グラブバケット事件

投稿日: 2017/12/03 23:20:26

今日は平成27年(行ケ)第10149号 審決取消請求事件について検討します。本件は、株式会社光栄鉄工所が保有する特許第3884028号(請求項1)に対して、ミノツ鉄工株式会社が請求した特許無効審判(無効2010-800231号事件)の審決に対して、原告である特許権者が提起した取消訴訟です。

この事件では形式的な出訴(2回目の審決取消訴訟)も含めて全部で3回ほど審決取消訴訟が提起されました。したがって、1回目の審決取消訴訟(平成23年(行ケ)第10414号 審決取消請求事件)も含めて検討します。

 

〈検討結果〉

(1)一連の事件の手続きが複雑なので簡単にまとめておきます。

① ミノツ鉄工株式会社(請求人)は、株式会社光栄鉄工所等(特許権者)の特許発明について特許無効審判(無効2010-800231)を請求。

② 特許権者は、訂正請求(以下、第1次訂正)。

③ 特許庁は、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下、第1次審決)

④ 請求人は、第1次審決の取消しを求める訴訟(平成23年(行ケ)第10414号)を提起。

⑤ 知財高裁は、第1次審決を取り消す旨(特許発明は無効)の判決(以下、前訴判決)。

⑥ 特許権者は上告受理申立するが上告不受理の決定により確定。

⑦ 特許権者は、特許庁での再審理中には、訂正請求。

⑧ 特許庁は、「訂正を認める。特許発明を無効とする。」との審決(以下、第2次審決)

⑨ 特許権者は、第2次審決の取消しを求める訴訟(平成26年(行ケ)第10136号)を提起するとともに訂正審判を請求。

⑩ 知財高裁は、平成23年法律第63号による改正前の特許法181条2項に基づき、第2次審決を取り消す旨の決定。

⑪ 特許庁は、「訂正を認める。特許発明を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)

⑫ 特許権者は、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起するとともに訂正審判を請求。

⑬ 知財高裁は、本件審決を取り消す旨(特許発明は有効)の判決(以下、本件判決)

-以下は、本判決後の手続きの経緯-

⑭ 請求人は、上告及び上告受理申立するが上告棄却及び上告不受理の決定。

⑮ 特許庁は、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決。

⑯ ミノツ鉄工株式会社(請求人)は、株式会社光栄鉄工所等(特許権者)の特許発明について新たな特許無効審判(無効2017-800134)を請求。

一連の手続きから特許庁の審決と知財高裁の判決の結果だけ抜き出すと以下のようになります。最初にミノツ鉄工株式会社が特許無効審判を請求してから決着がつくまでに7年近く掛かりました。その間に3回審決取消訴訟が提起され、特許庁に差し戻すための形式的な審決取消訴訟を除いた2回の審決取消訴訟でいずれも審決が覆りました。

(2)肝心の特許の内容ですが、解決すべき課題と対応する発明のポイントは二つあります。一つ目はシェルを爪無しの平底にすること、二つ目はグラブバケットのタイロッドの軸心間の距離に対してシェルの幅内寸の距離を60%以上とすることです。このうち、二つ目については根拠はよくわかりませんがどのような構成であるかはわかりました。しかし、一つ目については、本件特許の明細書等には従来のグラブバケットは「丸底爪付き」(図7、8)であって、本件発明は「爪無し平底幅広」(図1、2)と書いてありますが、それぞれの正面図(図1、7)のシェルの構造を見ても違いがわかりません。側面図(図2、8)はさすがに幅広のニュアンスはわかりますが、やはり「爪の有無」と「丸底と平底」の違いがわかりません。

そのため発明のポイントの一つは理解できないのですが、無効理由の証拠として挙げられた引用文献はいずれも爪の有無及び底の形状についての記載がなく、本件特許の図面の形状に似ているので対比には問題ないように思います。

(3)そうなると前訴判決時点における本件発明のポイントは詰まるところ「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上」である点だけだと思います。

請求人はいくつかの引用文献を挙げその図面の寸法を測って当該関係を満たしている、と主張したようです。これに対し第一次審決では特許出願の願書に添付される図面は設計図ではなく説明図に留まるものでこれにより各部分の寸法や角度が特定されるものではない、という通説とおりの判断がなされました。

これに対して請求人は、取消事由の一つとして各引用例の添付図面において、各引用例に記載された発明の技術思想として、本件構成1と同様に、シェルの幅内寸の距離を60以上とすることが開示されているというべきである、として出訴しました。

この審決取消訴訟で知財高裁は引用例3だけは当該関係を満たす内容が開示されていると認定しましたが、引用例4、5については、設計図のような正確な縮尺で作成されたものではない可能性を否定できない以上、引用例4及び5において、本件構成1が開示されているとまでいうことはできない、と認定し進歩性欠如と判断して審決を取消しました。

(4)その後の特許権者が訂正しましたが、第二次審決では特許発明は無効と判断されました。その審決に対する提訴の際に訂正審判を請求することで差戻の決定を受け(法改正前の制度)、特許庁で訂正の内容について審理されました。その結果、特許庁では再び特許発明は無効との本件審決を受け、出訴したところ、審決を取り消すという本件判決を受けました。この本件判決を読むと第二次審決以降に訂正した内容について進歩性が認められました。

(5)本件の経緯を読んでいくと、よくこの明細書等の記載内容で特許を維持できた、と感心しました。前述のとおり私は本件明細書等を読んで「爪の有無」と「丸底と平底」の違いがわからないために発明のポイントが把握できませんでしたが、本件判決でも同じような指摘をされていました。普通に考えると記載要件を満たしているのか疑問に思いますが、特にその点については争われていませんでした。請求人は新たな特許無効審判を請求したようですが、どのような無効理由を根拠として請求したのかまではわかりません。

(6)ところで、この一連の事件で一番興味があったのは特許発明で「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とし」という点について、引用例に明確な数値が開示されていない場合にどのように解釈されるか?という点でした。本件では特許庁及び知財高裁ともに特許文献である引用例の図は設計図のように正確ではない可能性を否定できないという前提に立った上で、何とか引用例には60以上であることが開示されているとの結論に導いています(少し苦しい気もしますが)。

これはこれでもちろん良いのですが、引用例の明細書にも図面にも寸法について記載がない場合に図面からから導くことができる事項の限界はどこまでだろう?と興味があります。本件のようにAに対してBは60%以上という数値が明確である場合、たとえ引用例の図面上明らかにBがAの60%を超えるように描かれていても、それだけでは図面から導くことはできません。しかし、例えば本件発明の内容が「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離Aと、シェルの幅内寸の距離Bをほぼ同じにし」というものだとした場合に引用例の図面にAとBがほぼ同じように見える図が描かれている場合はどうなのでしょうか。発明が厳密に数値で定義されていませんが、本件判決にしたがうのであれば単純に引用例に開示されているとはならず、発明の課題等を考慮した上で認定する必要があると思います。

(7)このような引用例の図面の取り扱いについて理解した上で、今度は視点を変えて自分が出願人(またはその代理人)の立場になり、拒絶理由又は無効理由(以下、拒絶理由等)を解消するために補正又は訂正(以下、補正等)が必要な状況について考えてみます。当該拒絶理由等を解消するためには「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離Aと、シェルの幅内寸の距離Bをほぼ同じにし」という補正等をする必要があるのに特許出願に添付された図面にAとBがほぼ同じように見える図が描かれていて明細書には何も書かれていない場合に補正等が認められるでしょうか?少日本ではありえる、という答えになります。判例でも幾つか認められたケースがありますし、私自身の経験上もあります。

しかし、そうすると、同じ特許公報の図面であるのに引用発明として扱う場合と記載事項に関する認定が異なることになります。

(8)例えば、引用例が特許無効審判の請求人の出願した特許公報であって、当該出願人が「この引用例の図面の距離A及び距離Bは設計図のように正確に表現されている」と証言した場合はどうでしょうか?私自身はこのような判例をまだ見ていませんが、その証言を肯定するのも否定するのも難しいので判断はしない可能性がありますが、見てみたいです。

(9)(7)で「日本ではありえる」と書きましたが外国、特に欧州ではまず認められないと思った方が良いでしょう。個人的にはその方が特許の図面は説明図であって設計図ではないので図面にのみ基づいて寸法あるいは大小を認定することはない、という考え方に統一できて良いように思います。ただ、そうなると明細書作成者の責任は重くなりますが。

1.手続の時系列の整理(特許第3884028号)

 

2.平成23年(行ケ)第10414号 審決取消請求事件

2.1 訂正後の特許請求の範囲

【請求項1】

吊支ロープ(10)を連結する上部フレーム(3)に上シーブ(6)を軸支し、左右一対のシェル(1)を回動自在に軸支する下部フレーム(2)に下シーブ(7)を軸支するとともに、左右2本のタイロッド(4)の下端部をそれぞれシェル(1)に、上端部をそれぞれ上部フレーム(3)に回動自在に軸支し、上シーブ(6)と下シーブ(7)との間に開閉ロープ(8)を掛け回してシェル(1)を開閉可能にしたグラブバケットにおいて、

シェル(1)を爪無しの平底幅広構成とし、シェル(1)の上部にシェルカバー(12)を密接配置するとともに、シェル(1)を軸支するタイロッド(4)の軸心間の距離を100とした場合、シェル(1)の幅内寸の距離を60以上とし、かつ、側面視においてシェル(1)の両端部がタイロッド(4)及び下部フレーム(2)並びに下部フレーム(2)とシェル(1)を軸支する軸の外方に張り出していることを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット。


2.2 本件審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は、要するに、本件発明は、①後記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に、後記イないしオの引用例2ないし5に記載された発明等を組み合わせることによっても、②引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に、引用例5に記載された発明を組み合わせることによっても、③引用発明2に、引用例3ないし5及び後記カの引用例6に記載された発明を組み合わせることによっても、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない、というものである。

ア 引用例1:特開平9-151075号公報(甲1)

イ 引用例2:特開2000-328594号公報(甲5)

ウ 引用例3:実願平4-49043号(実開平6-1457号)のCD-ROM(甲2)

エ 引用例4:登録実用新案第3005628号公報(甲3。平成7年1月10日発行)

オ 引用例5:特開2002-160889号公報(甲14)

カ 引用例6:特開2002-115263号公報(甲15)

(2)本件審決が認定した引用発明1及び2並びに本件発明と引用発明1との一致点及び相違点(1~5)、本件発明と引用発明2との一致点及び相違点(6~9)は、次のとおりである。

ア 本件発明と引用発明1との対比

(ア)引用発明1:吊支ロープで吊り下げられる上部フレームに上部シーブを軸支し、一対のシェル部A、Bを開閉自在に軸支する下部フレームに下部シーブを軸支するとともに、一対のシェル部A、Bをそれぞれ連結する2つの連結杆A、Bが、上部フレームと一対のシェル部A、Bをそれぞれ連結しており、一方の連結杆Aの下端部をシェル部Aに、上端部を上部フレームに回動自在に軸支し、他方の連結杆Bの下端部をシェル部Bに回動自在に軸支し、該他方の連結杆Bの上端部を上部フレームに固定し、上部シーブと下部シーブとの間には、開閉ロープが巻き掛けられており、開閉ロープを繰り下ろすとシェル部A、Bは開き、開閉ロープを引き上げるとシェル部A、Bが閉じられるようにしたグラブバケットにおいて、シェル部A、Bを爪無しの平底構成とし、側面視においてシェル部A、Bの両端部が下部フレームの外方に張り出している平底浚渫用グラブバケット

(イ)一致点:吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し、左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに、左右のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに連結し、上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて、シェルを爪無しの平底構成とした平底幅広浚渫用グラブバケット

(ウ)相違点1:左右のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに連結する点に関し、本件発明においては、「左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し」ているのに対して、引用発明1においては、「一対のシェル部A、Bをそれぞれ連結する2つの連結杆A、Bが、上部フレームと一対のシェル部A、Bをそれぞれ連結しており、一方の連結杆Aの下端部をシェル部Aに、上端部を上部フレームに回動自在に軸支し、他方の連結杆Bの下端部をシェル部Bに回動自在に軸支し、該他方の連結杆Bの上端部を上部フレームに固定し」ている点

(エ)相違点2:本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」のに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明である点

(オ)相違点3:本件発明においては、「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明である点(「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とした構成」を、以下、「本件構成1」という。)

(カ)相違点4:本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」のに対して、引用発明1においては、側面視においてシェル部A、Bの両端部が下部フレームの外方に張り出しているものの、「側面視においてシェル部A、Bの両端部が連結杆A、B(本件発明における「タイロッド」に相当する。)並びに下部フレームとシェル部A、Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明である点(「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している構成」を、以下、「本件構成2」という。)

(キ)相違点5:「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し、本件発明においては、それぞれ、「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケット」であるのに対して、引用発明1においては、それぞれ、「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」である点

イ 本件発明1と引用発明2との対比

(ア)引用発明2:吊りワイヤを連結する機体に上シーブを軸支し、左右一対の左右バケットA、Bを回動自在に軸支する滑車機構に下シーブを軸支するとともに、左右2本の左右アームA、Bの下端部をそれぞれ左右バケットA、Bに、上端部をそれぞれ機体に回動自在に軸支し、上シーブと下シーブとの間に開閉用ワイヤを掛け回して左右バケットA、Bを開閉可能にしたクラムシェルバケットにおいて、左右バケットA、Bを爪無しの平底構成とし、左右バケットA、Bの上部に左右バケットA、Bの上部の面を構成するとともに、左右バケットA、Bを箱形に構成する部材を配置するとともに、側面視において左右バケットA、Bの両端部が左右アームA、Bの外方に張り出している平底浚渫用クラムシェルバケット

(イ)一致点:吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し、左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに、左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し、上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて、シェルを爪無しの平底構成とし、シェルの上部にシェルの上部の面を構成する部材を配置する平底浚渫用グラブバケット

(ウ)相違点6:シェルの上部にシェルの上部の面を構成する部材を配置する点に関し、本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」のに対して、引用発明2においては、「バケットA、Bの上部にバケットA、Bの上部の面を構成するとともに、バケットA、Bを箱形に構成する部材を配置する」点

(エ)相違点7:本件発明においては、「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明2においては、そのように構成されているか否か不明である点

(オ)相違点8:本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」のに対して、引用発明2においては、側面視において左右バケットA、Bの両端部が左右アームA、B(本件発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出しているものの、側面視において左右バケットA、Bの両端部が滑車機構(本件発明における「下部フレーム」に相当する。)並びに滑車機構と左右バケットA、Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明である点

(カ)相違点9:「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し、本件発明においては、それぞれ、「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケット」であるのに対して、引用発明2においては、それぞれ、「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」である点

2.3 取消事由

1 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1)引用例3ないし5における本件構成1の開示について

本件審決は、本件構成1について、引用例3ないし5の各図面には本件構成1が開示されているかのように見受けられるが、特許出願の際に願書に添付される図面は設計図ではなく、説明図にとどまり、これにより各部分の寸法や角度等が特定されるものではないとする

確かに、特許出願又は実用新案登録出願時に願書に添付される図面(以下、これらの図面を総称して「添付図面」という。)は、設計図ではなく、特許を受けようとする発明の内容を明らかにするための説明図ではあるが、当該図面は、発明者の意図を踏まえるとともに、発明の技術思想を反映して作成されたものである。

したがって、タイロッドの軸心間の距離を100とした場合のシェルの幅内寸の距離が、引用例3の図面では215、引用例4の図面では110、引用例5の図面では113と、いずれも本件構成1の60を大きく超えるものとなっていることからすると、上記各引用例の添付図面において、各引用例に記載された発明の技術思想として、本件構成1と同様に、シェルの幅内寸の距離を60以上とすることが開示されているというべきである

イ 引用例3に係るグラブバケット(WSグラブバケット)は、被告株式会社光栄鉄工所(以下「被告光栄」という。)により実際に製品化され、使用されている(甲25、甲32の2・4。各種設計に応じて大きさは様々であるが、総称して、以下、「本件製品」という。)。本件製品のリーフレット(甲25。以下「本件リーフレット」という。)には、「実用新案・意匠登録済」の記載があるところ、引用例3は公開実用新案公報であること、同リーフレットの記載内容と引用例3が開示する技術内容とが完全に一致すること等からすると、引用例3に係るグラブバケットと本件製品とが実質的に同一であることは明らかである

本件リーフレットに記載されている本件製品の各設計寸法によると、同製品のタイロッドの軸心間の距離を100とした場合のシェルの幅内寸の距離は全て60以上となっており、当該数値は設計図面から導き出せる定量的事項というべきである。

そうすると、引用例3の添付図面における「タイロッドの軸心間の距離」は、実在するグラブバケットの「タイロッドの軸心間の距離」を忠実かつ正確に記載したものというべきであるから、同図面に記載された「タイロッドの軸心間の距離」も、「シェルの口幅方向の長さL」と同様に、同図面に記載された具体的な定量的事項であるというべきである。シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合に、シェルの幅内寸の距離が215であることは、引用例3の添付図面のうち、正面図及び側面図を縦横等倍となるように縮小・拡大するという極めて容易な作業によって直ちに判明するものであって、引用例3には本件構成1が開示されていないとした本件審決の認定は誤りである。

ウ 以上によると、引用例3ないし5には、本件構成1が開示されているというべきである。

(2)相違点3に係る判断の誤りについて

ア 荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することについて

(ア)本件審決は、使用態様に基づいて要求される特性の相違を踏まえると、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することを当業者が容易に想到し得るものということはできないとする。

しかしながら、クラムシェル型グラブバケットは、500年以上も前に浚渫用として開発され、その後に荷役用グラブバケットが開発されたものである。19世紀終盤から20世紀初頭にかけて、本件発明と基本態様を同じくするクラムシェル型グラブバケットが、浚渫用のみならず、掘削、荷役用として使用されていた。荷役用及び浚渫用グラブバケットは、いずれも製造者が同一であるし、国際特許分類やFタームにおいても同一の分類に属するものである。

