ワイドバンドギャップ半導体事件2

投稿日: 2018/04/04 23:19:09

今日は、平成29年(行ケ)第10062号 取消決定取消請求事件について検討します。

特許異議申立では、本件特許の請求項1ないし10に対して特許異議の申立てがされ、特許庁は,本件訂正を認めた上で請求項1,3に係る特許を取り消す。同請求項6ないし10に係る特許を維持する。同請求項2,4及び5に係る特許についての特許異議の申立てを却下する、との決定をしました。これに対して原告は請求項1及び3に係る部分の取消しを求めて本件訴えを提起しました。

1.手続の時系列の整理(特許第5818959号)

① 本件特許は、特願2010-121375から分割出願された特願2013-237035からさらに分割出願された第2世代の分割出願です。なお、特願2010-121375からの第1世代の分割出願には特願2014-082994もあります。いずれも特許になっています。

2.特許請求の範囲の記載(訂正後)

【請求項1】

SiCを主とする半導体材料で作成され,PN接合ダイオード(11a)を含むSiCMOSFET(11)と,

前記SiCMOSFET(11)に並列に接続され,前記PN接合ダイオード(11a)よりも動作電圧が低く,2つの端子を有するショットキーバリアダイオード(21)と,

前記SiCMOSFET(11)および前記ショットキーバリアダイオード(21)に接続された出力線(18)と,

前記PN接合ダイオード(11a)のアノードを前記ショットキーバリアダイオード(21)のアノードに接続する第1のワイヤ(31)と,

前記ショットキーバリアダイオード(21)の前記アノードを前記出力線(18)に接続する第2のワイヤ(32)とを含み,

前記第1のワイヤ(31)と前記第2のワイヤ(32)とが連続的に繋がっており,かつ平面視において両ワイヤのなす角度が鈍角である,半導体デバイス。

【請求項2】 (削除)

【請求項3】

前記ショットキーバリアダイオード(21)と前記出力線(18)との間のインダクタンスにより生じる逆起電力が2.0V以上である,請求項に記載の半導体デバイス。


3.本件決定の理由の要旨

(1)本件決定の理由は,別紙異議の決定書(写し)記載のとおりである。要するに,本件発明は,下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,取り消すべきものである,というものである。

引用例:特開2010-27814号公報(甲1)

(2)本件決定が認定した引用発明,本件発明と引用発明との一致点,本件発明1と引用発明との相違点,本件発明3と引用発明との相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明

SiCを半導体材料とするSiCMOSFETと,SiCMOSFETに並列に接続された2つの電極を有するSiCショットキーダイオードと,SiCMOSFETおよびSiCショットキーダイオードに接続された第2の配線パターンと,SiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極と第2の配線パターンとを繋ぐワイヤーボンドと,SiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極とを繋ぐワイヤーボンドの部分と,SiCショットキーダイオードの一方の電極と第2の配線パターンとを繋ぐワイヤーボンドの部分のなす角度が平面視において鈍角である,電力用半導体装置。

イ 本件発明との一致点

SiCを主とする半導体材料で作成され,PN接合ダイオードを含むSiCMOSFETと,

前記SiCMOSFETに並列に接続され,前記PN接合ダイオードよりも動作電圧が低く,2つの端子を有するショットキーバリアダイオードと,

前記SiCMOSFETおよび前記ショットキーバリアダイオードに接続された出力線と,

前記PN接合ダイオードの一の電極を前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極に接続する第1のワイヤと,

前記ショットキーバリアダイオードの前記一方の電極を前記出力線に接続する第2のワイヤとを含み,

前記第1のワイヤと前記第2のワイヤとが連続的に繋がっており,かつ平面視において両ワイヤのなす角度が鈍角である,半導体デバイス。

ウ 本件発明1との相違点

本件発明1においては,「前記PN接合ダイオードの一の電極」がアノードであり,かつ「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」がアノードであるのに対し,引用発明においては「前記PN接合ダイオードの一の電極」及び「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」がアノードかカソードか不明である点(相違点1)。

エ 本件発明3との相違点

(ア)相違点1

上記ウに同じ。

(イ)相違点2

本件発明3においては「前記ショットキーバリアダイオードと前記出力線との間のインダクタンスにより生じる逆起電力が2.0V以上である」のに対し,引用発明においては前記逆起電力の値が不明である点。

4.取消事由

(1)本件発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由1)

