する弾性変位量となる。このように、本実施形態では、一つの端子20が有する二つの弾性腕、すなわち、第一弾性腕22と第二弾性腕23は、上記接触線Xに対し一方の側に位置し、それらの弾性変位量も同じδである。しかし、第一弾性腕22と第二弾性腕23は、それらの幅、長さが違うので、固有振動数は互いに異なっている。この固有振動数は、コネクタが使用される装置、特に切削加工時に生ずる振動のもとで使用される工作機械等においては、この振動の周波数が予め知られている場合が多いのでこの周波数と異なるように設定される。」(段落【0027】)

イ 本件特許発明1の構成要件1Bにおいては、「端子の複数の弾性腕は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており」と定められている。

一方、被告製品においては、原告自身が作成した「被告製品1説明書」の一部である別紙1の図1-3(別紙4の図1-2も参照)のとおり、「第二弾性腕」(本件特許発明1の請求項では、本件特許発明2の請求項と異なり、「第一弾性腕」「第二弾性腕」との表現は使われておらず、単に「複数の弾性腕」と記載されるのみであるが、明細書においては「第一弾性腕」「第二弾性腕」との表現が用いられている。)に相当する部分の一部(内側接触子23のうち内側湾曲部23Aの根元部分)が、内側接触子のその他の部分や「第一弾性腕」に相当する外側接触子とは、接触線Xに対して反対側に存在しており、この位置関係については当事者間に争いがない

そして、被告製品における内側接触子23のうち内側湾曲部23Aは、接触線Xの反対側に存在する根元部分も含めて、全体として、腕状の形態をなすものであるから、上記根元部分が本件特許発明1の「弾性腕」の一部に含まれないと解するのは困難である。このことは、前記アのとおり、明細書の発明の実施形態の説明において、本件特許発明1の「第一弾性腕22」は「被取付部22A」、「第一弾性部22B」及び「第一接触部22C」からなり、「第二弾性腕23」は「第二弾性部23A」、「第二接触部23B」からなる旨、それぞれ記載されていることからも裏付けられる。

この点に関し、原告は、構成要件1Bにつき、被告製品における「内側接触子」と「外側接触子」の各2つの接触部が相手端子とその一つの側で接触することを限定するものにすぎず、相手端子が挿入されない弾性腕の根元部分はおよそ問題とならない旨主張する。しかし、前記のとおり、構成要件1Bは、「端子の複数の弾性腕は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線に対して一方の側に位置しており」というものであり、弾性腕が接触線の一方側に位置するか否かを問題としているのであって、弾性腕の根元部分が問題とならないというような解釈を裏付ける記載はないから、原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである上、明細書を精査しても、このように解すべき根拠は何ら見当たらないから、原告の上記主張は採用できない。

ウ 以上のとおり、被告製品における「第二弾性腕」に相当する部分の一部は、接触線の他の側に延びているため、被告製品は本件特許発明1の構成要件1Bを充足しない。

(2)被告製品の構成要件2B、2Hの充足性について

本件特許発明2における構成要件2B、2Hについても、構成要件1Bと実質的に同様に定められている(本件特許発明1の「複数の弾性腕」が本件特許発明2の「第一弾性腕」及び「第二弾性腕」に相当する。)ことに加え、本件特許2に係る明細書(甲4)の段落【0012】、【0025】、【0明細書(甲2)の記載と実質的に同様の記載があるため、本件特許発明2の「第一弾性腕」及び「第二弾性腕」と接触線との位置関係については、本件特許発明1と同様に解すべきである

以上からすれば、被告製品は本件特許発明の構成要件1B、2B、2Hをいずれも充足しない。

5.2 争点2(被告製品の構成要件1F充足性)について

(1)念のため、被告製品の構成要件1F充足性についても検討する。

ア 本件特許1に係る明細書(甲2)には、以下の記載がある。

(ア)「・・・山型とされる接触部は接圧の確保のために、山型の形状は一定の高さが要求される。・・・」(段落【0006】)

(イ)「・・・また、上記複数の弾性腕の接触部はコネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており、相手コネクタを嵌合するときに、最初の接触部を圧したその勢いで、次の弾性腕の接触部を圧することができるので、小さい挿入力で弾性変形させることができ、コネクタ嵌合が容易となる。」(段落【0012】)

