半導体チップ製造方法事件

投稿日: 2017/08/18 1:04:51

今日は、平成25年(ワ)第7478号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である日亜化学工業は青色ダイオードの製品化で一躍有名になった会社です。一方、被告である株式会社立花エレテックは、判決文によると、各種電気機械器具、照明機械器具、電子応用機械器具等の製造・販売、半導体素子等の輸出入及び販売等を業とする株式会社、E&E Japan株式会社は電子部品の輸出入及び販売等を業とする株式会社だそうです。E&E Japan株式会社のホームページによるとE&Eグループは台湾上場企業のEverlight社及びEpistar社より出資を受けているそうです。

 

1.手続の時系列の整理

① 本事件については特許無効審判の審決がすでに確定し、新たな特許無効審判が請求された様子もないので、被告は控訴しなかったと思われます。

② 原告が訴訟を提起した後に本件特許に対して閲覧請求等されていないので、被告は既に閲覧請求等は澄ましているものと思われます。したがって、当事者間交渉が遅くとも裁判の2年前から行われていたと思われます。

③ 本事件では、原告が特許無効審判での訂正請求に基づく訂正の再抗弁を主張していましたが、2015年(平成27年)4月21日の弁論準備手続期日において、当該訂正の再抗弁の主張を撤回したそうです。

2.特許の内容

(本件発明)

A サファイア基板(1)上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において、

前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝(11)を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に、第一の割り溝(11)の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と、

前記ウエハーのサファイア基板(1)側から第一の割り溝(11)の線と合致する位置で、第一の割り溝(11)の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝(22)を形成する工程と、

D 前記第一の割り溝(11)および前記第二の割り溝(22)に沿って、前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする

E 窒化ガリリム系化合物半導体チップの製造方法。


3.争点

(1)被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか

ア 構成要件Bの充足性

(ア)「エッチングにより」の充足性

(イ)「第一の割り溝・・・と共に・・電極が形成できる平面を形成する」の充足性

(ウ)「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」の充足性

イ 構成要件C及びD「第二の割り溝」の充足性

(2)構成要件C及びD「第二の割り溝」についての均等侵害の成否

(3)本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか

ア 乙2公報に基づく新規性ないし進歩性欠如の有無

イ 乙3公報に基づく進歩性欠如の有無

ウ 本件補正における新規事項追加の有無

エ 乙6公報及び乙3公報に基づく進歩性欠如の有無

(4)損害発生の有無及びその額

(5)弁済の抗弁の成否

4.裁判所の判断

4.1 本件発明の意義

(1)本件発明の内容

-省略-

(2)以上によれば、本件発明は、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体(以下「窒化物半導体」ということがある。)が積層されたウエハーをチップ状に切断する方法に関する発明であって(段落【0001】)、従来技術では、半導体材料が積層されたウエハーからチップを切り出すには、ダイサーを使用して、ブレードの回転運動によりウエハーを直接フルカットするか、ハーフカットした上で外力によってウエハーを割り、あるいは、スクライバーを使用して、対象のへき開性を利用してスクライブラインを引いた後、外力によりウエハーを割る方法が用いられていたが(段落【0003】、【0004】)、窒化物半導体はへき開性を有しないサファイア基板の上に積層されるため、スクライバーで切断するのが困難であり、また、ダイサーで切断する場合でも、窒化物半導体がサファイア基板からはがれやすく、サファイア基盤が硬いためクラック等が発生しやすいために正確に切断できないという課題があったことから(段落【0005】)、本件発明においては、ウエハーの半導体層から第一の割り溝を線幅W1として(これとともに、第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面をも)エッチングにより形成する工程と、サファイア基盤側に第一の割り溝の線と合致する位置に第一の割り溝の線幅W1よりも狭い線幅W2の第二の割り溝を形成する工程と、それらの割り溝に沿ってウエハーを分離する工程を具備することにより(段落【0007】)、クラック等の発生を防止するとともに、ウエハーをまっすぐに割ることが可能となるか、切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも、p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがなく、一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという効果を奏する発明であると認められる(段落【0006】、【0012】ないし【0017】)。

4.2 被告チップについて

証拠(甲6、7、17、18〔枝番省略〕)及び弁論の全趣旨によれば、被告チップについて次のとおり認められる。

(1)イ号チップの形状等(甲6、17、18)

