転造加工方法事件
投稿日: 2018/05/10 0:14:50
今日は、平成28年(ワ)第44244号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社ニッセーは、判決文によると、転造機の製造及び販売、転造部品の加工等を業とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社ジェイテクトは自動車部品の製造及び販売等を業とする株式会社、被告補助参加人である株式会社ツガミはCNC精密転造盤R17NC-Ⅱを製造し、被告に納入している株式会社だそうです。
1.手続の時系列の整理(特許第3873056号)
① 本件特許は日本出願を優先権の基礎として国際出願されたものから日本に移行したものです。PATENTSCOPEで検索したところ、米国、欧州、中国及び韓国にも移行していました。このうち欧州出願は2009年ごろに審査官からの通知に対して対応せずに取下とみなされたようです。
② 日本出願については分割出願(特願2006-215121)も存在しますが、これは拒絶査定が確定しています。
2.本件発明(訂正後)
A 円筒状の素材(M)を中心に配置して転造加工するための円筒状の複数のダイス(100、101)と、
B 前記ダイス(100、101)の各々を回転駆動するためのサーボモータ(17、38)であるダイス回転駆動手段と、
C 前記素材(M)を回転自在に支持するための素材支持手段(62,66)と、
D 前記ダイス(100、101)を互いに接近させて押し込むための押込み手段(50)と
E を備えたCNC装置で制御されるCNC転造機によるウォームギヤ転造加工方法において、
F 前記ダイス(100、101)を同一方向に同期回転させながら前記素材(M)に向かって互いに押込み送りをして転造加工する第1ステップ、及び
G 前記第1ステップの終了後、前記ダイス(100、101)の回転方向を逆回転させて、前記素材(M)を転造加工する第2ステップと
H を交互に繰り返してウォームギヤを転造により加工し、
I 前記ダイス(100、101)を前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う
J ことを特徴とするウォームギヤ転造加工方法。
3.争点
(1)被告方法は、文言上、本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)
ア 被告方法は構成要件D、F、Iを充足するか(具体的には、構成要件D、F、Iに、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成が含まれるかが争われている。争点1-1)
イ 被告方法は構成要件I(後退させて待避)を充足するか(具体的には、構成要件Iに、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成が含まれるかが争われている。争点1-2)
(2)被告方法は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか(争点2)
ア 第1要件(非本質的部分)を充足するか(争点2-1)
イ 第2要件(置換可能性)を充足するか(争点2-2)
ウ 第4要件(公知技術等)を充足するか(争点2-3)
エ 第5要件(意識的除外等)を充足するか(争点2-4)
(3)本件発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点3)
ア 乙10に基づく進歩性欠如は認められるか(争点3-1)
イ 乙18に基づく進歩性欠如は認められるか(争点3-2)
(4)被告製品の製造譲渡等の差止めは認められるか(争点4)
(5)原告が受けた損害の額(争点5)
4.裁判所の判断
1 認定事実
(1)本件明細書の記載
-省略-
(2)本件訂正審判請求及び本件審決の内容等
ア 本件特許の登録時の特許請求の範囲の記載
本件特許の登録時の特許請求の範囲(請求項1、2)の記載は次のとおりである(甲4)。
「【請求項1】
円筒状の素材を中心に配置して転造加工するための円筒状の複数のダイスと、
前記ダイスを回転駆動するためのダイス回転駆動手段と、
前記素材を回転自在に支持するための素材支持手段と、
前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段と
を備えた転造機によるウォームギヤ転造加工方法において、
前記ダイスを同一方向に同期回転させながら前記素材に向かって互いに押込み送りをして転造加工する第1ステップ、及び
前記第1ステップの終了後、前記ダイスの回転方向を逆回転させて、前記素材を転造加工する第2ステップと
を交互に繰り返してウォームギヤを転造により加工する
