美容器事件

投稿日: 2019/01/20 23:23:07

今日は、平成28年(ワ)第5345号 特許権侵害差止等請求事件について検討します。原告である株式会社MTGは、判決文によると、健康機器、美容機器、医療用具、医薬部外品の企画、開発、製造、販売等を業とする株式会社だそうです。一方、被告である株式会社ファイブスターは健康機器、美容健康機器等の販売、輸出入業務等を業とする株式会社だそうです。

 

1.検討内容

(1)侵害論についてのみ検討しましたが特に気になる点はありませんでした。本件特許1も本件特許2も分割出願であり、原告は被告製品を十分調査した上でそれを含むような特許請求の範囲を作成して権利化したものと思われるので抵触性に関しては問題がないのは当たり前とも言えます。

(2)本事件は2つの特許権に基づくものです。このうち本件特許1は特許無効審判において訂正しましたが、原告は訂正後の内容に基づいての主張を行っておらず、追加した被告製品について本件特許1に基づいての主張をしていないようです。そのため判決では本件特許1に関する判断はありませんでした。

(3)原告がこのような対応を選択した理由を考えてみました。本件特許1は本件訴訟提起後に被告から請求された特許無効審判において審決予告を受け、その後訂正請求が認められ特許が維持されています(請求不成立)。これを不服として請求人(被告)は審決取消訴訟を提起しましたが判決は請求棄却でした。

(4)まず考えられるのは、この訂正により被告製品が訂正後の本件発明1の技術的範囲に属さなくなったという理由です。しかし、手続き面から見ると、請求人が審決取消訴訟を提起していることからその可能性はあまり高くないようです。さらに訂正後の本件発明1と被告製品の構成を比較すると明らかに非抵触であるとは言えないと思います。したがって、この理由ではないと思われます。

(5)次に考えられるのは、戦略上、本件特許2に絞る方が良いという理由です。一つには、審理期間の短縮です。2件よりは1件に絞った方が審理期間を短縮できると考えられます。二つには、被告製品の重複程度です。本件特許1と本件特許2の対象となる被告製品が重複している場合、被告製品が2件の特許いずれも侵害しているとしても損害賠償額が2倍になることはないでしょうし、差止請求に関しては特許の数は全く問題ではありません。そうであれば、強い無効理由が提示されていない本件特許2に絞った方が合理的といえます。

2.手続の時系列の整理

(1)本件特許1(特許第5356625号)

(2)本件特許2(特許第5847904号)

① 本件特許1及び本件特許2ともに分割出願です。それぞれのファミリの手続きの状況は既に本ブログに掲載しています。本件特許1は平成28年(ワ)第6400号 特許権侵害差止等請求事件(2018年1月7日)、本件特許2は平成30年(ワ)第3018号 特許権侵害差止等請求事件(2018年12月17日)に投稿済み。

② 本件特許1に関する無効2014-800028及び無効2015-800118の請求人はヤーマン株式会社、無効2016-800086の請求人は株式会社ファイブスター、判定2018-600020の請求人はユニファイドコミュニケーションズ株式会社です。このユニファイドコミュニケーションズ株式会社はIT関連の会社のようですが、社内にタッチビューティ・ジャパンという美容機器に関する会社を有しているようです。

③ 本件特許2に関する無効2016-800087、無効2017-800074、無効2017-800102及び無効2018-800095の請求人はいずれも株式会社ファイブスターです。

3.本件発明

(1)本件発明1(特許第5356625号)

A ハンドル(11)の先端部に一対のボール(17)を、相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において、

B 往復動作中にボール(17)の軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように、ボール(17)の軸線をハンドル(11)の中心線(x)に対して前傾させて構成し、

一対のボール支持軸(15)の開き角度(β)を40~120度、

一対のボール(17)の外周面間の間隔(D)を8~25mmとし、

E ボール(17)の外周面を肌に押し当ててハンドル(11)の先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにしたことを特徴とする美容器。


(2)本件発明2(特許第5847904号)

F 基端においてハンドル(12)に抜け止め固定された支持軸(20)と、前記支持軸(20)の先端側に回転可能に支持された回転体(27)とを備え、その回転体(27)により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器において、

G 前記回転体(27)は基端側にのみ穴を有し、回転体(27)は、その内部に前記支持軸(20)の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸(20)に軸受け部材(25)を介して支持されており、

H 軸受け部材(25)は、前記回転体(27)の穴とは反対側となる先端で支持軸(20)に抜け止めされ、

I 前記軸受け部材(25)からは弾性変形可能な係止爪(25a)が突き出るとともに、

軸受け部材(25)は係止爪(25a)の前記基端側に鍔部を有しており、

K 同係止爪(25a)は前記先端側に向かうほど軸受け部材(25)における回転体(27)の回転中心との距離が短くなる斜面を有し、

L 前記回転体(27)は内周に前記係止爪(25a)に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪(25a)の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪(25a)と前記鍔部との間に位置することを特徴とする美容器。

4.被告製品

(1)被告製品の構成

ア 本件発明1との関係に係る被告製品1ないし7の構成(争いがない)

a グリップとグリップの先端に挿入されて取り付けられている二股部とからなる本体部の先端部に、一対の洋なし状のローリング部を支持軸を中心に回転可能に支持した美容器。

b 2本の支持軸はグリップに対して前傾している。

c 2本の支持軸の開き角度は74ないし75度である。

d ローリング部の外周面の間隔は、その最短の間隔が10.0ないし12.5mmの範囲である。

e 2つのローリング部の外周面を肌に押し当ててグリップの先端から基端方向に本体を移動させることにより、肌が摘み上げられるようにしている。

イ 本件発明2との関係に係る被告製品1ないし9の構成(争いがない)

f 支持軸は基端において二股部の先端に抜け止め固定されており、ローリング部が、支持軸に回転可能に支持されており、ローリング部により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器である。

g ローリング部は、基端側のみに開口を有する中空材であり、その中空内には、先端側に空隙を設けた状態で、先端側から円筒状の金具1及びリング状の金具2が、ローリング部1と相対回転不能に嵌め込まれている。

また、ローリング部は、その中空内に支持軸の先端が位置する非貫通状態であり、ローリング部、円筒状の金具1及びリング状の金具2は、軸受部材を介して、支持軸に回転可能に支持されている。

h 軸受部材は、ローリング部の開口とは反対側となる先端側で、支持軸に対し、抜け止め部材で抜け止めされている。

i 軸受部材の周面には、周方向に弾性変形可能な係止爪が突出している。

j 軸受部材の基端側に鍔部が設けられている。

k 軸受部材の係止爪は、先端側に向かうほど軸受部材の回転中心との距離が短くなる傾斜面を有している。

l ローリング部の中空内の円筒状の金具1は、その基端側内周面において他の部分に比較して内径の大きな大径部分を有し、係止爪が当該大径部分に位置している。ローリング部の中空内のリング状の金具2は係止爪の基端側に係止されるとともに、係止爪と鍔部との間に位置している。

5.争点

原告は、本件発明1について訂正の主張をせず、また追加請求に係る被告製品8及び9が本件発明1の技術的範囲に属する旨の主張もせず、損害賠償請求の原因としては、本件特許2の侵害のみを主張することから、判断の順序としては、まず本件特許2に基づき、被告製品1ないし9の販売の差止め等及び損害賠償請求が認められるかについて検討し、これが認められない場合に、本件特許1に基づく、被告製品1ないし7の販売の差止め等が認められるかを検討することにする

(1)被告製品1ないし9は、本件発明2の技術的範囲に属するか(争点(1))

(2)本件特許2は、特許無効審判により無効にされるべきものか(争点(2))

ア 乙44を主引例とする進歩性欠如

イ 乙45を主引例とする進歩性欠如

(3)被告製品1ないし7は、本件発明1の技術的範囲に属するか(争点(3))

(4)本件特許1は、特許無効審判により無効にされるべきものか(争点(4))

(5)原告の損害(争点(5))

6.当事者の主張

1 争点(1)(被告製品1ないし9は本件発明2の技術的範囲に属するか)

(1)構成要件Fの充足

【原告の主張】

ア 構成要件Fの解釈

本件発明2の構成要件Fの「支持軸の先端側に回転可能に支持された」という文言を読めば、当業者であれば、支持軸の基端側ではなくその先端側に回転体が支持されているという意味であることは容易に理解できる。

本件明細書2の【0004】ないし【0006】によれば、本件特許2は、従前の美容器において回転体を支持するための軸などの支持構造が開示されていないことから新たなものを提案するというものであり、その具体的な構造として、ハンドル、支持軸、回転体の位置関係を前提として、軸受部材、係止爪、鍔部等を特定したものである。

そうすると、構成要件Fは、あえて実施形態において例示した支持の具体的構造に限定するものではない。

イ 被告製品の構造

被告製品のローリング部の構造は、前記構成f、gのとおりであり、支持軸がその基端側において二股部の先端に抜け止め固定されており、その逆の先端側において、支持軸それ自体の先端側には空隙があるものの、軸受部材を介してローリング部が支持されている。

したがって、被告製品は、回転体が、支持軸の基端側ではなく先端側に回転可能に支持されているから、構成要件Fを充足する。

【被告の主張】

本件発明2において回転体を安定させるためにはキャップ材29の構成が必須であるから、構成要件Fは、本件明細書2の図4に示されるような形態で回転体が「支持軸の先端側に」支持されたものに限定される。

被告製品における2つの回転体は、支持軸の先端側以外の部分(乙1ないし7の3b)で回転可能に支持されているから、被告製品は構成要件Fを充足しない。

(2)構成要件Gの充足

【原告の主張】

被告製品は、そのローリング部、円筒状リング(構成lにおける金具2)及び円筒部材(構成lにおける金具1)を総体として「回転体」に当たるととらえるべきであるところ、その総体としての回転体の内部に支持軸の先端が位置しており、非貫通状態であり、軸受部材を介して支持軸に支持されていることは明らかであるから、被告製品は構成要件Gを充足する。

