胚・卵子ガラス化凍結保存デバイス事件

投稿日: 2017/11/14 23:53:17

今日は、平成28年(ワ)第41326号 債務不存在確認請求本訴事件及び平成29年(ワ)第6491号 特許権侵害差止等請求反訴事件について検討します。この事件の本訴原告兼反訴被告(以下、原告)である三菱製紙株式会社は、判決文によると、紙類、パルプ類、写真感光材料、合成樹脂等の製造及び販売等を業とする株式会社だそうです。一方、本訴被告兼反訴原告(以下、被告)である株式会社北里バイオファルマ訴訟承継人株式会社北里コーポレーションは、医薬品、医療用具、医薬部外品等の製造及び販売等を業とする株式会社であり、平成29年2月13日、株式会社北里バイオファルマの権利義務を合併により承継したそうです。

判決文によると、被告である株式会社北里コーポレーションは平成28年2月15日付けで原告である三菱製紙株式会社に対し、原告製品が本件特許1及び同2に係る発明の技術的範囲に含まれる可能性が高いとして、同製品が発売された場合には、これを確認の上、法的手段をとる旨の警告をしたそうです。原告は、これを踏まえ、原告製品の発売を一時的に見合わせたものの、被告に対し、原告製品が本件特許1及び同2に係る発明の技術的範囲に含まれない旨主張して、本訴を提起したとのことです。

1.手続の時系列の整理

2.本件発明

2.1 特許第4373025号

(1)本件発明1

1A 液体窒素耐性材料により形成された本体部(2)と、

1B 該本体部(2)の一端に取り付けられ、可撓性かつ透明性かつ液体窒素耐性材料により形成された卵付着保持用ストリップ(3)と、

1C 該卵付着保持用ストリップ(3)を被包可能に前記本体部(2)に着脱自在に取り付けられる一端が封鎖され、かつ液体窒素耐性材料により形成された筒状部材(4)と

1D からなることを特徴とする卵凍結保存用具。

2.2 特許第4324181号

(1)本件発明2-1

2-1A 液体窒素耐性材料により形成された本体部(2)と、

2-1B 液体窒素耐性材料により形成された卵付着保持用ストリップ(3)と、

2-1C 該卵付着保持用ストリップ(3)を被包可能に前記本体部(2)に着脱自在に取り付けられる一端が封鎖され、かつ液体窒素耐性材料により形成された筒状部材(4)とからなる卵凍結保存用具であって、

2-1D 前記卵付着保持用ストリップ(3)は、可撓性かつ無色透明な平坦フィルム状となっており、

2-1E 前記本体部(2)は、前記卵付着保持用ストリップ(3)の一端を保持するとともに、前記筒状部材(4)の他端内に侵入し係合するを備えている

2-1F ことを特徴とする卵凍結保存用具。

(2)本件発明2-2

2-2A 液体窒素耐性材料により形成された本体部(2)と、

2-2B 液体窒素耐性材料により形成された卵付着保持用ストリップ(3)と、

2-2C 該卵付着保持用ストリップ(3)を被包可能に前記本体部(2)に着脱自在に取り付けられる一端が封鎖され、かつ液体窒素耐性材料により形成された筒状部材(4)とからなる卵凍結保存用具であって、

2-2D 該卵凍結保存用具は、顕微鏡下において、該卵凍結保存用具の前記卵付着保持用ストリップ(3)の先端部に卵子を少量のガラス化液とともに付着させ、卵子が付着したストリップ(3)部分を液体窒素に浸漬し凍結させるためのものであり、

2-2E 前記卵付着保持用ストリップ(3)は、可撓性かつ無色透明な平坦フィルム状となっており、

2-2F 前記本体部(2)は、前記卵付着保持用ストリップ(3)の一端を保持するとともに、前記筒状部材(4)の他端内に侵入し係合する円柱状部(5)を備えている

2-2G ことを特徴とする卵凍結保存用具。


3.原告製品の説明

3.1 製品名

1 「Diamour-op(W)」

2 「Diamour-op(B)」

3 「Diamour-op(G)」

4 「Diamour-op(R)」

5 「Diamour-op(Y)」

3.2 原告製品説明書(原告)

