バーコードリーダー事件2

投稿日: 2018/04/24 0:12:23

今日は、平成28年(ワ)第27057号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社デンソーウェーブは、判決文によると、情報処理、情報通信に関するソフトウェアの開発及び機器・システムの開発・製造・販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告であるゼブラ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社は、情報技術、情報技術サービス、データ加工、データ送信及びこれらに関連する業務で用いられる電子機器及び設備等の購入、販売、製造、売買、輸入、輸出及び組立て等を業とする株式会社だそうです。

なお、本特許に基づく別の侵害訴訟の判決が今年既に出ています。

 

1.手続の時系列の整理(特許第3823487号)

① 本件特許は訂正審判の1回目の審決で訂正が認められず、審決取消訴訟で審決取消判決を受け、2回目の審決で訂正が認められたものです。この訂正審判で特許権者は記載不備等の解消等についても述べているので、訂正審判の背景には第三者との係争があるように思われます。

② 特許無効審判が2件審理中ですが、請求人はいずれもハネウェル・インターナショナル・インクです。そのうちの1件については審決が出ていますが、J-PlatPatで確認したところ、審決取消訴訟が提起されたのかまだ不明です。

2.本件発明

A 複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズ(34b)と、

B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子(41a)が2次元的に配列されると共に、当該受光素子(41a)毎に集光レンズ(41b)が設けられた光学的センサと、

C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞り(34a)と、

前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置と、

E を備える光学情報読取装置において、

F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞り(34a)を通過した後で前記結像レンズ(34b)に入射するよう、前記絞り(34a)を配置することによって、前記光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、

G 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子(41a)からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子(41a)からの出力の比が所定値以上となるように、前記射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにし

H ことを特徴とする光学情報読取装置。

3.争点

(1)本件発明の技術的範囲への被告製品の属否

ア 文言侵害の成否

(ア)構成要件Dの充足性(争点1-1)

(イ)構成要件Fの充足性(争点1-2)

(ウ)構成要件Gの充足性(争点1-3)

イ 均等侵害の成否(争点1-4)

(2)本件特許に係る無効理由の存否

ア 進歩性欠如

(ア)乙5を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-1)

(イ)2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-2)

イ 記載要件違反

(ア)サポート要件違反の有無(争点2-3)

(イ)明確性要件違反の有無(争点2-4)

(ウ)実施可能要件違反の有無(争点2-5)

(3)被告の実施行為の有無(争点3)

(4)損害額(争点4)

4.争点に対する当事者の主張

1 本件発明の技術的範囲への被告製品の属否

-省略-

2 本件特許に係る無効理由の存否

(1)進歩性の欠如

ア 乙5を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-1)について

-省略-

イ 2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無(争点2-2)について

〔被告の主張〕

本件発明は、以下のとおり、受光素子ごとに集光レンズが設けられた2次元の光学的センサを使用した2次元バーコードリーダーである「WELCHALLYN IMAGETEAM 4400 2D Hand-Held Image Reader」(以下「IT4400」という。)により本件特許出願前に日本国内で公然知られ(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条1項1号)又は公然実施された発明(同改正前の特許法29条1項2号。以下、いずれの発明も「公知発明」という。)に、乙5~35、39、40、42、47~50、64に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものである。

(ア)IT4400は、本件特許出願前に日本国内で販売されていた。

ウェルチ・アレン・インク(以下「ウェルチアレン社」という。)は、本件特許出願前である1997年6月以前から、米国においてIT4400を販売していた(乙56)。同製品には、受光素子ごとに集光レンズを設けた2次元光学的センサであるソニー製光学的センサ(製品型番:ICX084AL。以下「ICX084AL」という。)が搭載されていた(乙39~41、47~50、62~64)。

IT4400には、IT4400HDとIT4400LRの2機種があり、両機種は焦点位置、分解能、読取深度に多少の相違があるものの、それ以外は全く同一の仕様である(乙68、72)。被告が米国で購入して解析した製品(乙43、54、55、61、62。以下「被告購入製品」という。)は、1997年(平成9年。以下、同一の年については改めて元号の表示をしない。)7月に製造されたIT4400HDの新古品である。