(ウ)「・・・第一弾性腕22(前者)を押し拡げるのに要する指圧(操作者がコネクタ嵌合時に相手コネクタを押し込む力であり、接触部での接圧に比例する。)と第二弾性腕23(後者)を押し拡げるのに要する指圧とを比べると、相手端子が第一弾性腕22の方が先に当接するので、通常、前者の指圧の方が大きい。したがって、前者の第一接触部22Cの直下に後者の第二接触部23Bが位置しているので、相手端子は前者を押し拡げた勢いで後者を難なく押し拡げる。具体的には、相手端子との接圧は、前者が後者の2倍以上であると、上記の効果が顕著である。好ましくは、前者と後者の接圧比は2対1である。これらの関係は、接触部における弾性変位量が仮に前者そして後者において同じでも、両者の剛性をそのような関係となるように、長さ・幅を決めることにより得られる。」(段落【0036】)

イ まず、「接触圧」との文言について、原被告双方が異なる解釈を採っているため、この点について検討する。

「圧」とは「おしつける力」を意味し、「接触」とは「近づきふれること、さわること」を意味する(広辞苑第6版、乙1参照)。

そして、これらの文言の通常の解釈からすれば、本件特許発明1における「接触圧」との文言は、複数の物体が互いに接触する際に生じる力ないし圧力を意味するものと解されるところ、次に指摘する本件特許1の明細書の記載を参酌すれば、上記文言は、複数の物体が互いに接触する際に生じる力を意味すると解すべきである。

すなわち、本件特許1の明細書(甲2)において、前記ア「・・・上記複数の弾性腕の接触部はコネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっており、相手コネクタを嵌合するときに、最初の接触部を圧したその勢いで、次の弾性腕の接触部を圧することができるので、小さい挿入力で弾性変形させることができ・・・」「指圧(操作者がコネクタ嵌合時に相手コネクタを押し込む力であり、接触部での接圧に比例する。)」などと記載されていることからすれば、同明細書の記載は「接触圧」を力と同視しているものといえ、「接触圧」が相手端子と各弾性腕の接触部との間で生じる力を意味すること、すなわち「力」であることが明らかといえる。

これに対し、原告は、「接触圧」とは単位変位量当たりの反力(N/mm)を意味する旨主張する。しかし、これは通常の文言解釈に反する上、原告の上記解釈を根拠付けるような明細書上の記載は存在しないため、原告の上記主張を採用することはできない。

このほか、原告は、上記「接触圧」が、嵌合終了時点ではなく嵌合途中の数値を指すとも主張するところ、既に検討したところによれば、この点について判断するまでもなく、原告の同主張は採用できない。

ウ 原告は、「接触圧」に関する自らの解釈を前提として、被告製品が構成要件1Fを充足する旨主張するが、「接触圧」に関する原告の解釈を採用できないことは前記イのとおりであって、被告製品が「接触圧」に関する構成要件1Fを充足することを認めるに足りる証拠はない。

(2)以上のとおり、被告製品が本件特許発明1の構成要件1Fを充足するとは認められない。

5.3 争点4(新規性又は進歩性欠如の有無)について

(1)前記1及び2のとおり、被告は本件特許発明を実施しているとは認められないため、原告の請求は理由がないものであるが、念のため、乙10文献に基づく本件特許発明の新規性又は進歩性欠如の有無についても検討する。

乙10文献は、米国特許第3631381号公報(1971年(昭和46年)12月28日発行)であり、本件特許1の特許出願前に頒布されたものであって、これには以下の各記載がある(いずれも訳文参照)。

(ア)「本発明はプリント回路基板用の超小形多重電気コネクタに関する。」(1頁14行)

(イ)「ただし、接触圧が大きすぎると、コネクタへのプリント回路基板の挿抜がより困難になるばかりか、接点、特にプリント回路基板の極めて薄い導電域の摩耗が増えてしまう。」(2頁3~5行)

(ウ)「・・・レセプタクルに収容されるコンタクト要素Cの数に対応した数のポケット16、16が溝に沿って長手方向に互いに距離を置いて形成される。各コンタクト要素は、ポケット16によって位置決めされ、かつ一部が収容される。」(3頁24~26行)

(エ)「各コンタクト要素Cは音叉、即ち二又部材の形態で構成され、基部20とこの基部から上方に延在する一対のばね脚22及び24とを備えるように一枚の導電体シートから形成される。」(3頁29行~4頁2行)