【被告の主張】

本件発明2の回転体は、軸受部材を介して支持軸に支持されている各部材を指す。被告製品においては、ローリング部、円筒状リング及び円筒部材が軸受部材で回転可能に支持されているため、これら全てがそれぞれ「回転体」に含まれる。そして、ローリング部材は基端側にのみ穴が設けられているが、円筒状リングと円筒部材については基端側と先端側の両方に穴が設けられているから、回転体の先端側に穴が設けられていることになり、構成要件Gを充足しない。

(3)構成要件Lの充足

【原告の主張】

本件発明2の構成要件Lの解釈に当たり、実施形態に示された具体的構造に限定して解釈する必要はない。

被告製品においては、ローリング部、円筒状リング及び円筒部材を含めた総体が「回転体」に相当するのであって、円筒状リング及び円筒部材によってローリング部の内周に段差が形成されている。

すなわち、被告製品の構成lの記載によれば、基端側内周面において、金具1の他の部分に比較して内径の大きな大径部分(ここに係止爪が位置する)と、係止爪と鍔部との間に位置する金具2の組み合わせにより、段差部が形成されているから、被告製品は構成要件Lを充足する。

【被告の主張】

「段差」の字義的意味は、「段状になっているところの高低差」であるところ、本件発明2の回転体の内周において高低差を有するところが「段差部」ということになる。本件明細書2、手続補正書(乙22)及び上申書(乙23)によれば、原告は段差部の構成を、本件明細書2の図4に示される、芯材28の内周に形成されている段差部28aに限定するものと解され、段差部を芯材と別部材とすることは想定されていない。

被告製品においては、回転体が、ローリング部とローリング部の内周に嵌め込まれる円筒状リング及び円筒部材を有しており、円筒状リングが、軸受の係止爪の基端側に係止されるとともに係止爪と鍔部との間に位置する構成を有している。そして、被告製品のローリング部と円筒状リングとは異なる部材であり、これらを一つの回転体とみなしたとしても、円筒状リングは回転体の内周に形成されているような高低差を有する段差部ではない。

よって、被告製品は、回転体の内周部に段差部が存在せず、構成要件Lを充足しない。

2 争点(2)(本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか)

(1)乙44を主引用例とする進歩性欠如

【被告の主張】

ア 主引用例(乙44)の構成

実開平6-36635号公報(乙44)は、平成6年5月17日に公開された発明である(以下、「乙44発明」という。)。乙44発明の構成は、以下のとおりである。

f44 基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と、支持軸の先端側に回転可能に支持されたマッサージ部材とを備え、そのマッサージ部材により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容マッサージ器において、

g44 マッサージ部材は、基端側にのみ穴を有し、マッサージ部材は、その内部に支持軸の先端が位置する非貫通状態で支持軸に筒体を介して支持されており、

h44 筒体は、マッサージ部材の穴とは反対側となる先端で支持軸にナットで抜け止めされ、

i44 筒体からは段部が突き出ており、

l44 マッサージ部材は内周に段部に係合可能な突出部を有し、突出部は、段部の基端側に係止される、美容マッサージ器。

イ 軸受に関する先行技術の存在

(ア)実用新案登録第3159255号公報(乙45)は、平成22年5月13日に公開された発明である(以下「乙45発明」という。)。同文献には、ローラ部の支持軸となるローラ支持部の小径部にベアリングが固着されていること、及びベアリングとしてはプラスチック軸受を用いることが望ましいと記載されている。

(イ)特開2002-340001号公報(乙46)は、平成14年11月27日に公開されており、以下の技術が記載されている(以下「乙46発明」という。)。

i46 フランジ付き滑り軸受であって、弾性変形可能な弾性係止片が突き出るとともに、

j46 弾性係止片の基端側にフランジを有しており、

k46 弾性係止片は先端側に向かうほど回転中心との距離が短くなる斜面を有している。

(ウ)実公平8-9455号公報(乙47)は、平成8年3月21日に公開されており、以下の各技術が記載されている(以下、それぞれ「乙47-1発明」等といい、合わせて「乙47発明」という。)。

i47-1 軸受からは弾性変形可能な傾斜面部が突き出るとともに、

j47-1 軸受は傾斜面部の基端側に鍔部を有しており、

k47-1 傾斜面部は先端側に向かうほど回転中心との距離が短くなる斜面を有している。

i47-2 軸受からは弾性変形可能な舌片部が突き出るとともに、

j47-2 軸受は舌片部の基端側に鍔部を有しており、

k47-2 舌片部は先端側に向かうほど軸受における回転中心との距離が短くなる斜面を有している。

i47-3 軸受からは弾性変形可能な二つの舌片部が突き出るとともに、

j47-3 軸受は舌片部の基端側に鍔部を有しており、

k47-3 舌片部は先端側に向かうほど軸受における回転中心との距離が短くなる斜面を有している。

ウ 本件発明2と乙44発明との対比

(ア)一致点

本件発明2と乙44発明は、それぞれ構成要件F、G、H、L及び構成f、g、h、lにおいて一致する。

(イ)相違点1

本件発明2では、支持軸を回転可能に支持する部材として軸受部材を用いている。これに対し、乙44発明では、筒体を用いている。

(ウ)相違点2

本件発明2では、軸受部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出ている。これに対し、乙44発明では、筒体からは段部が突き出ている。

(エ)相違点3

本件発明2の軸受部材は、係止爪の基端側に鍔部を有しており、係止爪は先端側に向かうほど軸受部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。これに対し、乙44発明の筒部は、そのような構造を有していない。

(オ)相違点4

本件発明2の回転体の内周には、係止爪に係合可能な段差部を有している。これに対し、乙44発明では、マッサージ部材の内周には段部に係合可能な突出部を有している。

(カ)相違点5

本件発明2では、段差部は係止爪の基端側に係止されるとともに係止爪と鍔部との間に位置する。これに対し、乙44発明は、そのような構造を有していない。

エ 相違点に係る構造の容易想到性

(ア)相違点1について

乙44発明における「筒体」と本件発明2における「軸受部材」とは、いずれも支持軸を回転可能に支持するための部材であって、乙44発明の「筒体」は技術的には軸受(すべり軸受)であるところ、乙45には、美容ローラの分野において、軸受(すべり軸受又は転がり軸受。乙45の【0014】参照。)を介して支持軸を回転体に回転可能に支持させる技術が開示されているから、乙44発明に乙45に記載された事項を適用して、筒体の代わりに軸受部材を利用することは、当業者が極めて容易に想到できたものである。

(イ)相違点2ないし5について

乙46発明における「弾性係止片」、乙47-1発明における「傾斜面部」、乙47-2発明における「舌片部」、乙47-3発明における「二つの舌片部」はいずれも斜面を有しており、それぞれ本件発明2における「弾性変形可能な係止爪」に相当し、乙46発明における「フランジ」、乙47-1発明における「鍔部」、乙47-2発明における「鍔部」、乙47-3発明における「鍔部」は、それぞれ本件発明2における「鍔部」に相当する。

ここで乙46発明及び乙47発明を乙44発明に適用すると、乙44発明の「マッサージ部材」の内周に設けられた「突出部」は、乙46発明及び乙47発明の「弾性係止片」、「傾斜面部」及び「舌片部」と、「フランジ」及び「鍔部」との間に挟まれて係止される。

そして、乙44発明の「突出部」を本件発明2の「段差部」に、乙46発明及び乙47発明の「弾性係止片」、「傾斜面部」及び「舌片部」を本件発明2の「係止爪」に、同「フランジ」及び「鍔部」を本件発明の「鍔部」に置き換えることは、当業者にとって極めて容易である。

なお、すべり軸受の場合、フランジをハウジングに固定する必要があり、その固定方法として、止めねじで直接ハウジングに固定する、ハウジングに嵌め込む等の方法があることは、乙44発明、乙45発明の構成及び乙56、57の文献等から、当業者にとって自明の事項であるといえる。

また、軸受に挿入された回転軸が軸受から抜け出ないように設計する必要があるが、これも、乙45発明の構成及び乙57、59の文献等から、当業者にとって自明の事項であるといえる。

(ウ)まとめ

以上より、乙44発明に対し、乙45発明に基づいて筒体を軸受に置き換え、軸受として乙46発明又は乙47発明の軸受を使用することで、当業者であれば、本件発明2の構成は容易に想到することができた。

オ 原告の主張に対する反論

(ア)動機付けの存在について

原告は、乙46発明及び乙47発明に示された技術は、いずれも軸受に装着する部材が弾性変形しない部材であり、軸受側に弾性変形する係止片等を形成して装着可能とするものであるから、これらの軸受を、マッサージ部材がゴム状弾性材料よりなる乙44発明に適用することはできず、また、上記両発明の技術分野は美容マッサージ器とは異なるため、乙44発明と組み合わせる動機付けがないと主張する。

しかし、軸受は基本的かつ汎用的な機械要素であるから、技術分野が異なることを理由に動機付けが否定されるわけではない。また、マッサージ用の回転体を支持軸を中心に回転させるにあたり軸受を用いることは、出願時の技術水準である(乙45の【0014】参照。)。

(イ)回転体の材質について

本件発明2においては、回転体の材質が限定されておらず、乙44発明のマッサージ部材と同一の材料であるゴム状弾性材料を用いたものも含まれる。

また、乙44発明において、筒体の段部がマッサージ部材の突出部を乗り越えるに当たっては、マッサージ部材の開口部分がどの程度撓むかということが問題になるところ、乙44に接した当業者であれば、マッサージ部材の材質を、必要な撓みが生じる程度の剛性材料(軟質プラスチック等)に置き換えることは極めて容易であるし、段部が矩形であるために筒体をマッサージ部材に嵌めにくいということであれば、乙47発明に基づき、段部をテーパ状にすることによって挿入しやすくなることも容易に想到される。