浚渫用及び荷役用グラブバケットは、クレーンにより操作されてばら物を掬い取り、運搬・移動させるという作業内容・目的が共通しており、掴み対象の性状も、基本的に均質であるが、時として不均質なものを掴むおそれがあることに変わりはなく、グラブバケットを目視できるか否かということと、作業精度、作業効率及び作業の安全性との間の相関性が皆無であることも共通する。浚渫用グラブバケットにおいて、目視が不可能な状態での作業を余儀なくされるという課題は、本件出願時には既に従来技術(GPSやソナーを活用する方法等)により解決済みである。本件発明に係る浚渫用グラブバケットにおいて、水中で使用され、目視できないという事情を前提として、従来の荷役用グラブバケットにはない特別な構成が採用されているわけでもない。

また、浚渫用グラブバケットは、比重が1.6程度のヘドロ、土砂(比重不明)、水(比重1)を浚渫対象(掴み対象)とするから、比重が5を超える鉄鉱石や、比重が2を超えるボーキサイト等を荷役対象(掴み対象)とする荷役用グラブバケットと比較してより高い剛性が求められるわけではない。むしろ、掴み対象の比重に鑑みると、実際には荷役用グラブバケットの方が、浚渫用グラブバケットよりも高い剛性が要求される場合もある。

したがって、浚渫用グラブバケットが荷役用グラブバケットよりも高い剛性が求められるということはできない。

(イ)荷役用及び浚渫用の両用途に使用できるグラブバケットは、従来から存在していた(甲50)。

また、平成14年(2002年)版船舶電話帳に掲載された被告光栄の広告(甲32の2。以下「本件広告」という。)には、クラムシェル型グラブバケットを使用して浚渫工事を行う様子が撮影された写真が掲載されているところ、当該写真には、本件構成2を有するグラブバケットが「グラブバケット(WS型)」として紹介されているから、当該グラブバケットは、本件製品であるということができる。本件リーフレットの記載(「1995.4」)からすると、同リーフレットは平成7年4月に印刷されたものということができるから、本件製品は、少なくともその頃には製造販売されていたものと推測される。そうすると、当業者たる被告光栄自身が、本件出願前に製造販売していた荷役用グラブバケットである本件製品を浚渫作業に使用していたことになる。引用例3に係る荷役用グラブバケットである本件製品が、浚渫用グラブバケットとしても実際に使用されていた以上、引用例3に係る荷役用グラブバケットの技術を、引用発明1の浚渫用グラブバケットに適用する動機付けが存在すること、その適用に阻害要因が存在しないことは明らかである。

(ウ)以上によると、浚渫用グラブバケットと荷役用グラブバケットとを明確に区別し、各グラブバケットの用途の差異のみに基づいて、荷役用グラブバケットに係る技術の浚渫用グラブバケットへの適用を否定する本件審決は誤りである。

イ 本件構成1の技術的意義について

(ア)本件明細書には、シェルの幅内寸の距離を60以上とすることの臨界的意義について全く記載されていないから、当該数値範囲は技術的な裏付けのない思い付き程度のものにすぎず、格別な技術的価値はない。

グラブバケットの用途に応じてシェルの幅内寸法の最適化を図ることは、20世紀初頭より当業者がその開発設計段階で普通に行ってきたことであるから、本件構成1のようにシェルの幅内寸の距離を決定することは、設計変更又は数値範囲の最適化に当たり、当業者の通常の創作能力の発揮に該当するものである。

(イ)引用例3ないし5には、本件構成1と同様の構成が開示されており、本件構成1は、むしろグラブバケットにおける周知技術であるということができる。

本件リーフレットに開示された本件製品の各設計寸法によると、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離は96ないし120となるから、本件出願前において、被告光栄が、シェルの幅内寸の距離を60以上とする数値範囲で段階的に変更した大小様々な形態のグラブバケットを実際に製造し、販売していたものである。

平成11年5月に社団法人日本作業船協会が発行した機関誌「作業船 No.243」(甲52)の記事に掲載されたグラブバケット(以下「作業船グラブバケット」という。)も、本件構成1を有しており、関西国際空港Ⅱ期工事において実際に使用されているから、本件構成1は、グラブバケットにおける周知技術であるということができる。

ウ 作用効果について

引用例3には、「シェルの口幅(L)を大きくすることで、掴み量を大きくできる」という作用効果が記載されている。「シェルの口幅(L)」は、本件発明の「シェルの幅内寸」に相当するものであり、「掴み量」は「切取面積」によって決定されるから、引用例3に記載された作用効果は、「シェルの幅内寸を大きくすることで、掴み物の切取面積を大きくして作業効率を高める」という、被告らが主張する本件構成1により得られる作用効果と同一である。

したがって、本件発明の作用効果は、引用例3に開示された作用効果と異なるものではなく、進歩性を認める根拠とはなり得ない。

エ 以上によると、相違点3に係る構成は、引用発明1に引用例3ないし5に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものである。

(3)相違点4に係る判断の誤りについて

本件構成2は、引用例3ないし5に開示されているのみならず、荷役用グラブバケットにおける周知技術である(甲29の15・18~20)。

本件発明と引用例1及び3ないし5に記載された発明は、いずれもグラブバケットという同一の技術分野に属するものであり、前記のとおり、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することは、当業者が容易に想到し得るものである。

したがって、相違点4に係る構成は、引用発明1に引用例3ないし5に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものである。

(4)小括

以上からすると、本件発明は、引用発明1に引用例3ないし5に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

2 取消事由2(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1)引用発明2及び引用例5に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の誤りについて

相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は、いずれも引用例5に開示されていること、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用する動機付けが存在する一方、その適用に阻害要因は存在しないことは、先に取消事由1において主張したとおりである。

したがって、本件発明は、引用発明2に引用例5に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

(2)引用発明2及び引用例3ないし6に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の誤りについて

相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は、いずれも引用例3ないし5に開示されていること、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用する動機付けが存在する一方、その適用に阻害要因は存在しないことは、先に取消事由1において主張したとおりである。

引用例6にも、相違点8に係る構成が開示されている。

したがって、本件発明は、引用発明2に引用例3ないし6に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。

2.4 裁判所の判断

1 本件発明について

-省略-

2 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1)引用発明1について

ア 引用例1の記載について

引用例1(甲1)には、おおむね次の記載がある。

(ア)特許請求の範囲

【請求項1】吊支ロープで吊下げられる上部フレームと、一対のシェル部からなるバケットと、該一対のシェル部を開閉自在に軸支した下部フレームと、前記上部フレームと前記一対のシェル部をそれぞれ連結する連結杆と、前記上部フレームに回転自在に軸支された上部シーブと、前記下部フレームに回転自在に軸支された下部シーブとからなり、前記上部シーブは、同軸に軸支された上部制振用シーブと任意の枚数の上部増力用シーブとからなり、前記下部シーブは、同軸に軸支された下部制振用シーブと任意の枚数の増力用シーブとからなり、バケット開閉用の開閉ロープを、前記上部制振用シーブの前後方向一側のロープ溝に沿わせたうえで下部制振用シーブの前後方向他側のロープ溝に導き、さらに該下部制振用シーブの下半分のロープ溝に巻き掛けて、順次、上部増力用シーブと下部増力用シーブとに巻き掛け、端末を上部フレームまたは下部フレームに固定したことを特徴とする浚渫用グラブバケット

(イ)発明の属する技術分野

引用発明1は、浚渫用グラブバケットに関する発明であり、さらに詳しくは、浚渫船のクレーンから吊下げたバケットを拡開して、水底の土砂を掬い取り、バケットを閉じて土砂を運搬船等に揚荷するための浚渫用グラブバケットに関する発明である(【0001】)。

(ウ)発明が解決しようとする課題

従来の浚渫用グラブバケットでは、吊支ロープの中心位置とガイドロールユニットを通る開閉ロープとの間の距離をモーメントの腕とする揺動モーメントが発生し、バケットを前後方向に揺らせてしまうという問題があった。また、ガイドロールユニットは小径のガイドロールを用いたものであり、バケットが前後あるいは横方向に揺れると、開閉ロープがガイドロールに沿って曲げられて、損傷を早めるという問題もある(【0004】)。

引用発明1は、このような事情に鑑み、バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど発生せず、開閉ロープのロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットを提供することを目的とする(【0005】)。

(エ)発明の実施の形態

引用発明1のバケットは、対称に構成された一対のシェル部からなり、各シェル部は軸で開閉自在に軸支され、下部フレームに取り付けられている。また、各シェル部はそれぞれ連結杆の下端がピン連結され、その連結杆の上端が上部フレームに連結されている。この上部フレームの吊鐶にはグラブバケット全体をクレーン等から吊下げるための吊支ロープが連結されている(【0008】)。

上部フレームには、2枚の上部シーブが軸支され、下部フレーム上には2枚の下部シーブが軸支されている。上部シーブは1枚の上部制振用シーブと1枚の上部増力用シーブとからなり、いずれもバケットの前後方向と平行に配置されている。上部制振用シーブの前後方向手前側(後側)のロープ溝に対向する位置に小径のガイドシーブが、フレームに軸支して取付けられている。下部シーブは1枚の下部制振用シーブと1枚の下部増力用シーブとからなり、いずれもバケットの前後方向に対して交差し、前方が右寄りに、後方が左寄りになっている。平面視において、上部制振用シーブの前方側ロープ溝位置と下部制振用シーブの前方側ロープ位置とが、上部増力用シーブの後方側ロープ溝位置と下部制振用シーブの後方側ロープ溝位置とが、上部増力用シーブの前方側ロープ溝位置と下部増力用シーブの前方側ロープ溝位置とが、それぞれほぼ一致している(【0009】)。

上部シーブと下部シーブとの間に、クレーン等から吊下げられたバケットの開閉ロープが上部制振用シーブとガイドシーブとの間に入り、上部制振用シーブの前後方向後側のロープ溝に沿わせた上で、下部制振用シーブの前後方向前側のロープ溝に導き、制振用シーブのロープ溝の下半分に掛け廻わし、次いで、上部増力用シーブ、下部増力用シーブの順で掛け廻わし、端末を上部フレームに形成した固定金具に係止している(【0010】)。

この実施形態のグラブバケットにおいて、バケットを開閉するには、開閉ロープをクレーン等から繰り出すと、バケットの自重によって開き、開閉ロープを引き上げると、上部シーブと下部シーブとの間の間隔が縮まってバケットが閉じられる(【0011】)。

(オ)発明の効果

引用発明1によると、バケットを閉じるべく開閉ロープの引上げの瞬間に上向きの力が発生するが、上部制振用シーブに巻き掛けた部分の開閉ロープに発生する力と、下部制振用シーブに巻き掛けた部分の開閉ロープに発生する力とが互いに相殺されるので、バケットの閉じ始めにバケットを前後方向に揺らせる力はほとんど発生しない(【0016】)。

イ 引用発明1について

引用例1に、前記第2の3(2)ア(ア)のとおりの引用発明1が記載されていることについては、当事者間に争いがない。

(2)引用例3について

ア 引用例3の記載について

引用例3(甲2)には、おおむね次の記載がある。

(ア)実用新案登録請求の範囲

【請求項1】シェルの口幅を開幅よりも大きく形成したことを特徴とするグラブバケット

(イ)産業上の利用分野

本考案は、グラブバケットに関し、特に砂利、砂の荷揚げや荷降ろし等を行うグラブバケットにおいて、開幅よりも口幅を広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めたものである(【0001】)。

(ウ)従来の技術

運搬船等に積載された砂利や砂を陸揚げするために用いられるグラブバケットは、荷役クレーンから吊支される揚重用のワイヤーロープにグラブバケットを連結して吊支し、グラブバケット内に砂利等を取り込むために、その底部が中央部で左右2つに開閉できるようになっている(【0002】)。

このグラブバケットは、通例ラッチアーム型と称する形式のものが用いられ、シェルに4本のアームが軸で回動可能に連結されてアームの上端部に吊支体が支持されるとともに、シェルにはアームを連結し、アームは軸を介して開閉可能に連結され、さらにシェルにラッチアームの一端部を連結し、軸に回動可能に軸支して上端部に滑車を回転自在に軸支している。滑車には、吊支体に軸支された別の滑車との間で開閉用ワイヤーロープが捲回されている。吊支体は、揚重用ワイヤーロープで吊り上げられる(【0003】)。

(エ)考案が解決しようとする課題

従来のラッチアーム型のグラブバケットでは、容重比(重量/容量)は2.0が限界であって、形状における制約から、これ以上軽量化を図ることはできない。また、シェルの開幅Wよりも口幅Lが小さいとともに、高さHがそれらと比較して長いので、グラブバケットの安定性が低く、作業中に転倒することがあり、作業能率が低下するおそれがある(【0005】)。

そこで、本考案は、砂利や砂の荷揚げや荷下ろし等を行うグラブバケットにおいて、シェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めるものである(【0007】)。

(オ)実施例

本考案に係るグラブバケットにおけるシェルの口幅方向の長さLは、開幅方向の長さWと同等又はそれ以上の長さを有し、寸法的には従来と比較して著しく口幅が大きいという特徴を有する。開幅に対して口幅が大きいため、安定性が高く、作業中に転倒することもないのみならず、掴み量が大きい(【0012】)。

(カ)図2及び7

図2は、本考案に係るグラブバケットがシェルを開いた状態を示す斜視図であって、シェルの開幅Wに対して口幅Lが大きい状態が図示されている。

また、図7は、従来のグラブバケットがシェルを開いた状態を示す正面図であって、シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されている。

イ 引用例3における本件構成1及び2の開示について

(ア)前記(2)ア(カ)によると、従来のグラブバケットにおいて、シェルの外側がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している状態が図示されており、引用例3に記載された発明においても同様の構成を有しているものといえる。

そして、引用例3の図2及び7からすると、シェルは、軸を回動軸として回転し、グラブバケットが砂利や砂を取り込むのであるから、グラブバケットの開口の幅(開幅)は、シェルとアームが回動可能に連結される2つの軸間の距離(以下「軸間の距離」という。)よりも広いということができる。

開幅が軸間の距離よりも狭い状態としては、シェルの動作時において、シェルが砂利や砂などの取り込む対象に対して閉じた状態から僅かしか開いていない状態か、グラブバケットの構造自体において、シェル同士を連結する軸とシェルの先端である口金までの距離が極端に短い構成を有する状態のいずれかであるか、あるいはその双方が想定されるところ、前者の状態の場合、シェル内に取り込むことのできる対象物がシェルの容積に対して少なくなるから、シェルの動作時における一過性の状態としてはともかくとして、このような構成を採用することは通常想定し難いものである。また、後者の状態の場合、シェルの容量自体が少なくなるから、やはり、このような構成を採用することは通常想定し難いものである。

したがって、引用例3には、グラブバケットの開口の幅(開幅)が、軸間の距離よりも広い構成が開示されているということができる。

(イ)引用例3に記載された発明において、アームが回動可能に連結された2つの軸間の距離は、本件構成1の「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」に相当するところ、前記(2)エのとおり、引用例3に記載された発明は、シェルの口幅Lを開幅Wよりも大きく形成したものであるから、引用例3には、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離より、シェルの口幅方向の長さを長くした構成が開示されているものということができる。もっとも、幅内寸は、シェルの板厚分程度、長さLよりも短くなるが、引用例3は、砂利や砂などを対象としたグラブバケットに係る文献であることからすると、板厚はシェルが変形しない程度の強度を保持していれば薄い方が優れているということができるから、少なくともシェルの幅内寸はシェルの口幅方向の長さの60%以上に相当するものということができる。

(ウ)この点について、被告らは、引用例3には、シェルの幅内寸の距離や本件構成1に関する記載や示唆はないし、引用例3に記載された発明の課題とシェルの幅内寸の距離とは無関係であるから、添付図面からシェルの幅内寸の距離や本件構成1に関する技術思想が得られるものではないと主張する。

しかしながら、引用例3に記載された発明は、シェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより課題を解決するものであるから、引用例3の添付図面は、シェルの開幅Wよりも口幅Lが広い形状を有することを前提として作成されていることは明らかであって、引用例3には、シェルの幅内寸の距離やタイロッドの軸心間の距離に関する記載は存在するものというべきであり、引用例3に、本件構成1と同様の構成が開示されている以上、被告らの上記主張は採用できない。

(エ)以上によると、引用例3には、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの口幅方向の長さは100を超える構成が開示されているから、シェルの幅内寸の距離を60以上とする本件構成1が開示されているというべきである

(オ)同様に、前記(ア)によると、引用例3には、本件構成2が開示されているということができる。

(3)引用例4及び5について

ア 引用例4(甲3)は、グラブバケットに係る考案に関する登録実用新案公報であるところ、引用例4には、各種の作業に応じて使用するバケットを交換する際の手間の軽減及び作業効率を向上させることを解決課題とした考案が開示されているが、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見は開示されていない。

イ 引用例5(甲14)は、グラブバケットに係る発明に関する公開特許公報であるところ、引用例5には、下部フレームに搭載した無線機のアンテナやオイルタンクの給油口に中間可動フレーム下面が接触することによる破損を防止することを解決課題とした発明が開示されているが、引用例4と同様に、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸に係る知見は開示されていない。

ウ したがって、引用例4及び5の添付図面に、本件構成1と同様の構成が図示されているとしても、これらの添付図面が、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離及びシェルの幅内寸の距離について、設計図のような正確な縮尺で作成されたものではない可能性を否定できない以上、引用例4及び5において、本件構成1が開示されているとまでいうことはできない

(4)相違点3及び4に係る判断の誤りについて

ア 荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用することについて

本件審決は、浚渫用のグラブバケットである引用発明1に、荷役用のグラブバケットに係る技術を適用することは、操縦者が対象物を目視できるために想定外の荷重がシェルにかかるおそれが少ない荷役用グラブバケットと、掴み物を目視できず、掴み物の種類や形状も安定しないため、荷役用と比較して、グラブバケットの強度を高く設定する必要がある浚渫用グラブバケットとでは、使用態様に基づいて要求される特性の相違から、当業者が容易に想到することができたものとはいえないとする。

しかしながら、グラブバケットは、荷役用又は浚渫用のいずれの用途であっても、重量物を掬い取り、移動させる用途に用いられるものであるから、技術常識に照らし、ある程度の強度が必要となることは明らかであって、必要とされる強度は想定される対象物やその量、設計上の余裕(いわゆる安全係数)等によって定められる点において変わりはないものというべきである。確かに、浚渫用グラブバケットは、上記各観点に加えて、掴み物を目視できない点をも考慮した上で強度を高く設定する必要があることは否定できないが、ここでいう強度とは、想定される対象物(掴み物)に対してどの程度の強度上の余裕を確保すべきかという観点から決せられるべきものである。本件リーフレット(甲25)には、本件製品に関する照会の際には掴み物の種類や大きさを連絡することを求める旨の記載があり、荷役用グラブバケットにおいても、対象物に応じて強度を設定する必要があることは明らかである。