(オ)「2つのばね脚22、24は、プリント回路基板Bの接触領域30、30に係合するように適合化された側方突出部26及び28をそれぞれ上端に有する。」(4頁3~5行)

(カ)「・・・このシート形状のコンタクト要素は、図1及び図2に最も良く示されているようにレセプタクルのポケット16内にプリント回路基板の平面に対して直角な平面に、配置される構造を有する。」(4頁8~10行)

(キ)「上記のようにばね脚22及び24は長さが互いに異なる。」(4頁11行)

(ク)「また、各コンタクト要素の基部20は、溝孔34をばね脚間に設けて形成される。この溝孔34は、前記ばね脚のそれぞれに加えられうる異なる接触圧又は荷重特性を決定するように構成される。」(4頁15~17行)

(ケ)「上記の構造を採ることにより、荷重特性については、いくつかの選択をすることが可能になる。たとえば、2つのばね脚にかかる荷重を等しくしても良いし、短ばね脚にかかる荷重より長ばね脚にかかる荷重を小さくしても良い。また、長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重を小さくしても良い。これら選択肢は、ばね脚間の溝孔34の下端の構成を決めることで調整される。」(4頁23~27行)

(コ)「上記のように、これらコンタクト要素は1シートインチの導電材料から形成される。この材料は燐青銅であることが好ましく、金又は銀鍍金されることが好ましい。」(4頁28行~5頁1行)

イ 前記アの各記載、及び乙10文献の「FIG.1」、「FIG.2」に基づき、本件特許発明1と乙10発明とを対比することとする。

(ア)前記ア(ウ)ないし(カ)、(コ)の各記載に加え、乙10文献の「FIG.1」、「FIG.2」を総合すれば、乙10文献には、コンタクト要素Cがばね脚22及び24を有し、プリント回路基板Bとの嵌合時に、複数のばね脚22及び24にそれぞれ形成された突状の突出部26及び28がプリント回路基板Bに一つの接触線上で順次弾性接触するようになっており、コンタクト要素Cは一枚の導電体シートから形成されていて、コンタクト要素Cが溝に沿って長手方向に距離を置いてレセプタクルRのポケット16に配列されている電気コネクタが開示されている。そして、プリント回路基板Bは本件特許発明1の「相手コネクタ」、コンタクト要素Cは「端子」、ばね脚22及び24は「複数の弾性腕」、突出部26及び28は「接触部」、レセプタクルRは「ハウジング」にそれぞれ相当する。また、コンタクト要素Cは金属板である導電体シートの板面を維持したまま作られている。

以上からすれば、乙10文献には構成要件1Aが開示されているといえる。

(イ)また、乙10文献の「FIG.2」等からすれば、乙10発明では、コンタクト要素Cのばね脚22及び24(「端子の複数の弾性腕」に相当する。)がプリント回路基板B(「相手端子」に相当する。)との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に伸びる接触線に対して一方の側に位置している。したがって、乙10文献には構成要件1Bが開示されているといえる。

(ウ)乙10文献の「FIG.2」において、ばね脚22の突出部26の半円状部分のうち上半分が「斜縁」に該当するといえ、同文献には、ばね脚22がその上端から下方に延び接触線に向かう「斜縁」を有し、その「下端」に突出部26(接触部)を形成することが開示されている。そして、ばね脚22は、構成要件1Cの「上位の弾性腕」に該当するから、乙10文献には構成要件1Cが開示されていることになる。

(エ)乙10文献の「FIG.2」等からすれば、乙10文献には、ばね脚22の突出部26及びばね脚24の突出部28が、下方に向け順に位置していることが開示されており、構成要件1Dが開示されているといえる。

(オ)乙10文献では、コンタクト要素C(端子)を、金属板である導電体シートの板面を維持したまま作成しており、上位に位置する突出部26と下位となるばね脚24の上端との距離が十分に近接しているといえ、構成要件1Eが開示されているといえる。

(カ)また、乙10文献のとおりの記載があるところ、「荷重」とは、本件特許発明1の「接触圧」と同義と解され、長ばね脚であるばね脚22の突出部26が嵌合時にプリント回路基板と最初に接触し、その後、短ばね脚であるばね脚24の突出部28がプリント回路基板Bに接触するが、長ばね脚にかかる荷重より短ばね脚にかかる荷重を小さくしてもよいことが記載されている。そのため、乙10文献には、コネクタ嵌合時にプリント回路基板B(相手端子)と最初に接触する突出部26(接触部)から順にプリント回路基板B(相手端子)に対する接触圧が小さくなっていることを特徴とする電気コネクタが開示されているといえ、乙10文献には、構成要件1Fが開示されているといえる。