さらに、乙46発明及び乙47発明において、弾性変形可能な係止爪が開示されているのであるから、これを採用することで、マッサージ部材の材料を撓みを生じさせない程度の剛性材料(硬質プラスチック等)に置き換えることも容易である。

(ウ)阻害要因の不存在について

原告は、乙44発明の筒体を乙46発明又は乙47発明に示された軸受に置き換えた場合、マッサージ部材が内径方向に押圧された際に軸受がマッサージ部材から抜け出てしまうため、この組み合わせには阻害要因があると主張する。

しかし、乙46発明にはフランジが、乙47発明には鍔部が設けられているため、仮に、マッサージ部材が内径方向に押圧されたとしても、開口凹み部に存在する上記の部材によりマッサージ部材の変形が抑圧され、乙46発明の弾性係止片や乙47発明の舌片部が内径方向に押し込まれることはない。

したがって、阻害要因は存在しない。

カ まとめ

本件発明2は、乙44発明、乙45発明、乙46発明及び乙47発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同法第123条1項2号に該当し、特許無効審判により無効とされるべきものである。

【原告の主張】

ア 乙44発明の構成

乙44発明は、ハンドルに軸が固着され、その軸に筒体がナット止めされ、さらに、筒体の段部の基端側に、マッサージ部材の突出部が係合される構成を有する(乙44の【0006】及び図1)。具体的には、筒体の段部の外径がマッサージ部材の突出部の内径よりも大きいため、両者が係合している。そして、このように小径の突出部を大径の段部よりも基端側に位置させるためには、いずれかの部材が弾性変形可能な構成となっていることを意味する。

そして、乙44発明の明細書(乙44)によれば、マッサージ部材がゴム状弾性材料よりなることは、その発明の目的及び効果から見ても必須の構成である一方、筒体は硬質の材料であり、筒体に形成された段部も弾性変形するものではないことが明らかである。

そうすると、乙44発明は、ゴム状弾性材料からなる弾性変形可能なマッサージ部材の突出部を、弾性変形しない筒体の段部に係合させて固定し抜け止めしたという構成となる。

イ 乙44発明と本件発明2との対比

(ア)被告の主張する一致点、相違点1、3及び5については争わない。

(イ)相違点2

本件発明2では軸受部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出ている。これに対し、乙44発明では筒体からは弾性変形しない段部が突き出ている。

(ウ)相違点4

本件発明2の回転体の内周には、係止爪に係合可能な段差部を有している。これに対し、乙44発明は、ゴム状弾性材料よりなる弾性変形可能なマッサージ部材の内周には弾性変形しない段部に係合可能なゴム状弾性材料よりなる弾性変形可能な突出部を有している。

ウ 相違点に係る構成が容易想到ではないこと

(ア)動機付けの不存在

乙44発明は、マッサージ部材の突出部に弾性材料を用い、これに係合する筒体の段部に弾性変形しない材料を用いる発明である。筒体は軸受として機能するものと解されるが、これが滑り軸受かどうかは不明である。

一方、乙46発明の「フランジ付き滑り軸受」は、装着対象となる支持板が市販鋼板で変形しない部材であるため、弾性変形する弾性係止片を有する。

また、乙47発明の軸受は、円筒部とその端部外周面の鍔部と円筒部の外周面に形成された舌片部を有するところ、舌片部は弾性変形する。同軸受の装着対象は、金属あるいは合成樹脂などの薄板に形成した円孔であり、変形しない。

したがって、乙46発明及び乙47発明に記載の軸受は、いずれも軸受を装着する対象が弾性変形しない部材であるから、軸受側に弾性変形する弾性係止片や舌片部を形成して装着を可能としたものであり、これらの軸受に関する技術を、弾性変形するマッサージ部材に装着する筒体に代えて使用する理由はなく、動機付けが存在しない。

また、乙46発明及び乙47発明の用途は、それぞれ、「ファクシミリ等の紙送り機構で使用される軸の支承に最適な樹脂製のフランジ付き滑り軸受に関するもの」、「金属あるいは合成樹脂などの薄板から成る取付部材に合成樹脂からなる軸受を固定する」ものであり、いずれも乙44発明の美容マッサージ器とは技術分野を異にする。

被告は、美容器において回転体を使用する場合に、軸受を用いることが当業者にとって極めて自然であると主張するが、乙29、31、33、36及び37においては、回転体が軸に直接支持されており、軸受に相当する部材はない。したがって、美容器において回転体を使用する際に軸受を用いることが当然とはいえない。

(イ)阻害要因の存在

乙44発明の筒体に代えて乙46発明の弾性係止片あるいは乙47発明の舌片部を有する軸受を用いると、マッサージ部材に径方向の圧力が生じた場合、マッサージ部材が弾性変形することで弾性係止片又は舌片部を内側に押し込むため、突出部との係合が外れ、マッサージ部材が軸受から抜けてしまうことになる。

このように、弾性材料よりなるマッサージ部材に係合する構成として弾性変形する軸受を用いることは、係合が不十分・不完全となるため、当業者においてはあり得ず、乙44発明に対して乙46発明あるいは乙47発明を適用することには明確な阻害要因がある。

エ まとめ

以上のとおり、本件発明2につき、被告が乙44発明を主引用例として主張する無効理由は存在しない。

(2)乙45を主引用例とする進歩性欠如

【被告の主張】

ア 乙45発明の構成

乙45発明は、以下の構成を有する。

f45 把持部の上部に設けられたローラ支持部において、ローラ部を回転させるための支持軸となる小径部と、小径部に回転可能に支持されたローラ部とを備え、そのローラ部により身体に対して美容的作用を付与するようにしたマグネット美容ローラにおいて、

g45 ローラ部は基端側にのみ穴を有し、ローラ部は、その内部に小径部の先端が位置する非貫通状態で小径部にベアリングを介して支持されており、

h45 ベアリングは、小径部に抜け止めされ、

l45 ローラ部は内周で、ベアリングを抜け止めしている、マグネット美容ローラ。

イ 乙45発明と本件発明2との対比

(ア)一致点

本件発明2と乙45発明は、それぞれ構成要件F、G、H、L及び構成f、g、h、lにおいて一致する。

(イ)相違点1

本件発明2では、支持軸をハンドルの基端において抜け止め固定している。これに対して、乙45発明では、小径部は把持部と一体に形成されており、把持部から抜け止め固定されていない。

(ウ)相違点2

本件発明2では、回転体を支持軸の先端側に回転可能に支持している。これに対して、乙45発明では、小径部の先端側以外の部分でローラ部を回転可能に支持している。

(エ)相違点3

本件発明2では軸受部材は前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされている。これに対して、乙45発明では、抜け止めは小径部の先端で行なわれているのではない。

(オ)相違点4

本件発明2の軸受部材の構造と、乙45号発明のベアリングの構造とが異なる。

(カ)相違点5

本件発明2の回転体には、軸受部材の係止爪と鍔部との間に位置する段差部が設けられている。これに対して、乙45発明のローラ部の内周にはそのような構造がない。

ウ 相違点に係る構成の容易想到性

(ア)相違点1について

回転体を用いる美容用のマッサージ器において、支持軸をハンドルに抜け止め固定するか、それとも、ハンドルと一体形成とするかは、単なる設計事項に過ぎない。乙24では回転体の支持軸である心棒はハンドルに抜け止め固定され、乙25ではスピンドルもハンドルに抜け止め固定されている一方、乙28及び乙29ではハンドルに支持軸が一体形成されている。

よって、乙45号発明においても、ローラ部の支持軸であるところの小径部を把持部に対して抜け止め固定とすることは、出願時の技術水準を考慮すれば、当業者にとって極めて容易に想到することができる。

(イ)相違点2について

当業者にとって、乙45発明において小径部の先端側にベアリングを配置するか否かは単なる設計事項に過ぎず、ベアリングを小径部の先端側に配置することを容易に想到することができる。

(ウ)相違点3について

乙45発明では、ベアリングとして転がり軸受を用いた場合が想定されているところ、乙45の【0014】にはベアリングの置き換え例としてプラスチック軸受等の滑り軸受が望ましいと記載されている。そして、プラスチック製の滑り軸受を用いた場合、当業者であれば、小径部の先端に止め輪等の構造で軸受が抜けないようにする抜け止めを設けることを極めて容易に想到することができる。

(エ)相違点4について

当業者であれば、乙45発明のベアリングを前記(ウ)のとおりプラスチック製の滑り軸受として乙46発明又は乙47発明の軸受に置き換えることを容易に想到することができる。

(オ)相違点5について

前記(エ)のとおり乙45発明のベアリングを乙46発明及び乙47発明の軸受に置き換えた場合、乙45発明のローラ部の内周に、乙46発明の弾性係止片とフランジとの間、乙47-1発明の傾斜面部と鍔部との間並びに乙47-2発明及び乙47-3発明の舌片部と鍔部との間に位置する段差部を設けることは、当業者にとって容易に想到することができる。

また、乙44発明に接した当業者であれば、乙45発明が乙44発明と同様に回転体を用いたマッサージによって美容効果を図る器具であることから、乙44発明で使用されている軸受の固定方法が利用可能であると容易に想到することができ、乙44発明のマッサージ用部材の突出部を乙45発明のローラ部の内周に設けることも容易であるから、乙45発明のローラ部の内周に段差部を設け、乙46発明及び乙47発明の軸受の係止爪によってその段差部を乗り越え、係止爪と鍔部との間に段差部を配置されるようにすることは、当業者であれば容易に想到することができる。

