平成28年(ネ)第10092号 特許権侵害差止等請求控訴事件(その2)

投稿日: 2017/01/24 0:07:34

引き続き今年の1月17日に判決言い渡しがあった侵害訴訟事件について検討します。

今日は、以下の3つを書きます。

    (1)裁判所の判断の詳細

    (2)特許庁の判定

    (3)検討

(1)裁判所の判断の詳細

控訴審である知財高裁の判決が整理して記載されているので、これをもとに記します。

知財高裁では発明が解決すべき課題を以下のa~dの4つと認定し、請求項1に係る特許発明はこれらの課題を解決手段であると認定しています。

a.従来のコーナークッションは、その長手方向において区切りのない均一断面構造であったことから、コーナー部の長さに応じてカットした場合、そのカット部分が開口し,雨天時にはその開口部分から雨水が浸入した。クッション材に連続気泡型スポンジが用いられていたので,浸入した雨水がクッション材全体に浸透してコーナークッション内を水浸しにすることがあり,非常に見栄えが悪くなるとともに,衝突時のショックを十分に吸収できなくなるおそれがあった。また,上記開口部分からクッション材が抜け落ちてしまうこともあった。

b.クッション材が、帯状表面材と帯状裏面材との間に形成された閉じられた空間内に充填されているので,夏場には同空間内の空気が膨張してコーナークッション全体が膨張し,衝突時のショックで帯状表面材や帯状裏面材が破れてしまうことがあり,雨天時にその箇所から雨水が浸入して上記①のような水浸し状態となるおそれがあった。

c.クッション材が帯状表面材や帯状裏面材に接着されていなかったので,コーナー部の長さに応じてカットした際,開口部分からクッション材が抜け落ちてしまい,コーナー部への装着作業に手間取ることがあった。

d.コーナークッションをコーナー部に装着するために長手方向に折り曲げたとき、帯状裏面材の曲率半径がクッション材の厚みの分だけ帯状表面材の曲率半径よりも小さくなるので、帯状裏面材とこれに塗布された粘着材に皺やたるみが生じていた。その皺やたるみによって粘着材同士がくっつき、コーナー部への装着作業に支障を来すとともに、コーナー部へコーナークッションを密着させることが困難になった。

その上で、構成要件Fの「露出」の意味を以下のようなステップで認定しました。

①特許請求の範囲の記載

    特許請求の範囲には、「露出」の具体的な意味は記載されていない。

②明細書の記載

    短尺クッション材の「露出」に関し、本件発明の実施の形態についての「この短尺クッション材(4)は、…その裏面側両側部が長尺裏面側シート部(3)、(3)によって被覆されているが、長尺裏面側シート部(3)同士の間では被覆されておらず、外部に露出している」(【0020】)、「短尺クッション材(4)の露出部分をコーナー部に合わせてあるので、コーナー部には長尺裏面側シート部(3)と粘着材層(6)が位置しない。従って、コーナー部には短尺クッション材(4)が密着し、長尺裏面側シート部(3)や粘着材層(6)には皺やたるみが生じない。」(【0025】)及び「短尺クッション材(4)の露出部分をコーナー部に合わせることにより、コーナー部には長尺裏面側シート部(3)や粘着材層(6)が位置しない。従って、コーナー部には短尺クッション材(4)が密着し、長尺裏面側シート部(3)や粘着材層(6)には皺やたるみが生じない。従って、コーナークッション(1)をコーナー部へ密着状態で装着することができる。」(【0028】)との記載並びに【図3】によれば、長尺裏面側シート部同士の間の短尺クッション材は、長尺裏面側シート部及び粘着材層を含め何らの覆いもなく、コーナークッションのコーナー部への装着時において、じかにコーナー部に接するものであることが明らかといえる。

よって、ここでの「露出」は、上記のとおり何らの覆いもない状態を意味するものである。

そのほかの明細書の記載からも「露出」は何らの覆いもない状態を意味するものである。

以上によれば、構成要件Fの「露出」は、長尺裏面側シート部同士の間の短尺クッション材が、長尺裏面側シート部及び粘着材層を含め何らの覆いもないことを意味するものと解するのが相当であり、このように解することは、「露出」自体の通常の語義からも自然である。

被告製品は、長手方向中央部周辺において、短尺クッション材の裏面が、長尺裏面側シート部に覆われておらず、したがって、長尺裏面側シート部の間から見える状態にあるものの、その部分も含む裏面全面が粘着材層で覆われている。

よって、被告製品が構成要件Fを充足しないのは明らかである。

(2)特許庁の判定

特許権者は今回の訴訟以前にこの訴訟の被告ではない2社の製品について特許庁に判定を請求しています。また、そのうちの1社は逆に特許発明の技術的範囲に属さないことを確認するための判定を請求しています。

①判定2010-600044(請求人:アラオ株式会社 被請求人:パレックス株式会社)

「結論」

イ号物件説明書に示す「コーナークッション」は特許第3409299号発明の技術的範囲に属する。

「内容」

短尺スポンジは裏面側両側部が長尺裏面側PVCシート部によって被覆されているが中央部は外部に露出しており、粘着剤層が長尺裏面側PVCシート部の外面に設けられていて、短尺スポンジの外面には設けられていない。

②判定2011-600004(請求人:アラオ株式会社 被請求人:株式会社アークエース)

「結論」

イ号物件説明書に示す「コーナークッション」は特許第3409299号発明の技術的範囲に属する。

「内容」

本件発明1の「短尺クッション材」に関する説明として、本件特許明細書には、「【0019】短尺クッション材(4)は、コーナークッション(1)に、クッションとしての機能を持たせる部材である。この短尺クッション材(4)を構成する材料は、特に限定されるものではない・・・」と記載されていることからみて、本件発明1の「短尺クッション材」は、材料及び構成に関わらず、クッションとしての機能を有すればよいものであると解される。