ア 引用発明の認定の誤り

イ 本件発明1との相違点1の認定・判断の誤り

ウ 本件発明の課題及び効果の判断の遺脱

(2)本件発明3の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)

5.裁判所の判断

1 本件発明について

本件発明の特徴は,以下のとおりである(本文中に引用する本件明細書の図面は,別紙1本件明細書図面目録記載のとおりである。)。

(1)利用分野

この発明は,インバータ回路,コンバータ回路等の電子回路に用いられる半導体デバイスに関する。(【0001】)

(2)従来の技術及び課題

従来,MOSFETに寄生するPN接合ダイオード(ボディダイオード)に電流が流れるのを防止するために,動作電圧がPN接合ダイオードより低いショットキーバリアダイオードを,PN接合ダイオードに並列接続する回路構成が提案されている。(【0003】,【0004】)

しかし,この回路構成においても,ショットキーバリアダイオードに電流が流れ始めると,ショットキーバリアダイオードを通る電流経路の寄生インダクタンスにより逆起電力が発生し,この逆起電力がショットキーバリアダイオードに並列接続されているPN接合ダイオードの順方向立ち上がり電圧に達すると,このPN接合ダイオードに電流が流れてしまうという現象が生じる問題があった。(【0006】)

この発明の目的は,PN接合ダイオードに電流が流れるのを抑制できるように構成された半導体デバイスを提供することである。(【0007】)

(3)課題を解決するための手段

この発明の第1の半導体デバイスは,PN接合ダイオードを含むMOSFETと,前記MOSFETに並列に接続され,前記PN接合ダイオードよりも動作電圧が低く,2つの端子を有するユニポーラデバイスと,前記MOSFETおよび前記ユニポーラデバイスに接続された出力線と,前記PN接合ダイオードのアノードを前記ユニポーラデバイスの一方の端子に接続する第1のワイヤと,前記ユニポーラデバイスの前記一方の端子を前記出力線に接続する第2のワイヤとを含んでいる。そして,前記第1のワイヤと前記第2のワイヤとが連続的に繋がっており,かつ両ワイヤのなす角度が鈍角である。(【0008】)

(4)作用及び効果

ユニポーラデバイスに電流が流れると,ユニポーラデバイスの一方の端子と出力線との間のインダクタンスによって,逆起電力が発生する。しかし,PN接合ダイオードのアノードは第1のワイヤによってユニポーラデバイスの一方の端子に接続されているため,PN接合ダイオード(MOSFET)には,ユニポーラデバイスの動作電圧に相当する電圧がバイポーラデバイスにかかるに過ぎない。PN接合ダイオードの動作電圧は,ユニポーラデバイスの動作電圧より低いので,PN接合ダイオードに電流は流れない。このため,PN接合ダイオード(MOSFET)に結晶欠陥部が存在していたとしても,結晶欠陥部が拡大するのを抑制できる。(【0010】)

(5)実施形態

図1は,本発明の第1の実施形態に係るインバータ回路1を示す電気回路図である。インバータ回路1は,第1のモジュール2と第2のモジュール3とを含み,第1のモジュール2は,第1電源端子41と,第2電源端子43と,2つのゲート端子44,45,と,出力端子42とを備え,モジュール2の第1電源端子41は第1出力線17を介して電源15(直流電源)の正極端子に接続され,モジュール2の出力端子42は第2出力線18を介して誘導性の負荷16が接続され,モジュール2の第2電源端子43は第3出力線19を介して電源15の負極端子に接続され,モジュール2のゲート端子44,45には制御ユニットが接続される。(【0024】)

第1のモジュール2は,ハイサイドの第1のMOSFET11と,それに直列に接続されたローサイドの第2のMOSFET12とを含み,MOSFET11,12は,第1のPN接合ダイオード(ボディダイオード)11aおよび第2のPN接合ダイオード12aをそれぞれ内蔵している。各PN接合ダイオード11a,12aのアノードは対応するMOSFET11,12のソースに電気的に接続され,そのカソードは対応するMOSFET11,12のドレインに電気的に接続されている。(【0025】)

MOSFET11,12には,ユニポーラデバイスである第1のショットキーバリアダイオード21および第2のショットキーバリアダイオード22がそれぞれ並列に接続されている。つまり,バイポーラデバイスであるPN接合ダイオード11a,12aに,ユニポーラデバイスであるショットキーバリアダイオード21,22が並列に接続されている。(【0026】)