アイニックス株式会社(以下「アイニックス社」という。)は、遅くとも本件特許出願前である1997年7 月から、IT4400(HD及びLRの双方)を日本国内に輸入し、販売していた(甲20、乙44、57~60、67、70、71)。また、遅くとも本件特許出願前である1997年9月頃、ウェルチ・アレン・ジャパン株式会社は、直接日本国内でIT4400の販売を開始した(乙56)。

被告購入製品と日本国内で販売されたIT4400が同一の製品であることは、①ウェルチアレン社が1997年6月以前からIT4400を販売しており、被告購入製品も同年7月に製造されていること(原告が指摘する被告購入製品のUser’s Guide(乙43のExhibit A。以下「本件取扱説明書」という。)における「MANUFACTURED = DECEMBER 1997」との表示は単なる参考例である。)、②米国におけるIT4400の販売開始から近接した時期に、アイニックス社が被告購入製品と同一種類の製品(IT4400HD)をウェルチアレン社から輸入、販売していること、③被告購入製品の外観と日本国内で販売されたIT4400のパンフレット等(乙68、69)の写真が同一であること(原告が指摘する乙57~59の写真はウェルチアレン社から入手した仮の写真である。)、④被告購入製品とアイニックス社が国内で販売したIT4400とはいずれも従来とは異なるイメージ処理方式の読取り方式を採用したものであることから明らかである。

以上によれば、本件特許出願前に被告購入製品と同一の製品が日本国内で販売されていたということができる。

(イ)公知発明には以下の発明が開示されている。

「2次元バーコードリーダーであって、

複数の結像レンズで構成される光学ユニットと、

2次元的に配列された複数の受光素子毎に集光レンズが設けられたCCDエリアセンサと、

CCDエリアセンサへ入射するバーコードからの反射光を制限する絞りと、

CCDエリアセンサからの出力信号を増幅する増幅器と、

増幅されたCCDエリアセンサからの出力信号を閾値に基づいて2値化する2値化回路と、

2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出する周波数分析器と、

増幅器、二値化回路、周波数分析器等を制御し、所定の周波数成分比の検出結果を出力する装置と、

露光時間などを調整する機器とを有する

2次元バーコードリーダー」

(ウ)本件発明と公知発明との一致点及び相違点は、以下のとおりである。

(一致点)

「複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取位置に結像させる結像レンズと、前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に、当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと、該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと、前記光学的センサからの出力信号を増幅して、閾値に基づいて2値化し、2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し、検出結果を出力するカメラ部制御装置とを備える光学情報読取装置であって、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする光学情報読取装置。」

(相違点1)

本件発明は、「読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後に結像レンズに入射するよう、絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」しているのに対し、公知発明では、絞りは結像レンズの間に配置されている点

(相違点2)

本件発明は、「光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする」のに対し、公知発明は、上記出力の比が所定値以上となるよう射出瞳位置を設定し、露光時間などの調整で中心部においても周辺部においても読取りを可能にするものの、本件発明のような絞りの配置(上記相違点1)により上記を実現しているものではない点

(エ)相違点1について

相違点1に係る「読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後に結像レンズに入射するよう、絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」するという構成は、本件特許出願時には周知技術であった(乙9~12)。

例えば、乙9には、オンチップマイクロレンズ付き固体撮像素子を用いた場合に光学的センサの周辺部に位置する各エレメント(受光素子)に入射する光束の光量が減少するという課題について、射出瞳が遠い構成を採用することにより、光学的センサの周辺部に位置する受光素子に対して反射光が斜めから入射することを防止し、入射角度をほぼ垂直にするなど大幅に小さくすることにより、上記課題を解決し得ることが示されている。

そして、上記各文献に開示された技術は、本件発明及び公知発明と同一の技術分野に属するものであり、上記各文献に開示された解決手段を公知発明に適用することは、当業者であれば容易に想到できたものである。

