加工液改良装置事件

投稿日: 2019/12/17 12:19:33

今日は、平成29年(ワ)第11147号 損害賠償請求事件について検討します。判決文によると、被告である株式会社塩は、遅くとも平成21年頃から、原告であるビック工業株式会社が製造した加工液改良装置「BIX」を販売していたが、平成28年以降、加工液改良装置ないし加工液せん断装置「BIX」を業として製造販売したそうです。

 

1.検討結果

(1)本件発明は、旋盤等の工作機械において刃物や工作物に供給するクーラント液等の冷却液の冷却性能を向上させるための流体吐出管に関するものであって、管の筒本体内の加工液の入口側から吐出側に向かって、螺旋羽根本体及びフリップフロップ現象発生用軸体を順に設けたものです。

(2)裁判では、当然ですが、被告製品がフリップフロップ現象発生用軸体(構成要件E、F)を充足するか否かが争点となりました。この特許請求の範囲では「フリップフロップ現象発生用軸体」について定義されていないので本件明細書の記載が問題となります。

当該明細書の【0037】段落には「規則性を以った多数の各ひし形凸部32の間(複数の流路)を通過するクーラント液等は、乱流となり無数の微小な渦を発生させるフリップフロップ現象(フリップフロップ現象とは、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象)を起こしながらフリップフロップ現象発生用軸体8の他端部34b側に流動していく。」との記載があります。

原告は、この記載の中から、「(クーラント液等が)乱流となり無数の微小な渦を発生させる(現象)」を抜き出し、これがフリップフロップ現象の定義であり、括弧書き中の「フリップフロップ現象とは、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」については電気・電子回路におけるフリップフロップの用語を流体に適用するとしたときの参考記載にすぎず、本件各発明の「フリップフロップ現象」の意味を明らかにした記載ではない、と述べています(判決に記載された原告の主張中にはこの定義と被告製品が構成要件を充足しているか否かについての記載はありませんが、おそらく被告製品を模した装置での実験で微小な渦らしきものの発生は観察できたが、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換する現象は観察できなかったものと思われます。)。また、被告製品のパンフレットや被告の特許公報には被告各製品がフリップフロップ現象を利用していると記載されており、これからも被告製品が当該構成要件を充足することは明らかである、と主張しています。

一方、被告は同段落の記載から「フリップフロップ現象とは、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」(渦の発生)と、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」(流体の流れる方向の周期的な交互の方向変換)の両方を意味する、と述べ、被告製品はいずれの現象も発生させていないので当該構成要件を充足しない、と主張しています。また、パンフレット及び被告の特許公報の記載については、かつて原告から仕入れて販売していた製品のコア技術がフリップフロップ現象にあるという誤った説明を原告から受けていたことによる誤った記載であるので、被告製品がフリップフロップ現象を発生させるものであることを裏付けるものではない、と述べています。

(3)これらの原告・被告の主張に基づいて、裁判所は、まず、「本件明細書において、「フリップフロップ現象」の語は、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」として定義される(【0037】)とともに、フリップフロップ現象発生用軸体を通過することにより、当該現象の結果として「クーラント液等」が「乱流となり無数の微小な渦を発生」した状態を指す語としても使用されているものと理解するのが合理的である。」と認定しました。さらに本件特許出願当時に当業者が「フリップフロップ現象」についてどのように理解していたかを複数の文献を基に「本件特許出願当時における当業者は、「フリップフロップ現象」につき、本件明細書の表現によれば「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」の意味に理解するものと思われる。」と認定しました。

このような経過で最終的に裁判所は本件明細書におけるフリップフロップ現象について「基本的には①「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」を意味し、ただ、文脈によっては、この意味でのフリップフロップ現象の結果として生じた、②「クーラント液等」が「乱流となり無数の微小な渦を発生」した状態を指す語としても使用されることがあるものと解される。ここで、上記②の意味での使用は、あくまで①の意味におけるフリップフロップ現象の発生を前提とした、いわば派生的ないし便宜的な使用と位置付けられる。」と理解するのが適当であると述べています。

その上で、被告の主張が上記①及び②の両方を満たさなければ「フリップフロップ現象」に当たらないとする趣旨であれば採用できない、と述べ、一方、原告は上記②の意味は参考記載に過ぎないと主張するが、本件明細書において、電気・電子回路における「フリップフロップ」の用語に言及した記載はなく、また、文脈としても、ここで参考記載として電気・電子回路におけるフリップフロップ現象に言及する必然性も必要性もうかがわれず、上記②の意味でのみ「フリップフロップ現象」の語が使用されているとは考え難い、と述べています。

その結果、裁判所は「原告は、被告各製品の「第2の軸体8」が「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」の意味での「フリップフロップ現象」を発生させるために使用される軸体であることを直接的に裏付け、これを認めるに足りる証拠を提出しない。」と述べ、さらに原告による被告製品を模した装置による実験によれば「第2の軸体8」の軸部の外周面に形成された凸部32の間の交差流路を流れる際、その「流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象(上記①の現象)」すなわち「フリップフロップ現象」の発生が観察されなかったことが認められる、と述べ、被告製品では「フリップフロップ現象」が発生しておらず非抵触である、と結論付けています。

(4)判決に書かれた原告・被告の主張を読む限りは裁判所の判断は妥当だと思います。少し気になったのは、裁判所は本件明細書出願時に存在した文献に基づいて「フリップフロップ現象」は上記①が必須で②は副次的なものとして捉えているようですが、本件明細書の記載からは被告の主張するとおり①及び②が両方発生(本件発明に係る装置では①が発生すると必然的に②も発生)すると捉えた方がクレームの文言解釈の手順としては自然だったように思います。

(5)本件明細書を読む限り「フリップフロップ現象発生用軸体」が必要な理由がわかりませんでした。【0037】段落には「この円錐形の他端部34bに流れ込んだクーラント液等は、吐出側接続部材6との隙間空間の広さによる上記フリップフロップ現象以上の竜巻流の発生によってフリップフロップ現象はかき消されるが、コアンダ効果(流体を壁面に沿って流した場合に、流体と壁面の間の圧力低下によって流体が壁面に吸い寄せられる現象)を増幅させて、からみ付き現象を誘発させ吐出側接続部材6の貫通孔5から吐出される。」とあります。そうすると、「フリップフロップ現象」はそれ以前に強い竜巻流の発生によりかき消され、その後に生じたコアンダ効果によって装置の性能が決定されるので、わざわざ「フリップフロップ現象発生用軸体」と名付ける意味が無いように思います。