ことを特徴とするウォームギヤ転造加工方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に待避させた後、前記第2ステップを行うことを特徴とするウォームギアの転造加工方法。」
イ 本件訂正審判請求
原告は、平成28年1月25日、上記の請求項1を削除し、同請求項2を前記前提事実(3)のとおりとすることを内容とする本件訂正審判請求をした。なお、原告は、審判請求書において、上記の請求項1を削除する理由として、先行技術である乙10明細書の存在を記載していた。(以上につき、乙4)
ウ 本件審決
その後、平成28年3月14日付け訂正拒絶理由通知、同年4月15日の意見書提出を経て、同年5月13日、本件審決がされた(甲5)。
本件審決では、請求項2に係る訂正について、独立特許要件を検討し、本件発明と引用発明である乙10発明とを比較して、「第1ステップと逆方向にダイスを回転させて転造加工をする第2ステップの前に、本件訂正発明は、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて退避させた後、再度押し込むものであるのに対し、引用発明は、回転方向の変更前に全転造圧がほぼ0にまで低下し、それから転造圧が全動作圧まで上昇するものであって、後退させて待避することに関して不明である点」という相違点(相違点5)を認定の上、本件発明の「待避」とは非接触状態になることであるということができるのに対し、引用発明には非接触になることについては記載されていないなどとして、本件発明と引用発明はこの点で相違し、当該相違点は、当業者といえども容易に想到し得るものではないから、請求項2に係る訂正は、独立特許要件を満たすものであると認められるなどとして、上記訂正を認める旨の判断が示されている。
なお、本件審決では、構成要件Iの「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に待避させた後」を「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後」とする訂正については、技術的不明確な記載を明確にするものであるから「明瞭でない記載の釈明」を目的とするものであると認められると判断されている。
(3)被告方法
ア 証拠(甲28、乙9)及び弁論の全趣旨に照らし、被告方法を本件発明と対比させて分説すると、次のとおり記述することができる(以下、符号に従い、「構成a」などという。)。
a 円筒状の素材を中心に配置して転造加工するための左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスと、
b 左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスの各々を回転駆動するためのサーボモータからなる主軸駆動モータと、
c 素材を回転自在に支持するためのセンター台と、
d 右主軸ロールダイスを左主軸ロールダイスに向けて移動させ、素材を左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイス間で押し込むための右主軸台駆動モータと
e を備えたCNC装置で制御されるCNC転造機によるウォームギヤの転造加工方法において、
f 左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスを同一方向に同期回転させながら右主軸ロールダイスを素材に向かって移動させるとともに、これに追随してセンター台を左主軸ロールダイスに向かって移動させ、素材を二つのダイスにより転造加工する第一のステップ、及び
g 第一のステップの終了後、左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスの回転方向を逆回転させて、素材を転造加工する第二のステップ
h を交互に繰り返してウォームギヤを転造により加工し、
i 右主軸ロールダイスを押込み送り方向と逆方向に移動させるとともに、これに追随してセンター台を押込み送り方向と逆方向に移動させ、その間、左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスと素材との接触を維持していて、その後、再度押し込み第二のステップを行う
j ウォームギヤの転造加工方法。
イ なお、構成c、iについて、センター台の移動距離が右主軸ロールダイスの移動量の「半分」の「0.025mm」であるか「約半分」の「約0.025mm」であるかに争いがあるが、被告方法を本件発明と対比する上で、センター台の移動距離を厳密に認定する必要があるとは認められないから、上記のとおり認定するにとどめた。
また、構成e、h、jについて、被告らは、「ウォームギア」ではなく「ウォームの歯」の転造加工方法等として特定されるべきである旨主張するが、被告方法と本件発明とで転造加工される対象は異ならないと考えられるから、本件発明と同様に「ウォームギア」の転造加工方法等として特定するのが相当である。
