バーコードリーダ事件(主引用例と公知技術の内容だけで組み合わせ肯定)

投稿日: 2018/02/22 0:42:21

今日は、平成28年(ワ)第32038号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社デンソーウェーブは、判決文によると、情報処理、情報通信に関するソフトウェアの開発及び機器・システムの開発・製造・販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告であるカシオ計算機株式会社は、各種電子計算機、電子記録装置その他情報機器、その他電子応用機器及び関連する部品の製造販売等を業とする株式会社だそうです。

 

1.手続の時系列の整理(特許第3823487号)

① 本件特許は訂正審判の1回目の審決で訂正が認められず、審決取消訴訟で審決取消判決を受け、2回目の審決で訂正が認められたものです。この訂正審判で特許権者は記載不備等の解消等についても述べているので、訂正審判の背景には第三者との係争があるように思われます。

② 特許無効審判が2件審理中ですが、請求人はいずれもハネウェル・インターナショナル・インクです。本件訴訟で被告であるカシオ計算機はハネウェル社が購入した第三者の製品を用いて無効主張していることから、ひょっとしたら被告製品の特許と関連すると思われる部分がハネウェル社と関係するのかもしれません。

2.本件発明

A 複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズ(34b)と、

B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子(41a)が2次元的に配列されると共に、当該受光素子(41a)毎に集光レンズ(41b)が設けられた光学的センサと、

C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞り(34a)と、

前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置と、

E を備える光学情報読取装置において、

F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞り(34a)を通過した後で前記結像レンズ(34b)に入射するよう、前記絞り(34a)を配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、

G 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子(41a)からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子(41a)からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにし

H ことを特徴とする光学情報読取装置。


3.争点

(1)本件発明の技術的範囲への被告製品の属否

ア 文言侵害の成否(順に争点1-1ないし1-4という。)

被告製品が本件発明の構成要件A、C、E、Hを充足することは当事者間に争いがない。

(ア)構成要件Bの充足性

(イ)構成要件Dの充足性

(ウ)構成要件Fの充足性

(エ)構成要件Gの充足性

イ 均等侵害の成否(争点1-5)

(2)本件特許に係る無効理由の存否

ア 進歩性欠如(順に争点2-1ないし2-7という。)

(ア)ICX084ALを用いた2次元バーコードリーダを主引用例とするもの

(イ)2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とするもの

(ウ)乙5(特開平7-254037号公報)を主引用例とするもの

(エ)乙6(特開平9-270501号公報)を主引用例とするもの

(オ)乙7(特開平8-334691号公報)を主引用例とするもの

(カ)乙8(米国特許第5331176号明細書)を主引用例とするもの

(キ)乙9(特開平7-73266号公報)を主引用例とするもの

イ 記載要件違反(順に争点2-8及び2-9という。)

(ア)明確性要件違反(①「所定の周波数成分比の検出」、②「相対的に長く設定し」、③「所定値」)

(イ)実施可能要件違反(①「所定の周波数成分比の検出」、②「所定値」、③「相対的に長く設定し」)

(3)原告の損害額(争点3)

4.争点に対する当事者の主張

(1)本件発明の技術的範囲への被告製品の属否

-省略-

(2)本件特許に係る無効理由の存否

ア 進歩性欠如

(ア)ICX084ALを用いた2次元バーコードリーダを主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-1)について

-省略-

(イ)2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-2)について

【被告の主張】

a 本件特許出願前に、2次元コードリーダIT4400は、以下のとおり、日本国内で販売され、公然に知られていた。

Welch Allyn社(以下「ウェルチアレン社」という。)は、米国の会社であり、1996年(平成8年)2月に、米国で、2次元コードを読み取ることのできるコードリーダImage Team 4400(IT4400)の販売を開始した(乙65の2、4、6)。IT4400は、日本にも輸出され、本件特許出願前、アイニックス株式会社(以下「アイニックス社」という。)を含む数社が輸入し、アイニックス社はこれを日本の顧客に販売した(乙65)。

アイニックス社は、平成9年7月から、ウェルチアレン社の2次元コードリーダIT4400の販売を開始した。アイニックス社は、購入したIT4400を自社で使用するほか、同月にキーエンス、ウェルキャット、JBCC等の顧客に販売した(乙65の5)。