(6)また、このブログで何度も書きましたが、流体の挙動をクレームに記載するのは避けるべきです。実際の製品等で流体の挙動を立証することはほとんどのケースで不可能に近いと思われます。もちろん、コストや時間を度外視してシミュレーション等を利用して立証する方法も考えられますが、複雑な構造ではシミュレーションの確かさも議論のネタになってしまいます。

(7)判決文に説明されている経緯だけ読むと、原告製品を購入して販売していた被告が自ら類似製品を製造販売するようになったため原告が訴訟を起こしたように思われます。そこには色々あったと思いますが、原告にすれば、「フリップフロップ現象発生用軸体」の解釈について本件明細書の中から一部だけ抜き出すという不自然な主張をせざるを得ない時点で弱いですし、負けた場合には被告製品は「フリップフロップ現象」を利用していないという内容の判決になることは、準備書面のやり取りの中で予測できたと思われます。そうなると、この装置の技術は「フリップフロップ現象」を用いなくても達成可能であると捉えられる可能性があり、今後の原告製品の販売においてプラスにはならないと思われます。一方、被告にすれば、自らのパンフレットや特許公報で述べた内容が原告のものを真似たため誤りだったと述べてしまっています。これは自らの技術力の否定に繋がりかねないので、今後の販売において訴訟に負けたよりも大きな影響が出るかもしれません。そうすると、この訴訟は原告・被告双方痛み分けで終わったように思われます。

2.手続の時系列の整理(特許第3835543号)

 ① 本件特許出願は出願人以外により出願審査請求されました。このこと自体も珍しいのですが、出願公開されていない段階での出願審査請求だったので、調べてみると、発明者自身によるものでした。

3.本件発明

(1)本件発明1

A 筒本体(2)と、

B この筒本体(2)の一端部に設ける貫通孔(3)を有する入口側接続部材(4)と、

C 筒本体(2)の他端部に設ける貫通孔(5)を有する吐出側接続部材(6)と、

D 外周に螺旋羽根(24a、24b、24c)を有して上記筒本体(2)の入口側接続部材(4)寄りに内蔵する螺旋羽根本体(7)と、

E 上記筒本体(2)の吐出側接続部材(6)寄りに内蔵するフリップフロップ現象発生用軸体(8)とからなり、かつ、

上記フリップフロップ現象発生用軸体(8)は、一端部(34a)を截頭円錐形に形成するとともに他端部(34b)を円錐形に形成し、

この両端部の間である軸部(30)の外周面に多数のひし形凸部(32)を所定の規則性を以って形成したものである

ことを特徴とする流体吐出管構造体。

(2)本件発明3

貫通孔(5)を有する入口側接続部材(4)は、筒本体(2)の一端部に設けたときに、筒本体(2)に内蔵した螺旋羽根本体(7)の入口側接続部材(4)寄りの位置に流体の流れを整える整流空間部(29)を有している

ことを特徴とする請求項1または2記載の流体吐出管構造体。


(3)本件訴訟において、原告は、当初、本件特許における請求項2の発明に係る特許権をも主張していたけれども、平成30年9月25日付け原告第3準備書面により、被告各製品の構成が当該発明の構成要件を充足するとの主張を撤回した。

4.被告製品

(1)被告製品(3/8inch)構成(原告主張)

ア 本件発明1の構成要件に準じた構成

a 筒本体2と、

b この筒本体2の一端部に設ける貫通孔3を有する入口側接続部材4と、

c 筒本体2の他端部に一体に設ける貫通孔5を有する吐出側接続部材6と、

d 外周に螺旋羽根24を有して上記筒本体2の入口側接続部材4寄りに内蔵する螺旋羽根本体7と、

e 上記筒本体2の吐出側接続部材6寄りに内蔵するフリップフロップ現象発生用軸体8とからなり、かつ、

f 上記フリップフロップ現象発生用軸体8は、一端部を截頭円錐形34aに形成するとともに他端部を円錐形34bに形成し、

g この両端部の間である軸部の外周面に多数のひし形凸部32を所定の規則性を以って形成したものである

h ことを特徴とする流体吐出管構造体。

イ 本件発明3の構成要件に準じた構成

l 貫通孔3を有する入口側接続部材4は、筒本体2の一端部に設けたときに、筒本体2に内蔵した螺旋羽根本体24の入口側接続部材4寄りの位置に流体の流れを整える整流空間部29を有している

m ことを特徴とする請求項1または2記載の流体吐出管構造体。

(2)被告製品(3/8inch)構成(被告主張)

ア 本件発明1の構成要件に準じた構成

a2 両端のうち吐出側の一端部に貫通孔5を有する接続機構6’が一体に設けられた筒本体2と、

b2 この筒本体2の他端部に設ける貫通孔3を有する入口側接続部材4と、

c2 (該当なし)

d2 外周に螺旋突起24を有して上記筒本体2の入口側接続部材4寄りに内蔵する第1の軸体7と、

e2 上記筒本体2の接続機構6’寄りに内蔵する第2の軸体8とからなり、かつ、

f2 上記第2の軸体8は、一端部を截頭円錐形34aに形成するとともに他端部を円錐形34bに形成し、

g2-1 この両端部の間である軸部の外周面に多数の凸部32が、不規則な位置関係で個体差を以って形成されたものであり、

g2-2 各凸部32における、底平面(凸部32の底面を真下から垂直に見た形)、天井平面(凸部32の天井面を真上から垂直に見た形)、及び底面から天井面までの、底面から天井面に向かう方向に対して垂直方向の各断面(以下、「凸部各断面」という。)は、いずれも形状が異なっており、かつ、それぞれの四辺の長さ及び四つの内角の角度が不均一な略四角形であり、

g2-3 各凸部32の正面は、軸部の底面から天井面にかけて末広がりになっている略扇形状であって、歪みをもって形成されている

h2 ことを特徴とする流体吐出管構造体。

イ 本件発明3の構成要件に準じた構成

l2 貫通孔3を有する入口側接続部材4は、筒本体2の一端部に設けたときに、筒本体2に内蔵した第1の軸体7の入口側接続部材4寄りの位置に隙間29を有している

m2 ことを特徴とするa2~h2またはi2~k2記載の流体吐出管構造体。

 

(3)被告製品(3/8inch)写真(被告主張)


5.争点

(1)技術的範囲の属否(争点1)

(2)無効理由の存否(争点2)

ア 乙1発明を主引例とする新規性欠如及び進歩性欠如(争点2-1)

イ 乙2発明を主引例とする新規性欠如及び進歩性欠如(争点2-2)

ウ 乙3発明を主引例とする進歩性欠如(争点2-3)