エ まとめ

よって、本件発明2は、乙45発明、乙44発明、乙46発明及び乙47発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、その特許は同第123条1項2号に該当し、特許無効審判により無効とされるべきものである。

【原告の主張】

ア 原告の主張する乙45発明の構成

被告の主張するf45ないしh45については争わず、i45及びl45は以下のとおり。

i45 ベアリングは、外周面が円筒状であり、

l45 ローラ部の大径孔の内周は円筒状である、ことを特徴とするマグネット美容ローラ。

イ 乙45発明と本件発明2との対比

(ア)相違点1及び2については被告の主張のとおり認めるが、相違点3ないし5については、以下のとおりである。

(イ)相違点3

本件発明2では、軸受部材は前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされている。これに対して、乙45発明では、ベアリングの具体的な抜け止めの有無は不明である。

(ウ)相違点4

本件発明2は、前記軸受部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに、軸受部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており、同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。これに対して、乙45発明のベアリングは、外周面が円筒状である。

(エ)相違点5

本件発明2は、前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置する。これに対して、乙45発明は、ローラ部の大径孔の内周は円筒状である点。

ウ 相違点に係る構成が容易想到ではないこと

(ア)相違点1について

被告の挙げる乙24の1、乙25の1は、周方向に4本の軸を有するものであったり、スピンドルが軸方向に移動可能な構造を有するものであったりし、乙45発明とは構造を異にするため、これらの構成を採用する動機付けがない。

(イ)相違点2について

被告は、乙45発明の小径部の先端側にベアリングを配置すれば、ローラ部を小径部の先端側で回転可能に支持することになるところ、この点は設計事項であるとするが、上記の点が設計事項である根拠や、上記変更を行う動機付けについて説明はなく、上記変更は容易想到とはいえない。

(ウ)相違点3について

乙45発明のベアリングをプラスチック製の滑り軸受に置き換えるとしても、抜け止めが必要か否かは不明である。仮に、抜け止めが必要であるとしても、抜け止め措置をどの部分で行うかは一義的に決まるものではないから、小径部の先端で抜け止め措置を行うことが容易想到とはいえない。

(エ)相違点4について

乙45発明のベアリングは、その外周面が円筒状に形成され、同じく円筒状に形成されたローラ部の大径部に挿入されており、この外周面全体よりローラ部を支持していると理解できる。このような形状を有するベアリングをプラスチック製の滑り軸受に置き換えるとしても、ローラ部の外径部の上記形状から、適用されるプラスチック製の滑り軸受の外周面もこれに合わせた円筒状となり、その外周面でローラ部を支持する構成となるはずである。

一方、乙46発明の軸受は、支持板をその間に挟んで支持固定するために弾性係止片とフランジを有しており、上記ローラ部の大径部に装着することができる形状ではない。

乙47発明の軸受も、薄板をその間に挟んで支持固定するために、舌片部と鍔部を有しており、上記のような乙45発明のローラ部の大径部に装着することができる形状ではない。

したがって、課題、目的、用途、機能が異なるので、乙46発明又は乙47発明の軸受を乙45発明のローラ部の大径部の軸受に用いる動機付けは存在しない。

(オ)相違点5について

上記(エ9のとおり、乙46発明又は乙47発明の軸受を乙45発明のローラ部の大径部の軸受に用いる動機付け自体が存在しないため、相違点5も容易想到ではない。

また、被告は、乙44発明のマッサージ部材の突出部を乙45発明に採用すれば、乙46発明又は乙47発明の軸受を乙45発明のローラ部に取り付けることができると容易に想到すると主張する。しかし、前記のとおり、乙45発明のベアリングは外周面が円筒形状であって突出部がないので、プラスチック製の滑り軸受を使用する場合に乙44発明の突出部を採用するという動機付けは得られない。

エ まとめ

以上のとおり、本件発明2につき、被告が乙45を主引用例として主張する無効理由は存在しない。

3 争点(3)(被告製品1ないし7は本件発明1の技術的範囲に属するか)

(1)構成要件Aの充足

【原告の主張】

構成要件Aのボールを球状又は真円状のものに限定して解釈する必要はなく、被告製品は構成要件Aを充足する。

本件明細書1には、従来の同種製品において回転するローラ部分が筒状であったのに対し、本件発明1では回転する部分を「ボール」状として、当該ボールが肌に対して局部接触可能なものとした旨が記載されている。そのようなボールの一例が、実施形態における球状やバルーン状のボールである。このようなボール部分の形状としては、当業者であれば、従来の筒状のものとの比較で適宜設計変更が可能である。本件明細書1においても設計変更の例として「断面楕円形状・断面長円型形状等」と言及しているが、ボールの形状は、ここに記載された具体的形状に限定されるものではない。

【被告の主張】

ア 主位的主張

(ア)構成要件Aのボールの形状について

本件発明1の構成要件Aにおけるボールの形状は「真円状」すなわち球状に限定されるところ、被告製品のローリング部は洋ナシ状であり、真円状又は球状ではないから、構成要件Aを充足しない。

ボールの字義的な意味は、「球状」(真円状)のものであり、本件明細書1の記載によれば、「楕円筒状」のローラは明確に本件発明1から除外されており、構成要件Aにおけるボールの形状は、あらゆる方向で切断したときの断面形状が真円のもの、すなわち球状のものに限定される。

本件明細書1の実施例(同【0050】及び【0052】)には、ボールをバルーン状の形状並びに断面楕円形状及び断面長円形状に変更してもよいとの記載があるが、変更後の形状が「ボール」の概念に含まれるとの記載はないし、「バルーン状」「断面楕円形状」及び「断面長円形状」のものについては、本件明細書1において構成要件C及びDの数値限定に関する官能試験の結果が示されておらず、これらの形状のボールを用いた場合の臨界的意義は開示されておらず、むしろ、本件明細書1では、特許文献1として特開2009-142509号公報(乙27)を挙げ、ローラが楕円筒状に形成されている場合の技術的課題を指摘し(同【0005】)、これを本件発明1のボールから除外しているから、本件発明1における「ボール」は、断面形状が真円のものに限られるというべきである。

(イ)被告製品のローリング部が肌に局部接触しないことについて

上記のとおり、本件発明1の構成要件Aにおけるボールは、肌に対して局部接触する、すなわちボールのある一部分が肌に対して集中的に接触する形状のものでなければならない。

しかし、被告製品のローリング部は、その全体が肌に接しており、ある一部分のみが肌に対して集中的に接触するという作用を生じさせていない。

イ 予備的主張

仮に、本件発明1のボールの形状として、真円状又は球状のものだけではなく、バルーン状、断面楕円形状及び断面長円形状のものを含むと解する場合であっても、本件明細書1におけるバルーン形状とは、【0050】に定義されているとおり、ハンドル11側の曲率がボール支持軸15の先端側の曲率よりも大きくなる形状であるところ、被告製品のローリング部は、支持軸の先端の湾曲の方が二股部の先端部の湾曲よりも大きいから、上記バルーン形状には当たらない。

ウ まとめ

以上より、被告製品のローリング部は、本件発明1のボールに該当せず、構成要件Aを充足しない。

(2)構成要件Bの充足

【原告の主張】

ア 「ハンドルの中心線」の意義について

本件明細書1の【0018】には、「ハンドルの中心線」の意義について、「ハンドル11の最も厚い部分の外周接線zの間の角度を二分する線と平行な線」と明示されており、「最も厚い部分」とは、図3に示されているように、製品の側面方向視における、ハンドルの上下方向における最も厚い部分であることも明らかである。

このように、「ハンドルの中心線」の意義は明確であり、被告製品においても「ハンドルの中心線」を特定することができる。

イ 「一定角度を維持する」構成について

「ボール軸線が肌面に対して一定角度を維持できる」とは、ボールの支持軸の軸線がハンドルの中心線に対して前傾するように構成されることにより、ボールを肌に当てる際にユーザがいちいち肘や手首等を調整することなく、ボールを肌に一定の角度で押し当てることができるということを示すものである。

すなわち、「ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し」ていれば、必然的に「ボールの軸線が肌面に対して一定の角度を維持できるように」なり、構成要件Bを充足するのであって、使用者によるグリップの持ち方、動かし方によって肌面とボールの軸線との角度が変化することを想定しているものではない。

ウ まとめ

被告製品は、ボールの軸線がハンドルの中心線に対し前傾しており、構成要件Bを充足する。

【被告の主張】

ア 「ハンドルの中心線」の解釈について

本件明細書1の【0018】には、ハンドルの中心線が定義されているが、同図3のハンドルは上下非対称であり、厚みも不均一であるから、この定義によって中心線を決めることはできない。

「ハンドルの中心線」について考え得る解釈として、①ハンドルとは前記図3と同様の形状を有するハンドルである、②ハンドルの形状に関わらず前記明細書の定義「ハンドルの最も厚い部分の外周接線zの間の角度を二分する線と並行する線」である、③ハンドルとは中心線を観念できる形状であるとの3通りが考えられるが、そのいずれと解しても被告製品のグリップはこれとは異なり、構成要件Bを充足しない。

イ 「一定角度を維持する」について

本件発明1は、「往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持」できるとされ、それ自体一義的に特定することができないし、被告製品は、使用者によるグリップの持ち方、動かし方、使用者の肌面の凹凸やマッサージ場所等によって、往復運動中にローリング部の軸線と肌面との角度が様々に変化するから、一定角度を維持するとの構成を有さない。

ウ よって、被告製品は構成要件Bを充足しない。

(3)構成要件Dの充足

【原告の主張】

本件明細書1の【0021】には、ボールの外周面の間隔Dについての記載があり、図5においてこの記載に対応する間隔Dが図示されている。これによれば、間隔Dは、一対のボールの間の最も近接している外周面間の距離であるから、本件発明1の構成要件Dは、上記距離が8ないし25mmの範囲であることを意味するものである。