第1のMOSFET11のドレインは第1のモジュール2の第1電源端子41に接続され,第1のショットキーバリアダイオード21のカソードは第1のMOSFET11のドレイン(第1のPN接合ダイオード11aのカソード)に接続され,第1のMOSFET11のソース(第1のPN接合ダイオード11aのアノード)は,接続金属部材31を介して,第1のショットキーバリアダイオード21のアノードに接続され,第1のショットキーバリアダイオード21のアノードは,別の接続金属部材32を介して,第1のモジュール2の出力端子42に接続されている。つまり,第1のショットキーバリアダイオード21のアノードは,接続金属部材32を介して,第2出力線18に接続されている。接続金属部材31,32には,インダクタンスL1,L2がそれぞれ寄生している。(【0027】)

第1~第4のMOSFET11~14は,たとえば,SiCデバイスである。各ショットキーバリアダイオード21~24の順方向立ち上がり電圧Vf1は,各PN接合ダイオード11a~14aの順方向立ち上がり電圧Vf2より低く,各PN接合ダイオード11a~14aの順方向立ち上がり電圧Vf2はたとえば2.0Vであり,各ショットキーバリアダイオード21~24の順方向立ち上がり電圧Vf1はたとえば1.0Vである。(【0032】)

2 取消事由1(本件発明1の容易想到性の判断の誤り)について

(1)引用発明の認定の誤りについて

ア 引用例の記載

引用例には,おおむね,以下の事項が開示されている(本文中に引用する図面は,別紙2引用例図面目録記載のとおりである。)。

(ア)技術分野

本発明は,生産性に優れたトランスファーモールドによる樹脂封止型の電力用半導体装置に関し,特に,小型で大電流化を実現するとともに,信頼性に優れたトランスファーモールドによる樹脂封止型の電力用半導体装置に関する。(【0001】)

(イ)背景技術

大電流,高電圧で動作するとともに,動作に伴う発熱を外部に効率良く逃がす電力用半導体装置として,放熱板となる金属板に絶縁層としてのセラミック板を介して配線パターンが形成された基板に電力用半導体素子を搭載し,シリコーンゲルを介して熱硬化性樹脂で注型された電力用半導体装置がある。(【0002】)

(ウ)実施の形態1

図1は,本発明の実施の形態1に係る電力用半導体装置における回路基板上のトランスファーモールド樹脂を除いた状態の平面模式図である。

図2は,図1に示す電力用半導体装置において回路基板上にトランスファーモールド樹脂がある状態でのA-A断面の模式図である。

図1と図2とに示すように,本実施の形態の電力用半導体装置100は,金属放熱板1の一方の面に樹脂絶縁層2を設け,この樹脂絶縁層2における金属放熱板1が接合された面と対向する面に配線パターンを設けて形成した金属回路基板が用いられている。配線パターン上には,電力用半導体素子である,IGBT4とIGBT4に逆並列に接続されたダイオード5とが搭載され,配線パターンとはんだ6等により電気的に接続されている。また,IGBT4とダイオード5との上面電極は,配線手段であるワイヤーボンド7により,対応する配線パターンと電気的に接続されている。(【0013】)

配線パターンには筒状外部端子連通部が,配線パターンに対して略垂直に接合されている。

具体的には,主回路であるIGBT4のコレクタ電極とダイオード5のアノード電極とに電気的に接続された第1の配線パターン3aには,第1の筒状外部端子連通部8aが接合され,主回路であるIGBT4のエミッタ電極とダイオード5のカソード電極とに電気的に接続された第2の配線パターン3bには,第2の筒状外部端子連通部8bが接続され,制御回路であるIGBT4のゲート電極に電気的に接続された第3の配線パターン3cには,第3の筒状外部端子連通部8cが接合され,制御回路であるIGBT4のエミッタ電極のみと電気的に接続された第4の配線パターン3dには,第4の筒状外部端子連通部8dが接合されている。(【0014】)

次に,配線パターン上の所定の場所に設けられた素子搭載部に電力用半導体素子であるIGBT4およびダイオード5を,そして,配線パターン上の所定の場所に設けられる筒状外部端子連通部接合部に筒状外部端子連通部を,各々はんだ6を用いて接合する。具体的には,IGBT4とダイオード5と第1の筒状外部端子連通部8aとは第1の配線パターン3aに,第2の筒状外部端子連通部8bは第2の配線パターン3bに,各々接合する。そして,制御回路につながる第3の筒状外部端子連通部8cと第4の筒状外部端子連通部8dとは,各々第3の配線パターン3cと第4の配線パターン3dとに接合する。(【0024】)

