均等の第3要件について
投稿日: 2017/07/07 8:36:02
今日は先日のスロージューサー事件の判例とケーブル表示用ラベル事件の判例を基に均等侵害の第3要件の成否に対する公知文献の使い方について検討します。
最初に念のため均等侵害適用のための5要件を記しておきます。
「特許請求の範囲に記載された構成中に特許権侵害訴訟の対象とされた製品と異なる部分が存する場合であっても、①上記部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件)、②上記部分を当該製品におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって(第2要件)、③そのように置き換えることに特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が当該製品の製造時点において容易に想到することができたものであり(第3要件)、④当該製品が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考することができたものではなく(第4要件)、かつ、⑤当該製品が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない(第5要件)ときは、当該製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解すべきである(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。
1.ケーブル表示用ラベル事件(平成28年(ワ)第7763号)
原告は特許第5377629号(出願日:2009.05.08 登録日:2013.10.04)を保有しています。一方、被告は特許第5859083号(出願日:2014.09.29 登録日:2015.12.25)を保有しています。被告発明は原告発明の一部構成を変更したものです。原告特許と被告特許の日本における手続の時系列の整理をすると以下のようになります。
表1.手続の時系列の整理
被告特許出願の明細書では先行技術文献として原告特許の公表特許公報である特表2011-524154号公報を先行技術文献で挙げています。また、拒絶理由通知無しのいわゆる一発登録ですが、特許査定の参考特許文献の項目にも特表2011-524154号公報が挙げられています。
この事件では被告が被告製品は被告特許に係る発明を実施しているものであるとした上で、原告特許に係る発明と被告特許に係る発明との相違点は発明の本質的部分ではないと主張し(第1要件の否定)、さらに被告の発明が特許査定となった事実をもって、そのように置き換えることに特許発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が当該製品の製造時点において容易に想到することができたものではないと主張しています(第3要件の否定)。
2.スロージューサー事件
原告は特許第4580408号(出願日:2007.06.04 登録日:2010.09.03)を保有しています。そして原告は証拠として甲26文献である特許第5309237号(出願日:2012.03.06 登録日:2013.07.05)を提出しています。原告は甲26発明には被告製品と類似の構成が開示されていると主張しています。原告特許と甲26文献の日本における手続の時系列の整理をすると以下のようになります。
表2.手続の時系列の整理
甲26文献では先行技術文献が全く挙げられていません。しかし、拒絶理由通知無しのいわゆる一発登録ですが、特許査定の参考特許文献の項目に原告特許出願の出願公開公報である特開2008-000593号公報が挙げられています。
甲26文献には、原告特許に係る発明と被告製品との相違点である被告製品の構造に類似の構造が開示されているとなっていますが、この点は特許請求の範囲には記載されていないと考えます。
3.検討
(1)正直言って、これまでの判例を幾つか読んだ限り、均等の第1要件から第3要件はかなり基準があいまいな印象があります。第1要件は本質的な部分か否かが問われるわけですが、願書に最初に添付された明細書等の中に表現されている発明者の主観的な発明の本質と、審査官による先行技術文献を用いた客観的な評価に基づき意見書で意見が追加されたり補正されたりした結果の発明の本質が考えられるわけでなかなかスッキリしません。また、第2要件は作用効果の同一性が問われるわけですが、外国からの出願に比較的多く見られるような作用効果が明記されていない特許では同一性を問う以前にそもそも作用効果を認定することが厄介です。さらに、第3要件の容易想到はいわゆる進歩性における容易想到とは基準が異なるという認識が共通化されてはいますが、進歩性の容易想到が長年の審査の実績や判例に基づき先行技術との対比に基づく判断手法が確立しているのに対して、均等侵害における容易想到については判断手法が確立していないので釈然としない部分があります。したがって、これらの事件のように文献等により客観的に判断できればもっとスッキリすると思います。
(2)一方、改めて第3要件について考えてみると「当該製品の製造時点において」という要件をどのように捉えたら良いのか難しい、と思いました。「複数の者が時期を異にして同一の対象製品を製造した場合には、製造時期の先後により均等の成否が分かれることも、理屈としてはあり得ることになる。」と挙げている本もあります(知的財産関係訴訟 初版第1刷 青林書院)。それとは少し異なりますが、例えば以下のようなケースではどうでしょうか。
ケーブル表示用ラベル事件のように特許Aの成立(登録)後に、第三者が①特許Aに係る発明aの一部の構成を他の構成と置き換えた発明bに係る特許出願Bを申請し、②その明細書中で特許Aを先行技術文献として挙げ、③特許出願Bの申請と同時に出願審査請求及び早期審査請求を行い、④特許出願Bが申請後後数カ月で特許査定となり、⑤特許Bの特許公報が発行されてから特許Bに係る発明と同一の製品Bを製造し始めた、とします。そうすると製品Bの製造時点では既に特許Bの内容が公知になっているので発明aの一部を置き換えて発明bとすることは誰でも可能になっています。したがって、この場合は特許Bの存在が第3要件を充足することを証明する証拠として働いてしまいます。
それでは、上記⑤を変えて、⑤´特許出願Bが特許査定になってから特許公報が発行されるまでの間に特許Bに係る発明と同一の製品Bを製造し始めた、このような場合はどうでしょうか?まず、特許Bの特許公報が発行される前ですが、この期間は発明bも特許Bの明細書等も公知になっていません。さらに発明bが発明aを先行技術として特許査定になっているので発明bが発明aから容易に想到できるとはいえません。したがって、この間の製品Bは第3要件を充足しないことになります。しかし、特許Bの特許公報発行後は上述の考えに従うとむしろ第3要件を充足することになってしまいます。そうなると、同じ製品でも侵害になったり非侵害になったりする可能性があります。
もっと簡単に言えば、特許権者が自らの特許発明の一部の構成を置き換えたら第三者の製品と同一の構成となることを立証した上でそのことを何らかの手段で公知にすると、その後に製造された第三者の製品は第3要件を充足することになってしまいます。
私の考えが足らないのか、考えすぎでしょうか?