1 概要

原告製品は,卵子又は胚などの卵5 を急速にガラス化するデバイスであり,いずれも液体窒素耐性材料により形成されたデバイス本体1及びカバーキャップ2からなる。

原告製品は,デバイス本体1の先端シート部3に顕微鏡下で観察しながら卵子又は胚をガラス化液と共に滴下して載置し,卵子又は胚が適切に載っていることを確認した後,先端シート部3をデバイス本体1と共に液体窒素中に投入し,卵子又は胚を急速に凍結するものである。なお,別紙原告製品目録記載1から5までの各製品は,それぞれプラスチックからなるデバイス本体1の角柱状部4及び円柱状部5のプラスチックの色彩が異なるのみである(甲5の1・2)。

2 構成

(1) デバイス本体1

ア デバイス本体1は,全体として細長い棒の形状をしており,角柱状部4,円柱状部5及び先端シート部3からなる。

カバーキャップ2がデバイス本体1に取り付けられる時には,円柱状部5及び先端シート部3はカバーキャップ2の内部に侵入するが,角柱状部4はカバーキャップ2の内部に侵入しない(図1-1ないし図1-5)。

イ 原告製品のデバイス本体1のうち,角柱状部4及び円柱状部5を合わせた長さは85mmであり,角柱状部4の断面は,2.5mm,2.0mmの長方形である。

原告製品のデバイス本体1が備える円柱状部5は,先端シート部3の端部を保持するとともに,カバーキャップ2がデバイス本体1に取り付けられる際には,カバーキャップ2の内部に侵入するものである。

ウ 原告製品のデバイス本体1の先端シート部3は,卵子又は胚などの卵が載置される細長い形状の部材である。

上記先端シート部3は,ポリエステルからなるPET支持体3aの上面に,白色不透明の多孔性のPTFEフィルム3b,すなわち,ポリテトラフルオロエチレン製のフィルムからなるガラス化液吸収体を備える。

エ PTFEフィルム3bは卵載置部3cを含み,卵載置部3cは,厚み方向及び広がり方向のいずれにも複雑に絡み合った多孔構造のPTFEフィルム3bと空気の界面で光が拡散・散乱される結果,透過光が遮られ反射光だけが散乱されるので,白色不透明である(甲9)。

オ 先端シート部3は,先端側の端部に,黒色の着色により最先端であることを示す黒色最先端部3d(不透明である)を備えるとともに,卵載置部3cの後端側の端部に,黒色線3eを含む後端接着部3fを備える。

PTFEフィルム3bは,黒色先端部3dと後端接着部3fにおいて接着剤によりPET支持体3aに接着されているが,黒色先端部3dと後端接着部3fの間においてはPET支持体に接着されておらず,この部分には接着層が存在しない。

上記先端シート部3の卵載置部3cは,白色不透明であり,顕微鏡下で透明ではないが,操作者が前記黒色着色部及び黒色線3eを確認することにより,卵を載置すべき卵載置部3cを顕微鏡で視認できるように構成されているものである。

(2)カバーキャップ2

原告製品のカバーキャップ2は,先端シート部3を,被包できる内径及び長さを備えた筒の形状の部材であり,内径及び外径は常に一定である。

カバーキャップ2の係合側と反対側の端部は濾紙シート6により封止される一方,カバーキャップ2の係合側の端部は黒色に着色されているが,封止はされておらず,デバイス本体1に着脱自在に取り付けられる。

3 添付図面の説明

図1-1ないし1-5は,カバーキャップ2をデバイス本体1に取り付けた状態における原告製品の平面図,正面図,拡大左側面図,拡大右側面図及び底面図である。

図2-1ないし2-5は,デバイス本体1の平面図,正面図,拡大左側面図,拡大右側面図及び底面図である。

図3-1ないし3-4は,デバイス本体1の先端シート部3の拡大平面図,拡大正面図,拡大底面図及び拡大斜視図である。

図4-1ないし4-3は,カバーキャップ2の全体図,拡大左側面図及び拡大右側面図である。

4 符号の説明

(1)デバイス本体:1

(2)カバーキャップ:2

(3)先端シート部:3

ア PET支持体:3a

イ PTFEフィルム:3b

ウ 卵載置部:3c

エ 黒色最先端部(接着部):3d

オ 黒色線:3e

カ 後端接着部:3f

(4)角柱状部:4

(5)円柱状部:5

(6)濾紙シート:6

3.2 原告製品説明書(被告)