また、乙66は、Honeywell International Inc.(以下「ハネウェル社」という。)が入手したIT4400の日本の顧客への販売を示すリストである。同リストには、アイニックス社に、1997年(平成9年)6月にモデル名44001(4400LR-131)を6台販売したこと、同年7月に同モデルを20台販売したことが示されているが、アイニックス社の台帳(乙65の5)にも、同月7日付けで同モデル6台が入庫したこと、同年8月7日付けで同モデル20台が入庫したことが記載され、当該リスト(乙66)とアイニックス社の台帳(乙65の5)の記載は合致している。

なお、原告の前身であるシステム機器株式会社は、本件特許出願前に日本国内でIT4400を購入していたのであるから、原告は、IT4400が本件特許出願前に日本国内で販売されていたことを当然知っていたと考えられる。

b IT4400には、長距離読取に適したLRタイプと、高密度読取に適したHDタイプの2種類があり(乙77の1)、いずれもアイニックス社により本件特許出願前に日本国内において販売されていた。

被告代理人が入手したIT4400(乙56、乙77の7)はLRタイプであり、ハネウェル社が入手したIT4400(乙45、乙77の8)、ゼブラ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社が入手したIT4400(甲24)は、アイニックス社が販売した製品と同一のものであった(乙77の1)。

なお、これらの製品の製造年月は、その製品のラベルから、平成9年5月(乙56、乙77の7)、同年7月(乙77の8)、同年7月(甲24、乙77の8)である。甲25の製品は、平成10年7月とラベルに記載されているが、製造月が異なっても、同一の公知センサ(Sony社製のICX084AL)及び絞りを含むレンズ構成が採用されていることからすると、IT4400(LRタイプ、HDタイプの全て)の製品において、同一の公知センサとレンズ構成が使用されていたと考えられる。

さらに、通常、シリアル番号は、製造された順で番号が割り振られるものであること、アイニックス社が販売した製品のシリアル番号は、被告らが入手した製品のシリアル番号と極めて近いことから、ほぼ同一の時期に製造されたものであるといえる。また、CCDセンサとレンズ構成を変更するとコードリーダ全体の大幅な設計変更が必要となるところ、同じ型番の、極めて近い時期に製造された製品が異なるCCDセンサとレンズ構成を採用しているとは考えられない。

なお、乙45製品(ハネウェル社購入品)及び乙56製品(被告購入品)はアイニックス社の販売した製品の構成を立証するための間接証拠であり、これらが実際に日本国内で本件特許出願前に販売されていたかどうかは問題ではない。乙45製品(ハネウェル社購入品)、乙56製品(被告購入品)はアイニックス社の販売した製品と同一である。

また、ユーザーズガイドのラベルはラベルの説明を行うためのものにすぎず、この日付から、ユーザーズガイドの発行日が本件特許出願後であったと当然に認定することはできない。乙65の3は、被告代理人が、インターネットで検索を行い、入手したユーザーズガイドであり、乙45製品(ハネウェル社購入品)と乙56製品(被告購入品)に添付されていたものではない。乙56製品(被告購入品)にはユーザーズガイドは添付されていなかった。

このほか、日本で販売された製品すべてに日本語のユーザーズガイドが添付されているとは限らない。事実、アイニックス社によれば、本件特許出願前、IT4400には英語のユーザーズガイドが添付されて販売されていた。

前記のとおり、アイニックス社が本件特許出願前にIT4400を販売していたことは明らかである。

さらに、原告は、原告購入品と、月刊バーコード誌平成9年8月(甲10)に掲載されたアイニックス社の広告の写真とでは細かな相違点があるとして、被告やハネウェル社が購入した製品は、アイニックス社が販売したIT4400とは異なるとも主張する。

しかし、アイニックス社によれば、甲10の写真は、ウェルチアレン社から提供を受けた写真であり、アイニックス社が実際に日本で販売した製品の写真ではないため、甲10の写真との比較によりIT4400と同一か否かを論ずること自体、意味がない。

アイニックス社が日本において本件出願前に販売したIT4400の外観は、乙77の5に示されるものであり、被告及びハネウェル社が入手した製品の外観は乙77の5と同じである。