エ 乙10発明を主引例とする進歩性欠如(争点2-4)

オ 明確性要件違反1(「所定の規則性」)(争点2-5)

カ 明確性要件違反2(「フリップフロップ現象発生用軸体」)(争点2-6)

キ 不完全発明(争点2-7)

ク 実施可能要件違反及びサポート要件違反(争点2-8)

(3)損害額(争点3)

6.争点に関する当事者の主張

1 争点1(技術的範囲の属否)

(原告の主張)

(1)被告各製品の構成及びその本件各発明の構成要件の充足

被告各製品の構成は、別紙「被告各製品構成目録(原告主張)」記載のとおりである。なお、被告各製品の構成は、製品ごとに大きな相違はないから、本件各発明の構成要件を充足するか否かを検討するに当たり、製品ごとに検討する必要はないところ、被告製品(3/8inch)の写真及び図面は、別紙「被告製品(3/8inch)写真目録(原告主張)」及び「被告製品(3/8inch)図面目録(原告主張)」に各記載のとおりである。

これによれば、被告各製品の構成は、本件各発明の構成要件を全て充足する。具体的には、後記(2)のとおりである。

(2)具体的な主張

ア 「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」(構成要件C)の充足性

(ア)文言侵害

a 本件特許に係る特許請求の範囲には、本件発明1の「流体吐出管構造体」を構成する部分として、「筒本体」と「吐出側接続部材」が記載されているけれども、これらを別体として設けるか、一体として設けるかについては記載されていない。また、本件明細書においても、「筒本体」と「吐出側接続部材」を別体として設けるか、一体として設けるかについては言及されておらず、各部分の名称として記載されているにとどまる(【0006】、【0019】、図3)。

したがって、「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」(構成要件C)における「吐出側接続部材」は、「筒本体」に、別体として設けられるものに限られず、筒本体と一体として形成されるものも含まれる。

b 被告各製品において、吐出側接続部材6は、筒本体2の他端部にこれと一体として設けられている。

c したがって、被告各製品は、「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」(構成要件C)を充足する。

(イ)均等侵害

仮に、構成要件Cの「筒本体」と「吐出側接続部材」とは別体のものであると解釈される場合でも、以下のとおり、被告各製品は、本件各発明に係る特許請求の範囲記載の構成と均等なものとして、本件各発明の技術的範囲に属する。

a 第1要件

本件明細書記載の本件各発明の課題及びその解決手段並びに作用効果に鑑みると(【0004】~【0007】、【0041】、【0042】)、本件各発明の本質的部分は、ひし形凸部を備えるなどした構造にある。

他方、筒本体と吐出側接続部材を別体として設けるか一体とするかという本件各発明と被告各製品との相違部分は、製造プロセス上任意になし得る選択事項にすぎず、本件各発明の本質的部分ではない。

したがって、被告各製品は、第1要件を充足する。

b 第2要件及び第3要件

本件各発明と被告各製品との上記相違部分につき、本件各発明の構成を被告各製品のものと置き換えても、本件各発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏する。また、上記置換について、当業者は被告各製品の製造時点において容易に想到することができた。

したがって、被告各製品は、第2要件及び第3要件を充足する。

c 第4要件

第4要件に係る後記被告の主張は否認ないし争う。

イ 「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)の充足性

(ア)意義

「フリップフロップ現象発生用軸体」は、「フリップフロップ現象」を発生させるために使用する軸体であるところ、本件明細書の記載によれば(【0037】)、本件各発明における「フリップフロップ現象」とは、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」として定義付けられている

他方、本件明細書の上記段落には、「フリップフロップ現象(フリップフロップ現象とは、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象)」との記載もある。しかし、本件明細書には、本件各発明の「フリップフロップ現象」の意味につき、後者であることを示唆する記載がない一方で、前者であることと矛盾する記載がないことからうかがわれるとおり、後者の記載は、電気・電子回路におけるフリップフロップの用語を流体に適用するとしたときの参考記載にすぎず、本件各発明の「フリップフロップ現象」の意味を明らかにした記載ではない

したがって、「フリップフロップ現象」とは、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」を意味し、「フリップフロップ現象発生用軸体」とは、このようなフリップフロップ現象を発生させるために使用する軸体を意味する

(イ)被告各製品の構成

被告各製品は、「第2の軸体8」を始めとして構成a~gを備えていること、被告各製品のパンフレットにも、被告各製品がフリップフロップ現象を利用していることが記載されていること、被告の特許に係る特許公報には、その特許発明がフリップフロップ現象を利用していることが記載されていることに鑑みると、被告各製品の「第2の軸体8」は、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」である「フロップフロップ現象」を発生させるために使用される軸体といえる。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)を充足する。

ウ 「截頭円錐形」(構成要件F)の充足性

前記(1)のとおり、被告各製品は、「截頭円錐形」(構成要件F)を充足する。

エ 「所定の規則性」(構成要件G)の充足性

(ア)意義

本件特許の特許請求の範囲請求項1と請求項2各記載の発明は、それぞれ別個の意味を有するところ、上記各記載を対比すると、請求項2は、請求項1における「ひし形凸部の形状」と「ひし形凸部の配置」を限定するものである。両者のこうした関係に鑑みると、本件発明1の「軸部の外周面に多数のひし形凸部を所定の規則性を以って形成したもの」(構成要件G)とは、ひし形の形状そのものは問題としておらず、ひし形凸部の配置が所定の規則性を有すること、すなわち一定の規則性に基づいて形成されていることを意味すると解される。

ここで、一定の規則性とは、本件明細書記載のひし形凸部の研削加工方法(【0027】~【0029】)及びフリップフロップ現象を発生させるために必要なひし形の配置の仕方を併せ考慮すると、垂直方向に対する両頂部の傾きの角度とひし形凸部の配置の間隔によって特定される。また、このうち角度は、「外周面」という特許請求の範囲の記載及び本件明細書図6から、ひし形凸部の上面のみを問題とすれば足りる。

(イ)被告各製品の構成

別紙「被告製品(3/8inch)写真目録(被告主張)」6の写真及び別紙「被告各製品の『第2の軸体8』の写真目録(被告主張)」2~5の各写真のとおり、被告各製品の凸部32は、上記の意味での規則性に基づいて形成されていることは明らかである。また、被告の測定結果によっても、被告各製品の凸部32は、両頂部の長手方向に対する角度がほぼ同一であるし、配置の間隔も肉眼で見ると有意な差を認められない。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「所定の規則性」(構成要件G)を充足する。