したがって、荷役用のグラブバケットに係る技術を浚渫用のグラブバケットに適用する際には、浚渫用のグラブバケットにおいて特に考慮すべき強度上の余裕を確保することに支障を生ずるか否かについて、十分配慮する必要があるとしても、浚渫用グラブバケットの上記特性とは直接関連しない、対象物を掬い取って移動させるという両目的に共通する用途に係る技術について、一律に適用を否定することは相当ではない

イ 本件構成1及び2の技術的意義等について

本件審決は、荷役用グラブバケットに係る本件構成1及び2を、浚渫用グラブバケットに係る引用発明1に適用することを否定する。

しかしながら、前記1(4)アによると、本件発明は、シェルを爪無しの平底幅広構成とするとともに、本件構成1及び2を採用することにより、従来の丸底爪付きグラブバケットと比較してバケット本体の実容量が大きく、かつ、掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げることにより作業能率を高めるとともに水の含有量を減らし、しかも掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することが可能となるという作用効果を実現したものであって、本件構成1及び2は、むしろバケットの本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることを実現するために採用された構成であるということができる。

また、証拠(甲25、甲32の3)によれば、本件リーフレットに記載された本件製品の図面及び主要寸法から、本件製品は本件構成1及び2を有するものと認められるところ、被告光栄は、荷役用グラブバケットである本件製品を、浚渫用グラブバケットとして実際に使用している状況を撮影した写真を本件広告に掲載した上で、本件製品の製品名(「グラブバケット(WS型)」)を明記していることが認められる

したがって、引用発明1に、引用例3が開示する本件構成1及び2を適用することについて、動機付けが存在する一方、阻害事由を認めることはできない

ウ 相違点3に係る判断の誤りについて

(ア)引用例3は、前記(2)ア(エ)のとおり、グラブバケットの安定性確保や容重比を小さくすることを課題とするものではあるが、前記(2)ア(オ)のとおり、本件構成1と同様の構成を採用することにより、掴み量が大きくなることが明記されているものであるし、バケットの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすれば、口幅Lが大きいことに起因して掴み量が大きくなるのは自明であって、引用例3には、掴み物の切取面積を大きくすることにより、掴み量を大きくすることが開示されているということができる。

また、作業効率を向上するために、バケット本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることは、浚渫用、荷役用にかかわらず、グラブバケットにおける一般的な課題であるということができる。本件リーフレット(甲25)にも、掴み量が増大することにより、作業時間の短縮、燃料費節約及びオペレーターの疲労軽減により、総合的なランニングコストダウンが確保できることが紹介されている。したがって、引用発明1に、引用例3が開示する本件構成1を適用することについては、動機付けを認めることが相当である。

(イ)以上によると、相違点3に係る構成は、引用発明1に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものということができる。

エ 相違点4に係る判断の誤りについて

前記のとおり、引用例3には、本件構成2が開示されているものということができる。

したがって、相違点3と同様の理由により、相違点4に係る構成は、引用発明1に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものということができる。

(5)被告らの主張について

ア 被告らは、荷役用及び浚渫用のグラブバケットにおけるそれぞれの技術事項を相互に転用できるものではなく、いずれの用途のグラブバケットを製造・販売している当業者であれば、両者の目的・用途の違いを明瞭に認識しており、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用できるという判断に至ることはない、何を掴むかを目視できないこと等は浚渫用グラブバケットに固有の課題であって、課題の相違を考慮することなく、荷役用グラブバケット及び浚渫用グラブバケットが常に同じ技術領域に属するとはいえないと主張する。

しかしながら、本件構成1及び2は、浚渫用グラブバケットに特有の課題を前提とするものではないことは先に述べたとおりであって、掬い取る対象物の相違は存在するものの、掴み物の切取面積を大きくすることにより、掴み量を大きくすることを目的とする本件構成1及び2を、荷役用グラブバケットのみならず、浚渫用グラブバケットに適用することは容易であるというべきである。

イ 被告らは、被告光栄が本件製品を浚渫用グラブバケットとして製造・販売したことはない、本件広告に掲載された写真のグラブバケットは、上シーブ及び下シーブの枚数が本件製品とは異なるものであり、当該写真は、被告光栄が壊れる危険性を認識しつつもシーブを3枚構成としてシェルの締付力を増加させた本件実験機を用いて実験した状況を撮影した写真と思われるところ、本件実験機が実験により破損したことは、本件実験機写真から明らかであるから、荷役用グラブバケットを浚渫用に用いることは不可能であると主張する。

しかしながら、シーブを通常の2枚構成から3枚構成へと変更した目的が、被告らが主張するとおり、シェルの締付力を増加させる点にあったとしても、その他の構成に格別相違が見られない以上、シーブの数の変更をもって、本件製品と本件実験機が顕著に異なるものとまでいうことはできない。

また、被告らが主張するように、破損することを予期しつつ本件製品を実験目的で浚渫作業に用いたところ、実際に破損したというのであれば、実験における浚渫作業を撮影した写真を本件広告に掲載するとともに、本件製品の製品名まで明記した上で、浚渫作業に関係する事業者も購読者として想定される船舶電話帳において、あたかも本件製品が浚渫作業に用いることが可能であるかのような広告をすることは、明らかに不自然であるといわざるを得ない。

ウ 被告らは、薄層浚渫において必ずしもバケットの容量の増大を必要としないで切取面積を大きくする必要があるとの技術課題が認識されたことが本件発明の端緒であるところ、引用例3は、副次的に掴み量が大きいという効果を生じるものであって、バケットの切取り深さが制限される等の背景は全く存在せず、切取面積に関する文言や示唆は全くない、浚渫用グラブバケットにおいて、従来、グラブバケットの強度の低下と重量増加という阻害要因があったため、タイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離には技術上の上限(50程度)があり、切取面積にも限界があったところ、本件発明は、グラブバケットには高い強度が求められることから単独では採用できない本件構成1を採用するための不可欠の構成として、本件構成2及び3と組み合わせることにより、本件構成1によって切取面積の拡大という目的を実現するとともに、グラブバケットの強度の低下や重量増加の問題を解決した結果、顕著な作業能率の向上を実現したものであるが、引用例3には、このような構成に関連する記載や示唆は存在しないと主張する。

しかしながら、前記のとおり、シェルの幅内寸の距離を伸張することにより、切取面積を大きくすることが可能となることは明らかであるところ、薄層浚渫では、バケットの切取り深さよりも切取面積を増大させることが求められることは、用法の相違に基づく構成における工夫にすぎず、浚渫用グラブバケットに特有の技術課題ということはできない。

また、前記1(2)によると、本件明細書には、従来、シェルの幅内寸の距離に技術上の上限(50程度)が存在した理由として、「最適バランスを保持するため」としか記載されておらず、どのような要素についての最適バランスを考慮しているのかに関する具体的な記載は存在しないのみならず、グラブバケットの強度の低下と重量増加という阻害要因が存在したことをうかがわせる記載もない。

さらに、前記のとおり、本件明細書によると、本件構成1及び2は、むしろバケットの本体の実容量及び掴み物の切取面積を大きくすることを実現するために採用された構成であるし、前記1(4)イによると、本件構成3も、シェルを広げたまま水中を降下する際の降下時間を短縮すること、グラブバケットが所定以上の掴み物を掴んだことに伴う内圧低下によるグラブバケットの破損防止、水中移動時における掴み物の撹乱等を防止することを目的とする構成であるというべきであるから、本件構成1ないし3を組み合わせたことにより、強度の問題から単独では採用できないと被告らが主張する本件構成1が採用可能となり、当該構成によりシェルの幅内寸の距離に係る技術上の上限(50程度)を克服し、60以上とすることが実現できた具体的理由は不明であるから、本件構成1ないし3によって、切取面積の拡大、グラブバケットの強度の低下や重量増加の問題を解決するという被告らの主張は、その前提自体が採り得ないものである。しかも、本件構成2は、訂正により付加された構成であるところ、本件明細書の本件構成1及び2の効果に係る段落(【0013】)には、訂正により本件構成2に係る構成が付加されたにすぎず、本件構成2を採用したことにより、グラブバケットの強度の低下や重量増加の問題を解決するに至った具体的な理由のみならず、当該構成が上記段落に記載された掴み物の切取面積を大きくするという効果の実現にどのように寄与するかについてすら、明らかではない。

エ したがって、被告らの前記主張はいずれも採用できない。

(6)小括

以上のとおり、相違点3及び4に係る構成は、引用発明1に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものというべきであるから、本件審決の相違点3及び4に係る判断は誤りであるというほかない。

3 取消事由2(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)について

(1)引用発明2について

ア 引用例2の記載について

引用例2(甲5)には、おおむね次の記載がある。

(ア)特許請求の範囲

【請求項1】クレーンからの吊りロープによって吊り下げられる機体に上端を軸止された左右アームの下端部の支軸の回りに回動自在に右バケットと左バケットとを設け、これらの左右バケットの開口面の内側端縁同士を枢軸で結合するとともに、その枢軸を前記クレーンの開閉用ワイヤで昇降操作することによって、左右バケットを開閉及び移動させて海底の土砂を浚渫する浚渫用クラムシェルバケットにおいて、前記左右バケットの前記開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付け、かつ左右バケットの前記支軸部近傍に、空気抜き口とこの空気抜き口を開閉する空気抜き扉を設け、左右バケットが開いているときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を開放する位置にあり、左右バケットが閉じたときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を閉塞する位置にあるように前記空気抜き扉を構成したことを特徴とする浚渫用クラムシェルバケット

(イ)発明の属する技術分野

引用発明2は、海底の土砂やヘドロなどを掬い上げて浚渫を行うクラムシェルバケットに関する発明である(【0001】)。

(ウ)従来の技術

クラムシェルバケットは、バケットの刃先部と左右バケットの底部で土砂を浚渫して、土運船に取り上げるものである(【0002】)。

従来のクラムシェルバケットは、左右のバケットを全開した状態で海底まで落下させ、開閉用ワイヤを操作して左右バケットを閉じ、海底土砂を掬う。次いで吊りワイヤを操作し左右バケットを閉じたまま引き上げ、土運船上で左右バケットを開いて土砂を積み込む(【0005】)。

従来のクラムシェルバケットでは、土砂を浚渫して土運船に取り上げる際、開放しているバケット上部から汚泥や汚水がこぼれて海洋汚染を引き起こすおそれがある(【0006】)。

引用発明2は、一旦バケットで掬い上げた汚泥や汚水を海中に落下させたり、こぼすことがなく、また、バケットに溜まった空気による浮力や汚泥巻き上げを解消することを解決課題とする(【0009】)。

(エ)発明の実施の形態

引用発明2のクラムシェルバケットは、左右のバケットを完全に箱形にして一面(開口面)だけで接地させる構成を有する。バケットの上部の面には、D型ゴム(シール用パッキン)を設け、バケットの開閉により圧縮させて密閉するようにしている。また、バケットの左と右の背中の面に大きな空気抜き口と空気抜き扉を設置している。この実施例における空気抜き扉は板状であり、上端を水平な軸によって回動自在に構成されている(【0015】)。

左右のバケットを開いた状態で吊りワイヤを操作して海中にバケットを落下させると、バケットの底部(落下中は上部)に設けられている空気抜き扉はほぼ垂直の位置にあって空気抜き口を開放しており、バケットの底部の空気は海中を落下中に完全に抜かれる。バケットが海底に達すると、開閉用ワイヤを操作することによりバケットの刃先が汚泥を掬い取り、バケットが閉じると、D型ゴムがバケットの口を完全にシールし、空気抜き扉も空気抜き口を閉塞してバケットは完全に密封状態となる(【0016】)。

(オ)発明の効果

引用発明2によると、左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付けたことにより、一旦バケットで掬い上げた汚泥や汚水を海中に落下させたりこぼすことなく、海の汚濁化や生態系への悪影響などの環境汚染を引き起こすことがない(【0019】)。

また、バケットの支持部近傍に、空気抜き口と、空気抜き口を自動開閉する空気抜き扉を設けたことにより、バケットに溜まった空気の浮力でバケットの落下地点が狂ったり、バケットから溢れ出た空気が汚泥を巻き上げることによる汚濁化を解消することができる(【0020】)。

さらに、汚濁防止幕が不要となり、工期短縮、労力削減を図ることが可能となる(【0021】)。

イ 引用発明2について

引用例2には、前記第2の3(2)イ(ア)のとおりの引用発明2が記載されていることについては、当事者間に争いがない。

(2)引用発明2及び引用例5に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の誤りについて

前記のとおり、引用例5の添付図面に、本件構成1と同様の構成が図示されているとしても、引用例5において、相違点7に係る構成(本件構成1)が開示されているとまで認めることはできない。

したがって、本件発明は、引用発明2に引用例5に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

(3)引用発明2及び引用例3ないし6に記載された発明に基づく容易想到性に係る判断の誤りについて

前記のとおり、相違点7及び8に係る構成(本件構成1及び2)は、いずれも引用例3に開示されているところ、荷役用グラブバケットに係る技術を浚渫用グラブバケットに適用する動機付けが存在する一方、その適用に阻害要因は存在しない。したがって、相違点7及び8に係る構成は、引用発明2に引用例3に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであるというべきであるから、本件審決の相違点7及び8に係る判断は誤りであるというほかない。

4 結論

以上の次第であって、本件審決の相違点3及び4に係る判断並びに相違点7及び8に係る判断は誤りであるというほかないところ、本件審決は、その余の相違点の各構成が当業者にとって容易に想到し得たか否かについて審理を尽くしていない。よって、その余の相違点について更に審理を尽くさせるために、本件審決を取り消すのが相当である。

3.平成27年(行ケ)第10149号 審決取消請求事件

3.1 訂正後の特許請求の範囲

【請求項1】

吊支ロープ(10)を連結する上部フレーム(3)に上シーブ(6)を軸支し、側面視において両側2ケ所で左右一対のシェル(1)を回動自在に軸支する下部フレーム(2)に下シーブ(7)を軸支するとともに、左右2本のタイロッド(4)の下端部をそれぞれシェル(1)に、上端部をそれぞれ上部フレーム(3)に回動自在に軸支し、上シーブ(6)と下シーブ(7)との間に開閉ロープ(8)を掛け回してシェル(1)を開閉可能にしたグラブバケットにおいて、

シェル(1)を爪無しの平底幅広構成とし、シェル(1)の上部にシェルカバー(12)を密接配置するとともに、前記シェルカバー(12)の一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェル(1)を左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェル(1)が掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け、正面視におけるシェル(1)を軸支するタイロッド(4)の軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェル(1)の幅内寸の距離を60以上とし、かつ、側面視においてシェル(1)の両端部がタイロッド(4)の外方に張り出すとともに、側面視においてシェル(1)の両端部が下部フレーム(2)の外方に張り出し、更に、側面視においてシェル(1)の両端部が下部フレーム(2)とシェル(1)を軸支する軸の外方に張り出してなり、薄層ヘドロ浚渫工事に使用することを特徴とする平底幅広浚渫用グラブバケット(なお、前記正面視はシェル(1)と下部フレーム(2)を軸支する軸の軸心方向から視たものであり、前記側面視はシェル(1)と下部フレーム(2)を軸支する軸を軸心方向の側方から視たものとする)

3.2 本件審決の理由の要旨

(1)本件審決の理由は、別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに、①本件発明は、下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に、下記イの引用例2に記載された構成(以下「引用発明2-1」、「引用発明2-2」という。)、ウの引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。)、エの引用例4に開示された構成(以下「引用発明4」という。)、ウからキの引用例ないし周知例に記載されている周知技術1、ウ、カ及びキに記載されている周知技術2、オ及びカに記載されている周知技術3、オ、カ、ク及びケに記載されている周知技術4を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができた、②本件発明1は、下記オの引用例5に記載された発明(以下「引用発明5」という。)に、引用発明2-1及び2、引用発明3、4並びに周知技術2から4を適用することによって、当業者が容易に発明をすることができた、というものである。

ア 引用例1:特開平9-151075号公報(甲1)

イ 引用例2:実願平4-49043号(実開平6-1457号)のCD-ROM(甲2)

ウ 引用例3:実願昭62-128283号(実開昭64-32888号)のマイクロフィルム(甲4)

エ 引用例4:大旺建設株式会社「650㎥/h 6連装トレミー砂撒船『第18龍王丸』」第243号「作業船」平成11年5月号 10頁から15頁(社団法人日本作業船協会、平成11年5月発行。甲52)

オ 引用例5:特開2000-328594号公報(甲5)

カ 周知例1:登録実用新案第3046423号公報(甲16)

キ 周知例2:実願昭48-35543号(実開昭49-137262号)のマイクロフィルム(甲26)

ク 周知例3:東亜建設工業作成のウェブページ(平成15年10月公開、甲49)

ケ 周知例4:岩田尚生ほか「密閉式水平掘削グラブバケットについて-洞海湾における汚泥の浚渫処理-」第95号「作業船」昭和49年9月号 22頁から24頁(社団法人日本作業船協会、昭和49年9月発行。甲84)

(2)本件審決が認定した引用発明等

ア 引用発明1(主引用例)

吊支ロープ7で吊下げられる上部フレーム5に上部シーブ11を軸支し、側面視において両側2ヶ所で左右一対のシェル部1A、1Bを開閉自在に軸支する下部フレーム2に下部シーブ12を軸支するとともに、左右一対のシェル部1A、1Bをそれぞれ連結する左右2本の連結杆4A、4Bが、上部フレーム5と左右一対のシェル部1A、1Bをそれぞれ連結しており、一方の連結杆4Aの下端部をシェル部1Aに、上端部を上部フレーム5に回動自在に軸支し、他方の連結杆4Bの下端部をシェル部1Bに回動自在に軸支し、該他方の連結杆4Bの上端部を上部フレーム5に固定し、上部シーブ11と下部シーブ12との間には、開閉ロープ8が巻き掛けられており、開閉ロープ8を繰り下ろすとシェル部1A、1Bは開き、開閉ロープ8を引き上げるとシェル部1A、1Bが閉じられるようにしたグラブバケットにおいて、