(キ)そして、乙10文献には、複数の接触部を有する端子を利用する電気コネクタが開示されており、構成要件1Gが開示されているといえる。

(ク)以上のとおり、乙10文献には本件特許発明1の構成要件の全てが開示されているから、乙10発明は本件特許発明1と同一であり、本件特許発明1は新規性を欠くことになる。

(2)ア 原告は、乙10発明につき、本件特許発明1の45年前の桁違いに大きなコネクタの構成を開示するもので、先行技術として不適格である旨主張する。しかし、本件特許発明1の特許請求の範囲において、コネクタの大きさは何ら特定されておらず、原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、採用できない。

また、原告は、半円形状をもって「斜縁」であるとはいえず、また接触部が半円形状部分の下端ではなく途中に設けられているため、乙10文献は構成要件1Cを開示していない旨主張する

しかし、本件特許1に係る明細書(甲2)の図4等においても、平坦な第一弾性部上端から接触線に向かう「斜縁」にかけて、折れ線状ではなく、直線部分と直線部分とが曲線部分を経て接続されるように描かれているところ、同明細書においても「斜縁」が直線状で曲線を含まないなどとは記載されていない。そして、「斜縁」の作用効果については同明細書に特段の記載がないものの、段落【0035】に「(3)しかる後に、相手コネクタ30を降下させる。相手コネクタ30はその外壁33が上記コネクタ1のハウジング10の本体部11の外面で案内され、該相手コネクタ30の嵌合凹部36で上記本体部11に嵌合し始める。嵌合当初では、相手コネクタ30の嵌入壁37に設けられた端子31が、コネクタ1の端子20の第一弾性腕22に設けられた第一接触部22Cに当接し、その当接圧で左右両側の第一弾性腕22同士を左右に押し拡げて弾性変形させる・・・」との記載があり、同記載及び図3、4によれば、上方から挿入される相手端子は「斜縁」との接触により第一弾性腕を左右に押し広げることになるから、「斜縁」は相手端子との当接から第一弾性腕を押し広げるに至る過程を円滑に行わせる作用を有するものと解される。そして、この作用を実現するためには、「斜縁」の角部が面取りされていれば足りるものと解される。

また、接触部が斜縁の下端ではなく途中に設けられているとの原告の主張に関しても、斜縁明において、斜縁の下端に「接触部」が形成されているといえる。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

イ 次に、原告は、構成要件1Eに関し、乙10発明においては接触部間距離が約0.6インチもあるため「近接」の要件を充たさないと主張する

しかし、そもそも本件特許発明1Eの「近接」との文言は、定量的なものではなく定性的なものであって、これによって本件特許1が直ちに無効となるとまではいえないとしても、具体性に欠ける不明確な文言である。原告は、「近接」とは「帯状の金属板をその肉厚方向に屈曲して端子を得る」場合には得られない距離を意味する旨主張するが、同主張を採用してもなお、「近接」の具体的内容は不明確であるといわざるを得ない。

そのことを前提として乙10発明をみると、乙10文献における「各ばね脚22、24の幅も、図4に示されているように0.025インチ台である。」(訳文5頁2~3行)との記載に加え、「FIG.4」におけるばね脚の幅と「突出部26と突出部28の上端」の距離の大小関係等からすれば、乙10発明において、突出部26と突出部28の上端とは十分に「近接」しているといえる。

このほか、原告は、乙10発明の接触部が半円状なので、半径の長さ分だけ上位の弾性腕の接触部に近接していないとも主張する。しかし、前記(1)イ(ウ)のとおり、乙10発明の突出部26の半円状部分のうち上半分が「斜縁」に該当し、同「斜縁」の下端点が「接触部」である以上、原告の上記主張は前提において誤りである。いずれにしても、上記のとおり、乙10発明において、突出部26と突出部28の上端とは十分に「近接」しているといえ、原告の上記主張は採用できない。

ウ 更に、原告は、構成要件1Fの「接触圧」に関して、充足論における主張を前提として、乙10発明における「荷重」は構成要件1Fにおける「接触圧」とは異なる旨主張するが、前記2(1)のとおり、採用できない。

