コーナークッション事件

投稿日: 2017/02/09 0:32:09

1月23日に掲載した平成28年(ネ)第10092号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・大阪地方裁判所平成27年(ワ)第6380号)を見直したので再掲します。

今日は、コーナークッションに関する特許権の侵害事件について侵害訴訟以外の手続きについても分析します。コーナークッションという名称から、リビングのフローリングに直接置いて使うクッションを想像しましたが、どうやら建設現場などで構造物の角に貼りつけて作業者等がぶつかったときに怪我することを防ぐことを目的とするものみたいです。

この事件の内容からフィードバックされる点は以下になります。

① 各請求項が解決しようとする課題を明確にし、出願当初から一つの請求項で複数の課題を解決する構成としない。

② 複数の課題が存在する場合、解決手段に共通性が存在する場合でもそれぞれ別出願にしたほうが良く、一出願にする場合には一方を従属項にすることで対応する。

③ 特許請求の範囲には「結果」は記載せず、原則その結果を達成するための構成を記載する。

 

1.本件及び関係する諸手続きの時系列的整理

本件は一審が大阪地裁で争われ、判決は原告の請求が棄却されました。その後、原告が控訴し、二審の知財高裁で争われ、判決は控訴が棄却されました。また、この特許権者は被告以外の会社の製品に関して特許庁に判定を請求していました。これらの手続きを時系列でまとめてみます。

 

本件特許に関する手続きの時間的関係

 

◎ 特許権者は最初にP社の製品について判定請求しています。この判定の請求が成立(P社製品が特許権に抵触との意見)し、その後P社からの動きがみられないので当事者間で和解したと考えられます。

◎ 特許権者は次にA社の製品について判定請求しています。この判定の請求が成立(A社製品が特許権に抵触との意見)しましたが、それから1年後にA社から判定請求されているので、この時点では当事者間の和解は不調だと考えられます。

◎ A社がA社の製品について行った判定請求は成立(A社製品が特許権に非抵触との意見)でした。しかし、判定公報(審決公報)を読むと、先に特許権者が判定請求した時の対象製品と1年後にA社が判定請求した時の対象製品は異なるようです。

◎ ところで、本件の場合は上記2社の場合と違い特許権者は判定制度を利用していません。ひょっとしたら特許権者はA社との当事者間交渉に1年以上費やしたために方針を変更したのかもしれません。

◎ 本件では被告から無効主張がされていません。新規性・進歩性を否定する適切な先行技術文献が見つからなかったものと想像されます。

 

2.特許発明の内容

本件の請求項1と関連する図面(図2、3)を以下に掲載します。なお、請求項1の括弧番号は判決を参考に筆者が加筆しました。

【請求項1】

A 互いに若干の間隔をおいて長手方向に列設された複数の短尺クッション材(4)と、

B これら複数の短尺クッション材(4)の表面側を被覆する長尺表面側シート部(2)とこれら複数の短尺クッション材(4)の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆する長尺裏面側シート部(3)とからなる帯状被覆部材(20)と、

C 前記長尺表面側シート部(2)の外面に設けられ、明度差をもつ色彩が交互に反復してなる斜め方向縞模様(5)と、

D 前記長尺裏面側シート部(3)の外面に設けられた粘着材層(6)とを有してなり、

E 全体として帯状をなすとともに危険箇所のコーナー部に装着されるコーナークッション(1)であって、

F 前記長尺裏面側シート部(3)同士の間から、前記複数の短尺クッション材(4)が露出している

G ことを特徴とするコーナークッション。


特許発明の構成を要約すると、複数個並べられた短いクッション材があって、それらの表面側は斜め方向縞模様の長い表面側シートで覆い、裏面側はクッション材を並べた方向に向かって隙間が形成されるように両端からそれぞれ一定の長さまで長い裏面側シートで覆うというものです。

 【発明の効果】

請求項1の発明は、・・・以下の効果を奏する。すなわち、長尺裏面側シート部が短尺クッション材の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆している構造であるから、コーナークッションの裏面側はその幅方向中央部が長手方向に開放された状態となる。このため、夏場にコーナークッション内の温度が上昇し、これに応じて内部の空気が膨張しても、膨張した空気はコーナークッション裏面側の開放部分から放出される。従って、コーナークッションは膨張せず、人や物が衝突したショックで長尺表面側シート部や長尺裏面側シート部が破れることがない。また、コーナークッション内に雨水が浸入しても、その雨水は前記開放部分からすぐに排出される。また、複数の短尺クッション材は互いに若干の間隔をおいて列設されているから、人や物が衝突したときのショックにより或る短尺クッション材がずれたり外れたりしても、その影響は隣の短尺クッション材へ及ばない。従って、コーナークッションの劣化を最小限に止めることができ、その維持管理費用を低減することができる。また、短尺クッション材は裏面側において幅方向中央部分を帯状に露出した状態となるから、この帯状露出部分をコーナー部に合わせることにより、コーナー部には長尺裏面側シート部と粘着材層が位置しない。従って、コーナー部には短尺クッション材が密着し、長尺裏面側シート部や粘着材層には皺やたるみが生じない。これにより、コーナークッションをコーナー部へ密着状態で装着することができる。