以上より、被告及びハネウェル社が入手した製品は、アイニックス社が本件特許出願前に日本国内で販売したIT4400と同一であり、当該IT4400は、少なくとも、公知センサを用い、被告及びハネウェル社が入手した製品と同一のレンズ構成を有するものであったといえる。

c 本件特許出願前、受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサである公知センサを用いた2次元コードリーダであるIT4400が発売され、かかる2次元コードリーダが公然知られ、日本国内で公然実施されていた(以下「公知発明2」という。)。IT4400は広告等に「二次元コードが読み取りできる」と記載があることからもわかるように、2次元コードを読み取る2次元コードリーダであった。

d 本件発明と公知発明2を対比すると、両者の相違点は以下のとおりである。

(相違点1)

本件発明は、「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」ているのに対して、公知発明2においては、絞りは複数のレンズの間に配置されている点。

(相違点2)

本件発明は、「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしている」のに対し、公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点。

(相違点3)

本件発明は、「前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備えるのに対し、公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点。

e(a)相違点1について

受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサを光学情報読取装置に使用する場合、光学的センサの中心部にある集光レンズに比べて、周辺部にある集光レンズに入射する光束が斜めから入射し、入射光束が受光素子に有効に入射しなくなる結果、周辺部の光量が不足するという問題点は当業者に周知であった(乙6、乙7、乙10ないし乙18)。この問題点を解決する構成として、その射出瞳位置を遠くすること、そのために対象からの反射光が絞りを通過した後でレンズに入射するように絞りを配置すること(乙7、乙11ないし乙17)、射出瞳を結像面からなるべく離した構造として、全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置した構成とすることも、2次元コードの読み取りを含む光学情報読取装置を扱う当業者にとって周知の構成であった(乙11ないし乙15等)。

したがって、当業者は、IT4400においても、周辺部の光量が不足するという課題を認識し、絞りをレンズの間に配置する構成に代えて、射出瞳位置を遠くするために、対象からの反射光が絞りを通過した後でレンズに入射するように絞りを配置する構成を採用することは容易に想到し得たといえる。つまり、かかる一般的な課題を知っていた当業者は、「複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズ」と、「該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと」を備えたIT4400に、「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置する」という周知技術を組み合わせることは容易に想到し得るものであった。

なお、IT4400は、「デジタルカメラの原理」を採用した2次元コードリーダであった(甲65の6)ため、同じ、デジタルカメラの光学系を開示する乙11ないし乙15を組み合わせる動機づけは十分にあったといえる。

また、「光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」の「相対的」の意味は不明確であり、それ自体が無効理由を構成する。この点、原告は、「読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、絞りを配置」していないものと比べて、相対的に長いとの意味であると主張するようであり、「読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、絞りを配置」するものであればかかる要件も同時に充たすと主張するようである。かかる原告の主張を前提とすれば、IT4400に周知技術に組み合わせた場合、「読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、絞りを配置」することとなるため、「光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」(構成要件F)する構成も同時に有することとなる。

したがって、公知発明2に上記周知慣用技術を組み合わせることにより相違点1に係る事項は容易に想到し得る。

(b)相違点2について

前記(ア)【被告の主張】d(b)記載のとおり、この点は、周知慣用技術であり、公知発明2に上記相違点2に係る事項を採用することは、当業者であれば適宜に採用し得る周知慣用技術の付加にすぎず、容易に想到し得るものである。

(c)相違点3について

前記(ア)【被告の主張】d(c)記載のとおり、この点は、周知慣用技術であり、公知発明2に、出力信号を増幅し、2値化する周知技術、及び、乙5や乙24に記載の2値化された信号の中から所定の周波数成分の検出を行う制御回路を設ける公知技術を組み合わせることにより容易に想到し得るものである。

f 以上のとおり、本件発明は、公知発明2に、上記の周知慣用技術(乙8、乙11、乙25等)及び乙5や乙24に記載の公知技術を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであるから進歩性を欠き、無効とすべきものである。