この点、原告は、ビデオカメラと2次元バーコードリーダーは技術分野が異なると主張するが、集光レンズ付きCCDエリアセンサを使用した場合に生じる問題は、斜めの入射光が集光レンズによって集光されることによりセンサに届かないという物理現象によって生じるものであるから、2次元バーコードリーダーに固有の問題ではなく、集光レンズ付きCCDエリアセンサを通常の目的(反射光をセンサで感知し信号に変換する)に使用する限り、他の装置(スチルカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ等)にも常に生じる問題である。

実際上、本件特許出願前に頒布された雑誌に掲載されたソニー株式会社の広告(乙64)には「ソニーの全画素読み出し方式CCDは電子スチルカメラ、PC画像入力、2次元バーコードリーダー、FA用カメラなどのアプリケーションに適したデバイスです。」との記載があり、その表中には「ソニー全画素読み出し方式CCDラインアップ」としてICX084ALが掲載されている。また、平成9年7月13日付け日経産業新聞(乙57)には、「バーコード読み取り手持ち型機器を発売・・・デジタルカメラの技術を応用し」との記載があり、バーコードリーダーとデジタルカメラとは、お互いに技術を共有する関係にあることが示されている。

(オ)相違点2について

相違点2に係る事項は、上記相違点1に係る事項を採用したことから生ずる当然の効果にすぎず、上記のとおり、相違点1に係る構成が容易に想到し得るものである以上、相違点2に係る構成も当業者が容易に想到し得るものである。

また、露光時間などの調整を行うことは、乙5、13、23等に示された周知技術である。

(カ)以上のとおり、本件発明は、公知発明に周知技術を組み合わせたにすぎず、当業者が容易に想到し得たものであるから、進歩性を欠く。

〔原告の主張〕

IT4400に開示された発明は、本件特許出願当時に公然知られ又は公然実施された発明であったということはできず、仮にこの点についての被告主張が認められるとしても、本件発明は、公知発明に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。

(ア)IT4400が本件特許出願前に日本国内で販売されていたと認めるに足りる証拠はない。

被告は、被告購入製品が本件特許出願前に米国で販売されていたと主張するが、本件取扱説明書の1-3頁には「MANUFACTURED=DECEMBER1997」との表示がある。これによれば、被告購入製品が販売されたのは、1997年12月以降であると考えられる。本件取扱説明書は英語で書かれたものであるが、日本語で書かれた取扱説明書や保証書の存在は立証されていない。

被告は、被告購入製品と同機種のIT4400が本件特許出願前に日本に輸入され、日本国内で販売されていたと主張するが、被告が根拠とする証拠(乙44、56~60)は、いずれも企業が一方的に提供した情報にすぎず、実際に販売されたと認めるに足りる客観的な証拠ではない。

さらに、月刊バーコード誌(乙59)に掲載されたIT4400の外観と被告購入製品の外観には、その上面における放音用の穴の有無など複数の相違点があり、両者が異なる製品であることは明らかである。加えて、IT4400が仮に日本に輸入されていたとしても、それが被告購入製品と同一の構造の製品であるか否かも不明である。

(イ)仮に、被告購入製品と同一の構造のIT4400が本件特許出願前に国内で販売されていたとしても、以下のとおり、本件発明は、公知発明

に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない。

IT4400においては3枚のレンズ間に絞りが配置されているが、本件発明の課題は、2次元コードリーダに受光素子付きCCDエリアセンサなどの光学的センサを利用する際に、受光素子41aに対して光が斜めに入射した場合には、集光レンズ41bによって集光されることで逆に受光素子41aへの集光率が低下し、その結果感度が低下するという点にある(本件明細書の段落【0004】)。この課題は、本件特許出願時、新規なものであり、被告の主張によっても、集光レンズ付き受光素子を2次元配置した2次元コードリーダは、本件特許出願のわずか3か月前(1997年7月)に公知公用となったのであり、しかも、IT4400では絞りはレンズ間に配置されていたのであるから、その時点では、本件発明の課題は全く認識されていなかった。