 

3.被告製品の内容

地裁判決にも知財高裁判決にも被告製品の図面が添付されていなかったので地裁判決に添付された物件目録から筆者が図面を起こしてみました。なお、図に付した番号は特許の図面の番号と対応させている。


被告製品の構成を要約すると、複数個並べられた短いクッション材があって、それらの表面側は斜め方向縞模様の長い表面側シートで覆い、裏面側はクッション材を並べた方向に向かって隙間が形成されるように両端からそれぞれ一定の長さまで長い裏面側シートで覆い、この隙間も含めた裏面全体に粘着剤を貼り付けるというものです。

 

4.被告・原告の主な主張

① 被告の主張

ア 国語辞典において「露出」とは、「あらわれでること、あらわしだすこと」と定義されている。また、本件明細書【0030】の記載からすると、構成要件Fの「露出」の意味は、短尺クッション材が膨張した空気が放出され得る態様で外気と触れていることを示している。しかし、被告製品は、裏面の全面を覆うようにして1枚の粘着シールが裏面の全体に貼られており、かつ、短尺クッション材はコーナークッション内部で密封されて外気と触れておらず、膨張する空気が放出されることはない。したがって、被告製品の裏面は、「露出」には当たらず、また、本件発明の効果を奏する構造にはなっていないから、構成要件Fを充足しない。

イ 帯状裏面材が裏面全体になかったとしても、裏面全体に粘着材(粘着シール)が貼られていれば、粘着材について曲率半径が小さくなるため、「皺やたるみによって粘着材(16)同士がくっつき」(【0007】)という課題が生じる旨の記載があるが、この記載を参酌しても、本件発明でいう露出とは、短尺クッション材の部分に粘着シールがあってはならないという構成が必須になる。このことは、本件明細書【0030】に「コーナー部には長尺裏面側シート部と粘着材層が位置しない」と開示されていることからも明らかである。被告製品の裏面(両側部の長尺裏面側シート部と、短尺クッション材)には、この裏面の全面を覆うようにして1枚の粘着シールが裏面の全体に貼られているのであるから、被告製品は、この【0007】の課題を解決するものではなく、発明の効果も奏していない。

 

② 原告の主張

ア 本件発明は、帯状裏面材が裏面全体にあると、折り曲げたときに、帯状裏面材には皺やたるみが生じ、装着作業に支障を来すとともに、コーナー部にコーナークッションを密着させることが困難である(本件明細書【0007】)ことを課題としており、これを解決するために、帯状裏材の中央部を切除したものであるが、この状態を言い換えると、本件発明の構成要件Fの「長尺裏面側シート部同士の間から、短尺クッション材が露出している」となる。被告製品においては、裏面側シート部は、両側部を一定幅で被覆しているだけであり、短尺クッション材を完全に覆うものではなく、その覆っていない中央部分から、短尺クッション材が「露出」している。

イ 被告製品における短尺クッション材には粘着材が貼られているが、本件発明は、短尺クッション材の表面にどのような処理がなされているかについては触れていないことから、被告製品における短尺クッション材に粘着材が貼られていても、「露出」を充足する。なお本件発明は、裏面シートがない裏面中央部から、空気が排出されることを効果としているところ、被告製品は、粘着材が貼られたクッション材のみならず、粘着材そのものに通気性が認められるし、被告製品の粘着材は、裏面シートに密着して貼られている部分とそうでない部分があり、裏面シートに密着していない部分(粘着材の浮き)を通って、裏面中央部から空気が排出され、裏面シートがない裏面中央部から空気が排出されるという効果は得られているから、粘着材は上記効果の妨げにならず、短尺クッションが「露出」していることに変わりはない。

ウ 被告製品も、裏面中央部に裏面シートがないので、全面に裏面シートがある場合に生じていた皺やたるみは生じない。また裏面中央部にある粘着材層は、裏面シートより遙かに薄いので、全面に裏面シートがある場合に生じていた皺やたるみが生じないことに変わりはない。この点、被告は、粘着材が全面に貼ってあれば、クッション材の厚み分だけ曲率半径が小さくなり、粘着材層には皺が寄り、粘着材同士がくっつくことは明白であると主張するが、本件発明は、全面に裏面シートがある場合に生じていた皺やたるみの解消を課題としているのであり、被告製品は、裏面中央部に裏面シートがないので、この課題を解決しており、短尺クッションに粘着材層があることは「露出」要件の充足の妨げとならない。

 