2 争点1(被告方法は、文言上、本件発明の技術的範囲に属するか)
(1)争点1-1(被告方法は構成要件D、F、Iを充足するか)
ア 構成要件Dは「前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段と」、構成要件Fは「前記ダイスを同一方向に同期回転させながら前記素材に向かって互いに押込み送りをして転造加工する第1ステップ、及び」、構成要件Iは「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う」というものであり、構成要件D、F、Iに、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成(片送り)が含まれるかが争われている。
イ そこで検討すると、構成要件D、F、Iの「前記ダイス」が「複数のダイス」(構成要件A)を指すことは本件特許請求の範囲の文言から明らかであるところ、「互いに」に「双方が同じことをするさま。また、同じ状態にあるさま。」(広辞苑第六版〔乙1〕)という意味があることにも照らすと、少なくとも、構成要件Fの「前記ダイスを…前記素材に向かって互いに押込み送りをして」は、その文言上、複数のダイスをいずれも素材に向かって移動(押込み送り)させることを意味するものと解さざるを得ず、そうすると、構成要件Dの「前記ダイスを互いに接近させて押し込むための押込み手段」は、複数のダイスをいずれも移動させて接近させる押込み手段を意味するものと解され、また、構成要件Iの「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて」も、複数のダイスをいずれも押込み送り方向と逆方向に移動(後退)させることを意味すると解するのが相当である。
加えて、本件明細書の発明の詳細な説明にも、「第1ダイス移動台6と第2ダイス移動台25とは互いに接近又は離反する。…この結果、第1ダイス移動台6と第2ダイス移動台25の間の間隔の中心位置は、常にベッド2上の一定位置に位置されることになる。…」(段落【0033】、【0034】)などと、二つのダイスそれぞれが移動し、接近・押し込みを行う実施例が開示されており、上記の構成要件D、F、Iの解釈と整合するということができる。
したがって、構成要件D、F、Iは、二つのダイスそれぞれが移動し、接近・押し込みを行う構成(両送り)を意味するものと解すべきであり、そこには、二つのダイスの一方は移動するが他方は移動しない構成(片送り)は含まれないと解するのが相当である。
ウ これに対して、原告は、二つのダイスの相互間の距離が近づきさえすれば、二つのダイスは素材に押し込まれ、素材は二つのダイスに挟まれて転造加工されることは技術常識であるから、構成要件Dの「押込み手段」が、二つのダイスの相互間の距離を近づければよいものであることは明らかであり、また、構成要件F、Iについても、二つのダイスの相互間の距離を近づけたり、遠ざけたりすることを意味するなどとして、構成要件D、F、Iには片送りの構成が含まれる旨主張する。
しかしながら、原告の主張は、本件特許請求の範囲の文言の解釈として説得的なものであるとはいい難く、いずれも採用することができない。むしろ、証拠(甲22)及び弁論の全趣旨によると、本件特許の出願前の時点で、ローラーダイスを用いる転造装置について、二つのダイスの一方を移動させるもの(片送り)と双方を移動させるもの(両送り)のいずれの構成についても当業者に知られていたと認められ、そのような中で、上記のとおりの本件特許請求の範囲の文言が選択されたことからすると、構成要件D、F、Iは、二つのダイスの双方を移動させるもの(両送り)として規定されていると見るのが自然である。
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、二つのダイスの一方(右主軸ロールダイス)は移動するが他方(左主軸ロールダイス)は移動しないもの(片送り)であるから(構成d、f、i)、構成要件D、F、Iを充足しない。
(2)争点1-2(被告方法は構成要件I〔後退させて待避〕を充足するか)
ア また、構成要件Iの「後退させて待避」については、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成が含まれるかが争われている。