(ウ)被告の引用する公知文献(乙9~12)は、スチルビデオカメラ装置又はビデオカメラ装置に関するもので、スチルビデオカメラ装置又はビデオカメラ装置と光学情報読取装置とが光学系という点で関連した技術分野であるとしても、光学情報読取装置において係る構成を採用することが容易であるというためには相応の動機付けが必要である。しかし、IT4400には上記構成を適用することについて動機付けとなる構成は一切なく、被告が引用する公知文献にも、光学情報読取装置における2次元コードの読取りに適用することを開示又は示唆する記載もない。

また、スチルビデオカメラ等に用いられているビデオカメラは、人間の目で認識するための画像を形成するカメラであるのに対し、2次元コードリーダに用いられているビデオカメラは、あくまでも2次元コードを読むためのビデオカメラであって、その意味で、人間が見るような色彩の鮮やかさや再現性などは必要ない反面、周辺部においても2次元コードをより正確により早く読み取ることができるように受光素子に対して光が斜めに入射しても周辺部の集光率を低下させないことが必要となる。このように「ビデオカメラ」といっても、両者における技術的意義は異なるので、当業者が当然のこととして2次元コードリーダの読取り装置にスチルビデオカメラ等のビデオカメラの技術を適用すると考えることはできない。

被告が根拠にする乙64についても、その用途として2次元バーコー

ドリーダーが考えられると記載されているのみで、実際にソニー社製C

CDが2次元バーコードリーダーに用いられたわけではない。

(2)記載要件違反

-省略-

3 被告の実施行為の有無(争点3)について

-省略-

4 損害額(争点4)について

-省略-

5.裁判所の判断

1 本件発明の内容

(1)本件明細書(甲2)には、以下の記載がある。

-省略-

(2)本件明細書における上記記載によれば、本件発明は、①2次元コードなどの読取り対象に光を照射し、その反射光から読取り対象の画像を読み取る光学的読取装置に係る発明であり、②受光素子に対して光が斜めに入射した場合に光学的センサの周辺部の受光素子に対する集光レンズによる集光率が低下するという課題を解決するため、③読取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射するように絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、④これにより、CCDエリアセンサの周辺部にある受光素子に対して入射する反射光が斜めになる度合いを小さくし、適切な読取りを実現するものであるということができる。

2 争点2-2(2次元コードリーダー(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無)について

事案に鑑み、まず、争点2-2(2次元コードリーダー(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無)について判断する。

(1)認定事実

証拠(後記文中又は末尾掲記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア ウェルチアレン社は、1997年6月、そのウェブサイト上において、2次元バーコード記号を画像化して解読するための新しいバーコードスキャニング装置であるIT4400について告知し、同装置はICX084ALを使用していると説明した。(乙56)

イ 被告は、平成29年3月、被告購入製品を購入し、これを分解して調査した。IT4400にはIT4400HDとIT4400LRの2種類の機種が存在していたところ、被告購入製品は、ウェルチアレン社が1997年7月に製造したIT4400HD-13であった。同製品を分解したところ、同製品にはソニー社製のICX084ALセンサが組み込まれるとともに、3枚の結像レンズが存在し、絞りはレンズ間に位置していた。(乙43、54、55、61、62)

また、被告は、被告購入製品と同機種の異なる製品を分解して調査したところ、同製品にもソニー社製のICX084ALが組み込まれ、その表面を走査型電子顕微鏡で拡大したところ、同構造物は、ソニー製CCDカメラ・システム・セミコンダクター・セレクションガイド(乙63の別紙3)の7頁に示されたマイクロレンズの描写と合致した。(乙63)

ウ ICX084ALに関し、1995年(平成7年)7月27日付けニュース記事(英文、乙40)には、ソニーが同製品を販売している旨及び同製品にはオンチップマイクロレンズが設置されている旨の記載がある。また、ICX084ALデータシート(乙39)には、ICX084ALが2次元バーコードリーダー、PCインプットカメラに適している旨の記載が、また、同年9月25日付けの日経エレクトロニクス誌(乙64の3)には、ICX084ALを含むソニーの全画素読出し方式CCDが電子スチルカメラ、2次元バーコードリーダー等に適している旨の記載がある。