1 構成a 液体窒素耐性材料であるプラスチックからなる細い棒状の円柱状部及び角柱状部を有する。

2 構成b−1 上記円柱状部の一端に,液体窒素耐性材料であるポリエステルからなるPET支持体が取り付けられている。該PET支持体は,無色透明で可撓性がある平坦なフィルム状のものである。

3 構成b−2 該PET支持体の上面に,液体窒素耐性材料である多孔性のPTFEフィルムからなるガラス化液吸収体が接着されている。

該ガラス化液吸収体は,未使用の状態においては白色不透明であるが,実際の反訴被告製品の使用時(卵もしくは胚などを含むガラス化液の上記ガラス化液吸収体への滴下時)には,同ガラス液吸収体はガラス化液を吸収して白色不透明から無色透明化するものである。

4 構成c 液体窒素耐性材料から成るカバーキャップは,その一端が封鎖されているが,反対側の端部において上記PET支持体を保持する円柱状部と着脱自在に取り付けられる。カバーキャップは,上記PET支持体を保持する円柱状部に取り付けられたとき上記PET支持体を被包する。

5 構成d 原告製品は,顕微鏡下において,上記PET支持体またはその上面に接着されたPTFEフィルムからなるガラス化液吸収体に卵子を少量のガラス化液とともに付着させ,卵子が付着したストリップ部分を液体窒素に浸漬し凍結させるための卵凍結保存用具である。

4.争点

(1)原告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか(争点1)

具体的には、原告製品が「卵付着保持用ストリップ」の「透明性」(構成要件1B)及び「無色透明」(同2-1D、同2-2E)を充足するかが争われている。

(2)原告製品の譲渡等は本件各特許権の間接侵害を構成するか(争点2)

(3)本件試作品について差止めの必要性があるか(争点3)

5.裁判所の判断

5.1 争点1(原告製品は本件各発明の技術的範囲に属するか)について

(1)原告製品の構成について

ア 前記前提事実(6)及び弁論の全趣旨に照らすと、本件各発明の構成要件と対比すべき原告製品の構成は、次のとおり分説することができる(以下、各構成を符号に対応して、「構成1a」などという。)。

(ア)本件発明1と対比すべき構成

1a 液体窒素耐性材料であるプラスチックによって形成された円柱状部及び角柱状部と、

1b 上記円柱状部の一端に取り付けられた先端シート部を構成する、液体窒素耐性材料であるポリエステルによって形成された透明性及び可撓性を有する細長いPET支持体と、PET支持体上に取り付けられ、液体窒素耐性材料であるポリテトラフルオロエチレンによって形成され、卵載置部において白色不透明のガラス化液吸収体である多孔性PTFEフィルムと、

1c 上記PET支持体及びPTFEフィルムを被包可能に上記円柱状部に着脱自在に取り付けられる、一端が封鎖され、かつ、液体窒素耐性材料によって形成されたカバーキャップと、

1d からなることを特徴とする卵凍結保存用具。

(イ)本件発明2-1と対比すべき構成

2-1a 上記(ア)の1aと同じ。

2-1b 液体窒素耐性材料であるポリエステルによって形成された細長い形状のPET支持体と、PET支持体上に取り付けられた、液体窒素耐性材料であるポリテトラフルオロエチレンによって形成されたガラス化液吸収体である多孔性PTFEフィルムと、

2-1c 上記PET支持体及びPTFEフィルムを被包可能に上記円柱状部に着脱自在に取り付けられる、一端が封鎖され、かつ、液体窒素耐性材料によって形成されたカバーキャップとからなる卵凍結保存用具であって、

2-1d 上記PET支持体は透明性及び可撓性を有し、また、上記PTFEフィルムは、卵載置部において白色不透明であって、いずれも平坦なフィルム状であり、

2-1e 上記円柱状部は、PET支持体の一端を保持するとともに、上記カバーキャップの他端内に侵入し係合するものである

2-1f ことを特徴とする卵凍結保存用具。

(ウ)本件発明2-2と対比すべき構成

2-2aから2-2cまで 上記(イ)の2-1aから2-1cまでと同じ。

2-2d 当該卵凍結保存用具は、顕微鏡下において、上記PET支持体の先端部に取り付けられたPTFEフィルムに設けられた卵載置部に、卵子を少量のガラス化液とともに付着させ、卵子が付着したPTFEフィルム部分を液体窒素に浸漬させるためのものであり、

