パネル事件

投稿日: 2017/07/31 23:20:31

今日は平成26年(ワ)第1690号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である日鉄住金鋼板株式会社は、判決文によると、亜鉛めっき鋼板、アルミ・亜鉛合金めっき鋼板(ガルバリウム鋼板)の製造・販売、耐摩耗性鋼板、フッ素樹脂塗装鋼板、塩ビ鋼板等、各種塗装鋼板、表面処理鋼板の製造・販売、金属サンドイッチパネル建材(イソバンド、イソダッハ等)の製造・加工・販売、金属屋根、壁材成形品(エバールーフシリーズ等)の製造・加工・販売、建築物の設計、監理及び工事請負等を業とする株式会社だそうです。J-PlatPatで検索したところ217件ヒットしました(既に消滅したもの含む)。一方、被告である三楽ルーフシステム株式会社は屋根工事業、板金工事業、建築工事の設計、施工、監理業、防水工事業、建築用資材の販売、輸出入業、建築用資材の開発、設計、加工、製造業、不動産の売買、賃貸、管理並びに斡旋業等を業とする株式会社だそうです。こちらは0件でした。

日鉄住金鋼板株式会社は本件訴訟提起後の平成26年(2014年)1月25日付けでプレスリリースを発表しており、そこには特許権3件、意匠権1件の侵害を主張しています。したがって、判決では2件の特許権に関する記載しかありませんが、もう1件の特許権についても簡単に触れます。

 

1.手続の時系列の整理

① 3件の特許に関する手続きはいずれも特許権者(出願人)によるもので、本事件の被告が起こした特許無効審判はありませんでした。

② 3件中2件が侵害訴訟の審理中に存続期間満了のために消滅しています。

③ 特許第3559329号に関する訴えは訴訟中に取り下げられたものと思われます。

2.特許の内容

2.1 本件特許1(特許第2898893号)

【請求項1】

1A:金属薄板材からなる方形の表面材(10)と裏面材(20)との間に断熱用芯材(30)を挟持したパネルであって、

1B:パネルの一端側には芯材(30)端部より突出した雌型係合部(40)が形成され、対向する他端側には表裏両面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部(6)に続く雄型係合部(50)が形成され、隣接するパネルと嵌合接続が可能とされた建築用パネルにおいて、

1C:この嵌合接続方向に直角な方向の表面材(10)の両端部が芯材(30)の側面に沿ってL型に折り曲げられると共に、更にその先端が芯材(30)厚みの中間部からパネルの表面方向と平行になるように再度L型に折り曲げられて、全体としてパネルの嵌合方向と直角方向の側面から表面材(10)の先端が突出された接合部材(12)を有し、

1D:芯材(30)の側面に沿ってL型に折り曲げられてなるパネルの側面の表面材(10)が内側に屈曲して形成される屈曲段差部(14)を、雄型係合部(50)の屈曲段差部(6)を設けた位置のパネルの側面に形成してなる

1E:ことを特徴とする建築用パネル。


2.2 本件特許2(特許第3455669号)

【請求項1】

2A:壁パネルの上端部に嵌合凹部(1)もしくは嵌合凸部(2)の一方を形成するとともに下端部に嵌合凹部(1)もしくは嵌合凸部(2)の他方を形成し、壁パネルの下端に下位の壁パネルの上端部の表面部を覆う覆い片(3)を垂下した壁パネルの下端部の支持構造であって、

2B:スタータ(15)を、覆い片(3)の背部の凹所(4)に係入する係入片(8)と、凹所(4)よりもパネル背方のパネル下端面を受ける受片(9)と、受片(9)より下方に垂下されて壁下地に取付ける取付け片(11)と、取付け片(11)より前方に延出されて覆い片(3)の下端と家屋構造部との間に充填するコーキング剤をバックアップするバックアップ片(14)とで構成し、

2C:壁下地にスタータ(15)を取付け、スタータ(15)の受片(9)にて壁パネルの下端部を支持し

2D:スタータ(15)のバックアップ片(14)と家屋構造部との間にバックアップ材(21)を装填して成る

2E:ことを特徴とする壁パネルの下端部の支持構造。

3.被告製品

建築用パネル(エコバンド60)の右上隅部のサンプルの写真;(a)正面図、(b)右斜め正面図、(c)右側面図、(d)背面図、(e)左側面図、(f)右方向からの要部拡大図、(g)左方向からの要部拡大図、(h)上方向からの要部拡大図