したがって、被告製品は構成要件Dを充足する。

【被告の主張】

構成要件Dの「一対のボールの外周面間の間隔」は、一対のボールのどの部分の距離を指すのか一義的に特定できない。また、構成要件Dにおいては、同間隔が「8ないし25mm」と特定されているが、これは一対のボールの外周面間の間隔が最短8mmから最長25mmの範囲にあることを示しているのか、同間隔の最小値が8ないし25mmの範囲に入ることを示しているのか、一義的に特定できない。さらに、一対のボールが真円状に限定されない解釈が採用された場合、ボールのどの部分の距離をもって外周面の間隔とするかについても一義的に特定できない。

構成要件Dの考え得る解釈として、①ボールを真円状と解釈した上で、ボール間の最短距離を一対のボールの外周面間の間隔とすると、被告製品のローリング部は真円状のボールではないから、ボールの外周面間の間隔を比較することはできず、②ボールには真円状でないものを含むと仮定すると、外周面間の間隔がどことどことの間隔を指すのか特定することができず、一対のボールの外周面間のすべての間隔を問題とせざるを得ないから、一対のボールの外周面間の間隔が最短12mmから最長25mmの範囲であることになり、被告製品はこれに入らない。

よって、被告製品は構成要件Dを充足しない。

4 争点(4)(本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか)

【被告の主張】

(1)構成要件C及びDの数値限定の臨界的意義

ア 本件発明1の出願経過

原告は、本件発明1の出願時、一対のボール支持軸の開き角度(構成要件C)及び一対のボールの外周面の間隔(構成要件D)に関する限定を加えていなかったところ、平成25年7月9日に拒絶理由通知を受け、同年8月2日に手続補正書及び意見書を提出して上記構成要件について数値限定を加えたが、当該数値限定による格別の効果や臨界的意義について積極的な主張は行わなかった。

イ 本件明細書1の記載

(ア)一対のボール支持軸の開き角度(構成要件C)について

本件明細書1の【0019】、【0026】及び【0030】では、一対のボール支持軸の開き角度について、好ましい例として50ないし110°を挙げ、50°を下回る場合は肌の摘み上げ効果が強く作用しすぎる傾向があり好ましくなく、110°を上回る場合は間に位置する肌を摘み上げることが難しくなって好ましくないとするが、本件発明1の構成要件Cでは、一対のボール支持軸の開き角度は40ないし120°とされており、上記好ましくない実施形態も含まれている。

また、一対のボール支持軸の開き角度について、本件明細書1の【0035】及び【0036】には10人の評価者による主観的評価が記載されているが、評価基準や条件が曖昧であって客観性に乏しく、最善の実施例を導き出すことはできないし、側方投影角度、ボールの直径及び外周面間の間隔を限定した上で、開き角度40°ないし120°についても評価させているが、本件発明1では同様の限定はない。

(イ)一対のボールの外周面間の間隔(構成要件D)について

一対のボールの外周面間の間隔についても、構成要件Cと同様に、実施例(同【0039】ないし【0041】、【0043】ないし【0045】及び【0047】ないし【0049】)において、側方投影角度、ボール支持軸の開き角度及びボールの直径を限定した上で、一対のボールの外周面間の間隔について評価させているが、本件発明1では同様の限定はない。

ウ まとめ

以上のとおり、本件明細書1における実施例は、それぞれ構成要件C又はDに関する数値以外の数値条件を限定した官能評価であるところ、同評価自体が主観的で曖昧なものであることに加え、それ以外の条件下において本件明細書1に記載された顕著な効果を生じるかどうかが記載されていない。

したがって、構成要件C及びDの数値限定は、単なる設計上の寸法の限定にすぎず、臨界的意義はない。

(2)主引用例(乙31の1)の構成

韓国意匠登録第30-0408623号公報(乙31の1)は、平成18年3月10日に公開された意匠に表れた発明である(以下、「乙31発明」という。)。

乙31の1ないし4によれば、乙31発明の構成は以下のとおりである。

a ハンドルの先端に一対の円形体を、相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に支持したマッサージ器において、

b 円形体の軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し、

c 一対の円形体の支持軸の開き角度を80°とし、

d 一対の円形体の直径を10とした場合の一対の円形体の外周面間の間隔の相対値を4.35、及びハンドルの長さの相対値を46.7とし、

e 人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐしてくれるマッサージ器。

なお、乙31の1の図は韓国特許庁において登録されているデザインであり、正投象図法による六面図によって表現されている意匠であるから、回転軸や球状物、柄の配置角度や配置比率が正確に表現されている。

(3)肌の摘み上げ作用に関する先行技術

ア 先行技術(乙24の1ないし乙30)の意義

(ア)米国特許第19、696号公報(乙24の1)は、昭和5年11月5日に出願され、同10年9月10日に公報に掲載されたマッサージ器に関する技術である。この発明においては、ハンドルの先端部に、4つのボールが相互間隔をおいてそれぞれ支持軸の軸線を中心に回転可能に支持されている。

(イ)米国特許第2、011、471号公報(乙25の1)は、昭和8年11月27日に出願され、昭和10年8月13日に公報に掲載されたボディマッサージ器に関する技術である。この技術においては、V字状に一対のボールが回転可能に支持されており、一対のボールが身体の上を通過する際に肌を摘み上げるという作用を生じる。

(ウ)実開平3-21333号公報(乙26)は、平成3年3月4日に公開された美容器に関する技術である。この技術においては、皮膚面に押し付けた一対の円筒状のローラを傾斜させて真横に移動させた場合、V字状に軸支された一対のローラがらせん状に皮膚と擦れ合って、皮膚を摘み上げる作用を生じる。

(エ)特開2009-142509号公報(乙27)は、平成21年7月2日に公開された美容器に関する技術である。この技術においては、断面楕円形状又は断面長円形状のローラが支持軸に回転可能に支持されており、Y字状に設けた一対のボールであるローラにより肌を摘み上げるという作用が生じている。

(オ)実用新案登録第3154738号公報(乙28)は、平成21年10月22日に公開された美容器に関する技術である。この技術においては、Y字状に軸支された一対の円筒状のローラを手前に引くと、ローラの回転によって皮膚を摘み上げるという作用が生じている。

(カ)意匠登録第1374522号公報(乙29)は、平成21年11月24日に公開されたマッサージ器に関する意匠である。この意匠には、Y字状の一対のローラを移動させることで肌を摘み上げることができる発明が開示されている。

(キ)クロワッサン第35巻第17号(乙30)は、平成23年9月10日に発行され、マッサージ器に関する技術が掲載された刊行物である。同刊行物には、一対のボールが先端に取り付けられたマッサージ器の写真が掲載され、その一対のボールが肌の上を転がり、肌を摘み上げる旨の記載がある。

イ 肌を摘み上げる際の移動方向

これらの先行技術の記載された文献によれば、Y字状又はV字状に支持されている一対のローラ又はボールによって肌を摘み上げる作用を生じるためには、明細書等における、ローラ又はボールを「押す」、「引く」との記載に関わらず、ローラを傾斜させることでローラと皮膚面との間のなす角が鋭角となっている場合に鋭角の方向にローラを移動させることが必要となる。

ウ まとめ

以上のとおり、Y字状又はV字状の一対の回転体を備える美容器を上記イの方向に移動させれば肌を摘み上げることができるという作用を生じることは、本件発明1の出願時において当業者にとって周知の技術であった。また、回転体の種類としては、ボール状及び円筒状の回転体が当業者にとって周知であった。

(4)ボールの大きさ及びハンドルの長さに関する先行技術

人体をマッサージする際のボールの大きさ及び把持部分の長さに関する先行技術には、以下のものがある。

ア 実公平2-15481号公報(乙32)は、平成2年4月25日に公開されており、マッサージ用のボールとして直径28mm前後のものが用いられることが開示されている。

イ 特開平11-76348号公報(乙33)は、平成11年3月23日に公開されており、回転マッサージ具において、把持部の長さが10ないし15cmであること、マッサージ用のボールとして直径5cmのものが用いられることが開示されている。

ウ 特開2003-10271号公報(乙34)は、平成15年1月14日に公開されており、マッサージ用のボールとして、直径40mmのものが用いられること、及び、把手の長さが90mmであることが開示されている。

エ 特開2003-79690号公報(乙35)は、平成15年3月18日に公開されており、マッサージ用のボールとして、直径4ないし8cmのものが用いられることが開示されている。

オ 実開平3-33630号公報(乙36)は、平成3年4月3日に公開されており、ローラを有するマッサージ具において、ハンドルの全長が125mmであることが開示されている。

カ 実用新案登録第3129403号公報(乙37)は、平成19年2月22日に公開されており、マッサージ器のハンドルの長さが130mm程度であることが開示されている。

仏国特許出願公開第2891137号明細書(乙50の1)は、平成19年3月30日に公開されており、回転軸の周りを自由に回転する二対のボールを備えたマッサージ器の発明が開示されている。このマッサージ器を身体に沿って引っ張ると皮膚が摘み上げられるとされており、各ボールの直径は2cmないし8cm、小さい方のボールの回転軸の角度は70°ないし100°、大きい方のボールの回転軸の角度は90ないし140°である。

キ 平成23年6月19日にインターネット上に公開された記事(乙51)には、回転可能な一対のボール(「2つの30ミリ玉」)により肌が摘み上げられる作用を有する商品の記載があり、同商品を実測等した結果、ボールの直径は約30mm、ボールの外周面の間隔は約20mmである。

(5)乙31発明の構成についての原告の主張に対する反論

ア 円形体の回転可能性について

乙31の1には、乙31発明の「円形体」、「ボール支持軸」及び「ハンドル」のいずれもが合成樹脂材で形成されていることが記載され、円形体は透明であり、ボール支持軸の形状は凹み部分を有するとされる。