シェル部1A、1Bを爪無しの平底構成とし、かつ、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出している平底浚渫用グラブバケット

イ 引用発明2-1

側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなる構成

ウ 引用発明2-2

正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離に相当するアーム4の軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とする構成

エ 引用発明3

浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部開口部に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けるという技術

オ 引用発明4

側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなる構成

カ 周知技術1

グラブバケットにおいて、左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに回転自在に軸支すること

キ 周知技術2

浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部にシェルカバーを密接配置すること

ク 周知技術3

浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部に空気抜き孔を形成すること

ケ 引用発明5(主引用例)

吊りワイヤ10を連結する機体1に上シーブを軸支し、側面視において両側2ケ所で左右一対の左右バケット4、5を回動自在に軸支する滑車機構9に下シーブを軸支するとともに、左右2本の左右アーム2、3の下端部をそれぞれ左右バケット4、5に、上端部をそれぞれ機体1に回動自在に軸支し、上シーブと下シーブとの間に開閉用ワイヤ11を掛け回して左右バケット4、5を開閉可能にしたクラムシェルバケットにおいて、

左右バケット4、5を爪無しの平底構成とし、左右バケット4、5の上部に左右バケット4、5の上部の面を構成するとともに、左右バケット4、5を箱形に構成する部材を配置するとともに、かつ、側面視において左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3の外方に張り出している、ヘドロ浚渫工事に使用する平底浚渫用クラムシェルバケット

(3)本件発明と引用発明1との一致点及び相違点

ア 一致点

吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し、側面視において両側2ヶ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに、左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに連結し、上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて、

シェルを爪無しの平底構成とした

平底浚渫用グラブバケットである点

イ 相違点1

「左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに連結し」に関し、本件発明においては、「左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し」ているのに対して、引用発明1においては、「左右一対のシェル部1A、1Bをそれぞれ連結する2つの連結杆4A、4Bが、上部フレーム5と左右一対のシェル部1A、1Bをそれぞれ連結しており、一方の連結杆4Aの下端部をシェル部1Aに、上端部を上部フレーム5に回動自在に軸支し、他方の連結杆4Bの下端部をシェル部1Bに回動自在に軸支し、該他方の連結杆4Bの上端部を上部フレーム5に固定し」ている点

ウ 相違点2

本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに、前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明である点

エ 相違点3

本件発明においては、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明である点

オ 相違点4

本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり」であるのに対して、引用発明1においては、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出しているものの、「側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が連結杆4A、4B(本件発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出すとともに、更に、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2とシェル部1A、1Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明である点

カ 相違点5

本件発明は、「薄層ヘドロ浚渫工事に使用する」ものであるのに対し、引用発明1は、そのようなものであるか否か不明である点

キ 相違点6

「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し、本件発明においては、それぞれ、「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケット」であるのに対して、引用発明1においては、それぞれ、「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」である点

ク 相違点7

本件発明においては、「(なお、前記正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視たものであり、前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視たものとする)」とされているのに対し、引用発明1においては、そのようにされているか否か不明である点

(4)本件発明と引用発明5との一致点及び相違点

ア 一致点

吊支ロープを連結する上部フレームに上シーブを軸支し、側面視において両側2ヶ所で左右一対のシェルを回動自在に軸支する下部フレームに下シーブを軸支するとともに、左右2本のタイロッドの下端部をそれぞれシェルに、上端部をそれぞれ上部フレームに回動自在に軸支し、上シーブと下シーブとの間に開閉ロープを掛け回してシェルを開閉可能にしたグラブバケットにおいて、

シェルを爪無しの平底構成とし、シェルの上部にシェルの上部の面を構成する部材を配置するヘドロ浚渫工事に使用する平底浚渫用グラブバケットである点

イ 相違点8

シェルの上部の面を構成する部材の配置に関し、本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに、前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対し、引用発明5においては、「バケット4、5の上部にバケット4、5の上部の面を構成するとともに、バケット4、5を箱型に構成する部材を配置する」点

ウ 相違点9

本件発明においては、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対し、引用発明5においては、そのように構成されているか否か不明である点

エ 相違点10

本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり」であるのに対し、引用発明5においては、側面視において左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3(本件発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出しているものの、側面視において左右バケット4、5の両端部が滑車機構9(本件発明における「下部フレーム」に相当する。)の外方に張り出しているとともに、更に、側面視において左右バケット4、5の両端部が滑車機構9と左右バケット4、5を軸支する軸の外方に張り出しているか否か不明である点

オ 相違点11

本件発明は、「薄層ヘドロ浚渫工事に使用する」ものであるのに対し、引用発明5は、ヘドロ浚渫工事に使用するものではあるものの、薄層ヘドロ浚渫工事に使用するものか否か不明である点

カ 相違点12

「平底構成」及び「平底浚渫用グラブバケット」に関し、本件発明においては、それぞれ、「平底幅広構成」及び「平底幅広浚渫用グラブバケット」であるのに対し、引用発明5においては、それぞれ、「平底構成」及び「平底浚渫用クラムシェルバケット」である点

キ 相違点13

本件発明においては、「(なお、前記正面視はシェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から視たものであり、前記側面視はシェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視たものとする)」とされているのに対し、引用発明5においては、そのようにされているか否か不明である点

3.3 取消事由

1 取消事由1(引用発明1を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1)引用発明1の認定の誤りについて

本件審決が、引用発明1につき、「シェル部1A、1Bを爪無しの平底構成とし、かつ、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出している」と認定した点は、以下のとおり、誤りである。

ア 「爪無しの平底構成」の認定について

本件審決は、引用例1の【図1】及び【図2】に基づいて上記認定をしたが、特許図面は、設計図ではなく、特許を受けようとする発明の内容を明確にするための説明図にとどまり、特許図面のみから各部分の具体的構成が特定されるものではない。したがって、特許図面から得られる技術情報は、発明者の意図に加えて当該発明の具体的課題や技術思想も踏まえて解釈される必要がある。

浚渫用グラブバケットの構成は、当該グラブバケットに係る発明の解決課題との関係において決定されるべき事項であるところ、引用発明1の解決課題は、「バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど発生せず、開閉ロープのロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットを提供すること」(【0005】)であり、シェルの底部の形状及び爪の有無に係る構成とは全く関係ない。引用例1には、シェル部につき、「平底」及び「爪を具備しない」との構成についての明示的な記載も示唆も存在せず、上記構成が開示されているということはできない。

加えて、浚渫用グラブバケットは、基本的に爪を有しており、爪のないグラブバケットは、特殊な用途に供されるものである。

イ 「側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出している」との認定について

本件審決は、引用例1の【図1】及び【図2】に基づいて上記認定をしたが、本件発明において「側面視」は、「シェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から視たもの」とされており、これに対応するのは引用例1の【図2】であるところ、同図面からは、「シェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出している」か否かは不明である。

(2)引用発明2-1の認定の誤りについて

ア 本件審決の認定について

本件審決は、前記第2の3(2)イのとおり引用発明2-1を認定したが、以下のとおり、同認定は、誤りである。

引用例2の【図3】には、側面視においてシェルの両端部がタイロッド(アーム)の外方に張り出しているものの、シェルの両端部は下部フレームと同一の長さに形成され、シェルの両端部が下部フレームの両端部で支持される構成が示されており、「側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」という構成は示されていない。

イ 前訴判決の拘束力について

前訴判決の判断の対象は、第1次訂正後の発明であるのに対し、本件審決の判断の対象は、前訴判決後の本件訂正を経た本件発明である。

しかも、前訴判決は、第1次訂正後の発明中、「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」構成につき、シェルの両端部と下部フレームとの関係及びシェルの両端部と下部フレームとシェルを軸支する軸との関係を、正面視から捉えた上で、これを前提として引用例2から引用発明2-1と同様の構成を認定しており、前記2つの関係を側面視から捉えた判断は示していない。

本件審決の判断の対象である本件発明においては、第1次訂正後の発明における前記構成について、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり」とし、また、正面視と側面視の別を客観的な基準をもって明確に特定した。したがって、本件審決においては、前記2つの関係を側面視から捉えた上で、これを前提とした認定がされるべきであるから、同認定に前訴判決の拘束力が及ばないことは、明らかである。

(3)引用発明3の認定の誤りについて

本件審決は、引用例3から前記第2の3(2)エのとおり引用発明3を認定したが、以下のとおり、上記認定は、誤りである。

ア 引用発明3において、シェルカバー部材30は、上部開口部23に沿ってこれを上方から覆うように設けられており、その基端部が下部枠24側にピンヒンジ31により取り付けられ、開閉可能に構成されているのであって(【第1図】、【第5図】)、本件発明における「シェルカバーの一部に形成された空気抜き孔」もこれに取り付けられる「開閉式のゴム蓋を有する蓋体」も存在しない。

イ また、引用例3には、「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、」との記載は全くなく、さらに、前記アのとおり引用発明3のシェルカバー部材30はシェルの上部開口部23に取り付けられて下部枠24側のピンヒンジ31によって軸支されているので、「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合」ではなくとも、シェルの掴み物が、シェルカバー部材30の下部枠24側と反対方向(ピンヒンジ31によって軸支されていない側)の端部の位置を超えた場合には、シェルカバー部材30が掴み物により浮き上がり、このシェルカバー部材30とシェルとの隙間からシェル内の掴み物が流出し、その状態がシェルの水中移動時においても継続することになる。

(4)周知技術2の認定の誤りについて

本件審決は、引用例3、周知例1及び2から前記第2の3(2)キのとおり周知技術2を認定したが、以下のとおり、上記文献のいずれにも周知技術2に係る構成は開示されていないから、上記認定は、誤りである。

すなわち、引用例3に開示されている引用発明3は、シェルカバー部材30自体の開閉により上部開口部23を開閉するものであるから、シェルカバー部材30は、シェルの上方の全面に固定した状態で配置されていない。

周知例1に開示されているグラブバケットは、【図1】及び【図2】のとおり、シェルの一部にシェル上壁が存在しない開口部(水抜き口11)を設けるとともにバケットシェル6の開閉度合に同調して開閉操作される開閉体12を設け、全閉時には、開閉体12が開口部(水抜き口11)をふさいでバケットシェル6内を密閉するよう構成されており、シェルの上方の全面に固定した状態で配置されたシェルカバーは存在しない。

周知例2に開示されているグラブバケットは、【第4図】のとおり、各シェル11の上部開口部22をふさぐ上部開口カバー13が設けられているが、この上部開口カバー13は、シェルの上部開口部22の全面にわたって配置されるものではなく、全閉時以外は開放されている側面開口部が設けられており、全閉時のみ、上部開口カバー13及び各シェルの側面開口部をバケットの開閉運動に同期して開閉する側面開口カバー21の2つの部材によってシェルの密閉状態が作出される。

(5)周知技術3の認定の誤りについて

本件発明においては、シェルの上方の全面にわたって固定されたシェルカバーの存在を必須の前提として、空気抜き孔を設ける部材につき、上記シェルカバーの一部に空気抜き孔を設けることを具体的に特定している。

他方、本件審決は、前記第2の3(2)クのとおり、周知技術3として、「浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部に空気抜き孔を形成すること」を認定したにすぎず、シェルを構成する部材のうちどの部材に空気抜き孔を設けるかを全く特定していない。

この点に関し、浚渫用グラブバケットにおいては、水質汚濁防止の観点から、シェル内の濁水、泥土等の流出防止を基本に据えつつ、グラブバケットを海中で降下させる際に水が抜ける開口部をシェルの上方に設けることによって、抵抗を減少させてシェルの降下時間を短縮することや、シェル内の空気や海水をシェルの外に排出して汚泥等の掴み物の量を増大させることが解決課題とされている。そして、本件審決が周知技術3の認定の根拠とした①引用例5に開示された「バケット4、5の左と右の背中の面」に設けられた空気抜き口13及び②周知例1に開示されたグラブバケットのシェル上壁13に設けられた水抜き口11は、上記課題を解決しようとする事例の1つであり、③引用発明3のグラブバケット21を海中で落下させる場合においてシェルカバー部材30が水の抵抗を受け、バケットシェル21の上部が開放される構成及び④周知例2に開示された各シェルの側面開口部も、同様である。

しかし、シェルの作動状況に応じてシェル内の掴み物の流出防止及び排出という、相矛盾する作用効果の双方を実現する上では、開口部の場所及び構成並びに同開口部について設ける掴み物の排出防止機構の構成によって、上記作用効果は大きく異なる。本件審決が周知技術3の認定の根拠とした引用例5は、開口部すなわち空気抜き穴がそもそもシェルの上部ではなく側部に設けられており、周知例1にもシェルの上方の全面にわたって固定されたシェルカバーの一部に空気抜き孔を形成するという本件発明の構成は開示されておらず、引用発明3及び周知例2についても同様であり、上記構成は、周知技術ということはできない。

(6)相違点2の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、引用発明1に、周知技術2及び3並びに引用発明3を適用して相違点2に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得た旨判断したが、以下のとおり、同判断は、誤りである。

ア 前記(3)から(5)のとおり、周知技術2、3及び引用発明3に係る本件審決の認定に誤りがある以上、これらを副引用例とした上記の容易想到性の判断も誤りである。

イ 仮に、周知技術2、3及び引用発明3に係る本件審決の認定に誤りがなくても、以下のとおり、相違点2の容易想到性は認められない。

(ア)周知技術2、3及び引用発明3並びに本件審決がこれらの認定の根拠とした引用例3、5、周知例1及び2のいずれにも、相違点2に係る本件発明の構成、すなわち、シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成する構成及びその空気抜き孔に「シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する」蓋体を取り付ける構成は、開示されていない。

(イ)周知技術2、3及び引用発明3並びに本件審決がこれらの認定の根拠とした上記各文献のいずれにも、周知技術2、3及び引用発明3を相互に結び付ける要因となる記載も示唆もない。

(7)相違点3の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、引用発明1において、前記第2の3(2)ウのとおりの引用発明2-2及び前記第2の3(2)オのとおりの引用発明4を適用して相違点3に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たと判断したが、以下のとおり、同判断は、誤りである。

ア 引用発明4の適用の阻害事由について

引用発明1は、浚渫用グラブバケットであり、シェルが目視できない対象物に接触して岩石や廃棄物等を掴むと、想定外の荷重がシェルに掛かることがある。そのために、引用発明1は、荷重による変形を抑える目的で、シェルの両端部を下部フレーム等の強度部材によって支持する構成を採用している。

一方、引用発明4は、土運船で運ばれた砂を砂撒船の6基のホッパーに荷役するという作業目的に合わせて設計・製造されたものであり、上記荷役に当たって各ホッパーへ均等に砂を供給することを容易にするために、シェルが開いた際に掴んでいる砂を広範囲に落下させる必要があるので、シェルを幅広の構成とした。その上で、バケットの重量の増加を抑えるために、下部フレームをシェルよりも短い寸法にとどめたので、シェルの両端が下部フレームで支持されていないことから、シェルの変形・破損が生じやすく、荷役用グラブバケットとしても強度補強措置が不十分なものとなっている。

以上のとおり、引用発明4は、荷重による変形を抑える目的でシェルの両端部を下部フレーム等の強度部材によって支持するという引用発明1に係る構成を採用しておらず、引用発明1に引用発明4を適用することは、構造的に不可能である。また、引用発明4は、上記の引用発明1に係る構成を採用していないので荷役用グラブバケットとしても強度補強措置が不十分なものとなっており、引用発明1に引用発明4を適用すると、浚渫用グラブバケットに求められる荷役用グラブバケットよりも高い強度を確保することができなくなる。

イ 前訴判決の拘束力について

前訴判決は、引用例2に、シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とする構成が開示されている旨認定したが、前記(2)イと同様に、前訴判決は、シェルの両端部と下部フレームとの関係及びシェルの両端部と下部フレームとシェルを軸支する軸との関係を、正面視から捉えた上で、これを前提として上記認定をしたものであり、前記2つの関係を側面視から捉えた判断は示していない。

本件審決においては、前記2つの関係を側面視から捉えた上で判断されるべきであるから、前訴判決による前記認定の拘束力は及ばない。

(8)相違点4の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、引用発明1において、引用発明2-1及び4の構成を適用して相違点4に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たと判断した。

しかし、前記(7)のとおり、引用発明1に引用発明4を適用することについては阻害要因がある。また、前記(2)のとおり、引用例2には、引用発明2-1の構成は示されておらず、引用発明2-1に関する前訴判決の認定の拘束力は、本件審決には及ばない。したがって、引用発明1に引用例2の構成を適用しても、相違点4に係る本件発明の発明特定事項にはなり得ない。

(9)顕著な効果の看過について

ア グラブバケットにおいては、1回の作動当たりの作業量を増やすためにグラブバケットを大きくすれば、その重量が増加して吊支するクレーンの直巻能力の限界(定格総荷重)を超え、他方、グラブバケットの重量の増加を抑えるために部材の板厚を薄くすれば、強度が低下することから、グラブバケットの重量を抑制しつつ強度を確保することが課題となっている。本件発明は、薄層浚渫工事に対応する目的で、シェルの切取面積を拡大するために、側面視において、シェルの両端部がタイロッドの外方に張り出す構成としてシェルを幅広の構成とするとともに、①下部フレーム及び下部フレームとシェルを軸支する軸をシェルよりも短く形成することによって、下部フレームの長大化によるバケットの重量の大幅な増加を回避し、②シェルの上部にシェルカバーを密接配置することによって、下部フレームでシェルの両端部を支持できないことによるシェルの強度上の問題を解消した。本件発明は、これによって、前記課題を解決するとともに、薄層浚渫工事の作業能率を飛躍的に拡大向上させたという効果を奏した。

イ 他方、仮に引用発明1に引用発明2-1を適用したとしても、その場合は、側面視において、下部フレームをシェルと同一の寸法となるように形成し、基本的に、左右一対のシェルのそれぞれの両端部各1箇所及び中間部2箇所の合計4箇所(左右のシェルの合計では8箇所)を下部フレームの両端部及び中間部に軸支させることによってシェルの強度を維持することになるので、グラブバケットの重量が大幅に増加してクレーンの直巻能力との関係における問題が生じ、前記課題を十分に解決することができない。