そして,配線パターンとIGBT4との間,IGBT4とダイオード5との間,ダイオード5と配線パターンとの間,の各間の導通が必要な箇所をアルミニウムのワイヤーボンド7で接続する。

次に,ワイヤーボンディングされた電力用半導体素子と筒状外部端子連通部とを搭載した金属回路基板は,金型にセットされ,トランスファーモールド法により,例えば,シリカ粉末が充填されたエポキシ樹脂系トランスファーモールド樹脂9で封止して,電力用半導体装置を完成する。(【0025】)

本実施の形態では,電力用半導体素子に,IGBT4とダイオード5が用いられているが,電力用半導体素子は,これに限定されるものではなく,例えば,MOSFETやショットキーダイオードでもよく,またMOSFETの場合は,ダイオードが逆並列に接続されていなくても良い。また,電力用半導体素子の材料としては,一般的なシリコンのほかに,炭化珪素(SiC)等のワイドバンドギャップ半導体でも良い。

また,本実施の形態では,各電力用半導体素子間や電力用半導体素子と配線パターンとの間の接続,すなわち,配線手段にワイヤーボンド7を用いているが,この方法に限定されるものではない。

また,本実施の形態では,金属回路基板を用いているが,例えば,高熱伝導絶縁層であるセラミック板と,セラミック板の一方の面に設けられた銅箔の配線パターンと,セラミック板の他方の面に設けられた銅箔の金属放熱板からなるセラミック基板を用いても良い。(【0032】)

図1及び図2には,IGBT4の上面電極及びダイオード5の上面電極が,ワイヤーボンド7を介して,第2の配線パターン3bに電気的に接続されていることが記載されていると認められる。

図1には,IGBT4の上面電極とダイオード5の上面電極とを繋ぐワイヤーボンド7の部分と,ダイオード5の上面電極と第2の配線パターン3bとを繋ぐワイヤーボンド7の部分のなす角度が平面視において鈍角であることが記載されていると認められる

イ 引用発明の認定について

(ア)引用例【0032】の「MOSFETの場合は,ダイオードが逆並列に接続されていなくても良い」との記載から,MOSFETとダイオードとが逆並列に接続されている構成が排除されると読むことはできず,引用例にはかかる構成を排除するとの記載や示唆はない。よって,引用発明において,MOSFETとダイオードとが逆並列に接続されている構成も許容されると解される

そして,IGBTとSiCMOSFETとは,スイッチングを行う三端子素子である点で共通しており,ダイオードとショットキーバリアダイオードは二端子素子である点で共通していることに照らせば,【0032】には,IGBTとダイオードを用いた電力用半導体素子の他に,SiCMOSFETを用いたもの,ショットキーバリアダイオードを用いたもの,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとを用いたものなどの形態についても,記載されていると認められる

(イ)もっとも,引用例には,IGBT4とダイオード5との組合せに換えて,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せとする際に,IGBTのどの電極とSiCMOSFETのどの電極とを対応付け,ダイオードのどの電極とショットキーバリアダイオードのどの電極とを対応付けて置換するかについては明記されていない

しかし,引用例におけるIGBT4及びダイオード5の組合せは,「IGBT4のコレクタ電極とダイオード5のアノード電極とに電気的に接続された第1の配線パターン3a」がIGBT4とダイオード5の下面にあり,「IGBT4のエミッタ電極とダイオード5のカソード電極とに電気的に接続された第2の配線パターン3b」が,IGBT4とダイオード5の上面をつなぐワイヤーボンド7と接続していることから(【0013】,【0014】,図1,2),IGBTの上面に配置される電極がゲート電極とエミッタ電極で,下面に配置される電極がコレクタ電極であり,上面に配置されるダイオードの電極がカソード電極で,下面に配置される電極がアノード電極であると認められる。

また,IGBT4とダイオード5は逆並列に接続され(【0014】),ダイオードに流れる順電流の向きは,下面に配置されたアノード電極から上面に配置されたカソード電極への向きであることは,当事者間に争いがない。このことに鑑みると,IGBT4に流れる電流の方向は,上面に配置されたエミッタ電極から下面に配置されたコレクタ電極の向きであると認められる。このように,エミッタ電極からコレクタ電極に向かって電流が流れるIGBTは,pチャネル型のIGBTであるから,引用例のIGBT4は,pチャネル型のIGBTであると解される。