当業者が乙31の1の記載事項に基づいて乙31発明を実施する際、ボール支持軸を乙31の1の図のとおり円形体の内部に配置するためには、ボール支持軸の先端部を抜け止め部として分離し、中央部分に貫通する穴を有する1つの円形体の基端部側からボール支持軸を挿入して、先端側から上記抜け止め部を挿入し、抜け止め部とボール支持軸とをねじ式で固定すること、あるいは接着剤で固定することが考えられるが、円形体とボール支持軸の「はめあい」について、円形体とボール支持軸はいずれも樹脂成形品であるから、成形収縮による公差を見越した設計を行う必要があり、当業者であれば「すきまばめ」を採用すると考えられる。

よって、当業者は、ボール支持軸には抜け止めがあり、ボール支持軸と円形体とのはめあいが「すきまばめ」であることから、乙31発明の円形体が回転するように構成されていると理解することになる。

仮に、当業者が乙31の1の記載から、一対の円形体が回転可能であるように構成すると理解できなかったとしても、乙24の1ないし乙30の周知技術に基づき乙31発明の円形体を回転可能とすることは極めて容易である。すなわち、回転しない円形体によって乙31発明が有する「人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐす」という作用効果を実現することを検討する過程で、円形体が回転するのではないかと想定することになり、乙24の1ないし乙30記載の周知技術により皮膚を摘み上げることによって上記作用効果を実現できると想到することになる。

イ ハンドルの長さ(構成d)について

原告は、乙31の3に示されたハンドルの基端から分岐開始箇所までの長さの測定範囲が正しいか否か不明であると主張する。しかし、被告は、「ハンドルの長さ」として人が握る部分の長さを測定したのであり、その範囲は妥当である。

(6)本件発明1と乙31発明との対比

ア 一致点

本件発明1と乙31発明は、それぞれ構成要件A、B、C、E及び構成a、b、c、eにおいて一致する。

イ 相違点1

本件発明1は、一対のボールの外周面間の間隔を8ないし25mmとする。これに対し、乙31発明は、一対の円形体の直径を10とした場合の一対の円形体の外周面間の間隔の相対値を4.35、及びハンドルの長さの相対値を46.7とする。

ウ 相違点2

本件発明1は、ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられる。これに対し、乙31発明は、「人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐしてくれる」とのみ記載されており、肌が摘み上げられるように構成されているか否かは不明である。

(7)相違点に係る構成の容易想到性

ア 相違点1について

乙31発明はマッサージ器の発明であり、適切なマッサージ効果を得られる円形体の寸法や、把持しやすいハンドル部分の長さを適宜選択することは、当業者であれば当然である。前記のとおり、マッサージ用のボールの直径については乙32ないし35、50の1及び51に、ハンドル部分の長さについては乙33、34、36及び37に、それぞれ開示されている。これらの数値を乙31発明の構成dに適用して一対のボールの間隔を算出すると、すべて8ないし25mmの範囲に収まる。

したがって、構成要件Dは、乙31発明に対して乙32ないし37、50の1及び51のいずれかの記載事項を適用することで、当業者は容易に想到することができる。

イ 相違点2について

前記のとおり、回転軸がY字状又はV字状の一転の回転可能なローラ又はボールで肌を挟んで、ローラ又はボールを引くことで肌が摘み上げられることは、乙24の1ないし乙30、50の1及び51に示されているとおり周知技術である。これらの肌の摘み上げの作用は、Y字又はV字状に回転可能に支持された一対のローラ又はボールを手前に引くことで生じる作用に過ぎず、本件発明1における肌の摘み上げ効果も、構成要件C及びDのとおり数値を限定したために生じる作用ではなく、単にY字又はV字状に回転可能に一対のボールを支持することによって生じる作用にすぎない。

したがって、乙31発明においても、円形体の外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるように作用していると推定することができ、また、そのように乙31発明を構成することは、周知技術から当業者にとって容易である。

(8)まとめ

本件発明1は、乙31発明、乙24の1ないし乙30に記載の周知技術、及び乙32ないし37並びに乙50の1及び乙51のいずれかの記載事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであり、特許法第29条2項の規定により特許を受けることができず、その特許は同法第123条1項2号に該当し、特許無効審判により無効とされるべきものであるから、本件特許権1に基づいて権利行使をすることはできない。

【原告の主張】

(1)乙31発明の構成について

ア 「円形体」の回転可能性について

乙31の1において「円形体」に言及されているのは、「透明体で形成されている」という点のみであり、図面には当該「円形体」の中心に支持軸のように見えるものが通っていることは認定できるが、当該「円形体」が回転可能か否かについては全く示されていない。

先端に球状の部材を有するマッサージ器であって、その球体が回転しない公知技術は複数存在するのであるから、「円形体は回転する」との具体的な記載も示唆もない乙31発明について、「円形体は回転する」と認定することはできず、乙31発明は、「円形体は回転するか不明」という構成を有するというべきである。

イ 円形体の外周面の間隔及びハンドルの長さ(構成d)について

(ア)乙31発明には、円形体の外周面間の間隔について、具体的な数値は記載されていない。乙31の1の図が正確な比率であることは争わないが、円形体の直径を10とした場合の円形体の外周面間の間隔については、小数点以下を四捨五入して「4」とすべきである。

(イ)被告製品におけるハンドルの長さの測定範囲は、一義的に決めることができない。また、乙33ないし37に記載された発明におけるハンドルと乙31の1に開示されたハンドルとは形状が全く相違しており、ハンドルというだけで一義的にその長さが決まるものではないので、乙33、34、36又は37の測定値を利用して乙31発明の円形体の外周面の間隔の数値を導き出すことは妥当ではない。

ウ 乙31発明の作用(構成e)について

前記のとおり、「円形体」が回転可能か否かも不明なところ、乙31発明において、本件発明1の構成要件Eの「円形体の外周面に肌を押し当ててハンドルの先端から基盤方向に移動させることにより肌が摘み上げられる」という点が開示されているか否か不明である。

エ 乙31発明の構成

以上より、乙31発明の構成は、本件発明1との対比においては下記のとおり認定されるべきである。

a ハンドルの先端に一対の円形体を、相互間隔をおいて一軸線を中心に回転可能か否か不明な状態で支持したマッサージ器において、

b 円形体の軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し、

c 一対のボール支持軸の開き角度を80度とし、

d 一対の円形体の直径を10とした場合の一対の円筒体の外周面間の間隔の相対値は4であり、

e 人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐしてくれるが、円形体の外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるか否か不明なマッサージ器。

(2)本件発明1と乙31発明との対比

ア 一致点については争わない。

イ 相違点1

本件発明1ではボールが回転可能である。これに対し、乙31発明の円形体は回転可能か否か不明である。

ウ 相違点2

本件発明1では一対のボールの外周面の間隔は8ないし25mmである。これに対し、乙31発明の一対の円形体の間隔は不明である。

エ 相違点3

本件発明1ではボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにする。これに対し、乙31発明は、人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐすが、円形体が回転可能か否かも不明であるため、円形体の外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるか否か不明である。

(3)相違点に係る構成が容易想到ではないこと

ア 相違点1について

被告は、乙31発明の円形体が回転しないものであったとしても、乙24の1ないし乙30のいずれかの記載から、乙31発明の円形体を回転可能に支持することは、当業者にとって自明であると主張する。

しかし、乙31発明の円形体が回転せず、回転しない円形体により人体の部位を引っ張り、押して筋肉をほぐす作用を奏することを意図したものであるとすれば、円形体を回転させる構成とすることはその技術思想に反するから、乙31発明の円形体を回転させるようにする動機付けは存在しない。

以上より、乙31発明の円形体を回転可能とすることは、当業者にとって容易想到とはいえない。

イ 相違点2について

(ア)被告は、乙32ないし35、50の1及び51に記載されたボールの直径を、乙31発明の円形体の直径と間隔との比率にあてはめ、一対の円形体の外周面間の間隔を算出している。

しかし、乙32ないし35に開示された技術は、ボールが1個のみであったり、平行に回転したりするものであって、一対のボール支持軸の開き角度を80°とする乙31発明とは全く構成が異なるものであるから、上記文献に開示されたボールの直径だけを乙31発明の円形体に適用する動機付けはない。

被告は、乙50の1及び51に開示されている球の直径が乙32ないし35のボールの直径とほぼ同一であることが、乙32ないし35のボールの大きさを乙31発明に適用する動機付けになるとも主張する。しかし、乙50の1に開示された技術の作用と、乙32ないし35に開示された技術の作用には共通性がないので、上記の動機付けは存在しないし、乙51と本件発明1とでは作用効果を異にする。

(イ)さらに、ハンドル部分の長さと一対のボールの間隔比に関する被告の主張についても、各証拠に「ハンドルの長さ」として共通する概念や定義が存在しない以上、乙33以下の証拠に挙げられた数値を利用して、乙31発明の円形体の外周面の間隔を導き出すことは妥当ではない。

(ウ)なお、被告は、本件発明1の数値限定に関し、臨界的意義がないと主張するが、本件明細書1においては、実施例として使用者による美容器の使用感の結果を官能評価に基づいて数値範囲を特定しており、これらは設計的事項ではなく、臨界的意義が認められるものである。

(エ)以上より、乙31発明の一対の円形体の外周面間の間隔を8ないし25mmとすることは当業者にとって容易に想到することができたとはいえない。

ウ 相違点3について

被告は、本件発明1の「ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした」点は、乙24の1ないし乙30によれば周知技術であると主張する。