【原告の主張】

a 「IT4400」が本件特許出願前に日本国内において公然実施されたとはいえないこと

被告は、アイニックス社が平成9年7月から「IT4400」を日本国内で販売していたと主張するが、乙65の4の回答によれば、「製品は保管されていません。」というのであり、実際にアイニックス社が同月に日本国内で販売したという製品は現存していない。

また、アイニックス社は、「ユーザーズガイド(添付資料2)に記載のIT4400は、貴社が1997年7月に輸入販売を開始したWelchAllyn社の二次元イメージャIT4400に相違ないでしょうか。」との問いに対し、「相違ございません。」と回答しているが(乙65の4)、添付資料2(乙65の3)のユーザーズガイドは、製造日の記載から平成11年7月以降に発行されたものであり、また著作権表示からは平成12年の発行であることが明らかである。

したがって、アイニックス社が平成9年7月に日本でIT4400を販売したのかどうか不明である。

b 「IT4400」の構成の不明確性

仮に、アイニックス社が平成9年7月にIT4400を日本国内で販売したとしても、その「IT4400」が具体的にいかなるものかは不明である。

なお、乙65の6及び乙65の7でも、アイニックス社が販売したという「IT4400」がマイクロレンズ付きの2次元配置CCDを用いているという記載はない。

ハネウェル社購入製品(乙45)、被告購入製品(乙56)及び原告購入品(甲9)は、いずれも最近米国で販売されたものであるところ、原告購入品が販売可能となったのは平成9年12月以降である上、これらは、モデル名の表示も異なる。

また、「2次元コードリーダ」を製品として販売するに際し、ユーザーズガイドの添付は必須と思われ、アイニックス社から平成11年7月に「IT4400」が販売されたとすれば、日本語のユーザーズガイドや保証書が必要であったと思われるが、これらの証拠はない。

なお、原告購入品に同封されたユーザーズガイド自体に印刷日等の日付の記載はないが、製品を特定するラベルに記載されている製造日は平成9年12月であり、また、乙65の3のユーザーズガイド(乙45製品又は乙56製品に添付されていたものと推測される。)は、その著作権に関する記載からすれば、平成12年に発行されたものと解される。

そして、アイニックス社が平成9年7月に発売したという製品は、月刊バーコード誌平成9年8月号(甲10)に掲載されたアイニックス社の広告の「IT4400」(月刊バーコード品)と考えられるところ、月刊バーコード品と原告購入品とでは、以下の相違が認められる。

① 読取完了を音で報知する放音用の穴の有無

② グリップと底板とを連結するための係合穴の有無

③ 上面に嵌め込まれた読取完了を示す発光部の相違。

④ 「Welch Allyn」のプレートの相違。

したがって、乙45製品や乙56製品と平成9年7月にアイニックス社から販売されたと被告が主張する「IT4400」は、具体的形態その他において相違しており、同一の製品であるとは認められない。なお、月刊バーコード誌では、「IT4400」が2次元コードを読み取ることができる旨の説明はあるが、CCDを使用しているのか自体も含めて、「IT4400」がCCDを用いていることについての説明は一切ない。

c 「IT4400」から本件発明は容易に推考できないこと被告の主張によっても、集光レンズ付き受光素子を2次元配置した2次元コードリーダは、本件発明の出願前3ヶ月前(平成9年7月)にようやく公知公用となったのであり、しかも、絞りは読み取り対象側(右側)から2つ目のレンズと3つ目のレンズとの間に配置されていたのであるから、その時点では、集光レンズ付き2次元配置の受光素子を2次元コードリーダに使用したときの本件発明の課題は、何人も認識していなかったものである。

他方、被告が引用する副引用例は、いずれも2次元コードリーダについてのものではない。

本件発明の2次元コードリーダと副引用例のビデオカメラとでは、マイクロレンズ付きCCDを用いるとしても、2次元コードリーダは、ビデオカメラほどきれいな像は必要とされないが、その代わり、より正確により早く周辺部においても2次元コードを読み取ることができるよう、受光素子の周辺部の集光率を低下させないことが必要となる。