2-2eから2-2gまで 上記(イ)の2-1dから2-1fまでと同じ。

イ 上記アの分説に係る原告製品の構成に照らすと、原告製品の円柱状部及び角柱状部は本件各発明の「本体部」に対応し、原告製品のカバーキャップは本件各発明の「筒状部材」に対応すると認められる。

そして、「卵付着保持用ストリップ」については、一般に「ストリップ」が「細長い片」等(広辞苑第六版)の字義を有することからすると、卵を付着保持する際に用いられる細長い片であると理解できるところ、原告製品の製品案内(甲5の1・2)に記載されているように、卵を付着保持する際に用いられるのは、PET支持体上に取り付けられたガラス化液吸収体であるPTFEフィルムであると認められるから、PET支持体とPTFEフィルムが一体となった構成として特定するのが相当である

ウ これに対し、被告は、PET支持体はそれ自体卵の付着保持が可能な細長い小片であるのに対し、PTFEフィルムは、PET支持体の上面に付加されているにすぎないか、本件各発明を利用するものであるから、「卵付着保持用ストリップ」に当たらない旨主張し、また、操作者は、PTFEフィルムが取り付けられていないPET支持体の露出面にも卵を付着保持できると認識するなどと主張する。

しかしながら、本件特許1及び同2の各特許請求の範囲において、「卵付着保持用ストリップ」とストリップの用途が特定されていることからすると、これに対応する原告製品の構成を特定するに当たっても、卵を付着保持することが物理的に可能であるというだけでなく、その構造、作用効果等に照らして、実際に卵を付着保持する際に使用することが予定されている構成として特定する必要があるというべきであり、以下のとおり、原告製品について、卵を付着保持する際に使用することが予定されているのは、PET支持体の上面に取り付けられたPTFEフィルムであるから、PTFEフィルムを含めた形で原告製品の構成を特定するのが相当である。

すなわち、原告製品は、円柱状部の一端に取り付けられたPET支持体の上面に、ガラス化液吸収体である多孔性PTFEフィルムが取り付けられた構成を有しているところ(構成1-1b、同2-1b、同2-2b。なお、原告の試験[甲17の1・2]においても、滴下された胚の周囲のガラス化液がPTFEフィルムに吸収される効果が確認されている。)、別紙原告製品説明書(原告)添付の図3-1から同3-4までのとおり、PTFEフィルムは、円柱状部と反対側の端部から順に、黒色最先端部、卵載置部(白色)、黒色線、後端接着部(白色)に分けられており、黒色最先端部及び後端接着部において、接着層を介してPET支持体と接着されているのに対し、卵載置部においては、PET支持体と接着されていない構成を有していることが認められる。

ところで、原告製品と同様に、「支持体上に、接着層とガラス化液吸収層を少なくともこの順に有するガラス化液吸収体を有し、該ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体の間に、接着層が存在しない部分を有することを特徴とする細胞又は組織のガラス化凍結保存用治具」に関する発明(特許第6124845号の特許請求の範囲の請求項1記載の発明。以下「原告発明」という。)につき原告が保有する特許に係る明細書(甲15参照)には、本件特許1及び同2の公開公報を先行技術文献として挙げた上、その方法では、作業者の操作によって、極少量のガラス化液と共に、卵子又は胚をフィルム上に載置する操作の難度が高いという問題があり、また、ガラス化液を多く滴下した場合、余分なガラス化液が卵子又は胚の周囲に残り、ガラス化液自体の毒性のために卵子又は胚の生存性を低下させるおそれがあるため、余分なガラス化液を吸引してフィルム上から除去するといった煩雑な操作を要することがあるという課題の認識の下(段落【0021】)、ガラス化液吸収体が細胞又は組織の外周に付着した余分なガラス化液を吸収することから、余分なガラス化液を除去するための操作(例えば、ガラス化液吸収体下部からの吸引除去操作や、マイクロピペット等を用いた細胞又は組織周囲からの直接的な吸引除去操作)を特に必要とせず、容易にかつ確実に操作を行うことができるという作用効果を奏する構成として、上記の構成が採用されたこと(段落【0024】、【0025】(1)、【0026】前段)、ガラス化液吸収層の細胞又は組織を載置する部分と支持体との間に接着層が存在しない部分を設ける構成についても、ガラス化液吸収層を支持体上に接着層を介して設けたガラス化凍結保存用治具においては、ガラス化液吸収層の空隙中に接着層の一部が入り込み、ガラス化液の吸収性能が低下する問題があったことから採用されたこと(段落【0034】)が、それぞれ記載されている。