また、原告は、「荷重」の大小関係は乙10発明の技術思想とは関係がなく、乙10文献はこの点に関していかなる関係でもよいと放置しているにすぎない旨主張するが、前記(1)ア(ケ)の記載からすれば、乙10文献にはこの点について開示があることは明らかである。

(3)ア 前記(1)と同様に、本件特許発明2-1と乙10発明とを対比すると、構成要件2-Cのうち、「本件特許発明2-1の第一弾性腕の第一接触部は、略三角形突状をなしているのに対して、乙10発明のばね脚22(=第一弾性腕)の突出部26は、接触線に対し略半円状をなしている点」(相違点1)、「本件特許発明2-1の第一弾性腕の第一接触部において、嵌合側と反対側の縁部が、接触線に対し直角もしくは嵌合側に鋭角をなすのに対して、乙10発明ではそのような特定がされていない点」(相違点2)が相違し、その他は一致する。なお、両発明は、第一接触部が嵌合側に斜縁を有する点においては一致する。

イ ケーブル用コネクタに関する発明が記載された特開2003-168505号公報(乙12)には、「本発明の課題は、・・・接触信頼性の向上、操作性の向上を図ることができる平型柔軟ケーブル用コネクタの技術を提供することにある。」(段落【0013】)、「前記コンタクト片には、導体露出部に接触する隆起部が設けられると共に、その隆起部の傾斜が緩慢に設定されていることが望ましい。・・・この隆起部の傾斜を緩慢に設定することで、コネクタ結合時の接触抵抗を低くすることができる。・・・」(段落【0019】)、「また、コンタクト片23bのばね長を長くできることは、それ自体の弾力性によってコンタクト片23bと露出片12との接触抵抗(摩擦)を小さくし、コネクタ結合時の操作性(円滑性)を高めることが容易になる。」(段落【0041】)、「端子23には、導体露出部12aに接触する隆起部23aが設けられている。・・・」(段落【0042】)と記載されており、図4には、略三角形状の隆起部23aが描かれている。

また、本件特許1及び2の出願前に頒布された乙13(米国特許第3414871号公報、発明の名称「2つの戻り止めフラップを有する弾発舌片手段を有する電気コネクタ」)には、「図9は板ばね型コネクタを示す。このコネクタは追加の導線接続部21と追加の戻り止めフラップ22とを備える。このコネクタの接続部は、互いに独立した複数の平らな弾発舌片で構成されている。・・・」との記載があり(訳文6~8行)、「FIG.9」には、(本件特許発明でいう)接触線に対しほぼ直角となる縁部及び同縁部よりも嵌合側に位置する斜縁とで三角形状となった接触部が描かれている。

同様に、本件特許1及び2の特許出願前に頒布された乙14(特開昭47-1532号公報、発明の名称「電気接続装置」)には、「本発明の目的は整合する電気接続器と信頼し得る電気接続を行うことができる電気接点を提供しようとするにある。」(5頁6~8行)、「第1図は回路板1のようなオス接続素子を取り付けた従来既知の典型的な接続器を示す。」(6頁17~18行)、「接触腕12は回路板1を接触させるための接触部分11を具える。」(6頁20行~7頁1行)との記載があり、「Fig.3」には、(本件特許発明でいう)接触線に対しほぼ直角となる縁部及び同縁部よりも嵌合側に位置する斜縁とで三角形状となった接触部が描かれている。

また、本件特許1及び2の特許出願前に頒布された乙15(特開平6-76896号公報、発明の名称「回路板エッジコネクタ」)には、「・・・もちろん、この接触部の形状は本発明から逸脱することなく大きく変化させることができる。この主接触領域26は円形、平面、三角形、台形などでもよく、同様な結果が得られる。・・・」(段落【0018】)との記載がある。

更に、本件特許1及び2の出願前に頒布された乙16(特開2003-264015号公報、発明の名称「直交接続用コネクタ」)には、「プラグ10には、その本体モールド11の内部に複数の端子12が整列配置され、該端子12はソケット2の端子3と接触する接触片12aを具備する。・・・」(段落【0011】)との記載があり、図2には、三角形状となった接触部が描かれている。

ウ 以上からすると、接触部を略三角形状とすることは乙12ないし16に記載されており、周知であるといえ、そのうち乙12には、隆起部(第一接触部に相当する。)の傾斜を緩慢に設定することでコネクタ結合時の接触抵抗を低くすることができる旨の記載があり、接触部を略三角形状にすることは、乙10発明の課題の1つである「コネクタの挿抜を容易にすること」( )の解決と矛盾せず、乙10発明に対し、乙12に開示された端子23の隆起部23aを組み合わせることは容易である。

