ゴルフスイング計測・解析システム事件

投稿日: 2018/10/10 23:23:19

今日は、平成29年(行ケ)第10229号 特許取消決定取消請求事件について検討します。

 

1.手続の時系列の整理(特許第5823767号)

2.特許請求の範囲

【請求項1】

ゴルファがゴルフクラブ(11)によりゴルフボールを打撃するときのゴルフスイングを計測解析する計測解析システムであって、

三軸加速度及び三軸角速度を計測するセンサー、前記センサーにより計測される三軸加速度及び三軸角速度の計測データを保存するメモリ、並びに、前記計測データを送信する無線回路を有し、前記ゴルフクラブ(11)のグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた、センサーユニット(14)と、

前記センサーユニット(14)の前記無線回路から送信される前記計測データに基づいて、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブ(11)の三軸加速度及び三軸角速度の時系列データを取得する、データ取得部(8)、取得された前記時系列データから、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブ(11)の軌跡データを抽出する軌跡データ抽出部(9)、及び、前記軌跡データ、前記時系列データ、及び前記ゴルフクラブ(11)の特性に基づき、前記軌跡データが入力された片持ち梁ゴルフクラブ(11)モデルを使用してゴルファによるゴルフスイングをシミュレートするシミュレート部(10)を有する解析装置と、

を備えることを特徴とする、ゴルフスイングの計測解析システム。

【請求項2】

前記シミュレート部(10)は、前記ゴルフクラブ(11)の特性として、前記ゴルフクラブ(11)の剛性分布を使用して、ゴルファによるゴルフスイングをシミュレートすることを特徴とする、請求項1に記載のゴルフスイングの計測解析システム。

【請求項3】

ゴルファがゴルフクラブによりゴルフボールを打撃するときのゴルフスイングを計測解析する計測解析方法であって、

三軸加速度及び三軸角速度を計測するセンサー、前記センサーにより計測される三軸加速度及び三軸角速度の計測データを保存するメモリ、並びに、前記計測データを送信する無線回路を有し、前記ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた、センサーユニットの、前記無線回路から、前記計測データを受信するステップと、

前記センサーユニットの前記無線回路から受信した前記計測データに基づいて、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの三軸加速度及び三軸角速度の時系列データを取得するステップと、

取得された前記時系列データから、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの軌跡データを抽出するステップと、

前記軌跡データ、前記時系列データ、及び前記ゴルフクラブの特性に基づき、前記軌跡データが入力された片持ち梁ゴルフクラブモデルを使用してゴルファによるゴルフスイングをシミュレートするステップと、

を含むことを特徴とする、ゴルフスイングの計測解析方法。

3.本件決定の理由の要旨

(1)本件決定の理由は、別紙異議の決定書(写し)のとおりである。その要旨は、本件発明1ないし3は、本件出願前に頒布された刊行物である甲1(特開2011-425号公報)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法29条2項に違反してされたものであり、同法113条2号により取り消されるべきものであるというものである。

(2)本件決定が認定した引用発明1、本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は、次のとおりである。

ア 引用発明1

「ゴルフクラブのグリップ部分のシャフト内部に、3軸の加速度と、3軸の角速度を検出して出力する6軸センサと、6軸センサの出力を無線通信によって外部へ送信する送信部を備え、

試打を行う者(設計対象のゴルフシャフトを使用するユーザ)が、ゴルフクラブを使用して試打を行い、

6軸センサが、この試打動作中の検出結果を送信部に対して出力し、送信部が、6軸センサから検出データの出力が行われると、無線通信を使用してセンサ出力データを外部へ送信し、

このセンサ出力データが、受信部によって受信され、受信したセンサ出力データを計測データとして計測データ記憶部に記憶し、計測データ記憶部には、時系列の計測データが記憶され、

計測データ入力部が、計測データ記憶部から計測データを入力し、入力した計測データをゴルフクラブのグリップ部分の予め決められた2点の軌跡の3次元座標データと、シャフトの軸回転データとに変換し、計測データを変換することにより得られた2点の軌跡の3次元座標データと、シャフトの軸回転データとを座標データ記憶部に記憶し、