また、引用発明4は、前記(7)のとおり、強度維持の点等から引用発明1に適用することは想定し難く、その組合せによる作用効果を想定することもできない。

ウ 以上のとおり本件発明は顕著な効果を奏するものであり、本件審決には、そのような効果を看過したという誤りがある。

2 取消事由2(引用発明5を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1)引用発明5の認定の誤りについて

本件審決が、引用発明5につき、「左右バケット4、5を爪無しの平底構成」と認定した点及び「側面視において左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3の外方に張り出している」ことを認定した点は、以下のとおり、誤りである。

ア 「爪無しの平底構成」の認定について

本件審決は、引用例5の【図1】から【図4】に基づいて上記認定をしたが、前記1〔原告の主張〕(1)と同様に、引用例5には、「平底」「爪を具備しない」との構成についての明示的な記載も示唆も存在せず、上記構成が開示されているということはできない。

イ 「側面視において左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3の外方に張り出している」との認定について

本件審決は、引用例5の【図1】から【図4】に基づいて上記認定をしたが、本件発明の「側面視」に対応する【図2】及び【図4】によれば、左右アームの下端部と支軸部7との関係は不明であるから、左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3の外方に張り出しているか否かも不明である。

(2)引用発明2-1の認定の誤りについて

前記1〔原告の主張〕(2)と同じ。

(3)引用発明3の認定の誤りについて

前記1〔原告の主張〕(3)と同じ。

(4)周知技術2の認定の誤りについて

前記1〔原告の主張〕(4)と同じ。

(5)周知技術3の認定の誤りについて

前記1〔原告の主張〕(5)と同じ。

(6)相違点8の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、引用発明5に、周知技術2及び3並びに引用発明3を適用して、相違点8に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断したが、前記1〔原告の主張〕(6)と同様の理由により、上記判断は、誤りである。

(7)相違点9の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、引用発明5に、引用発明2-2の構成又は引用発明4の構成を適用して、相違点9に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断したが、前記1〔原告の主張〕(7)と同様の理由により、上記判断は、誤りである。

(8)相違点10の容易想到性の判断の誤りについて

本件審決は、相違点10についても、引用発明5に、引用発明2-1又は4の構成を適用して、相違点10に係る本件発明の発明特定事項とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断したが、前記1〔原告の主張〕(8)と同様の理由により、上記判断は、誤りである。

(9)顕著な効果の看過について

前記1〔原告の主張〕(9)と同様の理由により、本件審決には、本件発明の顕著な効果を看過したという誤りがある。

3.4 裁判所の判断

1 本件発明について

(1)本件発明1に係る特許請求の範囲は、前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ、本件明細書(甲37、107)の発明の詳細な説明には、おおむね、次の記載がある(下記記載中に引用する図面については、別紙1参照)。

-省略-

(2)本件発明の特徴

前記(1)によれば、本件発明の特徴は、以下のとおりである。

ア 本件発明は、港湾、河川、湖沼等の浚渫時において、①ヘドロ、土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率を高めるとともに水の含有量を低減させ、含水比の高い掴み物をバケット内に密閉することにより、掴み物の撹乱や水中移動時及び運搬船への積込み時の濁り・飛散を効果的に防止し、かつ、②バケットの容量を超えた掴み物をオーバーフローさせることにより、内圧上昇に起因する変形・破損を引き起こすことがないようにした平底幅広浚渫用グラブバケットに関するものである(【0001】)。

イ 従来技術として丸底爪付きグラブバケットがあるが(【0002】~【0004】、【図7】、【図8】)、以下のとおりの問題点があった。

(ア)従来の丸底爪付きグラブバケットを利用した浚渫作業は、掘り後が溝状となってしまうので、非能率的であり、ヘドロ、土砂等を完全に浚渫することができない。特に、近年、土厚20cmから1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事が増えており、そのような工事においては、グラブバケットによる掴み物以外は水であり、掴んだヘドロと水を地上に引き上げて分離処理する必要があるので、掴み物中の水の含有量を減らすことが求められているが、従来の丸底爪付きグラブバケットでは掴み物の切取面積が小さく、水の含有量を減らすことができない(【0006】)。

(イ)グラブバケットのロッド軸心間の距離Aを100とした場合にシェル1、1の幅内寸Bの距離は50程度となっていることから、掴み物の切取面積をより大きくすることが困難であり、大きな容量のグラブバケットを得ることができない(【0007】)。

(ウ)グラブバケット内におけるヘドロ等の掴み物の撹乱や水中移動が発生しやすく、ヘドロ運搬船への積込み時に河川又は海水に大きな濁りを生じる(【0008】)。

(エ)シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には、グラブバケット自体の水中の抵抗が増加して降下時間が長くなる。さらに、グラブバケットが掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合には、この掴み物の逃げ道がないことによりグラブバケットの内圧が上昇し、グラブバケットの変形・破損を引き起こすおそれがある(【0009】)。

ウ そこで、本件発明は、上記イの各問題に鑑みて、①ヘドロ、土砂等の掴み物の切取面積を大きくして作業能率を高めるとともに水の含有量を低減させ、②浚渫作業時に掴み物の撹乱や水中移動が起きないようにして、ヘドロ運搬船への積込み時における河川又は海水の濁りの発生や周辺水域への濁りの拡散・移流を防止し、③グラブバケット自体の水中での抵抗を減少させて降下時間を短縮し、④グラブバケットが掴み物を所定の容量以上に掴んだ場合でも内圧上昇に起因する変形・破損を引き起こすことがない平底幅広浚渫用グラブバケットを得ることを目的とするものである(【0010】)。

エ 本件発明は、前記ウの目的を達成するために、本件訂正後の特許請求の範囲請求項1記載の構成の平底幅広浚渫用グラブバケットを提供する(【0011】)。

オ 本件発明によって得られた平底幅広浚渫用グラブバケットによれば、従来の丸底爪付きグラブバケットに比べて、①シェルを爪無しの平底幅広構成としたことによって、掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することができる。②①のシェルの構成に加えて、正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし、かつ、側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなるという構成を採用したことによって、バケット本体の実容量が大きくなり、かつ、掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げることにより、作業能率を高めるとともに水の含有量を減らすことができる。特に土厚20cmから1m以内の薄層ヘドロ浚渫工事のように土厚が少なくなるほど、前記イのとおり、掴み物中の水の含有量を減らすことが求められるので、平底幅広浚渫用グラブバケットの有用性が高くなる(【0013】)。

(イ)シェルの上部に開閉式のゴム蓋を有する蓋体が配設されたシェルカバーを密接配置したことにより、シェルを広げたまま水中を降下する際にはゴム蓋を有する蓋体が上方に開いて水が上方に抜けるので、水中での抵抗が減少して降下時間を短縮することができる。グラブバケットが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合には、内圧の上昇に伴ってゴム蓋を有する蓋体が上方に開き、内圧が降下するので、グラブバケット自体の変形・破損のおそれはない。グラブバケットの水中での移動時には、外圧によってゴム蓋を有する蓋体が閉じられるので、掴み物の撹乱や水中移動は発生せず、河川又は海水の濁りの発生や周辺水域への濁りの拡散・移流を完全に防止することができる(【0014】)。

カ 本件発明は、上記オの効果を奏することから、河川や海域で浚渫作業を行う各種の浚渫船に広く適用することができる(【0024】)。

2 取消事由1(引用発明1を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について

事案の性質に鑑み、引用発明1及び3の認定の誤り、周知技術2及び3の認定の誤り、相違点2及び3の容易想到性の判断の誤り、引用発明2-1の認定の誤り、相違点4の容易想到性の判断の誤りの順に検討する。

(1)引用発明1の認定の誤りについて

ア 引用発明1の認定

(ア)引用例1(甲1)には、浚渫船のクレーンから吊り下げたバケットを拡開して水底の土砂をすくい取り、バケットを閉じて土砂を運搬船等に揚荷するための浚渫用グラブバケットに関する発明として(【0001】)、後記(5)イ(イ)のとおり、バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど発生せず、開閉ロープのロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットの提供という課題を、上部シーブ、下部シーブ、バケット開閉用の開閉ロープ及びガイドシーブの構成や位置によって、解決する発明が開示されており、上記発明の一実施形態に係る浚渫用グラブバケットの側面図として【図1】が、正面図として【図2】がそれぞれ掲載されている(【0007】。【図1】及び【図2】については、別紙2参照)。

【図1】及び【図2】において、左右一対のシェル部1A、1Bは、軸3で開閉自在に軸支され、下部フレーム2に取り付けられている(【0008】)。

【図1】及び【図2】において、シェル部1A、1Bに突起は見られない。

【図2】において、シェル部1Bの底部は平らであり、湾曲、凹凸等は見られない。また、シェル部1Bの両端部は、下部フレーム2の外方に張り出している。なお、シェル部1A、1Bは、対称に構成された一対のものであるから(【0008】)、シェル部1Aの底部及び両端部についても、シェル部1Bと同様の態様を成すものということができる。

(イ)前記(ア)によれば、引用例1には、本件審決が認定したとおりの引用発明1(前記第2の3(2)ア)が記載されていることが認められる。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、引用例1には、シェル部につき、「平底」及び「爪を具備しない」との構成についての明示的な記載も示唆も存在せず、上記構成が開示されているということはできないとして、本件審決は、引用発明1につき、「シェル部1A、1Bを爪無しの平底構成」と認定した点において誤りがある旨主張する

この点に関し、本件発明の「シェルを爪無しの平底幅広構成とする」の意義については、特許請求の範囲及び本件明細書のいずれにも明記されておらず、また、本件明細書中、従来の丸底爪付きグラブバケットを示す正面図とされる【図7】及び側面図とされる【図8】(【0002】、【0025】)並びに本件発明に係るシェルを爪無しの平底幅広構成としたグラブバケットの正面図とされる【図1】及び側面図とされる【図2】(【0025】)からは、シェルの底部の形状及び爪の有無の相違は、明らかではない

本件明細書中、シェル部の底部の形状に関し、概要、「従来の丸底爪付きグラブバケットを利用した浚渫作業は、掘り後が溝状となってしまう」、「従来の丸底爪付きグラブバケットでは掴み物の切取面積が小さく、水の含有量を減らすことができない」(【0006】)、「本件発明によって得られた平底幅広浚渫用グラブバケットによれば、従来の丸底爪付きグラブバケットに比べて、シェルを爪無しの平底幅広構成としたことにより、掘り後が溝状とならない」、「シェルを爪無しの平底幅広構成としたことに加えて、側面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの軸内寸の距離を60以上とすることなどの構成を採用したことによって、バケット本体の実容量が大きくなり、かつ、掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げることにより作業能率を高めるとともに水の含有量を減らすことができる」(【0013】)、「シェルの開閉動作時において、シェル1、1が爪無しの平底幅広構成となっていることから、従来の丸底爪付きグラブバケットに比べて、シェル1、1の実容量が大きく、実容量が同一の場合でも掴み物の切取面積を大きくすることができる。」、「本件発明に係る平底幅広浚渫用グラブバケットの作業能率が高く、掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することができる」(【0021】)、「本件発明のシェルを爪無しの平底幅広構成としたことにより、シェルの実容量が大きく、かつ、掴み物の切取面積を大きくして掴みピッチ回数を下げて作業能率を高めるとともに水の含有量を減らし、しかも掘り後が溝状とならずにヘドロを完全に浚渫することができる」(【0024】)との記載がある。

これらの記載によれば、丸底爪付きグラブバケットと爪無しの平底幅広構成のグラブバケットとの大きな相違は、丸底爪付きグラブバケットにおいては掘り後が溝状になり、掴み物の切取面積が小さいのに対し、爪無しの平底幅広構成のグラブバケットにおいては掘り後が溝状にならず、掴み物の切取面積が大きいことである。この点に鑑みると、シェルの爪無し及び平底の構成とは、浚渫時に対象とするヘドロや土砂等に食い込んで掘り下げる部分、すなわち、本件明細書の【図2】の下底に相当するシェルの底部が平らであり、引用例3の【第1図】(別紙3)及び周知例1の【図2】(別紙4)に示されたグラブバケットのようにシェルの底部の端に突起が設けられたものではなく、また、引用例3の【第2図】に示されたグラブバケットのようにシェルの底部が湾曲したものでもないことを意味するものと解される。

前記ア(ア)のとおり、引用例1の【図1】及び【図2】において、シェル部1A、1Bに突起は見られず、また、【図2】において、シェル部1Bの底部は平らであり、湾曲、凹凸等は見られない。この点は、シェル部1Bと一対のものとして対称に構成されたシェル部1Aについても同様である。よって、引用例1には、シェル部を平底とし、かつ、爪の無い構成とすることが開示されているということができる

(イ)原告は、引用例1の【図2】からは、シェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出しているか否かは不明である旨主張する。

しかし、前記ア(ア)のとおり、引用例1の【図2】自体から、シェル部1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出していることは明らかである。加えて、本件明細書において「側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し」た本件発明に係るグラブバケットの側面図とされる【図2】には、シェルの両端部が下部フレームの外方に張り出している態様が示されており、この点は、従来の丸底爪付きグラブバケットの側面図とされる【図8】においては下部フレームの方がシェルの両端部の外方に張り出していることとの比較からも、明らかということができる。引用例1の【図2】についても、本件明細書の【図2】と同様に、シェル部1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出していることは、本件明細書の【図8】との比較からも、明らかである。

(2)引用発明3の認定の誤りについて

ア 引用例3(甲4)について

(ア)引用例3の実用新案登録請求の範囲には、以下のとおり記載されている。

掻取口を互いに突き合わせて海底土砂等を掻き取るための一対のバケットシェルを有し、該バケットシェルの上部に上記掻取口に連通すると共に上方に臨んで開口される上部開口部を有したグラブバケットにおいて、上記バケットシェルに、これを海中等から上方に吊り上げるときに上記上部開口部を閉じるための開閉手段を設けたことを特徴とするグラブバケット。

(イ)引用例3の考案の詳細な説明には、おおむね、以下のとおり記載されている(下記記載中に引用する第1図、3図から7図については、別紙3参照)。

a 従来の技術

例えば、第6図に示すように、グラブバケット1は開閉自在な一対のバケットシェル2を有しており、これらのバケットシェルは、海中を巻き下げられあるいは巻き上げられて開閉されるようになっている。

b 考案が解決しようとする問題点

ところで、各バケットシェル2にはこれに海底土砂を取り込むための掻取口3が形成されるとともに、掻取口3に連通されて上方に臨んで開口される上部開口部4が形成される。したがって、互いにバケットシェル2を突き合わせて掻取口3を閉じた場合には、第7図に示すように、上部開口部4が上方に臨んで大きく開放され、バケットシェル2内の土砂が海中に露出されることになる。

このため、従来は、海中で海底土砂を収容したグラブバケット1を巻き上げる際に、上方に臨んで大きく開放された上部開口部4内の土砂が水の抵抗によってバケットシェル2外に流出してしまうという問題があった。また、第6図に示すように、グラブバケット1が巻き上げられ、バケットシェル2に形成される上部開口部4が海上に露出したときは、上部開口部4内の土砂と共に持ち上げられた海水が土砂を巻き込んで流してしまうことになり、海水を汚濁するという問題があった。…

本考案は、一対のバケットシェルを有し、これらのバケットシェルに海底土砂等を取り入れるための掻取口を有するとともに掻取口に連通して上方に臨んで開口された上部開口部を有したグラブバケットにおいて、海底から掻き取った海底土砂等をバケットシェル内に保持することを可能にし、かつ、水の抵抗を最小限にして、荷こぼれによる海水汚濁を防止し得るグラブバケットの提供を目的とする。

c 問題点を解決するための手段

本考案は、上記bの問題点を解決するために、実用新案登録請求の範囲記載のとおり、開閉手段を設けたものである。

d 作用

グラブバケットを海中から海上に抜き出す際には、開閉手段によりバケットシェルに形成される上部開口部が閉じられ…掻き取られた荷は密閉されたバケットシェル内に保持され、海水によって外部に流れ出すことがない。…

e 実施例

第1図及び2図に示すように、海底土砂等を掻き取る浚渫用のグラブバケット20は、開閉自在な一対のバケットシェル21を有している。これらのバケットシェル21の下部には、互いに突き合わされて海底土砂を掻き取るための掻取口22が形成され、バケットシェル21の上部には、掻取口22に連通する上部開口部23が上方に臨んで開口される。具体的には、各バケットシェル21はその基端部が下部枠に軸支されるとともにロッド25を介して上部枠26に開閉自在に支持される。…特に本考案においては、バケットシェル21にその上部に形成される上部開口部23を開閉するための開閉手段が設けられ、この開閉手段は、本実施例においては鉄板あるいは硬質ゴム製のシェルカバー部材30により構成される。このシェルカバー部材30は、その基端部が下部枠24側にピンヒンジ31により取り付けられ、上部開口部23に沿ってこれを上方から覆うように設けられる。すなわち、シェルカバー部材30は、鉛直方向に回動自在に支持され、上方に回動したときに上部開口部23を開放し、バケットシェル21に係合したときに上部開口部23を閉じるように構成される。

したがって、第3図に示すように、荷を握持しながら海中でグラブバケット20(「バケットグラブ21」は、誤記と解される。)を上方に巻き上げるときには、シェルカバー部材30はその自重と水の抵抗を受けてバケットシェル21に押しつけられ、上部開口部23を閉じることになる。…また、シェルカバー部材30により上部開口部23が閉じられ、バケットシェル21内が密閉されることになり、海底土砂は外部に漏出することなくバケットシェル21内に保持される。したがって、第4図に示すように、グラブバケット20が巻き上げられて海上に浮上した際には密閉されたバケットシェル21内に海底土砂が保持されており、グラブバケット20と共に持ち上げられた海水が、シェルカバー部材30の上面をその傾斜に沿って流れ落ち、海底土砂を洗い流すことがない。一方、海底土砂を掻き取るべく、グラブバケット20(「グラブバケット21」は、誤記と解される。)を海水中で落下させる場合には、シェルカバー部材30は水の抵抗を受け、バケットシェル21の上部を開放することになる。すなわち、第5図に示すように、バケットシェル21の掻取口22から入り込んだ海水がシェルカバー部材30を上方に押し上げて上部開口部23から流出することになり、バケットシェル21にはその下方から上方に海水が通り抜けることになる。