イ そこで検討すると、確かに、構成要件Iは、「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させた後、再度押し込み前記第2ステップを行う」というものであり、ダイスと素材が非接触の状態になることを端的に規定するものではないものの、第1ステップ及び第2ステップの過程では、ダイスはいずれも素材に押し込まれ素材と接触した状態にあると考えられるところ、「待避」に「わきにさけて事の過ぎるのを待つこと」(広辞苑第六版〔乙3〕)という意味があること、単なる「後退」ではなく「後退させて待避」と規定されており、「待避」はダイスを後退させた結果として生じる状態を意味すると理解できることからすると、構成要件Iの「後退させて待避」という文言を、ダイスをいずれも後退させ、素材から引き離して非接触の状態になることを意味するものと解釈することは可能であるといえる。
また、本件明細書の発明の詳細な説明にも、構成要件Iの「待避」の定義や技術的意義に関する端的な記載は見当たらないものの、「後退」については、段落【0070】に「更に、第1転造ダイス100、及び第2転造ダイス101は、互いに押込み方向とは逆方向に後退する。本例では、約0.05~0.2mm程度の後退させて、即ち転造の押し付け圧力が除かれる程度の後退させて解除する。」と記載され、段落【0071】に「この後退は、素材Mの弾性変形分と転造機の機械系の弾性変形分を解放して、第1転造ダイス100、及び第2転造ダイス101と素材Mとを接触をさせないための後退動作である(以下、「スプリングバック」とも言う。)」と記載されており、「後退」の技術的意義に関するものと考えられるような記載はこれら以外に見当たらない。さらに、段落【0073】には、「第1転造ダイス100、及び第2転造ダイス101の回転を停止させて、かつ油圧シリンダ50を駆動して、ワークWから第1転造ダイス100、及び第2転造ダイス101を引き離して待避位置まで後退する(図12(e)参照)」と記載され、図12(e)に、ダイスが待避位置まで後退して素材と接触しない状態になっている実施例が開示されている。
そうすると、本件明細書の記載によれば、構成要件Iの「後退」は、転造の押し付け圧力を除くものであり、それは素材及び機械系の弾性変形を解放してダイスと素材とを接触させないための動作であると理解することができる。また、上記のとおり、「待避」は、ダイスを後退させた結果として生じる状態を意味すると理解できるから、ダイスの後退によって転造の押し付け圧力を除き、素材及び機械系の弾性変形を解放した結果、ダイスと素材とが接触しない状態を意味すると解するのが相当である。
したがって、構成要件Iの「後退させて待避」は、ダイスの後退時にダイスと素材とが接触しない状態になることを意味すると解すべきであり、ダイスと素材の接触が維持される構成は含まれないものと解するのが相当である。
ウ これに対し、原告は、構成要件Iの「後退させて待避」は、ダイスの後退時にダイスと素材の接触が維持される構成を排するものではない旨主張し、その理由として、①本件明細書の段落【0070】に記載されているような「0.2mm程度の後退」ではダイスと素材が非接触に至らないこと、また、同段落に記載されているとおり、「後退」の技術的意義は「転造の押付け圧力が除かれる」ようにすることにあること、②本件発明の発明者に、「非接触」が構成要件になるという認識はなく、「非接触」はウォームギヤの転造を実現する上で技術的なポイントでないこと、③原告は、本件訂正審判請求に係る面接時に、特許庁審判官から、ダイスと素材が完全に隙間を持って待避するように(発明を)限定すれば乙10明細書に記載された転造加工方法とは異なると思うと言われており、このことは、同審判官が(本件審決による訂正前の)「前記ダイスを前記押込み送り方向と逆方向に待避させた後」との記載に「非接触」の意が含まれていないと理解していたことを示していること、④原告は、発明を「非接触」に限定することが不本意であったため、上記審判官の発言に応じず、ダイスと素材が完全に隙間を持って待避するように(ダイスを素材と非接触となるまで後退させて待避するように)発明を限定しなかったこと、⑤訂正拒絶理由通知書(甲30)には、「後退により素材と接触しなくなることも、請求項2には一切特定されていない」と明記されていたほか、本件明細書の段落【0071】の上記記載が「実施例として」記載されているにすぎないことが明示されていたことなどを挙げる。
しかしながら、原告の主張は採用できるものではない。その理由は次のとおりである。
(ア)①について
原告の主張は、本件明細書の段落【0070】の「本例では、約0.05~0.2mm程度の後退させて、即ち転造の押し付け圧力が除かれる程度の後退させて解除する。」との記載に基づくものであるが、段落【0071】には、上記記載に続けて、「この後退は、…第1転造ダイス100、及び第2転造ダイス101と素材Mとを接触をさせないための後退動作である」と記載されており、「この後退」が段落【0070】の後退を指すことは明らかであるから、これらの記載に照らすと、段落【0070】の後退は、二つのダイスと素材とを接触させないための動作として記載されていると理解され、「約0.05~0.2mm程度の後退」はその一例を示すものであると解するのが相当である。