4.争点

(1)被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属するか(争点1)

ア 被告各製品は構成要件1Aを充足するか(争点1-1)

イ 被告各製品は構成要件1Dを充足するか(争点1-2)

(2)本件発明1についての特許は無効理由(記載要件違反)が存在するとして特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか(争点2)

(3)被告支持構造は本件発明2の技術的範囲に属するか(争点3)

(4)被告が被告各製品を輸入,使用,譲渡又は譲渡の申出をする行為は,本件特許権2を侵害し,又は侵害する行為とみなされるか(争点4)

(5)本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点5)

ア 無効理由1(記載要件違反)は認められるか(争点5-1)

イ 無効理由2(乙第32号証を主引例とする進歩性欠如)は認められるか(争点5-2)

(6)本件特許権1又は同2の侵害により原告が受けた損害の額(争点6)

5.裁判所の判断

5.1 争点1(被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属するか)について

(1)被告各製品の構成について

前記前提事実等、証拠(甲9ないし12、27ないし29の3、67)及び弁論の全趣旨によれば、被告各製品の構成(本件発明1の構成要件と対比して記載する。)は、次のとおりであると認められる(以下、分説に係る各構成要件を符号に対応して「構成1a」などという。なお、付記した番号は、被告製品説明書1の図面に示す部材の番号である。)。そして、被告各製品の構成1b、1c及び1eは、それぞれ本件発明1の構成要件1B、1C及び1Eを充足すると認められる(なお、これらの点は、被告も争わないところである。)。

1a:カラーガルバリウム鋼板からなる方形の表面材10と裏面材20との間に、フェノールフォーム31と石膏ボード32からなる芯材30(ただし、被告製品1-1及び同1-2)、又は、フェノールフォーム31からなる芯材30(ただし、被告製品4-1及び同4-2)を挟持したパネルであって、

1b:パネルの下端側には芯材端部より突出した雌型係合部40が形成され、対向するパネルの上端側には表裏両面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部6、24に続く雄型係合部50が形成され、隣接するパネルと嵌合接続が可能とされた建築用パネルにおいて、

1c:嵌合接続方向に直角な方向の表面材10の両端部が芯材30の側面に沿ってL型に折り曲げられると共に、更にその先端が芯材厚みの表面から約1/3の位置からパネルの表面方向と平行になるように再度L型に折り曲げられて、全体としてパネルの嵌合方向と直角方向の側面11から表面材10の先端が突出された接合部材12を有し、

1d:芯材の側面に沿ってL型に折り曲げられてなるパネルの側面11の表面材10は、雄型係合部50の屈曲段差部6を設けた位置付近において、内側に屈曲して、約4mmの段差14を形成している、

1e:ことを特徴とする建築用パネル。

(2)争点1-1(被告各製品は構成要件1Aを充足するか)について

前記(1)のとおり、被告各製品は、「カラーガルバリウム鋼板からなる方形の表面材10と裏面材20との間に、フェノールフォーム31と石膏ボード32からなる芯材30(被告製品1-1及び同1-2)、又は、フェノールフォーム31からなる芯材30(被告製品4-1及び同4-2)を挟持したパネル」であるところ、は明らかであるから、被告各製品の「カラーガルバリウム鋼板からなる方形の表面材10と裏面材20」は、構成要件1Aにいう「金属薄板材からなる方形の表面材と裏面材」に該当するものと認められる。

次に、本件発明1は「建築用パネル」に関するものであるから、構成要件1Aにいう「断熱用芯材」が建築物に用いられる断熱用の芯材を意味することは、本件明細書1の特許請求の範囲の記載から明らかであるところ、フェノールフォームが建築物に用いられる断熱材であることは当事者間に争いがないことからすれば、被告製品4-1及び同4-2の「フェノールフォーム31からなる芯材30」は、建築物に用いられる断熱用の芯材であるということができ、構成要件1Aにいう「断熱用芯材」に該当する。