イ 引用発明3の認定

(ア)前記アによれば、引用例3に記載されている浚渫用のグラブバケット20には、バケットシェル21の上部に形成される上部開口部23を開閉するための開閉手段が設けられており、同開閉手段は、鉄板又は硬質ゴム製のシェルカバー部材30により構成される。

そして、海底土砂を掻き取るために、グラブバケット20を海水中で落下させる場合には、シェルカバー部材30は、水の抵抗を受けて上部開口部23を開放し、同所から海水が上方へ抜けることになる。なお、上記落下時においては、バケットシェル21を左右に広げた状態になっている。したがって、シェルカバー部材30は、グラブバケット20がバケットシェル21を左右に広げたまま水中を降下する際には、水圧を受けて上方に開き、同所から水が上方に抜けるものということができる。また、引用例3には、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合のことについての記載はないものの、シェルカバー部材30は、その構造にも鑑みれば、上記の場合にも、バケットシェル21の内圧の上昇を受けて上方に開くものということができる。

他方、荷を握持しながら海中でグラブバケット20を上方に巻き上げるときには、シェルカバー部材30は、その自重と水の抵抗を受け、バケットシェル21に押しつけられて上部開口部23を閉じ、バケットシェル21内を密閉する。よって、シェルカバー部材は、グラブバケット20が水中を移動する際には、水圧を受けて上部開口部23を閉じるものということができる。

(イ)以上によれば、引用例3には、本件審決が認定したとおりの引用発明3(前記第2の3(2)エ)が記載されているものと認められる。

ウ 原告の主張について

(ア)原告は、引用発明3においては、「シェルカバーの一部に形成された空気抜き孔」もこれに取り付けられる「開閉式のゴム蓋を有する蓋体」も存在しない旨主張する。

しかし、本件審決は、引用発明3につき、シェルカバーそのものとして開閉式のゴム蓋を有する蓋体が用いられている旨の認定をしており、シェルカバーの一部に空気抜き孔が形成されており、それに開閉式のゴム蓋を有する蓋体が取り付けられたという認定をしたわけではない。

(イ)原告は、引用例3には、「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、」との記載は全くない旨を主張する。

前記イ(ア)のとおり、確かに、引用例3には、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合のことについての記載はないものの、シェルカバー部材30は、その構造にも鑑みれば、上記の場合にも、バケットシェル21の内圧の上昇を受けて上方に開くものということができる。

(ウ)原告は、引用発明3につき、「シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合」ではなくとも、シェルの掴み物がシェルカバー部材30の下部枠24側と反対方向(ピンヒンジ31によって軸支されていない側)の端部の位置を超えた場合には、シェルカバー部材30が掴み物により浮き上がり、このシェルカバー部材30とシェルとの隙間からシェル内の掴み物が流出し、その状態がシェルの水中移動時においても継続することになる旨主張する。

前記ア(イ)によれば、引用発明3は、従来、バケットシェルに海底土砂等を取り入れるための掻取口を有するとともに掻取口に連通して上方に臨んで開口された上部開口部を有したグラブバケットにおいて、海中で海底土砂等を掻き取ってバケットシェル内に収納した後、掻取口を閉じて巻き上げる際、上部開口部が開放されてそこから海底土砂等が流出するという問題があったことから、上記問題を解決するための手段として、巻上げ時において上部開口部を閉じる硬質ゴム製のシェルカバー部材30により構成される開閉手段、すなわち、開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けることによって、海底土砂等をバケットシェル内に保持するものということができる。このようなグラブバケットにおいて、シェルが掴む海底土砂等の掴み物の所定容量とは、通常作業時にバケットシェル内に保持されて外部に流出しない程度の容量を指すものと解される。

そうすると、原告が主張する、「シェルの掴み物がシェルカバー部材30の下部枠24側と反対方向(ピンヒンジ31によって軸支されていない側)の端部の位置を超え、シェルカバー部材30が掴み物により浮き上がる場合」は、掴み物が上記所定容量を超えている場合にほかならない。したがって、原告が主張する事実をもって、引用発明3につき、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合ではなくても、開閉式のゴム蓋が開くということはできない。

(3)周知技術2の認定の誤りについて

ア 周知例1(甲16)について

(ア)周知例1の実用新案登録の請求の範囲には、以下のとおり記載されている。

【請求項1】上フレーム1と、…全閉状態において下フレーム4と対向する、バケットシェル6のシェル上壁13に水抜き口11が開口しており、

バケットシェル6に、水抜き口11を開閉する開閉体12と、開閉体12を開閉操作する操作機構とが設けてあることを特徴とする浚渫用グラブバケット。

(イ)周知例1の考案の詳細な説明には、おおむね、以下のとおり記載されている(下記記載中に引用する図面については、別紙4参照)。

a 従来、ヘドロ等の沈泥を浚渫する際にグラブバケットからあふれ出る泥土や濁水により水質汚濁が生じる事態を避けるために、【図6】のとおり、バケットシェル42のシェル壁にダクト状の水抜き筒43を設けて半密閉状に構成したグラブバケットが用いられており、そのようなグラブバケットは、沈泥に食い込んだ全開状態のバケットシェル42が徐々に閉じるように操作することによって、シェル内の濁水を水抜き筒43から排出しながらバケットシェル42を閉鎖することができ、したがって、バケットを引き揚げる際の汚水の散逸を抑止することができる。

しかし、バケットシェル42を全閉操作した状態においても、シェル内部が水抜き筒43を介してシェル外に通じているので、バケット引揚げ時に水抜き筒43から濁水や泥土が流出するのを避けられず、水質汚濁を十分に解消することができない(【0002】、【0003】)。

b この考案のグラブバケットは、上記aの課題を解決するために、【図2】に示すごとく…バケットシェル42の全閉状態において下フレーム4と対向する、バケットシェル6のシェル上壁13に水抜き口11を開口する。バケットシェル6には、水抜き口11を開閉する開閉体12と、開閉体12を開閉操作する操作機構を設ける(【0005】)。

開閉体12は、バケットシェル6の内部に配置して、シェル内部に設けた軸19で揺動開閉自在に支持する(【0007】)。

c 開閉体12は、操作機構で開閉操作されて、水抜き口11を開放ないし閉止することができる。したがって、水抜き口11を開放した状態でバケットシェル6を操作すると、シェル内の濁水を水抜き口11から排出することができ、バケットシェル6が全閉ないしはその直前の状態になった時点で、開閉体12が操作機構で閉じ操作されて水抜き口11を完全に閉止することができるので、バケット引揚げ時に内部の泥土が水抜き口11から外部に流出するのを阻止し得る(【0008】)。

d 水抜き口11をシェル上壁13に開口する理由は、①他のシェル周壁に開口した場合と比べて、バケット引揚げ時にシェル内部の泥土が流出しにくいこと及び②バケットシェル6で泥土をすくい込む際の泥土の流動作用により、泥土とシェル周壁との間に存在する濁水を水抜き口11から支障なく排出することができ、水抜きをより確実に行い得ることである(【0009】)。

e 【図1】…は、この考案に係るグラブバケットの実施例を示す(【0012】)。

(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば、①バケットシェル42のシェル壁にダクト状の水抜き筒43を設けて半密閉状に構成した従来のグラブバケットは、シェル内の濁水を水抜き筒43から排出しながらバケットシェル42を閉鎖することができるものの、バケットシェル42を全閉操作した状態においても、シェル内部が水抜き筒43を介してシェル外に通じているので、バケット引揚げ時に水抜き筒43から濁水や泥土が流出するのを避けられず、水質汚濁を十分に解消することができないという問題があったこと(【0002】、【0003】、【図6】)、②周知例1記載の浚渫用グラブバケットは、①の課題を解決するために、バケットシェル42の全閉状態において下フレーム4と対向する、バケットシェル6のシェル上壁13に水抜き口11を開口し、バケットシェル6の内部に、軸19で揺動開閉自在に支持された、水抜き口11を開閉する開閉体12を配置するとともに、開閉体12を開閉操作する操作機構を設けるという構成を採用したこと(【0005】、【0007】、【0012】、【図1】、【図2】)、③②の構成により、水抜き口11を開放した状態でバケットシェル6を操作すると、シェル内の濁水を水抜き口11から排出することができ、バケットシェル6が全閉ないしはその直前の状態になった時点で、開閉体12が操作機構で閉じ操作されて水抜き口11を完全に閉止することができるので、バケット引揚げ時に内部の泥土が水抜き口11から外部に流出するのを阻止し得ること(【0008】)、④水抜き口11をシェル上壁13に開口する理由は、他のシェル周壁に開口した場合と比べて、バケット引揚げ時にシェル内部の泥土が流出しにくいこと及び泥土とシェル周壁との間に存在する濁水を水抜き口11から支障なく排出することができ、水抜きをより確実に行い得ることであること(【0009】)が認められる。これらの事実によれば、周知例1記載の浚渫用グラブバケットは、シェルの上部が密閉されたグラブバケットにおいて、シェル内部の濁水を排出する手段につき、従来技術の問題点を解決するものであることが明らかである。

イ 周知例2(甲26)について

(ア)周知例2の実用新案登録の請求の範囲には、以下のとおり記載されている。相対向するシエルの中心合わせ面にパッキンを設けると共に各シエルの側面開口部をバケットの開閉運動に同期して開閉するカバーを備えたグラブバケットにおいて、各シエル11の上部開口部22をふさぐ上部開口カバー13を設けた全密閉式グラブバケット。

(イ)周知例2の考案の詳細な説明には、おおむね、以下のとおり記載されている(下記記載中に引用する第4図については、別紙5参照)。

a 必要な場合には、シェル1の上部開口部4を第2図及び第3図に示すように滑車箱5の底面を利用してふさぐようにした全密閉式のグラブバケットも従来から知られている。グラブバケットは、掴み物によつては必ずしも全密閉式にする必要はないが、掴み物がヘドロのような流動物質等になると、侵入する水の抵抗によつて多くの掴み物が流出するので全密閉式にしなければならない。しかし、上部開口部4を滑車箱5の底面を利用してふさぐようにしたものにおいては、バケットが大型になるに従つて、一般的に滑車箱も大きくしなければならないので、バケットを水中に投入した場合、滑車箱は大きな浮力抵抗を受けることになる。また、従来の密閉型バケットのシェルは、上部開口部が開いているので剛性が得にくく、外力による変形が生じやすい。このために、従来は、滑車箱を小さくして、シェル側面を長くし、反対にシェルと下部滑車の連結ピン6のピン間距離を狭くしているが、これによつて、開口部が小さくなり掴み量が低下する欠点があった。本考案は、前述したような従来のものにおける欠点を除いた全密閉式グラブバケットを得ることを目的とするものである(2頁2行目~3頁5行目)。

b 第4図に示すように、相対向するシェル11、11の上部開口部12、12に上部開口カバー13、13をシェル11、11の内幅いっぱいに固着するか、又は、取り外し可能に装着する(3頁8行目~12行目)。

c この考案においては、シェル上部開口12から水が浸入しないように開口12を上部開口カバー13によつてふさぐことにより、流体物質等の掴み物でも流出を防止することができるので、掴み量の効率が良くなる。また、上部開口カバー13は、シェル11の補強にもなるとともに、シェルの形状が従来の匚型から箱型になるので剛性を増し、外力による変形が従来のものよりも著しく減少するばかりでなく、シェルの形を広げてバケットの開口幅を大きくし、掴み量を増大させることができる(4頁13行目~5頁4行目)。

(ウ)前記(ア)及び(イ)によれば、周知例2記載のグラブバケットは、シェルが掴んだヘドロ等の流動物質の流出を防ぐために、相対向するシェル11、11の上部開口部12、12に上部開口カバー13、13をシェル11、11の内幅いっぱいに固着するか、又は、取り外し可能に装着することによって、上部開口部12、12を上部開口カバー13、13でふさぎ、シェル11、11を密閉するものであることが認められる。

ウ 周知技術2の認定について

(ア)本件審決は、引用例3(甲4)に記載されたシェルカバー部材30、周知例1(甲16)に記載されたシェル上壁13及び開閉体12並びに周知例2(甲26)に記載された上部開口カバー13、13は、それぞれシェルの上部を密閉するものであるから、シェルの上部に密接配置されたシェルカバーであることは明らかであるとして、浚渫用グラブバケットにおいてシェルの上部にシェルカバーを密接配置するという周知技術2を認定した。

(イ)しかし、まず、前記(2)のとおり、引用例3のシェルカバー部材30は、バケットシェル21の上部に形成される上部開口部23に取り付けられた開閉手段であり、グラブバケット20が水中を移動するときには上部開口部23を閉じてバケットシェル21内を密閉するが、グラブバケット20が水中を降下するときなどには、上部開口部23を開放するものである。

また、前記アのとおり、周知例1記載の浚渫用グラブバケットは、シェルの上部が密閉されたグラブバケットにおいて、シェル内部の濁水を排出する手段につき、従来技術の問題点を解決するものである。シェル上壁13は、シェルの上部を密閉するものであるが、開閉体12は、バケットシェル6の内部に設けられたもので、シェル内の濁水を排出する手段として水抜きをより確実に行い得るなどの利点からシェル上壁13に設けられた水抜き口11を、操作機構によって、濁水排出時には開放し、バケットシェル6が全閉ないしはその直前の状態になった時点で完全に閉止するものである。

さらに、前記イのとおり、周知例2記載の浚渫用グラブバケットは、シェルが掴んだヘドロ等の流動物質の流出を防ぐために、相対向するシェル11、11の上部開口部12、12に上部開口カバー13、13をシェル11、11の内幅いっぱいに固着するか、又は、取り外し可能に装着することによって、上部開口部12、12を上部開口カバー13、13でふさぎ、シェル11、11を密閉するものである。

このように、引用例3のシェルカバー部材30は、バケットシェル21に取り付けられたものであり、それ自体が開閉する。周知例1のシェル上壁3は、シェルの上部が密閉されたグラブバケットにおけるシェルの一部を成すものであり、それ自体は開閉せず、開閉体12は、バケットシェル内部に設けられたもので、シェル上壁13に設けられた水抜き口11を開閉するものである。周知例2の上部開口カバー13、13は、シェルに装着されてシェル11、11の上部開口部12、12をふさぐものであり、それ自体が開閉することは開示されていない。

引用例3、周知例1及び2におけるこれらの各部材が、それぞれ構成及び機能等の技術的意義を異にすることは、明らかというべきである。したがって、これらがシェルの上部にシェルカバーを密接配置するという共通の構成を備えるとして同構成を周知技術と認定することはできない

(ウ)被告の主張について

被告は、周知例1に記載されたシェル上壁13及び開閉体12並びに周知例2に記載された上部開口カバー13、13は、いずれもそれぞれシェルの上部を密閉するものであるから、これらをシェルの上部に密接配置されたシェルカバーと認定した本件審決の判断に誤りはない旨主張するが、前記(イ)のとおり、同主張を採用することはできない。

(4)周知技術3の認定の誤りについて

ア 引用例5(甲5)について

(ア)引用例5の特許請求の範囲には、以下のとおり記載されている。

【請求項1】クレーンからの吊りロープによって吊り下げられる機体に上端を軸止れた左右アームの下端部の支軸の回りに回動自在に右バケットと左バケットとを設け、これらの左右バケットの開口面の内側端縁同士を枢軸で結合すると共に、その枢軸を前記クレーンの開閉用ワイヤで昇降操作することによって、左右バケットを開閉及び移動させて海底の土砂を浚渫する浚渫用クラムシェルバケットにおいて、

前記左右バケットの前記開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付け、かつ左右バケットの前記支軸部近傍に、空気抜き口とこの空気抜き口を開閉する空気抜き扉を設け、左右バケットが開いているときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を開放する位置にあり、左右バケットが閉じたときは前記空気抜き扉が前記空気抜き口を閉塞する位置にあるように前記空気抜き扉を構成したことを特徴とする浚渫用クラムシェルバケット。

(イ)引用例5の発明の詳細な説明には、おおむね、以下のとおり記載されている(下記記載中に引用する【図1】~【図4】については、別紙6参照)。

a 発明の属する技術分野

本発明は、海底の土砂やヘドロなどをすくい上げて浚渫を行うクラムシェルバケットに関するものである(【0001】)。

b 従来の技術

クラムシェルバケットは、バケットの刃先部と左右バケットの底部で土砂を浚渫して、土運船に取り上げるものである。従来のクラムシェルバケットにおいては、【図5】に示すように左右のバケット4、5を全開した状態で海底まで落下させ、開閉用ワイヤ11を操作して左右バケット4、5を閉じ、海底土砂をすくう。次いで、吊りワイヤ10を操作して【図7】及び【図8】に示すように左右バケット4、5を閉じたまま引き上げ、土運船上で左右バケット4、5を開いて土砂を積み込む(【0002】~【0005】)。

c 発明が解決しようとする課題

このような従来のグラブバケットにおける問題点は、左右のバケットで土砂を浚渫して土運船に取り上げるとき、バケットの上部が開放しているので、そこから汚泥や汚水がこぼれ、海洋汚染を引き起こすことである。そのような事態を防止するために、工事区域を囲むように海面及び海中に汚濁防止幕を張り合わせ、区域外に汚泥や汚水が流出しないようにしているが、潮の干満や潮流により、万全とはいえない。また、上記防止対策として、クラムシェルの左右バケットを完全水密式に改造したものがあるものの、浚渫工事中、開いたままのグラブバケットを水中に沈めると、水密式の左右バケットに空気がたまった状態であることから、大きな浮力がバケットに作用し、浚渫する目的地に到達しない、海底でバケットを閉じるときに左右バケット内にたまった空気が汚泥を巻き上げて浮上するので、汚染が拡大するなどの問題点が多い(【0006】~【0008】)。

本発明が解決しようとする課題は、いったんバケットですくい上げた汚泥や汚水を海中に落下させたりこぼすことがなく、また、バケットにたまった空気による浮力や汚泥巻上げを解消することである(【0009】)。

d 課題を解決するための手段

上記cの課題を解決するために、本発明は、特許請求の範囲請求項1記載の構成を採用した(【0010】)。

e 発明の実施の形態

【図1】は、バケットを閉じた状態の正面図、【図2】はその側面図、【図3】はバケットを開いた状態の正面図、【図4】はその側面図である(【0013】)。

本実施例の特徴は、①クラムシェルの左右のバケット4、5を完全に箱形にして一面(開口面)だけで接地させるようにしたこと及び②バケット4、5の左と右の背中の面に大きな空気抜き口13と空気抜き扉14を設置したことである。①については、バケット4、5の上部の面にD型ゴム(シール用パッキン)12を設け、バケット4、5の開閉により圧縮させて密閉するようにした。②については、本実施例において、空気抜き扉14は、板状であり、上端を水平な軸によって回動自在に構成されている(【0015】)。