そうすると、CNC転造機を用いて、素材に転造圧をかけた状態からダイスを後退させて荷重変化を測定したところ、ダイス軸間距離を0.2mmまで拡げてもダイスと素材の接触は維持されていたとする原告の実験結果(甲31)があることを踏まえても、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、とりわけ、上記の段落【0070】、【0071】の記載に照らすと、「後退」が、二つのダイスと素材とを接触させないための動作であるとの上記認定、判断を覆すに足りない。
(イ)②について
原告の主張は、本件特許請求の範囲の解釈に関する発明者の主観的な認識をいうにとどまっており、本件特許の出願当時の技術常識に基づき、ダイス後退時に素材と非接触になることがウォームギヤの転造を実現する上で技術的なポイントでないことを主張立証するものでもないから、「後退させて待避」の解釈を基礎付ける事情として採用することはできない。
(ウ)③ないし⑤について
原告の主張の趣旨は必ずしも明確でないが、「後退させて待避」に関する特許庁審判官の解釈については、前記認定事実(2)ウのとおり、最終的に、本件審決において、ダイスと素材とが非接触状態となることであると説示されており、原告が、それまでの手続における審判官の発言等の趣旨を忖度して、ダイスと素材とが非接触となることを明示するように特許請求の範囲の記載を訂正しなかったというだけでは、「後退させて待避」に関する解釈を基礎付けるに十分なものとはいえない。
なお、原告は、訂正拒絶理由通知書(甲30)において、上記の段落【0071】の記載が「実施例」として記載されているにすぎないと記載されていることをも主張するが、本件明細書の発明の詳細な説明において、「後退」の技術的意義に関するものと考えられるような記載は上記の段落【0070】、【0071】の記載以外に見当たらないことは上記のとおりであるから、「後退させて待避」の意味内容を解釈するに当たって、それらの記載が考慮されるのは当然である。
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、右主軸ロールダイスを押込み送り方向と逆方向に移動させるとともに、これに追随して素材を支持するセンター台も同方向に移動させるものの、その間、左主軸ロールダイス及び右主軸ロールダイスと素材との接触は維持されていているから(構成i)、構成要件Iの「後退させて待避」を充足しない。
3 争点2(被告方法は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するか)
(1)争点2-1(第1要件〔非本質的部分〕を充足するか)
ア 特許発明における本質的部分とは、当該特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその作用効果を把握した上で、特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件発明は、ウォームギヤの転造加工方法に関するものであり(段落【0001】)、それまで知られていた特許文献1(特開平9-24855号公報)に記載された金属製のウォームギアを旋盤で加工する方法では、少なくとも、切削、熱処理、研削の3工程が必要であるという課題があり(段落【0003】、【0004】)、また、対向して配置された二つのダイスを互いに接近させて押込み送りを行う方法も知られていたが、転造加工の進行中に進み角が変化する「歩み」と呼ばれる現象が発生すると、転造面の仕上がり精度が悪くなるという問題があるため、目視等によりダイスの軸線方向の位相位置を変えることにより補正をする方法や、ダイスを正転、又は逆転させて転造させる方法、特許文献2(特開平11-285766号公報〔乙14〕)に記載された主軸傾斜機構を用いた方法によっても、歩みの発生を完全には防ぐことができないなど精度の高いものはできないという課題があった(段落【0005】ないし【0008】)。
また、証拠(乙14)及び弁論の全趣旨によると、上記の特許文献2は、対向して配置された二つのダイスを互いに接近させて押込み送りを行う方法について、ダイスの移動量、移動速度等をコンピュータによって数値で制御するCNC装置による制御を行い、ダイスの回転駆動手段をサーボモータとする構成を採用したものを開示していると認められる。