エ ウェルチアレン社は、アイニックス社に対し、平成9年7月頃及び同年9月頃に各5台のIT4400HDを輸出し(なお、ウェルチアレン社の出庫記録上のモデル番号は、4400HD-131である。)、アイニックス社は輸入した同製品を顧客に販売した。(甲20、乙67、70、71)

オ アイニックス社のウェブサイト(乙44)には、平成9年7月にウェルチアレン社のIT4400の輸入販売を開始した旨の記載があり、同月の新聞記事(乙57、58)や月刊バーコード誌(乙59)にも同旨の記載がある。なお、乙57~59に掲載されたIT4400の写真は、被告購入製品(乙43)の外観と異なるが、1997年10月3日作成に係るウェルチアレン社作成に係るIT4400のパンフレット(乙68)や同年9月号の月刊バーコード誌(乙69)に掲載された写真は、被告購入製品の外観と一致する。

(2)IT4400により実施された発明(公知発明)の公然実施の有無

ア 前記(1)アないしオの事実によれば、ウェルチアレン社は平成9年6月にはIT4400を米国内で販売しており、アイニックス社は同年7月にはウェルチアレン社から被告購入製品と同機種(IT4400HD)を日本に輸入し、顧客に販売していたとの事実を認めることができる。これによれば、IT4400は、本件特許出願日(平成9年10月27日)前に日本国内で販売されており、IT4400により実施された発明(公知発明)は、本件特許出願日前に公然実施されていたものと認められる。そして、IT4400の購入者が同製品を分解するなどして、その内部構造等を知ることは困難ではなかったということができる。

イ これに対し、原告は、本件取扱説明書に「MANUFACTURED = DECEMBER 1997」との表示があることから、被告購入製品が販売されたのは平成9年12月以降であると主張する。しかし、本件取扱説明書の上記記載はラベルの記載内容の説明にすぎず、同説明書の発行日や当該製品の製造年月日を示すものとは直ちにいい難く、同説明書の上記記載をもって被告購入製品が販売されたのは同月以降であるということはできない。

また、原告は、月刊バーコード誌(乙59)に掲載されたIT4400の写真と被告購入製品の外観が異なることも指摘するが、1997年10月3日作成に係るウェルチアレン社のIT4400のパンフレット(乙68)や1997年9月号月刊バーコード誌(乙69)に掲載された写真が被告購入製品の外観と一致することは、前記(1)オのとおりである。乙59に掲載されたIT4400の写真については、ウェルチアレン社の試作段階の写真の可能性があること(乙67)に照らすと、乙59の写真と被告購入製品の外観が相違するとしても、IT4400が本件特許出願前に日本国内で販売されたとの認定を左右しない。

さらに、原告は、被告が根拠とする証拠(乙44、56~60)は、いずれも企業から一方的に提供された情報にすぎず、IT4400が日本に輸入されていたとしても、それが被告購入製品と同一の構造の製品であるかどうかは不明であると主張する。しかし、前記(1)エ、オによれば、アイニックス社は被告購入製品と同種のIT4400HDを国内に輸入して販売したものと認められ、また、IT4400HDの構造は前記(1)イのとおりであると認められるので、原告の主張は理由がない。

なお、ウェルチアレン社の出庫記録におけるモデル番号は4400HD-131と記載され、被告購入製品はIT4400HD-13であるが、両製品はそのモデル番号に照らすといずれも同一の機種(IT4400HD)であり、その構造は同一であると推認され、両者の内部の基本的構造が異なっていたことや製造後に内部の構造に変更が加えられたことをうかがわせる証拠もない。

以上によれば、IT4400により実施された発明(公知発明)は、本件特許出願日前に日本国内において公然実施されていたものと認められる。

(3)本件発明と公知発明との一致点及び相違点

証拠(乙43、61、62)によれば、公知発明は前記第3、2(1)イ[被告の主張](イ)記載のとおりであり、本件発明と公知発明とを対比すると、両者の一致点及び相違点は以下のとおりであると認めることができる。

(一致点)