【図3】に示すように、左右のバケット4、5を開いた状態で吊りワイヤ10を操作して海中にバケット4、5を落下させると、バケット4、5の底部(落下中は上部)に設けられている空気抜き扉14はほぼ垂直の位置にあって空気抜き口13を開放しており、バケット4、5の底部の空気は海中を落下中に完全に抜かれる。バケット4、5が海底に達すると、開閉用ワイヤ11を操作することによりバケット4、5の刃先が汚泥をすくい取り、バケット4、5が閉じると、D型ゴム12がバケット4、5の口を完全にシールし、【図1】に示すように空気抜き扉14も空気抜き口13を閉塞してバケット4、5は完全に密封状態となる(【0016】)。

f 発明の効果

本発明によれば、左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付けたことにより、いったんバケットですくい上げた汚泥や汚水を海中に落下させたりこぼしたりすることがなく、海の汚濁化や生態系への悪影響等の環境汚染を引き起こすことがない(【0019】)。

左右バケットの支軸部近傍に空気抜き口とそれを自動開閉する空気抜き扉を設けたことにより、バケットにたまった空気による浮力によってバケットの落下地点が狂ったり、バケットからあふれ出た空気が汚泥を巻き上げることによる汚濁化を解消することができる(【0020】)。

これらの効果により、従来のように汚濁防止幕を張る必要がなくなり、工期短縮及び労力節減を図ることができる(【0021】)。

(ウ)【図1】から【図4】において、左バケット4及び右バケット5は、それぞれ左右アーム2、3の下端部の支軸6、7の回りに回動自在に設けられている(【0004】)。また、左右の各バケットにその高さの半分よりも上に空気抜き孔13及び空気抜き扉14が設けられている。

【図1】から【図4】において、バケット4、5に突起は見られない。

【図2】及び【図4】において、バケット5の底部は平らであり、湾曲、凹凸等は見られない。また、バケット5の両端部は、アーム3の外方に張り出している。なお、バケット4、5は、対称に構成された一対のものと解されるから、バケット4の底部及び両端部についても、バケット5と同様の態様を成すものということができる。

(エ)前記(ア)から(ウ)によれば、引用例5には、①従来のグラブバケットには、左右のバケットで土砂を浚渫して土運船に取り上げるとき、バケットの上部が開放しているので、そこから汚泥や汚水がこぼれて海洋汚染を引き起こす、左右バケットを完全水密式に改造したものは、浚渫工事中、開いたままのグラブバケットを水中に沈めると、左右バケットに空気がたまった状態であることから、大きな浮力がバケットに作用し、浚渫する目的地に到達しないなどの問題点があったこと(【00006】~【0008】)、②これらの問題点に鑑み、いったんバケットですくい上げた汚泥や汚水を海中に落下させたり、こぼすことがなく、また、バケットにたまった空気による浮力等を解消することを課題とし、同課題を解決するための手段として、左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付けること、左右バケットの支軸部近傍に空気抜き口とそれを自動開閉する空気抜き扉を設けることを特徴とする構成を採用したこと(【0009】、【0010】、【請求項1】)、③②の密閉構造及びパッキンの取付けにより、いったんバケットですくい上げた汚泥や汚水を海中に落下させることがなく、環境汚染を引き起こすことがない、空気抜き口及び空気抜き扉を設けたことにより、バケットにたまった空気による浮力によりバケットの落下地点が狂うという事態が生じないなどの効果が得られること(【0019】、【0020】)が記載されている。これらの記載によれば、引用例5に記載されている浚渫用グラブバケットは、シェル上部が密閉されているものであることが明らかである。

イ 周知技術3の認定について

(ア)周知例1には、前記(3)アのとおり、バケットシェル6のシェル上壁13に水抜き口11を開口し、水抜き口11を開閉する開閉体12及び開閉体12を開閉操作する操作機構を設け、水抜き口11を開放した状態でバケットシェル6を操作すると、シェル内の濁水を水抜き口11から排出することができ、バケットシェル6が全閉ないしはその直前の状態になった時点で、開閉体12が操作機構で閉じ操作されて水抜き口11を完全に閉止することができる旨が記載されている。同記載によれば、水抜き口11は、バケットシェル内の空気を抜く役割も果たしていることが明らかである。

引用例5には、前記アのとおり、左右アームの下端部の支軸の回りに回動自在に設けられた左右の各バケット(シェルに相当する。)の上部に空気抜き口とこれを開閉する空気抜き扉が設けられており、海中に左右の各バケットを落下させると、空気抜き扉14はほぼ垂直の位置にあって空気抜き口13を開放しており、各バケット底部の空気が完全に抜かれ、各バケットが海底に達して汚泥をすくい取った後に閉じると、空気抜き扉14が空気抜き口13を閉塞する旨が記載されている。

(イ)以上によれば、周知例1及び引用例5から、浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部に空気抜き孔を形成すること(周知技術3)は、本件特許出願の当時、当業者に周知されていたものと認められ、同旨の本件審決の判断に誤りはない。

ただし、①前記(3)アのとおり、周知例1記載の浚渫用グラブバケットは、シェルの上部が密閉されたグラブバケットにおいて、シェル内部の濁水を排出する手段につき、従来技術の問題点を解決するものであり、②前記アのとおり、引用例5に記載されている浚渫用グラブバケットも、シェル上部が密閉されているものであることが明らかであるから、周知技術3は、シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段にほかならないというべきである。

ウ なお、原告は、本件発明においては、シェルの上方の全面にわたって固定されたシェルカバーの一部に空気抜き孔を形成するよう構成されていることを前提に、引用例5及び周知例1等に上記構成は開示されていない旨を周知技術3の認定の誤りとして主張するが、本件審決は、シェルの上部に空気抜き孔を形成することを周知技術3として認定したにすぎず、上記構成を認定したものではないから、上記主張は、周知技術3の認定の誤りに係る主張としては、失当である。

(5)相違点2の容易想到性の判断の誤りについて

ア 相違点2について

本件発明と引用発明1との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに、前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点(前記第2の3(3)ウ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 相違点2の容易想到性について

(ア)本件審決は、浚渫用グラブバケットに関する発明である引用発明1において、同じく浚渫用グラブバケットに関する周知技術2及び3並びに引用発明3を適用して相違点2に係る本件発明の構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。

(イ)相違点2は、シェルの構成に関するものである。しかし、引用例1(甲1)には、専ら、バケットの吊上げ初期の揺れがほとんど発生せず、開閉ロープのロープ寿命も長くなる浚渫用グラブバケットの提供を課題として(【0005】)、上部シーブ、下部シーブ、バケット開閉用の開閉ロープ及びガイドシーブの構成や位置によって上記課題を解決する発明が開示されており(【請求項1】~【請求項3】、【0006】、【0016】)、シェルに関しては、特許請求の範囲及び発明の詳細な説明のいずれにも、「各シェル部1A、1Bは軸3で開閉自在に軸支され、下部フレーム2に取付けられている。」(【0008】)など、他の部材と共にグラブバケットを構成していることが記載されているにとどまり、シェル自体の具体的構成についての記載はない。引用例1においては、前記(1)ア(ア)のとおり、上記発明の一実施形態に係る浚渫用グラブバケットの側面図【図1】及び正面図【図2】に加え、従来のグラブバケットの側面図【図6】及び正面図【図7】において、シェルが図示されているにすぎない。

したがって、引用例1には、シェルの構成に関する課題は明記されていない。

(ウ)もっとも、引用例3(甲4)の考案の詳細な説明中の考案が解決しようとする問題点(前記(2)ア(イ)b)、周知例1(甲16)の【0002】、【0003】(前記(3)ア(イ))、周知例2(甲26)の考案の詳細な説明中、従来技術の欠点について述べたもの(前記(3)イ(イ)a)及び引用例5(甲5)の【0006】から【0008】(前記(4)ア(イ)c)によれば、本件特許出願の当時、浚渫用グラブバケットにおいて、シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止することは、自明の課題であったということができる。したがって、当業者は、引用発明1について、上記課題を認識したものと考えられる。

前記(3)ウのとおり、本件審決が周知技術2を認定したことは誤りであるが、当業者は、引用発明1において、上記課題を解決する手段として、周知例2に開示された「シェルが掴んだヘドロ等の流動物質の流出を防ぐために、相対向するシェル11、11の上部開口部12、12に上部開口カバー13、13をシェル11、11の内幅いっぱいに固着するか、又は、取り外し可能に装着することによって、上部開口部12、12を上部開口カバー13、13でふさぎ、シェル11、11を密閉する」構成を適用し、相違点2に係る本件発明の構成のうち、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」構成については容易に想到し得たものと認められる。

しかしながら、前記(4)のとおり、シェルの上部に空気抜き孔を形成するという周知技術3は、シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段である。引用例1には、シェルの上部が密閉されていることは開示されておらず、よって、当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難い。当業者は、前記のとおり引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到し、同構成について上記課題を認識し、周知技術3の適用を考えるものということができるが、これはいわゆる「容易の容易」に当たるから、周知技術3の適用をもって相違点2に係る本件発明の構成のうち、「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。

(エ)また、前記(2)のとおり、引用例3には、海底から掻き取った海底土砂等をバケットシェル内に保持することを可能にし、かつ、水の抵抗を最小限にして、荷こぼれによる海水汚濁を防止し得るグラブバケットの提供を課題とし、同課題解決手段として、シェルの上部開口部の開閉手段を設けた旨が記載されていることから、当業者は、引用発明1において、シェルで掴んだ土砂や濁水等の流出を防止するという自明の課題を解決する手段として、シェルを密閉するために、「浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部開口部に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けるという技術」である引用発明3の適用を容易に想到し得たものということができる。

しかし、引用発明1に引用発明3を適用しても、シェルの上部に上記のように開閉するゴム蓋を有する蓋体をシェルカバーとして取り付ける構成に至るにとどまり、相違点2に係る本件発明の構成には至らない

ウ 被告の主張について

被告は、空気抜き孔をシェルカバーの一部に設けることは、引用例5及び周知例1に開示された公知技術ないし周知技術である旨主張するが、前記イのとおり、同技術は、シェルの上部が密閉されていることを前提として、そのような状態においてはシェル内部にたまった水や空気を排出する必要があり、この課題を解決するための手段であり、引用例1には、シェルの上部が密閉されていることは開示されていないのであるから、よって、当業者が引用発明1自体について上記課題を認識することは考え難く、上記技術を適用する動機付けを欠く。

エ 小括

以上によれば、相違点2が容易に想到できるとした本件審決の判断には誤りがある

(6)相違点3の容易想到性の判断の誤りについて

ア 相違点3について

本件発明と引用発明1との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明1においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点(前記第2の3(3)エ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 引用例2について

引用例2(甲2)には、以下のとおり、開示されている(下記記載中に引用する図面については、別紙7参照)。

(ア)引用例2の実用新案登録請求の範囲には、以下のとおり記載されている。

【請求項1】 シェルの口幅を開幅よりも大きく形成したことを特徴とするグラブバケット。

(イ)引用例2の考案の詳細な説明には、おおむね、以下のとおり記載されている。

a 産業上の利用分野

本考案は、グラブバケットに関し、特に砂利、砂の荷揚げや荷降ろし等を行うグラブバケットにおいて、開幅よりも口幅を広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めたものである(【0001】)。

b 従来の技術

運搬船等に積載された砂利や砂を陸揚げするために用いられるグラブバケットには、通例ラッチアーム型と称する形式のものが用いられる(【0002】、【0003】、【図7】、【図8】)。

c 考案が解決しようとする課題

従来のラッチアーム型のグラブバケットでは、容重比(重量/容量)は2.0が限界であって、形状における制約から、これ以上軽量化を図ることはできない。

また、シェルの開幅Wよりも口幅Lが小さいとともに、高さHがそれらと比較して長いので、グラブバケットの安定性が低く、作業中に転倒することがあり、作業能率が低下する(【0005】)。

そこで、本考案は、シェルの開幅Wよりも口幅Lを広い形状とすることにより、安定性を高め、容重比を小さくして操作性を高めたグラブバケットを提供するものである(【0007】)。

d 課題を解決するための手段

本考案は、前記cの課題を解決するために、請求項1記載の構成等のグラブバケットを提供する(【0008】)。

e 実施例

【図1】及び【図2】に示すとおり、左右一対でバケットを形成するシェル1、1の開幅方向の両端部をそれぞれ下部枠2に主軸3、3で回転可能に軸支し、それらのロッドアーム4、4の一方の上端部を上部枠5に回動可能に軸着し、他方の上端部を上部枠5に固着して連結している(【0010】)。

シェル1の口幅方向の長さLは、開幅方向の長さWと同等又はそれ以上の長さを有し、寸法的には従来のものに比べて著しく口幅が大きいという特徴を有する。したがって、開幅に対して口幅が大きいので、安定性が高く、作業中に転倒することもないのみならず、掴み量が大きい(【0012】)。

f 【図3】において、シェル1の両端部は、アーム4の外方に張り出している。シェル1は、下部枠2とほぼ同じ長さであり、シェル1の両端部が下部枠2の外方に張り出しているようには見えない。【図1】及び【図2】において、主軸3の軸心方向の側方から見たものにおいても同様である。なお、主軸3は、下部枠2の両端に取り付けられている。

【図8】において、シェル21の両端部は、アーム23の外方に張り出している。シェル21の両端部は、軸25の外方に張り出しているものの、軸25とシェル21を軸支する軸の外方に張り出しているようには見えない。

ウ 引用例2に開示されている構成について

(ア)本件発明の「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」につき、「正面視」は、シェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向から見たものを指す(【請求項1】)。引用発明2においては、主軸3がシェル1、1を下部枠2に軸支するものであるから(【0010】)、【図1】及び【図2】において、主軸3の軸心方向から見たシェル1を軸支するアーム4の軸心間の距離が、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離」に相当する。

また、本件発明の「側面視におけるシェルの幅内寸の距離」には、【図3】並びに【図1】及び【図2】において、主軸3の軸心方向の側方から見たシェル1の幅内寸の距離が相当する。

(イ)シェルは、主軸を回動軸として回転し、砂利や砂を掴んで取り込むのであるから、グラブバケットの開口の幅(開幅W)は、シェルとアームが回動可能に連結される2つの軸間の距離よりも広いということができる(【図2】参照)。そして、この軸間の距離は、アーム4の軸心間の距離に相当する。

そして、前記イのとおり、引用例2には、シェルの口幅Lを開幅W以上に大きく形成する構成が開示されているから、シェルの口幅Lを、開幅Wより小さいアーム4の軸心間の距離よりも大きくした構成が開示されているものということができる。すなわち、アーム4の軸心間の距離を100とした場合、シェルの口幅Lが100よりも大きくなる構成が開示されている。

主軸3の軸心方向の側方から見たシェル1の幅内寸の距離は、シェルの厚みの分、シェルの口幅Lよりも小さくなることが明らかである。もっとも、前記イのとおり、引用例2には、砂利、砂の荷揚げや荷下ろし等を行うグラブバケットに係る発明が開示されており、その用途に鑑みると、前記のとおりアーム4の軸心間の距離を100とした場合、100よりも大きくなるシェルの口幅Lからシェルの厚みを差し引いたシェル1の幅内寸の距離が60未満になるほど、シェルの厚みが大きくなるとは考え難い

以上によれば、引用例2には、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離に相当するアーム4の軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とする構成」(引用発明2-2)が開示されているものと認められる

エ 相違点3の容易想到性について

引用発明1は、浚渫用グラブバケットであり、引用発明2-2は、砂利、砂の荷揚げや荷下ろし等を行う荷役用グラブバケットに係るものであるが、いずれのグラブバケットも対象物をすくい取って移動させるという用途において共通しており、作業の効率化のために掴み量を大きくすることは、自明の課題ということができる。

そして、引用発明2-2の構成、すなわち、正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離に相当するアーム4の軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とする構成は、シェルの口幅Lを開幅W以上に大きく形成する構成によるものであるところ、引用例2には、同構成によって、掴み量が大きくなる旨が明記されている(【0012】)。したがって、引用発明2-2は、掴み量の増大という効果を奏するものということができる。

以上によれば、当業者は、本件特許出願の当時、引用発明1において、作業の効率化のために掴み量を大きくするという自明の課題につき、前記のとおり対象物をすくい取って移動させるという共通の用途を有する荷役用グラブバケットにおいて掴み量の増大という効果を奏する引用発明2-2を適用し、相違点3に係る本件発明の構成とすることを、容易に想到し得たものということができる。

オ 前訴判決について

(ア)前記第2の4(2)ア(イ)aのとおり、確定した前訴判決において、第1次訂正後の発明と引用発明1’との間には、第1次訂正後の発明においては、「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明1’においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点3’が存在するが、相違点3’に係る構成は、引用発明1’に引用例2に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであると判断された。

(イ)前記第2の1及び2のとおり、前訴判決後、本件訂正により発明の要旨が変更されたことから、本件訂正後の本件発明を審理対象とする本件審決において、確定した前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)が及ぶものとはいい難い。

しかし、引用発明1’は、引用発明1と実質的に同一のものであり(前記(1))、相違点3’も、相違点3と実質的に同一のものである。したがって、相違点3については、本件訂正の前後で実質的に変更はないのであるから、相違点3’についての確定した前訴判決の判断は尊重されるべきであり、本件において原告が相違点3の容易想到性を争うこと自体、訴訟上の信義則に反するものというべきである。

カ 小括

以上によれば、相違点3が容易に想到できるとした本件審決の判断に誤りはない。

(7)引用発明2-1の認定の誤りについて

ア 「側面視」は、本件発明と同様に、シェルと下部フレームを軸支する軸の軸心方向の側方から見たものをいうと解され、それは、引用例2の【図3】及び【図8】並びに【図1】及び【図2】において、主軸3の軸心方向の側方から見たものに相当する。