応答曲面算出部が、座標データ記憶部に記憶されているデータを読み出して、試打者の技量と癖を1次関数化したスイング応答曲面を算出し、

設計因子選択部が、ねじり剛性、曲げ剛性、曲げ剛性分布のそれぞれの値の初期値を選択し、

スイング解析部が、設計因子選択部が選択したねじり剛性、曲げ剛性、曲げ剛性分布のそれぞれの値と、応答曲面算出部が算出した応答曲面と、座標データ記憶部に記憶されているグリップ部分の2点の軌跡座標データ及び軸回転データとを入力して、ゴルフクラブヘッドの運動を動的に解析し、

この解析によって、設計因子選択部において選択した設計因子(ねじり剛性、曲げ剛性、曲げ剛性分布)を適用したシャフトのゴルフクラブを使用して、設計対象のシャフトのユーザがスイングを行った場合のゴルフクラブのヘッドの運動を模擬する、システム」

イ 本件発明1と引用発明1との一致点

「ゴルファがゴルフクラブによりゴルフボールを打撃するときのゴルフスイングを計測解析する計測解析システムであって、

三軸加速度及び三軸角速度を計測するセンサー、並びに、前記計測データを送信する無線回路を有し、前記ゴルフクラブに対して取り付けられたセンサーユニットと、

前記センサーユニットの前記無線回路から送信される前記計測データに基づいて、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの三軸加速度及び三軸角速度の時系列データを取得する、データ取得部、取得された前記時系列データから、ゴルフスイング中の前記ゴルフクラブの軌跡データを抽出する軌跡データ抽出部、及び、前記軌跡データ、前記時系列データ、及び前記ゴルフクラブの特性に基づき、前記軌跡データが入力された片持ち梁ゴルフクラブモデルを使用してゴルファによるゴルフスイングをシミュレートするシミュレート部を有する解析装置と、

を備える、ゴルフスイングの計測解析システム。」である点。

ウ 本件発明1と引用発明1との相違点

[相違点1]

本件発明1においては、センサーユニットがセンサーにより計測される計測データを保存する「メモリ」を有しているのに対し、引用発明1では有していない点。

[相違点2]

本件発明1においては、センサーユニットが「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に」取り付けられているのに対し、引用発明1では着脱可能に取り付けられていない点。

4.裁判所の判断

1 取消事由1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について

(1)本件明細書の記載事項等について

-省略-

(2)引用発明1の認定について

ア 甲1には、次のような記載がある(下記記載中に引用する「図1ないし図4」については別紙2を参照)。

-省略-

イ 前記アの記載事項によれば、甲1には、①ゴルファーは、スイングを行う際に使用したクラブの曲げ剛性やねじれ剛性などを考慮に入れ、そのクラブ特性にあわせたスイングを行っており、特に上級者においてはその傾向が顕著であり、異なるゴルフクラブを使用してスイングを行った場合、使用したゴルフクラブにスイングを合わせてしまう傾向があり、しかも、この傾向は、ゴルファーの技量や癖によっても異なるため、ゴルフシャフトの最適設計を行う際にはゴルフクラブを使用するゴルファーのスイング特性を考慮に入れて、ゴルファーの技量や癖を確実に把握して、技量や癖に合致したゴルフシャフトの設計を行う必要があるが、設計因子にヘッド重量を使用した従来の技術では、ゴルファー所有のヘッドに適し、かつ、シャフトの特性に絞った設計には十分でないという問題があったこと、②「本発明」は、このような事情に鑑み、シャフトの設計因子を曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布として、ゴルファーの技量に適したゴルフシャフトを設計することができるゴルフシャフト設計装置及びゴルフシャフト設計プログラムを提供することを目的とするものであること、③「本発明」は、シャフトに3軸の加速度と3軸の角速度を検出する6軸センサを取り付け、当該シャフトの既知の設計因子データである曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布のデータがそれぞれ異なる複数のゴルフクラブそれぞれのスイング時の計測データから、対象ゴルファーの技量を関数化したスイング応答曲面を算出し、この応答曲面によって得られるゴルフクラブグリップの運動を変位データとして与え、シャフトの設計因子データ(曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布)を変化させながらゴルフクラブヘッドの運動を解析し、得られたゴルフクラブヘッドの運動が所定の目的関数を満たした場合の設計因子データを特定する構成としたため、対象ゴルファーのスイング特性を考慮に入れて、ゴルファーの技量に合致したゴルフシャフトを設計することができるという効果が得られること、④「本発明」の第1の実施形態は、グリップ部のシャフト内部に3軸の加速度と3軸の角速度を検出する6軸センサ及びその出力を無線通信によって外部に送信する送信部を備えた、シャフトの設計因子である曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布がそれぞれ異なる9本のゴルフクラブを使用して、ゴルファーが試打したときの計測データから、スイング応答曲面を算出し、この応答曲面によって得られるゴルフクラブグリップの運動の変位データに基づいて、ゴルフクラブヘッドの運動を解析したものであることの開示があることが認められる。