複数のレンズで構成され、読み取り対象からの反射光を所定の読取装置に結像させる結像レンズと、前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され、その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されるとともに、当該受光素子ごとに集光レンズが設けられた光学的センサと、当該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りとを備える光学情報読取装置である点

(相違点1)

本件発明は、「読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後に結像レンズに入射するよう、絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」しているのに対し、IT4400では、絞りは、結像レンズの間に配置されている点

(相違点2)

本件発明は、「光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、射出瞳位置を設定して、露光時間などの調整で、中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたことを特徴とする」のに対し、IT4400は、上記出力の比が所定値以上となるよう射出瞳位置を設定し、露光時間などの調整で中心部においても周辺部においても読取を可能にするものの、本件発明のような絞りの配置(上記相違点1)手段により、上記を実現しているものではない点

(4)上記各相違点の容易想到性について

ア 相違点1について

(ア)乙9(特開平5-203873号公報)、乙10(特開平7-168093号公報)、乙11(特開平5-188284号公報)、乙12(特開平8-278443号公報)に記載された発明は、いずれもデジタルカメラ等の光学系に関する発明であるところ、これらの文献には、いずれも、光学的センサの周辺部に位置する受光素子に入射する光束の光量が減少するのを防止するという課題及びこれに対する解決策として射出瞳を結像面から離した構造として、全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置する構成とすることが記載されている。

すなわち、例えば、乙9には、以下の記載がある。

「【0009】【課題を解決するための手段】本発明の射出瞳の遠い2焦点切換式レンズは、物体側から順に、短焦点設定時にレンズ系の光軸外に移動する正の屈折力を有する第1レンズ群、絞り、長焦点設定時にレンズ系の光軸外に移動する正の屈折力を有する第2レンズ群およびレンズ系の光軸内に固定される正の屈折力を有する第3レンズ群からなり、この第3レンズ群を、その物体側焦点位置が上記絞り位置付近となるように配設したことを特徴とするものである。

【0012】したがって、第1レンズ群と絞り、または絞りと第2レンズ群を通過してきた光束は第3レンズ群によって屈折して光軸に略平行な光束となる。このように光軸に略平行となった光束は固体撮像素子の前面に配されたオンチップマイクロレンズの各マイクロレンズに垂直に入射することとなりしたがって固体撮像素子周辺部に対応する各マイクロレンズによって集束された光束はセンサの開口部の縁部でほとんどさえぎられることなく、この開口部内に入射することとなる。

【0013】これにより画面周辺部が光量不足で暗い画像となることもなく、高い検出感度を得ることができる。」

また、乙12には、以下の記載がある。

「【0003】このため、撮影レンズ装置より固体撮像素子の撮像面に入射する光束の入射角を可能な限り小さくすることが必要である。言い換えれば撮影レンズ装置の射出瞳位置ができるだけ遠いことが望ましい。

【0009】【作用】レンズ群の前方、即ち物体側に最も近い位置に絞りを配置することで、結像面からの射出瞳位置を十分遠ざける機能を発揮し、更に、全体で強い屈折力を持つ第4レンズ群を像側に最も近い位置に配置することにより、射出瞳位置を像面から更に遠ざけて、撮像素子への入射角を十分に小さくする。」

【0044】【発明の効果】以上に説明したように本発明によれば、十分な大きさのバックフォーカスを持ち、更に結像面からの射出瞳位置を十分確保した高性能な撮影レンズ装置が実現され、ビデオカメラや電子スティルカメラ等に適した撮影レンズ装置を提供することができる。」以上のとおり、乙9~12によれば、光学的センサの周辺部に位置する受光素子に入射する光束の光量が減少するのを防止するため、「読み取り対象からの反射光が絞りを通過した後に結像レンズに入射するよう、絞りを配置することによって、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定」するという構成とすることは、本件特許出願当時、ビデオカメラ等の分野において周知であったと認めることができる。

(イ)原告は、ビデオカメラ等と2次元バーコードリーダーの技術的意義は異なるので、当業者がビデオカメラ分野の技術(乙9~12)を当然のこととして2次元コードリーダの読取装置に適用することを考えるものではないと主張する。