ア 半導体層側

イ号チップは、模式図である下記図1(1)-1ないし3のとおり、白色のサファイア基板上に水色及びピンク色の窒化ガリウム系半導体層が積層されている(ただし、白色のサファイア基板において「切り欠き」と記載されている部分については、「切り欠き」ではなく、後記イのとおりLMA法のレーザースクライブによる変質部分が残存したものである。)。

半導体層は、図に水色で示したn型層とその上に位置するピンク色で示したp型層の2段になっており、n型層の一部(上にp型層の存在しない部分)が露出している。そして、n型層の露出面の一部には青色で示したn電極が、p型層の上には赤色で示したp電極がそれぞれ形成されている。

半導体層を平面視すると、n型層の露出面は、周囲(四方)の略直線状の部分(以下「直線部分」ということがある。)と、n電極が形成される平面部分(以下「n電極形成面」ということがある。)から成っており、直線部分とn電極形成面のn型層としての厚さ(高さ)は、ほぼ同一である。

n型層の露出面のうち直線部分の幅は、チップの左端が約9μm、右端が約12μm、上端が約17μm、下端が約15μmとなっている。

p型層は、長方形の隅を半弧状に切り欠いた形状であり、長方形の角に相当する部分、半弧状に切り欠いた部分の端と長方形の辺との接点に相当する部分のいずれも、直線状ではなく、丸みを帯びた形状をしている。

また、p型層とn型層との間には段差(以下「pn段差部」という。)があるが、このpn段差部も、直線状ではなく、湾曲した傾斜面となっている。

イ サファイア基板側

サファイア基板の半導体層とは反対側の底面部分には、半導体層のn型層の露出面のうち直線部分に対応する位置に、LMA法のレーザースクライブによる断面V字形状の変質部分(断面V字状変質部)が残存しており、その幅は約5ないし8μmである。

そして、証拠(甲20)によれば、LMA法でサファイア基盤を加工した場合、溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し、この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが、加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し、この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。

ウ ウエハーとチップの関係

上記のイ号チップの形状等に照らすと、イ号チップは、下記の模式図のようなウエハーを形成した上で、これを割ることにより得られたものと認められる。

(2)ロ号チップの形状等(甲7、17、18)

ロ号チップの形状等も、上記(1)のイ号チップと同様であるが、n型層の露出面の直線部分の幅が異なっており、チップの左端が約24μm、右端が約27μm、上端が約28μm、下端が約23μmとなっている。

4.3 争点(1)ア(ア)(構成要件Bの「エッチングにより」の充足性)について

(1)被告チップがエッチングと選択成長のいずれにより第一の割り溝に相当するn型層露出面を形成したかが争われているところ、証拠(甲17)及び弁論の全趣旨によれば、半導体層の一部の厚さを他の部分よりも薄くする場合には、エッチングを採用すると、薄くなった部分と厚い部分との境界が丸みを帯びるのに対し、選択成長を採用すると、境界は直線状の形状となること、同様に、エッチングを採用すると、pn段差部が湾曲した形状となるのに対し、選択成長を採用すると、pn段差部の斜面はGaN結晶の特定の面に対応するため、特定の傾斜角を有する直線形状となることが認められる

これを被告チップについてみるに、上記2(1)アで認定したとおり、被告チップは、p型層の角に相当する部分や、p型層とn型層との段差部分がいずれも丸みを帯びている

したがって、被告チップのn型層露出部分は、エッチングの方法により形成されたと認めるのが相当である。

(2)被告らの主張に対する判断

この点に関して被告らは、被告チップの丸みを帯びた形状について、まず「第一の割り溝」を選択成長で形成し、その後に、n電極形成面をエッチングで形成したことによって形成された可能性があると主張する

しかしながら、上記2で認定したとおり、被告チップのn型層の露出面は、直線部分とn電極形成面とで、その厚さ(高さ)がほぼ同一である。そうすると、被告らの主張する方法を採用した場合、選択成長により形成された直線部分の厚さと、これとは別にエッチングにより形成するn電極形成面の厚さを揃えるための調整を要することになるが、技術常識に照らし、そのような調整が行われるとは考え難いから、被告チップが被告らの主張する方法で製造されたとは認められない。

したがって、被告らの上記主張は採用することができない。

(3)以上のとおり、被告方法は、構成要件Bの「エッチングにより」を充足する。

4.4 争点(1)ア(イ)(構成要件Bの「第一の割り溝・・・と共に・・・電極が形成できる平面を形成する」の充足性)について

(1)被告チップのn型層の露出面は、直線部分とn電極形成面とで、その厚さ(高さ)がほぼ同じであるという上記2の認定事実に照らすと、直線部分とn電極形成面は、エッチングにより同時に形成されたものと認めるのが相当である。