上記認定事実及び甲1の【0034】ないし【0036】の記載事項によれば、甲1記載のゴルフシャフト設計装置における「スイング応答曲面」は、ゴルファーが、シャフトの3つの設計因子である曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布が異なる複数のゴルフクラブを使用して試打した時の計測データから算出された移動軌跡(3次元座標データ)、軸回転データと、シャフトの設計因子(ねじり剛性、曲げ剛性及び曲げ剛性分布)の関係式であって、「スイング応答曲面」を算出するには、シャフトの設計因子の異なる複数のゴルフクラブを使用することが必要であるものと認められる。なお、甲1の【0026】の「ゴルファーは、スイングを行う際に使用したクラブの曲げ剛性やねじれ剛性などを考慮に入れ、そのクラブ特性にあわせたスイングを行うため、所定の特性を有する1本のゴルフクラブを使用してスイングの計測データを取得して、スイングの解析を行っても妥当な解析結果を得ることができない場合がある。」との記載は、ゴルフクラブが1本の場合にはシャフトの設計因子が一定のものであるためスイングの計測データから適切な「スイング応答曲面」を算出することができない結果、妥当な解析結果を得ることができないことを示唆するものと認められる

しかるところ、本件決定が認定した引用発明1においては、試打に使用されるゴルフクラブがシャフトの設計因子の異なる複数のゴルフクラブであることが特定されていないため、ゴルフクラブが1本のみの場合も含まれることになるから、甲1に記載された発明の認定としては不適切であり、この点において、本件決定には誤りがあるといえる

そして、前記アの記載事項を総合すると、甲1には、原告主張の原告引用発明1(前記第3の1(1)ア(イ))が記載されているものと認めるのが相当である。

しかしながら、本件発明1と原告引用発明1との一致点及び相違点は、本件決定が認定した本件発明1と引用発明1の一致点及び相違点と同様であり(争いがない。)、本件決定は相違点の容易想到性について判断を示しているから、本件決定における上記認定の誤りは、本件決定の結論に直ちに影響を及ぼすものではない

(3)本件出願当時の周知の技術事項の認定について

原告は、本件決定は、相違点2に係る本件発明1の構成は、本件出願当時の周知の技術事項である旨認定したが、少なくとも、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに対して着脱可能に取り付けることは、周知であったとはいえないから、この点において、本件決定の周知技術の認定に誤りがある旨主張するので、以下において判断する。

ア 本件発明1の「グリップエンド又はヘッドに対して着脱可能」の意義について

本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)には、「センターユニット」が「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた」構成について具体的に規定した記載はない

次に、本件明細書の発明の詳細な説明には、「ゴルフクラブ11は、被験者であるゴルファが普段から使用しているゴルフクラブであり、グリップ12及びヘッド13を有する。グリップ12は、端部(以下、グリップエンドと称する)に着脱可能に取り付けられたセンサーユニット14を有する。」(【0020】)、「例えば、上記実施形態においては、ゴルフクラブ11のグリップ12のグリップエンドにセンサーユニット14を取り付けるものとして説明したが、センサーユニット14は、ヘッド13対して着脱可能に取り付けることもでき、この場合には、センサーユニット14は、ゴルフクラブ11のヘッド13の三軸加速度及び三軸角速度の時系列データを取得する。」(【0029】)との記載があり、図2には、ヘッド13と反対側の端部に取り付けられたセンサーユニット14が図示されている。

しかしながら、図2は、センサーユニット14の取付位置を示すものと理解することができるが、センサーユニット14を着脱可能とする具体的な構造を示すものではないし、本件明細書全体をみても、センサーユニットを着脱可能とする具体的な構造について述べた記載はない

請求項1の文言及び本件明細書の上記記載に鑑みると、本件発明1における「センターユニット」が「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた」とは、センサーユニットをグリップエンド又はヘッドに取り付けたり、取り外しができる構造であれば、その具体的な構造について特に限定はないと解すべきである