引用例1では,IGBT4の上面のエミッタ電極とダイオード5のカソード電極とに電気的に接続された第2の配線パターン3bから,ワイヤーボンド7を介して,IGBT4の下面のコレクタ電極とダイオード5のアノード電極とに電気的に接続された第1の配線パターン3aに流れる電流を,制御回路であるIGBT4のゲート電極に電気的に接続された第3の配線パターン3cに入力された信号に基づいてスイッチングする動作が行われる(【0014】,【0024】,【0025】)。そして,IGBT4とダイオード5との組合せを,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せに置き換える場合に,動作を異ならせる理由はないから,IGBT4については,上面にゲート電極とソース電極が配置され,下面にドレイン電極が配置されるpチャネル型のSiCMOSFETで置き換え,ダイオード5については,上面にカソード電極が配置され,下面にアノード電極が配置されるショットキーバリアダイオードで置き換えるようにすると考えられる。

pチャネル型のSiCMOSFETにおける電流の流れる向きは,ソース電極からドレイン電極への向きであるから,このSiCMOSFETに寄生するpn接合ダイオードとSiCMOSFETとの接続は,SiCMOSFETのソース電極とpn接合ダイオードのカソード電極とが接続され,SiCMOSFETのドレイン電極とpn接合ダイオードのアノード電極とが接続されることになる。

したがって,このような置換えが行われる場合,第1のワイヤが接続されるpn接合ダイオードの一の電極及びショットキーバリアダイオードの一方の電極はいずれもカソード電極となると解される

(ウ)以上によれば,引用例には,「SiCを半導体材料とするSiCMOSFETと,SiCMOSFETに並列に接続された2つの電極を有するSiCショットキーダイオードと,SiCMOSFET及びSiCショットキーダイオードに接続された第2の配線パターンと,SiCMOSFETのソース電極とSiCショットキーダイオードのカソード電極と第2の配線パターンとを繋ぐワイヤーボンドとを含み,SiCMOSFETのソース電極とSiCショットキーダイオードのカソード電極とを繋ぐワイヤーボンドの部分と,SiCショットキーダイオードのカソード電極と第2の配線パターンとを繋ぐワイヤーボンドの部分のなす角度が平面視において鈍角である,電力用半導体装置。」との発明(以下「引用発明A」という。)が記載されているものと認められる。よって,SiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極がいずれも不明であるとした本件決定の認定には,誤りがあるというべきである。

ウ 被告の主張について

被告は,「IGBT4のエミッタ電極とダイオード5のカソード電極とに電気的に接続」して,これらを上面電極としてワイヤーボンド7で接続する(【0014】)との記載について,一般にIGBTのゲート電極とエミッタ電極は上面に配置されることから,IGBT4のエミッタ電極を上面電極とすることは正しいと考えられる一方,「ダイオード5のカソード電極」の「カソード電極」は「アノード電極」の誤記と考えられ,「カソード電極」と認定することはできず,IGBT4とダイオード5を置き換えたSiCMOSFETとショットキーダイオードの電極の極性は,引用例の記載から特定できない旨主張する。

しかし,①特開2004-6520号(甲29)の,実施例2のnチャネルIGBT,実施例4のpチャネルIGBTが,いずれも,「MOSに比べ動作周波数は低いものの高耐圧,大電流領域で使用される為,低オン電圧,低スイッチング損失による素子寿命向上が可能となる」(【0029】,【0035】,図3,5)との記載,②特開平4-30476号(甲30)の「以上の実施例はnチャネルIGBTについて述べたが,導電型を入れ換えたpチャネルIGBTでも同様に実施でき,同様の効果を得ることができる」(3頁右下欄10~13行目)との記載,③特開平6-69509号(甲31)の「前述の実施例では,Nチャネル型IGBTについて説明したが,本発明ではPチャネルを用いることもできる」(【0031】)との記載,④特開平10-50993号(甲32)の「同実施形態にあっては,この発明にかかる電流検出機能付き半導体装置をnチャネルIGBTに適用した場合について示したが,pチャネルIGBTについても同様に適用できることは云うまでもない」(【0040】)との記載にも照らすなら,IGBTには,コレクタ電極からエミッタ電極に電流が流れるnチャネル型だけではなく,エミッタ電極からコレクタ電極に電流が流れるpチャネル型も存在することが認められる。そうすると,IGBT4のコレクタ電極とダイオード5のアノード電極が接続され,IGBT4のエミッタ電極とダイオード5のカソード電極が接続される構成も存在する以上,「ダイオード5のカソード電極」(【0014】)の「カソード電極」を「アノード電極」の誤記と解することはできず,他に誤記と解すべき根拠はない。