オ 「ひし形凸部」(構成要件G)の充足性

(ア)意義

「ひし形」は、「四辺の長さが互いに相等しい四角形」という数学的な意味のほか、ひしげた四角形(押されてつぶれた四角形)という意味も有するところ、本件明細書では、「ひし形」の四辺の長さが互いに相等しいという記載はなく、むしろ、四辺について2種類のナンバリングをして区別されている(【0029】、図4及び5)。また、数学的な意味におけるひし形は二次元の概念であるが、本件各発明の「ひし形」は、「凸部」との記載が付加されていることから、三次元の概念であり、二次元の概念である数学的な意味を前提としていない。さらに、本件明細書記載の研削加工方法に従って「ひし形凸部」を形成する場合、四辺の長さが互いに相等しくなるとは限らないことは、当業者であれば容易に理解できる。

したがって、「ひし形凸部」の「ひし形」とは、数学的な意味でのひし形を意味するものではなく、ひしげた四角形を意味すると解される。

(イ)被告各製品の構成

被告各製品の凸部32は、ひしげた四角形である。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「ひし形凸部」(構成要件G)を充足する。

カ 「整流空間部」(構成要件L)の充足性

本件各発明の実施品である原告が製造する製品の「整流空間部」と被告各製品の「整流空間部」とは、クーラント液を整えるための空間としての有意な差はない。

したがって、被告各製品は、「整流空間部」(構成要件L)を充足する。

キ 本件各発明はマイクロバブルを発生させる構成のものを除外していないこと

本件各発明は、「流体吐出管構造体」に関するものであるところ、「流体」が「気体と液体との総称」とされることに鑑みると、気体の吐出も当然の前提としている。したがって、本件各発明は、マイクロバブルを発生させることを除く趣旨ではない。本件特許の出願経過において、本件各発明は乙13記載の発明(以下「乙13発明」という。)とは用途、目的において相違するとして補正したことはあるものの、これも、本件各発明につきマイクロバブルを発生させることを除く趣旨ではない。

したがって、被告各製品がマイクロバブルを発生させるからといって、本件各発明の技術的範囲に属さないわけではない。

(被告の主張)

(1)被告各製品の構成及びその本件各発明の構成要件の非充足

被告各製品の構成は、別紙「被告各製品構成目録(被告主張)」記載のとおりである。なお、被告製品(3/8inch)の写真は、別紙「被告製品(3/8inch)写真目録(被告主張)」に、被告各製品の「第2の軸体8」の写真は、別紙「被告各製品の『第2の軸体8』の写真目録(被告主張)」に、各記載のとおりである。

これによれば、被告各製品は、本件各発明の構成要件の全てを充足するものではない。具体的には、後記(2)のとおりである。

(2)具体的な主張

ア 「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」(構成要件C)の充足性

(ア)文言侵害

a 意義

本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1の記載においては、その文言上、「筒本体」と「吐出側接続部材」とは別の部材として明確に区別されており、本件明細書においても同様である(【0006】、【0019】、図3)。

したがって、「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」は、筒本体の他端部に、筒本体の別体として設けられる吐出側接続部材を意味する。

b 被告各製品の構成

被告各製品には、独立の部材としての吐出側接続部材はなく、筒本体2の一部として吐出側接続部が形成されている。

c 小括

したがって、被告各製品は、「筒本体の他端部に設ける…吐出側接続部材」(構成要件C)を充足しない。

(イ)均等侵害

以下のとおり、被告各製品は、本件各発明に係る特許請求の範囲記載の構成と均等なものとして、本件各発明の技術的範囲に属するものではない。

a 第1要件

原告の主張を前提とすれば、本件各発明の本質的部分は、少なくとも流体吐出管構造体(筒本体、入口側接続部材及び吐出側接続部材)が加圧室を介するものではなく常圧室を介するものであることであるから、筒本体、入口側接続部材及び吐出側接続部材の構造は、本件各発明の本質的部分の一部である。

したがって、筒本体と吐出側接続部材を別体として設けるか一体とするかの相違は、本件各発明の本質的部分の相違であるから、被告各製品は、第1要件を充足しない。

b 第2要件及び第3要件

第2要件及び第3要件に係る原告の主張は否認ないし争う。

c 第4要件

「筒本体」と「吐出側接続部材」を一体とする構成及び他の被告各製品の構成は、それぞれ、本件特許出願時において公知の技術であり、また、公知の技術から当業者が容易に推考できたものであることから、被告各製品は、第4要件を充足しない。

イ 「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)の充足性

(ア)意義

「フリップフロップ現象発生用軸体」は、「フリップフロップ現象」を発生させるために使用する軸体を意味する。

本件各発明の属する流体吐出管構造体(スタティックミキサー)の技術分野において、フリップフロップ現象とは、渦の発生及び流体の流れる方向の周期的な交互の方向転換という2つの現象が発生することを意味する。また、「フリップフロップ現象」とは、電子工学の分野の用語に由来するところ、これを踏まえれば、「フリップフロップ」とは、「スイッチング(周期的な交互の方向転換)」という現象の発生を想起させる。これらに鑑みると、特許請求の範囲の記載から、「フリップフロップ現象」とは、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」(渦の発生)と、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」(流体の流れる方向の周期的な交互の方向変換)の両方を意味すると解される

さらに、本件明細書には、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させるフリップフロップ現象(フリップフロップ現象とは、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象)」と記載されている(【0037】)。これによれば、「フリップフロップ現象」は、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」(渦の発生)と、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」(流体の流れる方向の周期的な交互の方向変換)の両方の現象として定義付けられているといえる。このような定義付けは、本件各発明の属する流体吐出管構造体(スタティックミキサー)の技術分野における「フリップフロップ現象」の一般的な意味と整合する。他方、本件明細書には、【0037】以外に、「フリップフロップ現象」の意味内容を定義している記載はない。

したがって、「フリップフロップ現象」とは、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」(渦の発生)と、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」(流体の流れる方向の周期的な交互の方向変換)の両方を意味する。

(イ)被告各製品の構成

a 「フリップフロップ現象」は、以下の5つの条件全てが満たされる場合に発生しやすくなり、いずれか1つでも満たさない場合には発生が困難となる。

・ 流体の流入側に流体の流れを整えるための十分な長さ(例えば80mmの長さ)の整流空間部を有すること

・ 第一平行流路要素群と第二平行流路要素群とを同一平面上で交叉させるものであること

・ 前記第一平行流路要素群と前記第二平行流路要素群をおよそ15~90°程度の挟角で交叉させるものであること

・ 前記第一平行流路要素群と前記第二平行流路要素群の全体配置を略対称状とした構成であること、その結果前記第一平行流路要素群と前記第二平行流路要素群の交叉により形成される凸部は流れの方向に直線状に配列していること