イ 本件出願当時の周知の技術事項について

(ア)本件出願前に頒布された刊行物である甲4、甲9、乙1及び乙2には、次のような記載がある(下記記載中に引用する各図面(ただし、甲4の「図1」を除く。)については別紙3を参照)。

a 甲4(特開2005-152321号公報)

-省略-

b 甲9(特表2007-530151号公報)

-省略-

c 乙1(特開2004-358180号公報)

-省略-

d 乙2(特開平3-126477号公報)

-省略-

(イ)前記(ア)の記載事項を総合すると、本件出願当時(出願日平成23年8月1日)、ゴルフスイングの計測、解析等を行う装置において、その計測、解析等に用いるセンサーユニットをゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けること、着脱可能とする構造として、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに嵌着したり、筐体に入れてグリップエンドに延設するなどしてグリップエンドに外付けすることは、周知の技術であったものと認められる

(ウ)これに対し原告は、センサーユニットをグリップエンド(ヘッドと反対側の末端)に着脱可能に外付けすることは、本件出願当時、周知であったとはいえないから、少なくとも、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに対して着脱可能に取り付けることは、周知であったとはいえない旨主張する。

しかしながら、前記ア認定のとおり、本件発明1における「センターユニット」が「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けられた」とは、センサーユニットをグリップエンド又はヘッドに取り付けたり、取り外しができる構造であれば、その具体的な構造について特に限定はないと解すべきであるから、上記構造はセンサーユニットを外付けするものに限られるものではない。

また、①甲4の図2に、「センサーモジュール」(センサーユニット)がヘッド及びシャフトのキックポイント近傍部に外付けされている形態が示されているように、ゴルフクラブにセンサーユニットを取り付けたり、取り外しができるようにするための構造として外付けすること自体は、本件出願当時、周知であったものと認められること、②乙1の【0031】に「打撃位置分析ユニット4とグリップ3末端の接続は、双方にネジ山52を成形して螺合するようにしても良いし、または、嵌着するような構成にしてもよい。」との記載があり、図5にはそのような構成により「打撃位置分析ユニット4」(センサーユニット)を「グリップ3末端」(グリップエンド)に外付けした形態が示されていることに照らすと、センサーユニットをグリップエンドに着脱可能に外付けすることは、本件出願当時、周知であったものと認められる。したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(4)相違点2の容易想到性について

ア 原告引用発明1は、ゴルフクラブのシャフト内部に3軸の加速度と3軸の角速度を検出して出力する6軸センサと6軸センサの出力を外部へ送信する送信部を備え、当該シャフトの既知の設計因子データである曲げ剛性、ねじれ剛性及び曲げ剛性分布のデータがそれぞれ異なる複数のゴルフクラブそれぞれを使用して試打した時の計測データから、試打者の技量と癖を1次関数化したスイング応答曲面を算出し、この応答曲面等によって得られるゴルフクラブグリップの運動の変位データに基づいて、ゴルフクラブヘッドの運動を解析し、この解析によって選択した設計因子を適用したシャフトのゴルフクラブを使用して試打者(設計対象のシャフトのユーザー)がスイングを行った場合のゴルフクラブヘッドの運動を模擬するシステム(ゴルフスイングの計測解析システム)である。原告引用発明1の6軸センサ及び送信部は、本件発明1の「センサーユニット」に相当するものであり、設計因子データがそれぞれ異なる複数のゴルフクラブのそれぞれに備え付けられている。

一方で、甲1には、6軸センサ及び送信部が「ゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に」取り付けられていることについての記載はないものの、本件出願当時、ゴルフスイングの計測、解析等を行う装置において、その計測、解析等に用いるセンサーユニットをゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けること、着脱可能とする構造として、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンドに嵌着したり、筐体に入れてグリップエンドに延設するなどしてグリップエンドに外付けすることは、周知の技術であったことは、前記(3)イ(イ)認定のとおりである。

しかるところ、ゴルフスイングの計測解析に用いられる複数のゴルフクラブにそれぞれ備えつけられたセンサーユニットを着脱可能な構造のものとすれば、ゴルフクラブ全体を交換することなく、センサーユニットをアップグレードしたり、故障時に交換することを可能なものとし(例えば、甲9の【0012】)、さらには、複数のゴルフクラブで一つの着脱可能なセンサーユニットを共用することで、コスト削減につながり得るといった利点があることは、自明であるといえるから、複数のゴルフクラブに備えつけるセンサーユニットを着脱可能な構造とするかどうかは、当業者が、上記利点などを考慮しながら、適宜定める設計的事項であるものと認められる