そうすると、原告製品のPET支持体上にガラス化液吸収体であるPTFEフィルムを有し、その間に接着層が存在しない部分を有する構成についても、原告発明と同様に、ガラス化液吸収体が細胞又は組織の外周に付着した余分なガラス化液を吸収することから、余分なガラス化液を除去するための操作を特に必要とせず、容易にかつ確実に操作を行うことができるという技術的意義を有するものとして採用された構成であると推認するのが相当であり、上記推認を覆すに足りる証拠はない。

上記の原告製品の構造、作用効果等に照らすと、原告製品について、卵を付着保持する際に使用することが予定されているのは、PET支持体の上面に取り付けられたガラス化液吸収体であるPTFEフィルムであって、これをPET支持体上に付加されているにすぎないものであるとか、本件各発明を利用するにとどまるものであるということはできず、また、PTFEフィルムが取り付けられていないPET支持体上に卵を直接載置することは予定されていないといえる。したがって、上記アのとおり、PTFEフィルムを含めた形で原告製品の構成を特定するのが相当である。

(2)「透明性」(構成要件1B)及び「無色透明」(同2-1D、同2-2E)の充足性について

ア 本件各発明の「卵付着保持用ストリップ」は、「透明性」(構成要件1B)を有し、又は「無色透明」(同2-1D、同2-2E)なものとされているところ、原告製品については、構成1b、同2-1d、同2-2eのとおり、「卵付着保持用ストリップ」に対応するPET支持体とPTFEフィルムとが一体となった構成は、卵載置部においてPTFEフィルムが白色不透明であるから、上記の「透明性」及び「無色透明」をいずれも充足しない

イ これに対し、被告は、原告製品のPTFEフィルムは、購入者がその通常の用法に従って使用することにより、ガラス化液を吸収して常に無色透明化し、本件各発明の構成要件を充足する物となるから、物の生産時点から特許権侵害が当然のこととして予定されていたものとして、「透明性」(構成要件1B)を有し、又は「無色透明」(同2-1D、同2-2E)をいずれも充足し、原告製品の譲渡等は、本件各特許権の直接侵害を構成する旨主張する。

(ア)そこで検討すると、確かに、原告製品は、顕微鏡下において、ガラス化液を浸漬した細胞又は組織をガラス化液と共にガラス化液吸収体であるPTFEフィルム上に滴下し、同細胞又は同組織の周囲に付着しているガラス化液を同フィルムに吸収させて使用するものであり、原告及び被告の各実施に係る試験(甲9、17の1・2、乙17)によっても、ガラス化液吸収後については、同フィルムの透明度がある程度高まっていることがうかがわれる。

(イ)しかしながら、本件明細書1(甲2、乙2参照)及び同2(甲4、乙4参照)の各段落【0010】における「ストリップ3は、卵付着作業を容易にするために、可撓性かつ無色透明な平坦フィルム状のものが用いられている。」との記載に示されるように、本件各発明の「卵付着保持用ストリップ」が「透明」又は「無色透明」である構成は、卵付着作業、すなわち、顕微鏡下において、ガラス化液を浸漬した細胞又は組織をガラス化液と共に「卵付着保持用ストリップ」上に滴下して付着させる作業を容易にするためのものであるから、少なくとも、その使用者において、同作業を行う際には、「卵付着保持用ストリップ」が「透明」又は「無色透明」な状態であることが求められているものと解される

これを原告製品について見ると、PET支持体と一体となったPTFEフィルムは、少なくとも、原告製品の使用者において、細胞又は組織をガラス化液と共に滴下して付着させるまでは、卵載置部において白色不透明であると認められるから、その時点では、同フィルムが「透明」又は「無色透明」であることによって、卵付着作業を容易にするものではない