また、証拠(甲15の1・2)によれば、被告製品1-1及び同1-2は、建築基準法施行令107条2号及び3号に規定する基準(建築基準法2条7号が政令に委任した建築物の構造の耐火性能に関する技術的基準)に適合すると認定されていることが認められるから、被告製品1-1及び同1-2の「フェノールフォーム31と石膏ボード32からなる芯材30」も、建築物に用いられる断熱用の芯材であるということができ、構成要件1Aにいう「断熱用芯材」に該当するものと認められる。

この点について、被告は、複数の部材からなる芯材は構成要件1Aにいう「断熱用芯材」に当たらない旨主張するが、本件明細書1の特許請求の範囲には、「断熱用芯材」が単一部材よりなるものに限られるとの記載はないし、同明細書の他の部分の記載を参酌しても、そのように限定して解釈すべき根拠は見当たらないから、被告の上記主張は採用することができない。

したがって、被告各製品は、いずれも本件発明1の構成要件1Aを充足する。

(3)争点1-2(被告各製品は構成要件1Dを充足するか)について

本件明細書1の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件1Dにいう「屈曲段差部」は、「パネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される」ものであり、同明細書の発明の詳細な説明の記載(段落【0007】【0015】【0017】)によれば、「屈曲段差部」は、表面材に発生するしわを「屈曲段差部」がないときよりも低減させるものであることが明らかである。

前記(1)のとおり、被告各製品において、「芯材30の側面に沿ってL型に折り曲げられてなるパネルの側面11の表面材10は、雄型係合部50の屈曲段差部6を設けた位置付近において、内側に屈曲して、約4mmの段差14を形成している」ところ、この「段差14」は、後述するとおり、芯材に沿って表面材を折り曲げる際に発生するしわを低減するものと認められるから、構成要件1Dにいう「パネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部」に該当するものと認められる。

この点について、被告は、構成要件1Dにいう「パネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部」は、「表面材を略直角に折り曲げ、さらに略直角に折り曲げて形成する段差部」と解釈されるべきところ、被告各製品には、表面材10が芯材30と略平行に折りたたまれるなどして不定形に生じた「しわ」が存在するのみであって、「表面材を略直角に折り曲げ、さらに略直角に折り曲げて形成する段差部」は存在しないと主張する

しかしながら、本件明細書1の特許請求の範囲には、「パネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部」が「表面材を略直角に折り曲げ、さらに略直角に折り曲げて形成する段差部」に限られるとの記載はないし、同明細書の他の部分の記載を参酌しても、そのように限定して解釈すべき根拠は見当たらない。

また、証拠(甲27、28の1・2)及び弁論の全趣旨によれば、被告各製品で用いられている芯材30は、雄型係合部50の屈曲段差部6が設けられている位置付近において、表面側のみならず、側面にも段差が設けられていることが認められ、このような形状を有する芯材30に沿って表面材10を押圧して折り曲げれば、通常は、パネルの側面11の表面材10が内側に屈曲して段差部が形成されることは明らかであるから(甲67参照)、被告各製品の側面11の表面材10が内側に屈曲して形成されている約4mmの段差14を、不定形に生じた「しわ」にすぎないということはできない。

被告は、被告各製品は、本件発明1の効果である「しわ」の低減を奏していないか、偶発的にのみ奏したにすぎないから、本件発明1の技術的範囲に属しないとも主張する。しかしながら、本件発明1は、パネルの側面に屈曲段差部を設けることにより、パネルを製造する際に生じるしわを低減することをその効果の1つとしているところ(本件明細書1の段落【0007】【0017】等)、前記のとおり、被告各製品で用いられている芯材30は、雄型係合部50の屈曲段差部6が設けられている位置付近において、芯材30の表面側のみならず側面にも段差が設けられており、このような形状を採用することによって、芯材30の側面に段差を設けない場合と比べて、芯材30に沿って表面材10を折り曲げる際に発生するしわを低減するという、本件発明1の効果を構造的に奏するものと認められるから(甲67参照)、被告の上記主張は採用することができない。

したがって、被告各製品は、いずれも構成要件1Dを充足する。

(4)争点1の小括

以上によれば、被告各製品は、本件発明1の構成要件をすべて充足するから、本件発明1の技術的範囲に属するものと認められる

5.2 争点2(本件発明1についての特許は無効理由〔記載要件違反〕が存在するとして特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか)について