(2)被告らの主張に対する判断

この点に関して被告らは、争点(1)ア(ア)と同様に、「第一の割り溝」を選択成長で形成し、その後に、n電極形成面をエッチングで形成した可能性があるから、構成要件Bの「共に」を充足しない旨主張するが、前記3(2)で説示したのと同様の理由から、被告らの上記主張は採用することができない。

また、被告らは、割り溝の形成工程と電極形成領域の形成工程とは別個に行うことが技術常識であると主張し、別件分割出願に係る異議事件において原告が特許庁に提出した意見書(乙15)にも同趣旨の記載があるとする。

しかしながら、上記意見書(乙15)の記載によれば、当該意見書においては、一般的な半導体素子の製造方法では割り溝の形成工程と電極形成領域の形成工程とは別工程である旨が記載されているものの、親出願である本件特許出願においてはn電極の形成工程とウエハー切断のための第一の割り溝の形成工程とを一体化することが可能となる旨説明されていることが認められる。そうすると、そのような本件発明の開示後についてまで、割り溝の形成工程と電極形成領域の形成工程とが別工程で行われることが技術常識であると認めることはできず、被告らの上記主張も採用することができない。

(3)以上のとおり、被告方法は、構成要件Bの「第一の割り溝・・・と共に・・・一部に電極が形成できる平面を形成する」を充足する。

4.5 争点(1)ア(ウ)(構成要件Bの「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」の充足性)について

(1)構成要件Bにおける「一部に」の意義

構成要件Bには、「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」との記載がある。本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、構成要件Bでは、「第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に」、「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」ところ、構成要件Cに「第一の割り溝の線」という記載があることを併せ考慮すると、第一の割り溝には、少なくとも「線」の部分と「電極が形成できる平面」の部分が存するのであって、「線状」に形成される第一の割り溝にはそれらの部分が含まれるものと解される。また、「電極が形成できる平面」に関しては、上記のとおり、「第一の割り溝の一部に」としか特定されておらず、「線」の部分の一部である(線の部分に内包される)という限定はされていないのであって、第一の割り溝全体のうちの一部に形成されていれば足りると解される。このことは、本件明細書等においても、「電極が形成できる平面」につき、段落【0016】において、【図4】における半弧状の切り欠き部分にn層の電極を形成することができる旨の記載しかなく、【図4】には、W1の幅の「線」の部分とこれに隣接する半弧状の切り欠き部分が一体として記載されていることにも合致する。

したがって、構成要件Bの「電極が形成できる平面」は、第一の割り溝の全体のうちの一部に形成されていれば足りるのであって、「線」の部分に内包される必要はないと解するのが相当である。

(2)充足性

これを被告チップについてみるに、争点(1)ア(ア)及び(イ)において判示したとおり、被告方法では、被告チップの直線部分とn電極形成面とをエッチングにより同時に形成しているものと認められるところ、直線部分とn電極形成面とは区分されていない形状であるから、それらの全体が構成要件Bの「第一の割り溝」に、その一部であるn電極形成面が構成要件Bの「電極が形成できる平面」に該当するものと認められる。

したがって、被告チップのn電極形成面は、「第一の割り溝」の「一部」にエッチングにより形成されたものであると認めることができる。

(3)被告らの主張に対する判断

この点に関して被告らは、「第一の割り溝」はチップ形状を決定するものであるから、半弧状であるn電極形成面を含まない、これを含むとすると対応する第二の割り溝に半弧状部分が形成されていないなどと主張する。

しかし、本件発明の実施例である本件明細書等の段落【0016】及び【図4】の記載に照らすと、チップ形状を示し、かつ、第二の割り溝と対応するのは、第一の割り溝のうち「線」の部分であることは、当業者であれば容易に理解できるといえるのであり、仮に被告の主張通りであるとすると、上記実施例が本件発明の技術的範囲に含まれないことになり、妥当でない

したがって、被告らの上記主張は採用することができない。

(4)以上のとおり、被告方法は、構成要件Bの「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」を充足する。

4.6 争点(1)イ(構成要件C及びDの「第二の割り溝」の充足性)について

(1)「第二の割り溝」の意義

「第二の割り溝」における「溝」の意義について検討するに、本件発明に係る特許請求の範囲の記載には、「第二の割り溝」における「溝」の形状を示す記載はなく、本件明細書等においても、「溝」の形状に関する定義はない。