・ 前記第一平行流路要素群と前記第二平行流路要素群の交叉により形成される凸部の個数を、流体の流れ方向に5列以上10列以下とすること

しかし、被告各製品は、上記5つの条件のいずれも満たしておらず、「クーラント液等が、乱流となり無数の微小な渦を発生させる現象」を発生させるものでもなければ、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」を発生させるものでもない

被告各製品のパンフレットに被告各製品がフリップフロップ現象を利用していることが記載されていたことはあるものの、これは誤った記載である。これは、かつて原告から仕入れて販売していた製品のコア技術がフリップフロップ現象にあるという誤った説明を原告から受けていたことによるものである

また、被告の特許に係る特許公報に同特許発明がフリップフロップ現象を利用していることが記載されているけれども、これも、上記理由による誤った記載である

したがって、原告指摘に係るパンフレット等の記載は、被告各製品が、フリップフロップ現象を発生させるものであることを裏付けるものではない。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)を充足しない。

ウ 「截頭円錐形」(構成要件F)の充足性

(ア)意義

本件明細書には、「クーラント液等は…フリップフロップ現象発生用軸体8の截頭円錐形の一端部34aに送り込まれ、この一端部34aと筒本体2の間の空間38で…再び脈流は整えられる。」と記載されている(【0036】)。「脈流」の語義(「流れの向きは変わらずに、流れの量が時々変化するような電気又は流体の流れ」)に鑑みると、「脈流は整えられる」とは、「流体の流れの量を整える(流れの量が一定になるようにする)」ことを意味する。また、本件明細書には、(「截頭円錐形」を通過した)「クーラント液等は軸部30の外周面31に形成された所定の規則性を以った多数のひし形凸部32の間(複数の流路)に送り込まれ」、「フリップフロップ現象」を発生させることが記載されている(【0036】、【0037】)。上記イ(イ)のとおり、「フリップフロップ現象」を発生させるためには、流体の流入側において、脈流を整えるための十分な長さの空間を要する。

以上より、「截頭円錐形」(構成要件F)は、脈流(流体の流れの量)を整えることが可能な空間を形成できる十分な長さを有するものである。

(イ)被告各製品の構成

被告各製品の軸体の一端部の截頭円錐形34a又は略円柱形34a’は、流体の流れの量を整えることが可能な空間を形成できる十分な長さがない。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「截頭円錐形」(構成要件F)を充足しない。

エ 「所定の規則性」(構成要件G)の充足性

(ア)意義

「多数のひし形凸部を所定の規則性を以って形成したもの」の意味は、特許請求の範囲の記載からは一義的に明確ではない。そこで、本件明細書の記載を参酌すると(【0010】、【0018】、【0026】、【0028】~【0030】、【0040】、図4、図5)、多数のひし形凸部を「所定の規則性を以って形成したもの」とは、「両頂部が28°の鋭角を成すひし形であり、両頂部の傾きは上記軸部を平面視した場合に水平線に対して75°乃至76°を成し、かつ、上記軸部の外周面の上下左右に1個間隔に形成されている」ものに限定されると解される。

原告は、上記規則性につき、垂直方向に対する両頂部の傾きの角度とひし形凸部の配置の間隔によって特定され、ここでの角度は、ひし形凸部の上面のみが問題となると主張する。しかし、特許請求の範囲の記載及び本件明細書図4に鑑みると、本件各発明は、ひし形凸部の配置の間隔が一定であることを前提としていない。また、本件明細書図3に鑑みると、ここでの角度は、軸部の外周面に直接接するひし形凸部の底面部が問題となる。

(イ)被告各製品の構成

被告各製品の第2の軸体の凸部32における、底平面(凸部32の底面を真下から垂直に見た形)、天井平面(凸部32の天井面を真上から垂直に見た形)、及び底面から天井面までの、底面から天井面に向かう方向に対して垂直方向の各断面は、それぞれ、四辺の長さ及び四つの内角の角度が不均一な略四角形であり、その略四角形の角度は、「両頂部が28°の鋭角を成すひし形であり、両頂部の傾きは上記軸部を平面視した場合に水平線に対して75°乃至76°を成」すものとは異なる角度である。また、当該凸部32は、本件明細書図4及び5に示された規則性によって形成されていない。

仮に、特許請求の範囲の記載の解釈につき原告の主張によるとしても、被告各製品は、凸部32の両頂部の長手方向に対する角度は同一ではなく、凸部32の配置の間隔も一定ではない。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「所定の規則性」(構成要件G)を充足しない。

オ 「ひし形凸部」(構成要件G)の充足性

(ア)主位的主張

a 本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1には、「ひし形凸部」と記載されているところ、「ひし形」とは、「四辺の長さが互いに相等しい四辺形」である。また、特許請求の範囲の記載は、他の請求項の記載と整合的に解釈すべきであるところ、請求項2には、「各ひし形凸部は、両頂部が28°の鋭角を成すひし形であり」と、両頂部の鋭角が同一の角度(28°)であることが明記されている。ここでは、「ひし形」という用語は数学的な意味で使用されている。

そうすると、本件特許の特許請求の範囲の記載における「ひし形」は、数学的な意味でのひし形を意味する。本件明細書の記載を見ても(【0043】、図4及び)、「ひし形」は、数学的な意味でのひし形として説明されている。したがって、「ひし形凸部」の「ひし形」とは、数学的な意味でのひし形を意味する。

b 被告各製品の凸部32は、いずれも四辺の長さ及び四つの内角の角度が不均一な略四角形である。したがって、被告各製品の凸部32は、「ひし形凸部」(構成要件G)に当たらない。

(イ)予備的主張

a 仮に「ひし形凸部」につき原告主張の意味に解釈するとしても、「この両端部の間である軸部の外周面に多数のひし形凸部を所定の規則性を以って形成したものである」との請求項の記載から、「ひし形凸部」は「所定の規則性を以って形成した」ものでなければならず、そのためには、「ひし形凸部」が、左右上下方向に一定の間隔で配置されると共に、長手方向に対して一定角度をもっている必要がある。そのように配置等されるためには、「ひし形凸部」は、全て同じ形状を有し、両頂部の鋭角の角度も一定である必要がある。本件明細書の記載を見ても(【00】、【0029】)、このように解される。