そこで、本件発明は、従来技術の上記課題を踏まえ、「ギヤ精度を十分確保しながら加工工程を減少させたウォームギヤの転造加工方法を提供すること」、「ギヤ精度を十分確保しながらコストを低減させたウォームギヤの転造加工方法を提供すること」を目的として(段落【0009】)、本件特許請求の範囲記載の構成、具体的には、複数のダイスのそれぞれを互いに接近させて押込み送りをする方法のうち、CNC装置による制御を行い、ダイスの回転駆動手段をサーボモータとして、ダイスを正転、逆転させる第1、第2ステップとを交互に繰り返す構成を採用した上で、さらに、第2ステップに移行する前にダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させる構成を採用するものであり、詳細なメカニズムは不明なるも、ダイスの後退によって素材及び機械系の弾性変形分を解放してダイスと素材を非接触とした上で逆回転を開始することで、歩みによる加工誤差を補正し(段落【0070】ないし【0072】)、「横転位された薄歯のウォームギヤが転造加工により高精度で加工が可能になったので、従来のウォームギヤより加工工程数が少なくでき、しかも加工コストも大幅に低下させることができる」(段落【0016】)という作用効果を奏するものであると認められる。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らすと、本件特許請求の範囲の記載のうち、少なくとも、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させる構成、すなわち、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて素材と接触しない状態にする構成は、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する本件発明の特徴的部分であるといえる。
ウ(ア)これに対し、原告は、本件発明の本質的部分は、ダイスを正転させる第1ステップからダイスを反転させる第2ステップに移行する前にダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させる点にあるが、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させる際に、ダイスと素材が非接触となるか否かにかかわらず、切削・熱処理・研削による加工よりも加工工程を減少させてコストを低減させることができる転造加工で、ウォームギヤの精度を十分確保するという本件発明の目的を達することができるから、被告方法のうち、双方のダイスを素材から離す際にダイスと素材の接触が維持される点は、本件発明の本質的部分とは関係がなく、均等の第1要件を充足する旨主張する。
(イ)しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、とりわけ、段落【0070】ないし【0072】の記載に照らすと、本件発明における「後退させて待避」の技術的意義は、転造の押し付け圧力を除き、素材及び機械系の弾性変形を解放してダイスと素材とを接触させないことにあり、詳細なメカニズムは不明なるも、ダイスと素材を非接触とした上で逆回転を開始することで、歩みによる加工誤差が補正されることは上記のとおりであり、これらはウォームギアの精度を十分確保するという本件発明の課題を解決するために採用された構成であると解される。また、ダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させる際に、ダイスと素材の接触が維持されるか否かにかかわらず、ウォームギアの精度を十分確保することができることが本件特許の出願当時の技術常識であったと認めるに足りる証拠もない。
(ウ)むしろ、証拠(乙10)及び弁論の全趣旨によると、本件特許の出願前に頒布された刊行物である乙10明細書には、二つのダイス(ダイス1、1´)うちの一つ(ダイス1´)を移動させて押込み送りをする片送りの構成を採用する方法ではあるものの、二つのダイスを正転、逆転させる第1、第2ステップとを交互に繰り返す方法について、第2ステップに移行する前にダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させる構成、具体的には、コック・プラグ29の調整により、ドレーン・パイプ32が次第に開き始め、転造圧がほぼ0にまで低下することにより、ワークピース3及び転造装置の転造圧による弾性変形の復元力によってダイス1′を押込み送り方向と逆方向に後退させる構成が開示されていると認められる。
なお、乙10明細書に第2ステップに移行する前にダイスを押込み送り方向と逆方向に後退させる構成が記載されているかについては争いがあるが、乙10明細書(訳文2頁)には「回転方向の変更の前にまず全転造圧がほぼ0にまで低下」すると記載されており、もとより、金属からなる部材や機械装置に大きな力が加えられた場合にその部材や機械装置の構造に応じて弾性変形することや、その力の低減に伴って弾性変形が解放されることは技術常識として認められるから(弁論の全趣旨)、転造圧がほぼゼロにまで低下してダイスが素材を押圧する力が減少すると、素材及び機械装置の弾性変形が解放され、その復元力によってダイスが素材から後退することは当然であり、その点についても乙10明細書によって開示されていると認めた。