また、卵凍結保存用具である原告製品の性質上、ガラス化液と共に細胞又は組織が付着し、透明性が高まったPTFEフィルムを用いて、再度、卵付着作業を行うことは予定されていないといえる。

(ウ)かえって、原告製品と同様に、「支持体上に接着層とガラス化液吸収層をこの順に有するガラス化液吸収体を少なくとも有する卵子又は胚のガラス化凍結保存用治具」を含む発明(特許第6013969号の特許請求の範囲の請求項1記載の発明)につき原告が保有する特許に係る明細書(甲6参照)には、「ガラス化液吸収層として用いる紙の白色度は60%以上が好ましく、更には70%以上が好適である。白色度がこのような範囲であると、付着した卵子又は胚の確認が容易であるため好ましい。(中略)再生紙用パルプ繊維であっても雑分をしっかりと除き、白色度70%以上にすれば好適に使用できる。本発明においては、以上に挙げた各種パルプ繊維を混合して白色度70%以上なら好適に使用することができる。」(段落【0032】)などと記載されていることにも鑑みると、別紙原告製品説明書(原告)記載2(1)オのとおり、原告製品についても、卵載置部を無色透明なものにするのではなく、あえて白色度を高めた多孔構造を有するものとすることによって、顕微鏡下において付着した卵子又は胚の確認を容易にしようとするものであると推認するのが相当であり、上記推認を覆すに足りる証拠はない。

(エ)以上のとおり、原告製品は、PTFEフィルムが「透明」又は「無色透明」であることによって卵付着作業を容易にするものということはできず、原告製品の生産時点から本件各特許権を侵害することが当然のこととして予定されていたということもできない。

したがって、原告製品は本件各発明の技術的範囲に属するとはいえない。

5.2 争点2(原告製品の譲渡等は本件各特許権の間接侵害を構成するか)について

被告は、原告製品は、購入者がその通常の用法に従って使用することにより、常に多孔性PTFEフィルムが無色透明化して本件各発明の構成要件を充足する物になるから、そのような場合の使用行為は物の「生産」に当たるなどとして、原告製品の譲渡等は本件各特許権の間接侵害(特許法101条1号、2号)を構成すると主張する。

しかしながら、特許法101条1号及び同条2号における「その物の生産」は、発明の構成要件を全て充足する物を新たに作り出す行為をいうと解されるから、購入者による通常の用法に従った使用行為について、直ちに「生産」に当たるということはできない。

原告製品についても、少なくとも、使用者において、細胞又は組織をガラス化液と共に滴下して付着させるまではPTFEフィルムの卵載置部が白色不透明であり、顕微鏡下において付着した卵子又は胚の確認を容易にするために、あえてこのような構成が採用されていると推認されることは上記のとおりであり、ガラス化液を吸収して透明性が高まるものとはいえ、一度卵付着作業に使用したPTFEフィルムを再利用することは予定されていないものであるから、卵付着作業を容易にするために「透明」又は「無色透明」な「卵付着保持用ストリップ」を採用した本件各発明とは技術思想が異なるものといえる。したがって、原告製品をその通常の用法に従って使用することによって、卵付着作業を容易にする「透明」又は「無色透明」な「卵付着保持用ストリップ」が新たに作り出されるということはなく、本件各発明の構成要件を全て充足する物が「生産」されるとはいえない。

よって、原告製品の譲渡等は特許法101条1号及び同条2号の間接侵害を構成するものとはいえない。

5.3 反訴請求についての小括

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、被告の反訴請求はいずれも理由がない(なお、被告は、本件各特許権の直接侵害又は間接侵害の成立に係る攻撃防御方法として、本件各発明以外の各発明に係る具体的な主張立証をしていないし、前記前提事実(2)によれば、原告が指摘するとおり、本件特許1の特許請求の範囲の請求項2ないし8は、同1を直接又は間接に引用するものであり、本件特許2の特許請求の範囲の請求項3ないし5は、同1又は同2を直接又は間接に引用するものであるから、本件各発明以外の各発明との関係でも、上記1及び2と同じ結論となることは明らかである。)。