そのため、光学的センサの中心部に位置する受光素子と周辺部に位置する受光素子との「出力比が所定値以上」であることが重要である。

そうしてみると、乙45製品、乙56製品や原告購入品は本件発明の課題など全く想定していないにもかかわらず、本件発明を知ることなく、被告が引用するビデオカメラ用であって2次元コードリーダについてのものではない副引用例を参照したからといって、当然のごとく2次元コードリーダである「IT4400」における本件発明の「課題」を見出し、その「IT4400」に、2次元コードリーダでない上記副引用例を適用して、絞りをレンズの一番前に移動させた上で、これら副引用例には開示されていない、読み取り性能を向上させるために中心部と周辺部の出力比が所定値以上となるように配置を工夫するなどといった2次元コードリーダに特有の構成を採用することが容易に推考できるなどということはできない。

以上のとおり、「IT4400」が出願前に公知であったとしても、本件発明は容易に推考できるものではない。

(ウ)乙5を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-3)について

-省略-

(エ)乙6を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-4)について

-省略-

(オ)乙7を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-5)について

-省略-

(カ)乙8を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-6)について

-省略-

(キ)乙9を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-7)について

-省略-

イ 記載要件違反

(ア)明確性要件違反(争点2-8)について

-省略-

(イ)実施可能要件違反(争点2-9)について

-省略-

(3)原告の損害額(争点3)について

-省略-

5.裁判所の判断

1 本件特許権の存続期間の満了

前記第2、1(2)のとおり、本件特許権は、平成29年10月27日の終了をもって、その存続期間が終了したため、本件特許権に基づく被告製品の製造等の差止め及び廃棄請求(請求の趣旨1、2項)はいずれも理由がないことになり、損害賠償請求(請求の趣旨3項)の当否のみが問題となる。

2 本件発明の内容

(1)本件明細書(甲2)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)本件明細書における上記各記載によれば、本件発明は、2次元コードなどの読み取り対象に光を照射し、その反射光から読み取り対象の画像を読み取る光学的読取装置に係る発明であり、光学的センサの周辺部の受光素子に対する集光レンズによる集光率の低下を極力防止し、適切な読み取りを実現する光学情報読取装置を提供することを目的とするものであり、そのために、読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するよう、絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、射出瞳位置を設定することとされている。

もっとも、本件明細書には、「所定値」に関する具体的な記載がないことによれば、本件発明においては、構成要件Gの「所定値」自体に技術的ないし限界的な意味はなく、上記の出力の比のほか、照射光の光量、露光時間などの調整等の結果として、中心部と周辺部のいずれにおいても適切な読取りができるとの目的が達成できればよいものにすぎないと解すべきである(なお、原告自身も、構成要件Gの「所定値以上」とは、ある「特定の値以上」を示すのではなく、「本件発明の効果が得られる所定レベル以上」であればよいと主張している。)。

(3)また、上記の段落【0011】【0042】の記載からすると、露光時間などの調整は従来から行っていた技術ではあるが、本件発明の構成(射出瞳位置の設定等)を採用することで、これが容易になることを意味するにすぎないものと解される

そうすると、本件発明の構成要件Gにおける「露光時間などの調整」は、従来から行っていた技術を記載したものにすぎず、これが「適切な読取り」のための条件であるわけではないものと解され、結果的に、露光時間などを調整しつつ、中心部と周辺部のいずれにおいても適切な読取りが可能となるようなものであれば、当該要件を充たすものと解される(なお、原告自身も、構成要件Gは、構成要件AないしFを備える光学情報読取装置(構成要件H)の効果を記載しているものであると主張している。)。

3 争点2-2(本件発明について、2次元コードリーダ(IT4400)に基づき進歩性を欠如するか)について

事案に鑑み、まず、争点2-2(2次元コードリーダ(IT4400)に基づく進歩性欠如)について判断する。

(1)認定事実

証拠(甲13、14、乙43、44、56、65の2、4、5、乙66、77の5、乙79の1、10)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 米国のウェルチアレン社が製造・販売していた2次元バーコードリーダ(2次元マトリクスコードのバーコードスキャナー)には、第1ないし第3世代のものが存在し、第2世代のものは「IT4400」製品として知られ、1997年(平成9年)から2000年(平成12年)にかけて世界中で販売されていた。

なお、第2世代のIT4400製品は、青緑色で、カメラレンズの周りに照明LED用の穴を有する輝く反射アレイを含んでおり、第1、第3世代の製品とは、それぞれ視覚的に区別できる。