(1)被告は、本件発明1についての特許について、本件明細書1の特許請求の範囲は、単に「芯材の側面に沿ってL型に折り曲げられてなるパネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される屈曲段差部」と記載するのみで、表面材の「しわ」を低減するとの効果を奏しない構成をもその範囲に含んでおり、権利の外縁を明確に記載していないから、明確性要件に違反すると主張する

しかしながら、前記のとおり、本件明細書1の特許請求の範囲の記載によれば、構成要件1Dにいう「屈曲段差部」は、「パネルの側面の表面材が内側に屈曲して形成される」ものであり、同明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、「屈曲段差部」は、表面材に発生するしわを「屈曲段差部」がないときよりも低減させるものであることが明らかである。そして、建築用パネルを製造等する当業者であれば、パネルの側面にどの程度の段差があれば、表面材の厚みや材質等の関係で「しわ」を低減させることができるかは認識できるものと認められる(甲67参照)。したがって、本件明細書1の特許請求の範囲の請求項1の記載が明確性を欠くものとは認められない。

(2)また、被告は、本件明細書1の特許請求の範囲の記載が明確であるというならば、同明細書の発明の詳細な説明に記載されていない発明を特許請求の範囲に含むものであってサポート要件に違反するとか、発明の詳細な説明が当業者に実施可能な程度に明確かつ十分に記載されておらず実施可能要件にも違反すると主張するが、本件明細書1には、本件発明1(請求項1記載の発明)について、パネルの側面に屈曲段差部を設けることにより、パネルを製造する際に生じるしわを低減する旨が記載されており(段落【0007】【0015】【0017】等)、建築用パネルを製造等する当業者は、同記載に接して、パネルの側面にどの程度の段差があれば、表面材の厚みや材質等の関係で「しわ」を低減させることができるかを認識できるものと認められるから、本件発明1についての特許がサポート要件に違反するとか、実施可能要件に違反するということはできない。

(3)したがって、本件発明1についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。

5.3 争点3(被告支持構造は本件発明2の技術的範囲に属するか)について

(1)被告支持構造の構成について

前記前提事実等、証拠(甲9ないし12、27ないし29の3、67)及び弁論の全趣旨によれば、被告各製品を使用して生産される壁パネルの下端部の支持構造(被告支持構造)は、次のとおりであると認められる(以下、分説に係る各構成要件を符号に対応して「構成2a」などという。なお、付記した番号等は、被告製品説明書2の図面に示す部材の番号等である。)。そして、被告支持構造の構成2a、2c、2d及び2eは、それぞれ本件発明2の構成要件2A、2C、2D及び2Eを充足すると認められる(なお、これらの点は、被告も争わないところである。)。

2a:壁パネルAの上端部に嵌合凸部2を形成するとともに下端部に嵌合凹部1を形成し、壁パネルAの下端に下位の壁パネルAの上端部の表面部を覆う覆い片3を垂下した壁パネルAの下端部の支持構造であって、

2b:スタータ15を、覆い片3の背部の凹所4に入る断面L字状のL字部8と、凹所4よりもパネル背方のパネル下端面を受ける受片9と、受片9より下方に垂下されて壁下地10に取付ける取付け片11と、取付け片11より前方に延出されてサッシ19又は水切り30上に充填するシーリング23をバックアップするバックアップ片14とで構成し、

2c:壁下地10にスタータ15を取付け、スタータ15の受片9にて壁パネルAの下端部を支持し、

2d:スタータ15のバックアップ片14とサッシ19又は水切り30との間にバックアップ材21を装填して成る、

2e:ことを特徴とする壁パネルの下端部の支持構造。

(2)被告支持構造は構成要件2Bを充足するか

ア 前記(1)のとおり、被告支持構造は、「覆い片3の背部の凹所4に入る断面L字状のL字部8と、凹所4よりもパネル背方のパネル下端面を受ける受片9と、受片9より下方に垂下されて壁下地10に取付ける取付け片11と、取付け片11より前方に延出されてサッシ19又は水切り30上に充填するシーリング23をバックアップするバックアップ片14とで構成」した「スタータ15」を有するところ、被告支持構造の「サッシ19又は水切り30」は、構成要件2Bにいう「家屋構造部」に、被告支持構造の「シーリング」は、構成要件2Bにいう「コーキング剤」にそれぞれ該当する(なお、これらの点は、被告も争わないところである。)。