5.4 本訴請求に係る各訴えについて

原告は、本訴請求において、原告製品を別紙原告製品目録記載1ないし5の製品番号で特定の上、そのうち、別紙原告製品説明書(原告)の構成を有するものの譲渡・輸出入等について、被告が本件各特許権の侵害を理由とする差止請求権を有さないことの確認を求めている。

しかしながら、被告が、原告製品を別紙原告製品目録記載1ないし5の製品番号で特定の上、具体的構成によって限定することなく、また、譲渡・輸出入等のうち譲渡等に含まれない行為について特段の留保をすることなく、原告製品の譲渡等について本件各特許権の侵害を理由とする差止めを求める反訴を提起していることからすれば、同一の訴訟物につき判断がされる以上、原告の本訴請求に係る各訴えは、もはや確認の利益がなく、不適法であり、却下を免れない。

6.検討

(1)最初に本件の経緯を簡単にまとめます。

まず、三菱製紙が発売予定の胚・卵子ガラス化凍結保存デバイスを学会で展示したところ、北里コーポレーションが当該デバイスを発売すれば自社保有の胚・卵子ガラス化凍結保存デバイス関連の本件特許1及び2に抵触する、と警告しました。

その後、三菱製紙は当該製品(正確には展示品は試作品であって発売する製品と異なる部分がありますが本件特許発明との関係では影響がないので同じ製品として扱います)が本件特許発明1及び2の技術的範囲に含まれないことを確認するための訴訟(本訴)を提起し、北里コーポレーションは三菱製紙が当該製品を製造・販売等するおそれがあるので差止等を求めたものです(反訴)。

(2)発明自体は非常にシンプルな内容です。本体部の先に可撓性かつ透明性を有した卵付着保持用ストリップが設けられ、その卵子又は胚などの卵が載置される細長い形状の部材を筒状の部材で覆っているというものです。最大の争点はこの卵付着保持用ストリップが透明であるという点です。原告製品においては、卵子又は胚などの卵が載置されるのはシート部(PET支持体及びPTFEフィルム)なので、この部分が卵付着保持用ストリップに相当すると判断されました。このシート部を構成するPET支持体は透明性及び可撓性を有していますが、肝心の卵を付着保持する部材であるPTFEフィルムが白色不透明のなので本件発明1及び2の技術的範囲に属さない、と判断されました。。

(3)本件については、このような特許技術的な面では至極真っ当な判断であり、特別の論点もないのですが、幾つか参考になる点もあります。その一つが、判決中で原告である三菱製紙の原告製品に係る特許が取り上げられ、その内容から原告製品の非抵触主張が補強された点です。私としてはこの原告特許が本件訴訟で活躍したポイントは2点だと思います。まず一点目は本件特許1及び2を先行技術文献として挙げている点です。これによりを付着保持する際に使用することが予定されているのが白色不透明のPTFEフィルムであるという点が補強されました。もう一つは原告特許が警告される前に出願されていた点です。もちろん、警告されるのは製品が公知になってからですから、それから出願することはあり得ないはずです。しかし、平成23年改正で新規性喪失の例外規定が緩和されたために、所定の手続きさえすれば自ら製品を公知にしても、それから6ケ月以内に出願すれば新規性喪失の例外規定が適用されることになりました。本件でいえば、学会発表後6カ月以内であれば新規性喪失の例外規定を受けることができました。しかし、それでは警告状が送付されてから出願することになってしまう可能性があります。本件の場合に警告状を受け取ってから出願したのでは裁判官の心証に与える影響がだいぶ異なったのではないかと思います。

(4)本件では原告である三菱製紙が製品開発に当たって先行技術調査をきちんと行っていたものと思われます。被告である北里コーポレーションの特許も開発時点で把握していたようなので抵触しないように十分に考慮したものと思われます。逆に北里コーポレーションはかなり早い時期に出願しているのですが、権利の取り方がもったいなかったと思います。親出願である特許第4373025号は36条の拒絶理由しかなく、子出願である特許第4324181号に至っては拒絶理由すらありませんでした。このことは独創的な発明であった裏付けとも言えるので、分割出願をして余計な構成要件を削ってできるだけ広い内容での権利化にチャレンジしても良かったと思います。