第2世代のIT4400製品は、3枚のレンズと、3枚のレンズ間にある絞りと、CCDイメージセンサとしてのソニー製のICX084ALを搭載していた。なお、第2世代のIT4400製品は、全て上記の構造を有していた。

ウ ウェルチアレン社においては、1997年(平成9年)頃、第2世代のIT4400にユーザーズガイドを添付するのが標準的であった。

同ユーザーズガイドには、スキャナーについている(商品)ラベルのイラストが含まれているが、同商品ラベルに記載された製造年月日は、必ずしもユーザーズガイドそれ自体の発行日を示すものではない。

エ ウェルチアレン社が、試作品の写真を撮影して、これを販促資料に使うことがあったが、同写真の撮影後、イメージセンサ、照明システムやプロセッサなどを変更することなく、商品の外観に小規模な変更が加えられることもあった。

オ ウェルチアレン社は、1997年(平成9年)6月から9月にかけて、「IT4400」のうち型番が「44001」のもの(長距離読取りに適したLRタイプのもの)を日本のアイニックス社に出荷した。なお、上記の出荷台数は、同年6月頃に6台、同年7月頃に20台、同年9月頃に10台であった。

カ アイニックス社は、同年7月に、日本国内での「IT4400」(LRタイプのもの)の販売を開始した。

すなわち、アイニックス社は、同年7月頃に、ウェルチアレン社から、上記「IT4400」(LRタイプのもの)を6台購入した上で、同月中に、日本国内で同6台を全て販売した。また、アイニックス社は、同年8月頃にも、ウェルチアレン社から、上記「IT4400」(LRタイプのもの)を20台購入した上で、それ以降、日本国内で、これらを順次販売した。

被告は、我が国においてIT4400を購入し、これを、平成29年3月9日、公証人立会の下、分解して調査した(乙56、平成29年第75号公正証書)。

同調査によると、被告が購入した上記IT4400は、「WELCH ALLYN、INC.」(ウェルチアレン社)が製造者であり、型番(モデル番号)が「44001」であり、1997年(平成9年)5月に製造されたものであった(乙56、写真2)。このほか、上記IT4400を分解したところ、「AMI」と記載されたICが搭載された基板のほか、金属製の板状の基板、複数のライトが搭載された基板、レンズユニット、CCDセンサ等を含む基板があり、CCDセンサには「SONY ICX084」と記載され、その裏面には「SONY 647A3KK CX084AL」と記載されていた(乙56、写真1ないし11、31、32、38)。

このほか、上記IT440CCンサの表面の中央部分を顕微鏡で拡大したところ、縦横に整列して板状に広がる多数の小さな円形のものが存在し、これをさらに拡大したところ、半円状の凸部分が存在することが確認され、これを3次元解析したところ、断面形状のグラフからも凸部分があることが確認された(乙56、写真39ないし41)。

ク 乙43(CB成の平成7年7月27日付けのインターネット記事)には、ソニーのCCDエリアセンサ(ICX084ALを含む)に関し、「センサのトップに、センサの開口部を効果的に増加させ、その感度を増加させる、オンチップマイクロレンズが設けられている。」との記載があった。また、乙44(EugeneB.Senetaほか作成の記事)には、「組み込みCCDは、マイクロレンズが搭載され、…ソニー社製ICX084ALである。」との記載があった。

このほか、甲13、14(それぞれThe Free Library,PR Newswire作成の平成7年6月19日付け記事)にも、ICX084ALについて「オンチップマイクロレンズは、各ピクセル上に光を集光することにより、優れた光に対する感度を実現します。」との記載があった。

(2)本件特許出願前に、「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は日本国内で公然実施されていたか

前記(1)ア、オ、カの事実によれば、「IT4400」は、本件特許出願日(平成9年10月27日)前に日本国内で販売されており、「IT4400」により実施された発明(公知発明2)は、本件特許出願日前に公然実施されていたものと認められる