そして,ダイオード5の極性がカソード電極である以上,IGBT4とダイオード5を置き換えたSiCMOSFETとショットキーダイオードの電極の極性は認定できるから,SiCMOSFETの一の電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極が不明であるとはいえず,被告の主張は採用できない。

(2)本件発明1と引用発明Aとの一致点及び相違点について

本件発明1と前記認定の引用発明Aとを対比すると,本件決定の認定した,本件発明1と引用発明との一致点(前記第2の3(2)イ)と同様の点において一致するとともに,以下の点において,相違する。

本件発明1においては,「前記PN接合ダイオードの一の電極」がアノードであり,かつ「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」がアノードであるのに対し,引用発明Aにおいては「前記PN接合ダイオードの一の電極」及び「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」がカソードである点(相違点1’)。

(3)本件発明1の容易想到性について

ア 容易想到性の判断

(ア)引用発明Aでは,第1のワイヤが接続されるpn接合ダイオードの一の電極及びショットキーバリアダイオードの一方の電極は,いずれもカソード電極となる。

そして,引用例には,IGBT4とダイオード5との組合せを,SiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せに置き換える場合,置換えの前後で動作を異ならせる旨の記載や示唆はない。

また,引用発明Aは,「トランスファーモールド樹脂で封止した電力用半導体装置には,主端子に大電流を流すことができるブスバーの外部配線が,ねじ止めやはんだ付けで固定されるため,電力用半導体装置の組み立て時において,主端子部におおきな応力が働き,この応力により,主端子の外側面とトランスファーモールド樹脂との接着面に隙間が発生したり,トランスファーモールド樹脂本体に微細なクラックが発生する等の不具合を主端子部に生じ,電力用半導体装置の歩留まりが低くなり生産性が低下するとともに,信頼性も低下する」ことを課題とし,「トランスファーモールド樹脂により封止された電力用半導体装置であって,主回路に接続される主端子に大電流を流すことのできる外部配線を接続しても,外部配線の接続により主端子部に発生する不良を低減でき,歩留まりが高く生産性に優れるとともに,信頼性の高い電力用半導体装置を提供すること」を目的とする発明であって(【0007】,【0008】),この目的を達成することと,SiCMOSFETの型や並列接続するショットキーバリアダイオードの接続方向を変更することは,無関係である。

したがって,当業者が,引用発明Aにおいて,上記目的を達成するために,「前記PN接合ダイオードの一の電極」及び「前記ショットキーバリアダイオードの一方の電極」をカソード電極からアノード電極に変更する動機付けがあるとはいえないから,相違点1’に係る本件発明1の構成を当事者が容易に想到できたものであるとは認められない。

(イ)さらに,本件発明は,MOSFETに寄生しているpn接合ダイオードに電流が流れると,MOSFETの結晶欠陥が拡大してデバイス特性が劣化し,特に,SiCMOSFETでは,寄生pn接合ダイオードに電流が流れると,オン抵抗が増大するという課題があったが,ショットキーバリアダイオードを並列接続してもpn接合ダイオードに電流が流れてしまう現象が生じていることから(【0002】~【0004】,【0006】),本件発明1の構成を採用し,第2のワイヤに寄生するインダクタンスによって,pn接合ダイオードの順方向立ち上がり電圧以上の逆起電力が発生しても,pn接合ダイオードに電流が流れないようにする(【0014】)との作用効果を奏するものである。

しかし,引用発明Aの課題及び目的は,前記(ア)のとおりであり,引用例には,ダイオード5やワイヤーボンド7にインダクタンスが寄生することについての記載や示唆はないことから,引用例に接した当業者が,引用発明Aに本件発明の作用効果が期待されることを予想できたとはいえない。

(ウ)以上によれば,本件発明1を当業者が容易に想到できたとは認められない。

イ 被告の主張について

(ア)被告は,SiCMOSFETの制御電極であるゲート電極と同じ面にある電極をワイヤーボンドで繋ぐとの引用例の示唆や,「パワーMOSFETの構造と応用分野」との文献(甲3)に記載された周知技術を考慮して,引用発明のMOSFETのソース電極とSiCショットキーダイオードの一方の電極と第2の配線パターンとを繋ぐことは当業者が容易になし得るとした本件決定に誤りはない旨主張する。