前記(6)イ(イ)fのとおり、上記いずれの図面においても、シェルの両端部が、タイロッドに相当するアームの外方に張り出しており、したがって、引用例2には、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出す」という構成は開示されている。

しかし、【図1】及び【図2】において、シェル1は、下部フレームに相当する下部枠2とほぼ同じ長さであり、シェル1の両端部が下部枠2の外方に張り出しているようには見えない。また、【図1】及び【図2】の主軸3は、下部枠2とシェル1を軸支する軸であるが、シェル1の開幅方向の両端部に位置しており(【0010】)、下部枠2の両端に取り付けられている。したがって、主軸3は、【図3】には図示されていないものの、上記のとおりシェル1が下部枠2とほぼ同じ長さであることを併せ考えると、側面視において、シェル1の両端部が主軸3の外方に張り出すものではないことは、明らかである。【図8】においても、シェル21の両端部は、下部フレームに相当する軸25の外方に張り出しているものの、軸25とシェル21を軸支する軸の外方に張り出しているようには見えない。

したがって、引用例2に、「側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなる」という構成が開示されているということはできない。

イ 被告の主張について

被告は、【図7】には、シェルの両端部がシェルを軸支する軸よりも外側に張り出している構成が開示されている旨主張する。

しかし、【図7】は、シェルと下部フレーム(軸25)を軸支する軸の軸心方向から見たものであり、軸心方向の側方から見たものではないから、側面視ではなく、正面視の図面である。したがって、【図7】に上記構成が開示されていることをもって、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出す構成が開示されているということはできない。

ウ 小括

以上によれば、本件審決による引用発明2-1の認定は、誤りである。ただし、同認定に係る引用発明2-1の構成は、相違点4の容易想到性に関わるものであるところ、後記(8)のとおり、当業者は、引用発明1に引用発明4の構成を適用して相違点4に係る本件発明の構成を容易に想到し得るのであるから、上記誤りは、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(8)相違点4の容易想到性の判断について

ア 相違点4について

本件発明と引用発明1との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり」であるのに対して、引用発明1においては、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2の外方に張り出しているものの、「側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が連結杆4A、4B(本件発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出すとともに、更に、側面視においてシェル部1A、1Bの両端部が下部フレーム2とシェル部1A、1Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明であるという相違点(前記第2の3(3)オ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 引用発明4について

(ア)引用例4(甲52)には、以下のとおりの記載がある(記載中に引用する図面については、別紙8参照)。

a 本船は関西国際空港II 期工事に使用する砂撒船としてグラブ船を改造したものである。」(10頁右欄下から8行目~7行目)

b 揚砂用グラブ(20m3)はホッパーに均等に供給することを容易にするため従来型より幅広くし、作業効率の向上を図っている(図-2)。(11頁右欄2行目~4行目)

c 図-2において、本件発明における側面視、すなわち、シェルと下部フレームを軸支する軸を軸心方向の側方から見たものは、右側の図面に該当し、同図においては、側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出しており、シェルの両端部が下部フレームの外方及び下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している。

(イ)前記(ア)によれば、引用例4には、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなる構成」(引用発明4)が開示されているものと認められる。

ウ 相違点4の容易想到性について

対象物をすくい取って移動させる用途を備えたグラブバケットにおいては、掴み物の切取面積を大きくして掴み量を増大させることは、自明の課題ということができる。

そして、引用発明4も、上記用途を備えたグラブバケットであり、前記イの構成においては、掴み物をすくい取るために対象物に食い込むシェルの部分が長くなるのであるから、上記構成が掴み物の切取面積を大きくして掴み量を増大させることも、自明ということができる。

以上によれば、当業者は、本件特許出願の当時において、引用発明1につき、上記自明の課題を解決する手段として、同じく対象物をすくい取って移動させる用途を備えたグラブバケットに係る引用発明4を適用し、相違点4に係る本件発明の構成を容易に想到することができたというべきである。

エ 原告の主張について

原告は、引用発明1に引用発明4を適用することについては、①引用発明4は、荷重による変形を抑える目的でシェルの両端部を下部フレーム等の強度部材によって支持するという引用発明1に係る構成を採用しておらず、引用発明1に引用発明4を適用することは、構造的に不可能である、②引用発明4は、上記の引用発明1に係る構成を採用していないので荷役用グラブバケットとしても強度補強措置が不十分なものとなっており、引用発明1に引用発明4を適用すると、浚渫用グラブバケットに求められる荷役用グラブバケットよりも高い強度を確保することができなくなるという阻害事由が存在する旨主張する。

確かに、引用発明4は、前記イのとおり、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出していることから、シェルの両端部が直接下部フレームに接触している状況にはない。

しかし、グラブバケットにおいて、荷重による変形を抑える手段は、シェルの両端部を下部フレーム等の強度部材によって支持する構成に限られるものではなく、よって、同構成を採用していないからといって、直ちに荷重に耐える強度が不足するということはできない。よって、引用発明1に引用発明4を適用した結果、上記構成を備えなくなるとしても、それのみによって、荷重に耐える強度が不足することになるとまではいうことができない。ほかに、上記適用を阻害する要因も認めるに足りない。

オ 前訴判決について

(ア)前記第2の4(2)ア(イ)bのとおり、確定した前訴判決において、第1次訂正後の発明と引用発明1’との間には、第1次訂正後の発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」のに対して、引用発明1’においては、側面視においてシェル部A、Bの両端部が下部フレームの外方に張り出しているものの、「側面視においてシェル部A、Bの両端部が連結杆A、B(第1次訂正後の発明における「タイロッド」に相当する。)並びに下部フレームとシェル部A、Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明であるという相違点4’が存在するが、相違点4’に係る構成は、引用発明1’に引用例2に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであると判断された。

(イ)前記(6)オのとおり、本件審決において、確定した前訴判決の拘束力が及ぶものとはいい難い。

しかし、引用発明1’は、引用発明1と実質的に同一のものであり(前記(1))、相違点4’も、相違点4と実質的に同一のものである。したがって、相違点4については、本件訂正の前後で実質的に変更はないのであるから、相違点4’についての確定した前訴判決の判断は尊重されるべきであり、本件において原告が相違点4の容易想到性を争うこと自体、訴訟上の信義則に反するものというべきである。

カ 小括

以上によれば、相違点4が容易に想到できるとした本件審決の判断に誤りはない。

(9)小括

以上によれば、引用発明1に基づいて容易に想到できるとした本件審決は誤りであり、原告主張の取消事由1は、理由がある。

3 取消事由2(引用発明5を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について

事案の性質に鑑み、引用発明5及び3の認定の誤り、周知技術2及び3の認定の誤り、相違点8及び9の容易想到性の判断の誤り、引用発明2-1の認定の誤り、相違点10の容易想到性の判断の誤りの順に検討する。

(1)引用発明5の認定の誤りについて

ア 前記2(4)アによれば、引用例5には、本件審決が認定したとおりの引用発明5(前記第2の3(2)ケ)が記載されていることが認められる。

イ 原告の主張について

(ア)原告は、引用例5には、シェル部につき、「平底」及び「爪を具備しない」との構成についての明示的な記載も示唆も存在せず、上記構成が開示されているということはできないとして、本件審決は、引用発明5につき、「左右バケット4、5を爪無しの平底構成」と認定した点において誤りがある旨主張する。

この点に関し、前記2(1)イのとおり、シェルの爪無し及び平底の構成とは、本件明細書の【図2】の下底に相当するシェルの底部が平らであり、引用例3の【第1図】及び周知例1の【図2】に示されたグラブバケットのようにシェルの底部の端に突起が設けられたものではなく、また、引用例3の【第2図】に示されたグラブバケットのようにシェルの底部が湾曲したものでもないことを意味するものと解される。

前記2(4)ア(ウ)のとおり、引用例5の【図1】から【図4】において、シェルに相当するバケット4、5に突起は見られず、また、【図2】及び【図4】において、バケット5の底部は平らであり、湾曲、凹凸等は見られない。この点は、バケット5と一対のものとして対称に構成されたバケット4についても同様である。よって、引用例5には、シェル部を平底とし、かつ、爪の無い構成とすることが開示されているということができる。

(イ)原告は、引用例5の【図2】及び【図4】からは、左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3の外方に張り出しているか否かは不明である旨主張する。

しかし、前記2(4)ア(ウ)のとおり、引用例5の【図2】及び【図4】自体から、バケット5の両端部がアーム3の外方に張り出していることは明らかである。この点は、下部フレームの方がシェルの両端部の外方に張り出している本件明細書の【図8】との比較からも、明らかということができる。

(2)引用発明3の認定の誤りについて

前記2(2)のとおり、引用例3には、本件審決が認定したとおりの引用発明3が記載されているものと認められる。

(3)周知技術2の認定の誤りについて

前記2(3)のとおり、本件審決による周知技術2の認定は、誤りである。

(4)周知技術3の認定の誤りについて

前記2(4)のとおり、本件審決による周知技術3の認定に誤りはない。

(5)相違点8の容易想到性の判断の誤りについて

ア 相違点8について

本件発明と引用発明5との間には、本件審決が認定したとおり、シェルの上部の面を構成する部材の配置に関し、本件発明においては、「シェルの上部にシェルカバーを密接配置するとともに、前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成し、該空気抜き孔に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付け」るのに対し、引用発明5においては、「バケット4、5の上部にバケット4、5の上部の面を構成するとともに、バケット4、5を箱型に構成する部材を配置する」という相違点(前記第2の3(4)イ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 相違点8の容易想到性について

(ア)本件審決は、浚渫用グラブバケットに関する発明である引用発明5において、同じく浚渫用グラブバケットに関する周知技術2及び3並びに引用発明3を適用して相違点8に係る本件発明の構成とすることは、当業者であれば容易に想到し得たことであると判断した。

(イ)前記2(4)アのとおり、引用発明5に関し、引用例5には、シェル上部が密閉されている浚渫用グラブバケットが開示されている。したがって、引用発明5において、「浚渫用グラブバケットにおいて、シェルの上部開口部に、シェルを左右に広げたまま水中を降下する際には上方に開いて水が上方に抜けるとともに、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合にも内圧の上昇に伴って上方に開き、グラブバケットの水中での移動時には、外圧によって閉じられる開閉式のゴム蓋を有する蓋体を取り付けるという技術」に係る引用発明3を適用すれば、相違点8に係る本件発明の構成に至るものということができる。

(ウ)前記2(4)アによれば、引用例5には、①バケット(シェル)が掴んだ土砂等の流出防止及びバケット内にたまった空気の排出を課題とし、②同課題を解決するための手段として、左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし、左右バケットの開口面の合わせ部にシール用パッキンを取り付けること、左右バケットの支軸部近傍に空気抜き口とそれを自動開閉する空気抜き扉を設けることを特徴とする構成を採用し、③同構成により、上記課題を解決することができる旨が記載されている。

他方、前記2(2)アによれば、引用例3には、①海底から掻き取った海底土砂等をバケットシェル内に保持することを可能にし、かつ、水の抵抗を最小限にして、荷こぼれによる海水汚濁を防止し得るグラブバケットの提供を課題とし、②同課題を解決するための手段として、バケットシェルの上部に開口部を有するグラブバケットにおいて、バケットシェルに、これを上方に吊り上げるときに上部開口部を閉じるための開閉手段を設ける構成を採用し、③同構成により、上記課題を解決することができる旨が記載されている。

このように、引用例5及び3は、いずれもシェルが掴んだ土砂等の流出防止を課題の1つとしている。

しかし、前記のとおり、引用例5には、上記流出防止及びバケット内にたまった空気の排出という課題を、左右バケットの開口面以外の部分を密閉構造とし、空気気抜き口及び空気抜き扉を設けるなどの前記構成により解決することができる旨記載されており、同構成自体に課題があることは、記載されていない。引用発明3の構成が、引用例5に記載された構成に比して、共通する課題である上記流出防止についてより優れた効果を奏するものとも認められない。また、引用例5のもう1つの課題であるバケット内にたまった空気の排出という課題は、引用発明3の構成によっても解決し得るものであるが、引用例5に記載された構成に比して、より優れた効果を奏するものとも認められない。

また、引用例3には、水の抵抗を最小限にすることを課題とする旨が記載されている。加えて、前記2(2)のとおり、引用例3には、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合のことについての記載はないものの、シェルカバー部材30は、その構造にも鑑みれば、上記の場合においてバケットシェル21の内圧の上昇を受けて上方に開くものということができる。

しかし、引用例5において、水の抵抗やシェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合に関する記載はなく、本件証拠上、それらがグラブバケットの自明の課題であるとも認めるに足りない。

以上によれば、当業者において、引用発明5に引用発明3を適用する動機付けが存在することは、認めるに足りないというべきである。

(エ)前記2(3)ウのとおり、本件審決が引用例3、周知例1及び2から周知技術2を認定したのは誤りであるところ、周知例1記載の浚渫用グラブバケットは、シェルの上部が密閉されたグラブバケットにおいて、シェル内部の濁水を排出する手段につき、従来技術の問題点を解決するものであるが(前記2(3)ア)、同グラブバケットの構造上、シェルが掴み物を所定容量以上に掴んだ場合に、水抜き口11を開閉する開閉体12が上方に開くことは考え難く、したがって、引用発明5に周知例1の構成を適用しても、相違点8に係る本件発明の構成に至らない。また、周知例2には、空気抜き孔が開示されておらず(前記2(3)イ)、引用発明5に周知例2の構成を適用しても、相違点8に係る本件発明の構成に至らない。

前記2(4)のとおり、周知技術3は、周知例1及び引用例5から認定したものであり、引用発明5に周知例1の構成を適用しても相違点8に係る本件発明の構成に至らないのは、上記のとおりである。

ウ 小括

以上によれば、相違点8が容易に想到できるとした本件審決の判断には誤りがある。

(6)相違点9の容易想到性の判断の誤りについて

ア 相違点9について

本件発明と引用発明5との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「正面視におけるシェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、側面視におけるシェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明5においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点(前記第2の3(4)ウ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 相違点9の容易想到性について

前記2(6)イからエと同様の理由により、当業者は、本件特許出願の当時、引用発明5に引用発明2-2を適用し、相違点9に係る本件発明の構成とすることを、容易に想到し得たものということができる。

ウ 前訴判決について

前記第2の4(2)イ(イ)のとおり、確定した前訴判決において、第1次訂正後の発明と引用発明5’との間には、第1次訂正後の発明においては、「シェルを軸支するタイロッドの軸心間の距離を100とした場合、シェルの幅内寸の距離を60以上とし」ているのに対して、引用発明5’においては、そのように構成されているか否か不明であるという相違点9’が存在するが、相違点9’に係る構成は、引用発明5’に引用例2に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであると判断された。

前記2(6)オのとおり、本件審決において、確定した前訴判決の拘束力が及ぶものとはいい難いが、引用発明5’は、引用発明5と実質的に同一のものであり(前記(1))、相違点9’も、相違点9と同一のものである。したがって、相違点9については、本件訂正の前後で実質的に変更はないのであるから、相違点9’についての確定した前訴判決の判断は尊重されるべきであり、本件において原告が相違点9の容易想到性を争うこと自体、訴訟上の信義則に反するものというべきである。

エ 小括

以上によれば、相違点9が容易に想到できるとした本件審決の判断に誤りはない。

(7)引用発明2-1の認定の誤りについて

前記2(7)のとおり、本件審決による引用発明2-1の認定は、誤りである。ただし、同認定に係る引用発明2-1の構成は、相違点10の容易想到性に関わるものであるところ、後記(8)のとおり、当業者は、引用発明5に引用発明4の構成を適用して相違点10に係る本件発明の構成を容易に想到し得るのであるから、上記誤りは、本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(8)相違点10の容易想到性の判断の誤りについて

ア 相違点10について

本件発明と引用発明5との間には、本件審決が認定したとおり、本件発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッドの外方に張り出すとともに、側面視においてシェルの両端部が下部フレームの外方に張り出し、更に、側面視においてシェルの両端部が下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出してなり」であるのに対し、引用発明5においては、側面視において左右バケット4、5の両端部が左右アーム2、3(本件発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出しているものの、側面視において左右バケット4、5の両端部が滑車機構9(本件発明における「下部フレーム」に相当する。)の外方に張り出しているとともに、さらに側面視において左右バケット4、5の両端部が滑車機構9と左右バケット4、5を軸支する軸の外方に張り出しているか否か不明であるという相違点(前記第2の3(4)エ)が存在するものと認められ、この点は、当事者間に争いがない。

イ 相違点10の容易想到性について

前記2(8)イ及びウと同様の理由により、当業者は、本件特許出願の当時において、引用発明5に引用発明4を適用し、相違点10に係る本件発明の構成を容易に想到することができたというべきである。

ウ 前訴判決について

前記第2の4(2)イ(イ)のとおり、確定した前訴判決において、第1次訂正後の発明と引用発明5’との間には、第1次訂正後の発明においては、「側面視においてシェルの両端部がタイロッド及び下部フレーム並びに下部フレームとシェルを軸支する軸の外方に張り出している」のに対して、引用発明5’においては、側面視において左右バケットA、Bの両端部が左右アームA、B(第1次訂正後の発明における「タイロッド」に相当する。)の外方に張り出しているものの、側面視において左右バケットA、Bの両端部が滑車機構(第1次訂正後の発明における「下部フレーム」に相当する。)並びに滑車機構と左右バケットA、Bを軸支する軸の外方に張り出している」か否か不明であるという相違点10’が存在するが、相違点10’に係る構成は、引用発明5’に引用例2に記載された発明を組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものであると判断された。

前記2(6)オのとおり、本件審決において、確定した前訴判決の拘束力が及ぶものとはいい難いが、引用発明5’は、引用発明5と実質的に同一のものであり、相違点10’も、相違点10と実質的に同一のものである。したがって、相違点10については、本件訂正の前後で実質的に変更はないのであるから、相違点10’についての確定した前訴判決の判断は尊重されるべきであり、本件において原告が相違点10の容易想到性を争うこと自体、訴訟上の信義則に反するものというべきである。

エ 小括

以上によれば、相違点10が容易に想到できるとした本件審決の判断に誤りはない。

(9)以上によれば、引用発明5に基づいて容易に想到できるとした本件審決は誤りであり、原告主張の取消事由2は、理由がある。