なお、被告が実際に行ったように、「IT4400」を分解するなどして、その内部構造等を知ることは可能であったといえる(乙56参照)。

(3)「IT4400」は、乙56記載の製品と同じ構造を有していたか否か

前記(1)アないしエ、キの事実によれば、「IT4400」は、乙56記載の製品と同じ構造(3枚のレンズと、これらのレンズ間にある絞りと、CCDイメージセンサとしてのソニー製のICX084ALを搭載しているもの)を有するものと認められる。

なお、原告は、月刊バーコード誌の平成9年8月号(甲10)に掲載されたアイニックス社の広告の「IT4400」と原告購入品(甲9)における若干の外観の違いや、ユーザーズガイドの日付等を根拠として、上記「IT4400」と乙56記載の製品の同一性を争うが、前記(1)ウ、エ認定事実によれば、原告の上記主張は採用できない。

このほか、IT4400に用いられているソニー製のICX084ALがマイクロレンズ付きであるかどうかについて争いがあるところ、前記(1)キのとおり、乙56記載の製品を分解した結果からすると、ソニー製のICX084ALにおいては、受光素子ごとに集光レンズ(マイクロレンズ)が設けられていたことが認められる。なお、前記(1)クのとおり、複数の記事(乙43、44、甲13、14)の記載も上記結論を裏付けるものといえる。

(4)本件発明と「IT4400」により実施された公知発明2との一致点・相違点本件発明と「IT4400」(乙56記載の製品と同じ構造を有するもの)により実施された公知発明2とを対比すると、両者の一致点・相違点は以下のとおりであるといえる。

(一致点)

複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取装置に結像させる結像レンズと、前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されるとともに、当該受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサと、当該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りとを備える光学情報読取装置である点。

(相違点1)

本件発明は、「前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レンズに入射するよう、前記絞りを配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」ているのに対して、公知発明2においては、絞りは複数のレンズの間に配置されている点(構成要件F)

(相違点2)

本件発明は、「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしている」のに対し、公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件G)

(相違点3)

本件発明は、「前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備えるのに対し、公知発明2がかかる構成を備えるか不明である点(構成要件D)

(5)上記各相違点の容易想到性について

ア 相違点1について

証拠(乙65の6、甲19)によれば、IT4400は、2次元コードリーダではあるが、デジタルカメラの原理や技術を採用したものと認められ、デジタルカメラと同じ課題を有するといえる。

この点に関し、原告は、2次元コードリーダとビデオカメラ(デジタルカメラ)とでは、前者では後者ほどきれいな像は必要とされないが、その代わり、より正確に、より早く周辺部においても2次元コードを読み取ることができるよう、受光素子の周辺部の集光率を低下させないことが必要となるなどの違いがあると主張する。しかし、原告の上記主張からも明らかなとおり、ビデオカメラ(デジタルカメラ)においてきれいな像が必要とされるならば、当然に、受光素子の周辺部の集光率を低下させないことも求められるものであり、この意味で、2次元コードリーダ(IT4400)とビデオカメラ(デジタルカメラ)は、やはり同じ課題を有するものというべきである。

また、乙11ないし15(それぞれ特開平5-203873号公報、特開平7-168093号公報、特開平5-188284号公報、特開平8-278443号公報、特開平5-40220号公報)は、いずれもデジタルカメラ等の光学系に関する発明に係る公開特許公報(いずれも本件特許出願前に公開されたもの)であるところ、これらの文献には、画像周辺部における光量不足や、射出瞳から像面までの距離の不足といった課題を解決するために「射出瞳を結像面から離した構造として、全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置する」構成とすることが記載されており、同技術は、本件特許出願時点で周知であったといえる

以上によれば、公知発明2に、乙11ないし15に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する上記技術を組み合わせる動機付けはあったといえ、同組合せによれば、相違点1に係る構成は容易想到というべきである

イ 相違点2について

前記アのとおり、公知発明2に、乙11ないし15に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する周知技術(絞りの位置に関するもの)を組み合わせることは容易であるところ、その際に、適切な読み取りを実現するために絞りを最適な位置に調整することは、当業者であれば当然に行うことと認められる

また、前記1で検討した本件発明の内容を前提とすると、光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が「所定値以上」となることは、本件発明の構成要件Fに係る構成(相違点1に係る構成)を採用し、かつ、適切な読み取りを実現するように絞りの配置を行えば、当然に充たされることにすぎない