したがって、仮に、「ひし形」が数学的な意味でのひし形でないとしても、「ひし形凸部」は、全て同じ形状であり、両頂部の鋭角の角度も一定である必要がある。

b 被告各製品の凸部32は、その形状に個体差があり、両頂部の鋭角の角度も一定ではない。したがって、原告の主張を前提としても、被告各製品の凸部32は、「ひし形凸部」(構成要件G)に当たらない。

(ウ)小括

したがって、被告各製品は、「ひし形凸部」(構成要件G)を充足しない。

カ 「整流空間部」(構成要件L)の充足性

特許請求の範囲の記載によれば、「整流空間部」とは、「流体の流れを整える」部分である。

これに対し、被告各製品の隙間29は、製造の便宜上生じるものにすぎず、クーラント液の脈流を整えることができる程度の大きさが確保された空間ではない。そもそも、被告各製品は、「フリップフロップ現象」が発生するものではないから、クーラント液の脈流を整える必要はない。

したがって、被告各製品は、「整流空間部」(構成要件L)を充足しない。

キ 本件各発明はマイクロバブルを発生させる構成のものを除外していること

原告は、乙13発明を引用した拒絶理由通知に対し、本件発明1につき、マイクロバブルを発生させることを用途、目的とした乙13発明とは明らかに相違するものであると説明して補正した。このような出願経過に鑑みると、本件各発明は、その技術的範囲から、マイクロバブルを発生させる構成のものを除外している。

他方、被告各製品は、マイクロバブルを発生させて洗浄作用を高めるという目的、用途の製品である。したがって、被告各製品が本件各発明の技術的範囲に属すると主張することは、出願経過禁反言の原則から許されない。

2 争点2-1(乙1発明を主引例とする新規性欠如及び進歩性欠如)

-省略-

3 争点2-2(乙2発明を主引例とする新規性欠如及び進歩性欠如)

-省略-

4 争点2-3(乙3発明を主引例とする進歩性欠如)

-省略-

5 争点2-4(乙10発明を主引例とする進歩性欠如)

-省略-

6 争点2-5(明確性要件違反1〔「所定の規則性」〕)

-省略-

7 争点2-6(明確性要件違反2〔「フリップフロップ現象発生用軸体」〕)

-省略-

8 争点2-7(不完全発明)

-省略-

9 争点2-8(実施可能要件違反及びサポート要件違反)

-省略-

10 争点3(損害額)

-省略-

7.裁判所の判断

1 本件各発明等の技術的意義

本件明細書の記載によれば、本件各発明を始めとする本件特許に係る発明の技術的意義は、次のとおりと認められる。

-省略-

2 争点1(技術的範囲の属否)のうち、「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)の充足性

(1)「フリップフロップ現象発生用軸体」の意義

ア 本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1の「フリップフロップ現象発生用軸体」との記載は、その文言から、本件発明1の流体吐出菅構造体において「フリップフロップ現象」が発生することを前提として、これを発生させるために使用される軸体を意味するものと理解される。本件明細書の記載を見ても、前記1(4)、(5)のとおり、本件発明1は、クーラント液が「フリップフロップ現象発生用軸体」を通過することによってフリップフロップ現象を発生させるなどして、その課題を解決するものであることが理解される。

そうすると、「フリップフロップ現象発生用軸体」という文言は、単に部材の名称として用いられているのではなく、フリップフロップ現象を発生させる軸体を意味する。

イ 「フリップフロップ現象」の意義

(ア)本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1には、「上記筒本体の吐出側接続部材寄りに内蔵するフリップフロップ現象発生用軸体とからなり」(構成要件E)、「上記フリップフロップ現象発生用軸体は、一端部を截頭円錐形に形成するとともに他端部を円錐形に形成し」(構成要件F)との記載はあるものの、これらの記載によっては、「フリップフロップ現象」の意義は一義的に明確ではない

(イ)本件明細書の記載

「フリップフロップ現象」について、本件明細書には、「上記の構成により、…さらにフリップフロップ現象発生用軸体を通過することによって乱流とともに無数の微小な渦を発生させ」(【0007】)、「規則性を以った多数の各ひし形凸部32の間(複数の流路)を通過するクーラント液等は、乱流となり無数の微小な渦を発生させるフリップフロップ現象(フリップフロップ現象とは、流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象)を起こしながらフリップフロップ現象発生用軸体8の他端部34b側に流動していく。この円錐形の他端部34bに流れ込んだクーラント液等は、吐出側接続部材6との隙間空間の広さによる上記フリップフロップ現象以上の竜巻流の発生によってフリップフロップ現象はかき消される」(【0037】)との記載があり、このほかに、本件各発明における「フリップフロップ現象」の意義をうかがわせる記載はない。

これらの記載を総合的に見ると、本件明細書において、「フリップフロップ現象」の語は、「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」として定義される(【0037】)とともに、フリップフロップ現象発生用軸体を通過することにより、当該現象の結果として「クーラント液等」が「乱流となり無数の微小な渦を発生」した状態を指す語としても使用されているものと理解するのが合理的である

(ウ)本件特許出願当時における当業者の理解

本件各発明と共通する技術分野における「フリップフロップ現象」ないしこれに類する語の意義に言及した本件特許出願(平成14年7月5日)以前の文献には、以下のa~gの記載がある。これらの記載によれば、「フリップフロップ現象」の語は、渦の形成に着目した説明がされている場合も見られるものの、おおむね、流体の流れの周期的な振動ないし方向変換を意味するものとして使用されていることがうかがわれる。そうすると、本件特許出願当時における当業者は、「フリップフロップ現象」につき、本件明細書の表現によれば「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」の意味に理解するものと思われる

a 特開平9-310703号公報(乙14)

「前者の場合は、ネットワーク交差管路内で、電子工学での双安定マルチバイブレータであるフリップ・フロップ回路と同様な振動流れが顕著にあらわれた」(【0004】)「この状態での流れはフリップ・フロップ回路の電流と同様な振動流れとなる。」(【0019】)

b 特開2000-94261号公報(乙15)

「フリップフロップ現象は、複数の交差管により形成されるネットワーク端末に現れ、噴流をその管の半径方向に周期振動させる。」(【0022】)