乙26(大辞林第2版)によれば、一般に、「溝」とは細長く掘ったものや細長い窪みを指すことが認められ、また、本件明細書等においても、エッチング、ダイシング又はスクライブ等の手法を用いることができるとされ(段落【0009】)、【図1】ないし【図3】においても、第二の割り溝22として、窪みの形状が記載されている。

そうすると、第二の割り溝における「溝」とは、周囲よりも窪んでいる細長い形状の部分を指すものと認めるのが相当である

(2)充足性

これを被告方法についてみるに、被告方法が、サファイア基板側の加工方法として、LMA法のレーザースクライブを採用していることは、当事者間に争いがない。

そして、原告の主張によっても、サファイア基板に対してLMA法のレーザースクライブが行われると、元々存在していた単結晶サファイアが変質し、多結晶化した断面V字形状変質部、すなわち、多結晶化した物質が存在しており、周囲よりも窪んだ状態にはなっていないのであるから、そのような部分が本件発明における第二の割り「溝」に該当すると認めることはできない

(3)原告の主張に対する判断

この点に関して原告は、単結晶サファイアが存在しない部分が「溝」に該当する旨主張するが、本件特許の特許請求の範囲の記載においても、本件明細書等においても、「第二の割り溝」について、単結晶サファイアが存在しない部分を指すことを示す記載はないし、たとえ構造が異なるものであってもそこに物質が存在する以上、その部分を窪んだ部分と認めることはできないというべきである。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(4)以上のとおり、被告方法は、構成要件C及びDの「第二の割り溝」を充足しない。

4.7 争点(2)(構成要件C及びD「第二の割り溝」についての均等侵害の成否)について

(1)特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等する製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても、①その部分が特許発明の本質的部分ではなく(以下「第1要件」という。)、②その部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(以下「第2要件」という。)、③そのように置き換えることに、特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(以下「第3要件」という。)、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではなく(以下「第4要件」という。)、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(以下「第5要件」という。)は、対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成6年(オ)第1083号平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。

(2)上記のとおり、被告方法は、本件発明の構成要件A、Eに加えて、構成要件Bも充足するが、「第二の割り溝」ではなく、その位置にLMA法のレーザースクライブによる変質部を形成している点で、本件発明の構成要件C及びDと相違する。そこで、以下、LMA法のレーザースクライブにより変質部を形成する被告方法が、本件発明の「第二の割り溝」を用いる場合と均等なものといえるかについて検討する。

(3)第1要件について

ア 特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。

そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち、特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきである。

ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。

また、第1要件の判断、すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には、上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し、これを備えていると認められる場合には、相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり、対象製品等に、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても、そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならないと解すべきである(知的財産高等裁判所平成28年3月25日(平成27年(ネ)第10014号)特別部判決参照)。

イ 本件特許請求の範囲は前記第2、1(4)のとおりであり、本件明細書等の記載は前記1(1)のとおりであるところ、本件発明は、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり(段落【0001】)、ウェハーを切断する従来技術としては、一般に、刃先をダイヤモンドとするブレードの回転運動により、ウエハーを直接フルカットするか、または刃先巾よりも広い巾の溝を切り込んだ後(ハーフカット)、外力によってウエハーを割る装置であるダイサー、又は、同じく先端をダイヤモンドとする針の往復直線運動によりウエハーに極めて細いスクライブライン(罫書線)を例えば碁盤目状に引いた後、外力によってウエハーを割る装置であるスクライバーが使用されていたところ(段落【0003】)、サファイア基板は硬く、へき開性を有しないため、従来技術のスクライバーを用いる方法では切断するのが困難であり、ダイサーを用いる方法でもクラック等が発生しやすく、正確に切断できないという課題があったことから(段落【0005】)、本件発明においては、ウエハーの半導体層から線幅W1の第一の割り溝をエッチングにより形成すること、サファイア基板側に第二の割り溝を形成すること、第二の割り溝について第一の割り溝の線と合致する位置とすること、第二の割り溝の線幅W2を第一の割り溝の線幅W1よりも狭くすること、それらの割り溝に沿ってウエハーを分離するという工程を採用することで(段落【0007】)、クラック等の発生を防止するとともに、ウエハーをまっすぐに割ることが可能となるか、切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも、p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないので、一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという効果を奏するようにしたものである(段落【0006】、【0012】ないし【0017】)。