イ 「係入片」について

証拠(甲9ないし12)によれば、右の図に示すように、被告支持構造を構成する「スタータ15」は、板状の部材である1枚のガルバリウム鋼板が、「バックアップ片14」、「取付片11」、「受片9」及び「L字部8」をそれぞれ形成するように、順次、略垂直状に折り曲げられた形状を有することが認められる。そうすると、「スタータ15」の「断面L字状のL字部8」は、「ひときれ」との意義を有する(甲34)「片」としての形状を有しているということができ、かつ、覆い片の背部の凹所4に入れられるものであるから、「係わり合って入ること」との意義を有する(乙3の1)「係入」される部材であるということができる。したがって、被告支持構造を構成する「スタータ15」の「断面L字状のL字部8」は、構成要件2Bにいう「係入片」に該当するものと認められる。

この点について、被告は、壁パネルを「受ける」形状のものは「係入する」ものに当たらないと主張するが、特許請求の範囲を含む本件明細書2の記載を検討しても、そのように限定して解釈すべき根拠は見当たらず、被告の上記主張は採用することができない。

ウ 「取付け片より前方に延出されて覆い片の下端と家屋構造部との間に充填するコーキング剤をバックアップするバックアップ片」について

前記(1)のとおり、被告支持構造を構成する「スタータ15」は、「取付け片15より前方に延出されてサッシ19又は水切り30上に充填するシーリング23をバックアップするバックアップ片14」を有し、また、前記アのとおり、被告支持構造の「サッシ19又は水切り30」は構成要件2Bにいう「家屋構造部」に、被告支持構造の「シーリング23」は構成要件2Bにいう「コーキング剤」にそれぞれ該当するところ、建築物の外壁パネルを製造、施工等する当業者にとって、外壁パネルの施工に際してサッシ又は水切り上にシーリングないしコーキング剤を充填する目的は、外壁パネルとサッシ又は水切りとの間に生じる隙間を埋めることにあるのは明らかであるから(甲30)、被告支持構造において充填される「シーリング23」は、構成要件2Bにいう「覆い片の下端と家屋構造部との間に充填」されるものに該当すると認められ、したがって、被告支持構造を構成する「スタータ15」は、「取付け片より前方に延出されて覆い片3の下端と家屋構造部との間に充填するコーキング剤をバックアップするバックアップ片14」を有するものと認められる。

この点について、被告は、被告支持構造における「シーリング23」は「覆い片3」の下端に接していないから、「覆い片の下端と家屋構造部との間に充填」されていないと主張するが、本件明細書2の特許請求の範囲の記載上、コーキング剤が覆い片の下端に接していなければならない旨の限定はないこと、上記のとおり、シーリングないしコーキング剤を充填する目的は、外壁パネルと家屋構造部との間の隙間を埋めることにあることからすれば、仮にコーキング剤が覆い片の下端に接していないとしても、「覆い片の下端と家屋構造部との間に充填」されているとみて差し支えないというべきである。

エ 以上によれば、被告支持構造は、構成要件2Bを充足する。

(3)争点3の小括

以上によれば、被告支持構造は、本件発明2の構成要件をすべて充足するから、本件発明2の技術的範囲に属するものと認められる。

5.4 争点4(被告が被告各製品を輸入、使用、譲渡又は譲渡の申出をする行為は、本件特許権2を侵害し、又は侵害する行為とみなされるか)について

(1)被告が、壁パネルである被告各製品の販売に際し、これを建物等の基礎に施工するために必要な数量分のスタータ(同スタータが被告製品説明書2に記載の形状であることは、被告も争っていない。)と併せて販売していることは、被告も認めているところ、上記スタータを用いて建物等の基礎部に被告各製品を施工すると、上記のとおり本件発明2の技術的範囲に属する被告支持構造が生産されることとなるのであるから、被告各製品は、被告支持構造の「生産にのみ用いる物」と認められる。したがって、被告が、業として被告各製品を輸入、使用、譲渡及び譲渡の申出をする行為は、本件特許権2を侵害する行為とみなされるというべきである(特許法101条1号)。