しかし、その主たる目的が色彩等の再現性にあるか2次元バーコードの読取りにあるかという点で異なる面があるとしても、集光レンズ付きCCDエリアセンサを通常の目的で使用する限りは、光学的センサの周辺部に位置する受光素子に入射する光束の光量が減少することにより光学素子に入射する光束の光量が低下して検出感度が低下するという課題は共通しており、当業者であれば、2次元バーコードリーダーにおける同課題の解決のため、光学系の近接した技術分野であるスチルカメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ等の技術を適用することについての動機付けを得ることは容易であるというべきである。

そして、前記(1)ウのとおり、ICX084ALデータシート(乙39)には、ICX084ALが2次元バーコードリーダー、PCインプットカメラに適している旨の記載が、1995年9月25日付けの日経エレクトロニクス(乙64の3)には、ICX084ALを含むソニーの全画素読出し方式CCDが電子スチルカメラ、2次元バーコードリーダー等に適している旨の記載があり、また、平成9年7月13日付け日経産業新聞(乙57)には、「バーコード読み取り手持ち型機器を発売・・・デジタルカメラの技術を応用し」との記載があることも、バーコードリーダーとデジタルカメラとが技術を共通にする関係にあることを裏付けるものということができる。

(ウ)以上によれば、当業者が、本件特許出願当時、公知発明に乙9~12に記載されたデジタルカメラ等の光学系に関する上記技術を組み合わせることにより、相違点1に係る構成を想到することは容易であったということができる。

イ 相違点2について

本件発明は、光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し、光学的センサの中心部に位置する受光素子から出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように、射出瞳位置を設定するものであるが、この「所定値」については本件明細書に具体的な記載がなく、上記の出力の比のほか、照射光の光量、露光時間などの調整等の結果として、光学センサの中心部と周辺部のいずれでも適切な読取りができるようになることを意味するにすぎないと解される。

また、本件明細書の段落【0011】【0042】の記載によれば、露光時間などの調整は従来から行っていた技術であり、本件発明の構成である射出瞳位置の設定等を採用することで、これが容易となることを意味するにすぎないものと解される。また、露光時間などの調整を行うことが本件特許出願当時に周知であったことは、乙5、13、23にも示されているとおりである。

そうすると、相違点1に係る構成を想到することが前記のとおり容易である以上、光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように射出瞳位置を適宜設定し、周知技術を用いて露光時間を調整するなどして中心部においても周辺部においても読取りが可能となるようにすることは当業者にとって容易であったというべきである。

ウ 以上のとおり、相違点1及び2は、公知発明に本件特許出願当時の周知技術を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たということができる。

(5)小括

以上のとおり、本件特許は進歩性を欠き、特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。

6.検討

(1)本件の原告(特許権者)は本件特許に基づいて別の被告に対する侵害訴訟も起こしていました。こちらは平成28年(ワ)第32038号 特許権侵害差止等請求事件で、本ブログでも既に検討しました。この平成28年(ワ)第32038号は東京地裁民事第47部が担当し、特許は無効であると判断しました。今回は東京地裁民事第40部が担当しましたが、同じように特許は無効と判断しました。

(2)既に検討済みの案件のため詳しい内容についての説明は省略します。面白いのは被告が無効主張に用いて、裁判所が無効と判断する根拠とした証拠が二つの事件ともに全く同じだった点です。特許無効審判を請求したのが2事件の被告とは別の企業であったことと照らし合わせると両事件の被告の製品に搭載された本件特許と関係の深い部分を供給した会社が特許無効審判を請求した可能性があります。

(3)両事件における無効判断の内容を比較すると、平成28年(ワ)第32038号と本件ででは主引用発明と本件発明との一致点(構成要件A、B、C、E、H)については全く同じですが、相違点については平成28年(ワ)第32038号では3点(構成要件F、G、D)としているのに対して、本件では2点(構成要件F、G)としています。つまり本件では構成要件Dに関しては一致しているとも相違しているとも認定しないまま無効と判断しています。平成28年(ワ)第32038号の判決を意識しすぎて書き忘れたのでしょうか?