5.地裁の判断

地裁は明細書の【発明が解決しようとする課題】の記載から本件発明が解決する課題は以下の四つと認定しています。

① コーナー部の長さに応じてカットした場合、そのカット部分から雨水が浸入したり、クッション材が抜け落ちるという課題

② クッション材が閉じられた空間内に充填されているため、夏場にはその閉じられた空間内の空気が膨張して、場合によっては外装のシートが破れてしまうという課題

③ クッション材が外装のシートに接着されていないことから、カットによる開口部分からクッション材が抜け落ちてしまい、コーナー部への装着作業に手間取る課題

④ コーナー部に装着するために長手方向に折り曲げたとき、裏面が表面に対し、クッション材の厚み分だけ曲率半径が小さくなってしまい、裏面材とこれに貼り付けられた粘着材に、皺やたるみが生じ、皺やたるみによって粘着材同士がくっついてコーナー部への装着作業に支障をきたすなどの課題

そして「露出」の意味「あらわに、むき出しになること」を広辞苑から引用したうえで、課題④を解決するためには長尺裏面側シートに覆われていない幅方向中央部周辺の短尺クッション材が粘着材にも覆われていないことが必要とし、スポンジが粘着剤層で覆われている被告製品は非抵触と判断しました。

 

6.知財高裁の判断

知財高裁も結論は同じです。しかし、明細書全体の中から「露出」に関する記載を抽出して、何ら覆いのない状態を意味するもの、と認定しています。

 

7.まとめ

(1)課題と請求項の関係

本件の場合、請求項1に係る発明が原告の主張するように「コーナー部にコーナークッションを密着させる」ことを目的とするものであるならば請求項1に中の「複数の短尺クッション材」や「粘着材層」といった構成はこの課題の解決とは無関係です。これらは他の課題を解決するものになります。したがって、審査過程で拒絶理由を解消するために補正する場合はやむを得ませんが、出願当初の請求項には書かない方が良いでしょう。

(2)複数の課題が存在する場合の対応の仕方

本件の場合、客観的にみると①夏場の膨張、②折り曲げたときの粘着剤同士のくっつき、といった課題を請求項1で解決しています。しかし、それぞれの解決手段を広い概念で考えた場合、膨張防止手段の発明では空気が抜ける穴が裏面中央である必要はありません。一方、粘着材同士のくっつき防止手段の発明は裏面全面に裏面シートが存在する状態でもその中央部に粘着材が貼られていなければ達成できます。したがって、解決手段に共通性を見いだせる場合でも別出願にすることが原則です。どうしても一出願にする場合には、一方を他方の従属項にすることで少なくとも一つの課題解決に対しては広い概念の発明を確保することが原則です。

(3)特許請求の範囲は発明を解決する手段を記載

本件では構成要件Fの「露出」という文言が争点になっています(実際には論争の取っ掛かりといえると思います)。この文言はおそらく発明の特徴を明確にするために加えたものと思います。ただ、裏面の中央部が裏面シートで覆われていないという構成は構成要件Bの「これら複数の短尺クッション材の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆する長尺裏面側シート部」でほぼ表現されています(厳密には一定幅だけでは中央部に隙間が生じていない構成も含むので一定幅について限定が必要)。このように裏面シートを一定幅で被覆して中央部に隙間を設けるという構成だけで留め、露出という結果まで記載しなければ、特許請求の範囲としては広く解釈できます。

 

8.おまけ

(1)発明は課題を全て解決していることが必要か?

地裁判決では課題を四つ挙げ、被告製品はそのうちの一つを解決していないことを指摘しています。つまり地裁裁判官は発明が課題をすべて解決していなければならないというスタンスです。したがって地裁判決を読むと課題、請求項、効果のそれぞれの関係性の整合性を重視しているように感じます。一方、知財高裁裁判官は明細書全体から文言の根拠を求めているように読めます。

地裁が重視した課題が記載されている欄の名称は【発明が解決しようとする課題】であり「発明が解決する課題」ではありません。なぜ「解決する」ではなく「解決しようとする」という曖昧な印象を与える文言にしたでしょうか?そこには発明がすべての課題を解決していなくても良いという考えがあるような気がします。私が原告ならこの点も主張してみたいと思いました。

 

(2)明細書の参酌による特許請求の範囲の限定解釈はどこまで許されるのか?

今回の地裁のように課題の欄や効果の欄の記載を重視したり、知財高裁のように実施の形態含め明細書のあらゆるところから参酌されると、おそらく第三者が発明の内容を把握しやすくするために設けられた明細書の項目分けは撤廃しても良い気がします。現在の侵害訴訟ではこれらの項目分けは特許権者にとって利点がありません。なまじ読みやすくするために記載した内容のせいで限定解釈されるようであれば本末転倒ですし、なるべく書かない方が良いという方向に流されていきます(笑)