「図4において、液室15からクーラントが所定の圧力で供給されているので、液室15のクーラントは溝18cに液流L1aとして流れ、また、溝17bから液流L1bとして流れる。そして、二つの液流L1aとL1bは溝17bと18cが交差する交差路M1で合流する。この時交差路M1の経路は狭くなっているので流速が急激に上昇する。この流速変化に伴い液流L1aとL1bの持つ流れ方向の乱れ成分は溝断面方向の乱れ成分に変換される。交差路M1を通過した液流L1aとL1bの半分は溝17bを流れ、残りの半分は溝18cを流れる。前者の液流は交差路M2で溝18bを流れてくる、流れ方向の乱れ成分を溝断面方向の乱れ成分に変換された液流と合流し、交差路M2で更に流れ方向の乱れ成分が溝断面方向の乱れ成分に変換されその偏倚が増幅される。さらに交差路M2を通過した液流は、溝18bを通って出口部の合流点MOに至る。また、溝17cを通って流れる液流も交差路M3で偏倚が増幅され合流点MOに至る。合流点MOでは流れに略直角方向の乱れ成分比率が増加した2つの液流が合流し夫々の液流が持つ乱れ成分が周期的振動成分に変換される。即ち、溝によって形成される流路のネットワーク構造は、流体の乱れ成分を制御しその溝を流れる液流の合流点において『フリップフロップ』現象を起こし、液流の半径方向に流れを周期的に振動させる。図示するように周期的振動流が複数の合流部に発生し、それらの周りに流出しているスリット流と共に膜厚の厚い液膜壁が形成される。」(【0023】)

c 特開2000-130411号公報(乙16)

「物体は千鳥状に配置した流路においては、交差部において流れの半径方向に周期振動を起こすフリップフロップ現象が生じる。このフリップフロップ現象は、変動速度成分を経時的に吸収する機構であり、この変動速度成分を主軸流れの半径方向の周期的振動に転換することで知られている。」(【0012】)

「この発明の重要な基本原理であるフリップフロップ現象の詳細についてさらい以下に説明する。このフリップフロップ現象は物体後流の速度変動が周期性を持つことを利用している。例えば、速度Vの流れの中に、物体があるとその物体から互に反対に回転する渦が交互に生じて後方に流されていくため、物体後流の速度変動に周期性が生ずる。」(【0020】)

「周期的に渦の剥離が起こり、後流噴出口において噴流を上下に振動させるフリップフロップ現象を起こす。」(【0023】)

d 特開2001-21168号公報(乙17)

「振動発生管路体は、ネットワーク管路を構成することによって、流体を出口側において左右方向に交互に流出させるいわゆる流体フリップフロップ現象を発生することができる。」(【0007】)

e 特開2001-62272号公報(乙18)

「ネットワーク管路部20は、図4に示す如く、4本以上(図例では6本)の管路からなる一群の平行管路(一点鎖線)16と、同じく4本以上の管路からなる他の一群の平行管路(二点鎖線)18を凡そ15~90°(望20°~60°、さらに望ましくは25~40°)程度の挟角αで交叉させ、且つ、管路群の全体配置を略対称状とした構成とすることが、液体の噴出方向を周期的に交互に方向変換できる、いわゆる、振れ子噴出(フリップフロップ噴出)を発生させることができる。挟角αが小さすぎても大き過ぎてもコアンダ効果(壁への流脈付着現象)が得難くて液体噴射に際して振れ子噴出(フリップフロップ噴出)を発生させ難くなる。さらに、挟角αが小さすぎると、方向変更の振れ角度が小さくなり、結果的に広範囲頒布に適しなくなる。」(【0015】)

なお、これと同一の表現は、特開2001-62351号公報(乙19)の【0017】及び図3にも見られる。

f 特開2001-219132号公報(乙20)

「ネットワーク流路10の構成及び作用を、図1に基づいて、具体的に説明する。」(【0010】)

「具体的には、ネットワーク流路10は、4本(図例では6本)以上の流路からなる一群の平行流路(一点鎖線)12と、同じく4本以上の流路からなる他の一群の平行流路(二点鎖線)14を凡そ15~90°(望ましくは20~60°、さらに望ましくは25°~40°)程度の挟角αで交叉させ、且つ、流路群の全体配置を略対称状とした構成とする。当該構成により、流体の噴出方向を周期的に交互に方向変換できる、いわゆる、流れに振り子流動(フリップフロップ流れ)を発生させることができる。挟角αが小さすぎても大き過ぎてもコアンダ効果(壁への流脈付着現象)が得難くて流体に振り子運動(フリップフロップ流れ)を発生させ難くなる。」(【0012】)

「フリップフロップ流れとは、電子工学でのフリップフロップ回路に見られるスッチング現象と同様の左右への流体振動を伴うものを言う。」(【0015】)

「『ひし形凸部』の管路内では、ひし形凸部の背後における流路の断面変化に伴って、ひし形凸部の周りに渦の連結振動が顕著に現れる。しかし、『円形凸部』の管路内でのフリップフロップ流れの振動状況については、『ひし形凸部』におけるような渦の連結振動までは発現せず、フリップフロップ流れの発現の顕著さ(レベル)が異なる。」【0018】

g 梅田眞三郎ほか「菱形角柱群管路内の交差流れの可視化」(可視化情報学会論文集Vol.21 No.3(2001年3月)pp.51-57。乙21)

「梅田らは、…配列された物体間の中心を結ぶ交線の鋭角である配列交差角が30°の場合には、管路内の物体背後に形成される渦が連結振動を起こし、それに伴って管路末端からの流出噴流が純流体素子からの噴流と同様の左右への振動現象を示すことを発見している。これは、電子工学でのフリップ・フロップ回路のスイッチングと同様の現象であることから、フリップ・フロップ現象と呼ばれている。」(51頁左欄下から3行目~同右欄8行目)

(エ)「ビックスの原理:研削・切削加工液改良装置『BIX(ビックス)』:株式会社塩」と題するウェブサイト(甲3。なお、「Copyright © 2009 Sio Co.,Ltd」との記載から、当該サイトの作成は平成21年頃と見られる。)

「ビックスの原理:研削・切削加工液改良装置『BIX(ビックス)』:株式会社塩」と題するウェブサイトには、以下の記載がある。当該サイトは、本件特許の特許登録(平成18年8月4日)後に作成されたものであるが、本件特許の特許番号のほか、末尾に「ビックス開発・製造元」として原告名が記載されていることも考慮すると、本件各発明における「フリップフロップ現象」の意義に関する原告及び被告(少なくとも被告)の認識をうかがわせるものといえる。

「ビックスは『フリップフロップ流れ』を応用しています。水などの流体を菱形の柱を網目状に配列した四角の管に通すと、管内に生じる渦により、管体から噴出する液体が、左右に規則正しくスイッチングする現象のことをフリップフロップ流れと言います。」(1枚目「フリップフロップ現象がビックスのコア技術」の項)