(2)被告は、本件発明2における壁パネルは、本件発明2が対象とする「支持構造」、具体的にはスタータにより支持される対象にすぎないから「支持構造」を構成するものではなく、同様に、壁パネルである被告各製品も、被告支持構造を構成するものではないと主張するが、本件発明2は、特定の形状を有する壁パネルと(構成要件2A)と、特定の形状を有するスタータ(同2B)とが嵌合され、かつバックアップ材を装填してなる(同2D)支持構造とされているのであるから、壁パネルが本件発明2の対象たる支持構造を構成しないということはできない。

また、被告は、被告各製品は、その全てが建物等の基礎部に直接スタータとともに設置されるのではなく、当該基礎部に直接設置された被告各製品パネルの更に上部に設置されることのほうが多いから、被告支持構造の「生産にのみ用いる物」には当たらないと主張する。しかしながら、被告各製品を用いて形成された建築物の壁面において、基礎に接する一番下のパネルに限って被告各製品を使用しないという使用態様は、社会通念上、経済的、商業的又は実用的に想定し難いのであるから、被告各製品を用いて建築物の壁面を施工すると、当然に被告支持構造が実施されることになるというべきであり、そうである以上、被告各製品は、被告支持構造の「生産にのみ用いる物」と認めるのが相当である。

5.5 争点5(本件発明2についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか)について

(1)争点5-1(本件発明2についての特許に無効理由1〔記載要件違反〕は認められるか)について

被告は、本件発明2についての特許について、本件明細書2の特許の特許請求の範囲は、単に「覆い片の背部の凹所に係入する係入片」と記載するのみで、「係入片が受片と協働してスタータにて壁パネルの下端部を強固に支持する」との効果を奏しない「係入片」をもその範囲に含んでおり、権利の外縁を明確に記載していないから、明確性要件に違反すると主張する

しかしながら、本件発明2が「壁パネルの下端部の支持構造」に関するものであることから明らかなとおり、本件明細書2に接した当業者であれば、上記「係入片」の意義について、覆い片の背部の凹所に係入し壁パネルを支持するため、凹部の形状と照らして、同凹部に嵌合されるに適した形状を有する必要があることは容易に認識できるというべきであるから、「覆い片の背部の凹所に係入する係入片」という記載が、明確性を欠くものとは認められない。

イ また、被告は、本件明細書2の特許請求の範囲の記載が明確であるというならば、同明細書の発明の詳細な説明には記載されていない発明を特許請求の範囲に含むものであってサポート要件に違反するとか、発明の詳細な説明が当業者に実施可能な程度に明確かつ十分に記載されておらず実施可能要件にも違反すると主張するが、本件明細書2には、本件発明2(請求項1記載の発明)の実施例として、「スタータ15を取付け片11においてチャンネル材の壁下地10にボルト18にて取付け、スタータ15の係入片8を壁パネルAの覆い片3の背部の凹所4に係入するとともに受片9にて嵌合凸部2の下面を受けることで、スタータ15にて壁パネルAを強固に支持するのである。」と記載され(段落【0012】)、【図1】には、係入片4が壁パネルAの覆い片3の背部の凹所4に係入されている態様が具体的に開示されているのであるから、サポート要件に違反するということはできないし、前記のとおり、本件明細書2に接した当業者であれば、「係入片」の意義について、覆い片の背部の凹所に係入し壁パネルを支持するため、凹部の形状と照らして、同凹部に嵌合されるに適した形状を有するべきことを容易に認識できるのであるから、実施可能要件に違反するということもできない。

ウ 被告の主張する無効理由1(記載要件違反)は、いずれも認められない。

(2)争点5-2(本件発明2についての特許に無効理由2〔乙第32号証を主引例とする進歩性欠如〕は認められるか)

ア 乙第32号証に記載された発明の構成本件特許2の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開平8-193407号公報(乙32公報)には、本件発明2と同様に壁パネルの施工性を高める壁パネルの下端部の構造に係る発明(乙32発明)が記載されている。

乙32発明の構成は、「下端部に接続凹部5が形成され、上端部に接続凸部6が形成された断熱パネルPの下端に下位の断熱パネルPの上端部の表面部を覆う覆い片を垂下した断熱パネルPの下端部の支持構造であって、スタータとなる水切りWは、略水平横方向に形成される水平シール板部8と、同水平シール板部8の外端から垂下される垂下片13と、同垂下片13の途中部分に形成される凹入段部14と、底片16と、同底片16の屋内側端部から立ち上げられている水切り片9を有し、同スタータとなる水切りWの凹入段部14にコーキング用バックアップ材15を配設し、その前にコーキング剤25を充填する断熱パネルPの支持構造」である。