甲3文献の図2-1及び図2-2には,パワーMOSFETにおいて,ソース電極とゲート電極を上面に設けることが記載されており,「ソース電極とゲート電極を上面に設けたMOSFET」は,周知技術であると認められる(以下「甲3周知技術」という。)。また,甲3文献には,nチャネル型のMOSFETの開示がある。

しかしながら,甲3文献によっては,ゲート電極とソース電極とを上面に設ける構造のMOSFETがnチャネル型であることに限定されるとはいえないから,ソース電極をゲート電極とともに上面に設ける構造のpチャネル型のMOSFETが否定されるものではない。

そして,前記の引用発明Aの課題及び目的(引用例【0007】,【0008】)に照らすなら,引用発明Aの技術的意義は電力用半導体素子の極性に直接依存するものではないから,引用発明AのSiCMOSFETをゲート電極とソース電極とを上面に設ける構造のnチャネル型のものとすることについての記載や示唆があるとはいえない。

したがって,引用例に甲3周知技術を考慮しても,引用発明AのSiCMOSFETをゲート電極とソース電極とを上面に設ける構造のnチャネル型のものに変更すべき動機付けはないから,被告の主張は採用できない。

(イ)被告は,引用発明のSiCMOSFETとSiCショットキーダイオードは並列に接続して還流を流すものであるから,技術常識と特開2009-183115号公報(甲4)に開示された発明に基づき,SiCMOSFETのソース電極とSiCショットキーダイオードのアノード電極を接続することは当業者が容易になし得るとした本件決定に誤りはない旨主張する。

甲4文献には,「SiCMOSFETをスイッチング素子として使用する場合は,図3に示すように,SiCMOSFET(130)に並列にSiCSBD(132)を接続して還流ダイオードとして使用する構成が検討されている。」(【0019】)との記載があり,図3には,「SiCMOSFET130のソースとSiCSBD132のアノードを接続すること」が記載されており,「SiCMOSFETとSiCショットキーバリアダイオードを並列に接続して還流ダイオードとして使用する場合に,SiCMOSFETのソースとSiCショットキーバリアダイオードのアノードを接続すること。」との発明(以下「甲4発明」という。)が記載されていることが認められる。

また,①甲4文献には,「SiCMOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用」(【0016】)すること,「SiCMOSFET(130)の寄生ダイオード(131)と同じ構造のSiC pnダイオード」(【0020】),「SiCMOSFET130のソース電極側が寄生ダイオード131のアノードとなること」(図2)の記載があること,②特開2008-017237号公報(甲6)には,「SiC-FETに内在するダイオード(ボディダイオード)を還流ダイオードとして用いると,ボディダイオードによるバイポーラ動作によりSiC半導体装置の結晶劣化が進行する」(【0002】),「SiC-FET1のボディダイオード2」,「PN接合ダイオードに関するショックレーモデル…及び電荷制御モデル…からSiC-FET1のボディダイオード2のON開始電圧VBD_thを以下の式で示すことが出来る」(【0011】),SiC-FET1のソース電極側がボディダイオード2のアノードとなること(図1)の記載があることによれば,「SiCMOSFETはpn接合ダイオードを寄生ダイオードとして含み,SiCMOSFETのソース電極側が寄生ダイオードのアノードとなるSiCMOSFETがあること」は,技術常識と認められる(以下「技術常識1’」という。)。

しかしながら,MOSFETの構成が,ゲート電極とソース電極とを上面に設ける構造に限定されることや,MOSFETがnチャネル型に限定されることの根拠はないことは前記のとおりである。そうすると,pチャネル型のMOSFETに寄生するpn接合ダイオードは,MOSFETのソース電極側がpn接合ダイオードのカソード電極となるから,技術常識1’における「MOSFETのソース電極側が寄生ダイオードのアノードとなる」との事項は,MOSFETの型を問わず妥当するものとは解されない。

また,引用発明AのSiCMOSFETはpチャネル型であるところ,pチャネル型のMOSFETではソース電極からドレイン電極の方向に電流が流れるから,還流を流すためのショットキーバリアダイオードとSiCMOSFETとの接続は,SiCMOSFETのソースとショットキーバリアダイオードのカソードとの接続となる。そうすると,SiCMOSFETがpチャネル型である引用発明Aにおいて,MOSFETのソースとショットキーバリアダイオードのアノードとを接続することで,MOSFETと並列に接続したショットキーバリアダイオードに還流を流すとの甲4発明の構成を適用する動機付けはないから,SiCMOSFETのソース電極とショットキーバリアダイオードのアノード電極とを接続することを,当業者が容易に想到することができたものとは認められない。