このほか、前記1で検討した本件発明の内容を前提とすると、露光時間などの調整も、光学情報読取装置において当然に備えるべき手段であるものと認められる。なお、この点は、乙8(米国特許第5331176号明細書)、乙9(特開平7-73266号公報)、乙25の1及び2(国際公開第96/13798号、特表平10-501360号公報)、乙34(特開平7-282178号公報)によっても裏付けられており、本件特許出願時点において周知であったといえる。

以上のとおり、相違点2に係る構成については、当業者であれば適宜採用できる程度の周知慣用技術にすぎず、容易想到である。

ウ 相違点3について

相違点3に係る構成については、出力信号を増幅する技術(乙8、25ないし31参照)、2値化する周知技術(乙5、9等参照)や、2値化された信号の中から所定の周波数成分の検出を行う制御回路を設ける公知技術(乙5、乙24等参照)により容易想到である(この点について、原告は特段争っていない。)

エ 以上のとおり、相違点1ないし3は、本件特許出願当時において周知又は公知であった技術によって、いずれも容易想到であったといえる。

(6)小括

以上によれば、本件発明は、本件特許出願前から日本国内で販売されていた「IT4400」(その構成は、乙56記載の製品と同じであった。)により実施された公知発明2から容易想到であったといえる。このように、本件発明は、公然実施品により実施された発明から容易想到であるため、本件特許は進歩性を欠き(特許法29条2項、同条1項2号)、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

6.検討

(1)本件発明はバーコードの読み取り装置に関するものです。今やコンビニやスーパーのレジで当たり前のように見かけますが、本件発明は工場で使用されるバーコード読み取り装置なので特許の図面には見慣れない形状が載っています。発明自体は、要は、複数の結像レンズよりも読取口側に絞りを設けることで、複数の結像レンズの間に絞りを設けていた従来構成に対して、絞りから光学的センサまでの射出瞳距離を長くして、この光学的センサ周辺部にある受光素子に入射する反射光が斜めになる度合を小さくしたものです。

(2)裁判所は本件発明が無効であると結論付けていますが、その主引用例は2次元コードリーダ(IT4400)でした。基本的にはこの主引用例と本件発明との間には相違点が3点存在すると認定されましたが、いずれも当業者が容易に想到できるほどの相違点であるので進歩性に欠如するという内容です。

(3)これら3点の相違点のうち相違点2及び3については従来のバーコードリーダでも採用されていたと思われる内容なので当業者が容易に想到できたと思います。問題は本件発明のそもそものポイントである絞りの位置に関わる相違点1です。この相違点1を補完する先行技術文献はデジタルカメラに関するものです。裁判所は「証拠(乙65の6、甲19)によれば、IT4400は、2次元コードリーダではあるが、デジタルカメラの原理や技術を採用したものと認められ、デジタルカメラと同じ課題を有するといえる」と述べた上で、組み合わせの動機づけが存在すると認定しています。

(4)これは結構珍しい内容だと思います。通常は本件発明の課題等を主として、主引用例や公知技術等に本件発明と同様の課題等が存在するか検討し、主引用例に組み合わせる動機づけの有無を決定します。これに対して、本件では主引用例と公知技術との間に組み合わせの動機づけが存在するか否かだけで2次元バーコードリーダとデジタルカメラという技術分野の相違を飛び越えて両者を組み合わせています。この手法が認められると今後ますます無効になる特許が増えるのではないか?と気になります。

(5)被告の主張に関して一つ気になったのは、IT4400について事実実験公正証書を作成した点です。公証人立会下で分解したようですが、その前に被告が分解して中身の部品の構成を変更していない、ということをどのようにして立証したのか気になります。IT4400が切断したり破壊しなければ分解することができないようなものであれば公証人が見て事前に細工されているか否かある程度判断できますが、ネジを外すことで分解できるような装置の場合には公証人立会前に細工されていてもわかりません。私も何度か公証人役場を利用して事実実験公正証書を作成したことがありますが、内部の部品に関する場合にはこの点の証明についていつも悩みました。判決文に記載がないので原告も争っていないと思われますが、どの程度の記載であれば一定の同意が得られるのか、ぜひ知りたいものです。