また、本件明細書等には、「第二の割り溝」を形成する方法について、手法は特に問わないとしており、エッチング、ダイシング、スクライブ等の手法を用いることが可能であるとされ、このうち、線幅を狭くすることが可能であるなどの理由から、スクライブが特に好ましいとするにとどまっており(段落【0009】)、「第二の割り溝」に関して、その形成の方法は特に限定されていない。

そして、本件においては、本件明細書等に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分であるという事情は認められない。

以上のような、本件特許の特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から導かれる本件発明の課題、解決方法、その効果に照らすと、本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり、半導体層側にエッチングにより第一の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成し、サファイア基板側にも何らかの方法により第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成するとともに、それらの位置関係を一致させ、サファイア基板側の線幅を狭くした点にあると認めるのが相当であり、サファイア基板側に形成される第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分が、空洞として溝になっているかどうか、また、線状の部分の形成方法としていかなる方法を採用するかは上記特徴的部分に当たらないというべきである

ウ 被告方法は、前記2で認定したように、サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断するに当たり、半導体層側にエッチングにより切断に資する線状の部分を形成し、サファイア基板側にもLMA法のレーザースクライブによって切断に資する線状の変質部を形成するとともに、それらの位置関係を一致させ、サファイア基板側の線幅を狭くしているのである。

そして、前記2(1)イで説示したとおり、LMA法でサファイア基板を加工した場合、溶融領域が発生し急激な冷却で多結晶化し、この多結晶領域は多数のブロックに分かれるが、加工領域中央に実質の幅が極端に狭い境界が発生し、この表面に垂直な境界線の先端に応力集中するので割れやすくなることが認められる。

そうすると、被告方法は本件発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を共通に備えているものと認められる。

したがって、本件発明と被告方法との相違部分は本質的部分ではないというべきである。

エ 被告らの主張に対する判断

この点に関して被告らは、LMA法のレーザースクライブについて、対象と「非接触」であるため、クラック等が発生せず、かつ、ほぼ垂直に分割されることから、本件発明の課題自体が存在しないことになり、そのような方法を用いたとしても、本件発明の本質的部分に当たらない旨主張する。

そして、乙14(再公表特許第2006/062017号。以下「乙14文献」という。)の段落【0039】には、【図9】、【図10】に関して、LMA法により形成された変質領域に隣接する正常領域のブレイク面が略垂直である旨の記載がある。

しかしながら、他方で、乙14文献の段落【0043】等には、同じ【図9】、【図10】に関して、デフォーカス値によっては、正常領域のブレイク面の垂直方向につき多少の傾斜や段差が存在する旨の記載もあるのであって、LMA法のレーザースクライブであるからといって、切断面が斜めになることで不良品が生じるという本件発明の課題が発生しないと認めることはできない。

したがって、被告らの上記主張は採用することができない。

オ 以上のとおりで、被告方法は、均等の第1要件を充足すると認められる。

(4)第2要件について

ア 前記(3)で検討したところによれば、本件発明は、半導体層側にエッチングにより第一の割り溝を形成し、サファイア基盤側にも第二の割り溝、すなわち、切断に資する線状の部分を形成するとともに、それらの位置関係を一致させ、サファイア基盤側の線幅を狭くすることで、切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも、p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないなどといった作用効果を奏するものと認められる。

イ これに対し、被告方法は、本件発明の第二の割り溝を、LMA法のレーザースクライブにより形成された線状の変質部に置換したにすぎず、前記2(1)イで説示したとおり、線状の変質部の存在が切断に資することに変わりなく、また、第一の割り溝と位置関係が一致し、第一の割り溝の線幅より狭いという構成によって、切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも、p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがないという作用効果を奏するものと認められ、本件発明と同一の作用効果を奏するものである。

ウ この点に関して被告らは、被告方法について、LMA法のレーザースクライブを用いると本件発明の課題が生じないと主張するが、上記(3)で説示したとおり、当該主張は採用することができない。

エ したがって、被告方法は、均等の第2要件を充足すると認められる。

(5)第3要件について

ア 前記(3)で判示したとおり、本件発明においては、第二の割り溝の形成方法は特に限定されていないものの、スクライブが好ましいとされていた。

これに対し、証拠(甲19、20、乙14)によれば、LMA法のレーザースクライブは、従来技術であるダイヤモンドの針を使用して溝を形成する物理的なスクライブや、レーザーを使用して溝を形成するアブレーション法のレーザースクライブに対する新たな技術として開発された技術であると認められる。