なお、原告は、乙10発明における突出部26は半円形状であり、これを乙12記載の三角形状の隆起部に置き換えることには阻害要因があるとも主張する。確かに、乙10文献の図面上、突出部は半円形状に描かれているものの、乙10文献にはこの形状に関する特段の記載はないから、乙10発明においてコネクタの容易な挿抜が課題であるとしても、同課題解決と接触部の形状との関連が明確にされていない以上、上記置換に関して阻害要因があるとはいえない。

エ 他方で、本件特許2に係る明細書上、「嵌合側と反対側の縁部が接触線に対し直角もしくは嵌合側に鋭角をなす」との構成を採用する理由や作用効果に関して何ら記載がなく、上記構成による作用効果は自明ではない。

そして、コネクタ嵌合時に弾性腕を押し広げる過程を円滑化する要請があるとしても、嵌合時において縁部が相手端子に接触しない形状であれば足り、それ以上に、縁部が接触線に対し直角もしくは嵌合側に鋭角をなす構成とすることに何らかの技術的意義があるとは認められない。

以上からすると、上記構成は、特段の作用効果を伴わない単なる設計事項というべきであり、また、乙13及び14には、嵌合側と反対側の縁部が接触線に対しほぼ直角をなす構成が開示されているから、当業者であれば、適宜設計して、本件特許発明2-1の上記構成を採用することは容易といえる。

オ 以上からすれば、本件特許発明2-1は、乙10発明に乙12ないし16に記載された周知技術を組み合わせ、また、適宜設計を加えることにより容易想到であるといえるから、進歩性を欠く。

(4)同様に、本件特許発明2-2と乙10発明とを対比すると、「本件特許発明2-2の第一弾性腕の第一接触部において、相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と、斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角であるのに対して、乙10発明では、そのような特定はされていない点」において相違し、その他は一致する。なお、両発明は、第一接触部が嵌合側に斜縁を有する点は一致する。

そして、乙12ないし14、16の図面等からすれば、これらの文献には、「相手コネクタと接触する接点から第一接触部の突出基部に向けた直線と、斜縁を通る直線とでなす角度が鋭角である」構成が開示されており、同構成は周知であったといえ、同構成を乙10発明に組み合わせることは容易というべきである。

以上からすれば、上記相違点は、これらの周知技術を適用することにより、当業者であれば容易に想到できたものといえる。

このように、本件特許発明2-2は、乙10発明に乙12ないし14、16記載の周知技術を組み合わせることにより容易想到であるといえるから、進歩性を欠く。

6.検討

(1)判決は非抵触であり無効との判断でした。本件発明1の構成要件1Bについては次の(2)で書きますが、構成要件1F「コネクタ嵌合時に相手端子と最初に接触する接触部(22C)から順に相手端子に対する接触圧が小さくなっている」については、被告製品を分解して各パーツを取り出し形状を調べたところで接触圧が順に小さくなっていることを立証することは困難であると思われます。原告は接触圧について別の解釈を加えて立証しやすくしようとしたみたいですが、それは認められませんでした。

(2)一方、本件特許2は本件特許1の分割出願であり、構成要件1Fに相当する構成を加えることなく権利化しています。しかし、被告製品は構成要件2B、2H(構成要件1B相当)「端子(20)の第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線(X)に対して一方の側に位置しており」を充足しないということで非抵触と判断されています。この点が弱いことは被告製品の端子を見れば一目瞭然のように思われます。ひょっとしたら、もともと「端子(20)の第一接触部(22C)第二接触部(23B)は、相手端子との接触位置を通りコネクタ嵌合方向に延びる接触線(X)に対して一方の側に位置しており」という構成を意図した発明だったものを誤って「第一弾性腕(22)と第二弾性腕(23)」としてしまったのかもしれません。

(3)拒絶理由通知書および意見書・補正書を読んでも構成要件2E、2Lは具体的にどこからどこまでを指すのかイマイチ理解できませんでした。

(4)侵害訴訟の判決で無効と判断されても、対世的効力はありません。それにもかかわらず判決後に控訴せずに訂正審判を請求する理由がわかりません。ひょっとしたら被告以外の会社に対する権利行使を予定しているのかもしれません。