よって,被告の主張は採用できない。

(4)小括

以上によれば,本件発明1には進歩性が認められるから,取消事由1は理由がある。

3 取消事由2(本件発明2の容易想到性の判断の誤り)について

(1)本件発明3と引用発明Aとの一致点及び相違点について

本件発明3と前記認定の引用発明Aとを対比すると,本件決定の認定した本件発明3と引用発明との一致点(前記第2の3(2)イ)と同様の点において一致し,相違点2(前記第2の3(2)エ(イ))と同様の点において相違するとともに,相違点1’(前記2(2))において相違する。

(2)本件発明3の容易想到性について

前記2(3)のとおり,相違点1’に係る構成が容易に想到できない以上,相違点2について検討するまでもなく,本件発明3には進歩性が認められるから,取消事由2は理由がある。

6.検討

(1)本件発明は、PN接合ダイオードを含むSiCMOSFETと並列に接続されたショットキーバリアダイオードがあって、PN接合ダイオードのアノードとショットキーバリアダイオードのアノード間を接続する第1のワイヤと、ショットキーバリアダイオードのアノードと出力線とを接続する第2のワイヤとを有する半導体デバイス、というものです。これは、ショットキーバリアダイオードのアノードと出力線間は第2のワイヤで接続されているのに対して、PN接合ダイオードのアノードと出力線間はショットキーバリアダイオードのアノードを経由するため第1のワイヤと第2のワイヤとで接続されているため必然的にショットキーバリアダイオードから出力線間のインダクタンスがSiCMOSFETから出力線間のインダクタンスより小さくなるという意味だと思います。

(2)このように特許請求の範囲にはインダクタンスの大小関係について直接規定せず、ワイヤの構造で表現する方が後々侵害の摘発が楽になります。つまり、ワイヤ構造で規定すればワイヤの長短だけで文言上侵害と判断できますが、インダクタンスの大小関係を規定してしまうと、厳密に考えると実測すべきということになってしまいます。本発明のようにインバータ回路は製品に組み込まれているので実際の製品構造によっては実測が非常に難しいケースも多いです。

(3)「平面視において両ワイヤのなす角度が鈍角」という規定の技術的な意義はよくわかりません。特許第5865422号の特許請求の範囲にも同じような構成が補正により追加されています。少しでも特許が取り消されたり無効になったりしにくくするためだったのかもしれません。

(4)判決は、引用例には,IGBTとダイオードとの組合せをSiCMOSFETとショットキーバリアダイオードとの組合せに置き換えることが記載されていると認めました。その上でIGBTのどの電極とSiCMOSFETのどの電極とを対応付け,ダイオードのどの電極とショットキーバリアダイオードのどの電極とを対応付けて置換するかについては明記されていない、とした上で、このような置換えが行われる場合,第1のワイヤが接続されるpn接合ダイオードの一の電極及びショットキーバリアダイオードの一方の電極はいずれもカソード電極となると解される、認定し、本件発明とは異なると判断しました。

(5)本件は前回に続いてワイドバンドギャップ半導体に関する発明の取消決定取消請求事件でした。たまたま同じような時期に取消決定取消請求がなされたので、同じタイミングで判決が出たのでしょうが、前回検討した発明はコストダウンのためにショットキーバリアダイオードの代わりに寄生ダイオードを利用するという内容でしたが、今回は寄生ダイオードに電流が流れることを防止することを目的とするものでした。発明の発想のポイントになる構成に対するアプローチが正反対の2件の特許についての判決が同日に出たというのは面白いです。

(6)本件発明に関する技術が搭載された製品が存在するのか気になり、原告のホームページを見ていたら2012年6月14日付のニュースリリースに「世界で初めてSiC-SBDとSiC-MOSFETを1パッケージ化し、量産開始 インバータにおける電力損失を大幅に低減し、部品点数削減にも大きく貢献」というものがありました。この記事の中に「独自の実装技術により、従来外付けする必要があったSiC-SBDの同梱にも成功し、SiC-MOSFETにおけるボディダイオードの課題であった順方向電圧を低減することが可能となりました」というものがあったので、ひょっとしたらこれが本件発明に関するものかもしれません。