そうすると、甲1に接した当業者は、原告引用発明1において、上記周知の技術を適用して、複数のゴルフクラブのシャフト内部に備えつけられた6軸センサ及び送信部をグリップエンドに対して着脱可能に取り付けられた構成(相違点2に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる

したがって、本件決定における相違点2の容易想到性の判断は、結論において誤りはない。

イ これに対し原告は、原告引用発明1においてセンサーユニットをグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とした場合、①試打に用いられるゴルフクラブの総重量や重心が変わるため、原告引用発明1が意図する本来のスイング((試打用ではない)通常のゴルフクラブを使用してスイングした際のスイング)の計測データが得られなくなる(阻害要因①)、②ゴルフクラブ全体の外観が変化し、試打者の視界も悪化するため、原告引用発明1が意図する本来のスイングの計測データが得られなくなる(阻害要因②)、③ゴルフクラブと6軸センサとの対応関係が乱される結果、原告引用発明1の課題を解決できなくなるおそれがある(阻害要因③)といった重大な弊害が生じるため、原告引用発明1に相違点2に係る本件発明1の構成を適用することに阻害要因がある旨主張する。

しかしながら、甲1には、「ゴルフシャフトの最適設計を行う際にはゴルフクラブを使用するゴルファーのスイング特性を考慮に入れて、ゴルファーの技量や癖を確実に把握して、技量や癖に合致したゴルフシャフトの設計を行う必要がある。」(【0008】)、「9本のゴルフクラブ1は、6軸センサ11、送信部12等をシャフト内に挿入することによりゴルフクラブ1の総重量が重くならないように、6軸センサ11、送信部12及びこれらを動作させるために必要な機器全体の重量を20gに抑えている。これにより、市販の軽量グリップを用いることで総重量の増加を抑えることができるためクラブの重量増加によるスイングへの悪影響を与えないようにしている。」(【0029】)との記載があることに照らすと、甲1に接した当業者であれば、原告引用発明1の6軸センサ及び送信部(センサーユニット)をグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とする場合、ゴルフクラブの総重量や重心の変化によりスイングへの悪影響を与えないようにしたり、試打者の視界を妨げないようにすることは、ゴルファーの技量や癖を確実に把握するために当然に配慮し、通常期待される創作活動を通じて実現できるものと認められるから、原告主張の阻害要因①及び②は採用することができない。

次に、原告引用発明1の6軸センサ及び送信部をグリップエンドに対して着脱可能に取り付ける構成とする場合、ゴルフクラブと6軸センサとの対応関係が乱される結果がないように設計することも、上記と同様に、当業者が通常期待される創作活動を通じて実現できる事柄であり、また、試打者が、複数のゴルフクラブを使用して試打を行う場合であっても、実際に試打を行う際に使用するゴルフクラブは特定の1本であることからすると、システムの使用時に6軸センサ及び送信部の取り付けの誤りによって上記対応関係が乱されるおそれがあるものとは考え難いし、仮にそのようなおそれがあるとしても、それを回避する措置を適宜とることも可能であるものと認められるから、原告主張の阻害要因③も採用することができない。

したがって、原告引用発明1に相違点2に係る本件発明1の構成を適用することに阻害要因があるとの原告の上記主張は、理由がない。

(5)小括

以上のとおり、当業者は、原告引用発明1において、本件出願当時の周知の技術を適用して、相違点2に係る本件発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。

また、相違点1の容易想到性については、センサーユニットで計測された計測データを解析装置に送信する場合、センサーユニットのメモリに保存して解析装置に計測データを送信する構成とするか、計測データを直接解析装置に送信する構成とするかのいずれを選択するかは、当業者であれば適宜設計可能な設計的事項であるものと認められるから(本件決定の15頁35行~末行参照)、当業者は、原告引用発明1において、相違点1に係る本件発明1の構成(「センサーユニットがセンサーにより計測される計測データを保存する「メモリ」を有する構成」)とすることを容易に想到することができたものと認められる。