イ 乙32発明と本件発明2の一致点と相違点

(ア)一致点

乙32発明と本件発明2とを対比すると、乙32発明の「接続凹部5」は本件発明2の「嵌合凹部」に、乙32発明の「接続凸部6」は本件発明2の「嵌合凸部」に、乙32発明の「断熱パネルP」は本件発明2の「壁パネル」に、乙32発明の「水切りW」は本件発明2の「スタータ」に、乙32発明の「下水切り18」は本件発明2の「家屋構造部」に、それぞれ相当する。

したがって、乙32発明と本件発明2とは、「壁パネルの上端部に嵌合凹部もしくは嵌合凸部の一方を形成するとともに下端部に嵌合凹部若しくは嵌合凸部の他方を形成し、壁パネルの下端に下位の壁パネルの上端部の表面部を覆う覆い片を垂下した壁パネルの下端部の支持構造」である点(構成要件2A)、「コーキング剤をバックアップするバックアップ材をスタータに接して配設する」点(構成要件2C及びDの一部)及び「壁パネルの下端部の支持構造」である点(構成要件2E)において一致している。また、本件発明2においては、「スタータのバックアップ片と家屋構造部との間にバックアップ材を装填して成る」(構成要件2D)のに対し、乙32発明では、「同スタータとなる水切りWの凹入段部14にコーキング用バックアップ材15を配設し、その前にコーキング剤25を充填」しているところ、バックアップ材をスタータと家屋構造部との間に配設するという限りにおいて、両発明は一致しているといえる。

(イ)相違点

本件発明2において、スタータは、「覆い片の背部の凹所に係入する係入片と、凹所よりもパネル背方のパネル下端面を受ける受片と、受片より下方に垂下されて壁下地に取付ける取付け片と、取付け片より前方に延出されて覆い片の下端と家屋構造部との間に充填するコーキング剤をバックアップするバックアップ片」によって構成され(構成要件2Bの一部)、「壁下地にスタータを取付け、スタータの受片にて壁パネルの下端部を支持」する(構成要件2C)のに対し、乙32発明では、スタータとなる水切りWは、「略水平横方向に形成される水平シール板部8と、同水平シール板部8の外端から垂下される垂下片13と、同垂下片13の途中部分に形成される凹入段部14と、底片16と、同底片16の屋内側端部から立ち上げられている水切り片9」を有しており、これらの点において、両発明は相違している。

ウ 乙第28号証に記載された発明の構成

本件特許2の出願前に日本国内において頒布された刊行物である実用新案登録第2551421号に係る実用新案登録公報(乙28公報)には、本件発明2と同様に外壁パネルの取付構造に係る発明(乙28発明)が記載されている。

乙28発明の構成は、「下端縁にパネル圧方向に所定間隔をおいて相対向する長い外凸部と短い内凸部とを設けるともに、外凸部と内凸部との間に凹溝を設けた」外壁パネルと、「外壁パネルの凹溝に防水パッキンを介して嵌合する保持部と、外壁パネルの内凸部の下端が載置される載置部と水切りの固定部の前面に重合されて土台または窓上胴縁の前面に止具で共締めされる固定部と、固定部の下端から斜め下方に前向きに連設され、壁パネルの外凸部の内奥で水切りの傾斜面部の上面に対しその下端縁が当接または近接する水返し部とで構成される」スタータからなり、「土台に水切り及びスタータを取り付け、スタータの載置部の上に外壁パネルの下端縁を載置」し、「スタータの水返し部の前面と水切りの傾斜面部とが出合う隅部にバックアップ材を装填」する構成が開示されている。

なお、乙28発明と本件発明2を対比すると、少なくとも、本件発明2では、「スタータのバックアップ片と家屋構造部との間にバックアップ片を装填して成る」(構成要件2D)のに対し、乙28発明では、「スタータの水返し部の前面と水切りの傾斜面部とが出合う隅部にバックアップ材を装填」する点において、両発明は相違している。