また、原告が指摘する乙10明細書(訳文6頁)の「コック・プラグ59」や「転造圧は次第に0まで低下する」との記載(記載10-2)は、「最初に述べた遮断と逆転回転方向における再接続の過程はウォームの最終寸法になるまで反復される。この時、調整可能な当接片15’を有する可動台板15が固定された当接片15”に当接して可動台板はそれ以上移動しなくなる。この時というのは…」(下線引用者)に続く記載であることから明らかなように、ダイスの正回転と逆回転が繰り返される転造加工の工程が終了した後のコック・プラグ59の動作に関するものであるから、上記の転造工程に係る記載と関係するものとはいえない。
(エ)したがって、被告方法のうち、ダイスを素材から離す際に、ダイスと素材の接触が維持される点が本件発明の本質的部分と関係がないという原告の主張を採用することはできない。
エ 前記認定事実(3)のとおり、被告方法は、右主軸ロールダイスを押込み送り方向と逆方向に移動させ、これに追随して素材を支持するセンター台も同方向に移動させるものの、その間、右主軸ロールダイス及び左主軸ロールダイスと素材の接触が維持される構成(構成i)を有している点において、構成要件Iの「後退させて待避」の文言を充足しないから、本件発明とはその本質的部分において相違し、均等の第1要件を充足しない。
(2)小括(争点2について)
以上によれば、その余の要件について検討するまでもなく、被告方法は、本件発明と均等なものとして、その技術的範囲に属するとはいえない。
5.検討
(1)本件発明は、要は、二つのダイスで素材を挟み込んだ状態でダイスと素材を回転させることで素材の形状を変えていく加工方法において、ダイスで押し込み回転することで素材を塑性変形させる工程と、ダイスを素材から後退させる工程と、ダイスを逆回転する工程とを繰り返す、というものです。
(2)判決は、被告方法は文言侵害でも均等侵害でもないので非侵害、というものでした。ポイントになったのは2点あります。1点目は二つのダイスで素材を押し込む第1ステップにおいて、一方のダイスが固定されもう一方のダイスのみが移動することで押し込むものまで含まれるか否かです。原告は、構成要件Fはそのようなものまで含む、と主張しましたが、裁判所は「互いに押し込み送りをして」という文言は両方のダイスが移動するものに限定される、と認定しました。
(3)2点目はダイスを「押込み送り方向と逆方向に後退させて待避させ」るという工程において、逆方向に移動する間ダイスと素材が接触した状態を維持するものまで含まれるか否かです。原告は、構成要件Iはそのようなものまで含む、と主張しましたが、裁判所は、まず構成要件Iの「後退させて待避」という文言を、ダイスをいずれも後退させ、素材から引き離して非接触の状態になることを意味するものと解釈することは可能である、とした上で、本件明細書の記載によれば、構成要件Iの「後退」は、転造の押し付け圧力を除くものであり、それは素材及び機械系の弾性変形を解放してダイスと素材とを接触させないための動作であると理解することができる、と認定しました。
(4)均等侵害に関し判決は、上記1点目の相違点については均等の範囲内であるとの余地があるようなニュアンスですが、2点目の相違点に関しては本件発明の特徴的部分である、としました。明細書の記載のみならず訂正審判の内容からしてもそのように捉えられてもしょうがないように思います。
(5)被告方法では押し込み方向とは逆方向に非接触状態にならない程度まで移動させています。これが、ダイスと素材とを完全に非接触状態にしなくても押圧力を低下させることで本件発明のような効果を奏することを発見したためなのか、それとも別の理由から転造加工中にダイスと素材にかかる押圧力を減らす必要があったのだが非接触にすると本件発明に抵触しかねないために接触状態を維持した状態で移動させたためなのか、理由はわかりませんが、被告方法で転造加工中に逆方向に移動させる理由に興味があります。
(6)原告が本件侵害訴訟を起こす約1年前に訂正審判を請求していました。この訂正審判で特許権者は欧州出願の審査において挙げられた刊行物を提出し、訂正発明が刊行物記載の発明に対して進歩性を有することを認めてもらっています。そして損害賠償の対象期間の起点を平成25年6月1日としていることからすると、てっきり被告らに対する権利行使の準備として訂正審判を請求したと思いました。しかし、上記のとおり訂正で加えた構成要件について文言侵害が認められる可能性が低いのは明らかです。そうすると、この訂正審判は具体的な被告方法を把握する前に請求されたものかもしれません。なお、原告作成の被告方法説明書にも上記二つの相違点が明記されています。