リクライニングチェア

投稿日: 2017/02/27 2:28:25

今日は平成28年(ネ)第10034号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成27年(ワ)第12748号)について検討します。

いつものようにまずは各手続きを時系列に従って整理します。

 

1.事件の概要

 

表を見ると実体的な審査が始まる前に2件の情報提供がされています。情報提供の内容は閲覧請求していないのでわかりませんが、この時点でのクレームは単にレッグレストフレームを引き出すことが可能なリクライニング椅子というようなかなり広い内容となっています。その後拒絶理由通知に対応して後述する構成要件1Hや1Iを付け加える補正を行ったうえで特許になっています。

登録後に特許無効審判が請求されています。この審判の請求人は本事件における被控訴人(一審被告)である株式会社ライフサポートではなく、メタルファールジャパン株式会社(イタリアのメタファール社という椅子メーカーの日本法人のようです)でした。両者の関係は不明ですがおそらく無関係の会社ではないかと思います。そうすると控訴人(一審原告)はほぼ同時期に少なくとも2社に対して警告状を送付していた可能性があります(もちろんメタルファールジャパン株式会社が警告状関係なく要注意特許があるので無効審判を請求した可能性もあります)。

最終的に、侵害訴訟に関しては非抵触であるので非侵害と判断されました。また、無効審判でも特許は無効と判断されました。無効審判の審決に対して取消訴訟を提起していないので特許権者としては権利消滅もやむを得ないと考えたものと思います。

次に発明に内容について簡単に説明します。

 

2.発明の概要

【請求項1】

1A レッグレストを備え、アームレストの操作によりバックレストを傾倒・起立させるようにしたアームレスト操作式のリクライニング椅子であって、

1B レッグレストフレーム(19)と、バックレストフレーム(13)と、前記バックレストフレーム(13)の下端部に後端部位がピンP4により枢支される座部フレーム(14)と、

1C 前脚フレーム(15)と後脚フレーム(16)の左右上方端部の交差部を枢支してなる脚部と、

1D 後端側をピンP2により前記バックレストフレーム(13)に枢支され前端側を上方に回動可能とし、かつ内部に前記交差部を所望の位置に係止可能とした係止部を有するアームレストフレーム(17)とを具備し、

1E 前記座部フレーム(14)の開放する側の両端部は下方に鈍角状に折り曲げられた湾曲部14cが形成され、該湾曲部(14c)の端部には連結棒(14)が取り付けられており、

1F 前記レッグレストフレーム(19)が前記座部フレーム(14)の前方から引き出し可能であり、

1G 該レッグレストフレーム(19)の開放する側の両端部近傍には連結棒(19a)が取り付けられ、

1H 連結棒(19a)の両端部から突出する先端には、それぞれ当接部材(19c)が取り付けられており、

1I 前記レッグレストフレーム(19)が引き出される際には、その当接部材(19c)が座席フレーム(14)の湾曲部(14c)に滑らかに当接して徐々に停止するものである

1J ことを特徴とするリクライニング椅子。


  この発明のリクライニングチェアは、座部フレームからレッグレストフレームを引き出すことが可能な構成であり、レッグレストフレームを引き出す際に座部フレームの湾曲部にレッグレストフレームに取り付けられた当接部材が滑らかに当接することで徐々に停止する構造になっているものです。

 

3.被告製品

被告製品と思われる製品の取扱説明書をインターネットで検索しました。特許発明の当接部材に相当する構成が被控訴人(一審被告)が主張する被告物件と同じ側面視略L字型です。

被告の主張によれば構成要件1Hと1I以外は特許発明と同じということです。被告は1Hについて「構成要件1Hの「当接部材」は「滑らかに当接して徐々に停止する」という構成要件1Iを充足し得る形状である必要があるところ,本件明細書上,当接部材が側面視円形の実施例があるのみで,他の形状について言及されていないことからすれば,構成要件1Hの「当接部材」は,円形のものをいうと解釈すべきである。」と相違点を主張しています。また、1Iについて「被告製品は,ストッパー部材の形状が円形でないことから,レッグレストフレームを引き出した際,当接部材の上部端縁が座席フレームの湾曲部に直接当接し,湾曲部に沿って動くことなく,直ちに停止するものであるから,構成要件1Iを充足しない。」と相違点を主張しています。

 

4.侵害訴訟の判断

地裁、高裁ともに非抵触と判断しています。どちらも1Hの充足性には触れず、1Iを充足しないと判断しています。地裁の判決の一部を抜粋すると、「「滑らかに当接して徐々に停止する」とは,引き出されてきたレッグレストフレームの当接部材が座席フレームの湾曲部に当接しても直ちに停止することなく更に引き出され続けるが,湾曲部との当接後は湾曲部から受ける力により次第に減速して,当接から多少なりとも間を置いて停止することを意味すると解される。・・・被告製品は,レッグレストフレームを前方に引き出していくと,同フレームに取り付けられた側面視略L字型のストッパー部材の上端ないし引き出し方向先端の角の部分が座席フレームの湾曲部に当接し,その直後にレッグレストフレームが,次第に減速するのではなく,ほぼ一瞬にして停止するものと認められる。したがって,被告製品は,「滑らかに当接して徐々に停止する」ものでないから,構成要件1Iを充足しない。」と認定しています。

 

5.特許無効審判

特許庁で特許無効との審決が出ました。証拠を見ていくと無効審判請求人自身が本件特許の出願前から同じ構成の製品を販売していたようです。イタリアの製品のため立証面で苦労していますが、イタリアで出願以前に製造・販売されていたとなると特許無効と判断されてもやむを得ないと考えます。

 

6.感想

(1)特許無効の証拠について

特許庁の審査では本件特許発明と同じ構成が開示されている先行技術文献(特許公報等)はヒットしませんでした。しかし、実際に無効審判になると、特許発明と似た構成が開示された非特許文献がたくさん提出されています。

はっきり言ってしまえば複数の大手企業が競合する製品であれば先行技術文献として特許公報が役立ちます。おお互いに数を競うように出願するからです。一方、本件のようなリラックスチェアの分野は大手企業が参入していないので出願件数が少なく先行技術として特許文献だけでは足りません。製品やカタログといったものが足元をすくわれる可能性が高くなります。

なお、出願件数が多い製品分野であってもよくよく見ると極端に出願件数が少ない部分もあります。この点についてはいずれ書きたいと思います。

(2)侵害について

「その当接部材が座席フレームの湾曲部に滑らかに当接して徐々に停止」という点を被告の製品が備えていないので非抵触の判断はやむを得ないと思います。むしろこの構成の効果が本当なのかという点が気になります。明細書には「レッグレストフレーム19が座部フレーム14の前方に最大限に引き出されると、円形当接部材19cは座部フレーム14の湾曲部14cの基端部に滑らかに当接する。 すなわち鈍角状の湾曲部14cにより徐々に停止していくので、強く引き出しても衝撃がない。」とあります。しかし、湾曲部により当接部材が通過する通路が徐々に狭くなっていますが、図を見る限りは狭くなり始めて直ぐに当接部材は停止してしまうように思えます。したがって、衝撃がなくなることはないと思われます。むしろ、当接した時の力が前方以外に斜め方向等に分散するので衝撃が和らぐといった内容ではないかと思います。そうであれば、抵触であった可能性もあったかもしれない、と想像してしまいます。もちろん、そんなに都合よくいかないのは重々承知していますが。