エ 乙32発明に基づく容易想到性

被告は、当業者は、壁パネルの形状を適宜設計することができるのであるから、乙32発明における壁パネルの形状を、乙28発明における壁パネルと同一の形状と設計した場合には、これと組み合わせるスタータの形状について、乙28発明における形状を一部取り入れ、本件発明2におけるスタータと同一の構成を有するスタータを得ることができるから、本件発明2は、乙32発明に乙28発明を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであると主張する。

しかしながら、仮に、当業者が壁パネルの形状を適宜設計することができ、かつ、乙32発明における壁パネルの形状を乙28発明における壁パネルと同一の形状と設計することができたとしても、その場合には、同壁パネルと組み合わせるべきスタータの形状としては、乙28発明におけるスタータと同一の形状を採用しようとするのが自然というべきであるし、乙32文献には、スタータと家屋構造部との間にバックアップ材が装填されることの技術的意義については何らの記載もないことからすれば、乙32文献に接した当業者が、乙32発明におけるスタータの形状のうち、スタータと家屋構造部との間にバックアップ材が装填されるという部分のみを残して、その余の部分について乙28発明を適用して、本件発明2におけるスタータの形状を採用するような動機付けは認められないというべきである。

したがって、本件発明2が、乙32発明に乙28発明を適用することにより、当業者が容易に発明をすることができたものであったとは認められない。

オ なお、被告は、本件特許2について平成26年12月18日付け審決(平成27年1月6日確定)による訂正が確定する前に、同訂正前の本件明細書2の特許請求の範囲の請求項1記載の発明が乙28発明と同一であるとか、乙28発明に基づき、技術常識を斟酌して容易に発明することができたなどと主張していたが、上記ウのとおり、本件発明2が乙28発明と同一であるとはいえないし、上記エに認定説示したところによれば、本件発明2が乙28発明に技術常識を適用するなどして容易に発明できたものということもできないから、仮に、被告が同訂正の確定後も上記主張を維持していたとしても、同主張に理由がないことは明らかである。

(3)争点5の小括

以上のとおりであるから、本件発明2についての特許が特許無効審判により無効にされるべきものとは認められない。

5.6 争点6(本件特許権1又は同2の侵害により原告が受けた損害の額)について

-省略-

6.検討

(1)被告製品が構成要件1Dを充足するか否かという点で気になる点があります。被告製品には表面材を折り曲げることで「段差」が形成されていることは明らかだと思います(被告は「しわ」と呼んでいます)。

1枚の表面材を内側に屈曲することで屈曲段差部(6)を形成し、さらにその表面材を折り曲げることでパネルの側面まで形成することで、屈曲段差部(6)につながる側面に若干の「段差(しわ)」が発生することはごく自然なことだと思います。むしろ、「しわ」を発生させないことの方が難しいのではないでしょうか?

本件特許は古いので残念ながらJ-PlatPatの審査書類情報に審査過程の書類はありません。また、仮にファイルがあっても、この出願人は拒絶理由通知書に対して意見書を提出せずに補正書のみ提出して包袋禁反言を回避するという手法を使っています。したがって客観的に出願人の補正の意図を証明することは難しいと思われます。しかし、出願公開された公報の請求項1には構成要件1Dが記載されておらず、請求項2に記載されていました。このことから拒絶理由通知で挙げられた公知文献に基づき、請求項1に新規性・進歩性が存在しないと出願人が判断したために、構成要件1Dを加えたものと推察できます。つまり、拒絶理由通知書で挙げられた公知文献には構成要件1D以外の構成は開示されていたが、構成要件1Dに相当する構成は開示されていなかった、ということになります。

もし通常のやり方で屈曲段差部(6)を形成した表面材を折り曲げてパネル側面まで形成すると若干の「しわ」が発生することが避けられないとすると、拒絶理由通知書で挙げられていた先行技術文献に記載された発明に従って実際に屈曲段差部(6)を形成したら「しわ」が発生してしまうのではないでしょうか。先行技術文献ではその点がポイントではないので省略されていたにすぎない可能性があります。そのような場合に特許発明の技術的範囲に「しわ」まで含めてしまうと、新規性・進歩性を有しているのか疑問が残ります。屈曲段差部(14)と「しわ」の違いをもう少し厳密に検討する必要があるように思いました。

(2)最初に書いた3件目の特許第3559329号ですが、判決を読んだ限りでは取り下げたであろう理由はわかりませんでした。おそらくは非抵触又は特許無効と考えて取り下げたと思われます。