このように、本件発明における第二の割り溝の形成方法として、溝を形成する従来のスクライブが好ましい方法として記載されており、LMA法のレーザースクライブが、従来技術である溝を形成するスクライブの置換技術である以上、スクライブ等の方法による第二の割り溝の形成を、LMA法のレーザースクライブによる線状の変質部の形成に置換することは容易であったと認められる。

イ この点に関して被告らは、LMA法のレーザースクライブについて、高生産性と光量損失なしという要請の双方を同時に提供できる技術の確立に至っていなかったこと(甲20)から、置換は容易ではなかったと主張する。

しかしながら、被告らの主張によっても、高生産性と光量損失なしという要請の双方が同時に提供できないというにすぎず、溝を形成するスクライブの置換技術として開発済みであったことに変わりはないから、置換が容易であるとする上記アの判断を左右するものではない。

ウ したがって、被告方法は、均等の第3要件を充足すると認められる。

(6)第4要件及び第5要件について

均等の法理の適用が除外されるべき場合である第4要件及び第5要件については、対象製品等について均等の法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解するのが相当であるところ、本件において、被告らは、第4要件及び第5要件について何ら主張していない。

したがって、被告方法は第4要件及び第5要件を充足すると認められる。

(7)以上のとおり、被告方法の「線状の変質部」は、構成要件C及びDの「第二の割り溝」と均等なものとして、その技術的範囲に属する。

4.8 争点(3)ア(乙2公報に基づく新規性ないし進歩性欠如)について

-省略-

4.9 争点(3)イ(乙3公報に基づく進歩性欠如)について

-省略-

4.10 争点(3)ウ(本件補正における新規事項追加の有無)について

-省略-

4.11 争点(3)エ(乙6公報及び乙3公報に基づく進歩性欠如)について

-省略-

4.12 争点(4)(損害発生の有無及びその額)について

-省略-

4.13 争点(5)(弁済の抗弁)について

-省略-

5.検討

(1)これまで幾人かの裁判官による「基本発明の場合には特許請求の範囲を広く解釈する、あるいは、均等侵害を認める範囲を広くする」といった趣旨のコメントを読んだことがあります。本事件はまさにその典型例のような気がします。発明者が高名な方ですし、青色ダイオードに関係が深いサファイア基板の加工性に関するものなので。

(2)まず、文言侵害に関してですが、被告は、被告チップの丸みを帯びた形状について、まず「第一の割り溝」を選択成長で形成し、その後に、n電極形成面をエッチングで形成したことによって形成された可能性があると述べていますが、自らの製品に関して可能性があるという主張しかできないのでは弱いと思います。

(3)「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」という点について気になります。この特許請求の範囲には「溝」、「線状」、「線」、「線幅」という文言が幾つも使われており、それぞれの定義や関係性がわかりいと思います。判決では「線状」に形成される「第一の割り溝」には「線」と「平面」が存在すると述べています。しかし、これは「所望のチップ形状で」という文言を外して解釈したものであり、この「所望のチップ形状で」を入れるとよくわからなくなり、さらにこれをベースに「第二の割り溝」について考えるとますますわからなくなります。この辺りは「所望のチップ形状で」を外すことで解釈しやすくしたように思います。

しかしまた、判決に「チップ形状を示し、かつ、第二の割り溝と対応するのは、第一の割り溝のうち「線」の部分であることは、当業者であれば容易に理解できるといえるのであり、仮に被告の主張通りであるとすると、上記実施例が本件発明の技術的範囲に含まれないことになり、妥当でない。」とある点はかなり違和感を覚えます。これだとまるで特許請求の範囲の記載は実施例を含むように解釈しなければならないように読めますが、本末転倒のように思います。

(4)一方、「第二の割り溝」については、イ号チップやロ号チップのサファイア基板がレーザースクライブで加工処理されているため溝が形成されていないので充足しないと認定されました。しかし、この相違点については均等侵害が認められています。このサファイア基板の結晶を取り除いて溝を形成するという技術思想が発明の本質ではない、と認めている点が本件発明に関して広めに認めていると思うところです。普通の発明だったらどうだったのか?気になる点です。

また、一言にレーザースクライブといっても刃物によるスクライブのように溝を形成するものから、イ号チップ製造に用いられたように結晶を変質させるものまであります。判決を読むとイ号チップの製造に用いたレーザースクライブはサファイア表面を全く掘らず、結晶を変質させただけのようなので、これと物理的に溝を形成したスクライブとが容易に置換できるものなのか?やはり侵害品製造時の技術がイマイチわからないので気になります。(赤字2017.08.20修正)