しかし、乙29には、「肌や筋肉をググっとつまみあげるというマッサージ効果を得ることができる」という記載があるものの、移動方向についての開示はなく、乙26には、「もみ上げ及びもみ下げ効果を同時に皮膚面(5)に及ぼす」という記載があるものの、これが本件発明1にいう「摘み上げ」を意味するのかは不明である。ハンドルの移動方向についても、「面に押し付けたローラーを傾斜させて真横に推進させた時」との記載があるが、これが本件発明1にいう「ハンドルの先端から基端方向に移動させる」という構成を開示しているかどうかは不明である。乙30には、「つまみながら引きあげる」という記載はあるが、その具体的構成は乙30からは特定できない。

したがって、本件発明1の上記構成が、当業者に周知であったとはいえない。

(4)まとめ

以上より、本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

5 原告の損害額(争点(5))

-省略-

7.裁判所の判断

1 検討の順序

前記第2の2で述べたとおり、本件においては、本件特許2に基づく権利行使の可否(争点(1)の技術的範囲の属否、争点(2)の無効理由)についてまず検討し、これが認められれば損害の算定(争点(5))に進み、そうでない場合には本件特許1に基づく権利行使の可否(争点(3)及び(4))に進む。

2 本件発明2の意義

本件発明2の技術的構成は、前記第2の1(5)イ記載のとおりであるが、本件明細書2によれば、その意義は次のとおりであると認められる。

本件発明2は、回転体を身体上で転動させることにより、使用者に対して美肌効果等の美容的作用を付与するようにした美容器に関するものである(本件明細書2の【0001】)。従来の美容器では、例えばハンドルの先端に二叉部が設けられその先端に回転体が支持され、各回転体を身体の皮膚に押し付けて回転させることにより身体に対して美肌効果等の美容的作用が付与されるとする構成が提案されていたが、回転体を支持するための軸等の支持構造が開示されていなかった。

そこで、本件発明2の目的は、回転体を支持軸に対して回転可能に支持することができる美容器を提供することにある(同【0002】ないし【0004】)。

この目的を達成するために、本件発明2は、基盤において抜け止め固定された支持軸と、前記支持軸の先端に回転可能に支持された回転体とを備え、その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした(同【0005】)。また、前記回転体は基端側にのみ穴を有し、回転体は、その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受部材を介して支持されており、軸受部材は、前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされ、前記軸受部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに、軸受部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており、同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有し、前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置する(同【0006】)。この構成において、前記軸受部材は合成樹脂製である(同【0007】)。

このように、本件発明2によれば、回転体を支持軸に対して回転可能に支持することができるという効果を発揮する(同【0008】)。

3 争点(1)(被告製品1ないし9は本件発明2の技術的範囲に属するか)について

(1)構成要件Fについて

ア 本件発明2の構成要件Fのうち、「支持軸の先端側に回転可能に支持された」回転体との構成について、被告は、本件発明2においては、回転体の内側にあり、支持軸の先端部分の端面と当接しているキャップ材が必須の構成であるから、構成要件Fは、文字通り回転体が支持軸の先端側に支持されたものに限定されるところ、被告製品のローリング部は、支持軸の先端部分の端面(乙1ないし7の3a)ではなく、先端側の軸方向において一定の幅を有する範囲(乙1ないし7の3b)において支持されているので、構成要件Fを充足しないと主張する。

しかし、前記キャップ材は、本件発明2の請求項において特定されておらず、本件明細書2にもこれが必須の構成であることをうかがわせる記載もないから、美容器において回転体を支持するための軸などの支持構造について新たなものを提案するという本件発明2の目的(本件明細書2の【0002】、【0004】)その他に鑑みれば、構成要件Fは、支持軸が基端側において抜け止め固定され、先端側において回転体を回転可能に支持するという回転体と支持軸との位置関係を表したものであって、支持軸が先端部分の端面で回転体の内周面に接する形でこれを支持することを意味するものではないと解するのが相当である。

イ 前記第2の1(7)イの被告製品1ないし9の構成f及びgによれば、被告製品1ないし9の支持軸の先端側には空隙があるものの、支持軸の中間にある金具及び軸受部材を介して、ローリング部は支持軸に回転可能に支持されており、その位置関係として、ローリング部は支持軸の先端側にあるので(乙1ないし7)、被告製品1ないし9の構成fは、構成要件Fを充足するものと認められる。

(2)構成要件Gについて

ア 本件発明2の構成要件Gのうち、「回転体は基端側にのみ穴を有し」とする構成について、被告は、ローリング部の内部にある円筒状リング及び円筒部材についても「基端側にのみ穴」であるべきところ、これらの部材については先端側にも穴があり、構成要件Gを充足しないと主張する。

しかしながら、被告製品において、ローリング部、円筒状リング及び円筒部材は総体として「回転体」に当たるところ、構成要件Gは、この総体としての回転体が基端側にのみ穴を有すべきことを定めるものと解され、本件明細書2の記載を総合しても、回転体の内部にあって、回転体を回転可能に支持するための部品についてまで、「基端側にのみ穴」を有すべきと定めたものとは解されない。

イ 前記被告製品1ないし9の構成gによれば、ローリング部は基端側にのみ開口があり、ローリング部の中空内にある支持軸の先端は、ローリング部を貫通せず、すなわちローリング部は先端側に穴を有しないから、構成要件Gを充足する。

(3)構成要件Lについて

ア 被告は、本件発明2の構成要件Lのうち、「前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し」とする構成について、回転体の芯材それ自体に段差部を形成する構成に限定され、回転体の芯材とは別部材により段差部を構成することは予定していないと主張する。

しかしながら、本件明細書2の記載でも、回転体が複数の部材の組み合わせによって構成されることを予定しているし、構成要件Lの文言も、回転体の内周に段差部を有するとするに止まるから、複数の部材と組み合わせて回転体の内周に段差を形成し、これに軸受部材の係止爪を係合し得るようにすることも、上記文言の範囲内と解され、乙22及び乙23によっても、原告が、段差部の構成を、本件明細書2の図4に示される実施形態に限定したものと解することはできない。

イ 前記被告製品1ないし9の構成g、lによれば、被告製品1ないし9のローリング部の中空材の内周には段差は存しないが、ローリング部の中空内に内径に差のある円筒状の金具とリング状の金具をはめ込むことによって、軸受部材の係止爪を係止させていると認められるから、係合可能な段差部を有しているということができる。

したがって、被告製品1ないし9の構成lは、構成要件Lを充足すると認められる。

(4)まとめ

上記検討した点以外の構成要件充足性については争いがないから、被告製品1ないし9は、本件発明2の技術的範囲に属するものと認められる。

4 争点(2)(本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか)について

(1)乙44を主引例とする進歩性欠如

ア 乙44発明の意義

(ア)乙44発明は、ゴム状弾性材料より成り円柱状の表面に多数の凹所を形成し皮膚の表面に添って転動させるマッサージ部材を有する美容マッサージ器に関するものである(乙44の【0001】)。従来のこの種の美容マッサージ器では、顔その他の皮膚にマッサージ部材を押し当てて回転する場合凹所の周囲が多少圧縮され弾性変形して凹所内の空気の一部を排出し、続いて皮膚から離れる瞬間皮膚を引っ張るような作用があり、これにより皮膚の汚れを吸い取るなど、美顔や痩身等のため用いられるものであったが、マッサージ部材の表面の弾性変形は極めて僅かであって十分な吸引作用が得られなかった(同【0002】)。

そこで、乙44発明は、ゴム状弾性材料より成り円柱状の表面に多数の凹所を形成し皮膚の表面に添って転動させるマッサージ部材を有するものにおいて、前記マッサージ部材の各凹所の周囲に外方に僅かに突出した環状突出部が形成してあることを特徴とする美容マッサージ器を提供するものである(同【0004】)。

(イ)実施例において、ハンドル10には、先端部に両側に延びるようにした1個の軸12が固着してある。この軸の両端部にはねじ13が刻んである。15はこの軸の両端部からそれぞれ回転可能に嵌込んだ筒体で、ナット16をねじ部13に螺合させて抜け止めしてある。18はほぼ円柱状の表面を有するゴム状弾性を有する材料より成る2個のマッサージ部材で、両側の筒体15の外側にそれぞれ嵌込み筒体の段部17に係合させてある。20はこのマッサージ部材の表面に形成した多数の凹所であり、この各凹所の周囲には例えば0.5mm程度等の僅かに外方に突出させた環状突出部22が形成してある。この美容マッサージ器を使用する場合には、マッサージ部材18を皮膚に押し当てて回転させると環状突出部22が僅かに圧縮された状態で凹所20内の空気が僅かに排出され、かつ離れる場合には環状突出部22が最初の状態に復帰するため凹所20内が真空になり十分な美容作用やマッサージ作用が得られるものである(同【0006】、【0007】)。

イ 「段部」と「突出部」の素材について

乙44発明において、筒体の段部とマッサージ部材の突出部とは、段部の大径よりも突出部の内径の方が小さいため、段部の基端側に突出部が係合されるという構成を有する。このような構成をとるためには、段部又は突出部のいずれかが弾性変形可能な部材であることを要する。

ここで、乙44の請求項1及び上記【0006】の記載によれば、マッサージ部材の素材はゴム状弾性材料とされ、弾性変形可能であるから、マッサージ部材の一部である突出部も、弾性変形可能な部材であると推認される。一方、これに係合する段部について、乙44には、弾性変形が可能な部材であるかについて特に記載がない。

ウ 本件発明と乙44発明の相違点

(ア)相違点1(争いがない)

本件発明2では、回転体を回転可能に支持する部材として軸受部材を用いる。これに対し、乙44発明では筒体を用いる。

(イ)相違点2

本件発明2では、軸受部材から弾性変形可能な係止爪が突き出ている。これに対し、乙44発明では筒体から段部が突き出ている。

(ウ)相違点3(争いがない)