以上によれば、本件発明1は、当業者が甲1に記載された発明(原告引用発明1)及び周知の技術に基づいて容易に想到することができたものと認められる。

したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

2 取消事由2(本件発明2及び3の容易想到性の判断の誤り)について

原告は、本件発明2は、請求項1を引用し、本件発明1の発明特定事項を全て備え、更に限定を加えた発明であり、本件発明3は、本件発明1と同様の発明特定事項を全て備える、本件発明1とカテゴリーが異なる発明であるところ、本件決定のした本件発明1の容易想到性の判断に誤りがある以上、本件発明2及び3は、引用発明1及び周知の技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件決定の判断も誤りである旨主張する。

しかしながら、本件発明1の容易想到性の判断に誤りがないことは、前記1(5)のとおりであるから、原告の上記主張(取消事由2)は、その前提を欠くものであり、理由がない。

5.検討

(1)本件は、特許異議申立で取り消し決定を受けた特許権者が決定を不服として知財高裁に提起した取消決定取消訴訟であり、結果は請求棄却(特許取消の決定を支持)でした。この特許異議申立で申立人が主張する取消理由の根拠となる主たる引用文献は、審査段階の拒絶理由通知書で挙げられた主たる引用文献と同一のものでした。つまり、審査官が意見書及び補正書を精査し拒絶理由は解消したものと判断したにも関わらず、同一の証拠で審判官及び裁判官が特許は取り消すべきであると、判断したことになります。

(2)本件発明は、要は、ゴルファの所有する普通のクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱自在のセンサユニットを取り付けてゴルフスイングを解析可能とする、というものです。

(3)拒絶理由通知書及び特許異議申立書の両方で挙げられていた主引例にはグリップシャフト内部にセンサを設けた発明が開示されています。出願当初から請求項1は「ゴルフクラブに対して着脱可能に取り付けられた、三軸加速度及び三軸角速度を計測するセンサーユニット」となっており、主引例に係る発明とは異なります。審査官は拒絶理由通知書中でこの点について全く触れていませんでしたが、出願人は補正書を提出しセンサユニットの構成を詳細に規定する補正を行うとともに意見書で相違点を主張しました。これにより特許査定となったので、審査官は、本件発明はゴルフクラブに脱着自在にセンサユニットが設けられるもの、主引例の発明はセンサユニットを内蔵したゴルフクラブというように相違点を認めたのだと思います。

(4)一方、特許異議申立では主引例に加え、センサーユニットをゴルフクラブのグリップエンド又はヘッドに対して着脱可能に取り付けることが周知の技術であったことを示す証拠が付け加えられています。その結果、主引例に周知技術を適用して本件発明の構成とすることは容易に想到できる、との判断になっています。しかし、そうなると主引例と周知技術記載の構成だけからすると、シャフト内部にセンサを組み込んだゴルフクラブ(主引例)から、わざわざセンサを取り除き、それから着脱自在のセンサユニット(周知技術)を取り付ける、ということになります。正直言ってこの手法は後知恵感が強くて違和感があります。本件発明のポイントが着脱自在のセンサユニットを普通のゴルフクラブに取り付けて計測するというものなので、周知技術を構成する複数の発明の中の一つを主引例にして取消理由が構築できなかったのか、疑問が残ります。

(5)もっとも本件発明は判決文で指摘されているようにセンサユニットをゴルフクラブに取り付ける構成について具体的な記載がありません。本件明細書にも具体的な構造は記載されておらず、センサユニットをゴルフクラブに対して脱着自在にしたというコンセプトに基づく発明のようです。コンセプト発明は類似技術が掲載された先行技術文献が発見されると、具体性に乏しいので、進歩性をクリアすることが格段に難しくなる傾向にあります。

(6)先願主義なのでコンセプト発明を出願することは重要ですが、現在のようにインターネットが発達し様々な先行技術文献が簡単に入手できる時代には、もう一歩発明の具体化を進めた内容にしておくべきだと思います。本件の場合、センサユニットのゴルフクラブへの具体的な取り付け構造を考えることも可能だと思います。この点を具体化して明細書に書いておくことはダメではありませんが、具体的な取り付け構造は幾つも考えられるので特許請求の範囲にそのうちの一つを記載し権利化しても回避可能なので得策とは言えません。いわば二歩発明の具体化を進めてしまったようなものです。いきなり二歩進むのではなく一歩。つまり、このようなコンセプト発明特有の上位概念と具体的構造に基づく下位概念の中間の中位概念を予め明細書に記載しておくべきです。このような中位概念はコンセプト発明から実際の使用状況を想定していくと結構な数浮かぶはずなのですが、あまり書いている明細書はないように思います(もちろん下位概念が不要というわけではありません。)。