(オ)小括

以上によれば、本件明細書において、「フリップフロップ現象」とは、基本的には①「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」を意味し、ただ、文脈によっては、この意味でのフリップフロップ現象の結果として生じた、②「クーラント液等」が「乱流となり無数の微小な渦を発生」した状態を指す語としても使用されることがあるものと解される。ここで、上記②の意味での使用は、あくまで①の意味におけるフリップフロップ現象の発生を前提とした、いわば派生的ないし便宜的な使用と位置付けられる

そうすると、本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1に記載された「フリップフロップ現象発生用軸体」の「フリップフロップ現象」の意味については、上記①の意味のものとして理解するのが適当である。

(カ)当事者の主張について

被告は、本件各発明における「フリップフロップ現象」とは、上記①及び②の両方を意味すると主張する。しかし、その主張がこれら2つの意味を満たさなければ「フリップフロップ現象」に当たらないとする趣旨であれば、上記のとおり、この点に関する被告の主張は採用できない

原告は、本件各発明における「フリップフロップ現象」とは、上記②の意味であり、上記①の意味を記載した本件明細書【0037】の括弧書き部分の記載は、電気・電子回路における「フリップフロップ」の用語を流体に適用するとしたときの参考記載にすぎないと主張する

しかし、本件明細書において、電気・電子回路における「フリップフロップ」の用語に言及した記載はなく、また、文脈としても、ここで参考記載として電気・電子回路におけるフリップフロップ現象に言及する必然性も必要性もうかがわれない。そもそも、本件特許の出願に先行する各文献の記載(前記(ウ))によれば、本件特許出願当時、「流体」に関する技術分野においても「フリップフロップ現象」等の語が上記①の意味で広く用いられていたことが認められることに鑑みると、上記①の意味での理解を排除する趣旨であることをうかがわせる記載がないにもかかわらず、上記①の意味の記載は参考記載にすぎず、本件各発明においては上記②の意味でのみ「フリップフロップ現象」の語が使用されているとは考え難い

したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

3 被告各製品の構成及び「フリップフロップ現象発生用軸体」の充足性

(1)被告各製品の構成

証拠(甲9、10、乙26)及び弁論の全趣旨によれば、被告各製品は、別紙「被告各製品構成目録(被告主張)」記載のとおりの構成を有すること、このうち、被告製品(3/8inch)は、「第2の軸体8」を含め、別紙「被告製品(3/8inch)写真目録(被告主張)」1及び2に記載のとおりの構成を備えていることが認められる。

(2)被告各製品の「第2の軸体8」と「フリップフロップ現象発生用軸体」

原告は、被告各製品の「第2の軸体8」が「流体の流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」の意味での「フリップフロップ現象」を発生させるために使用される軸体であることを直接的に裏付け、これを認めるに足りる証拠を提出しない

かえって、証拠(乙40)によれば、被告が、「第2の軸体8」を通過するクーラント液の状況を検証するため、被告製品(3/8inch)について、本来金属製である接続機構6’を含む筒本体2及び入口側接続部材4を、下記【参考写真】のように透明プラスチック製のものにした上で(以下「実験対象物」という。)、その内部にクーラント液を通過させる実験を行ったところ、クーラント液につき、実験対象物の入口側接続部材から流入し始めてから16分22秒の間、「第2の軸体8」の軸部の外周面に形成された凸部32の間の交差流路を流れる際、その「流れる方向が周期的に交互に方向変換して流れる現象」すなわち「フリップフロップ現象」の発生が観察されなかったことが認められる。この実験結果の信用性につき、本来金属製の部分を透明プラスチック製のものとしたことを考慮しても、疑義を差し挟むべき具体的な事情はない。

 

また、前記認定によれば、被告各製品の「第2の軸体8」の構成は、主として凸部32の形状につき各製品相互間で異なるものと見られる。もっとも、被告製品(3/8inch)の「第2の軸体8」がフリップフロップ現象を発生させなかったにもかかわらず、他の被告製品(1/4inch、1/2inch、3/4inch、1inch)の「第2の軸体8」がフリップフロップ現象を発生させるものであると見るべき具体的な事情はない。原告自身、被告各製品の構成には、本件各発明の構成要件充足性を検討するに当たって、有意な相違はないと主張しているところでもある。

以上によれば、被告各製品の「第2の軸体8」は、クーラント液を通過させても「フリップフロップ現象」を発生させ得るものと認めることはできない。そうである以上、被告各製品の「第2の軸体8」は、「フリップフロップ現象発生用軸体」(構成要件E、F)に当たらない(なお、仮に、被告各製品が、別紙「被告各製品構成目録(原告主張)」記載のとおりの構成を有するとしても、その「第2の軸体8」が、クーラント液を通過させると「フリップフロップ現象」を発生させ得るものと認めることはできないことに変わりはないから、上記結論が異なるものではない。)

したがって、被告各製品の構成は、本件発明1の構成要件E、Fを充足しない。また、前記第2の2(4)のとおり、本件において、原告は、被告各製品の構成が本件特許の請求項2に係る発明の構成要件を充足するとの主張を撤回した。そうすると、被告各製品の構成は、本件発明3の構成要件Mを充足しない。

(3)原告の主張について

原告は、被告各製品の「第2の軸体8」が「フリップフロップ現象発生用軸体」当たるとする根拠として、被告各製品のパンフレット(甲6)及び被告の特許に係る特許公報(甲18の2及び3)の各記載を指摘する

このうち、前者については、被告各製品である「ビックスは『フリップフロップ流れ』を応用しています。水などの流体を菱型の柱を網目状に配列した四角の管に通すと、管内に生じる渦により、管体から噴出する液体が、左右に規則正しくスイッチングする現象のことをフリップフロップ流れと言います。」などという記載がある。しかし、ある性能等が製品のパンフレットに記載されているからといって、真実当該製品が当該性能等を有するとは限らない(そもそも、上記「フリップフロップ現象」の説明は、原告主張に係る本件各発明での「フリップフロップ現象」の意味とは異なる。)

他方、後者については、そもそも被告各製品が後者の特許公報に記載された発明の実施品であることを認めるに足りる証拠はない

そうすると、上記実験結果(乙40)にもかかわらず、これらの記載のみをもって、被告各製品の「第2の軸体8」がフリップフロップ現象を発生させ得ることを認めること、ひいては被告各製品の「第2の軸体8」が「フリップフロップ現象発生用軸体」であること(構成要件E、F)を認めることはできない。

したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(4)以上より、被告各製品の構成は、本件発明1の構成要件E及びFを充足せず、本件発明3の構成要件Mも充足しないから、被告各製品は、本件各発明の技術的範囲に属しない。

4 小括

そうである以上、その余の点を論ずるまでもなく、原告は、被告に対し、本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権を有しない。