一方、イ号物件の「中央部分を粘着フィルムで被覆されたスポンジ」について、イ号物件説明書の写真5~8をみると、長方形状のスポンジ41は、その幅方向中央部に長手方向に沿って粘着フィルム42が粘着され、該粘着フィルム42は、スポンジ41の裏面の長手方向全長に沿って延びつつ、その両端はスポンジ41の表面に所定の長さ巻き反されて粘着されており、スポンジ41と粘着フィルム42は一体化され、まとまった一つの部材として機能していることが見てとれる。そして、粘着フィルム42は、極めて薄くかつ柔軟であることが見てとれるから、スポンジ41のクッションとしての機能を阻害するものではないので、イ号物件の「中央部分を粘着フィルムで被覆されたスポンジ」は、まとまった一つの部材としてクッションとしての機能を有するものである。

そうすると、イ号物件の「中央部分を粘着フィルムで被覆されたスポンジ」が、同様にクッションとしての機能を有する、本件発明1の「短尺クッション材」に相当するから、イ号物件の「4枚の中央部分を粘着フィルムで被覆されたスポンジ」が、本件発明1の「複数の短尺クッション材」に相当する。

また、仮に、イ号物件の「スポンジ」のみが「短尺クッション材」に相当し、粘着フィルムが「短尺クッション材」に相当するといえないとしても、粘着フィルムは構成要件Fの意義を滅却させるものではなく、これに付加された構成要素に過ぎないということができるから、イ号物件が構成要件Fに相当する構成を有しているといえることに変わりはない。

筆者注)粘着フィルム42という表現は紛らわしいですが、この部分がコーナー部接着されるわけではなく、短尺クッション材のカバーをしているだけのようです。

③判定2012-600011(請求人:株式会社アークエース 被請求人:アラオ株式会社)

「結論」

イ号図面(写真1~8、図1~4)及びその説明書に示す「コーナークッション」は、特許第3409299号の請求項1~4に係る特許発明の技術的範囲に属しない。

「内容」

長尺裏面側シート部(3)は、短尺クッション材(4)の裏面全体を裏側から覆っているので異なる。

⇒これら裁判所の判決と、特許庁の3つの判定を読むと侵害・非侵害の分かれ目がどこになるのか面白いです。

判定2010-600044は短尺クッション材の裏面側が全く覆われていないから、請求項1そのものズバリで侵害。

判定2011-600004は短尺クッション材の裏面側が粘着フィルム(カバー)で覆われているが短尺クッション材と一体とみなせるから侵害。

判定2012-600011は短尺クッション材の裏面全体が長尺裏面側シートで覆われているから非侵害。

何か順番に特許発明から遠ざかっていくようです(笑)

しかし、そうなると気になるのは真ん中の判定2011-600004です。今回の裁判所の判決の内容では、短尺クッション材が「露出」している状態でなければ侵害ではない、としています。その場合判定2011-600004の結論も誤りとなるのでしょうか?

もちろん素直に誤りと判断される可能性もあります。しかし、短尺クッション材と似たような物性(判定では柔軟性)を有し、かつ、発明の課題解決を阻害しない物質(裁判で争われた被告物件の粘着剤層は課題解決を阻害)が短尺クッション材の裏面側を覆っている場合には「露出」に相当すると判断される可能性は否定しきれません。

ただし、私は判定2011-600004について別の理由で気になる点があります。判定では短尺クッション材と粘着フィルム(カバー)を一体と認定していますが、この「一体」とはどのような意味なのでしょうか?粘着フィルム(カバー)が実質的には短尺クッション材の一部を構成しているという意味なのか、それとも短尺クッション材とは別の構成要素だが短尺クッション材と接触する部分が類似する機能を有しているものという意味なのか。

前者の場合はこの判定が誤りとなる可能性があります。すなわちこの発明のポイントの一つとして短尺クッション材が独立してシートに内包されているのでカットする際にむき出しにならない点が挙げられます。したがって、複数の短尺クッション材が繋がっていてはいけません。一方、このブログには添付しませんが判定2011-600004に添付されたイ号物件の写真を見ると、粘着フィルム(カバー)は短尺クッション材毎に貼られているのではなく、1枚の粘着フィルム(カバー)で4枚の短尺クッション材にまとめて貼られているように見えます。そうすると、粘着フィルム(カバー)は短尺クッション材としての構成要件Aを充足しないことになるので、非侵害となる可能性があります。

後者の場合は短尺クッション材と共通する物性の範囲が不明です。一口に柔軟性といっても具体的に侵害・非侵害の分かれ目となる柔軟性の境界は特定できないと思います。さらに、一部分は短尺クッション材と関係するが、全体としては短尺クッション材の構成要件を充足しない粘着フィルム(カバー)を一体というあいまいな言葉で片づけてよいのか疑問が残ります。

実際、私も企業に勤めていた時代に社内判定を行った際に「一体」という文言で悩まされたことが多々ありました。侵害・非侵害を判断する立場の場合には、特許庁のように新たな概念を追加して認定するのではなく、明細書中に根拠を見いだせる裁判所のようなアプローチのほうが適切ではないかと思います。

本件は侵害・非侵害を考える上で色々と参考になる特許でした。改めて「存在しないこと」が発明という特許は本当に技術的範囲の認定が難しいです。

この特許が出願か20年近く経っているのに、これだけの威力を持っているということに驚きます。当時この分野では画期的な発明だったんですね。