本件発明2の軸受部材は係止爪の基端部に鍔部を有しており、係止爪は先端側に向かうほど軸受部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。これに対し、乙44発明の筒体はそのような構造を有していない。

(エ)相違点4

本件発明2は、回転体の内周に係止爪に係合可能な段差部を有している。これに対し、乙44発明は、ゴム状弾性材料からなる弾性変形可能なマッサージ部材の内周には段部に係合可能な突出部を有している。

(オ)相違点5(争いがない)

本件発明2では、段差部は係止爪の基端側に係止されるとともに係止爪を鍔部との間に位置する。これに対し、乙44発明はそのような構造を有していない。

エ 相違点に係る構成の容易想到性について

本件発明2と乙44発明との相違点に係る構成の容易想到性について判断する前提として、乙45ないし47に記載された技術について検討する。

(ア)乙45発明について

乙45発明は、磁気を発生するローラによって皮膚、特に顔の皮膚を刺激することによって美容効果を上げることのできるマグネット美容ローラに関する(【0001】)。乙45発明には、ローラの回転が円滑であるマグネット美容ローラを提供するために、ローラ部とローラ保持部との間にベアリングを設けること、ベアリングとしては、玉軸受、コロ軸受等の転がり軸受、又は、プラスチック軸受、球面滑り軸受、焼結含油軸受等の滑り軸受が望ましいことが開示されている(【0014】)。

(イ)乙46において開示される技術について

乙46は、ファクシミリ等の紙送り機構で使用されるフランジ付き滑り軸受に関するものであり(【0001】)、フランジと、弾性変位する弾性係止片とが合成樹脂により一体成形され、弾性係止片が抜け止めを果たし(【0017】ないし【0019】)、弾性係止片は先端側に向かうほど回転中心との距離が短くなる斜面を有すことが開示されている。

(ウ)乙47において開示される技術について

乙47には、薄板から成る取付部材に形成された孔に軸受を固定する構造に係る考案として、円筒部の外周面に径方向外方に延設された鍔部、弾性変形する舌片部といった構造が開示されている。

オ 相違点2ないし5に係る構成の容易想到性

(ア)乙44発明に乙46及び47に開示された技術を適用することの適否

a 乙44発明のマッサージ部材はゴム状弾性材料を用いていることから、マッサージ部材の突出部も弾性変形可能であると考えられる。一方、突出部に係合する筒体の段部は弾性変形する必要がなく、むしろ、ナットにより軸に抜け止め固定されていること、及び軸に対して回転可能な軸受として機能するものであることから、ある程度の硬度があり弾性変形しない部材で構成されているものと解される。

そうすると、乙44発明の筒体は、軸に対して回転する機能を有し、その基端から先端でマッサージ部材を支持するものであって軸受としての機能を有するが、弾性変形しないものと解するのが相当である

ここで、乙45には軸受を介して支持軸に対し回転体を回転可能に支持させる技術が開示されている。

一方、乙46において開示される軸受は、弾性変形しない市販鋼板である支持板に挿通されて固定される軸受であって、弾性係止片が支持板に当接することにより抜け止めとして機能する。また、乙47発明において開示される軸受は、金属あるいは合成樹脂などの薄板からなる取付部材に固定される軸受であって、鍔部裏面と傾斜面部の端面との間に形成された環状溝に取付部材が嵌合することによって抜け止めとして機能する、もしくは、鍔部裏面と係止片部の段部との間に取付部材を挟むことで抜け止めとして機能するものである。

このように、乙46及び乙47において開示される軸受は、いずれも弾性変形しない支持板又は取付部材に固定されるものであって、弾性変形する部材(弾性係止片、舌片部)により構成されている。また、両発明の技術分野はいずれも美容マッサージ器とは異なる。

したがって、当業者が、乙45発明を考慮しても、乙44発明の筒体に代えて乙46又は乙47に開示された軸受に関する技術を使用する理由はなく、動機付けがない。

b さらに、乙44発明の筒体に代えて乙46又は乙47に開示される軸受(弾性係止片又は舌片部を有する。)を用いた場合、マッサージ部材の径方向に押圧力がかかると、マッサージ部材が径方向に変形することによって弾性係止片及び舌片部も径方向に押し込まれて弾性変形し、マッサージ部材の突出部との係合が外れてしまうおそれがある。

すなわち、マッサージ部材に係合する構成として弾性変形する軸受を用いることは、係合を不十分・不完全とするおそれがあるため、阻害要因があるといわざるを得ない。

(イ)被告の主張について

a 被告は、乙44発明のマッサージ部材の材質を、ゴム状弾性材料ではなく剛性材料、すなわち、段部と係合するために開口部が撓み拡径する程度の軟質プラスチック等に置き換えることは極めて容易であるし、もしくは、乙46及び乙47に開示された技術に基づき弾性変形可能な係止爪を採用することを前提に、撓みの生じない硬質プラスチック材料等に置き換えることも当業者にとって容易に想到できると主張する。

しかし、上記のとおり、乙44発明においてマッサージ部材はゴム状弾性材料からなることが明記されている上、被告の主張するような軟質プラスチック材料が肌に接した際に、「容易に弾性変形」(乙44の【0005】)する程度の弾性を有するとも考え難い。なお、マッサージ部材の内径部分と外側の肌に接触する環状突出部等の材質を異にすることをうかがわせる事情もない。

したがって、乙44発明のマッサージ部材の材質を剛性材料に変更する動機付けはない。

b また、被告は、乙44発明のマッサージ部材に乙46に開示される軸受を組み合わせた場合、乙46に開示された軸受のフランジがマッサージ部材の開口凹み部に存在することによってマッサージ部材が径方向に押圧された際の変形を抑えられるから、原告の主張する上記阻害要因はないと主張する。

しかし、同フランジがマッサージ部材の開口凹み部に当接したとしても、そもそも同フランジは支持板が軸方向に移動するのを抑えるための部材であるから、径方向にマッサージ部材が変形することを抑える効果を有することは明らかではない。むしろ、マッサージ部材が径方向に変形した場合、同フランジとマッサージ部材の開口凹み部の嵌合も外れる可能性がある。

したがって、上記被告の主張は採用できない。

(ウ)以上より、乙44発明におけるマッサージ部材に対して乙46又は乙47に開示された軸受に関する技術を適用することにより、乙44発明の相違点2ないし5に係る構成を本件発明2の構成とすることには動機付けがなく、逆にこれについて阻害要因があると認められる。

カ まとめ

したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明2は、乙44発明を主発明とし、これに乙45発明及び乙46に開示された技術を組み合わせることにより、あるいは乙45発明に乙47に開示された技術を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

(2)乙45を主引例とする進歩性欠如

ア 相違点

乙45発明は、前記(1)エ(ア)のとおり、マグネット美容ローラに関するものであるところ、本件発明2との対比において、以下の点において相違する。

(ア)相違点1(争いがない)

本件発明2では、支持軸をハンドルの基端において抜け止め固定している。これに対し、乙45発明では、小径部は把持部と一体に形成されており、把持部から抜け止め固定されていない。

(イ)相違点2(争いがない)

本件発明2では回転体を支持軸の先端側に回転可能に支持している。これに対し、乙45発明では小径部の先端側以外の部分でローラ部を回転可能に支持している。

(ウ)相違点3

本件発明2では、軸受部材は、前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされている。これに対し、乙45発明ではベアリングの具体的な抜け止めの有無は不明である。

(エ)相違点4

本件発明2は、前記軸受部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに、軸受部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており、同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。これに対し、乙45発明のベアリングは外周面が円筒状である。

(オ)相違点5

本件発明2は、前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し、前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置する。これに対し、乙45発明は、ローラ部の大径孔54の内周は円筒状である。

イ 相違点3ないし5に係る構成の容易想到性

(ア)相違点3について

乙45発明において、ベアリングをプラスチック製の滑り軸受に置き換えることは想定されている(乙45の【0014】)。しかし、このときに抜け止めが必要であるかについては乙45には記載がなく不明であり、必要であるとしても、当業者にとって抜け止めを行う位置は一義的に決まるものではないと解される

したがって、相違点3に係る構成を当業者が容易に想到し得たものということはできない。

(イ)相違点4及び5について

乙45発明のベアリングは外周面が軸方向に一定の長さを有する円筒状であり、同じく軸方向に一定の長さを有する円筒状であるローラ部の大径部に挿入されることにより、接触面においてローラ部を回転可能に支持しているものと解される(同【0014】、【0018】及び【0020】)。このようなベアリングをプラスチック製の滑り軸受に置き換える場合、ローラ部の外径部の上記形状から、プラスチック製の滑り軸受もこれに当接するような軸方向に一定の長さを有する円筒状の外周面を有し、その外周面においてローラ部を支持するものとなると解するのが相当である。

しかし、乙46に開示された軸受は、板材を間に挟んで支持するための弾性係止片とフランジを有しており、外周面は円周状ではなく、軸方向への長さも相対的に短い。同様に、乙47に開示された軸受も、板状の取付部材と嵌合するための環状溝を有する鍔部や、取付部材を間に挟んで支持するための舌片部及び鍔部を有しており、外周面は円周状ではなく、軸方向への長さも相対的に短い。

したがって、乙46又は乙47において開示された軸受は、乙45発明の大径部に装着してローリング部を支持することができる形状ではなく、課題、目的、用途、機能が相違するので、乙45発明において軸受として用いる動機付けがない。

ウ まとめ

したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明2は、乙45発明を主発明とし、これに乙44発明及び乙46に開示された技術を組み合わせることにより、あるいは乙44発明及び乙47に開示された技術を組み合わせることにより、当業者が容易に発明をすることができたということはできない。

(3)結論

以上、検討したところによれば、本件特許2について、特許法104条の3第1項に基づき権利を行使することができないとすべき理由があるとは認められない。

争点(5)(原告の損害)について

-省略-